保健室の天使くんは今日も静かに過ごせない

 窓から差し込む光が反射して、綺麗だと思った。
 白いカーテンを開けた先に人がいるなんて思わなくてびっくりしたのと、振り返ったその人が綺麗で見惚れてしまったのとで、俺は束の間フリーズしてしまったのだった。
 
 二学期が始まり、ようやく夏の暑さから解放され始めた十月。その人の背後にある窓の外では、緩く吹く風に、木の葉が揺れている。
 目の前に広がる光景が、完成された一枚の絵のように感じた。

「ご、ごめんなさい。人がいると思わなくて」
 我に返り、慌ててベッドサイドのカーテンを閉める。
 
 泣いていた。
 光に反射したのは涙だったと時間差で理解した。男の人が泣く姿を見るのも初めてだけど、美しいと思ったのも初めてだった。
 
 見てはいけないものを見てしまった気がする。
 踵を返して立ち去ろうとした時、背後で勢いよくカーテンが開き、手を掴まれた。
 
「天使くん、待って」
 て…………天使くん?
「あ、あの……天使くんって何ですか?」
 思わず怪訝な表情を浮かべてしまう。
 その人は悪びれる様子もなく、いきなり嫌な態度を取った俺を怒る事もなく、にっこりと笑って言った。
「天使くんは、オレが君につけた愛称。毎日ここで寝てるでしょ? 寝顔が天使みたいだから名付けたんだ」
 得意げにピースをして見せる。
「ほら、それに全体的に色素薄いし。髪、綺麗な色だなって思ってたんだよねぇ。アッシュ系?」
「天然です」
「マジで!? 羨ましい。オレなんて毎月染めてるのに」
「祖父がロシア人なので。多分、それで……」
 生涯であと何度この説明をしなくてはならないのだろう。
 考えただけでうんざりする。
 初対面の人相手とはいえ、もう解放して欲しいと言わんばかりの口調になってしまう。

 それでもその人はまるで気にもしていない様子で、満面の笑みを浮かべている。
「わー! 納得。それで顔立ちも日本人離れしてるんだ! 肌も白いし、本物の天使じゃん」
 興奮気味に顔をマジマジと見られても赤ちゃんじゃあるまいし、高校二年生にもなって寝顔が天使みたいなんて言われるとは思いもよらない。
 それに、本物の天使が高校に通うはずないじゃないか。

 自分の顔は好きじゃない。
 子供の頃から「変な顔」だと同級生や近所の子供達に言われ続けてきた。
 最初は外国の血が入っていることを説明していたが、その内、面倒になってやめた。
 説明してもしなくても、俺を好奇な目で見るのをやめてくれたりしないと気付いたから。
 久しぶりにこの事を話したなと思った。
 それでも天使くんと呼ばれるのは癪に障るので、仕方なく自己紹介をする。
 
「あの、俺、白瀬悠羽(しらせゆう)って言います」
「そっか。でも天使くんが板に着いちゃったからなぁ。どうかなぁ、名前覚えられっかな」
 そんなに難しい名前ではないですと言おうと思ってやめた。反論する前に怠いと思うのが早い。
 あまり喋るのは得意じゃない。

 そして改めてこの人を正面から見て、他人に興味のない俺でも誰なのかは分かった。
 三年生の城崎海志(しろさきかいじ)だ。
 派手な金髪にピアス。なのに成績は常にトップ争いを繰り広げるメンバーの一人である。
 幼馴染の高坂雅久(こうさかがく)もその内の一人で、よく愚痴を聞いているので間違いない。

「オレの名前はねぇ」
「知っています。失礼します」
 これ以上、人と話すと疲れてしまう。
 せっかく息抜きに来たのに、先輩がいたんじゃ寝られもしないだろう。
 教室に帰る気にもなれないけど、どうにか人気のない場所を探すしかない。

 大体、今日に限って保健の片桐先生が入れ違いで出て行ってしまった。先生がいれば押し付けられるのに……なんて頭の中で悪態を吐きながら城崎先輩にお辞儀をした。

「そんなツレないこと言わないで、休んでいきなよ」
 無理矢理、腕を組まれて奥のベッドまでつれて行かれる。まるで自分の家のような振る舞いだ。
 さっき泣いていたとは思えない明るさである。
 もしかすると見間違いだったかな……なんて思っていると、 城崎先輩はベッドに座ると同時に話し始めた。
 
「オレねぇ、失恋したんだぁ」
「え、あ、はぁ……」
 どんなリアクションをすれば良いのか分からない。
 戸惑ってしまい、自然と向かいのベッドに腰を下ろしてしまった。これでは昼休みが終わってしまう。しかし先輩の話を聞かないのも失礼だし……。なんて考えるだけで疲れてため息を吐きたくなる。

 城崎先輩は俺に構わず話を続ける。
「さっきキスして肩どつかれた」
 あははっと笑って見せる。
 暴露される内容がいちいち濃すぎて混乱してしまい、眩暈がしてきた。
 告白がキスだったの? え、誰に? さっきって、ここで? だってここには片桐先生しかいなくて……。
「えっ」
 理解が追いつかず、強張った顔のまま城崎先輩を凝視してしまった。
 先輩はさっきよりも大きな声で「あはは」と笑い「天使くんって、面白いねぇ」と破顔する。
 今は城崎先輩の話をしているのであって、俺自身は面白くも何ともない。

「相手は片桐先生で合ってるよ。卒業するまで我慢しろよなって、自分でも思うんだけどさ。二年も片想いを拗らせてたら、つい好きが溢れてキスしちゃった」
 しちゃったですることではないと思うが、返す言葉は出てこない。

 城崎先輩の好きな人が片桐先生というのも意外だった。
 女子から相当な人気を博していて、『城崎派』か『高坂派』。殆どがそのどちらかに所属してると言っても過言ではない。

 生徒の注目を浴び、影響力もある。
 そんな人が一途に二年間も不毛な恋をしていたなんて、誰も予想できっこない。
 
 しかし何故、俺に話したのだろうか。
 一人でも誰かに話せば瞬く間に噂は広がる。尾鰭背鰭が付いて、ないことまで言われる。
 勿論、誰にも言うつもりなんてないけど、初めて喋る相手には話の重要度が高すぎると思ってしまう。
 そこまで考えて、「そうですか」とだけ答えた。

「天使く〜ん、他にもっとなんかないの? 残念でしたね〜とか、失恋には新しい恋ですよ〜とか、男が好きなんですね〜とか。次は僕なんてどうですか〜とか」
「いや……はい……」
「ふふ……めんどくさいって顔に書いてある。分かりやすいねぇ」
「すみません」
「いいよ。オレも泣き顔見せちゃったし。理由も知らないままだと後味悪いかなって思って、打ち明けてみました」
 舌をぺろっと出して見せる。
「でも、傷ついてるんですよね?」
 つい口に出して直ぐに後悔した。
 その瞬間、城崎先輩が泣きそうに笑ったから。




 
 城崎先輩の笑顔は、俺との間に一本の線を引いたように思えた。ここから先はまだ入っちゃダメだと境界線を張ったような、人を簡単には寄せ付けないオーラを感じた。
 あまり踏み込まれたくないのかもしれない。同性が好きなんて簡単に言ったけど、軽い気持ちで暴露できるものでもないし。でも、誰かに本当の自分を話したかったのかな、なんて思う。
 
 自分もたまにそう思う時がある。あまり喋らないから誤解を招いているのは自覚している。別に怖い人でも根暗なわけでもないけど、白瀬悠羽という人間を理解してもらう努力を放棄してしまってからは、他人から勝手なイメージを作られても受け流すに徹している。
 別にそれでいいんだけど、たまに……、極、稀に……たった一人でいいから、本当の俺を分かって欲しいと思うことがある。
 それは決まって、わけもなく寂しさを感じる時だ。
 先輩の失恋が本当なら、今、無性に寂しさを感じていたのかもしれない。
 誰にも知られていない自分を、誰かに見て欲しかったのかもしれないと思った。
    
「天使くんはオレが男が好きだって知っても、気持ち悪がったりしないんだねぇ」
「特には」
「寛大だねぇ」
 静かに言った城崎先輩は、大人っぽく見えた。

 窓の外に目を向けた城崎先輩は、空を見て呟いた。
「朝でも昼でも夜でもさ、綺麗な空を見たときに、一番に思い出してもらえる人になりたいんだよね。その人の心を独り占めできた証拠じゃん」
 独特の感性に、けれど妙な説得力を感じてしまう。
 
 正直、雅久から話を聞いている(聞かされている)限りでは、もっと騒がしくて陽キャの代名詞のような人物像だった。
 一対一だと違うのか、それとも相手に合わせて接し方を変えているのか。
 なんにせよ、きっと城崎先輩は他人の心に入り込むのが上手なんだろう。
 自分には立ち入らせないのに……。
 
「オレの顔になんかついてる?」
「いえ、何も」
 考え込んで見過ぎていたと気付き、さっと視線を逸らした。

 予鈴が鳴り、立ち上がる。
 結局、寝られなかったな……。
 いつも通りの時間に保健室へ来ていたなら、城崎先輩とこんなにも話したりしなかっただろう。
 今日は職員室に寄っていたため、十分ほど遅かった。
 でも城崎先輩が片桐先生にキスをしちゃった場面に遭遇していたかもしれないと思うと、結果はどっちもどっちだと思われた。
 俺は今日、城崎先輩からは逃れられない運命だったのだ。
 
 っていうか、午後の授業、寝そう。
 すでに瞼が重い。
「失礼します」
 ぺこりとお辞儀をして先に出ようとした。

「待って、行かないで!!」
 またしても呼び止められる。
 行かないでって……予鈴鳴ったから、城崎先輩だって教室に戻らないといけないのに。
「せっかくお近づきになれたんだから、もっと話そうよ」
「いえ」
 正直、もう脳みそが働いてない。昼休み、教室の喧騒から逃れるようにここに来て、横になって微睡む時間が俺には必要不可欠になっている。その時間を先輩に割いてしまい、今は目を開けているのさえしんどい。
 
 人の恋愛を馬鹿にする権利はない。なんて言うとカッコいいかもしれない。
 でも俺の場合は、誰と誰が付き合ってるとか、誰が誰かに告白したとか、とにかく他人のあれこれに興味を示せないだけなのだ。だから城崎先輩の恋愛事情も何の偏見も持たずに聞けた。
 ただそれだけと自己分析する。

「まぁまぁ、横になりなよ。オレばっか喋っちゃって、お昼寝の邪魔しちゃったからさ。ギリギリまで横になってな」
 ギリギリとは、もう今の時間を指す。
 本鈴五分前。教室までの移動時間を踏まえれば、たった今、この瞬間、保健室から出なければならない。
 
 なのにこの先輩ときたら、離さないという固い意志を行動で示してくるのだ。
「は、離して、ください」
 俺の胴を雁字搦めにする勢いで抱きしめて、離れようとしてくれない。
「ダメェ!! だって今、天使くんの事離したら、もうここには戻って来てくれないじゃん」
「当たり前です」
「嫌だ。オレ、今は一人になりたくない気分だから。ここにいてよぉ」
 赤ちゃんか!!
 城崎先輩の腕を引き剥がそうと必死に力を入れるが、びくともしない。なんて馬鹿力なんだ。

「先輩、授業は」
「別に大丈夫。オレ、頭いいから」
 それは知ってますとは返さなかった。余計に調子に乗るのは目に見えている。
「片桐先生が戻って来ますよ」
「今日は戻らないよ。ここで冷静になるまで一人にしてくれるって言って出てったから」
 片桐先生、恨みます。

 本鈴は呆気なく鳴ってしまった。
 俺は項垂れ、城崎先輩はぱあっと表情を輝かせた。
「もう、疲れた」
 こんなに振り回されたのは初めてだ。授業は諦めてベッドに横たわる。
 先輩は上機嫌にペラペラと喋っているが、俺の耳は殆ど働いていない。
 眠い。怠い。面倒くさい。
 窓の外に視線を移す。太陽の光が暖かくて、俺の意識を奪っていく。

「ねぇ、聞いてる? 天使くん」
 聞いてなくても話は続くと容易く想像できるので、あえて返事は返さない。
「オレね、失恋して悲しかったけどさ、振られるのは分かってたんだよね。ほら、オレってこんなじゃん? 見た目も派手だしノリ良いし、平和主義だしさ。得することのほうが多いけど、何を言っても本気にされないのはちょっと悲しい。先生ともそんな感じで、好きだって言っても信じてもらえなくて。だから『本気でキスできるよ』って証明したくなった。でもやっぱりな……って現実突きつけられて凹んでたんだ。でもでも、そのおかげで、いつもは寝顔しか見られない天使くんと話せて、自分でもびっくりするくらい舞い上がってる」
 先輩は隠しもせず自分の話を言って聞かせる。
 俺は、そもそも城崎先輩が毎日いるとは知らなかったので、何とも返しようがない。
 
「無視されるかなって思ったけど、ちゃんと返事してくれて、優しいよね」
 それは先輩が無視させてくれなかっただけですと言いたいけど、ここで言い返すと眠れなくなってしまう。我慢、我慢だと自分に言い聞かせた。
 
「んでさ、さっき失恋には新しい恋だって、天使くん言ったじゃん」
 え……、それは城崎先輩が自分で……。
 びっくりして閉じていた目を開けてしまった。
 城崎先輩が俺の顔を覗き込んでいる。
「失恋から立ち直るまで、付き合ってね」
「は?」
 正反対の表情で見詰め合う。
 何を……言ってるんだ、この人は。破天荒にも程がある。
 俺に『寝顔天使』なんてあだ名をつけておいて、それなら先輩は『破天荒赤ちゃん』じゃないか。
 
「だーかーらー、天使くんに慰めてほしいなって」
 めちゃくちゃだ。
 もう、どうでもいい。
 思考回路が停止していて、何も考えられない。
「……好きにしてください」
 声に出した自覚はなかったが、どうやら俺の口から溢れていたようで、先輩は陽キャらしく自分の都合のいいように解釈し、「やったー」と声を上げている。

 俺はこの場から逃げるように深い眠りについた。
 サラサラと髪を撫でられている感覚がする。
 それが更なる心地良い眠りへと誘っていく。

 初対面でこんなにも喋ったのも初めてだったこともあり、自覚しているより酷く疲弊していた俺は、放課後を知らせるチャイムが鳴るまで爆睡してしまったのだった。
「やばい!」
 寝落ちしてしまったことを思い出し、飛び起きると、人肌を感じて隣を見る。
 保健室のシングルサイズのベッドに、俺ともう一人眠っている人がいた。
 城崎海志である。
 隣のベッドは空いているというのに、わざわざこの狭いスペースに身を寄せて眠る意味が分からない。
 起きた瞬間から頭を抱える。

 やっぱり俺に対して一線を引いたかもしれないと思ったのは取り消そう。
 あれは何かの勘違いだ。そうだ、無駄に顔がいいから美化して受け取ってしまったのだ、そうに違いない。
 こんなにもパーソナルスペースの狭い人が、他人に、しかも初めて喋った後輩相手に好き放題して、壁も何もあったもんじゃない。
 それにしても気持ちよさそうに眠っている。
 起こすのを躊躇ってしまい、しばらくその寝顔に見入ってしまった。
 爆弾トークには疲れたが、こうして見ているとやはり人気なのも納得してしまう整った顔立ちだ。
「まつ毛、なが……」
 綺麗なカーブを描いた長いまつ毛は、起きてなくてもイケメンを証明してくれていている。

 時計を見ると十七時を回っていて、流石に起こしたほうがいいと思った時、保健室のドアが開く音がした。
「悠羽、いる?」
 雅久だ。教室にいなかったから迎えに来てくれたのだろう。
「いる」
「体調、悪い?」
「ううん、普通に寝てた」
「カバン持ってきたから、帰るぞ……って何でここに城崎がいるんだよ」
 カーテンを開けて、雅久が見たのは俺と城崎先輩が一つのベッドで寝ていた痕跡だ。
 そりゃ、誰が見ても同じ反応をするに違いない。本人の俺さえ、そうだったのだから。

 城崎先輩は雅久の声で目を覚ました。
「天使くん、起きてたんだ。よく寝られた?」
 まだ眠い目を擦りながら言う。
「はい」
「良かったぁ。今、何時……あれ、高坂どうしたの?」
 城崎先輩は雅久がいることに気がつくと、二人の間に妙な空気が流れた気がした。
「どうしたのじゃねぇよ。ウチの悠羽に何してくれてんの?」
「その“ウチの”って表現は好きじゃないな。所有物じゃないんだから。別に、一緒に昼寝してただけじゃん」
「同じベッドで?」
「だってここが昼寝するのに快適なんだもん。ね、悠羽?」
「え、はい」
 いきなり名前で呼ばれてびっくりして返事をしてしまった。
 自分以外の人に『天使くん』という愛称を聞かせたくないのか……普通に名前を呼べるなら最初からそうして欲しいものだ。

「身内みたいなもんだから“ウチの”で間違いじゃない」
 雅久は冷静に返しながら俺に帰る準備を促す。
「失礼します」
「うん、バイバイ。また明日」
 それ以上返事はしなかった。
 保健室を出る時に、片桐先生がようやく帰ってきた。

「白瀬、来てたんだな。不在にして悪かった」
「大丈夫です」
「気をつけて帰れよ」
「はい」
 短い会話を交わすと学校を後にする。

「悠羽、城崎になんもされてない?」
「うん。五月蝿かっただけ」
「それで疲れて今まで寝てたのか。なるべく授業はサボるなよ」
「分かってる」
 雅久は子供の頃からずっと俺の世話をしてくれている。家も隣だから朝の弱い俺を起こしに来てくれて、放課後も迎えに来てカバンを持ってくれる。夜は勉強も見てくれる。
 俺の人生で一番同じ時間を共有している人だ。
 過保護ではあるが、ありがたい存在だと思う。

「律樹が戻ってこないから心配してたぞ。後でメッセージ送っておけよ」
「律樹が? 分かった」
 御影律樹(みかげりつき)も同じく幼馴染で、雅久と離れている間、俺の世話をしてくれている。こちらも相当な過保護だ。
「文化祭の準備に忙しくて様子を見に行けなかったって」
「うん」
 もう文化祭まで二週間を切った校内は、十七時を過ぎてもまだ賑やかだった。
 三年生は受験生ということもあり、そんなに凝った出し物や出店はしない。
 個人的にバンドをしたり、展示会をしたり、それぞれの部活での活動はあっても、クラスでの出店は任意だ。雅久のクラスは特に何もしないのだと言っていた。

「そういえば俺さ、女装コンテストに出ることになったから、応援と投票よろしくな」
 突然の話題に吹き出しそうになってしまった。
 雅久が女装? こんなイカつくて男らしいのに?
 確かに背は高いしスタイルもいいけど、短髪だし華奢でもない。最近までサッカーをしていたこともあり、所謂、細マッチョな体型だ。
 スカートとか穿くのだろうか……。メイクして、カツラ被って……? 想像できない。
「意外と似合うと思うんだよな」
「そう」……かな。
「悠羽、笑ってるだろ。当日、美しい俺に惚れさせてやるからな。それと、俺の投票権も渡しておくから。これも俺に投票して? これで二票は確実だろ」
 不正じゃんという言葉は飲み込んだ。たかが学校行事だし、盛り上がればなんでもアリなのだろう。

「当日、なるべく一緒にいるから。律樹も部活の方で忙しいみたいだし」
「うん」
 適当に返事をしておく。雅久にとっては高校最後だし、きっと周りの友達や女子が離してくれないだろう。でもそれを言うとムキになるから、何も言わない。

 城崎先輩のクラスも何もしないのかな。
 って何でそんなこと考えたんだろ。関係ない関係ない。
 大体、何かするなら放課後まで呑気に寝たりするわけない。

 明日からは早めに行って先に寝てしまおう。
 そもそも片桐先生に失恋したのに保健室に来るなんて流石に気不味いし、今日だけかもしれない。
 今日たくさん話したのだって、俺に気を遣ってのことかもしれないと思った。

 思ったが、翌日それも全て撤回した。

 昼休みになり、教室で律樹と弁当を食べながら、意識は既に保健室のベッドへと向いていた。
「悠羽〜、ブロッコリーも食べなさい。そんなんじゃ保健室行けないわよ〜」
「おかんか」
「昼休みは代理おかん。お弁当残したら許さないわよ〜」
 黒縁メガネをクイと上げ、顔を寄せる。
 律樹はいつもこんな感じでしっかりと弁当を食べ終わるまで監視してくる。俺の母はそんなことは言わないから、母より母らしい。
 食べるのも面倒くさい俺の世話を、楽しそうに焼いている、同級生で唯一の友達でもある。
 ちなみに黒縁メガネは代理おかんモードになった時の彼なりの演出で伊達メガネだ。用意周到というより形から入るタイプで、視力はめちゃくちゃいい。
 
 なんとか食べ終わった弁当箱を手早く律樹が片し、ようやく保健室行きが許可された。
「部室行くから、途中まで一緒に行くよ」
「うん」
 律樹は中学まで雅久と一緒にサッカーをしていたが、高校ではサッカー部には入らなかった。
 中学最後の試合で酷い失敗をしてしまい、それがトラウマで、今は何を思ったか『B級映画鑑賞会』という、部活というより同好会に入っていた。
「ボーっと観てたら嫌なこと考えずに済む」と言っていたから、今もたまにあの日の失敗を思い出してしまうのだろう。

 教室を出ようとした時、ドア付近から悲鳴のような歓声が上がり、律樹と同時に目線を移す。
 すごい人だかりの中に、見覚えのある顔が頭一つ分も二つ分も飛び出している。
「げっ」
 城崎先輩だ。なんで二年の教室に来てるんだ。
 女子の歓声を気にも留めず、キョロキョロと室内を見渡して誰かを探しているようだった。
 まさか……俺じゃないよな……。
 窓際にいる俺はすぐ側のカーテンにそっと手が伸びる。忍法隠れ身の術。とか、使えたらいいのに。
「あっ、見ぃ〜つけた!! 悠羽〜!! 迎えに来たよ」
 城崎先輩が大きく腕を振って呼びかける。
 やめて、目立ちたくない……。
「あれ、悠羽って城崎先輩と友達だったの?」
「違う」
「でも呼んでるよ。早く行かないと」

 教室内がざわついている。
「白瀬と城崎先輩っていつから友達だったの?」なんて声があちこちで飛び交っている。

 俺はズカズカと先輩に近寄り、無理矢理、方向転換させると背中を押して教室から遠ざける。
「やめてください」
 小声で苦情を訴える。
「なんで? 今日も保健室行くだろぅ? 一緒に行きたいなって思っただけなのに」
「目立つんですよ」
「うん、もう慣れた」
 ケラケラと笑って言う。何をしても注目を浴びる。だからイチイチ気にしないのだと先輩は平然と言って退けた。
 でも俺は違う。なるべく人の目を避けて過ごしたいのだ。
 ある程度教室から離れたところで城崎先輩から離れ、先を歩く。
 
「悠羽〜、先輩にその態度は酷いんじゃないのぉ?」
 何も知らない律樹は、まだ代理おかんモード継続中らしい。

「悠羽の友達?」
「はい、御影律樹って言います。雅久さんのいない時間、悠羽の世話係を仰せつかっています」
「えぇ、いいなぁ」
「幼馴染ですから」
「じゃあ子供の頃の悠羽のこともよく知ってるんだ?」
「まぁ、そうですね。悠羽は小さい時からずば抜けて可愛かったんですよ〜」
 
 律樹は学校で雅久と二分する人気の城崎先輩から話しかけられ、興奮気味に答えている。
 城崎先輩も興味津々に聞き入っていた。
 余計な事は話さないでよと祈りながら二人と距離を取り、先に保健室を目指す。
 こうなったら先輩を律樹に押し付けて、さっさと寝るのが得策だ。

 背後で話し込む二人を振り返らず、一目散に歩いて行った。
 保健室へ入るなり、片桐先生に挨拶をしながら速やかにベッドに潜る。
 気が休まらない。
 胃を摩りながら大きなため息を吐いた。
 早く寝てしまいたいのに、城崎先輩が頭から離れてくれない。

 数分遅れで入室した先輩は、片桐先生と談笑し始めた。
「先生、昨日はごめんなさい」
 どうやら昨日キスしちゃった事件の謝罪をしている。こういう律儀なところがあるから憎めないのだろうと思われた。
「別に、もう怒ってないよ。でも二度とすんなよ」
 城崎先輩の頭を掻き乱しているのか、カーテンの向こうから先輩の笑い声がした。
 片桐先生も嫌厭するでもなく普通に話している。いつもは熟睡していてるから、盗み聞きするのは初めてだった。
 どうやら片桐先生も同性愛者で、恋人もいるらしいと、二人の会話から推測できる。
 だから城崎先輩は、自分の恋が報われないと知っていたんだ。
 
 でも特に蟠りもなく普通に先生と生徒の関係に戻れる二人を、少し尊敬してしまった。
 信頼関係なのか、先生も自分のことを城崎先輩に包み隠さず話している。
 先生と生徒というより、親友のような関係に思える。そんな二人を羨ましいとも……。
 
 俺は相手が誰であれ、話すことが苦手だ。
 雅久や律樹は付き合いが長いから理解してくれているというだけの話だ。

 昨日は失恋したと泣いていたのに、今日は笑いあっている。
 本当に傷ついてるのか疑わしい。
「別に、仲良いじゃん」呟いた直後に目を瞠る。
 何で、イライラしてんだろ。
 ――分かんない。でも、ずっと先生と話してる城崎先輩が嫌だ。
 変なの。こんなこと、初めて思った。

「天使くん、寝ちゃった?」
「……」
「起きてんじゃん。あの律樹くんって子、良い子だねぇ。天使くんのこと、いっぱい教えてくれたよ。いいなぁ。高坂も律樹くんも、俺の知らない天使くんを見てきたんだなって思うと羨ましい」
 そんなの、昨日出会ったばかりの人と子供の頃から一緒にいる人が同じだけ知ってるわけない。
 それに、幼少期の俺を知ったところで特にメリットもない。
 どうせ話題作りの一環だろうと、何も答えず横になったまま窓の外に目を向ける。
 今日も抜けるような青空が広がっていた。

 城崎先輩は昨日と変わらず、お構いなしに喋り出す。主にさっき律樹から聞いた俺の子供の頃の話だった。
 律樹は学園の人気も成績もトップの城崎先輩を前に、妙にテンションが上がってしまったのか、恥ずかしくなるほど昔の話を聞かせていた。
 日本人離れした顔立ちは子供の頃の方が際立っていて、誰もが見惚れていたこと。
 近所に住む同い年の子供なのに、全く別の生き物のような別格の存在だったこと。
 着ている服も、どこで買っているのか分からないオシャレなものばかりだったこと。
 大人しくて引っ込み思案で、でもそれが返って特別感を醸し出していたこと。

 聞いている方が恥ずかしくなる。
 しかも全て律樹本位な意見でしかなく、そのどれもが外見にまつわる情報だった。外見のことを言われるのは苦手だ。反応に困るし、子供の頃に変な顔だと言われ、自分ではむしろコンプレックスなくらいだ。

「もう、勘弁してください」
「オレはもっと教えて欲しかったんだけど、律樹くんも部活があるとかで行っちゃった。残念」
 本当に残念そうに肩を落とす。
 本心なのか揶揄っているのか、判断に困ってしまう。

 俺にとっては昨日初めて出会った人。なのに、隣で寝られても気付きもしなかった。それだけでカナリ動揺している。
 基本的に、一人じゃないと寝られない体質だから。
 雅久や律樹でさえ気が散って目が冴えてしまう。学校行事での旅行は全日寝られず、その後体調を崩して学校を休むのが定番の流れだった。
 
 なのに、俺はこれまで何度も城崎先輩に寝顔を晒していた。
 それだけではない。昨日なんて隣で眠っていたのだ。
 有り得ない。
 自分で自分に驚きすぎて言葉を失ってしまったほどだ。
 雅久も同じように驚愕していて、昨日は何度も「大丈夫か?」「どういう経緯で一緒に寝たんだ?」「何もされていないんだな?」と繰り返し詰問され、俺だって混乱しているのに分かるわけないと最終的にちょっとキレた。

 とにかくいきなり心情を掻き乱され、気が休まらない。
 平和な日々に戻りたい。
 でもそれはもう、不可能な気がしている。
 昨日からずっと落ち着かない。この気持ちの正体が分からなくて焦っている。

 自分がこんな状態なのに、側に来て欲しいだなんて何で思ったんだろう。
「……寝ます」
「うん、おやすみ……の前に、一つだけお願い聞いて欲しいんだった。あのさ、文化祭の女装コンテストに出ることになったから、天使くんに応援してほしいんだ」
「城崎先輩も?」
 昨日、雅久に頼まれたばかりだ。
 城崎先輩は拳を見せつけて「高坂だけには負けられない」と意気込む。
「このままでは、成績も人気も結局決着がつかないまま卒業を迎えてしまう。そんな時、このコンテスト募集を知って、出ることにしたんだぁ」
「そう、ですか」
 ということは、雅久も出ると知ってて応募を決めたということだ。当日になって諍いになるのは避けたいか、ちょっとだけ安心した。
 この学校の二大イケメンが出るともなれば、相当な盛り上がりをみせそうだ。興味ないけど。
 
「それでね、これがオレの投票権なんだけど、これを天使くんに預けるからオレに入れて。それで、天使くんもオレに投票してくれたら二票が確実になる」
 名案だとろうと、鼻を高くしている。

 デジャヴかと思った。
 雅久と城崎先輩が何かと衝突するのは、あまりにも言動が似過ぎているからではないかと思われた。

 城崎先輩は強引にオレの制服のポケットに投票権を捩じ込み、今度こそ「おやすみ」と言って頭を撫でた。

 心地よさが復活する。
 昨日、誰かに頭を撫でられている気がしたのは、実際に城崎先輩がやっていたのだと判明した。
 指がするりと髪を滑る。
 掬うように毛先をすり抜けていく感触は、春風に似ていた。
 ウトウトと微睡んでくる。

 まただ。また俺は、城崎先輩がいるのに眠くて眠くて仕方ない。
 目を瞬かせ、ゆっくりと眠りに落ちていく。

 そうして次に目覚めた時、やはり隣で城崎先輩も眠っていた。
 人の体温が暖かくて、潜り込みたくなってしまう。
 起きたくなくてうっすらと開いた目を再び閉じると、城崎先輩が無意識に反応し、オレの頭を引き寄せ、頭を撫でる。

 昼休みが終わり、スッキリと目覚めた時、俺は城崎先輩に言ってしまった。
「悔しいです」と。

 先輩は困惑の色を浮かべて「何で? 熟睡できなかった?」と慌てている。
 熟睡できたから悔しいのだと、口には出さずに「失礼します」と言って保健室を後にした。
 先輩は毎日毎日、足繁く二年の教室に通っている。
 やめて欲しいと言っても聞き入れてはもらえない。
 保健室まで並んで歩きたいのだと言いきられてしまった。

 それにしても、こんなに人気のある先輩が昼休みに堂々と保健室へと行っているのに、なんで誰も押しかけて来ないんだろうと疑問に思っていたら、律樹が教えてくれた。
 
 保健室は通称【王子様の控え室】と呼ばれていて、芸能人でいうところの楽屋みたいなものなのだそうだ。王子の休息を邪魔しちゃいけない。抜け駆けしてはいけない。
 だから余程体調が悪かったり怪我でもしない限り、生徒は意識して寄り付かない。
 
 そういえば雅久は生徒が騒げないように図書室へ行っていると言っていた。それぞれ、自分がモテると自覚しているからこそ、気を抜く場所を確保しているのだ。
 色んな努力があって二大勢力を保っているのだと思うと脱帽してしまう。

 それは片桐先生にとっても都合が良かった。無駄に通う生徒がいなくなれば、先生の仕事が増えるのを防げる。城崎先輩と片桐先生はこうしてウィンウィンの関係を築いていた。
 
 しかし……それにしても目立つ。女子の視線は相当な熱量を孕んでいる。
 城崎先輩の隣にいるのが何故お前なんだと言われているようで、胃がキリキリする。
 周りの生徒から何か、例えば、苦情めいたものなどを直接言われたことはない。俺は(・・)
 そういうのは言いやすい律樹のところへ行くのだ。
 初めて城崎先輩が二年の教室まで来た日はえらい騒ぎになっていたと後から聞いた。
 俺のような無口で愛想もない、協調性もない、しかも後輩が学校で一二を争う城崎先輩が迎えにくるほど仲が良いと知れば、納得のいく説明でもしてもらわなければ気持ちを沈めることはできないのも頷ける。
 ただでさえ毎朝一緒に登校しているのが雅久なのだから、余計にだ。

「高坂先輩のみならず、城崎先輩まで手玉に取るなんて、どんな技術なのか聞き出してって言われた」
「そんなの、あるわけない」
 ただの偶然としか言いようがない。
 律樹は他人事のように楽しんでいる。
 それでも昔から雅久への忠誠心が強かったから、いざとなれば雅久の手助けをするだろう。
 
「女子になんて言ったの?」
「あぁ、城崎先輩のマネージャーだって言っておいたよ。だから昼休みの保健室に入るのを許可されているって」
 そんなんで誰が納得するのかと思ったが、意外にもすんなり聞き入れてもらえたらしく肩透かしを食らう。
 
「顔で選ばれたんじゃない? って言ったらみんな納得してくれたよ」
 律樹は俺を買い被りすぎだ。そんな良いもんじゃない。
『変な顔』だという呪縛からは簡単には逃れられない。
 結局、女子に必要な理由なんて何でもいいようだ。別に俺に興味があるのではなく、ターゲットはあくまで城崎先輩なのだから。
 チラリと隣を歩く先輩の横顔を見上げ、律樹との会話を思い出していた。

「オレの顔になんかついてる?」
 不意に顔を寄せられ、我に帰る。周りで女子たちの悲鳴が湧き起こった。
「近いです」
 先輩の肩を押す。
「そんな緊張しなくても、オレ、優しいよ」
 声のトーンを抑えもしないものだから、城崎先輩が喋るたびに悲鳴が上がり、俺の胃痛は増す一方だ。
 
 片や城崎先輩はあっけらかんとしていて、特に女子たちにサービスをしているという意識でもない。
 先輩にとってはこれが日常で、元々こういう性格なんだ。
 だから平気で、胃を抑えている俺の肩を寄せ「凭れて良いよぉ」と周りに見せつける。
 ここで今日一番の悲鳴が校内に響いたところで先輩にダメージはなく、代わりに俺のHPは限りなくゼロになった。
 
 文化祭を明日に控え、誰もが浮き足たっていた。
 毎年、流石の雅久もこの時期は疲れ切っている。二人に告白する順番待ちの行列は、高校最後ということもあり過去最高記録を叩き出しそうだ。
 今だってきっと、俺がこの場にいなければ先輩は告白の嵐にあっていただろう。

 城崎先輩と出会わなければ、今日も静かに過ごせていたのに……なんて思ってしまう。
 でも……嫌じゃないから不思議なんだ。
 こうして肩を抱かれても、寝ている時に隣にいられても、髪を触られても、嫌だと思うどころか、心地良いと感じてしまう。

 俺は人に心を開くのが苦手で、友達は雅久と律樹しかいない。
 そんな頑丈に閉ざされたドアを、城崎先輩は最も簡単に全開にした。
 この、たったの二週間の間に。

 保健室に着くと、片桐先生が出てきた。
「丁度良いところに来た。海志、これ保健室の鍵、預けとく」
「先生どっか行くの?」
「大人の用事」
「やだぁ、エッチい。出張って言わないと誤解を招くよぉ」
「そんな言いながら喜んでるだろ。白瀬、なんかあったら俺に言えよ。コイツ、出禁にするから」
「はい」
「天使くん! そこはハイじゃないよ!」
 三人で同時に笑う。

 保健室に入ると、自然に陽の当たる窓際へと移動する。
「この二週間で笑うようになったよね、天使くん」
 それは俺自身が一番びっくりしていることだった。
 この二週間というか、正しくはここ数日のことではあるが、先生と先輩のやりとりが漫才みたいで面白くて、声を出して笑ってしまうことがある。
 俺って笑えるんだ……と冷静に考え込んでしまい、先生と先輩は俺が笑ってから冷静になる顔の変貌ぶりが面白いと笑っている。

 雅久や律樹といるときは放心状態でいられるし、全く気を使わなくて良いから居心地がいい。
 でもそれとは違う居心地の良さを、ここには感じている。
 俺はまだ、この気持ちの正体を知らない。

「そう言えばさ、高坂から天使くんの過去の話、聞いちゃった」
「雅久?」
 律樹ではなく、雅久だと言われて虚を突かれた顔になる。
 それにしても“しちゃった”で色々としてくれてる人だと、妙に感心してしまう。

 先輩は別段、雅久と仲が悪いわけではないと言った。
 それは周りが好き勝手に「城崎先輩が好きだ」とか「高坂君が好きだ」とか騒いているだけで、成績だって当人たちからすれば、張り合う人がいる方がやる気が出るというだけの話なのだ。
 トップ争いをしているのは他に三人もいて、生徒会の二人に加え、二年生の時に怪我で野球部を辞めた主将候補だった人が急激に成績を上げ、トップ争いの一員まで上り詰めていた。
 下から追い込まれる焦りと面白さで、更に白熱した争いを繰り広げている。

 そんなだから、一見、城崎先輩と雅久はお互いをライバル視していると思われがちだ。
「冗談で煽ったりはするけど、基本みんな仲良いし、勉強を教えあったりもするよぉ。あ、オレ教えるの上手いから、天使くんの勉強もいつでも見てあげるからね」
 ここで雅久がいるからいいと言えば、直ちに勉強会が始まりそうだと懸念し、黙って頷くだけにとどめておく。
 
「雅久から聞いた話はどうなったんですか?」
 話を元に戻し、「そうそう、子供の頃の話ね」にっこりと笑顔を見せた城崎先輩。未だに自分だけが知らない俺の話の情報収集をしていたのだと思うと、すごい執念だと笑顔の裏の本気さを感じてゾクリと肩を戦慄かせた。
 雅久から聞いた話とは、主に俺のコンプレックスに関することだった。
 日本人離れした顔立ちを「変な顔」だと揶揄われ、おじいちゃんがロシアの人だからと何度説明しても納得してもらえなかった。それどころか、「じゃあロシア語喋ってみろよ」「ロシアに帰れ」などと言われ、誰とも関わりたくなくなってしまった。
 
 もっと大きくなってからは、女子たちが俺が原因で喧嘩をすることが増えていった。
「私の方が悠羽くんに相応しい」だとか「私の方がお似合いだ」とか、俺の意思は関係なく言い争っていた。それを無関心に放っておいたところ、今度は男子からの反感を買った。
「モテるからって調子に乗ってる」「顔だけのクズ男」「男の敵」とも言われたっけ。
 知るか、そんなの。
 その全てが面倒で、見事な人間嫌いが完成したのだ。

 雅久はそんな中で、唯一俺の味方になってくれた人だった。
 馬鹿にしてくる奴らを一蹴し、「悠羽は俺が守る」と宣言した。
「俺はずっと悠羽の側にいる」と言われたのが小学生の頃だったか、今でもそれを貫いくれている。
 
 律樹は雅久とサッカーで一緒になり、雅久を崇拝していたことから付き合いが始まった。
「雅久さんの言うことは絶対だから」だと言って、俺と友達になりたいと言うよりは、雅久から認められたいという意識を強く感じた。
 俺にとってはその距離感が良かったように思う。

 一歳年上の雅久は、「どうしても自分が先に学校を卒業してしまうから、俺が側にいてやれない時は律樹が悠羽を守れ」と託し、律樹も任せられた喜びで任務を全うしている。
 ただ、守れとは言われても、代理おかんになれとは言われていないはずなのだが……。

「高坂はね、初めて“白瀬悠羽”を見た時、本物の天使かと思ったんだって」
 そんなの初耳だ。城崎先輩の言葉に、思わず俯いていた顔を上げてしまった。

 これまで、俺を世話し続けてきた雅久は、離婚して父のいない俺の友達であり兄であり、父のように頼れる存在だった。
 頑張ったことは褒めても外見に触れることはなかった。気にしていると知っていたからだ。
 でも天使だなんて、実は城崎先輩と雅久は感性まで似てるのかもしれない。

 肌の色が白いのはどちらかと言うと母親譲りだ。
 目と鼻はおじいちゃん。でも、父方のおじいちゃんだから両親が離婚してからは会っていない。
 日本でしか住んだことがなくてロシア語なんて一ミリも喋れない。

「周りの子供が変な顔って言ったのは、彼らにまだ語彙力がなさすぎたからなんだって。悠羽からは特別なオーラが出ているように、高坂も周りの子供たちも感じていた。今になって思えば、それは悠羽が純日本人な顔立ちじゃないってだけだったんだけど、子供の狭い世界では受け入れるのには勇気のいることだった。色素の薄い髪や瞳を、どう表現していいのか分からない。それが自分たちと同じじゃないから“変な”って表現になってしまったって。本当はみんな悠羽みたいな綺麗な顔に憧れていたんだって」

 別に今となってはどうでもいい話かもしれない。
 この顔が災いして碌な幼少期を送っていないのは紛れのない事実だ。
 でも、事実は知らなかった。
 投げつけられた言葉をそのまま受け止めて、それがいつしかコンプレックスになっていた。

 仲間外れにされたり、傷つくことを言われても、事なかれ主義の母親は何もしてくれなかった。
 離婚して片親で育てている後ろめたさもあったのかもしれない。
「別にそのくらいの事、我慢しなさい」と言った母を怒ってくれたのも雅久だった。
 本当に守ってくれてきたなと、しみじみ考え込んでしまう。
 直ぐにトラウマを払拭するのは無理でも、少しずつ前を向きたいと思えた。

「愛されてるね、天使くんは」
「そう、みたいです」
「いつもみたいに『別に』とか言わないんだ。妬ける〜!! だからオレももっと早くに出会いたかったって言ったの!! 絶対に天使くんを抱きしめて離さないのにぃ!!」
「でも最近は一番長く一緒にいるじゃないですか」
「そうだけどさぁ〜、律樹は律樹で、お弁当を食べさせる役は譲れませんとか言って一緒に食べさせてくれないし」
「それは先輩が俺の嫌いな野菜を代わりに食べたから、律樹のおかんモードに火がついて『任せられない』って……」
「高坂は毎朝天使くんを起こして朝ごはん食べさせて学校まで一緒に来てぇ」
「それは俺が朝起きないから……」
「オレしかできない何かが欲しいの!! 天使くんの唯一無二であるオレになりたいの!!」

 駄々を捏ねる城崎先輩は、やっぱり破天荒赤ちゃんと言う言葉がピッタリだと思った。

「ありますよ、先輩にしかできないこと」
「え、なに?」
「雅久から聞いてませんか?」
「他に特には……」
「俺、本当は一人じゃないと寝られないんです」
「嘘? だって天使くんがここに通い始めた頃から知ってるけど、なんならオレ、天使くんの寝顔に癒されてたくらいなんだけど」
「だから、俺自身もびっくりしちゃって」
「高坂や、律樹もダメなの?」
「人の目がダメなんです。幼少期に好奇な目で見られる怖さが染み付いて、寝る時に誰かが隣にいると見られてるって感覚が抜けなくて。なのに何故か先輩だけは大丈夫で。あと、こんなに喋ったのも初めてです」
 ふぅ……っと大きく息を吐く。
 心臓がバクバク鳴ってる。

 言わなくても良かったのかもしれない。絶対先輩は調子に乗るだろうし、この後面倒くさいことになるのも想像できる。
 ただ、なんか、ちゃんと伝えたかった。
 雅久や律樹は喋らなくても感情を察してくれる。それを上手くコントロールして今は頑張りなさいと促したり、甘やかしたりしてくれる。
 でも城崎先輩には自分の言葉で言いたくなってしまったのだ。拙い言葉になったとしても。

「天使くん……」
 ポカンと口を開けてこっちを見詰めてくる城崎先輩は、沸々と湧き上がる歓喜にしばし身悶え、「天使くん!!」と勢いつけて抱きしめてきた。
「ちょっ、先輩!! くるし……」
「もう、絶対に離さないから! オレが天使くんの睡眠を守ってみせる。誰も近寄らせない。誰にも天使くんの寝顔を見せたりさせない。だから、だからオレだけの天使くんになってよ!!」
 いきなり飛躍しすぎだ。
 とりあえず一旦落ち着いてと言ったが「これが落ち着いていられますか!」と逆効果だった。

 そんなタイミングで雅久が保健室に入ってきたから、更に大変な事態に発展する。
「悠羽〜? 午後からどうする……って!! 城崎、テメェ、悠羽から離れろ!!」
 文化祭前日で準備に追われているため、午後から授業はなかった。生徒たちは学校に残るも帰るも自由な日だった。
 それでまた保健室にいると律樹に聞いた雅久が、俺のカバンを持って来てしまったのだ。

「嫌だね。もう天使くんはオレだけのものになりました。お義父さん、悠羽はオレが幸せにして見せます」
「誰がお義父さんだよ。お前に悠羽を託すつもりはない。離れろ」
「もう離せない! 学校中の女子の人気なんて高坂にくれてやる。オレは悠羽さえいればそれでいい」
「それはこっちのセリフ。別にモテたくてモテてんじゃねぇよ。大体、悠羽は自分が原因で争いが勃発するのが嫌いなんだよ。振り回してんじゃねぇよ」

 睨み合いは続く。
 ほんっと、うるさい。
 早く終わらないかと、窓の外に視線を移す。
 青空は今日も平和だと言っているようだ。

「高坂、明日の女装コンテストで勝負だ!」
「臨むところだ。高校最後の決着をつけさせてもらう!」

 そういえば二人から渡されていた投票券を、どうすればいいのかまだ解決していなかったと思い、項垂れた。
 文化祭当日、朝から気合いの入りまくっている雅久に引きずられて登校する。
 校門では城崎先輩が早くも告白されていた。
「城崎〜、彼女できた?」
 わざと話しかける雅久が俺の肩を抱く。
「ちょっ、待てよ。高坂、抜け駆けは許されないからな」
 反対側から城崎先輩が腕を引っ張る。

 周りから大勢の視線を浴びせられ、「やめて」と静かに言った俺の言葉に、二人は「すみません」と素直に謝ってくれた。

「俺、目立ちたくないから」
「「承知しております」」
「弁えてね?」
「「心得ております」」

 どっちが先輩なんだか分からない。しょんぼりしているイケメン二人は反省している大型犬のようだ。
 律樹が後から追いついてくると、先輩たちと別れそれぞれの教室へと向かった。
 女装コンテストは午後からのメインイベントだから、それまでは律樹のB級映画上映会が行われる視聴覚室で身を潜めて過ごす予定だ。

 俺のクラスは定番のメイドカフェをするみたいだけど、裏方に徹していた俺は今日特に用事はない。
 クラスの陽キャ組が力を発揮する場なのだ。

「律樹、HR終わったらすぐに行く?」
「行くよ〜」
「じゃあ、俺も一緒に行く」
「ちょっとくらい文化祭楽しめば良いのに」
「五月蝿いの嫌いって知ってんじゃん」
「まぁ、悠羽はそうだよね。静かな部活に入ってて良かった。今日、雅久さんは忙しいだろうから。悠羽の世話はできないもんね」
「今日も一日よろしくお願いします」

 律樹はほとんど人は来ないだろうから、ゆっくりしてて良いと言ってくれた。
 後で適当にドリンクなんかも買ってきてくれるそうだ。
 本当に雅久譲りのお世話っぷりである。

「あ、ほら、あそこ。城崎先輩また告白されてる。そんであの後ろは順番待ちの人だね」
「本当だ」
 女子から言い寄られ、ヘラヘラと笑っている先輩が見えた。当たり障りのない対応をしているのだと理解できるけど、なんとなく面白くなかった。
 平和主義だし、別に相手を傷付ける必要もない。
 分かっている。
 なのに、なんとなく心臓が痛い。

「すごいね〜、やっぱモテるよね〜」
 呑気に言ってる律樹を引っ張って、その場を離れた。
「見せ物じゃないだろ」
 いや、見せ物だろう。あんな目立つ場所で告白なんて、見てくれと言っているようなものだ。
 一人の告白をキッカケに、徐々に人が集まり始めていた。
 きっと別の場所では雅久も同じ状況になっているに違いない。
 でも雅久は城崎先輩とは違ってキッチリハッキリ「NO」という性格だから心配はしない。

「あんな態度取るから、つけ込まれるんだ」
 ボソリと呟く。
「悠羽、気になる?」
 律樹に冷やかされ、「ならない」と返せなかった自分が悔しい。
 物凄く気になってる自分がいる。

「早く映画流して」
「了解です」
 暗くなった視聴覚室で、陳腐な特撮映画を見て過ごす。
 内容はまるで頭に入ってこない。
 さっきの告白現場は、保健室で見る城崎先輩ではない。
「ばーか、先輩……」
 吐き出して、背凭れに身を委ねる。

 しばらくして、珍しく客が入ってきた。静かに俺の隣に腰を下ろす。
 俺以外、人がいないのに、なんでここに座るんだとチラリと見ると、城崎先輩だった。
 律樹が要らぬ世話を焼いたのだ。
「律樹に会ってさ。天使くんがここにいるって教えてくれたから。休憩しにきた」
 爽やかに話しながら俺の肩に凭れる。

「ここ、暗くていいね。誰もいないし」
「……告白、されてましたね」
「本気じゃないよ。思い出作りの一環的な? すごいね、女の子の勢いっていうか、生命力を感じるよね。その原動力になってるって思ったら、オレもすごいよね」
 どういう自己分析なんだか、呆れてしまう。
 視線はスクリーンに向けたまま、腕を絡める先輩を拒否もしない。
 俺を探してくれていたんだと思うと、嬉しかった。

 嬉しい――俺、嬉しいんだ。

 静かに先輩の頭頂部を見る。緩いウェーブのかかった髪は、走ってきたのか少し乱れていた。
 とてつもなく恥ずかしさが込み上げ、顔が熱くなってしまった。
 繋がれた手が汗ばんでいないか気になって仕方がない。
 後数分でこの映画はクライマックスを迎えてしまう。そうなった時、視聴覚室の電気が点いた時、俺はどんな顔で先輩を見ればいいんだ。
 急速に緊張してしまい、心臓が早鐘を打つ。
 こんなタイミングで自分の気持ちを知りたくなかった。

 なんとか急用ができて逃げられないかと思っているうちに、映画が終わってしまった。
「あ、終わっちゃった」
 先輩が呟き体を起こす。

 電気が点くと、すぐさま律樹が俺に走り寄ってきた。
「悠羽!! 一生に一度のお願いがある!!」
 突然顔の前で手を合わせ懇願してきた。なんのことか分からず、顔を傾けると、とんでもないお願いをされてしまったのだ。
「実はさ、今日この後女装コンテストに出る予定だったんだけど、部活の先輩が体調不良で帰っちゃって、午後の上映任されたんだ。でもクラス代表だから誰かは出ないといけないし。今年は城崎先輩も雅久さんも出るから他のクラスも超〜〜気合い入ってるんだ。だから、代理は悠羽しか考えられない!!」
「は?」
 フリーズしてしまった。
 そもそも、律樹が女装コンテストに出るだなんて聞いてない。
 いや、それは俺自身の問題だけど、俺がステージに立つなんてあり得ない。

「え、無理」
「そこをなんとか!! 悠羽なら立ってるだけで優勝だから」
 床に頭をつける勢いで頼まれ、隣にいる城崎先輩にまで嗜められ、断り続けるのには無理があった。

 とんだ砲弾に当たってしまい、静かに過ごすはずの午後が一変してしまう。
 律樹は教室に俺を押し戻し、女装コンテストの担当している女子に託されてしまった。
 女子たちは謎に歓喜し、あれよあれよという間にメイクをされ、服を着替えさせられ、ステージ脇に連れて行かれた。
 チャイナ服のスリットから風が通り抜けて気持ち悪い。
「白瀬、眉だけは寄せないで。メイクがよれちゃう」
「いい? 何もしなくて良いから。白瀬は立ってるだけで良いから」
 女子たちから念押しで言われても、心配するな、何もできないと言い返したくなってしまう。
 口紅を塗った唇が気持ち悪くて喋れないというだけだ。

 女装した城崎先輩が俺を見つけて走り寄る。
「わーー!! 本当に悠羽?? 天使っていうより女神じゃん」
「大きい声出さないでください。雅久は知らないんだから」
「高坂のやつ、きっとびっくりして失敗するよねぇ」
 なんて含み笑いをしているんだ。悪どいぞ。

 結局、雅久はギリギリまで来なかったこともあり、見つからずに済んだ。
 くじ引きで決めたらしい順番でステージに上がる。
 白瀬先輩は五番目に登場し、大いに会場を沸かせた。
 天女のようにふわりと靡くロング丈のワンピースに、ロングのハーフウィッグ。細くて長い手足に高身長も相まって、本当に外国から到来した天女のようだった。最後には会場全員が見惚れていた。

 俺は八番目に呼ばれた。
 緊張で吐きそうだったし、先輩のように美しく舞ったりできない。
 本当に、ただ言われたままに、普通に歩いて出て、リハーサルで言われた通りに進んで、コンテスト参加者の列に並んで終わった。
 別に受賞を狙っているわけでもないし、これでいい。
 早く次の人が呼ばれて、全員の記憶から俺が排除されることを祈るばかりだ。

 雅久は大トリだったらしい。
 準備に時間がかかっているのは和装だったからだ。
 大柄な体型を隠すどころか、かえってそれが際立っていた。
 またしても会場の視線を虜にしていた。
 黒髪のウィッグも妖艶な長いアイラインのメイクも、雅久のチャームポイントを全て味方にしたような姿であった。
「雅久も城崎先輩も凄い」

 まさに学校の誇りだと思った。

 そして夕方、いよいよ女装コンテストの結果発表。
 俺はというと、渡されたそれぞれの投票券はそれぞれに入れ、自分の分は……自分に投票した。
 一票も入らなけられば、クラスメイトに顔向けできないという、ささやかな謝罪だ。
 それに、雅久と城崎先輩、どちらも本当に素晴らしかったから、一人だけを選ぶなんてできなかった。

 その結果、一位は二人が同時優勝してしまい、またしても決着のつかない事態に当人たちは悶え苦しむこととなる。俺は内心、どちらかに投票しなくてよかったと安堵した。

「悠羽!! 本当にありがとう!! やっぱ悠羽は凄いよ。歩いただけなのに三位だよ!?」
 律樹が興奮して詰め寄る。
 これには俺自身も想像していなかった結果だった。
「実質二位だからな!!」
 さらに詰め寄られ、早くどこかに隠れたくし仕方なかった。どうせこの後はあの二人に絡まれて休めないのだ。

 案の定、城崎先輩と雅久がほぼ同時に俺の元と飛んできた。
「ここだと思った。悠羽〜!! 女装コンテスト出るなら教えといてよ。本当にビックリしすぎて失神するかと思った」
「高坂は知らなかったんだ〜。オレは知ってたけどぉ」
 また二人の喧嘩が始まった。
 律樹が必死に経緯を説明している。

「もうこの後、授賞式ですよ」
 二人を宥めながら、雅久を引き連れていく。

「ねぇ、天使くん。本当に綺麗だったよ」
「先輩にも見惚れました」
「本当に? 嬉しい」
「でも、投票は自分にしました。まさか、あんな結果になるとは思わなくて。保険に」
「それが正解。オレもね、本当は高坂とどっちかに決まらなくて良かったって思ってるんだ。楽しいし」

 でも……と、先輩は続ける。
「後夜祭はオレと二人きりで過ごしてほしい」
 手を差し出され、俺は迷わずその手を取った。
「俺もです。出来れば、静かに過ごしたいです」
「そうだね」と先輩が笑う。

「ねぇ、天使くん。後夜祭で君に言いたいことがあるんだ。だから聞いてね」
「はい」

 保健室の窓から、見事にオレンジ色に染まった夕焼けが広がっている。

「綺麗な空を見た時、一番に思い浮かぶ存在になりたいじゃん」
 そんな風に城崎先輩が話していたのを思い出す。
 先輩、俺は今、この空を見て、今一緒にいるのが城崎先輩で良かったって思っていますよ。
 だから、俺の話も聞いてくださいね。 

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