いたりあ食堂ピコピコ ~レトロゲーに転移した俺は、平和に料理を作りたい~

「お客さん、全然来ませんでしたねぇ」
「そうだなぁ」

 夕方になって、ラディルが残念そうなため息をこぼす。
 昼食時にはラディルと一緒に外に出て呼び込みもしたが、お客さんは一人も入らなかった。
 おかげでポセさんから買った大量の魚の仕込みが、すっかり終わろうとしている。

「お魚、すごい量ですね。何のお魚なんですか?」
「ああ、これはカタクチイワシだな」

 ポセさんのカタクチイワシは、刺身で食べられるくらいの鮮度。
 五十匹ほど持ってきていたものを、全て買い取らせてもらったのだ。

「しかも、そんなヒモみたいなもので料理するんですね」
「ああ。これが結構便利なんだよ、PPバンド」

 梱包用のPPバンドを、半分にして輪っかを作り根元をホチキスで止めたもの。
 小ぶりで柔らかいカタクチイワシの内臓を取るのに、これがとても便利なんだ。

「こうやってイワシの内臓部分にPPバンドを当てて、肛門まで一気に引き抜くと……一発で内臓を取り除けるんだ」
「おお!!」

 ラディルの反応の良さに俺は気を良くして、仕込みをずんずん進めた。
 内臓を取ったカタクチイワシを、どんどん氷水の中に入れていく。
 そして腹側に残った血を丁寧に洗って、今度は手で身を開き始める。

「魚を開くのも、包丁使わないんですか?」
「カタクチイワシは身が柔らかいからな。こうやって手で身を開いて、骨も取れるんだ。ほら」
「本当だ! スゴイです!」

 中骨と背びれ・尾を取り除いたカタクチイワシの身を、キッチンペーパーの上に並べていく。
 全部の身をキッチンペーパーの上に並べ終わったら、上からもペーパーを乗せて水分をふき取る。
 水分を切った半身を、今度は大量の塩の中に入れた。

「そんなに塩入れるんですか……」
「漬物みたいなもんだからな」

 満遍なく塩をまぶしたカタクチイワシを、透明な耐熱ガラスの容器に並べていく。
 余った塩とローズマリーを上に乗せ、ラップをピッチリ被せて、フタをした。

「今夜は、そのイワシを食べるんですか?」
「いや、これが仕上がるのは一・二ヶ月後だな」
「ええ!? そんなにかかるの!? 一体、何を作ってたんですか?」
「これは自家製の、アンチョビだよ」

 自家製のアンチョビは、発酵と熟成を経て味わい深くなる。
 おつまみにも、ピザやサラダのトッピングにしても美味しい。
 手間ではあるが、良いイワシが手に入ったときは作るようにしているのだ。
 仕込みが終わったカタクチイワシを冷蔵庫に入れ、代わりに真鯛を取り出す。

「今夜のメインはこいつ、真鯛のアクアパッツァだ」

 取り出した真鯛を深めのバットの中に入れ、尾側の皮の表面にしゃもじを当てる。
 そして頭に向かって、皮目をなぞった。
 ボロボロと、大量の鱗がバットの中に飛び散っていく。

「うわっ、魚の鱗、すごい量!!」
「そうそう。包丁よりしゃもじの方が、面が広いから一気に出るんだよ」

 鱗をキレイに取ったら、内臓も取り出して流水で洗い流す。
 キッチンペーパーで水気を取って、軽く塩をしたら真鯛の下処理終わり。
 刻みニンニクのオイル漬けや残り物の海鮮、ミニトマトやハーブを調理台に出していく。

「今日は具沢山の贅沢アクアパッツァだ」

 フライパンにオリーブオイルと刻みニンニクを入れ、火にかける。
 ついでに横で、ソースパンに揚げ油を用意。こっちは、イワシの骨を揚げる用。

「ふっふ~、ニンニクが薫ってきたー」

 しっかりとオイルにニンニクの香りがついてきたら、真鯛をフライパンに入れる。
 魚の身が崩れないように、手早く両面の皮に焼き色を付けていく。
 良い焼き色になってきたら、フライパンの余白に他の具材やハーブを入れ、たっぷり白ワインで浸す。
 バチバチと白ワインの煮えたぎるフライパンにフタをして、蒸し焼きにする。

「揚げ油も良いかな」

 真鯛を蒸し焼きにしている間に、イワシの骨も揚げていく。
 小さなカタクチイワシの骨は揚げ油に入れると、一瞬バチバチと大きく気泡が立つ。
 骨の水分が抜けて気泡がおさまったら、骨せんべいの完成だ。
 バットあげて軽く塩をふり、一つつまみ食……味見をする。

「うん、カリカリだ。ほら、ラディルもどうぞ」
「あ、ありがとうございます」

 カウンター越しに骨せんべいバットを、ラディルに差し出す。
 骨せんべいを口にしたラディルから、ポリポリと小気味よい咀嚼音が聞こえる。

「美味しい! これ、止まらなくなりますね」
「だよなー」

 俺たちは二つ目三つ目と、どんどん骨せんべいに手を伸ばす。
 ポリポリ食べつつフライパンの様子を見て、スプーンで煮汁を真鯛の身にかける。
 蒸し焼きにされた真鯛は、ふっくらと美味しそう。

「もうすぐ完成するから、テーブル拭いといてくれ」
「了解です!」

 ラディルにテーブルセットを任せ、俺はサラダの盛り付けを始めた。
 アクアパッツァも大皿に盛り、仕上げる。
 残り物の海鮮とは言え、貝やらイカやら盛りだくさんで、すごい豪華に仕上がったな。

「お待たせー! さぁ、メシだメシだー!」
「はーい!」

≪カランカラーン≫

 俺たちが席について食事を始めようとしたとき、ドアベルが鳴る。
 入ってきたのは、鎧を纏った王国騎士だった。

「夜分遅くに失礼します。マリカ様からの伝令で参りました!」
「私はイサナ王国・白銀の鷹騎士団(プラチナ・ファルコ)所属、セシェル・マーブと申します! テンチ・ヨウ様に、マリカ様からの伝令をお伝えします!」

 夕食時に店に入ってきた、白いフルアーマーの騎士。中性的な声質で、声だけでは男女の区別がつかなかった。
 騎士は俺とラディルの顔を一瞥し、俺の方を向いて伝令を続ける。

「明日の朝、魔導学園の方が調査に参ります! 対応のほど、よろしくお願いします、とのことです!」
「ああ!」

 先日、マリカ様が魔導学園に調査依頼してくれたものだ。
 これで店のダンジョンについて、色々わかるかもしれない。
 丁寧に事前連絡までくれるなんて。本当にマリカ様は、律儀な方だなぁ。

「それをわざわざ伝えに来て下さったんですね。ありがとうございます!」
「いえ、これも任務ですから!」

 元気な返事に、キッチリとした敬礼ポーズを返す騎士。
 そして微動だにしなくなる。騎士の視線の先には、夕食のアクアパッツァがあった。
 もしかして、食べたいのか?

「あの……食べていかれますか? 夕食……」
「ええっ!? 良いんですか!?」
「あ、でもお仕事中……ですよね?」
「いえいえ!!」

 騎士は頭部全体を覆っていた兜を、ガバッと外す。
 現れたのは、おかっぱ頭の女の子。彼女の顔はとても見覚えがあって、懐かしい。
 イサ国をプレイしていたとき、とてもお世話になったキャラだ。

「本日の任務は、テンチ様に伝令を伝えて終了であります! つまり、今! この瞬間! フリーであります!!」

 セシェルは、防御スキルに特化した騎士。
 物語序盤から仲間になるのに、能力もスキルも高性能で、物語終盤まで活躍するキャラだった。
 実際に顔を見たことで、昔の記憶が鮮明に蘇ってくる。

「どうかしました?」
「あ、いや……」
「鎧の下からこんな可愛い女の子が出てきて、ビックリしちゃいました?」
「ははは……そんなところ、です」
「えー! またまたぁ~!」

 バンバンと、俺の背中を叩くセシェル。口調もすっかり、素の女の子になっていた。
 彼女は確かにセシェル……なんだけど、彼女はこんな性格のキャラクターだっただろうか?
 記憶に残る彼女は、真面目で堅物。防御特化の騎士を体現したような、性格だったと思う。

「お言葉に甘えて、ごちそうになります」
「ええ、どうぞ」

 こんな風に誘いに乗って、初対面の相手と食事などしただろうか?
 伝令を伝えたら、真っすぐ城に帰って行きそうな印象だったけど……。
 テーブルについたセシェルは、とても陽気で親しみやすい雰囲気だ。

「すごい豪華な料理じゃないですか! これ、夕飯ですか!?」
「はい。今、取り分けていきますね」

 一尾の魚を三人で食べるとなると、取り分けた方が食べやすいだろう。
 俺は取り皿を三枚並べ、スプーンとフォークで魚以外の魚介類とミニトマトを三等分に取り分ける。
 料理に目を輝かせながら、セシェルはラディルに話しかけた。

「こんな丁寧に取り分けてもらえるなんて、宮廷料理みたいです。ラディル君、いっつもこんな料理食べてるの? いいなぁ~」
「え、オレの事、知ってるんですか!?」
「もちろん! マリカ様から聞いてるよ。今後の成長に期待してるって」
「そうなんだ……えへへ……」

 意外と騎士団の中でも、ラディルは話題になってるんだな。
 この様子なら、来年の入団試験は大丈夫そうだ。
 真鯛の半身を皿に取り分けると、俺はスプーンで中骨をカリカリとなぞる。
 その様子が気になったのか、セシェルが不思議そうな顔でこちらを見た。

「魚の骨を鳴らして、今の何ですか?」
「ああ。こうすると、身から骨が綺麗に取れるんですよ」
「「 へ~~ 」」

 キレイなほど、セシェルとラディルがハモって声を上げる。
 こういう瞬間、好き。
 気を良くしながら、俺は慎重に魚の中骨を外す。綺麗に取れると言った手前、失敗したくないからね。
 骨の下だった半身も、均等に取り皿に分けていく。

「あっという間に、全部取り分けちゃいましたね」
「ふふ。まだ一番美味しいところ、頬の身が残ってるんですよ」

 俺はスプーンで真鯛の、エラの上の部分をはがした。
 ふわふわジューシーな頬の身が、スプーンにすくわれ、ほぐれ出す。

「あ! 私そこ、食べたいです!!」
「えー!? オレも食べたいです!!」

 手を挙げて主張する二人の様子は、姉弟のようで可愛い。
 そんなに期待してもらえると、嬉しいな。 

「ははは。もう片方あるから、二人にあげるよ」
「あ、でもそうしたら、店長は……?」
「俺は目玉を貰うよ」
「えぇ……」
「いや、そこドン引きしないでよ。結構美味しいんだよ? 目玉」

 頬の身も目玉も綺麗に取り分け、最後に上から煮汁をかける。
 なかなか美味しそうに、サーブできたな。

「さあ、食べよう!」
「はーい! いただきます!!」
「いただきます!!」

 ラディルとセシェルが、嬉しそうに食事を始める。
 世界観は中世ヨーロッパ風だけど、いただきますとごちそうさまって普通に言うの、なんか安心するな。
 そう思いながら、俺もアクアパッツァを口にした。

「美味しい!! お魚のスープが、こんなに美味しいだなんて、知らなかった」

 頬を押さえながら、感嘆するセシェル。
 アクアパッツァのスープからは、真鯛と魚介の旨味が押し寄せてくる。
 なんとも体に染みわたるような、滋味な美味しさ。

「新鮮な真鯛だから、とても良いダシがとれたんです」

 良い魚を売ってくれたポセさんに、感謝しないと。
 ポセさんを紹介してた、ウルさんにも。
 この世界で出会った人、良い人ばかりでありがたいなぁ。

「本当、毎日の食事美味しいんですよ。オレ、ずっとここにいたいなぁ」
「いや、ラディルは騎士団入団がんばってよ」
「はーい」

 他愛のない会話をしながら、あっという間に食事の時間が終わってしまった。
 ラディルもセシェルも、すっかりくつろいでいる。

「はぁ……マリカ様から美味しいって聞いてたけど、想像以上でした! 正式に開店したら、休みの度に通っちゃいそうですよ~」
「それはありがたい! お待ちしております」

 食休みが終わると、セシェルは騎士団宿舎へと帰って行った。
 それにしても、やっぱり記憶の中の彼女とはイメージが全然違う。
 俺がおっさんになって、感性が変わったからだろうか?
 なんだか、腑に落ちないんだよなぁ。
 セシェルが伝令を伝えてくれた、翌朝。店には魔導学園から、三名の調査団が訪れた。
 それはもう、すごい人たちが……!

「お初にお目にかかります。私は魔導学園の学園長をしております、ガルガンダと申します」
「どうも、お世話になります。天地洋です」

 代表として挨拶してくれたのは、学園長のガルガンダ先生。
 彼はとても優しそうなおじいちゃんで、ザ・魔法使いって感じのローブを纏っている。
 でも交わした握手は、とても力強い。ガルガンダ先生、すごいマッチョなんだぜ。

「? どうかされましたか?」
「いえ、とても力強い握手だったので、驚いてしまって」
「ほっほ。これは失礼しました」

 ガルガンダ先生はゲーム中、仲間にならない。
 その代わり、クリア後のダンジョンで裏ボスの一人として登場する。
 強力な魔法を連発するのはもちろん、近づくと肉弾戦もしてくる武闘派。
 いわゆる最強じじいキャラなのだ。

「この子はワシの孫娘、パテルテです。見学させるために、連れてまいりました」
「パテルテです。よろしくお願いします」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

 軽く会釈をする、高校生くらいの女の子。
 パテルテも、よく憶えている。ゲーム終盤に、パーティに入れていたキャラクターだ。
 仲間になるキャラクターの中で、魔力とMPが一番高い魔法系最強キャラ。
 割とやんちゃな性格だけど、学園長が一緒だからか、今はかしこまった様子をしている。

「そしてこちらはダンジョン研究の教授、トルト先生です」
「君は――」
「初めまして、トルトと申します」

 最後の一人は、先日売れ残りのパニーノを買い占めていった男の子。
 学生じゃなくて、教授だったのか。
 中学生くらいの子に見えるけど……外見に寄らず、偉い人なんだな。
 それにしても、初めまして、ね。先日買い物した件は、言うなってことか。

「初めまして、トルト教授。今日はよろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ。店長さん」

 とりあえず、初対面と言う体でトルト教授と挨拶を交わす。

「では、さっそく中に入らせていただきます」
「はい。こちらへどうぞ」

 俺は店の扉を開け、三人を店内に案内した。
 ガルガンダ先生が先頭で入店し、その後にパテルテとトルト教授が続く。 

≪カランカラーン≫

「ほう。なかなか趣のある店ですな」
「ありがとうございます」

 店内を見回したガルガンダ先生は、目を輝かせている。
 そしてキッチンの方へ、ズンズン入っていった。

「店長殿! このマギメイは何ですかな?」
「マギ……? えっと、それはピザ窯という窯です」
「ほうほう。ではこちらのマギメイは?」
「こっちは電子レンジといって、食べ物を温める道具です」
「なんと! 便利なマギメイがあるものですな」

 どうやら機械的なものを、イサナ王国では全体的にマギメイと言うらしい。
 まるで子供のように高揚したガルガンダ先生に、質問攻めにされる。
 おじいちゃん、機械好きか。

「そういえば店長殿、ゴミの処理はどうしております?」
「あ、えっと……『ゴミ捨て』!!」

 ゴミを処分したいと念じて声を出すと、ゴミ箱の中身はキレイさっぱり消えてしまう。
 我ながら、もっと気の利いた呪文に出来なかったのかと思うが……厨二っぽい言葉って全然浮かばなくて。
 とはいえ、とても便利な魔法である。ゴミ捨てに行かなくてもいいし、ゴミ袋をセットしなくてもいい。最高!

「おお!! これはスゴイ! おや? こちらの水道、水はどうやって引いているのですかな?」
「えっと……普通に、蛇口を捻って出します」
「ほうほう。こちらはマギメイですかな?」
「ええっと……」

 どんどん興味が移り、早口になっていくガルガンダ先生。
 先生の目がキラキラしているのが、余計にプレッシャーをかけてくる。

「召喚の魔力形跡が見られます。別の場所から、適時召喚してるようです」
「店長さんから、魔力の放出も見られるよ。おじい様」

 言葉を詰まらせている俺に代わって、トルト教授とパテルテが見解を述べた。
 助かったと思い、胸をなでおろす。
 もしかしてこれって、いつもの光景だったりするのかな?

「ガルガンダ先生。こちらのマギメイが、店長さんの力の根源――ダンジョンの核ではないでしょうか?」
「ほうほう、どうやらそのようだな。特殊な魔力を放っておる」
「え……そのセルフレジが、ダンジョンの核?」

 トルト教授の提言に、ガルガンダ先生が急に真剣な顔つきになる。
 そういえば、この世界に切っ掛けになったのも、そのレジだったな。
 よくわからない画面になってから、下のドロアーを金庫代わりにするぐらいしか使ってないけど。

「『店名/ダンジョン名を入力して下さい』……まだ、術式を完成させていないのですか?」
「術式? 店名が?」

 店名を決めろって言われても、自分が決めていいのかわからなくて放置していた。
 やや呆れたような顔で、トルト教授がこちらに説明する。

「店名がというか……【ダンジョンの名前を決めること】が、ですね」
「今決めちゃおうよ、店長さん!」

 急にパテルテが、会話に割って入った。
 頭上から話を搔っ攫われたトルト教授は、不服そうな顔をしている。
 しかし、反論をする様子は無い。

「店名か……どうしよう……」

 いざ自分の店となると、悩むな。
 名前だけでどんな店なのかわかってもらえて、それでいて愛着を持ってもらいたい。

「イタリアンがメインだけど、和パスタなんかも作るし……」

 頼まれれば、うどんや和食を作っても良い。お年寄りや子どもは、その方が食べやすかったりするし。
 それにイタリアンって格式張るよりも、食堂って感じの方が俺の性に合ってるかな。

「イタリア食堂……いや、ひらがながいいな。いたりあ食堂……ピコピコ? とか?」

 ゲームの世界だからピコピコは……ちょっと発想が昭和過ぎたか?
 でも小さい店って意味のピコと、8ビット音源のピコピコを兼ねるの、良いと思うんだよな。

=================

 ダンジョンマスター:天地 洋
 マスターレベル:1
 ダンジョンレベル:1

 店名/ダンジョン名を入力して下さい【いたりあ食堂ピコピコ_】


================= 

 俺が思いついた店の名前を言うと、レジの入力画面に店名が正確に自動入力された。

「おぉ……なんて高性能な音声入りょ――」
「じゃぁ、これで決定!!」
「えっ!?」

 パテルテの掛け声で、レジが実行画面になる。
 画面がどんどん切り替わり、レジの音声案内が始まった。

≪店名/ダンジョン名【いたりあ食堂ピコピコ】 セットアップを開始します≫
≪セットアップ完了まで 二時間三十六分――≫

 どうやらセットアップ完了まで、しばらく時間がかかるらしい。
 それにしてもパテルテ、勝手に決定して進めるなんて……俺の店の名前なのに!
 どうにも恨めしくなって、俺は大人げなくパテルテに抗議した。

「まだ考えてる途中だったのに」
「こういうのは勢いが大事なの。それに、最初に出たのが大体、一番良いものよ」

 自信満々なパテルテ。まるで自分は、良いことをしたような顔をしている。
 な、なんて不遜な女の子なんだ……。

「無駄ですよ、店長さん。パテルテに『悩む』という思考パターンはありません」
「お、おぅ……」

 同情するような顔で、こちらを見つめるトルト教授。
 その顔からは、上司の孫娘の横暴に、さぞや苦労しているのだろうことが伺えた。

「だが、我々がいる間に、術式の完成をした方がよろしいでしょう。不測の事態が、起きるやもしれませんし」
「そ、そうですか……」

 ガルガンダ先生にそう言われて、少し考えなおす。
 確かに。俺自身がダンジョンの在り方がわからなくて、来てもらったんだもんな。
 でも店名についてはもう少し、考えたかったよ。

「それより店長さん、しばらく時間がかかるみたいよ」
「そのようだね」
「だから、その間――」

 パテルテがウキウキしながら、言い放つ。

「昼食にしましょう!」
「私、すごく楽しみにしていたの! マリカ様から、とっても美味しいお店だって聞いたから」
「マリカ様から?」

 目を輝かせ、嬉しそうに話すパテルテ。まるで、友達から話を聞いたみたいな言い方。
 ダンジョン調査の依頼をしてくれたのはマリカ様だけど、そんなプライベートな会話もしてるんだ。
 騎士団って、そんなに魔導学園とも関係が深いものなのかな?

「マリカ様は以前、僕の受け持つ教養クラスに通われていたんです。それで、親交があって……」
「ああ! そうだったんですね」

 補足するようにトルト教授が、俺の疑問を取り除いてくれた。
 魔導学園には、普通科みたいなクラスもあるんだな。
 それはそれで、なんか気になる。

「料理を食べてもらえるのは、ありがたい。何が食べ――」
「ピッツァ・マルゲリータ!!」

 俺の言葉が終わるよりも前に、パテルテが元気にリクエスト。
 残念ながら、ピザ生地の用意はしていない。
 あまり日持ちしないので、作り置きしてないからだ。

「申し訳ない。ピッツァの生地の用意が無くて、すぐには作れないんだ」
「それは仕方ないわね。じゃぁ、パニーノを作ってちょうだい!!」
「あっ……」

 小さく反応する、トルト教授。どうしたのだろう?
 まぁそれは置いといて、次のリクエストがパニーノなのは意外。
 トルト教授がまとめ買いしていったパニーノは、魔導学園の人達で食べたのか。
 学園でも好評だったのなら、それは良かった。

「ほうほう。あのパンは、こちらのお店の商品でしたか」
「ウエスフィルド商会のウルさんが、このお店でパニーノを買ったって言ってたの。間違いないわ!」

 なんだか面白そうに話すガルガンダ先生と、自信満々なパテルテ。
 嬉しそうな二人には申し訳ないが、パニーノも今は無理だな。

「すまない。パニーノもピッツァの生地と同じもので、用意が無いんだ」
「そんなぁ……」

 パテルテは見るからにガッカリした様子で、ガックシと肩を落とす。
 そして恨めしそうに、語り始めた。

「熱々のチーズがとろけるマルゲリータ……濃厚クリーミーなチーズのパニーノ……楽しみにしていたのに」

 ダンジョン調査や見学よりも、料理の方が本命だったのかな。
 それにしてもパテルテ、パンというよりチーズやクリームが好きなのかも。

「チーズやクリーム系が好きなら、カルボナーラはどうかな?」
「カルボナーラ?」
「ああ、こんな感じの卵黄とクリームのパスタだよ」

 俺はカウンターに置いてあるメニューを手に取り、カルボナーラの画像を見せる。
 定番人気メニュー、カルボナーラ。紹介に一ページ丸ごと使ったメニュー画像は、本当に美味しそう。
 その迫力の絵力に、パテルテのテンションは一気に上がった。

「これにするわ、店長さん!」
「かしこまりました。ニンニクが少し入るけど、大丈夫かい?」
「もちろんよ。店長さんが一番美味しいと思うように、作ってちょうだい!」

 パテルテのオーダーが決まったところで、ガルガンダ先生たちにもリクエストを聞く。

「先生方はどうしますか? 他のパスタもご用意できますよ」
「折角だし、同じものをいただこうかの」
「僕も、それでお願いします」
「かしこまりました!」

 俺は先生方をカウンター席に案内して、おしぼりを出す。
 折角だし、対面で料理を見ながらの方が楽しいかと思って。

≪カランカラーン≫

「ただいま――あ、いらっしゃいませっ!!」
「おう、ラディル! おかえり!」

 外に走りに行ってたラディルが、帰ってきた。
 護衛を頼んでいるものの、俺が全然外に出ないから、好きに訓練してもらってる。

「こちらは、魔導学園の先生方。これからお食事されるんだけど、ラディルも一緒に食べるか?」
「はい! いただきます!」
「オーケー!」

 こんなにたくさんの人に作るの、久しぶりだ。
 気合入れて作らないとな!
 パスタ用の大鍋とスープ用の手鍋にお湯を沸かし、食材の準備にとりかかる。

「私はパテルテ。あなたのことはマリカ様から聞いてるわよ、ラディル」
「えっ、そうなんですかぁ?」
「面接と筆記試験で落ちたってね」
「えぇ……」

 もう葉野菜が無いから、サラダはミニトマトとパールモッツァレラ。
 ドレッシングで和えてココットに盛り、バジルを添えてプチカプレーゼ風に。

「大丈夫よ! わからないことがあったら、なんでも教えてあげるわ! トルトが」
「――はい?」
「ほっほっ。それもよいかもしれんなぁ」
「ガルガンダ先生まで……はぁ」

 玉ねぎとマッシュルーム、コンソメをスープの手鍋に入れた。
 パスタ用のフライパンを用意して、オリーブオイルとパンチェッタを入れ弱火にかける。
 じっくりとパンチェッタの旨味と塩味を、引き出していく。
 その間に、生クリームと卵の準備だ。生クリームを牛乳と一緒に計量カップで量り、卵は卵黄と卵白に分けた。

「よろしくお願いします! トルト先生!!」
「キミまで――はぁ、別にいいよ。そのかわり、ちゃんと頑張ってよね」
「はいっ!」

 熱々のスープをかき回しながら、卵白をゆっくりと流し込む。卵白は薄く、レースのように広がって行く。
 卵白だけでも、スープの味わいが結構変わるんだよな。
 俺はスープをカップに盛り、サラダと一緒にカウンターへ運んだ。

「先にサラダとスープをどうぞ」
「わぁ! カワイイ!」
「ほう。これはこれは……ハイカラですな」

 この世界でも、ハイカラって言うんだな。
 些細なことで日本味を感じるの、JRPGだなって思う。
 ちょっと嬉しい気分になって、俺はキッチンに戻った。
 よーし、美味しいカルボナーラを作るぞ!

「……ふぅ。美味しいじゃん……」

 下茹でしてあるパスタを、パスタ用のお湯に入れて茹で始める。
 フライパンでは、パンチェッタが良い感じに白くなっていた。そこへ刻みニンニクを入れ、香りづけ。
 ニンニクに火が入ったところで、量っておいた生クリームを投入。
 昆布茶で塩味を整え、クリームが分離しないように気を付けながら温めていく。

「おお……この香り、食欲を誘いますな」
「うん! すごく美味しそう!」
「店長の料理、何でも美味しいんですよ!」

 俺サマ、思わずニッコリ。
 ここからは、一気に仕上げだ。
 温まったクリームソースに、茹で上がったパスタを入れ混ぜ合わせる。
 火からおろしたフライパンに、パルメザンチーズと卵黄を入れて絡め合わせていく。
 生クリームが卵黄の濃い黄色と混ざり合い、濃厚なカルボナーラソースに。

「見事なものですなぁ」

 仕上がったパスタを、人数分のお皿に盛りつけていく。
 最後にミルで黒コショウを、たっぷりふりかける。
 パセリで彩を添えて、カルボナーラの完成!

「お待たせしました! 特製カルボナーラです」

 俺は渾身の出来のカルボナーラを、カウンター席へ運んだ。
 カルボナーラ――本場イタリアでは、ぺコリーヌ・チーズを使ってソースを作る。生クリームは使わず、割とあっさり味。
 うちのレシピは日本式で、生クリームたっぷりの濃厚カルボナーラ。ニンニクの香りと黒コショウの辛みが、更なる食欲を誘う。

「わぁ……とっても良い香り……」
「では、いただきましょうかの」
「いただきます!」
「いただきます」

 全員の前に料理が並び、食事が始まった。
 真っ白なカルボナーラがフォークで持ち上げられると、柔らかい湯気が立ち上る。
 濃厚なソースはしっかりとパスタに纏わり、みんなの口に運ばれていく。

「んんん! 美味ひぃ!!」

 口に入れた瞬間に、パテルテは目を輝かせながら絶賛する。
 味の感想が速い! と、言いたいところだけど……濃厚なカルボナーラソースは、舌に乗った瞬間のインパクトが強い。
 そして次々と、口に運んでしまう。育ち盛りの学生さんともなれば、この旨味に抗えるわけがないのだ。

「これは、ワインが欲しくなりますのぉ」

 ゆっくりと味わいながら、ガルガンダ先生が思わずこぼす。
 確かに、濃厚なカルボナーラでお酒を嗜むお客様は多い。
 でも転移したこの店、調理用以外のお酒が今のところ一切無いんだよな。

「すみません、まだお酒の用意がなくて……」
「いえいえ。私もまだ仕事中ですから」

 笑いながら受け答えする、ガルガンダ先生。
 その隣ではトルト教授が、パスタで口いっぱいにして咀嚼している。
 実際は大人なんだろうけど、トルト教授はとても小柄だから……ハムスターみたいで、可愛い。

「……なに?」
「いえ、お味はどうかなって」

 俺の視線が気になったのか、少し不機嫌そうにトルト教授がこちらを見る。
 確かに、不躾だったな。ごめんなさい、トルト教授!
 心の中で謝っていると、意外な返答が。

「……悪くはないです」
「とっても美味しいって!」
「パテルテっ……はぁ……」

 トルト教授、ツンデレで苦労性かぁ。
 なんだか美味しいキャラしてるな。俺のゲームプレイの記憶には、全然無いんだけど。

「はぁーっ! 美味しくて一気に食べちゃいました!」
「満腹になったか? ラディル」
「はい! ごちそうさまです!」

 みんなが食べ終わったのを見計らって、俺は食後のコーヒーを出す。
 セットアップは調理前に、二時間半くらいかかると言っていた。
 少し食休みをしてもらったら、ちょうど完了時間になるだろう。

≪いたりあ食堂ピコピコ セットアップ完了≫

「あ! おじい様、終わったみたいよ」

 セルフレジの音声に、最初に反応したのはパテルテだった。
 それにつられて、俺もレジの方を見る。

≪当月活動分のマジカを徴収します≫

 突然、レジのドロアーが勝手に開く。その上空には、不思議な異空間のような穴が開いている。
 次の瞬間、ドロアーに入っていたマジカが、異空間に吸い込まれていった。

「あぁっ!? レジ金!!」

 何が起こってるか理解できず、思わずセルフレジにかけよってしまった。

≪――マジカ不足を確認。代替により ダンジョンマスターの魔力を強制徴収します≫

「へっ?」

 不思議な異空間が、俺の胸元に飛び込んできた。
 すると全身の力が抜け、息が出来なくなる。

「うぁ……ぁぁぁ……っ……」
「いかんっ! 店長殿から魔力が吸い取られている!!」

 目元がグルグルする。視界が白く飛ぶ。
 倒れる俺を、ガルガンダ先生が受け止めた気がする、けど……。
 まったくその感覚を、感じ取ることができない。

「くっ……私の魔力でも足りぬか……パテルテッ! こちらにっ!」
「はい!」

 胸のあたりが、冷たくなったり熱くなったりを繰り返す。
 熱くなったとき、僅かに息が吸える。
 俺はただただ、その瞬間に縋るしかなかった。

「ほらっ! トルトとラディルも! 私と手を繋いで!!」

 体が熱くなって、ビクリと跳ねる。自分の意志ではない、奇妙な動き。

「店長!! しっかりしてください!! 店長!!」
「パテルテ……僕から、もっと取っていい……」
「んっ……!」

 ラディルの声が、聞こえる、気がする……
 目がグルグルして、もう、ダメか……も……

≪代替魔力の徴収完了≫
≪いたりあ食堂ピコピコ 活動を開始します≫

「――かはっ……はぁ……はぁ……」
「ふう……なんとか乗り切ったか。店長殿、まずは息を整えましょう」

 急に視界が明るくなり、すごく眩しい。
 意識がだんだんハッキリしてきて、俺はガルガンダ先生に抱きかかえられているのがわかった。
 先生はゆっくりと、俺の背を撫でてくれている。

「もう……大丈夫、です。ありがとう、ございます……はぁ……はぁ……」
「いや、こちらこそ。配慮が足りず、危険な目に合わせてしまった。申し訳ない」

 俺が一人で起き上がるのを確認すると、ガルガンダ先生は深々と頭を下げた。
 助けてもらったのは俺なのに、申し訳ない。

「店長~!! 無事でよがっだよぉ!!」
「うぐっ……心配、かけたな。ラディル」
「でんぢょ~っ!!」

 グチャグチャな泣き顔のラディルが、抱き着いてくる。
 あまりの力強さに、弱った体から呻き声が出た。

「トルト教授も、パテルテも、ありがとう。よくわからないけど、助けてくれたんだよな?」
「いえ、詫びるのは我々です。危険な目に合わせて、申し訳ありませんでした」
「そうだよね。ごめんなさい、店長さん」

 救助してくれた二人にお礼を言うも、彼らも負い目を感じているようで。
 とても真摯に、頭を下げた。

「ふむ……術式は、無事に完成したようだ。しばらく、大きな変化はないでしょう」

 すぐにセルフレジ――ダンジョンの核の確認をする、ガルガンダ先生。
 ようやく、終わったんだな。
 まだ昼過ぎなのに、なんて長い一日だったんだ……。

「店長殿も、今日はもう休まれた方が良い。術式の詳細については、また明日、改めてお話しましょう」
「わかりました」

 魔導学園の皆さんを見送って、俺は自室に戻り休むことに。
 ベッドに横になると、間もなく眠り落ちていった。
「……変な時間に、目が覚めちゃったな」

 目が覚めたのは、夜の十一時ごろ。
 現実の世界ではまだまだ起きてる時間だが、イサ国ではもう夜中という雰囲気。
 外を歩いているのは、酔っ払いと野良猫ぐらいだ。

「眠くはないけど、なんかダルい……」

 夕食を食べる気にもならず、俺はベッドの上でゴロゴロしながらスマホを手にする。
 そういえば、ステータスを見れるアプリはどうなっているんだろう?

「魔力……MPが、だいぶ減ってるな」

 強制徴収されたのは、MPだったようだ。
 そんなに消耗するような行動はしていないのに、半分程度まで減っている。
 もしかしたら、寝る前はもっと減少していたのかもしれない。
 マジカの代替のMP……変換率はどのくらいだ?
 もし一マジカ=一MPだったら、徴収のときマジカ不足だと、命取りになってしまう。

「はぁ……」

 思わず、ため息がでる。
 その動きでスマホをスワイプしてしまい、別のステータス画面になってしまった。

「あれ? トルト教授だ」

 今まで俺とラディルしか見れなかったけど、トルト教授のページが追加されている。
 教授は魔力とMPが高い、典型的な魔法使いキャラ。
 総合的な数値は、ラディルと同じくらいかな?
 レベルに対して、スキルの数が多いのが特徴。

「もしかして、他の人も?」

 更にスワイプしてみたが、ガルガンダ先生やパテルテのページは無い。
 トルト教授だけ、何か特別な関係になったってこと?
 むしろ魔導学園の三人の中で、一番素っ気なかったのに。

「そういえばラディル、いつも特訓してるけど、強くなってるのかな?」

 ラディルのページを見ると、レベルやステータスが前より上がっていた。
 特訓で走ってる途中で、魔物を倒したりしてるって言ってたし。
 ちゃんと頑張ってるんだな、ラディル。

「あれ? ラディル、ずいぶんスキルが増えてる……」

 風牙一閃、ピッツァ作り、ガッツ、大防御、防御力+50、グランドキャスト、セイプリズム、アイシクルエッジ……
 なんか統一感の無い、スキル構成だなぁ。
 グランドキャストとセイプリズムなんて、そもそもMPが足りなくて使えないじゃないか。
 そんなことを思いながら眺めていると、スキルの横に顔アイコンがあるのに気づく。
 スキルによって、アイコンが違うみたいだけど……

「ん? このグランドキャストのアイコン……ガルガンダ先生?」

 他のアイコンより髭と帽子が特徴的で、すぐにガルガンダ先生だと思った。
 もしかして、これは元々スキルを持っていた人の顔アイコンが表示されている?
 
「こっちのセイプリズムは、パテルテか。ガッツ・大防御・防御力+50は、セシェルだな。懐かしい……」

 風牙一閃は、マリカ様。アイシクルエッジは、トルト教授だな。
 一つわかると、芋づる式にわかるものだ。
 そして、この戦闘と関係ないスキルのモブ顔アイコン――

「このピッツァ作りのアイコン……俺?」

 まぁ、他にピッツァ作りを教える人なんて居ないんですけどね。
 それにしても、どうやって他の人のスキルを覚えたのだろう?
 あまり長く話したり、修行したりした感じはなかったけど……。
 何かみんなに共通する条件――

「一緒に、食事をした……?」

 マリカ様は、マルゲリータを食べたとき。
 俺とは、普通に一緒に食事をしてるし。
 セシェルは、伝令のときにアクアパッツァを食べたな。
 ガルガンダ先生たちは、昼間のカルボナーラ。

「ラディル、お客さんと一緒に食事をすればするほど、強くなる……!?」

 そういえば、すっかり忘れていたけど――イサ国の主人公は、仲間との友好度が上がると、その仲間のスキルを覚えることができた。
 強いキャラであればあるほど、当然強いスキルを持っていて。ただ序盤の弱いキャラも、後半で効果を発揮するような特殊なパッシブスキルを持ってたり……。
 なので、全ての仲間を集めるのが、当たり前になってたな。
 そんなゲームの記憶を辿っていると、楽しくなる半面、少し物悲しくなる。

「この物語の主人公は、ラディルなんだ」

 キャラメイクシステムのせいで、俺の使ってたグラフィックと全然違うから、気づかなかったけど。
 仲間のスキルを覚える特性は、イサ国の主人公のそれだ。
 そうだよな……俺はチンピラに絡まれても、自力で戦えないモブおじ。

「まぁ、俺……元々主人公なんて、ガラじゃないか」

 別に子どものころから、格段に輝いていた時期なんてない。
 料理人を続けているのだって、たまたま俺の作った料理を、友人が美味しいって言ってくれたからだ。
 客商売は、嫌なことや悪いことも多い。でも稀に、あの時の友人のように、心から美味しいと言ってくれるお客さんに出会えるから――

「……でも、俺の料理で、ラディルが強くなってるってことでも……あるよな?」

 ナイーブになっていた気持ちを、少し切り替えてみる。
 物語の主人公に協力するおじキャラって、それはそれで美味しいポジションかも。

「イサ国の主人公であるラディルが強くなれば、この国の平和が守られる……だったらそれも」

 悪くない、かな。
 ダラダラと考え事をしているうちに、俺は再び眠りについた。
「うーん! 良い朝だなぁ!」

 昨夜グッスリ眠ったおかげか、いつもより体が軽い。
 俺は朝のルーティンである、店先の掃除を始める。
 しばらくすると、ニルギさんがガラガラと台車を引いて通りかかった。

「あぁら、おはよう。店長さん」
「おはようございます、ニルギさん」
「あぁらあぁら、看板、できたぁのね。もう、開店するぅの?」
「えっ?」

 店を見上げるニルギさんに、俺もつられて上を向く。
 すると店の入り口に、テント看板が設置されていた。

「あっ……」

 シャトータイプの看板の布には、『いたりあ食堂ピコピコ』としっかり書かれている。
 ダンジョンのセットアップが、完了した影響だろうか?
 こうして見ると、自分の店だという実感が沸いてきて、なんとも感慨深い。

「そぉだ! 開店祝い、しなきゃぁね」
「えぇ!? そんな、悪いですよ」
「なぁに言ってるの! これは、私の気持ちなんだかぁら! ほぉら、欲しいハーブを選ぁんで!!」
「じゃあ、そのバジルを……」
「バジルね!」

 ニルギさんは白い包み紙を取り出すと、花束のような量のバジルを包んでくれた。
 他にもローズマリーやイタリアンパセリ、ミントも添えられている。

「こ、こんなにたくさん……!?」
「バジルはねぇ、ワッサァってなるんだから! ワッサァって!!」
「ははは」

 なんだか、田舎のおばあちゃんを思い出すなぁ。
 それに実際、すごくありがたい。レジのマジカがほぼ無くなってしまった今、仕入れにも制限がある。
 この量のハーブがあれば、開店から数日分の料理をまかなえるだろう。

「ありがとうございます! 大切に、使わせてもらいます」
「がぁんばってぇね。それじゃぁ、私も市場でがぁんばらなぁいと」
「いってらっしゃい、ニルギさん!」

 市場に向かうニルギさんを見送る。
 彼女と入れ替わるように、ガルガンダ先生とトルト教授が歩いてきた。

「おはようございます、店長殿。体調は、もう大丈夫ですかな?」
「はい! おかげさまでこの通り、元気です。昨日はありがとうございました」
「おお、それはよかったよかった」

 ガルガンダ先生は安堵したように微笑み、自身の髭を撫でる。
 立ち話もなんなので店内に案内しようとしたが、先生はすぐ帰るのでと遠慮された。

「それと、店長殿にご提案なのですが、しばらくトルト教授にお店へ出向してもらおうと考えてまして」
「出向?」

 出向って、子会社や別会社に行って働くことだよな。
 魔導学園じゃなくて、うちの店――いたピコで働くってこと?

「トルト教授には店長殿のサポートをしながら、ダンジョンの研究をしてもらおうかと」
「良いんですか? トルト教授、他のお仕事もあるんじゃ……」
「いえいえ。こんな機会、滅多にありませんから。彼には全力でダンジョン研究に打ち込んで欲しいのです」
「そういうこと。僕にとっても、願ったりかなったりって話なのさ」

 昨日よりもだいぶ軽い雰囲気のトルト教授が、嬉しそうに言う。
 本人も、この話に乗り気なんだな。
 だったら俺にとっても、とても心強い話だ。

「給与につきましては、魔導学園から支給しますので、店長殿はお気になさらず」
「そっ、そんなことまで!?」
「こちらも研究に協力してもらうのですから、当然のことです」

 なんか、意外な流れになったな。
 もしかして昨夜、スマホでトルト教授のステータスが見れたのは、店で働くからってことだったのか?
 そんなことを考えながら、俺はトルト教授に握手を求める。

「では、よろしくお願いします。トルト教授」
「トルトでいいよ。よろしくね、店長さん」

 握り返してくれた小さな手は、とても力強かった。
 この様子を嬉しそうに見ていたガルガンダ先生が、話を付け加える。

「ダンジョン研究だけでなく、料理運びやメニュー取りも手伝わせたらよろしいでしょう」
「ええ……さすがに、そこまでやってもらうのは……」

 ダンジョン研究をしにきてるのに、従業員みたいに使うなんて。
 教授っていうくらいだし、なんか悪いなぁ。
 しかしガルガンダ先生は、さらに面白そうに話し続けた。

「いいのです。マジカ不足で店長殿に何かあっては、研究どころではありませんからな」
「それはそうですけど……そう、なのか? そう、だ……な?」
「ほっほっ。それにトルト教授は、店長殿の店――料理の価値を、よく理解している。きっと、お役に立ちましょう」
「? えっと……」

 なんだか言い包められてるようで、混乱するな。
 そんな俺を見ながら、ガルガンダ先生はニヤリとする。
 対して、トルトは少し目を逸らした。

「なに……彼は先日、こちらで購入したパニーノを学園で販売して、なかなかのお小遣いを稼いでいたのです」
「……ああっ!」

 昨日、なんか雰囲気がおかしいなって思ったのは、そういう隠し事をしてたからなのか。
 なかなかのお小遣いって――

「ちなみに、一個いくらで売れたの?」
「……2000マジカ」
「にっ、2000!?」
「だって学園のみんなに、お店の料理の価値を理解して欲しかったんだもん!」

 キュルンと可愛い顔をする、トルト教授。
 いや、だからって……パニーノ一個で、2000!? 1000ならまだ理解できるけど、2000って……。
 しかもうちでは、しっかり値切って買っていったのに……。

「どうぞ、トルト教授をお役立てください」
「はひ……」

 一通り話が終わると、ガルガンダ先生は魔導学園へ帰って行った。
 先生を見送って、俺とトルトは店に入る。

「じゃあ僕はこのマギメイを調べるから、店長さんは明日から営業できるように料理の準備をしてて」
「えっ……わ、わかった」

 息つく間もなく、トルトは仕事にとりかかった。
 お茶ぐらい出そうかとカップを用意すると、呆れたような顔でトルトがこちらに話しかける。

「あの、大事なことだから先に言っとくよ。たぶん、このダンジョン――店を維持するのに、毎月二十万マジカが必要なんだ」
「そうか。でも、月に二十万なら、割と余裕じゃないか?」
「店長さん!!」

 一段と大きな声で、トルト教授は叫んだ。

「今月は!! もう!! 二週間しかないんだよ!?」
「……はっ!!」

 レジ金ほぼゼロ円開店準備、開幕!!

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