それはある土曜日のことだ。小学二年生になったoは、友達の家へ初めて一人で遊びに行った。昨日学校で約束して、今日学校に集合して。二人は道すがら昨日放送されたテレビの話や、今日と明日放送されるテレビの話、友達の家に着いてからもひとしきりテレビの話ばかりをして、夏を先取りして麦茶を飲んでいる。
特撮テレビドラマシリーズを見ていたり見ていなかったり、今日の夕方に放送される特撮は「今からでも遅くないから見ろ」とか、流石に日曜八時半に放送されるアニメは二人とも見ていないとか、面白そうなドラマを親と一緒に見た、「いつも九時に寝てる」音楽番組を見た、「ところでバナナって、綺麗に三つに割れるらしいぜ!」「知ってる、その番組は見た!」こんな具合だ。
一通り見ているバラエティ番組とそうでない番組を擦り合わせたところで、oは持ってきた折りたたみ式携帯ゲーム機を取り出す。
そもそも今日はこの物体の話をしに来たのである。世間では『NDS Lite』が発売されたばかりであるというのに、oが持っているのは『GBASP』だ。しかも親が「懐かしいから」という理由で買った『P Fレッド・Lグリーン』くらいしか遊ばせてもらえていない。ちなみに背中に花の生えた化け物の方ではなく、オレンジ色のドラゴンの方であったことには感謝している。
友達が親から買い与えてもらえたばかりのNDS Liteと、一世代前の『NDS』を取り出す。「折りたたみじゃないけど」との前置きがあった『GBミクロ』も合わせ、机には複数のゲーム機が並んだ。
「やっぱり違うね」oは友達が見せてくれたコレクションの数々と比べ、あれやこれや自分の親への不満を述べる。「まーお父さんの趣味だけど」と言う友達に、「羨ましいわ」とoはとりあえずそれらしいことを口にする。
正直oは別に新しいゲーム機で遊びたいわけでも、家庭環境に不満があるわけでもなく、ただ噂の最新の物があると聞き、実物を見てみたくなっただけで遊びの約束を取り付けたのだった。
「もうすぐPの新しいやつが出るんだぜ」「そうなんだ」流石にPシリーズの最新版までには、親にお願いして追い付きたいとは思ったものの、「おい森やろうぜ」と友達に言われるがままに、なんだかんだ憧れているNDS Liteを場面場面で借り、初めて『おいでよDの森』をプレイした。
そんなこんなで楽しく遊んだoは、「早めに帰らなきゃ」と友達に今日のお礼も済ませたうえで帰り支度をする。「また遊ぼうぜ」「うんじゃあとりあえずまた学校で」「『Uメビウス』絶対見ろよな」と、最後は特定のテレビ番組を見るよう釘を刺されながら玄関を出る。
そしてoは運命を左右する帰り道を行く。
二人で初めて通った道と、一人で初めて帰る道の景色はこんなにも違うのか、不安を抱きながらもとにかく歩く。
集合場所の学校に寄る必要がないので、近道だと思い込んでいる道を行く。見通しが甘かった。段々と逸れていたようで、気付けば知らない住宅街にいる。
「方位磁石はこんなとき役に立つのかな」と、一年先の理科の授業の予習をして気を紛らわす。もうこうなったら冒険だ、どんどん行こう。
正確な境界線は分からないが、もう隣の小学校の校区くらいまでは来てしまったのかもしれない。《校区外で遊んではいけません》そんな決まりがあった気がする。冒険をしている場合ではなかった。帰り道を見つける探検だ、どんどん行こう。
そして一筋の光が射す。
oは進んでいく道の先に送電塔を見つけた。この辺りは確か大通り沿いに送電塔が並んでいた気がする。大通りにさえ辿り着けば、帰り道を見出せるのではないか。
車に気を付けながらダッシュをする。送電塔が近付いてくる。大通りが見える。送電塔を目の前にして、ある公園に辿り着く。喉が渇いた。きっと水飲み場があるはずなので寄り道することにした。
公園には先客が居た。同い年くらいの少女と小さな男の子。踊っている後ろ姿が印象的な少女と砂場で遊んでいる男の子。姉弟だろうか。どちらとも目が合わなかったので、歩き疲れていたせいかoはしばし彼女に見惚れていた。
そうだ水飲み場と周囲を見渡そうとしたその瞬間、くるっと彼女はこちらを向く。彼女は一瞬びくっとしながらもそのまま踊り続ける。oはどきっとしながらも、気まずいので水飲み場を探し、帰る方向も見つけ、水分補給が終わり次第立ち去ることにした。
水が美味い。あとは帰るのみ。何となく彼女の方を振り返る。
びっくりした。今度はこちらが背後を取られていた。
「どこ小学校?」と彼女に聞かれ、oは咄嗟に「S小学校」と返す。「私はK小」「なんで違う学校だと思ったの?」ほかのクラスの女子なんて覚えようとも思わないoは不思議に思った。「私ほかのクラスの子の名前と顔、全部覚えたんだ」彼女はそう自慢げに言ってみせた。
「凄い」「凄いでしょ」「踊るのが好きなんだ?」「うん好き」「アイドルになりたいの?」昨日たまたま見た歌番組に、男性アイドルが出ていたので思わず聞いてみる。
「今ね『アイドルごっこ』やってたんだ」「弟?」「うん」彼女は弟をファンに見立てて、アイドルごっこをしていたらしい。
「応援するね」oはアイドルになりたいのかすら分からない、出会ったばかりの彼女のファンになった。「応援してくれるの?」彼女は首を傾げる。いきなりの応援宣言は流石に流れがおかしい。「アイドルになりたいの?」oはもう一度聞き直す。
「一生応援してくれる?」「一生かは分からないけど全力で応援するね」「ふーん」彼女がアイドルになりたいかすら分からないまま、突然人生の選択を迫られたoは、一生については明言を避けながら全力応援を約束した。
お互い沈黙ののち彼女の弟に目をやる。砂遊びに夢中のようで少しほっとする。
「私、アイドルやってみようかな」どうやらまだアイドルを目指していなかった彼女の背中を押してしまったらしい。責任を取ろう。どうやって責任を取ろう。
「とりあえず、アイドルごっこを続けてみようよ」先ほどの全力応援宣言から一転、ごっこ遊びに話を戻すo。「一緒に遊ぼ?」お互いまだ自己紹介も済ませぬまま、oは彼女の《アイドルごっこ》に参戦することになった。
特撮テレビドラマシリーズを見ていたり見ていなかったり、今日の夕方に放送される特撮は「今からでも遅くないから見ろ」とか、流石に日曜八時半に放送されるアニメは二人とも見ていないとか、面白そうなドラマを親と一緒に見た、「いつも九時に寝てる」音楽番組を見た、「ところでバナナって、綺麗に三つに割れるらしいぜ!」「知ってる、その番組は見た!」こんな具合だ。
一通り見ているバラエティ番組とそうでない番組を擦り合わせたところで、oは持ってきた折りたたみ式携帯ゲーム機を取り出す。
そもそも今日はこの物体の話をしに来たのである。世間では『NDS Lite』が発売されたばかりであるというのに、oが持っているのは『GBASP』だ。しかも親が「懐かしいから」という理由で買った『P Fレッド・Lグリーン』くらいしか遊ばせてもらえていない。ちなみに背中に花の生えた化け物の方ではなく、オレンジ色のドラゴンの方であったことには感謝している。
友達が親から買い与えてもらえたばかりのNDS Liteと、一世代前の『NDS』を取り出す。「折りたたみじゃないけど」との前置きがあった『GBミクロ』も合わせ、机には複数のゲーム機が並んだ。
「やっぱり違うね」oは友達が見せてくれたコレクションの数々と比べ、あれやこれや自分の親への不満を述べる。「まーお父さんの趣味だけど」と言う友達に、「羨ましいわ」とoはとりあえずそれらしいことを口にする。
正直oは別に新しいゲーム機で遊びたいわけでも、家庭環境に不満があるわけでもなく、ただ噂の最新の物があると聞き、実物を見てみたくなっただけで遊びの約束を取り付けたのだった。
「もうすぐPの新しいやつが出るんだぜ」「そうなんだ」流石にPシリーズの最新版までには、親にお願いして追い付きたいとは思ったものの、「おい森やろうぜ」と友達に言われるがままに、なんだかんだ憧れているNDS Liteを場面場面で借り、初めて『おいでよDの森』をプレイした。
そんなこんなで楽しく遊んだoは、「早めに帰らなきゃ」と友達に今日のお礼も済ませたうえで帰り支度をする。「また遊ぼうぜ」「うんじゃあとりあえずまた学校で」「『Uメビウス』絶対見ろよな」と、最後は特定のテレビ番組を見るよう釘を刺されながら玄関を出る。
そしてoは運命を左右する帰り道を行く。
二人で初めて通った道と、一人で初めて帰る道の景色はこんなにも違うのか、不安を抱きながらもとにかく歩く。
集合場所の学校に寄る必要がないので、近道だと思い込んでいる道を行く。見通しが甘かった。段々と逸れていたようで、気付けば知らない住宅街にいる。
「方位磁石はこんなとき役に立つのかな」と、一年先の理科の授業の予習をして気を紛らわす。もうこうなったら冒険だ、どんどん行こう。
正確な境界線は分からないが、もう隣の小学校の校区くらいまでは来てしまったのかもしれない。《校区外で遊んではいけません》そんな決まりがあった気がする。冒険をしている場合ではなかった。帰り道を見つける探検だ、どんどん行こう。
そして一筋の光が射す。
oは進んでいく道の先に送電塔を見つけた。この辺りは確か大通り沿いに送電塔が並んでいた気がする。大通りにさえ辿り着けば、帰り道を見出せるのではないか。
車に気を付けながらダッシュをする。送電塔が近付いてくる。大通りが見える。送電塔を目の前にして、ある公園に辿り着く。喉が渇いた。きっと水飲み場があるはずなので寄り道することにした。
公園には先客が居た。同い年くらいの少女と小さな男の子。踊っている後ろ姿が印象的な少女と砂場で遊んでいる男の子。姉弟だろうか。どちらとも目が合わなかったので、歩き疲れていたせいかoはしばし彼女に見惚れていた。
そうだ水飲み場と周囲を見渡そうとしたその瞬間、くるっと彼女はこちらを向く。彼女は一瞬びくっとしながらもそのまま踊り続ける。oはどきっとしながらも、気まずいので水飲み場を探し、帰る方向も見つけ、水分補給が終わり次第立ち去ることにした。
水が美味い。あとは帰るのみ。何となく彼女の方を振り返る。
びっくりした。今度はこちらが背後を取られていた。
「どこ小学校?」と彼女に聞かれ、oは咄嗟に「S小学校」と返す。「私はK小」「なんで違う学校だと思ったの?」ほかのクラスの女子なんて覚えようとも思わないoは不思議に思った。「私ほかのクラスの子の名前と顔、全部覚えたんだ」彼女はそう自慢げに言ってみせた。
「凄い」「凄いでしょ」「踊るのが好きなんだ?」「うん好き」「アイドルになりたいの?」昨日たまたま見た歌番組に、男性アイドルが出ていたので思わず聞いてみる。
「今ね『アイドルごっこ』やってたんだ」「弟?」「うん」彼女は弟をファンに見立てて、アイドルごっこをしていたらしい。
「応援するね」oはアイドルになりたいのかすら分からない、出会ったばかりの彼女のファンになった。「応援してくれるの?」彼女は首を傾げる。いきなりの応援宣言は流石に流れがおかしい。「アイドルになりたいの?」oはもう一度聞き直す。
「一生応援してくれる?」「一生かは分からないけど全力で応援するね」「ふーん」彼女がアイドルになりたいかすら分からないまま、突然人生の選択を迫られたoは、一生については明言を避けながら全力応援を約束した。
お互い沈黙ののち彼女の弟に目をやる。砂遊びに夢中のようで少しほっとする。
「私、アイドルやってみようかな」どうやらまだアイドルを目指していなかった彼女の背中を押してしまったらしい。責任を取ろう。どうやって責任を取ろう。
「とりあえず、アイドルごっこを続けてみようよ」先ほどの全力応援宣言から一転、ごっこ遊びに話を戻すo。「一緒に遊ぼ?」お互いまだ自己紹介も済ませぬまま、oは彼女の《アイドルごっこ》に参戦することになった。