いたりあ食堂ピコピコ ~レトロゲーに転移した俺は、平和に料理を作りたい~

 ピザの定番、不動の人気のマルゲリータ。
 トマトソース・チーズ・バジルのシンプルな具材だからこそ、店ごとの個性が光る一品。
 なーんて、店だとカッコイイ蘊蓄を言いたくなっちゃうけど。古くから愛されてるだけあって、ホッとする味なんだよな、マルゲリータって。
 マリカ様とラディル君にマルゲリータを出したあと、俺は取り皿とおしぼりを持ってカウンターに向かう。
 二人の間にそれらを置いて、ラディル君を間に挟むように奥のカウンター席に座った。

「さあ、熱々のうちにどうぞ」

 料理をすすめるも、二人は顔を見合わせて少し困った様子をしている。
 もしかして、食べ方がわからないのかな?

「フォークとナイフを使ってもらってもいいし、手づかみで食べても大丈夫ですよ。手づかみで食べるなら、縁の方を持って、こうやって軽く折り曲げると食べやすいです」

 俺はラディル君のピザの近くで、食べ方を簡単なジェスチャーでやって見せた。
 先に食べ始めたのは、ラディル君だ。手づかみでピザを持ち上げると、一口で縁以外を一気に口に入れてしまう。
 ハムスターのようにもぐもぐ食べているうちに、みるみる顔が明るくなっていく。

「店長、すごく美味しいです!!」
「そうか! どんどん食えよ!」

 あんなに泣いていたのに、ピザ一つで現金なものだ。それでも、元気になって良かった。
 ラディル君の食べる様子を伺っていたマリカ様も、ピザに手を付ける。

「ん……んん!?」

 手にもって上品に口に入れるも、とろとろのチーズがどこまでも伸びていく。
 少し困った様子のマリカ様だけど、美味しそうな笑顔をしている。

「ふふ……確かに、美味しいな」

 実に美味しそうにはにかむ、マリカ様。
 彼女が二ピース目のピザを食べ始める頃には、ラディル君は自分の分を食べきってしまっていた。
 すっかり満足気な顔をしているので、そろそろ話をしても良さそうだな。

「ラディル君は、どうして落ち込んでたの?」
「あっ……」

 ラディル君は肩を落としモジモジとしながら、ゆっくりと話し始めた。

「実はオレ、今日、騎士団の入団試験だったんです……」
「へぇ、そうだったんだ」

 イサナ王国では、騎士になるのはかなり名誉なことだ。
 このゲームの主人公も、最初は騎士になるために田舎から出発するところから始まるんだっけ。

「その……落ちちゃって、試験……」
「……そっか。大変だったな」

 落ち込むラディル君に、労いの言葉をかける。
 やはり試験は、大変なものだったのだろう。

「オレ、働いて食事代返しに来るって言ったのに、働き口も見つけられなくて……うぅ」
「あー、それは別にいいから。落ち着いて、な?」
「うっ……うっ……はぃ……」

 今一番傷ついているのは彼自身だろうに、律儀にそんなことを気にしていたんだな。
 再び泣き出しそうなラディル君をなだめるも、これからどうたものか。
 部屋も食料もしばらくはなんとかなるけど、俺もこれからどうなるかわからないし。
 彼をなだめながらグルグル考えていると、マリカ様が意外な提案をしてきた。

「君、こちらの店主の護衛になったらどうだ?」
「え……?」
「へ?」

 護衛? こんな少年に?
 唖然としている俺たちに、マリカ様は話を続ける。

「見たところ体格も体幹もしっかりしているし、入団試験を受けれるぐらい剣の腕もたつのだろう?」
「はい! 村では姉ちゃんにみっちり剣を仕込まれました!」
「ならこちらでお世話になって、また来年、入団試験を受けると良い」

 ああ、マリカ様は騎士だから、ラディル君の騎士としての素養を見極められるのか。
 ん? それってつまり、俺は護衛を雇った方が良いくらい、弱いってこと……?
 ちょっとショックだ……。

「店長さん、どうかオレを雇って下さい! 掃除・洗濯・皿洗い、何でもします!」
「どうだろうか? 店主殿」
「いや、護衛をしてもらえるのはありがたいのですが……」
「何か問題があるのだろうか? 店主の安全のためにも、良いと思うのだが」

 マリカ様の真っすぐな瞳で、見つめられる。
 それは少しの威圧を持っていたが、同時に信用できるものだと思えた。
 彼女になら、俺の事情を話しても大丈夫だろう、と。

「俺も、どうしてこの国にいるのかわからなくて……」
「? それはどういうことだろうか?」
「実は――」

 何て説明したらいい? 現実の世界から来ました、なんて変な人だし……。
 現実……異世界……よりも、遠い国からの方がわかりやすいか。

「俺、遠い国から何かの事故で突然この国に飛ばされて来たんです」
「遠い国? それは何という国か?」
「えっと……日本っていいます」
「ふむ……聞いたことが無いな……」

 ですよねー。俺だって、ゲームの世界に飛ばされるなんて信じられないもん。
 そうはいっても、他に説明のしようもないし……。

「だが、事故で人や物が転移・転送される事例は確認されている」
「えっ!? そうなんですか!?」
「ああ」

 意外にそういう事故もあるってことか?
 当時のゲームはクリア後の開発室とか、メタいキャラの演出も結構あったけど。もしかして、そういうのも関係してるのかな?
 あれこれ思い浮かべる俺を、不安そうにしてると捉えたのか、マリカ様は言葉を続けた。

「不慮の事故でこの地に来た、ということだが。イサナ王国は正しく勤労する者ならば、客人として迎え入れよう。国民同様、王国騎士はあなたを守ると約束する」
「えっと……この国で真面目に働けば、守ってくれるってことですか?」
「そうなるな」

 俺の能力はダンジョンマスターで、この店に居ることで真価を発揮するのだろう。
 つまり、飲食店をやる以外に選択肢はない。

「俺は料理人なので、ここで食堂を営みたいのですが、大丈夫でしょうか?」
「もちろんだ。歓迎しよう」
「それと、このお店……ダンジョンって、空間みたいなんです」
「ダンジョン? 魔術による異空間のことか?」

 あ、ダンジョンってそういう認識なんだな。
 俺はマリカ様にレジの画面などを見せて、このダンジョン――店をどう扱ったらいいか悩んでいる旨を伝えた。

「なるほど……」

 事情を聴いたマリカ様が、店中を見回しながら少し考え込む。
 だけどそれほど深刻とは判断しなかったのか、思ったより軽い反応が返ってきた。

「特に危険な様子もないし、店を営むのは問題ないだろう。これだけ美味しい料理だ、皆も喜んでくれると思う」

 料理を褒めてもらえたのは嬉しいけど、そんな軽い感じでいいのかな?
 もっとこう、俺の身元証明とか食の安全性とか税金についてとか……。
 まぁ、無いなら無いに越したことないけど。

「ここがダンジョンであること、その扱いについてだが……魔導学園に助力を願うのがいいだろう」
「魔導学園ですか……」

 魔法学園は、イサナ王国内の一大勢力だ。
 ゲームでは攻撃魔法を使える仲間を増やすために、足しげく通っていた。
 専門的な研究をしている教授や学生には大変お世話になったが、変わり者も多かった印象が残っている。

「学園長とは旧知の仲だ。私から依頼状を送っておこう」
「え、良いんですか!?」
「構わない。調査の当日に、同行できるかはわからないが……」
「とんでもない! 依頼してもらえるだけで、とても助かります!」

 こんなに支援してもらって、これ以上の贅沢なんて言えるわけない。
 それにしても、王国騎士ってこんなに国民生活を見守ってくれてるんだな。
 ちょっと感動しちゃうレベルだよ。

「なるべく早く店が開店できるように、早急にと伝えておくよ」
「はい。よろしくお願いします」
「ラディル君も、頑張ってな」
「はい! マリカさん! 店長、よろしくお願いします!!」
「ああ、よろしくな。ラディル」

 話もまとまったところで、お帰りになるマリカ様を店先まで見送ることに。
 太陽がすっかり傾いて、町が夕焼け色に染まっていた。
 こちらを振り向いたマリカ様の笑顔が、とても眩しい。

「それにしても、ピッツァ? とても美味しかった」
「ありがとうございます。なんといっても、王妃のお気に入りですから」
「王妃の?」

 不思議そうな顔で、マリカ様は聞き返してきた。
 そういえば、イサナ王国の近隣には大きな王国は無いんだっけ。
 つまり王妃と言ったら、イサナ王妃になってしまうわけで……。
 何と言ったらいいのか……少し悩みながら、俺は説明を試みる。

「俺のいたせか……国の、友好国の昔の王妃様が、ピッツァ職人に献上された“あのピッツァ”を大変気に入ったって逸話があって。それでその王妃――マルゲリータ王妃の名前をとって、ピッツァ・マルゲリータと呼ばれるようになったそうです」

 これも所説有りってやつで、その真相がどんなものかはわからないんだけど。
 こういうときは、ロマンのある話に乗っておくのが商売ってやつさ。

「今では俺の国も含めて、世界中でとても愛されてる料理なんですよ」
「世界中で……?」
「あっ……」

 世界中っていっても、異世界のイサナ王国には知られていないわけで。
 この場合、不敬や虚偽になってしまったりするのだろうか……?
 ウンウン唸っている俺の悩みは杞憂で、マリカ様はこの逸話に笑顔を返してくれた。

「そのお話を聞いて、ますます好きになりました」
「えっ……」

 それはこれまでの騎士の笑顔ではなく、とても優しく朗らかなもので。

「またお料理、食べに来ますね」
「あっ。はい、ぜひ! お待ちしております!!」

 去っていくマリカ様の背中を、見えなくなるまで見送った。
 あんなに強くて頼りになる騎士様も、一人の女性なんだな。

「俺も、頑張らないと」

 ちゃんと店を始めて、ここで生活できるようにならないとな。

■■■

 追記
 ラディルは面接と筆記の評価が低くて、騎士団入団試験を落ちたらしい
 しっかり教養を身に着けるようにと、後日マリカ様から手紙が届いた
 優しい日差しの中、目が覚める。
 見慣れない天井に、ふわふわのベッド。まだ夢を見ているようだ。
 ベッドから出て窓から外に目をやると、空をクジラが泳いでいる。

「夢じゃ、無いんだなぁ」

 一日が経って、ようやく異世界に飛ばされた実感が湧いてきた――気がした。
 元の世界に帰れるかどうかはわからないけど、とりあえず、ここで生きていかなくては。
 俺はベッドに腰かけ、スマホを手にした。

「やっぱり、通信はできないよなぁ」

 スマホで使える機能は、電卓やタイマー・アラームといった、オフラインで使えるアプリ。
 あとはスマホ内にDLしておいた、電子書籍や動画や音楽。
 電池に関しては、自動でフル充電されている。
 どうやら店内の設備と同等に、俺の魔力を消費して充電されてるみたいだ。

「ステータスのアプリはっと……」

 昨夜気づいたことなのだが、スマホ内に新しいアプリが自動インストールされていた。
 ステータス画面が見れるアプリで、今は俺とラディル君が確認できる。
 元のイサ国のステータス画面に準じていて、見てるだけで結構楽しい。
 ラディル君は魔法も使えるバランス型の戦士タイプで、俺はMP高めの一般人……かな?

「寝起きなのに、俺のMPは完全回復してないんだ」

 ちょっと思うところはあるが、心当たりはある。
 多分、水道光熱費でMPを消費しているのだ。
 俺はこれといって魔法を使えないけど、昨日の就寝前までにMPが三分の二に減少。きっと、調理や洗い物をしたためだろう。
 そして今、寝起きにも関わらずMPを消費しているのは、冷蔵庫など常に稼働している電気製品があるからだと思われる。

「俺もレベルアップすれば、MPも増えるのかな? このままじゃ、満足に料理が提供できないかも……」

 昨日は朝のまかないと、お礼のピザを焼いただけだもんなぁ。
 居住スペースの電気や風呂の水道分を入れたとしても、MP消費が激しい。
 でも戦えない俺が、レベルアップなんて出来るんだろうか?

「……悩んでいても、何も変わらないしな。とりあえず、店の前でも掃除するか」

 こういう時は、体を動かすに限る。
 店の前が綺麗になれば、気分もスッキリするしな。
 そう思って、俺は着替えて外に出たのだが……

「ぐっ……ごみ、ゴミ、塵だらけだ……!!」

 ゴミ袋と掃除用トングを持って外にでたものの、ゴミ袋はあっと言う間にパンパンになってしまった。
 一夜にして、なんでこんなにゴミが散らかっているんだよ。
 くらやみ祭の翌日か!? と、思わず叫んでしまいそうである。

「おやぁ、精が出ますねぇ」

 掃除をしていると、大きな台車を引いたおばあちゃんに声をかけられた。
 台車には、たくさんの野菜やハーブが積まれている。
 これから市場に、売りに行くのだろう。

「おはようございます」
「おはぁよぅ。見ない顔ねぇ」
「はい、先日越してきまして。天地、洋と申します」
「あらあらぁ。私はニルギよぉ」

 俺とニルギさんは自己紹介をしながら、お互いにペコペコ何度もお辞儀をする。
 なんとも物腰の柔らかい、不思議で面白いおばあちゃんだ。
 挨拶が済むと、彼女の興味は店の方に移っていく。

「お店でもやるのぉ?」
「はい。まだ準備中なんですけど、食堂を開こうかと思って」
「ふぅん、珍しいわねぇ」
「え?」

 何気ない彼女の言葉に、ドキリとする。
 もしかして、立地条件が良くなかったか?

「ほらぁ、東通りの方が活気があるじゃぁない? だから西にお店を出すの、変わってるなぁって」
「ははは……そ、そうなんですね……」

 やっぱりそうなんだ! でも、転移場所が選べたわけじゃないし、仕方がない。
 そういう場所なんだと念頭に入れて、営業計画を立てていこう。

「まぁ、変わり者はぁ、私もいっしょよぉ。よろしくねぇ。あと、何か買うかしらぁ?」
「ああ、ではお言葉に甘えて」

 ニルギさんのご厚意で、店先で商品を買わせてもらった。
 彼女の売り物はハーブの種類が豊富で、質もとても良い。そのままサラダで食べても、美味しいだろう。
 俺はローズマリーやバジルなど、数種類のハーブを購入した。 

「ありがとぉ。市場に行ったら、お店の事、お友達にも紹介するわねぇ」
「わぁ、ありがとうございます! よろしくお願いします!」

 市場に向かうニルギさんを見送って、俺は店の中に入る。
 カウンターの方を見ると、キッチンでラディルが何かしていた。

「おはよう、ラディル。起きてたんだな」
「はっ……て、店長、おはっ、おはようございまっす!!」

 明らかにラディルの挙動が、おかしい。
 朝食が待てなくて、つまみ食いでもしていたのだろうか?
 別にそんなことで、怒ったりしないんだがな。

「ん? 何かあったのか?」
「実は……その……ごめんなさい!!」

 深々と頭を下げるラディル。
 その隣には――バットいっぱいに膨れ上がり、一つの塊になったピザ生地のおばけが置かれていた。
 ピザ生地のおばけ――大量のピザ生地がバットの中で過剰に発酵しすぎて膨らみ、一つの物体と化した物。
 現実世界でも、たまにバイトが呼び寄せていた。
 バットにべったり張り付いたそれらをピザにするのは、至難の業。

「どうしてこんなことに……」
「その……起きてきたら、店長が外の掃除をしていたから、オレが朝食にピザを焼こうと思って……」

 申し訳なさそうに、ラディルは説明を始める。
 昨日マリカ様が帰った後に、ピザの焼き方を教えたんだった。お腹が空いたときに、自由に焼いて食べていいよって。
 作り置きのピザ生地もたくさんあって、早く食べないと悪くなっちゃうしね。
 それでラディルは、自分でピザを作ろうとしたのだろう。

「ピザ窯に火をつけて、食材を出したところで、お腹が痛くなっちゃって。ちょっと離れるつもりが、すごく時間がかかって……トイレから戻ってきたら、こんなことに……」
「なるほど」

 料理が作れるからと言って、トラブルを起こさないというワケではない。
 調理場の勝手に慣れておらず、失敗してしまったのだな。

「窯に火をつけて気温が高くなったところに放置して、ピザ生地の発酵が進みすぎちゃったのか」
「ごめんなさい……」

 確かバットに残っていたピザ生地は、全部で九枚分だったか。膨張合体した姿は、なかなか強烈だ。
 ラディルは申し訳なさそうに、頭を下げる。
 まあ、こういう見た目の派手な失敗をしちゃうと、精神的なダメージが大きいんだよな。

「あの、この生地、どうしましょう……?」
「大丈夫。こいつには、フォカッチャになってもらう」
「ふぉかっちゃ?」

 俺はピザ窯の火を消し、コンロ下のオーブンに火をつけた。
 分厚く膨らんだ生地はピザ窯で焼くと焦げてしまうので、オーブンでじっくり火を通す。
 オーブンの庫内が温まるまでの間に、生地の準備を進める。

「フォカッチャっていうのは、ピザの原型になったと言われるパンのことなんだ」

 生地を均すために、何度かバットを持ち上げて調理台の上にパンパンと落とす。
 均した生地の表面に、指で何か所か穴を開けていく。
 それからオリーブオイルと、先ほどニルギさんから購入したローズマリーを用意する。

「こうやって均して穴を開けたピザ生地に、オリーブオイルを塗っていく。その上から、塩とローズマリーを散りばめるんだ」
「すごい……もうパンみたいです」

 指で開けた穴の中までたっぷりオリーブオイルを塗り、フォカッチャの生地の完成だ。
 これを温まったオーブンに入れて、二十分ほど焼いていく。

「焼きあがるまで時間がかかるから、サラダとスープを作ろうか」
「はい!」

 スープに入れる野菜の、玉ねぎ、にんじん、キャベツ、じゃがいもを一センチ角に切る。
 コク出しに、ウインナーの輪切りも入れよう。
 野菜を切り終わったら、手鍋にオリーブオイルを入れ刻みニンニクを炒めていく。

「美味しそうな香りです」
「だろ~?」

 ニンニクの香りがしっかりしてきたら、ウインナーと野菜を入れて炒める。
 全体に油が回ってしんなりしたところに、トマトソースと水を加え煮込む。
 火が通って味が馴染んできたら、味見をして塩味を調整。
 ミネストローネの完成だ。

「味見するか?」
「はい!」

 味見用の小皿にスープを入れ、ラディルに渡す。
 ゆっくりと熱々のスープをすすった彼の目が、一気に見開く。

「すごく、美味しいです!」
「そうか、良かった」

 ラディルの素直な反応が可愛いんだよなぁっと思いながら、サラダの準備にとりかかる。
 サラダ皿にレタスを盛り付け、トッピングを選ぶ。

「サラダのトッピング、肉と魚介、どっちがいい?」
「お肉で!」
「あいよ」

 冷蔵庫から切り置きしてある生ハムを取り出し、レタスの上に並べた。
 焼きあがったフォカッチャに挟んで食べたら、豚の油が溶けて美味しいだろう。

「そろそろ焼きあがったかな」

 オーブンからバットを取りだすと、見た目はなかなか綺麗な狐色の焼き色をしている。
 何か所か竹串で刺して、焼き具合を確認。少しだけ、まだ生地が少し緩い箇所があるな。

「焼き色は良いんだが、中はもう少しだな」

 表面を焦がさないように、もう少し火を入れたい。
 バットの表面にアルミホイルを被せ、再びオーブンの中に入れる。
 すぐに焼きあがると思うから、皿やドリンクを用意しておこう。

「牛乳とオレンジジュース、どっち飲む?」
「牛乳お願いします!」

 お、ラディルは健康優良児じゃん。たまには俺も、牛乳飲もうかな。
 二人分の牛乳をグラスに注ぎ、スープもカップに入れる。

「ラディル、テーブルに料理を運んじゃってくれ」
「はい!」
「フォカッチャもそろそろ焼けたかな」

 配膳をラディルにお願いして、俺は再びフォカッチャの焼き具合を確認した。
 今度は中までしっかり焼けている。

「ほら、ラディル! フォカッチャ焼けたぞ」
「うわぁっ! すごい! 大きい!!」

 コンロの上にバットを置き、端の方から二人分のフォカッチャを切り出す。
 パン切包丁で表面をザクザクと切っていくと、小麦の甘い香りが立ち上ってゆく。

「どのくらい食べる? 俺はこのぐらい切るけど」
「じゃぁ、ここまで切ってください」
「オーケー」

 俺たちはワイワイ言いながら、フォカッチャを皿に盛る。
 切り出されたフォカッチャは、高さが五センチくらいある極厚パン。
 これはなかなか、食べ応えがありそう。
 焼きたてのフォカッチャをテーブルに運び、俺たちは食事を始めた。

「あっつ! んんっ! 美味しい!!」
「そんな一気に口に入れて、火傷するなよ」
「はひっ!」

 真っ先に、焼きたてフォカッチャに食いついたラディル。
 冬でもないのに、フォカッチャを食べた口からは湯気がのぼっている。
 彼の様子を見ながら、俺もフォカッチャを口にした。

「カリもちで、良い感じに焼けてるな」

 生地の表面はオリーブオイルをたっぷり吸って、カリッカリに焼きあがっている。
 その下のモチモチの白い生地からは、温かくて優しい甘み。
 焼き目の塩味とのコントラストで、味わい深い仕上がりになっていた。

「こんなに美味しいパン、初めて食べました!」
「ははは、そんなに褒めるなよ~」
「それに、スープも美味しいです」

 分厚いフォカッチャと食べるなら、トマト系のスープだと思って作ったミネストローネ。
 実は俺は酸味が苦手で、トマトもあまり得意ではないんだが……。
 フォカッチャの甘みと塩味を一緒に食べることで、トマトの酸味をまろやかにして、スープの旨味を堪能することができる。
 本当、味の組み合わせというのは、不思議なものだ。

「こうやって、熱々のフォカッチャに生ハムを挟んで食べるのも、旨いんだぜ」

 残りのフォカッチャの中央を手で割き、真ん中に生ハムを挟む。
 生ハムの白い脂の部分が溶け、周囲に染みわたる。
 ほどよく馴染んだところを食べると、肉の甘みと塩気が口に広がっていく。
 あ~、幸せな味だ~。

「本当だ! 甘じょっぱくて美味しい!」

 俺たちはどんどん食べ進め、あっという間に朝食を食べ終えてしまった。
 朝のピザ生地おばけ事件が、すっかり昔の事のように感じる。

「あんなにドロドロになってたものが、こんなに美味しいパンになるなんて、思ってもみませんでした」
「ははは。怪我の功名、ってやつだな」
「ケガの……?」
「失敗だと思ったことから、意外に良い結果が得られることだよ」
「ああ!」

 すごく落ち込んでいたラディルも、すっかり元気を取り戻している。
 良かった良かった。

「フォカッチャ、まだあんなにたくさん残って……。しばらく、食事はフォカッチャですね」
「うーん。でも時間が経つと、パンってすぐ不味くなるんだよ」
「ええ!? じゃあ、すぐ食べちゃわないと……」
「いや――」

 ピザ生地九枚分のフォカッチャ。パンでの食事量で言うと、十八人前といったところだ。
 二人で美味しく食べるには、限界があると思う。同じものを食べ続けるのも、俺が飽きちゃうし。
 それよりも、色んな人に食べてもらいたい。

「せっかく美味しく焼けたし、今日はパニーノを作って、売ってみようと思う」
 パニーノ――パンに具材を挟んだもの。平たく言うと、サンドイッチだ。
 日本ではパニーニと呼ばれるホットサンドが有名だが、パニーノとパニーニの違いは単数形か複数形か。
 一個だけならパニーノ、二個以上ならパニーニ。
 ホットサンドは半分にカットして二個の状態で提供されるのでパニーニ、らしい。

「腹も満たされたし、パニーノ作り始めるか」
「はい!」

 朝食の後片付けをして、俺たちは調理にとりかかる。
 まずはフォカッチャをバットからカッティングボードの上に移し、食べやすい長方形に切り分けていく。
 そして切り分けたフォカッチャに、更に上下に分かれるように切り込みを入れた。

「何か手伝えることありますか?」
「そうだな、こんな感じにクリームチーズを塗ってくれるか?」

 見本に一つ、フォカッチャの間にクリームチーズを塗って見せる。
 ずっとチーズの味を楽しめるよう、縦に三段の波になるように塗り広げていく。

「こうですか?」
「そうそう。全部に頼む」
「わかりました!」

 俺の見本と同じように、ラディルがフォカッチャにクリームチーズを塗る。
 一回見せただけとは思えないほど、ラディルは綺麗に仕上げてくれた。

「ラディルは本当に物覚えが早いなぁ。昨日もあっという間に、ピザを伸ばせるようになっちゃったし」
「そんなそんな。店長の教え方が、上手いんですよ」
「いやぁ、謙遜するなって」

 おしゃべりしながらラディルにチーズを塗ってもらってる間に、俺は具材をスライスする。
 定番はハムかスモークサーモンだけど……合鴨スモークも良いな。
 フォカッチャの分厚さに負けない、合鴨とスモークサーモンの二種類にしよう。

「チーズ、塗り終わりました!」
「ありがとう。それじゃ、具材を挟んでいこう」

 クリームチーズの大波に乗る、合鴨とスモークサーモン。
 具材を乗せた上にグリーンレタスを乗せ、バジルドレッシングをかけて挟む。
 合鴨パニーノとサーモンパニーノの完成。
 二色の具材の鮮やかな波模様が、とても美味しそう。

「写真も撮っておこう」

 それぞれ七個ずつ、合計十四個のパニーノが出来上がった。
 パニーノを綺麗に並べ、具材が良く見える角度からスマホで写真を撮る。
 プリンターも使えるから、外に売り場を作るときに使おう。

「あとはどうすれば良いですか?」
「オイルペーパーで包んで、ラッピングしよう」

 テイクアウト用のオイルペーパーで、パニーノを包んでいく。
 最後に麻紐で、蝶結びの飾りをつける。中身を間違えないように、色違いの麻紐をつけた。

「昼には少し早いけど、さっそく売りに出てみようか」
「はい!」

 先ほど撮ったパニーノの写真を、プリンターでプリントしてメニュー表を用意。
 折り畳みのテーブルを外に出し、テーブルクロスを敷き、パニーノを並べていく。
 簡易的にしては、小綺麗な売り場ができたと思う。

「値段は……六〇〇マジカで売ってみるか」

 価格設定は、昨日食べたソーセージの串焼きを参考にした。
 かなり大きなパニーノだし、具材の豪華さも引けをとらないと思う。
 とりあえず、これで勝負だ!

「いらっしゃいませー! 美味しいパンのパニーノ、いかがですかー!」
「本当に美味しいですよー!」

 早速、呼び込みを始める。
 昼時だからか、人通りはそれなりにあった。
 見知らぬ店の店頭販売に、遠巻きに見ている人が多い。

「おや、お店始められたのですか?」
「ウルさん!」

 最初に声をかけてくれたのは、ウルさんだった。
 外回りの営業の時間だったのかな?
 ウルさんはじっくりと、売り場の様子を観察する。

「ちょっと訳ありで、試験的に販売を始めたんです」
「そうですか。それにしても、素敵な売り場ですね。この本物みたいな絵、店長さんが描かれたのですか?」
「ええっと……そんなところです」
「それはそれは……すごいですね」

 ほんのり鋭い、ウルさんの視線が痛い。
 俺がまごまごしている間に、ウルさんは商品に目を移す。

「このパニーノ? 二種類あるのですね。一つずついただけますか?」
「ありがとうございます!」

 無事に、一人目のお客さんにパニーノが売れた。パニーノを二つ紙袋にいれ、彼に手渡す。
 ウルさんの場合、営業とお祝いを兼ねてかもしれないが……それでも嬉しい。
 美味しく食べてもらえるといいな。

「それでは、頑張ってください」
「はい!」

 足早に去っていくウルさんを、見送る。
 彼が買ってくれたおかげか、遠巻きに見てた人が二人ほど、立て続けにパニーノを買ってくれた。

「結構、幸先良いんじゃないか?」

 そう思ったのも、つかの間。
 客足はパッタリと途絶え、なんなら人通りも無くなってきた。
 パニーノが全く売れないまま、日がどんどん傾いていく。

「全然お客さん来ないですね……」
「そうだな……」

 宣伝もしてないし、開店直後はこんなものだけど……。
 本オープンのときは、もっと宣伝も頑張らないといけないな。
 そんなことを考えていると、ガラガラと台車を引いた女性が近づいてきた。

「あらぁ、お店、始めてるじゃぁない」
「ニルギさん!」

 仕事帰りのニルギさんが、声をかけてくれたのだ。
 彼女は物珍しそうに、パニーニを眺める。

「せっかくだぁし、一つずついただくわぁ」
「ありがとうございます!」

 俺が接客している間に、ラディルがパニーノを紙袋に入れ準備してくれた。
 お会計を済ませてニルギさんに手渡すと、彼女はとびきりの笑顔をこちらに返す。

「がんばってぇね」
「はい!!」

 また、応援してもらっちゃったな。
 ガラガラと台車を引いて帰っていくニルギさんを見送る。
 どうか、美味しく食べてもらえますように。

「それにしても、もう売れそうにないなぁ」
「残念です。すごく美味しいのに……」
「仕方ない、片付けよう」

 どんなに美味しくても、売れるか売れないかは商売だからな。
 それにしても、八個――半分以上残ってしまうとは。
 俺は少し肩を落としながら、片づけを始める。

「おじさん、もう販売やめちゃうの?」
「ん?」

 片づけをしていると、背後から声をかけられた。
 振り向いた先には、すごい小柄な男の子。
 大きな帽子に、ダボダボのローブ。魔法使いのような恰好をしている。
 魔導学園の、学生さんだろうか?

「もう売れそうにないからね」
「ふぅん」

 男の子は顎に手をあて、こちらを見上げた。
 そして、交渉を持ちかける。

「ねぇ、おじさん。このパン、二個で一〇〇〇マジカで売ってくれない?」
「え? うーん……」

 このまま売れ残っても、仕方ないし。
 それに学生さんだったら、お金が無いのかも。
 だったら値引きして、売ってしまってもいいか。

「まぁ、良いか。二個で一〇〇〇マジカにしよう」
「ありがとう! じゃぁ、全部ちょうだい!」
「えぇ!? 全部!?」
「ダメ?」
「いや、いいけど……」

 別にお金が無いわけじゃないのか。
 そう思いながら、残りのパニーノを袋に詰めていく。
 男の子は四〇〇〇マジカを支払うと、ニコニコしながらパニーノの入った大きな袋を抱えた。

「ありがとう、おじさん!」

 袋を抱えた男の子は、魔導学園の方へテクテクと歩き出す。
 その後姿を見送りながら、ラディルがこちらに話しかけてくる。

「あの子、あんなにたくさん買って、ちゃんと食べきれるんですかね?」
「さぁ……学生さんみたいだし、意外と食べちゃうんじゃないか?」

 二人でそんなことを話しながら、店の片づけを始めた。
 とりあえず、あのパニーノたちが美味しく食べてもらえますように。
 イサナ王国に転移して、三日目の朝。
 ラディルは俺が店から離れないとわかると、体が訛るからと外に走りに行ってしまった。
 俺は朝から、ご飯を炊いちゃったりして。
 店の一階が一緒に転移したおかげで、米がフル補充された米びつと炊飯器もあったのだ。

「とりあえず、掃除でもするか」

 朝の日課として、店と店先の掃除をする。
 昨日はゴミが散乱して大変だったが、今日はあっさり終わってしまった。
 裏路地で荒れてただけで、意外と散らかす人は少ないのかな。
 思いのほか早く終わって、店内に戻る。

「食材、何が残ってたっけ……」

 手持無沙汰で、なんとなく冷蔵庫の在庫確認をしていく。
 この世界に転移した当日、冷蔵庫の中には仕込み済みの食材も結構あった。
 三日目ともなれば、食べ切らなくてはいけないものも出てくる。

「海鮮系、早く使わないとな……」

 イタリアンではペスカトーレをはじめ、魚介系のパスタや料理も多い。
 すぐに料理が出来上がるように、あらかじめ解凍や下茹でをして用意しておく食材があるのだ。
 エビ、アサリ、ムール貝、小柱、イカ……この辺は、使い切りたいな。

「今日はメニューを日替わりに絞って、ペスカトーレでも出そうかな?」

 キッチンを一人で……いや、接客やお会計を含めて、一人でやることになるかもしれない。
 プレオープン中でお客さんは少ないだろうけど、念のためメニュー数は減らしておこう。

「とりあえず、準備の前に一息入れるか」

 先日ウエスフィルド商会で買ったコーヒーを淹れ、チョコレートを小皿に盛る。
 それらを個室卓に運び、席に着いた。
 甘いチョコレートを口に入れ、ゆっくりコーヒーを啜る。
 なんとも平和な朝。

「もう二日もゆっくり休んで……不思議な感じだ」

 実際には異世界に来て外を歩き回ったり、ちょっとパンを外で売ったりはしたんだけど……。
 それでも現実で朝から晩まで働いていたのに比べたら、部屋のベッドで十分に寝られるのだ。
 ブラック飲食に勤めていた俺にしたら、ほぼ休日と言っても過言ではない。

「このぐらいのんびり働けるなら、飲食、好きなんだけどなぁ……」

 正直飲食は、勤務時間が長く、給料は少なくて、労務的な常識は皆無。
 自分が勤めていた会社も、漏れなくその一端であった。

「まぁ多少辛くても、なんだかんだ結局続けちゃうんだけど」

 小皿のチョコレートが、最後の一つになってる。
 ボーっとしてると、あっという間に食べ過ぎちゃうな。

≪カランカラーン≫
 
 最後の甘みを堪能していると、ドアベルが鳴り響いた。

「新しい店が出来たと聞いてきたのだが……」

 入店してきたのは、こんがり日焼けしたおじいちゃん――すごい、マッチョな。
 とても大きな体躯で、入り口をくぐるように入ってきた。
 重たそうな大きな袋を背負っていて、雰囲気は漁師さんという感じ。

「いらっしゃいませ。こんな格好ですみません」
「まだ準備中だったか。すまない」
「いえいえ、もう少しで開けようと思ってたので。こちらの席、どうぞ」

 口調はぶっきらぼうだが、こちらを気遣ってくれるおじいちゃん。
 そんな彼をテーブル席に案内して、俺は水とおしぼりを差し出した。

「ご来店いただき、ありがとうございます」
「ああ。ウエスフィルド商会のウルから、面白い店が出来たと聞いてな」
「ウルさんの紹介なんですね!」

 まさかウルさん、店の事を他の人にも紹介してくれてるなんて。
 取引相手だからというのもあるんだろうけど、ありがたいなぁ。
 ウルさんに感謝しながら、写真入りのメニューを引っ張り出して、おじいちゃんに持っていく。
 ペスカトーレは日替わりでもたまに出すので、ラミネートしたメニューのストックがあるのだ。

「本日は日替わりメニューで、海鮮たっぷりのペスカトーレをご用意しています」
「ふむ……」

 メニューを見たおじいちゃんは、ちょっと悩んでいる。
 そしてメニューの裏面の白紙も確認すると、困った顔をしてこちらに質問してきた。

「あまりトマトが得意ではなくてな。他のメニューはないだろうか?」
「そうですね……」

 定番人気だからと安易にペスカトーレにしてしまったけど、他の味も併記しといた方が良かったか。
 別の味付けも色々出来るけど、あまり羅列しすぎると返って困るかな?
 トマト以外で人気の、シーフードに合いそうなソース……。

「ハーブを使ったバジリコというソースや、海苔を使ったソースのパスタもご用意できます。いかがでしょうか?」
「ほう、海苔を使ったメニューがあるのか。では海苔のソースのものをお願いしよう」
「かしこまりました」

 オーダーを受け、キッチンに戻る。
 まずは前菜の、サラダとスープを用意。
 スープの温めをしながら、パスタに必要な食材を調理台の上に、どんどん出していく。
 固ゆでのパスタ、海鮮セット、昆布茶、醤油、そしてごはんです……海苔の佃煮!
 意外かもしれないが、海苔の佃煮は出汁の旨味が豊富で、パスタにも合うのだ。

「店主。カウンター席に移動しても、良いだろうか?」
「もちろん、大丈夫ですよ」

 カウンターを見ながらの方が、好みだったのだな。
 おじいちゃんはグラスとおしぼりを持って、カウンター席に移動してきた。
 彼が移動した先のカウンター席に、サラダとスープを持っていく。

「そうだ、大盛にしてもらうことはできるか?」
「できますよ」
「では、大盛で頼む」
「かしこまりました!」

 再びキッチンに戻り、俺はパスタを作り始めた。
 フライパンにレードル二杯のお湯を沸かし、昆布茶・醤油・海苔の佃煮を溶かしていく。
 旨味たっぷりの海苔スープができたら、ここに直接パスタを入れ茹でる。
 麺にも味をしみこませるのだ。

「海苔の、良い香りだな」
「ありがとうございます」

 フライパンに海鮮をどんどん入れていく様子を、おじいさんはサラダを食べながらジッと見ている。
 ちょっと緊張するなぁ……。俺は緊張をほぐすように、手元のフライパンに意識を集中する
 スープで煮込まれたパスタから旨味が溶けだし、ソースはトロミを帯びていく。
 味見用スプーンの先端をパスタの中に差し込み、すくったソースを口に含む。

「うん、美味しい」

 口の中に広がる、海苔の風味。意外とお手軽なんだけど、本格的な味になるんだよな。
 出来上がったパスタを大皿に盛り、もみ海苔と白ごまをトッピングして、大盛シーフード海苔パスタの完成だ。
 海苔の旨味を楽しんでもらうために、スープが多めの仕上がりにしている。

「お待たせいたしました」
「ああ」

 おじいちゃんの座るカウンターのテーブルに、海苔のパスタを置く。
 彼はテーブルの上のフォークを手にして、パスタを一口食べる。

「うまい」

 短く感想を言うと、すぐにこちらを見て質問してきた。

「店主、これは大盛の量だろうか?」
「? はい、大盛でございます」
「そうか」

 彼は一度皿に目を落とし、少しだけ考え込む。
 そしてすぐにこちらを向いて、衝撃的な言葉を続けた。

「同じものを、あと三ついただこう。あ、一つの皿にまとめて盛ってくれて構わない」
「!? か、かしこまりました」

 そんなにたくさん食べるの!? うちの大盛、結構多い方なのに。
 追加オーダーを済ませたおじいちゃんは、満足そうにパスタを食べ始める。
 食べてる間に、追加を作ってくれってことか。
 俺は急いで、追加のパスタを作り始めた。

「追加の大盛シーフード海苔パスタ、お待たせしました!」
「うむ。ありがとう」

 大盛三人前のパスタは、店で一番大きい皿でもこぼれそうなほどの量。
 今日は海鮮の具も多いから、余計だな。
 カウンターに運ぶと、おじいちゃんはすごい勢いで追加も平らげていく。

「店主、ライスはあるか?」
「はい、ございます」
「大盛で一つ頼む」
「かしこまりました」

 まかない用に、炊いといてよかった~。この世界の人、ライス食べるんだな。
 サンキュー、ジャパンRPG設定!
 大盛ライスを出すと、おじいちゃんはパスタソースにライスを入れて食べ始めた。
 海苔のパスタのスープ、ご飯とも合うんだよなぁ。
 堪能してもらえて、嬉しい。

「ふう。うまかった。店主、無理を言ってすまなかったな」
「いえ、たくさん注文して下さって、ありがとうございます」

 満足気なおじいちゃんは、すぐにお会計をして支払いを済ませる。
 そして俺の様子を確認して、話を始めた。

「店主、実は折り入って頼みごとがあるんだが」
「? なんでしょう?」

 お持ち帰りも作るのかな?
 ぐらいに思っていたら、かなり真面目な顔つきでおじいちゃんは話す。

「俺はポセ。漁師をしていてな」
「そうなんですね」
「まぁ、ほぼ隠居して、運動を兼ねて趣味程度になんだが」

 ポセさんは持ってきていた袋を開ける。
 中は氷水で満たされていて、新鮮そうな魚が入っていた。カタクチイワシと、真鯛かな?
 なんでも朝に獲った魚を、漁村から毎日売りに来ているらしい。
 すごいアクティブな人だ。どうりでたくさん食べるわけだよ。

「有体に言えば、魚を買ってくれないだろうか」

 なんでも、ある程度まとまった量が無いと学園や騎士団では買い取ってくれないらしい。
 冒険者ギルドだと魚介類はいまいち不評、小売りでは思うようにさばけず売れ残ってしまう。
 それで、そこそこの量を購入してくれそうなウチに目を付けたと。

「本格的に仕入れるのは、お店を本オープンしてからになりますが、よろしいですか?」
「ああ、もちろんだ」
「わかりました。ぜひ、仕入れさせていただきます」
「ありがとう、助かる」

 商談が終わると、ポセさんは笑顔で帰っていった。
「お客さん、全然来ませんでしたねぇ」
「そうだなぁ」

 夕方になって、ラディルが残念そうなため息をこぼす。
 昼食時にはラディルと一緒に外に出て呼び込みもしたが、お客さんは一人も入らなかった。
 おかげでポセさんから買った大量の魚の仕込みが、すっかり終わろうとしている。

「お魚、すごい量ですね。何のお魚なんですか?」
「ああ、これはカタクチイワシだな」

 ポセさんのカタクチイワシは、刺身で食べられるくらいの鮮度。
 五十匹ほど持ってきていたものを、全て買い取らせてもらったのだ。

「しかも、そんなヒモみたいなもので料理するんですね」
「ああ。これが結構便利なんだよ、PPバンド」

 梱包用のPPバンドを、半分にして輪っかを作り根元をホチキスで止めたもの。
 小ぶりで柔らかいカタクチイワシの内臓を取るのに、これがとても便利なんだ。

「こうやってイワシの内臓部分にPPバンドを当てて、肛門まで一気に引き抜くと……一発で内臓を取り除けるんだ」
「おお!!」

 ラディルの反応の良さに俺は気を良くして、仕込みをずんずん進めた。
 内臓を取ったカタクチイワシを、どんどん氷水の中に入れていく。
 そして腹側に残った血を丁寧に洗って、今度は手で身を開き始める。

「魚を開くのも、包丁使わないんですか?」
「カタクチイワシは身が柔らかいからな。こうやって手で身を開いて、骨も取れるんだ。ほら」
「本当だ! スゴイです!」

 中骨と背びれ・尾を取り除いたカタクチイワシの身を、キッチンペーパーの上に並べていく。
 全部の身をキッチンペーパーの上に並べ終わったら、上からもペーパーを乗せて水分をふき取る。
 水分を切った半身を、今度は大量の塩の中に入れた。

「そんなに塩入れるんですか……」
「漬物みたいなもんだからな」

 満遍なく塩をまぶしたカタクチイワシを、透明な耐熱ガラスの容器に並べていく。
 余った塩とローズマリーを上に乗せ、ラップをピッチリ被せて、フタをした。

「今夜は、そのイワシを食べるんですか?」
「いや、これが仕上がるのは一・二ヶ月後だな」
「ええ!? そんなにかかるの!? 一体、何を作ってたんですか?」
「これは自家製の、アンチョビだよ」

 自家製のアンチョビは、発酵と熟成を経て味わい深くなる。
 おつまみにも、ピザやサラダのトッピングにしても美味しい。
 手間ではあるが、良いイワシが手に入ったときは作るようにしているのだ。
 仕込みが終わったカタクチイワシを冷蔵庫に入れ、代わりに真鯛を取り出す。

「今夜のメインはこいつ、真鯛のアクアパッツァだ」

 取り出した真鯛を深めのバットの中に入れ、尾側の皮の表面にしゃもじを当てる。
 そして頭に向かって、皮目をなぞった。
 ボロボロと、大量の鱗がバットの中に飛び散っていく。

「うわっ、魚の鱗、すごい量!!」
「そうそう。包丁よりしゃもじの方が、面が広いから一気に出るんだよ」

 鱗をキレイに取ったら、内臓も取り出して流水で洗い流す。
 キッチンペーパーで水気を取って、軽く塩をしたら真鯛の下処理終わり。
 刻みニンニクのオイル漬けや残り物の海鮮、ミニトマトやハーブを調理台に出していく。

「今日は具沢山の贅沢アクアパッツァだ」

 フライパンにオリーブオイルと刻みニンニクを入れ、火にかける。
 ついでに横で、ソースパンに揚げ油を用意。こっちは、イワシの骨を揚げる用。

「ふっふ~、ニンニクが薫ってきたー」

 しっかりとオイルにニンニクの香りがついてきたら、真鯛をフライパンに入れる。
 魚の身が崩れないように、手早く両面の皮に焼き色を付けていく。
 良い焼き色になってきたら、フライパンの余白に他の具材やハーブを入れ、たっぷり白ワインで浸す。
 バチバチと白ワインの煮えたぎるフライパンにフタをして、蒸し焼きにする。

「揚げ油も良いかな」

 真鯛を蒸し焼きにしている間に、イワシの骨も揚げていく。
 小さなカタクチイワシの骨は揚げ油に入れると、一瞬バチバチと大きく気泡が立つ。
 骨の水分が抜けて気泡がおさまったら、骨せんべいの完成だ。
 バットあげて軽く塩をふり、一つつまみ食……味見をする。

「うん、カリカリだ。ほら、ラディルもどうぞ」
「あ、ありがとうございます」

 カウンター越しに骨せんべいバットを、ラディルに差し出す。
 骨せんべいを口にしたラディルから、ポリポリと小気味よい咀嚼音が聞こえる。

「美味しい! これ、止まらなくなりますね」
「だよなー」

 俺たちは二つ目三つ目と、どんどん骨せんべいに手を伸ばす。
 ポリポリ食べつつフライパンの様子を見て、スプーンで煮汁を真鯛の身にかける。
 蒸し焼きにされた真鯛は、ふっくらと美味しそう。

「もうすぐ完成するから、テーブル拭いといてくれ」
「了解です!」

 ラディルにテーブルセットを任せ、俺はサラダの盛り付けを始めた。
 アクアパッツァも大皿に盛り、仕上げる。
 残り物の海鮮とは言え、貝やらイカやら盛りだくさんで、すごい豪華に仕上がったな。

「お待たせー! さぁ、メシだメシだー!」
「はーい!」

≪カランカラーン≫

 俺たちが席について食事を始めようとしたとき、ドアベルが鳴る。
 入ってきたのは、鎧を纏った王国騎士だった。

「夜分遅くに失礼します。マリカ様からの伝令で参りました!」
「私はイサナ王国・白銀の鷹騎士団(プラチナ・ファルコ)所属、セシェル・マーブと申します! テンチ・ヨウ様に、マリカ様からの伝令をお伝えします!」

 夕食時に店に入ってきた、白いフルアーマーの騎士。中性的な声質で、声だけでは男女の区別がつかなかった。
 騎士は俺とラディルの顔を一瞥し、俺の方を向いて伝令を続ける。

「明日の朝、魔導学園の方が調査に参ります! 対応のほど、よろしくお願いします、とのことです!」
「ああ!」

 先日、マリカ様が魔導学園に調査依頼してくれたものだ。
 これで店のダンジョンについて、色々わかるかもしれない。
 丁寧に事前連絡までくれるなんて。本当にマリカ様は、律儀な方だなぁ。

「それをわざわざ伝えに来て下さったんですね。ありがとうございます!」
「いえ、これも任務ですから!」

 元気な返事に、キッチリとした敬礼ポーズを返す騎士。
 そして微動だにしなくなる。騎士の視線の先には、夕食のアクアパッツァがあった。
 もしかして、食べたいのか?

「あの……食べていかれますか? 夕食……」
「ええっ!? 良いんですか!?」
「あ、でもお仕事中……ですよね?」
「いえいえ!!」

 騎士は頭部全体を覆っていた兜を、ガバッと外す。
 現れたのは、おかっぱ頭の女の子。彼女の顔はとても見覚えがあって、懐かしい。
 イサ国をプレイしていたとき、とてもお世話になったキャラだ。

「本日の任務は、テンチ様に伝令を伝えて終了であります! つまり、今! この瞬間! フリーであります!!」

 セシェルは、防御スキルに特化した騎士。
 物語序盤から仲間になるのに、能力もスキルも高性能で、物語終盤まで活躍するキャラだった。
 実際に顔を見たことで、昔の記憶が鮮明に蘇ってくる。

「どうかしました?」
「あ、いや……」
「鎧の下からこんな可愛い女の子が出てきて、ビックリしちゃいました?」
「ははは……そんなところ、です」
「えー! またまたぁ~!」

 バンバンと、俺の背中を叩くセシェル。口調もすっかり、素の女の子になっていた。
 彼女は確かにセシェル……なんだけど、彼女はこんな性格のキャラクターだっただろうか?
 記憶に残る彼女は、真面目で堅物。防御特化の騎士を体現したような、性格だったと思う。

「お言葉に甘えて、ごちそうになります」
「ええ、どうぞ」

 こんな風に誘いに乗って、初対面の相手と食事などしただろうか?
 伝令を伝えたら、真っすぐ城に帰って行きそうな印象だったけど……。
 テーブルについたセシェルは、とても陽気で親しみやすい雰囲気だ。

「すごい豪華な料理じゃないですか! これ、夕飯ですか!?」
「はい。今、取り分けていきますね」

 一尾の魚を三人で食べるとなると、取り分けた方が食べやすいだろう。
 俺は取り皿を三枚並べ、スプーンとフォークで魚以外の魚介類とミニトマトを三等分に取り分ける。
 料理に目を輝かせながら、セシェルはラディルに話しかけた。

「こんな丁寧に取り分けてもらえるなんて、宮廷料理みたいです。ラディル君、いっつもこんな料理食べてるの? いいなぁ~」
「え、オレの事、知ってるんですか!?」
「もちろん! マリカ様から聞いてるよ。今後の成長に期待してるって」
「そうなんだ……えへへ……」

 意外と騎士団の中でも、ラディルは話題になってるんだな。
 この様子なら、来年の入団試験は大丈夫そうだ。
 真鯛の半身を皿に取り分けると、俺はスプーンで中骨をカリカリとなぞる。
 その様子が気になったのか、セシェルが不思議そうな顔でこちらを見た。

「魚の骨を鳴らして、今の何ですか?」
「ああ。こうすると、身から骨が綺麗に取れるんですよ」
「「 へ~~ 」」

 キレイなほど、セシェルとラディルがハモって声を上げる。
 こういう瞬間、好き。
 気を良くしながら、俺は慎重に魚の中骨を外す。綺麗に取れると言った手前、失敗したくないからね。
 骨の下だった半身も、均等に取り皿に分けていく。

「あっという間に、全部取り分けちゃいましたね」
「ふふ。まだ一番美味しいところ、頬の身が残ってるんですよ」

 俺はスプーンで真鯛の、エラの上の部分をはがした。
 ふわふわジューシーな頬の身が、スプーンにすくわれ、ほぐれ出す。

「あ! 私そこ、食べたいです!!」
「えー!? オレも食べたいです!!」

 手を挙げて主張する二人の様子は、姉弟のようで可愛い。
 そんなに期待してもらえると、嬉しいな。 

「ははは。もう片方あるから、二人にあげるよ」
「あ、でもそうしたら、店長は……?」
「俺は目玉を貰うよ」
「えぇ……」
「いや、そこドン引きしないでよ。結構美味しいんだよ? 目玉」

 頬の身も目玉も綺麗に取り分け、最後に上から煮汁をかける。
 なかなか美味しそうに、サーブできたな。

「さあ、食べよう!」
「はーい! いただきます!!」
「いただきます!!」

 ラディルとセシェルが、嬉しそうに食事を始める。
 世界観は中世ヨーロッパ風だけど、いただきますとごちそうさまって普通に言うの、なんか安心するな。
 そう思いながら、俺もアクアパッツァを口にした。

「美味しい!! お魚のスープが、こんなに美味しいだなんて、知らなかった」

 頬を押さえながら、感嘆するセシェル。
 アクアパッツァのスープからは、真鯛と魚介の旨味が押し寄せてくる。
 なんとも体に染みわたるような、滋味な美味しさ。

「新鮮な真鯛だから、とても良いダシがとれたんです」

 良い魚を売ってくれたポセさんに、感謝しないと。
 ポセさんを紹介してた、ウルさんにも。
 この世界で出会った人、良い人ばかりでありがたいなぁ。

「本当、毎日の食事美味しいんですよ。オレ、ずっとここにいたいなぁ」
「いや、ラディルは騎士団入団がんばってよ」
「はーい」

 他愛のない会話をしながら、あっという間に食事の時間が終わってしまった。
 ラディルもセシェルも、すっかりくつろいでいる。

「はぁ……マリカ様から美味しいって聞いてたけど、想像以上でした! 正式に開店したら、休みの度に通っちゃいそうですよ~」
「それはありがたい! お待ちしております」

 食休みが終わると、セシェルは騎士団宿舎へと帰って行った。
 それにしても、やっぱり記憶の中の彼女とはイメージが全然違う。
 俺がおっさんになって、感性が変わったからだろうか?
 なんだか、腑に落ちないんだよなぁ。
 セシェルが伝令を伝えてくれた、翌朝。店には魔導学園から、三名の調査団が訪れた。
 それはもう、すごい人たちが……!

「お初にお目にかかります。私は魔導学園の学園長をしております、ガルガンダと申します」
「どうも、お世話になります。天地洋です」

 代表として挨拶してくれたのは、学園長のガルガンダ先生。
 彼はとても優しそうなおじいちゃんで、ザ・魔法使いって感じのローブを纏っている。
 でも交わした握手は、とても力強い。ガルガンダ先生、すごいマッチョなんだぜ。

「? どうかされましたか?」
「いえ、とても力強い握手だったので、驚いてしまって」
「ほっほ。これは失礼しました」

 ガルガンダ先生はゲーム中、仲間にならない。
 その代わり、クリア後のダンジョンで裏ボスの一人として登場する。
 強力な魔法を連発するのはもちろん、近づくと肉弾戦もしてくる武闘派。
 いわゆる最強じじいキャラなのだ。

「この子はワシの孫娘、パテルテです。見学させるために、連れてまいりました」
「パテルテです。よろしくお願いします」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

 軽く会釈をする、高校生くらいの女の子。
 パテルテも、よく憶えている。ゲーム終盤に、パーティに入れていたキャラクターだ。
 仲間になるキャラクターの中で、魔力とMPが一番高い魔法系最強キャラ。
 割とやんちゃな性格だけど、学園長が一緒だからか、今はかしこまった様子をしている。

「そしてこちらはダンジョン研究の教授、トルト先生です」
「君は――」
「初めまして、トルトと申します」

 最後の一人は、先日売れ残りのパニーノを買い占めていった男の子。
 学生じゃなくて、教授だったのか。
 中学生くらいの子に見えるけど……外見に寄らず、偉い人なんだな。
 それにしても、初めまして、ね。先日買い物した件は、言うなってことか。

「初めまして、トルト教授。今日はよろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ。店長さん」

 とりあえず、初対面と言う体でトルト教授と挨拶を交わす。

「では、さっそく中に入らせていただきます」
「はい。こちらへどうぞ」

 俺は店の扉を開け、三人を店内に案内した。
 ガルガンダ先生が先頭で入店し、その後にパテルテとトルト教授が続く。 

≪カランカラーン≫

「ほう。なかなか趣のある店ですな」
「ありがとうございます」

 店内を見回したガルガンダ先生は、目を輝かせている。
 そしてキッチンの方へ、ズンズン入っていった。

「店長殿! このマギメイは何ですかな?」
「マギ……? えっと、それはピザ窯という窯です」
「ほうほう。ではこちらのマギメイは?」
「こっちは電子レンジといって、食べ物を温める道具です」
「なんと! 便利なマギメイがあるものですな」

 どうやら機械的なものを、イサナ王国では全体的にマギメイと言うらしい。
 まるで子供のように高揚したガルガンダ先生に、質問攻めにされる。
 おじいちゃん、機械好きか。

「そういえば店長殿、ゴミの処理はどうしております?」
「あ、えっと……『ゴミ捨て』!!」

 ゴミを処分したいと念じて声を出すと、ゴミ箱の中身はキレイさっぱり消えてしまう。
 我ながら、もっと気の利いた呪文に出来なかったのかと思うが……厨二っぽい言葉って全然浮かばなくて。
 とはいえ、とても便利な魔法である。ゴミ捨てに行かなくてもいいし、ゴミ袋をセットしなくてもいい。最高!

「おお!! これはスゴイ! おや? こちらの水道、水はどうやって引いているのですかな?」
「えっと……普通に、蛇口を捻って出します」
「ほうほう。こちらはマギメイですかな?」
「ええっと……」

 どんどん興味が移り、早口になっていくガルガンダ先生。
 先生の目がキラキラしているのが、余計にプレッシャーをかけてくる。

「召喚の魔力形跡が見られます。別の場所から、適時召喚してるようです」
「店長さんから、魔力の放出も見られるよ。おじい様」

 言葉を詰まらせている俺に代わって、トルト教授とパテルテが見解を述べた。
 助かったと思い、胸をなでおろす。
 もしかしてこれって、いつもの光景だったりするのかな?

「ガルガンダ先生。こちらのマギメイが、店長さんの力の根源――ダンジョンの核ではないでしょうか?」
「ほうほう、どうやらそのようだな。特殊な魔力を放っておる」
「え……そのセルフレジが、ダンジョンの核?」

 トルト教授の提言に、ガルガンダ先生が急に真剣な顔つきになる。
 そういえば、この世界に切っ掛けになったのも、そのレジだったな。
 よくわからない画面になってから、下のドロアーを金庫代わりにするぐらいしか使ってないけど。

「『店名/ダンジョン名を入力して下さい』……まだ、術式を完成させていないのですか?」
「術式? 店名が?」

 店名を決めろって言われても、自分が決めていいのかわからなくて放置していた。
 やや呆れたような顔で、トルト教授がこちらに説明する。

「店名がというか……【ダンジョンの名前を決めること】が、ですね」
「今決めちゃおうよ、店長さん!」

 急にパテルテが、会話に割って入った。
 頭上から話を搔っ攫われたトルト教授は、不服そうな顔をしている。
 しかし、反論をする様子は無い。

「店名か……どうしよう……」

 いざ自分の店となると、悩むな。
 名前だけでどんな店なのかわかってもらえて、それでいて愛着を持ってもらいたい。

「イタリアンがメインだけど、和パスタなんかも作るし……」

 頼まれれば、うどんや和食を作っても良い。お年寄りや子どもは、その方が食べやすかったりするし。
 それにイタリアンって格式張るよりも、食堂って感じの方が俺の性に合ってるかな。

「イタリア食堂……いや、ひらがながいいな。いたりあ食堂……ピコピコ? とか?」

 ゲームの世界だからピコピコは……ちょっと発想が昭和過ぎたか?
 でも小さい店って意味のピコと、8ビット音源のピコピコを兼ねるの、良いと思うんだよな。

=================

 ダンジョンマスター:天地 洋
 マスターレベル:1
 ダンジョンレベル:1

 店名/ダンジョン名を入力して下さい【いたりあ食堂ピコピコ_】


================= 

 俺が思いついた店の名前を言うと、レジの入力画面に店名が正確に自動入力された。

「おぉ……なんて高性能な音声入りょ――」
「じゃぁ、これで決定!!」
「えっ!?」

 パテルテの掛け声で、レジが実行画面になる。
 画面がどんどん切り替わり、レジの音声案内が始まった。

≪店名/ダンジョン名【いたりあ食堂ピコピコ】 セットアップを開始します≫
≪セットアップ完了まで 二時間三十六分――≫

 どうやらセットアップ完了まで、しばらく時間がかかるらしい。
 それにしてもパテルテ、勝手に決定して進めるなんて……俺の店の名前なのに!
 どうにも恨めしくなって、俺は大人げなくパテルテに抗議した。

「まだ考えてる途中だったのに」
「こういうのは勢いが大事なの。それに、最初に出たのが大体、一番良いものよ」

 自信満々なパテルテ。まるで自分は、良いことをしたような顔をしている。
 な、なんて不遜な女の子なんだ……。

「無駄ですよ、店長さん。パテルテに『悩む』という思考パターンはありません」
「お、おぅ……」

 同情するような顔で、こちらを見つめるトルト教授。
 その顔からは、上司の孫娘の横暴に、さぞや苦労しているのだろうことが伺えた。

「だが、我々がいる間に、術式の完成をした方がよろしいでしょう。不測の事態が、起きるやもしれませんし」
「そ、そうですか……」

 ガルガンダ先生にそう言われて、少し考えなおす。
 確かに。俺自身がダンジョンの在り方がわからなくて、来てもらったんだもんな。
 でも店名についてはもう少し、考えたかったよ。

「それより店長さん、しばらく時間がかかるみたいよ」
「そのようだね」
「だから、その間――」

 パテルテがウキウキしながら、言い放つ。

「昼食にしましょう!」
「私、すごく楽しみにしていたの! マリカ様から、とっても美味しいお店だって聞いたから」
「マリカ様から?」

 目を輝かせ、嬉しそうに話すパテルテ。まるで、友達から話を聞いたみたいな言い方。
 ダンジョン調査の依頼をしてくれたのはマリカ様だけど、そんなプライベートな会話もしてるんだ。
 騎士団って、そんなに魔導学園とも関係が深いものなのかな?

「マリカ様は以前、僕の受け持つ教養クラスに通われていたんです。それで、親交があって……」
「ああ! そうだったんですね」

 補足するようにトルト教授が、俺の疑問を取り除いてくれた。
 魔導学園には、普通科みたいなクラスもあるんだな。
 それはそれで、なんか気になる。

「料理を食べてもらえるのは、ありがたい。何が食べ――」
「ピッツァ・マルゲリータ!!」

 俺の言葉が終わるよりも前に、パテルテが元気にリクエスト。
 残念ながら、ピザ生地の用意はしていない。
 あまり日持ちしないので、作り置きしてないからだ。

「申し訳ない。ピッツァの生地の用意が無くて、すぐには作れないんだ」
「それは仕方ないわね。じゃぁ、パニーノを作ってちょうだい!!」
「あっ……」

 小さく反応する、トルト教授。どうしたのだろう?
 まぁそれは置いといて、次のリクエストがパニーノなのは意外。
 トルト教授がまとめ買いしていったパニーノは、魔導学園の人達で食べたのか。
 学園でも好評だったのなら、それは良かった。

「ほうほう。あのパンは、こちらのお店の商品でしたか」
「ウエスフィルド商会のウルさんが、このお店でパニーノを買ったって言ってたの。間違いないわ!」

 なんだか面白そうに話すガルガンダ先生と、自信満々なパテルテ。
 嬉しそうな二人には申し訳ないが、パニーノも今は無理だな。

「すまない。パニーノもピッツァの生地と同じもので、用意が無いんだ」
「そんなぁ……」

 パテルテは見るからにガッカリした様子で、ガックシと肩を落とす。
 そして恨めしそうに、語り始めた。

「熱々のチーズがとろけるマルゲリータ……濃厚クリーミーなチーズのパニーノ……楽しみにしていたのに」

 ダンジョン調査や見学よりも、料理の方が本命だったのかな。
 それにしてもパテルテ、パンというよりチーズやクリームが好きなのかも。

「チーズやクリーム系が好きなら、カルボナーラはどうかな?」
「カルボナーラ?」
「ああ、こんな感じの卵黄とクリームのパスタだよ」

 俺はカウンターに置いてあるメニューを手に取り、カルボナーラの画像を見せる。
 定番人気メニュー、カルボナーラ。紹介に一ページ丸ごと使ったメニュー画像は、本当に美味しそう。
 その迫力の絵力に、パテルテのテンションは一気に上がった。

「これにするわ、店長さん!」
「かしこまりました。ニンニクが少し入るけど、大丈夫かい?」
「もちろんよ。店長さんが一番美味しいと思うように、作ってちょうだい!」

 パテルテのオーダーが決まったところで、ガルガンダ先生たちにもリクエストを聞く。

「先生方はどうしますか? 他のパスタもご用意できますよ」
「折角だし、同じものをいただこうかの」
「僕も、それでお願いします」
「かしこまりました!」

 俺は先生方をカウンター席に案内して、おしぼりを出す。
 折角だし、対面で料理を見ながらの方が楽しいかと思って。

≪カランカラーン≫

「ただいま――あ、いらっしゃいませっ!!」
「おう、ラディル! おかえり!」

 外に走りに行ってたラディルが、帰ってきた。
 護衛を頼んでいるものの、俺が全然外に出ないから、好きに訓練してもらってる。

「こちらは、魔導学園の先生方。これからお食事されるんだけど、ラディルも一緒に食べるか?」
「はい! いただきます!」
「オーケー!」

 こんなにたくさんの人に作るの、久しぶりだ。
 気合入れて作らないとな!
 パスタ用の大鍋とスープ用の手鍋にお湯を沸かし、食材の準備にとりかかる。

「私はパテルテ。あなたのことはマリカ様から聞いてるわよ、ラディル」
「えっ、そうなんですかぁ?」
「面接と筆記試験で落ちたってね」
「えぇ……」

 もう葉野菜が無いから、サラダはミニトマトとパールモッツァレラ。
 ドレッシングで和えてココットに盛り、バジルを添えてプチカプレーゼ風に。

「大丈夫よ! わからないことがあったら、なんでも教えてあげるわ! トルトが」
「――はい?」
「ほっほっ。それもよいかもしれんなぁ」
「ガルガンダ先生まで……はぁ」

 玉ねぎとマッシュルーム、コンソメをスープの手鍋に入れた。
 パスタ用のフライパンを用意して、オリーブオイルとパンチェッタを入れ弱火にかける。
 じっくりとパンチェッタの旨味と塩味を、引き出していく。
 その間に、生クリームと卵の準備だ。生クリームを牛乳と一緒に計量カップで量り、卵は卵黄と卵白に分けた。

「よろしくお願いします! トルト先生!!」
「キミまで――はぁ、別にいいよ。そのかわり、ちゃんと頑張ってよね」
「はいっ!」

 熱々のスープをかき回しながら、卵白をゆっくりと流し込む。卵白は薄く、レースのように広がって行く。
 卵白だけでも、スープの味わいが結構変わるんだよな。
 俺はスープをカップに盛り、サラダと一緒にカウンターへ運んだ。

「先にサラダとスープをどうぞ」
「わぁ! カワイイ!」
「ほう。これはこれは……ハイカラですな」

 この世界でも、ハイカラって言うんだな。
 些細なことで日本味を感じるの、JRPGだなって思う。
 ちょっと嬉しい気分になって、俺はキッチンに戻った。
 よーし、美味しいカルボナーラを作るぞ!

「……ふぅ。美味しいじゃん……」

 下茹でしてあるパスタを、パスタ用のお湯に入れて茹で始める。
 フライパンでは、パンチェッタが良い感じに白くなっていた。そこへ刻みニンニクを入れ、香りづけ。
 ニンニクに火が入ったところで、量っておいた生クリームを投入。
 昆布茶で塩味を整え、クリームが分離しないように気を付けながら温めていく。

「おお……この香り、食欲を誘いますな」
「うん! すごく美味しそう!」
「店長の料理、何でも美味しいんですよ!」

 俺サマ、思わずニッコリ。
 ここからは、一気に仕上げだ。
 温まったクリームソースに、茹で上がったパスタを入れ混ぜ合わせる。
 火からおろしたフライパンに、パルメザンチーズと卵黄を入れて絡め合わせていく。
 生クリームが卵黄の濃い黄色と混ざり合い、濃厚なカルボナーラソースに。

「見事なものですなぁ」

 仕上がったパスタを、人数分のお皿に盛りつけていく。
 最後にミルで黒コショウを、たっぷりふりかける。
 パセリで彩を添えて、カルボナーラの完成!

「お待たせしました! 特製カルボナーラです」

 俺は渾身の出来のカルボナーラを、カウンター席へ運んだ。