いくらなんでも過去のこと全部は覚えていない。
回帰前は最終的にイースラは料理番でもなかったので町中のお店なんかもあまり記憶に残っていなかった。
サシャとクラインと共に適当に色々とお店を回って食材を買っていく。
いっつもろくな飯出てこなかったので食料費も少ないのかと思っていたけれど、受け取った金額でしっかり買い物していくとそれなりに多くのものを買えた。
ポムがゴミだったようである。
それに子供ということも大きかった。
ニコニコとして丁寧な態度で買い物するだけでちょっとオマケしてくれるようなお店も多い。
こうして買い物してみると意外と楽しいものである。
回帰前の高くなった物価で買い物を想像していたので想定よりも多くのものを買えて、それでもなお少しだけお金が余った。
「イースラ?」
そろそろ帰ろうかという時に目についたお店があったのでイースラはさっとそこに寄って物を買ってきた。
「ほらよ」
「何これ?」
「甘くて美味いもんだ」
三本の串をイースラは買ってきた。
小さい果物に溶かした砂糖をまとわせたものでちょっとお金がある子供のおやつみたいなお菓子である。
「ん! 美味しい!」
「甘いな」
イースラからお菓子を受け取ったサシャとクラインはペロリと果物を覆う透明な砂糖の膜を舐めて笑顔を浮かべる。
孤児院じゃ甘いものなんてそうそう食べられなかった。
食材は十分に買ったしこれぐらいの贅沢許されるだろうとイースラは笑う。
荷物を手に持ってお菓子を口に咥えてギルドの建物に戻る。
流石に他の人にバレたらヤバいので着く前には食べ切っておく。
「あらぼーやたち」
ギルドに帰ってきたところで建物から出てきたスダーヌと会った。
「お買い物? ……偉いわね」
チラリとイースラたちが持っている荷物に視線を向けてスダーヌは感心したように頷いた。
ポムがあんなに荷物を持っていた記憶などない。
やっぱりあのサル、ロクでもないことにお金使ってたのねとスダーヌは思った。
「私はディナーの約束があるから夜はいらないわ」
「分かりました」
「頑張ってね」
そういえば化粧もしてるし服装も良いものを身につけているとサシャは気づいた。
スダーヌは笑顔を浮かべて手を振ると去っていった。
「優しそうな人だな」
「……今はな」
「なんだよ、その言い方?」
「いつか分かるさ」
スダーヌは基本的に良い人である。
そのことはイースラも認める。
しかしそれには条件がある。
スダーヌは男がいる時だけ機嫌がすこぶる良くて、良い人になるのである。
逆に男に振られたり、男がいない期間はとても機嫌が悪い。
他のギルド員もスダーヌに触れなくなって、誰か男ができないかと願うほどに機嫌が悪くなるのだ。
浮き沈みが非常に激しい。
今回の男も長続きしてくれればいいのにと思うけれどスダーヌは大体男と長続きしないのである。
含みのある言い方をするイースラにクラインは怪訝そうな顔をする。
「いいからさっさと荷物片付けるぞ」
ギルドの前で突っ立っていても仕方ない。
イースラたちは買ってきた食材を台所にしまっていく。
生物は腐りやすいので少なめで日持ちするものを中心に今回は買ってきてある。
「うーんかなりマシになったな」
調味料すらカツカツだったので色々買い足して食材や調味料があるのを見ると少し嬉しくなる。
「おーい、リビングスペースでは……えと、頬に傷のある……」
「ベロンさんな」
「そうそうベロンさんが寝てるだけ。他の人はいない。自分の部屋か……外だな」
「……ならよさそうだな」
片付けている間にクラインにリビングスペースの様子を見てもらった。
ベロンがソファーに寝ているだけで他のギルドメンバーはいなかった。
チャンスだとイースラは思った。
「んじゃ、配信ってのやってみようか」
「おっ、やるのか?」
「でも……私たち魔物なんて倒せないよ?」
「ふっ、そうだな。今回は魔物は倒さない。配信は魔物を倒すだけじゃないんだ」
「どーいうこと?」
「ふふふ……また誰も知らない配信さ」
イースラはニヤリと笑う。
「何してるの?」
「今日作るものの食材並べてんだ」
イースラは買ってきたものの中で使う食材をテーブルに並べる。
腐りやすい生物を先に使うつもりだ。
同じ食材をまとめてテーブル並べることになんの意味があるのか分からなくてサシャは首を傾げる。
「あとは……」
「な、なに?」
イースラがサシャの顔を見つめる。
子供ながらに可愛い顔してるとイースラも思う。
回帰前色々な美人にあったけれどサシャがまともに育っていたらそうした美人たちの中でもトップクラスになったと言い切ってもいい。
「お前はそのままで可愛いからいい」
「はっ!? 急になんなのよ!」
見つめられた挙句可愛いなんて言われてサシャは顔を真っ赤にする。
クラインは遠い目をしながら俺がいない時にやってくれと思っていた。
クラインは年上のお姉さん好きなのでサシャには興味ないのだ。
「今からやることを説明するから。まずはメニュー画面を開いてくれ」
「分かった」
サシャとクラインはイースラの言う通りにメニュー画面を開いた。
相変わらずごちゃごちゃと文字が並んでいる。
「今から同業者申請を送るから。右の上の端っこに小さくあるやつにマークが出るはずだ」
「あっ、本当だ」
サシャとクラインのメニュー画面の右上に赤い“!”のマークが現れる。
サシャがそこを押してみる。
「えと……これはどうしたらいいの? どう……ぎょうしゃ……しんせい……を……うけます……か?」
今度は文字数が少ない画面が表示された。
“同業者申請を受けますか?”という文字の下にハイとイイエが並んでいる。
サシャはなんとか文字を読んだけれど意味は分かっていないようだ。
「左のハイを押してくれ」
「うん……あれ!?」
ハイを押した瞬間イースラの前にある画面がサシャの目にも見えるようになった。
「おっ、なんだこりゃ! 二人の前にも……」
クラインも同じく操作をするとイースラとサシャの前に画面が現れた。
サシャの方もクラインの前に画面があるのが見えるようになっていた。
「同業者申請をすると面倒なことしなくても画面を見られるようになるんだよ。あとは俺がやる」
全部説明していたら日が暮れても時間が足りない。
今は一つ一つ説明することはなくイースラが画面を操作する。
サシャとクラインは画面の後ろからその様子を見ているしかできない。
後ろからでも画面は透けているのである程度何をしているのかは見えるけれど、何をしているのかは理解できない。
「パーティーは分けといて……カメラアイを登録……今日はとりあえず配信を録画……」
イースラは迷いなく画面をポチポチといじる。
一度目のついた箱であるカメラアイの目がカッと光ってサシャとクラインは驚いていた。
「とりあえず設定はこんなもんだな。あとは時間がある時にそれで、二人にやってもらいたいことがあるんだけど……」
ーーーーー
「ええと……サシャのお料理練習チャンネル? です。私がサシャです。頑張るので……よろしくね。これでいいの?」
「ああ、それでいい」
並べられた食材を前にしてサシャが事前にイースラから伝えられていたセリフを言う。
セリフを言う恥ずかしさから顔をほんのりと赤くしたサシャは言われた通りに手を振る。
クラインはカメラアイを持って目玉をサシャに向けている。
クラインの目の前に表示されている画面にはカメラアイを通してみた映像が映し出されている。
それを見ながらカメラアイの方向や角度をうまく調整してサシャが真ん中に映るようにしていた。
「そして俺がアシスタントのイースラです」
クラインがカメラアイを動かして今度はイースラを映し出す。
「このチャンネルではサシャが色々と料理を覚えていくところを配信したいと思います。料理初心者のサシャが成長するところ見守ってもらえればと嬉しいです!」
イースラはニッコリと笑顔を浮かべる。
あまり見たことない笑顔にクラインは背中がゾワッとしていた。
「今日はトマトでネストロースープを作ろうと思います」
「ネストロー?」
「そっ。トマトがよく採れるネストロー地方で作られるスープだ。まあ難しいこともないから簡単に作れるよ」
クラインは上手くイースラとサシャが二人とも映るようにカメラアイを調整している。
「まずは手を洗って、それから食材を切っていこう」
イースラとサシャは手を洗い、包丁を使って今回使う食材を切っていこうとする。
「まずはトマトだな。これは適当に。煮込むからそんなに気にしなくても大丈夫だ」
「えと……こ、こう?」
改めて包丁を使って何かを切るということにサシャは緊張を覚えていた。
「ダメダメ、手はこう」
「あっ……」
孤児院での手伝いも危ないからとほとんどはシスターモーフがやっていたので鍋のかき混ぜや配膳ぐらいだった。
トマトをガッツリ手で押さえてしまっているのでイースラがサシャの手を取って正しく押さえるように教える。
「指丸めて……そう。伸ばしたまま切ると危ないからな」
指を丸めて食材を押さえるやり方を教えようとイースラの手がサシャの手を包み込み、サシャの顔がトマトぐらい赤くなる。
何を見せられているんだとクラインは渋い顔をしているけれど投げ出したくなる気持ちを抑えてカメラアイをしっかりと向け続ける。
サシャが食材を切っている間にイースラはかまどに火をつけて鍋を置く。
「んじゃ食材入れていこうか」
切ったトマトなんかを鍋に入れて焦げつかないようにかき混ぜながら煮込んでいく。
「いい匂い」
火にかけているとトマトが熱されて香りが立ち上る。
こうした匂いも配信先に伝えられたらなとイースラは思う。
煮込んでいくとトマトがいい感じに崩れてスープになっていく。
時間もあるし弱火にして焦ることなくじっくりとスープを煮込んでいる間にパンを切る。
「こうでしょ!」
サシャは指を丸めて食材を押さえてイースラを見る。
ちゃんと教えてもらったことを忘れていないサシャのアピールは可愛らしく、イースラも笑顔を浮かべてうなずく。
パンを切ってフライパンで焼く。
「はい、完成です!」
スープとパンをさらに盛り付け、焼いたベーコンを添えて、チーズを軽くナイフで削って振りかけると料理の完成である。
パンが落ちないように気をつけながらカメラアイに向けて料理の完成品を見せる。
「クライン、料理を近くで撮ってくれ」
「こうか?」
「もっとこう美味そうに見えるように」
最後にテーブルに料理を置いてクラインが近くで料理を撮る。
「んじゃちょっとだけ味見しようか」
「えっ、いいの!?」
サシャが目をキラキラとさせてエイルを見る。
エイルのフォローはあったもののほとんどをサシャが作った。
言うなれば初めて自分が作った料理ということなのである。
美味しそうだし自分で作ったものだしで早く食べたいなとサシャは思っていた。
「ああ、誰かに出すのにも味見は必要だろ?」
「やったぁ!」
サシャは笑顔を浮かべて喜ぶ。
クラインには笑顔はちゃんと撮っておけと言ってある。
カメラアイをぐっとサシャに近づけてクラインが笑顔をしっかりと収める。
「いただきます!」
手を合わせて簡易的に食べ物や神様に感謝してサシャが料理を食べ始める。
スープの熱でチーズがとろけているところにパンをつけて食べる。
「俺も……食べたい」
「もうちょっと待ってくれ」
チーズが伸びて美味しそう。
クラインは思わず涎を垂らしそうになっている。
「うふふ、美味しかった!」
ひとまずパンを一つ食べてサシャは満面の笑みを浮かべる。
「ほら、口についてるぞ」
「あ、うん、ありがとう……」
イースラがサシャの口の端についたスープのを拭ってやるとサシャはまた顔を赤くする。
「えーと、最後まで見てくださってありがとうございます。よければ……パトロン? よろしくお願いします」
「最後に手を振って」
「これでいい?」
最後に締めのセリフを言ってもらってイースラは画面を操作する。
「よし! これで終わりだ!」
イースラが画面を操作するとクラインの画面に映っていたカメラアイの目を通した映像が止まる。
「はぁ……腕疲れたぜ」
クラインがテーブルにカメラアイを置く。
ずっとカメラアイを持っていたので腕が少し辛かった。
「お疲れ様」
「これで配信? ってやつができたの」
「うーん、ちょっと違うけど大体出来たようなもんだ」
「どゆこと?」
「ま、色々あるんだよ。とりあえず飯食おうぜ」
今のも先ほど見たように誰かが見ていたのだろうかとサシャは思ったけれどイースラはまた少し含みのある言い方をする。
「やった! 飯だ!」
何にしてもイースラに任せておけばいいかとサシャも気にしないことにした。
今は自分が作った料理をもうちょっと楽しみたい気分の方が疑問よりも勝ったのである。
スープを食べてイースラも上手くできたもんだと思ったし、後々ギルドのみんなにも料理を出して好評だった。
ポムだけかなり不満そうな顔をしていたがちゃんとした飯に文句も言えずただ無言で食べていた。
ーーーーー
「よし、やるか」
ギルドハウスの掃除を終えて部屋に戻ってきたイースラはグッと体を伸ばした。
買い物の時に買ってきたロウソクに火をつけてベッドに座るとメニュー画面を開く。
「何かするの?」
「ああ、ちょっとな」
「見ててもいい?」
「いいぞ」
結局サシャも同じ部屋で寝ることになった。
普通なら男と女は分けるべきだろうが子供だし孤児院で一緒だったからいいだろうなんて思われている。
サシャも最初こそ不満だったけれど、夜になると未だにギルドハウスは見知らぬ場所で不安があるのでイースラたちが一緒でよかったと思った。
イースラの横に座ったサシャはイースラが開いている画面をじっと見つめる。
迷いなくパッパッとイースラは画面を操作して映し出されたのは先ほど撮った料理作りの動画だった。
「配信ってのも生配信てやつと一度配信の光景を保存しといた動画を出す動画配信ってのがあるんだ」
「へぇ……わざわざ撮っておく必要なんてあるの?」
その場で配信しちゃう方がいいじゃないかとサシャは首を傾げる。
「その場の空気感をそのまま味わえるから生配信ってのも悪くないんだけど動画配信にも利点があるんだ」
「どんな利点?」
「“編集”ができるんだ」
「へんしゅー?」
「そうだ」
『ええと……サシャのお料理練習チャンネル? です。私がサシャです。頑張るので……よろしくね。これでいいの?』
イースラが画面の三角形のところを押すと画面の中のサシャが動き出して声が聞こえてきた。
「わっ、すごい……」
光景を保存と言われても実感がなかったけれどこうして実物を見てみるとようやく動画というものが何なのかサシャにも分かった。
すごいと思うと同時に画面に自分が映っていることがひどく恥ずかしく思えて顔を赤くする。
なんだか画面から聞こえてくる声も自分のものではないみたいに聞こえる。
「分かりやすいとこまで飛ばすか」
「わわっ!? なになに?」
イースラが三角が重なったようなところを押すと画面のサシャが高速で動き出した。
音も高くわしゃわしゃとしていてなんと言っているか分からない。
画面のイースラも全ての動作が高速で進んでいく。
「ここら辺かな」
再び普通の速度に戻った。
そこはサシャが鍋をぐるぐるとかき混ぜているところである。
「ここからしばらく鍋を混ぜてただろ?」
「うん」
「サシャが鍋かき混ぜてるの見てても特に楽しくないだろ?」
「うーん、まあ確かに」
思い出してみれば本当に鍋をかき混ぜているだけでなんの変わり映えもしない時間だった。
それを見ていてもつまらないだろうなとサシャは思った。
「そんな時は編集で無駄なところを削っちゃうんだ」
イースラは鍋をかき混ぜているシーンを選んで削る。
「こうすると……」
削る前のところから再生を始めるとお鍋の中の様子がすぐにスープになったところに切り替わった。
「こうやって動画にしたものは編集ができるんだ。そして編集してみやすくしてから他の人が見られるように配信していく」
「へぇ……」
「これをやるためにお金出してちょっといいグレードの配信者登録をしたんだ」
「あっ、あれってそんな意味あったんだ」
わざわざ高い金を出してまで配信者登録の時にアイアン等級からブロンズ等級に上げたのには理由があった。
こうした編集など配信に使える機能は配信者の等級が高いほどに色々とできるのだ。
一番下のアイアン等級だと生配信で垂れ流すことしかできない。
多くの冒険者はそれでいいと考えているけれどしっかりと編集されて見やすくなった配信は今の段階ならそれだけでも見る人がいる。
「みんな知らないことがいっぱいなんだ。配信ってのはただ戦ってる様子を流せばいいってもんじゃない。いかに見てもらうか、これも大切なんだ」
「なるほど?」
微妙に理解できていないのかサシャが首を傾げてイースラは微笑む。
「まだこの世界は配信ってものをちゃんと知ってないのさ。王族の暇潰しだった時とはかなり変わった。やり方を工夫すれば今の俺たちでも配信で稼げるんだよ」
「ふぅーん、よく分かんないけど私にできることあったら言ってね」
「もちろんさ。でも……今は俺を信じてついてきてくれるだけでも嬉しいよ」
色々と受け入れ難いこともあったろう。
しかしサシャは全て受け入れて信じてくれる。
そのことだけでもかなりありがたい。
孤独な戦いなのではないと思えるだけで勇気が湧いてくる。
「それにサシャは今後も配信にメインで出てもらうからな」
「えっ!? まだ出るの?」
「ああ、もちろん」
「イースラやクラインが出ればいいじゃん!」
「俺じゃダメとは言わないけどサシャは可愛いからな」
「はぁっ!?」
サシャの顔が赤くなる。
ストレートに可愛いと言われるとどうにも弱い。
「俺が見てる側ならクラインよりもサシャの方を見たいからな」
「おい、聞こえてんぞ」
「お前だって俺が出てるよりサシャの方がいいだろう?」
「また確かにな」
イースラも顔は悪くない。
ただ美少女の代わりになるかといえば多分ならない。
サシャは美少女だし貴族の女の子とはまた違う素直な感じがある。
見ている側からもウケがいいとイースラは思っている。
ここは一つサシャにも頑張ってもらわねばならない。
「頼むよ、サシャ! お前しかいないんだって!」
「ぬー……」
パンと手を合わせてイースラが頭を下げる。
不純な動機でなく必要だからと言われると断りにくい。
「それにしばらく飯作る配信だからさ! 良いもん食えるから!」
「……じゃあまたこの前みたいな甘いもの食べたい」
「分かった! 食わせてやるから! それに上手くいけばいくらでも食えるぐらいになるよ」
「俺は肉食いてぇな。あの気持ち悪いやつ構えてんのも大変なんだぜ」
「分かったよ。肉だな。どっちももうちょっと待ってくれ」
そう言ってイースラはまた編集作業に取り掛かる。
できるなら今日中に作業を終えてしまいたいと思っていた。
「ねえ、イースラ」
「なんだ? 何か気になるのか?」
「……夢で未来のことを見たんだよね」
「ああ」
「夢の中で大人の私はどうだった? イースラと一緒だった?」
「…………美人だったよ。それにいつも一緒にいてくれた」
「……そうなんだ」
少し答えるまで間があった。
でもサシャはそれ以上聞かなかった。
少なくとも大人の自分は美人で、イースラは美人だと思ってくれたんだなと微笑んだ。
「お前ら先寝とけ。どれだけ時間かかるか分からないぞ。明日も朝からご飯作んなきゃいけないしな」
「俺は寝かしてもらうぜ」
「私はもうちょっと見てようかな」
「……好きにしろ」
イースラはそこから言葉少なく編集作業に集中した。
時折独り言を呟きながら作業するイースラの横顔をサシャは優しく見つめていた。
名無しの視聴者
新しい動画見たか?
名無しの視聴者
なんの動画だ?
名無しの視聴者
ちょっと待てよ……これこれ、『サシャのお料理練習チャンネル』ってやつ
名無しの視聴者
なんだそれ? どんな魔物を討伐してるんだ?
名無しの視聴者
それが魔物の討伐やゲートの攻略じゃないんだよ
名無しの視聴者
なんだよそれ。何を流してんだ?
愛の使者
>>>ちょっと待てよ……これこれ、『サシャのお料理練習チャンネル』ってやつ
見た。ウイ
名無しの視聴者
あっ、ウイの人だ。ウイの人がウイっていうんだからウイなんだろうな
名無しの視聴者
その動画もそうだけどウイの人ってなんだよ?
名無しの視聴者
ウイの人、知らないのか? 青春ウォッチャー、有名なレビュー職人だよ
名無しの視聴者
いや、わかんねぇし!
愛の使者
見てみろ。ウイぞ
名無しの視聴者
だからウイってなんだよ……
ーーーーー
「な、なんだ……?」
「どうしたの、イースラ?」
サクッとギルドのみんなの分の朝ごはんを作って提供して、台所で三人揃って先に確保しておいた美味しいところを食べていた。
イースラは配信者メニュー画面を開いて何かを確認しながらパンをかじっていた。
しかし急に手を止めてぼんやりと画面を見つめ始めたイースラにサシャとクラインは顔を合わせて肩をすくめる。
「いや……こないだのやつ公開したんだけどさ」
「こないだの……トマトのスープ作ったやつ?」
「ああそうだ」
細かく編集を加えて見やすい動画として整えたイースラはタイミングを見て動画を投稿した。
最初の動画であるし今主流であるモンスター討伐ものの配信ではないのであまり期待はしていなかった。
どこかで話題になれば御の字だと考えていたのだけど動画を投稿してから少し時間を置いて成果を確認してみた。
すると想像をはるかに超える反響が動画に寄せられていた。
どうしてこんなに見られているのか分からない。
嬉しいのだけど困惑もしてしまう。
「…………なんだよこれ?」
配信に対してコメントもたくさん来ていた。
確認してみると同じようなコメントが並んでいて驚いた。
一瞬荒らしかと思ったけれど違う。
「ウイ?」
パッと目につくコメントは“ウイ”と書かれたものだった。
ウイだけのものあればここがウイみたいなポイントをあげているコメントもある。
「ウイってなんだよ……?」
回帰前色々と配信を見ていたこともあるイースラであったがウイというコメントがなんなのか分からない。
ただ悪い言葉ではないようで肯定的なものらしい。
イースラはコメントを遡ってみる。
どこがウイと言い始めたのか気になった。
「ブルーネーム……! しかもレビューって」
コメントの最初の方に初めてウイと書き込んだ人がいた。
愛の使者という名前のユーザーで名前の表示が青くなっていた。
ブルーネームと呼ばれる特殊な人で大きな影響力を持っていたり多くの金額を投じてくれたりする大口の視聴者なのである。
愛の使者は配信に対してレビューをしてくれていた。
レビューとは配信をオススメする行為で、レビュー紹介文と共にオススメとして一定のところで取り上げられたりする。
影響力の大きな人がレビューをして配信をオススメしてくれると一気に知名度が上がるのだ。
「なになに……血生臭い配信の中で平和な料理の光景を配信するという新たな試み。配信の中に出てくる二人の関係性は良く……非常にウイものである。ウイポイントが多く、危険な配信ではないためにウイを心ゆくまで楽しめる。ウイ」
レビューを読み上げてみた。
どうやら愛の使者が始まりとなってウイという言葉がコメントに溢れているらしい。
というか愛の使者のレビューを見て配信を見に来てくれる人はよく愛の使者の見ているものを追いかけているようだった。
「ふーむ……」
いくつかコメントを追いかけてみてなんとなくウイというものが分かってきた。
ウイだけでなくどこがウイのかコメントしてくれているものを見て推測する感じでは物慣れないピュアな感じやイースラとサシャの空気感にウイと言っているようだった。
もっと言うとサシャの最初の言い慣れない感じのコメントやイースラがサシャに料理を教えて顔を赤らめるところなんかにウイを感じるらしい。
「初々しい……ってことなのかな?」
愛の使者が他にオススメしているものを見てみたら男女でモンスターと戦っていて互いに心を寄せ合っているような節があるものだった。
男女の甘酸っぱい関係性を見ることが愛の使者の趣味のようで、そうした空気感をウイと表現しているらしかった。
イースラの配信の場合はイースラとサシャの関係がウイようである。
あとは何にでもニコニコとすぐに喜ぶサシャの態度もウイらしい。
「パトロンも愛の使者を始めとして多いな……」
お金や財宝などを配信商人に渡すともらえるポイントを配信者や配信動画に送る機能があり、ポイントを送ることや送る人のことをパトロンと呼んでいた。
愛の使者はレビューをしてくれただけでなくパトロンもしてくれていた。
「10000ポイント!? これは大きいな」
愛の使者のレビューを皮切りに配信の視聴者が大幅に増加してその中からパトロンしてくれる人も意外と現れていた。
評価してくれている人の中にはウイということだけなく、血生臭くない安心してみられることや飯を作るというほっこりすることに好印象を抱いている人も多かった。
狙い通りだとイースラは思った。
今はまだ戦うような配信しかないけれど後々こうした戦い以外のことを配信する人も増える。
料理配信や馬鹿なことをしたりする配信、果てはただ一人で話しているだけなんてものまで現れた。
中でも料理配信は常に一定の視聴者と一定の配信者がいた人気のコンテンツだった。
実はイースラも料理動画をよく見ていた。
まだ世界に余裕がある時はマネしていたし、世界に余裕がなくなった時にはなんとなく食べた気分にもなれたからだ。
だから意外とイースラは料理ができるのだった。
いろいろな料理のことは頭に残っているしサシャが料理の腕前をレベルアップしていくという形を取りながら料理配信すれば一定の視聴者は見込めると思っていた。
愛の使者というそういった配信が好きそうな人に上手く目をつけてもらうことができたのでかなり上々の出だしである。
「しばらくはこれで稼げるな」
上手くいけばもっと視聴者を増やすことができる。
視聴者から直接もらえるパトロンだけでなく視聴数が増えていけば視聴数に応じてポイントも貰えるのでそちらにも期待ができそうだと思った。
「にしても愛の使者ってのは何者なんだ?」
イースラの予想ではお金を持て余した暇人だと思っている。
パトロンするためのポイントも安くはない。
ブルーネームになる条件をイースラは知らない。
ただブルーネームの人は大体大きなポイントをパトロンしてくれるしレビューなどの影響力も強い。
そんなにパトロンできて他の人に影響を与えるほど配信見ているのはやはり金持ちの暇人ぐらいしかいない。
「まあいいか」
見ている配信の種類としてはやや特殊な部類になるがイースラにとってはありがたいだけなのであまり愛の使者の正体については深く考えないことにした。
「編集もいい感じのようだな」
配信が見やすいというコメント見られる。
基本的に撮影したものを編集するのではなくその場で撮影しているものを垂れ流しで配信するのが一般的であり、撮影したものも同じようにそのまま出してしまう人が多い。
なんの説明もされないのだから仕方ない側面はあるものの編集して見やすくするなんて一手間をほとんどの人は知らないし、やらないのである。
一方でイースラは撮影したものを丁寧に編集した。
まだできることとしては多くないが不要なところを削るだけでも他の配信と比べて格段に見やすくなる。
こうしたところも一定の評価を得ていた。
「まあウイがわかんねぇ以上このまま続けるしかないか」
「さっきからウイウイウイウイなんなの?」
「俺にも分かんないんだ」
食事中なことをすっかり忘れていた。
食事が冷める前にとイースラは慌てて口に運ぶ。
大口の視聴者に向けて配信の方向性を振り切ってしまうことも一つの方法ではある。
しかしそうすると他の視聴者が離れていく可能性もあるし、ちゃんと狙いすまして配信を作らねばならないから結構大変である。
ウイというやつが正確にどんなものか分からないので演出することができない。
ならばウイに振り切るのではなく計画通りやっていこうとイースラは思った。
「まあおおむね良い感じだからこのままやっていくぞ」
「ウイ」
「それ、返事じゃないからな」
「いいか。今から魔物の討伐を行うがお前たちは後方で荷物の管理をしていればいい。前に出ることはないし、大人しくしているんだ」
日々掃除に料理と任された仕事をこなして目立たぬように過ごしていた。
まともな料理が食べられるようになってギルドの雰囲気はかなり良くなった。
掃除なんかもしっかりこなして真面目さを見せているのでイースラたちに対する態度もだいぶ良いものになった。
表ではそんなふうにしているが次の配信もすでに投稿していて再び愛の使者が現れてくれた。
ウイがなんなのか特別なことはしなかったのだけど次もウイとレビューとパトロンをくれた。
最初の配信も含めて視聴数は増えていて予想よりも良い感じで推移している。
そんな中でようやくイースラたちが孤児院から引き取られた本当の目的を果たす時が来た。
イースラは大きめの荷物を背負ってギルドのみんなと共に町を離れていた。
昼過ぎまでかかって移動したところで荷物を下ろし、イースラたちが焚き火で軽く料理を作った。
これから行われるのは魔物の討伐だった。
ギルドのみんなも遊んで過ごしているわけではない。
冒険者として魔物を倒して生計を立てている。
イースラたちもだいぶ生活に慣れてきたのでそろそろだろうと駆り出されたのである。
ただしイースラたちがやることは戦うことではない。
「今からあれをあちこち向ける。あの目がついた箱だ」
バルデダルがポムの方を指差す。
目のあたりを青く腫れさせたポムは持つための棒がついたカメラアイを持っていた。
イースラが買ったものより棒の分お高いカメラアイである。
クラインはあの棒いいなと思っていた。
事前にさせられた同業者申請といいロクに説明もするつもりはなさそうである。
「基本的には何も喋らず大人しく作業していればそれでいい」
イースラたちがやるのは画面の端に映ることである。
「スダーヌ、準備はいいか?」
「いいわよ。バッチリ」
魔法使い用の赤いローブに身を包み、しっかりとメイクアップしたスダーヌが髪をかきあげながらポムが持つカメラアイの前に立つ。
「それじゃあ始めるぞ。配信開始だ」
バロンが配信画面を操作して配信を開始する。
「はーい、スダッティランギルドのスダーヌでーす!」
スダーヌはパッと笑顔を浮かべてカメラアイに向けて手を振る。
イースラは配信画面を開いてカメラアイを通しての映像を確認する。
スダーヌも顔は悪くない。
むしろ配信向けの派手な顔をしているので画面越しで見ると映えていい感じである。
「今日は魔物のハイウルフを倒そうと思います。人も襲う獰猛な魔物なので倒してみんなの安全を確保しようと思います」
スダーヌがゆっくりと歩き出す。
ポムはそれに合わせてカメラアイを動かしてスダーヌを枠内に収め続ける。
「あっと……映っちゃったかしら?」
画面の端にチラリとイースラたちが映ってスダーヌはわざとらしくイースラたちに手を振る。
イースラも笑顔で小さく手を振ってサシャとクラインも同じようにする。
「あの子たちは孤児院出身の子なの。身寄りがなくて……孤児院も大変だから私たちギルドが引き取ったのよ。ただ魔物を倒すだけじゃない。こうした活動も必要だと私たちは考えているの。よければパトロンよろしくね」
イースラたちの役割はこれで終わりである。
ちょっとしたアピールのためにイースラたちはこの場に連れてこられていた。
他の配信者で子供を多く引き取って訓練し、冒険者として育て上げるというチャンネルがあった。
子供たちのためというところで応援する声も多くて人気も博していた。
スダッティランギルドはそうしたものを取り入れ、子供を引き取っているというところをアピールしてより多くのパトロンを引き出そうとしているのだ。
参考にしたチャンネルはのちに虐待行為が暴露されたり子供を戦わせることに対しての批判を浴びて消えてしまった。
いろいろ雑用は欲しかったしついでに子供を引き取る良いギルドという印象を与えてパトロンが増えれば御の字といったところである。
そんなことしないでもっと冒険者として腕を磨けばいいとイースラは思う。
ただその考えのおかげで孤児院から脱することができたのだから一概に悪いとも言えない。
「お前たちはこのままここで待機だ。焚き火を消さないように気をつけろ」
流石にイースラたちを戦わせることはしない。
イースラたちに荷物の管理を任せてバロンたちは今回討伐するハイウルフを探しにいった。
「えと……これで終わり?」
初の大切の仕事だと聞いていたのに結構拍子抜けで終わってしまった。
サシャはキョトンとしたままみんなの背中を見送った。
「まあこんなもんだ」
スダッティランギルドにもっと実力があったのならイースラたちを連れて行ったのかもしれない。
けれども流石に子供を抱えての戦いは厳しくて置いていかざるを得なかった。
配信しているというのもネックになる。
子供を連れて上手くやれば動画としての注目度も上がる一方で配信を回している間に子供が死んでしまえば批判は避けられない。
どんな残虐な配信でも止められるわけではないのでそれを逆手に取って残虐な配信を行なっているキラーと呼ばれる人もいる。
さらにそんな残虐な人を突き止めて倒すキハンターと呼ばれる人なんかもこの先には出てくる。
なんにしてもスダッティランギルドには子供を連れていく力もなければ批判で注目を浴びようという気概もない。
せいぜい配信の端で映して同情を引くの関の山なのである。
「まあ俺たちはのんびりしようぜ」
イースラは寝転がる。
あとのお役目は焚き火に時折燃料を足すだけのものである。
魔物や人間が襲ってくる可能性は少なからずあるけれど今いる場所は比較的視界も開けているので誰かが近づいてくれば分かる。
「なあイースラ」
「なんだ?」
「少し体動かそうぜ」
「おっ、お前もやる気出てきたな?」
寝転がるイースラにクラインが声をかけた。
イースラは珍しい申し出にニヤリと笑って体を起こす。
「今日こそお前から一本取ったるからな……」
クラインは手近にあったまっすぐな棒切れを手に取るとイースラに投げ渡す。
イースラが回帰してからやっていることは配信だけではない。
将来に備えて体を鍛えたり剣の練習をしたりしていた。
回帰前の記憶があろうと体は回帰前の経験を引き継いではいない。
何もしなくて動けるはずはなく、今から適切に鍛えていけば大人になった時に回帰前よりも強くなれると考えていた。
むしろ今から鍛えておくことの方が大事なのである。
イースラたちは朝早く起きて掃除をしたり料理したりしていたけれどイースラはその中でもさらに早く起きて体を動かして鍛錬していた。
サシャやクラインに言うこともなく特に強制するつもりもなかったのだけど、ある時朝早くから鍛錬していることを気づかれた。
隠していることでもなかったのでいつかは気づかれると分かっていた。
意外だったのはクラインが一緒にやると言い出したことだった。
少し困惑したけれど悪いことでもない。
サシャもやると言ったので結局三人して鍛錬をしていた。
剣に見立てた棒を振ったり外を走り込んだりと基礎的なことから始めて、サシャやクラインとイースラが手合わせをして戦い方を体に叩き込んだりしていた。
流石に回帰前の知識があるイースラは二人には負けない。
クラインはそのことが悔しいのか意外と鍛錬を頑張るようになっていた。
今もイースラが体でも動かそうと提案する前にクラインが自分からやりたいと言い出した。
これは非常に良い兆候である。
「今日は周りも広いし魔力も使うか」
いつもはギルドハウスのキッチンか裏手で鍛錬している。
本当はもっと広いところがいいのだけど部屋は狭いしギルドの他の人に鍛錬しているのを見られて目をつけられても面倒である。
だから普段は隠れるようにしていたが今は広々とした場所なので遠慮なく剣を振り回せる。
ギルドメンバーも討伐に向かっているのでしばらくは帰ってこない。
ちょうど良いタイミングである。
「はああああっ!」
一度を閉じて集中を高めたクラインの体から魔力が溢れ出す。
「うん、良い感じだな」
この世の全ての生き物は魔力を持っている。
人間だって同じで、魔法使いでなくとも魔力は持っていて扱うことができる。
だが多くの人は魔力を上手く扱えない。
それは扱い方を知らないからである。
魔力を魔法として扱うことは分かっても魔力を魔力として扱うことは意外と難しい。
魔力を魔力として扱い、そうした能力や才能を持った人のことをオーラユーザーと呼ぶ。
しかし誰しもが魔力を持っているのだから誰しもがオーラユーザーになることはできるのだ。
「今日こそぶっ飛ばしてやっかんな!」
「はっ! 俺にやられて泣くなよ?」
「泣かねえよ!」
クラインは木の棒に魔力を込める。
金属の剣と違ってただの木は魔力を通しにくい。
それなのにすんなりと魔力を込められる時点でクラインにも才能があるとイースラは思った。
魔力の鍛錬に遅すぎることはあるけれど早すぎることはない。
子供の感覚は大人よりも柔軟であり目に見えない魔力という力を比較的容易に受け入れられる。
イースラの回帰前は大人になってからようやく魔力の扱いを習ってオーラユーザーになった。
今回は少なくともその時よりも早く魔力を扱えるようになっていた。
ついでにクラインもオーラユーザーとして大成しそうである。
「どりゃああああっ!」
クラインが木の棒でイースラに切り掛かる。
イースラも魔力を解放してクラインの攻撃を受け止める。
イースラの白い魔力とクラインの魔力がぶつかって魔力によるきらめく火花が散った。
異なる魔力が瞬間的にぶつかると魔力同士が爆ぜて小さく光を放つのである。
魔力同士が押し合う一瞬の抵抗感があって木の棒同士がようやく衝突する。
「おりゃりゃりゃっ!」
クラインが激しく木の棒を振り、イースラは冷静に攻撃に対処する。
「うーん、やっぱり強いな」
イースラとクラインの戦いを見ながらサシャは思わず感心してしまう。
同じく魔力を使っているのだけどその様相はまるで違う。
クラインはまさしく魔力を放っている。
黄色い魔力が体から溢れ出し、空中に拡散して消えていっている。
対してイースラは魔力をまとっている。
白い魔力を完全にコントロールしていて拡散していかないように体に一定の厚さでまとっているのである。
美しいとすらサシャは思った。
頭から足の先、持っている木の棒に至るまでよどみなく魔力をまとうイースラに見惚れてしまう。
数回棒をぶつけて斬り合いを演じる。
戦いは拮抗していたように見えたのだがすぐに変化は訪れた。
「くっ……」
「ふふ、まだまだだな」
クラインの棒にまとわれた魔力が揺らめいて不安定になった。
維持しようと魔力を止めるけれど棒に上手く魔力が込められない。
「うっ!」
魔力に気を取られた隙をついてイースラがクラインの胴に一撃を叩き込んだ。
「はい、勝負有り!」
審判代わりのサシャがサッとイースラの方に手を上げる。
「くそぉ……」
「毎日進歩してるぞ」
クラインの魔力が急に不安定になったのは魔力不足、コントロール不足が原因である。
魔力というものは放出すると簡単に拡散して消えていってしまう。
それを拡散しないように体の周りに留めてまとうことがオーラユーザーとしての基本的な魔力の使い方になる。
クラインは魔力の放出ができるようになった。
魔力を放出できることは魔力を扱う上での第一歩であり、オーラユーザー入門といったレベルである。
ここからオーラを無駄に消費しないようまとうことが必要なのであるがクラインはまだまだそこが甘い。
そのために魔力を多く消耗してしまっているのであっという間に魔力不足になった。
「次はサシャだな」
「うん、やるよ!」
クラインだけでなくサシャも積極的に剣を振る練習をしていた。
イースラの記憶では回帰前サシャは魔法使いだったのだけどオーラとして魔力を使えて悪いことなどない。
魔法しか使えないと接近戦に弱いなどデメリットがあるが、オーラとして魔力を使えればいざという時自分で剣を抜いて戦うこともできる。
「やあっ!」
サシャも魔力を放出してオーラとしてまとう。
サシャのオーラは美しい青色をしている。
クラインのものに比べると力強さはないもののただ放出していただけのクラインよりもいくらか体の周りに魔力を留めることに成功している。
まだまだ放出、拡散していることに変わりはないがクラインより長持ちするだろう。
ただサシャの持っている木の棒にまとわれている魔力はやや弱い。
力強さがない分魔力を通しにくい木の棒に魔力を込めるのが上手くいっていないのである。
「いくよー!」
サシャがイースラに切りかかる。
クラインは比較的自由に剣を振っていたのに対してサシャはイースラが教えを守って基本的に剣を振り下ろす。
初心者っぽい固さは抜けていないがまだ初心者なのだからこれでいいとイースラは思う。
基礎ができてこそ応用もできる。
「はっ!」
振り下ろされたサシャの木の棒をイースラが受け止める。
少しずつサシャのまとうオーラが弱くなってきている。
呼吸も乱れてきているけれど、まだ目はイースラから一本を取ろうとしている意思を見せている。
やる気という側面でもサシャの素質は十分だ。
「ふっ!」
「あっ!」
サシャの手から木の棒が弾かれて飛んでいく。
「全然勝てないね……」
肩で息をして汗を流しているサシャは少し悔しそうな顔をした。
これから先だって負けてやるつもりはないけれど、二人が努力を続けていけばイースラだっていつまでも勝てるとは限らない。
二人に負けないように自分も努力せねばならないなと思う。
「んじゃ最後にアルジャイード式だな」
サシャとクラインが地面に座って目を閉じ、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
魔力というのは生まれた時からの才能で持っている量が決まっているとされている。
しかし実は鍛錬によって魔力量を増やすことができるのだ。
魔力を使い切ってしっかり休むとほんのわずかであるけれど魔力が増加するのだ。
基本的には魔力は使い切ると疲れてしまうので使い切らないようにするのが普通なのであまり多くの人はこのことは知らない。
それに増える量もわずかなのでちょっとやそっとでは違いは感じられない。
けれども子供の今のうちからやっておけば大人になることにはやらなかった時としっかりとした差が出てくる。
ただ魔力を使い切り休んで回復させるだけが方法じゃない。
より速く回復させより魔力を高める方法も存在している。
それがアルジャイード式と呼ばれる魔力運用方法なのである。
「ゆっくり吸って……魔力を体の中で一周させて心臓に運ぶんだ」
魔力は心臓から生み出される。
健全な肉体、健全な精神であれば心臓から魔力が生み出されて心臓に魔力が溜められる。
健康に生きていればそれだけで魔力が生み出されて回復するのだけど魔力は心臓から生み出されるものだけでなく空気中にも満ちている。
アルジャイード式は空気中の魔力を取り込んで自分の魔力とする方法の一つで、安定的に魔力の回復と増加ができる。
外から取り込んだ魔力を体の中で巡回させて心臓に送り込むことで自分のものにするのだ。
危険なことの少ないやり方であるが集中を要するので邪魔が入らないようにイースラが見張りを務める。
「そろそろ一度戻ってくるかな?」
もう少し時が進めば時計というものも手に入りやすくなるけれど今は超がつくほどの高級品である。
時間なんか太陽の位置から予測するしかない。
太陽の位置からすると今は大体昼時。
そろそろ昼食がてら休憩しに来るだろうとイースラは読んでいる。