ここは闘技場の通路。
あれからドラバルトとファルスは、マルバルトの配下の者と主催者用特別観覧席へ向かっていた。
するとマルバルトの配下の者は、いきなり立ちどまる。
それをみてドラバルトとファルスは静止した。
「どうした? なぜ立ちどまる」
そうドラバルトが問いかけるとマルバルトの配下の者は、ニヤリと笑みを浮かべ右手を上げる。
それと同時に、大きな檻が降ってきた。
「まずいっ!?」
そう言いながらファルスは、渾身の力でドラバルトを殴る。
その声に気づくもドラバルトは、余りにも速かったため何がなんだか分からないままファルスの一撃をくらった。
そして、そのままマルバルトの配下の者の方へ吹き飛ばされる。
「グハッ!」
床に叩きつけられたドラバルトは、マルバルトの配下の者を下にした状態で起きあがった。そして、ペッと口の中の血を吐くとファルスを睨んだ。
「なんのつもりだぁっ!?」
そう怒鳴ったあとのドラバルトの表情は、驚きに変わっていた。
そう、大きな檻の中にファルスが居たからである。
「これは……どういう事だ?」
そう言いドラバルトは、自分の下に居るマルバルトの配下の者へ視線を向けた。その後、脇へ退ける。そして、持っていた鎖で拘束した。
「気絶しているだけか」
マルバルトの配下の者をみたあとファルスの方へ視線を向ける。
「ファルス、すまない」
「それは、構わん。それよりも、この檻をどうにかしないとな」
そう言いながらファルスは、檻の金属でできた格子に手で触れてみた。
「ウッ……」
すると、手を伝い電気が全身を巡る。それと同時に、慌てて持っていた格子を離した。
「大丈夫か、ファルス!」
「ああ、問題ない。少し手の一部が焦げたけどな」
そう言いファルスは、自分の手をみる。……その程度で済むって、流石は神だ。
「それならばよいのだが……出れそうか?」
「今すぐには無理かもしれん。ドラバルト、これには……何かあるかもしれない。お前は、マルバルトさんの所へ行け!」
「そうだな。これが俺を捕まえるだけのことなら、父上は無事なはず」
そうドラバルトは言い、走り出そうとする。
「……待て、ドラバルト。もしそうだったなら、ミスズの方へ向かえ」
それを聞きドラバルトは、立ちどまりファルスの方を向いた。
「なるほど、それはあり得る……分かった!」
「オレは、この檻から出たらミスズの方へ向かう」
それを聞きドラバルトは、コクッと頷き主催者専用観覧席の方へ駆けだす。
それを確認するとファルスは、グルリと周囲を見回した。
(行ったか……。うむ、それに誰も居ないな。下手に神の力を使えばバレる。……用心だけはしておくか)
そう言いファルスは、両手を真上に掲げる。その後、神語で唱え自分の周辺に偽の映像を映し出す結界を張り巡らした。
「これでいい。さて、破壊するか」
ファルスはそう言うと、再び両手で格子を握り締める。そして電流が放たれる前に、素早く全身に力を込め両手に熱量を溜めた。それと同時に、高熱のエネルギーを解き放つ……。
すると高熱により格子は、ドロドロにとろける。
「これでいいか、じゃあ解除しないとな」
そう言いファルスは、パチンっと指を弾く。それと同時に、パッと結界が解除された。
その後ファルスは、檻の外へとでる。
「さてと……ミスズの所に行くか」
そう言いファルスは、ミスズが居る特別観覧席へと向かった。
ここは主催者用観覧席。
あれからドラバルトはここにくる。そして部屋に入るなり、自分を攻撃してくる者を倒していった。その後、血を流し床に倒れているマルバルトへと駆け寄る。
「……フゥー、よかった生きてる。だが……これは、どういう事なんだ?」
そう言いドラバルトは、持っていた回復薬をマルバルトに飲ませた。
するとマルバルトは、徐々に瞼を開いていく。
「ウッ……う、うん。……ドラバルト、か」
「いったい何があったのです!」
ドラバルトはそう言い、マルバルトを心配する。
「すまん……まさか部下の中に、女神崇拝派の者が居るとは思わなかった。それも……一人ではない」
「なぜ父上を狙う必要が……」
「ドラバルトを裏切るように言われたのだ」
マルバルトはそう言い無作為に一点をみつめた。
「もしかして、それを断ったのですか?」
「勿論だ。自分の子供を裏切る訳がないだろ!」
「そのせいで父上は……」
そう言うとドラバルトは、苦痛の表情を浮かべる。
「ドラバルト、そんな顔をするな……お前らしくないぞ」
「そうだな。それで、父上を狙った女神推進派の者たちは?」
「もしかしったら、ミスズの所に向かったかもしれん」
それを聞きドラバルトは、マルバルトをみた。
「やはりそうか……父上、申し訳ないが……俺はミスズの下に向かう」
「ああ、私は大丈夫だ。早く行けっ!」
そう言われドラバルトは、頷き駆けだす。そして部屋を出ると、美鈴の下へ急ぎ向かった。
それを確認するとマルバルトは、ゆっくりと立ち上がる。その後、部屋の中を見渡した。
(ドラバルトがやったのか? 数名の者が倒れている。見た限り……死んでいない。なるほど……里を出て、かなり成長したようだな)
そう思いながらマルバルトは、目を細め笑みを浮かべる。そのあと、ゆっくりと歩き出し部屋の片づけを始めた。
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ここは美鈴とミィレインが居る特別観覧席。
美鈴とミィレインは、あれからずっとモドルグと話をしている。
「何度も言うけどね。ウチは女神崇拝派や魔王崇拝派の、どっちにもつく気なんかないから」
「それは困ります。ミスズ様がスイクラム様を嫌いなのは分かりました。ですが貴女には……勇者として……いいえ、女性ですので聖女ですね」
「あーえっと、ねぇ。勇者の次は、聖女? どんなに良い言葉を並べても、ウチはその気にはならないよ」
そう言い美鈴は、モドルグを睨んだ。
「ああ……ここまで頑固な女性をみたことがない」
モドルグはそう言い、美鈴の手をとる。そして、ウットリしながら美鈴をみた。
そこにファルスが部屋の中に入ってくる。と同時に、今ある光景をみて目が点になる。
そうモドルグが美鈴の手にキスをしていたからだ。
因みに美鈴は、いきなりのことで困惑していた。勿論、顔は真っ赤である。
「ハッ、これはいったいどうなっている?」
その声を聞き美鈴とミィレインとモドルグは、ファルスの方をみる。
「これは……ミスズ様のお仲間ですね。確か……ファルスでしたか」
「ああ、そうだが……ミスズをどうするつもりだ?」
「どうもしませんよ。ただ、ここまで芯の強い女性にはあったことがありません。そのためかは分かりませんが、好きになってしまったかもしれない」
それを聞き美鈴は、更に困惑する。そう美鈴は、今でもエリュードが好きだ。
だが先程マルバルトに、ドラバルトは美鈴のことを好きかもしれないと言われた。
そして今、モドルグの口から好きになってしまったかもしれないと言われる。
それらが美鈴の頭をグルグルと駆け巡り、どうしたらいいのか分からなくなっていた。
一方ファルスはそれを聞き、なぜか今までにない感情を抱いていることに気づく。
(なんだ……この怒りにも似た感情は……)
そう思いファルスは、無意識にモドルグを睨んでいた。
ここは美鈴とミィレインが居る特別観覧席。
美鈴はどうしていいか戸惑っていた。そう、モドルグに超ド直球の告白をされたからだ。
片やミィレインは、とりあえず様子をみている。
そんな中ファルスは、モドルグが美鈴に告白したことに対しなぜか嫉妬していた。
だが神であるファルスにとって初めての感情だ。そのため、なんなのか分からず困惑している。
モドルグはと云うと……。美鈴をみて、ウットリしていた。
それから数分後……血相を変えてドラバルトが部屋の中に入ってくる。
「ハァハァハァ…………これは、どうなっているのだ?」
部屋に入るなりドラバルトは、信じられない光景を目の当たりにした。
そう、なぜかファルスとモドルグが美鈴の手を引っ張り合っていたのである。
「あ、ドラバルト! みてないで助けてよ」
「いったい何があった?」
「訳はあとで話すから……って、痛い!?」
そう言われドラバルトは、勝てそうなモドルグを思い切り殴った。……ハッキリ言って、弱い者いじめだな。
モドルグはなんの前触れもなく、いきなり殴られ床に叩きつけられる。そして、タラッと鼻血が垂れた。
「ド、ドラバルトっ! なぜここに居るのです?」
「フンッ、モドルグ……俺が居てはいけないのか?」
「クッ……ああ、勿論だ。いや、今は違うか……お前に確認したいことがある」
そう言いながらモドルグは、ゆっくり立ち上がる。
「素に戻ったな」
「ああ、お前とはこっちで話した方が早いからな」
「ほう、俺と話だと……面白い。昔馴染みだ……どんな話か楽しみ、って言うと思ったのか?」
そう言われモドルグは首を横に振った。
因みにドラバルトとモドルグは幼馴染だ。しかし気が合わず、いつも喧嘩していたのである。
「思ってないさ。ただ……普通に話して、ハイそうですかって素直に聞いてくれないとは思ってるよ」
「そうだな……二重人格男が。俺は昔からお前が嫌いだ」
「ああ、知っている。昔、散々言われたからな」
モドルグはそう言うとドラバルトを睨んだ。
「まあいい……聞きたいことってなんだ?」
「お前が……今も魔王を崇拝しているのかってことだ」
「そのことか。確かにテルマ様は好きだった。だが、魔王を崇めていた訳じゃない」
それを聞きモドルグは、ニヤリと笑みを浮かべる。
「じゃあ、女神を崇拝するんだな?」
「それも違うな。俺は魔王崇拝派や女神崇拝派の……どっちにも、つく気はない!」
「そうか。お前も、ミスズ様と同じ意見だってことか」
そう言われドラバルトは、コクッと頷いた。
「そういう事か……それで、ファルスとミスズの取り合いをしていた訳だな」
ドラバルトはそう言うとファルスを指差した。
「いや、それは違う。私は、ミスズ様のことを好きになった。だからミスズ様に好きだと告げたら、この男と取り合いになったのだ」
それを聞きドラバルトは、モドルグの顔を思いっきり殴る。
殴られモドルグは、ファルスの方へ飛ばされた。
ファルスは自分の方に飛ばされて来たモドルグを軽く蹴る。だが、少し先まで飛ばされモドルグは壁に激突した。
その後モドルグは、頭から血を流し胸を押さえながら立ち上がる。
「グハッ……なるほど、ドラバルト。この男と同様に……お前も、ミスズ様のことを好きだとはな」
そう言いモドルグは、ファルスを指差した。
「待て……じゃあこの感情は、男が女を好きになった時に起きる現象という事か?」
「そういう事らしい。そうか、俺もそうだったみたいだ。まさか、モドルグに教えてもらうとはな」
「……ガキじゃあるまいし、そんなことにも気づかないとはな」
それを聞きドラバルトとファルスは、モドルグを睨みつける。
そしてその様子をみていた美鈴は、どうしていいか分からず混乱していた。
「待って! なんでウチを無視して勝手に話を進めてるの? そもそも、ウチには好きな人がいる……そのことをドラバルトもファルスも知ってるよね」
喧嘩を始めたドラバルトとモドルグを美鈴は止めようとする。
因みにファルスは美鈴への感情に気づき喧嘩に加わらず考えていた。そう神である自分が、なぜ人間のような感情を抱くのかと思ったからである。
(何かが変だ。この感情が、そうだとしたら……いやそもそもオレは神だぞ。人間と同じように恋をする訳がない。好き嫌いを選ぶとすれば、人として……)
そう考えながら美鈴へ視線を向けた。
片やドラバルトとモドルグは取っ組み合いの喧嘩をしている。そのため美鈴の声が聞こえていなかった。
「ハァー……駄目だ。仕方ない能力を使って、やめさせるか」
そう言い美鈴は眼前に両手を翳す。すると、ステータス画面が現れる。その後、即座に全体と攻撃を選び、スロットをスタートさせた。
早くと思いながら美鈴は、スロットが止まるのを待っている。
その間にもドラバルトとモドルグの喧嘩は激しさを増してきていた。
そのため壁の至る所が破壊されている。
それをみて美鈴は、やきもきしていた。
するとスロットが停止して表示された文字は【能】である。
(どうしよう…………そうだね……この状況なら、これしかないか)
考えがまとまると美鈴は両手をドラバルトとモドルグに向けた。
《無能力っ!!》
そう言い放つとドラバルトとモドルグの全身が発光する。
その言葉を聞きドラバルトは、ハッとし自分の体の変化に気づいたためモドルグから離れた。
片やモドルグは、なんのことか分からずドラバルトのとった行動に対し首を傾げる。
そんな中ファルスとミィレインは、このあとどうなるのかとこの状況を見守っていた。
「ミスズ、なぜ俺にまで言霊を?」
「あのね! ドラバルトとモドルグが中々喧嘩をやめてくれなかったからでしょっ!!」
「言霊……それがミスズ様の能力なのですか?」
そう言われ美鈴は、コクッと頷く。
「無能力……と、いう事は……。俺には、関係ないな」
ドラバルトはそう言い手を組み、ポキポキと指を鳴らした。
「ま、待て……ドラバルト! 能力がないのに、お前とやり合って私が敵う訳がないだろ」
「そんなの知るかっ!?」
そう言い放ちドラバルトは、モドルグを殴ろうとする。
「ドラバルトっ、お座り!」
美鈴にそう言われて、ドラバルトは操られるかのように正座で床に座った。
それをみたファルスとミィレインとモドルグは、驚きドラバルトをみている。
「ウグッ……ミスズ、なぜ止めるのだ!」
「ドラバルト、ウチの取り合いをしてくれるのは嬉しいけど。知ってるよね? ウチには好きな人が居るって」
「ああ……そうだったな。そうか……じゃあ、ソイツも血祭りに」
それを聞き美鈴は、ゴンッとドラバルトの頭を殴った。
「いい加減、怒るよ!」
「ツウ……怒ると言いながら既に殴っているではないか」
そう言いながらドラバルトは頭を摩っている。因みに小さなタンコブができていた。
「そうですか……ミスズ様には好きな人が居るのですね。それなら確認次第、始末しませんと。それで、その方はどこに居られるのですか?」
「……いう訳ないでしょっ!」
「モドルグ、それはいい案だ。そうすれば……」
それを聞き美鈴の目に涙が浮かんでくる。
「グスンッ……いい加減にしてよ。そんなんで、ハイそうですかって好きになれる訳ない。それにさあ、もっと相手のことを考えてよね」
そう言い切ったあと美鈴は、ウワアァァーンっと大泣きをしてしまった。
それをみたドラバルトとモドルグは、どうしていいか分からず困惑している。
そしてその光景を、ずっとみていたファルスとミィレインは頭を抱えていたのだった。
「ミスズ……悪かった。そうだな……確かにお前の気持ちも考えずに、オレは……」
そう言いドラバルトは美鈴をみたあと頭を地面につけた。
「まさか……お前が、頭を下げるとは」
モドルグはそう言い驚いている。そう人に頭を下げているドラバルトをみたことがなかったからだ。
「分かればいいよ。それでモドルグは、どうなの?」
そう言い美鈴は、モドルグを凝視した。
「そうですね。ミスズ様のことを好きなのは事実……ですが嫌われたくない。申し訳ありませんでした……ですので私も貴女の下僕にしてください」
モドルグはそう言うと訴えかけるような目で美鈴をみる。
「あーえっと……そういわれても、ねぇ」
美鈴はどうしたらいいか戸惑いミィレインの方をみた。
「別にいいんじゃニャい? それに、これってアタシが決めることじゃニャいわよ」
「そうだけど……」
どうしていいか分からず美鈴は混乱する。
「モドルグ、お前が僕になるのは反対だ!」
「フンッ、ドラバルト。ミスズ様の僕になれるのはお前だけだと思うなよ!」
そう言いモドルグは、ドラバルトを睨みつけた。
「お前たちいい加減にしろっ!! いや……モドルグ、なぜそんなにミスズにこだわる?」
「お前……ファルスと云ったか?」
「ああ、そうだ。それがどうした?」
それを聞きモドルグは、ジーっとファルスをみる。
「いや、どうもしない。ただ、気になっただけだ。それに……お前から神の匂いがする」
「…………話をすり替える気か?」
「そのつもりはない。ずっと気になっていたから聞いただけだ」
そう言われファルスはモドルグが何を言いたいのか分からず困惑した。
「言わなきゃいけないのか?」
「それは自由だが……それに人間にしては強いと思ってな」
「なるほど……まあ、このぐらいならいいだろう。確かに昔は、女神を崇めていた。だが……それだけだ」
それを聞きモドルグは、すんなり納得する。
「それで……そういう事か。じゃあ次は私の番。こだわる訳は……好きと云う理由とミスズ様であれば、この世界を変えてくれる……そんな気がするからだ」
「ミスズが世界を変えるか……確かに可能かもしれんな」
「……本気か? そもそも、この世界は女神スイクラムが創った世界だ」
そう言いファルスは美鈴へ視線を向けた。
「ウチが……いやいや、それはあり得ないでしょっ!」
「それは分からニャいわよ。ミスズは間違いニャく真の勇者だと思うの……その証拠にアタシが、ここに居る」
「なるほど……そういう仕組みか。真の勇者のみに水の守護精霊が発現する」
ファルスはそう言い思考を巡らせる。
(益々分からん。なぜ真の勇者を見誤った? よく確認しなかったとしか思えぬ)
そう思いファルスは天井の一点をみた。
「そういう事。ですので、ミスズ様が女神側にも魔王側にもつかないと判断したのなら……この世界を変えるしかありませんよね?」
「そんなことができるの? ウチにそんなことが……」
「ええ、可能なはずです……貴方が望むのであれば」
そう言われ美鈴は戸惑っている。
「それは面白そうだ。それが可能であれば、テルマ様の望みも叶う……」
「そうか……魔王テルマは…………そういう事だったのか」
「ああ、道を誤ったと言っておられた……進む方向をな」
その話を聞き美鈴は複雑な気持ちになっていた。