アクシデントを乗り越えなんとか迎えた文化祭当日。うちのクラスのメイド喫茶は異様なほどの大盛況だった。
かわいいふりふりのメイド服を着た女子たちが接客してくれるのもあるけど、ほとんどは『目つきの悪いメイドが罵倒してくれる』という噂を聞いてやってきた客だ。
「食べ終わったなら、さっさと帰れ! ほかの客が待ってんのが見えねぇのか」
「勝手に女子の写真撮んな! うちの店は撮影禁止なんだよ!」
「もえもえきゅん、なんてふざけたこと言えるかバカ!!」
上品でクラシカルなメイド服姿で怒鳴り散らす俺がなぜか大うけして、廊下には長蛇の列ができていた。
「光永くんのおかげで、うちのクラスの売り上げやばいんだけど」とあちこちからうれしい悲鳴が聞こえる。
「もう、忙しすぎて疲れた……」
慣れないロングスカートを履いて、生まれて初めてのメイクをされ、ウイッグまでかぶっている。そんな格好で朝一から接客というか怒鳴り続け、もう体力の限界だ。
短い休憩をもらい熱気のこもった教室を出て、校舎の奥に向かう。ひと気のない階段に座りはぁと息を吐き出すと、「光永のクラス、大盛況だね」と芦原がやってきた。
どうせまた、西嶋あたりに俺の居場所を聞いたんだろう。
「盛況すぎて倒れそう。なんでこんなに混むんだよ」
不満をもらした俺を見て、芦原がくすくす笑う。
「こんなかわいいメイドさんに怒鳴ってもらえるんだもん、仕方ないよ」
「だから、そろそろ本気で眼科行け」
そんな悪態をついても甘い視線を向けられ、落ち着かない気分になる。
メイド服が破られる事件が起こった日から、俺の心臓はなんだかおかしい。芦原の顔を見るたび、きゅっと苦しくなってうまく言葉がでなくなる。
「芦原も忙しい?」
「そこそこかな。進行はほかの人に任せてるし、俺はアクシデントがあったときに駆けつけたり来賓に挨拶をしたり……。ミスターコンテストには出ろって言われてるけど」
「そんなの、コンテストするまでもなくお前が優勝だろ」
あきれながら言うと、芦原が俺の顔をのぞきこむ。
「それって、光永は俺のことかっこいいって思ってくれてるってこと?」
「そうだけど……」
「まじで? うれしい」
芦原の整った顔に笑みが浮かんだ。
誉め言葉なんて聞き飽きているはずの芦原が、俺のひとことでこんなによろこぶなんておかしいだろ。
あきれながらもまた心臓が落ち着かなくてむずむずしてくる。
そんな話をしていると、「あ、芦原くん見つけた!」と文化祭の実行委員の女子がやってきた。
「なにかあった?」
「ミスターコンの参加者のアンケート。芦原くんだけ答えてもらってなかったから、今聞いちゃってもいい?」
お願いされた芦原は「いいよ」とうなずく。
生年月日に身長、血液型、性格診断のタイプなどよくある質問に続き、「好きなタイプは?」とたずねられた芦原は「そうだな」とつぶやいた。
一体なんて答えるんだろう。少し緊張しながら聞き耳を立てる。
「正直な人」
芦原の答えを聞いて、思わず息をのんだ。
「正直な人?」
「うん。自分の気持ちにまっすぐな人が好き、かな」
実行委員の女子は「ありがとう。助かった」と笑顔を見せて駆けて行く。
「ごめん。話の途中で」
俺を振り返り謝ってくれた芦原に、動揺しながら首を横に振った。
芦原は正直な人が好きなんだ……。
俺は芦原に罰ゲームで告白をして、未だに嘘だと言えてなかった。嘘だといえば、芦原を傷つけるんじゃないか……なんて言い訳を並べて、先延ばしにし続けた。
正直に話すタイミングはいくらでもあったのに。
こんな卑怯な俺を知ったら、きっと芦原に嫌われる。
罪悪感と後悔で胸のあたりが引き裂かれるように痛んだ。
「光永?」
黙り込んだ俺の顔を芦原が不思議そうにのぞきこむ。
軽蔑されても責められても、ちゃんと伝えなきゃだめだ。正直に言って謝らなきゃ……。
覚悟を決め顔をあげた。
「……芦原。今日文化祭終わってから、少し話できる?」
俺が切り出すと、芦原は笑顔で「いいよ」と言ってくれた。
「おーい、光永。そろそろ戻ってもらっていいかー?」
クラスの男子が俺を呼ぶ声が聞こえ、慌てて階段から立ち上がる。
「光永、頑張れよ」
その言葉にうなずいて、前を向いて歩きだした。
メイド喫茶は大盛況すぎて、売るものが底をつき予定よりも早く終了した。
「お疲れ様~」
みんなからねぎらいの言葉をかけられ、ぐったりしながらウイッグを外し制服に着替える。
「はぁー。やっぱズボン最高。もう二度と女装なんてしねぇ」
そうつぶやくと、春田に「えー、もったいない」と残念がられた。
「来年もヤンキーメイド喫茶で大儲けしようって盛り上がってるのに」
「そんなにやりたきゃ春田がメイドしろよ」
「俺はかわいいから光永みたいにガラ悪く怒鳴れないもん」
そんな会話をしていると、工藤がやってくる。
「中庭のステージでこれからミスターコンはじまるって」
「芦原が出るやつ?」
「そう。ついでに西嶋も」
「あの無気力な西嶋がコンテスト出るのめずらし」
「運営に焼肉おごるから出てってつられたらしい」
「見に行く?」
その問いかけに「見に行く」とうなずき三人で中庭に向かった。
中庭に作られた特設ステージには、たくさんの人が集まっていた。
選ばれたイケメンたちを拝みたい女子や、お祭り騒ぎを楽しむ男子たちで、会場はとても盛り上がっていた。
手作りなのか、芦原の名前が入ったうちわを持った女子もいる。
離れた場所からステージを見ていると、何人かの生徒が俺に気付き「あ。ヤンキーのメイドさんだ」と笑顔で手を振ってきた。
「メイドはもう終了したから愛嬌振りまかねぇぞ」
俺がぶっきらぼうに言うと「あはは。メイドの時も愛嬌皆無だったじゃん」と笑われる。
「なんか、光永一気に学校に溶け込んだね」
「よかったな」
春田と工藤に、子供の成長を見守る親のような生あたたかい目を向けられ、居心地が悪くなった。なんだか妙に恥ずかしい。
「コンテストまだ始まらないみたいだから、ちょっとジュース買ってくる」
落ち着かなくてふたりの元を離れて歩きだす。中庭から校舎に入る非常口へ向かうと、背の高い男ふたりが話しているのが見えた。芦原と西嶋だと気付く。
コンテストが始まるまで待機しているんだろう。
声をかけようかな。でもちょっと気まずいし……。そう思っていると、西嶋が芦原に「罰ゲーム告白の計画、大成功じゃん」と言うのが聞こえた。
思わず足を止める。
罰ゲームって、なんでそのことを芦原に……?
動揺する俺に気付かず、西嶋は話し続ける。
「罰ゲームで光永に告白させて、知らないふりしてOKして、順調に距離を縮めて。優等生の芦原にずっと騙されてたって知ったら、光永は驚くだろうね」
その言葉に、芦原はなにも言い返さなかった。
驚きも反論もしないということは、芦原は俺の告白が罰ゲームだったって最初から知っていたんだ……。
混乱で頭が真っ白になる。動揺のあまり足がふらつき、がたんと音をたててしまった。
物音に気付いた芦原がこちらを振り向き顔色を変える。
「光永、今の話……」
声をかけてきた芦原を無視して、きびすを返す。
それと同時に、「ミスターコンの参加者はステージ裏に集まってください」というアナウンスが流れた。
芦原はきっとコンテストに出て優勝するだろう。女子たちからキャーキャー言われるんだろうな。
そんな想像をしながら必死に足を動かし涙をこらえる。
俺に芦原を責める権利なんてない。俺だって罰ゲームだと言いだせず、嘘をつき続けてきた。
だけど、芦原が俺に言った好きという言葉は全部嘘で、俺をからかって面白がっていただけなんだと思うと、悔しくて悲しかった。
どうしてこんなに心臓が苦しいんだろうと不思議に思い、あぁこれが胸が痛いってやつかと納得する。
テレビや漫画でよく見る、人を好きになって切なくて苦しくてどうしようもなくなるやつ。
熱い涙が頬を伝うのを感じながら、いつの間にか芦原のことを好きになっていたんだと気付く。
冗談で好きだと言われて真に受けて、騙されているのに気付かず本気で惚れるなんて。
「ばかみてぇ」
そうつぶやいた時、後ろから手をつかまれた。
驚いて振り返ると、息を切らした芦原が俺の手を掴んでいた。
「な……っ」
なんでここにと目を見開く俺に、芦原が必死な表情で口を開く。
「光永、話を聞いてほしい」
「いや、そんなことより。お前、ミスターコンに参加するんじゃ……」
「そんなのどうでもいい」
「ど、どうでもよくないだろ」
ステージの前にはお前の登場を楽しみにしている女子がたくさんいたのに。
困惑していると、芦原はまっすぐに俺を見つめた。
「光永より大事なものなんてない」
真剣な口調でそう言われ、また胸が苦しくなった。
「や、やめろよもう!」
たまらずそう怒鳴り、掴まれた腕を振り払う。
「そんな嘘をついて、まだ俺を騙そうとするのかよ!」
「光永、話を聞いてほしい」
「話なら聞いた。お前、俺が罰ゲームで告白したって最初から知ってたんだろ? 好きだって嘘をついて優しくするふりをして、動揺する俺のことをおもしろがってたんだろ⁉」
「光永に言った言葉は全部本気だよ。ひとつも嘘はついてない」
「じゃあどうして……っ!」
「ずっと好きだったんだ」
芦原の視線が熱をおびるのがわかった。こわいくらいまっすぐに、俺の事を見つめて口を開く。
「ずっと光永が好きだった。親しくなりたいと思ってもなかなかうまくいかなくて、光永と話すきっかけを必死に考えた」
「それが、あの罰ゲーム……?」
「あぁ。罰ゲームで告白されて信じたふりをしたら、お人よしの光永は俺のことをすぐには振れないだろうと思って、西嶋たちに協力してもらった」
「ってことは、あいつらも知ってたのかよ!」
西嶋たちが罰ゲームで芦原に告白するなんて言いだしたのは、こいつの差し金だったのか。約束の場所がいつの間にか変わっていたことも納得だ。最初からあいつらは、ネタバラシするつもりなんてなかったんだ。
「光永の優しさにつけこんでそばにいて好意を伝えて、俺のことを意識してもらおうって必死だった」
学校中の生徒が憧れる芦原が、俺のためにそんな回りくどくて卑怯なことをするなんて……。
「ば、ばかじゃねぇの? 好きなら好きって言えばいいだろ」
あきれてそうつぶやいてしまう。
「もしストレートに好きだって伝えたら、光永はOKしてくれた?」
その問いかけに少し考え「いや、絶対に断る」と結論を出す。
だって、完全無欠の優等生からの告白なんて信じられるわけがない。
それに俺たちは男同士だし、優等生とヤンキーじゃ共通点もない。どう考えたって、付き合うという選択肢は出てこない。
「俺も、ただ告白するだけじゃ受け入れてもらえないだろうなと思った。だから親しくなって俺の事を知ってもらうためにはどうすればいいのか考えたんだ」
その結論が、俺に罰ゲームで告白させその罪悪感につけこんで距離を縮める作戦だったらしい。頭のいい芦原らしい計画的な考えだけど……。
「策士すぎてこわっ」
俺が思わずそうつぶやくと、芦原がショックを受けた顔をする。
「っていうか、ずっと好きだったって、いつから?」
「気になり始めたのは入学式の時かな」
「長っ!」
「先生から注意されても自分の気持ちを曲げない光永から目が離せなくなった。日に透けた茶色の髪が綺麗で、あの髪に触れたいってずっと思ってた」
だからこいつ、なにかにつけて俺の頭をなでてきたのか。
「そっからずっと好きだったなんて、執着心が強すぎねぇ!?」
「一途って言ってよ」
「お前の重すぎる気持ちはそんな綺麗な言葉でくくっちゃいけない気がする」
「純愛だからね」
「めげねぇな!」
思わずぷっとふき出すと、芦原が俺の方に手を伸ばした。
「光永、抱きしめていい?」
「……やだ」
拒否したのに、芦原は俺を抱きしめる。芦原の胸の中に閉じ込められ鼓動が速くなったけど、誤魔化すように悪態をつく。
「人の言うことを聞く気ないなら、最初から確認するなよっ」
「俺は小さい頃から優秀で、自分がどういう振る舞いをすれば周りがよろこぶのかわかってたんだ。だから優等生でおりこうだってみんなから褒められた」
「なに、その突然の自慢!」
「でも、光永を前にするとどうしていいのかわからなくなるんだ。頭をなでたいし抱きしめたいし、甘やかしてかわいがって俺から離れられなくなるくらいドロッドロに溺愛したい」
「その整った顔で怖いこと言うのやめねぇ!?」
「そんな俺の本性を知ったら、きっと光永に拒絶される。そうわかってるのに、光永のそばにいればいるほどどんどん好きになって、気持ちが止められなくなってる。光永、本気で好きだよ」
ぎゅっときつく抱きしめられると、芦原の心臓の音が聞こえた。
ものすごい鼓動の速さに、芦原も緊張してるんだと気付く。
本気で俺を想ってくれているんだ。そんな気持ちが伝わってきて、胸のあたりがぎゅうっと締め付けられた。
さっき感じた切なさや悲しみとは違う、苦しくて甘い感情。たぶん、これが愛おしいって気持ちなんだと思う。
芦原は完璧だけど全然完璧じゃなかった。
腹黒いし強引だし計算高いし若干ヤンデレの気配を感じるし……。
でもこの厄介な部分をほかの人には知られたくないと思ってしまう俺は、たぶんどうしようもないくらい、芦原のことが好きなんだと思う。
まんまと芦原の作戦にはまってしまったことに、若干のくやしさを感じながら顔を上げる。
「芦原」
緊張しながら名前を呼ぶと、芦原は腕を緩め俺の顔をのぞきこんだ。
ごくりと息をのみ、口を開く。これから言うのは、二カ月前に芦原に告げたのと同じ言葉だ。
「俺、お前のことが好きだ」
俺が告白しているのは、小柄でかわいらしい女の子……ではなく、百六十七センチの俺よりも十センチ以上背が高く顔のいい男だった。
成績もよくて性格もよくて顔もスタイルもよくて、そのうえ運動までできる、憎らしいほど完璧な男。
だけど同じくらい厄介で強引で腹黒いのも知っている。
そんな芦原を見上げながら、今度は罰ゲームじゃなく本当の気持ちを口にする。
「――だから、俺と付き合ってください」
勇気を振り絞ってそう言うと、芦原の整った顔がふわりとほころんだ。
「うれしい」
愛おしくてたまらないという表情で見つめられ、胸がいっぱいになる。
「光永から告白してくれるなんて、夢みたいだ」
芦原はそう言って、俺のことを力いっぱい抱きしめた。
罰ゲームで優等生に告白したら、全力で溺愛されました END
かわいいふりふりのメイド服を着た女子たちが接客してくれるのもあるけど、ほとんどは『目つきの悪いメイドが罵倒してくれる』という噂を聞いてやってきた客だ。
「食べ終わったなら、さっさと帰れ! ほかの客が待ってんのが見えねぇのか」
「勝手に女子の写真撮んな! うちの店は撮影禁止なんだよ!」
「もえもえきゅん、なんてふざけたこと言えるかバカ!!」
上品でクラシカルなメイド服姿で怒鳴り散らす俺がなぜか大うけして、廊下には長蛇の列ができていた。
「光永くんのおかげで、うちのクラスの売り上げやばいんだけど」とあちこちからうれしい悲鳴が聞こえる。
「もう、忙しすぎて疲れた……」
慣れないロングスカートを履いて、生まれて初めてのメイクをされ、ウイッグまでかぶっている。そんな格好で朝一から接客というか怒鳴り続け、もう体力の限界だ。
短い休憩をもらい熱気のこもった教室を出て、校舎の奥に向かう。ひと気のない階段に座りはぁと息を吐き出すと、「光永のクラス、大盛況だね」と芦原がやってきた。
どうせまた、西嶋あたりに俺の居場所を聞いたんだろう。
「盛況すぎて倒れそう。なんでこんなに混むんだよ」
不満をもらした俺を見て、芦原がくすくす笑う。
「こんなかわいいメイドさんに怒鳴ってもらえるんだもん、仕方ないよ」
「だから、そろそろ本気で眼科行け」
そんな悪態をついても甘い視線を向けられ、落ち着かない気分になる。
メイド服が破られる事件が起こった日から、俺の心臓はなんだかおかしい。芦原の顔を見るたび、きゅっと苦しくなってうまく言葉がでなくなる。
「芦原も忙しい?」
「そこそこかな。進行はほかの人に任せてるし、俺はアクシデントがあったときに駆けつけたり来賓に挨拶をしたり……。ミスターコンテストには出ろって言われてるけど」
「そんなの、コンテストするまでもなくお前が優勝だろ」
あきれながら言うと、芦原が俺の顔をのぞきこむ。
「それって、光永は俺のことかっこいいって思ってくれてるってこと?」
「そうだけど……」
「まじで? うれしい」
芦原の整った顔に笑みが浮かんだ。
誉め言葉なんて聞き飽きているはずの芦原が、俺のひとことでこんなによろこぶなんておかしいだろ。
あきれながらもまた心臓が落ち着かなくてむずむずしてくる。
そんな話をしていると、「あ、芦原くん見つけた!」と文化祭の実行委員の女子がやってきた。
「なにかあった?」
「ミスターコンの参加者のアンケート。芦原くんだけ答えてもらってなかったから、今聞いちゃってもいい?」
お願いされた芦原は「いいよ」とうなずく。
生年月日に身長、血液型、性格診断のタイプなどよくある質問に続き、「好きなタイプは?」とたずねられた芦原は「そうだな」とつぶやいた。
一体なんて答えるんだろう。少し緊張しながら聞き耳を立てる。
「正直な人」
芦原の答えを聞いて、思わず息をのんだ。
「正直な人?」
「うん。自分の気持ちにまっすぐな人が好き、かな」
実行委員の女子は「ありがとう。助かった」と笑顔を見せて駆けて行く。
「ごめん。話の途中で」
俺を振り返り謝ってくれた芦原に、動揺しながら首を横に振った。
芦原は正直な人が好きなんだ……。
俺は芦原に罰ゲームで告白をして、未だに嘘だと言えてなかった。嘘だといえば、芦原を傷つけるんじゃないか……なんて言い訳を並べて、先延ばしにし続けた。
正直に話すタイミングはいくらでもあったのに。
こんな卑怯な俺を知ったら、きっと芦原に嫌われる。
罪悪感と後悔で胸のあたりが引き裂かれるように痛んだ。
「光永?」
黙り込んだ俺の顔を芦原が不思議そうにのぞきこむ。
軽蔑されても責められても、ちゃんと伝えなきゃだめだ。正直に言って謝らなきゃ……。
覚悟を決め顔をあげた。
「……芦原。今日文化祭終わってから、少し話できる?」
俺が切り出すと、芦原は笑顔で「いいよ」と言ってくれた。
「おーい、光永。そろそろ戻ってもらっていいかー?」
クラスの男子が俺を呼ぶ声が聞こえ、慌てて階段から立ち上がる。
「光永、頑張れよ」
その言葉にうなずいて、前を向いて歩きだした。
メイド喫茶は大盛況すぎて、売るものが底をつき予定よりも早く終了した。
「お疲れ様~」
みんなからねぎらいの言葉をかけられ、ぐったりしながらウイッグを外し制服に着替える。
「はぁー。やっぱズボン最高。もう二度と女装なんてしねぇ」
そうつぶやくと、春田に「えー、もったいない」と残念がられた。
「来年もヤンキーメイド喫茶で大儲けしようって盛り上がってるのに」
「そんなにやりたきゃ春田がメイドしろよ」
「俺はかわいいから光永みたいにガラ悪く怒鳴れないもん」
そんな会話をしていると、工藤がやってくる。
「中庭のステージでこれからミスターコンはじまるって」
「芦原が出るやつ?」
「そう。ついでに西嶋も」
「あの無気力な西嶋がコンテスト出るのめずらし」
「運営に焼肉おごるから出てってつられたらしい」
「見に行く?」
その問いかけに「見に行く」とうなずき三人で中庭に向かった。
中庭に作られた特設ステージには、たくさんの人が集まっていた。
選ばれたイケメンたちを拝みたい女子や、お祭り騒ぎを楽しむ男子たちで、会場はとても盛り上がっていた。
手作りなのか、芦原の名前が入ったうちわを持った女子もいる。
離れた場所からステージを見ていると、何人かの生徒が俺に気付き「あ。ヤンキーのメイドさんだ」と笑顔で手を振ってきた。
「メイドはもう終了したから愛嬌振りまかねぇぞ」
俺がぶっきらぼうに言うと「あはは。メイドの時も愛嬌皆無だったじゃん」と笑われる。
「なんか、光永一気に学校に溶け込んだね」
「よかったな」
春田と工藤に、子供の成長を見守る親のような生あたたかい目を向けられ、居心地が悪くなった。なんだか妙に恥ずかしい。
「コンテストまだ始まらないみたいだから、ちょっとジュース買ってくる」
落ち着かなくてふたりの元を離れて歩きだす。中庭から校舎に入る非常口へ向かうと、背の高い男ふたりが話しているのが見えた。芦原と西嶋だと気付く。
コンテストが始まるまで待機しているんだろう。
声をかけようかな。でもちょっと気まずいし……。そう思っていると、西嶋が芦原に「罰ゲーム告白の計画、大成功じゃん」と言うのが聞こえた。
思わず足を止める。
罰ゲームって、なんでそのことを芦原に……?
動揺する俺に気付かず、西嶋は話し続ける。
「罰ゲームで光永に告白させて、知らないふりしてOKして、順調に距離を縮めて。優等生の芦原にずっと騙されてたって知ったら、光永は驚くだろうね」
その言葉に、芦原はなにも言い返さなかった。
驚きも反論もしないということは、芦原は俺の告白が罰ゲームだったって最初から知っていたんだ……。
混乱で頭が真っ白になる。動揺のあまり足がふらつき、がたんと音をたててしまった。
物音に気付いた芦原がこちらを振り向き顔色を変える。
「光永、今の話……」
声をかけてきた芦原を無視して、きびすを返す。
それと同時に、「ミスターコンの参加者はステージ裏に集まってください」というアナウンスが流れた。
芦原はきっとコンテストに出て優勝するだろう。女子たちからキャーキャー言われるんだろうな。
そんな想像をしながら必死に足を動かし涙をこらえる。
俺に芦原を責める権利なんてない。俺だって罰ゲームだと言いだせず、嘘をつき続けてきた。
だけど、芦原が俺に言った好きという言葉は全部嘘で、俺をからかって面白がっていただけなんだと思うと、悔しくて悲しかった。
どうしてこんなに心臓が苦しいんだろうと不思議に思い、あぁこれが胸が痛いってやつかと納得する。
テレビや漫画でよく見る、人を好きになって切なくて苦しくてどうしようもなくなるやつ。
熱い涙が頬を伝うのを感じながら、いつの間にか芦原のことを好きになっていたんだと気付く。
冗談で好きだと言われて真に受けて、騙されているのに気付かず本気で惚れるなんて。
「ばかみてぇ」
そうつぶやいた時、後ろから手をつかまれた。
驚いて振り返ると、息を切らした芦原が俺の手を掴んでいた。
「な……っ」
なんでここにと目を見開く俺に、芦原が必死な表情で口を開く。
「光永、話を聞いてほしい」
「いや、そんなことより。お前、ミスターコンに参加するんじゃ……」
「そんなのどうでもいい」
「ど、どうでもよくないだろ」
ステージの前にはお前の登場を楽しみにしている女子がたくさんいたのに。
困惑していると、芦原はまっすぐに俺を見つめた。
「光永より大事なものなんてない」
真剣な口調でそう言われ、また胸が苦しくなった。
「や、やめろよもう!」
たまらずそう怒鳴り、掴まれた腕を振り払う。
「そんな嘘をついて、まだ俺を騙そうとするのかよ!」
「光永、話を聞いてほしい」
「話なら聞いた。お前、俺が罰ゲームで告白したって最初から知ってたんだろ? 好きだって嘘をついて優しくするふりをして、動揺する俺のことをおもしろがってたんだろ⁉」
「光永に言った言葉は全部本気だよ。ひとつも嘘はついてない」
「じゃあどうして……っ!」
「ずっと好きだったんだ」
芦原の視線が熱をおびるのがわかった。こわいくらいまっすぐに、俺の事を見つめて口を開く。
「ずっと光永が好きだった。親しくなりたいと思ってもなかなかうまくいかなくて、光永と話すきっかけを必死に考えた」
「それが、あの罰ゲーム……?」
「あぁ。罰ゲームで告白されて信じたふりをしたら、お人よしの光永は俺のことをすぐには振れないだろうと思って、西嶋たちに協力してもらった」
「ってことは、あいつらも知ってたのかよ!」
西嶋たちが罰ゲームで芦原に告白するなんて言いだしたのは、こいつの差し金だったのか。約束の場所がいつの間にか変わっていたことも納得だ。最初からあいつらは、ネタバラシするつもりなんてなかったんだ。
「光永の優しさにつけこんでそばにいて好意を伝えて、俺のことを意識してもらおうって必死だった」
学校中の生徒が憧れる芦原が、俺のためにそんな回りくどくて卑怯なことをするなんて……。
「ば、ばかじゃねぇの? 好きなら好きって言えばいいだろ」
あきれてそうつぶやいてしまう。
「もしストレートに好きだって伝えたら、光永はOKしてくれた?」
その問いかけに少し考え「いや、絶対に断る」と結論を出す。
だって、完全無欠の優等生からの告白なんて信じられるわけがない。
それに俺たちは男同士だし、優等生とヤンキーじゃ共通点もない。どう考えたって、付き合うという選択肢は出てこない。
「俺も、ただ告白するだけじゃ受け入れてもらえないだろうなと思った。だから親しくなって俺の事を知ってもらうためにはどうすればいいのか考えたんだ」
その結論が、俺に罰ゲームで告白させその罪悪感につけこんで距離を縮める作戦だったらしい。頭のいい芦原らしい計画的な考えだけど……。
「策士すぎてこわっ」
俺が思わずそうつぶやくと、芦原がショックを受けた顔をする。
「っていうか、ずっと好きだったって、いつから?」
「気になり始めたのは入学式の時かな」
「長っ!」
「先生から注意されても自分の気持ちを曲げない光永から目が離せなくなった。日に透けた茶色の髪が綺麗で、あの髪に触れたいってずっと思ってた」
だからこいつ、なにかにつけて俺の頭をなでてきたのか。
「そっからずっと好きだったなんて、執着心が強すぎねぇ!?」
「一途って言ってよ」
「お前の重すぎる気持ちはそんな綺麗な言葉でくくっちゃいけない気がする」
「純愛だからね」
「めげねぇな!」
思わずぷっとふき出すと、芦原が俺の方に手を伸ばした。
「光永、抱きしめていい?」
「……やだ」
拒否したのに、芦原は俺を抱きしめる。芦原の胸の中に閉じ込められ鼓動が速くなったけど、誤魔化すように悪態をつく。
「人の言うことを聞く気ないなら、最初から確認するなよっ」
「俺は小さい頃から優秀で、自分がどういう振る舞いをすれば周りがよろこぶのかわかってたんだ。だから優等生でおりこうだってみんなから褒められた」
「なに、その突然の自慢!」
「でも、光永を前にするとどうしていいのかわからなくなるんだ。頭をなでたいし抱きしめたいし、甘やかしてかわいがって俺から離れられなくなるくらいドロッドロに溺愛したい」
「その整った顔で怖いこと言うのやめねぇ!?」
「そんな俺の本性を知ったら、きっと光永に拒絶される。そうわかってるのに、光永のそばにいればいるほどどんどん好きになって、気持ちが止められなくなってる。光永、本気で好きだよ」
ぎゅっときつく抱きしめられると、芦原の心臓の音が聞こえた。
ものすごい鼓動の速さに、芦原も緊張してるんだと気付く。
本気で俺を想ってくれているんだ。そんな気持ちが伝わってきて、胸のあたりがぎゅうっと締め付けられた。
さっき感じた切なさや悲しみとは違う、苦しくて甘い感情。たぶん、これが愛おしいって気持ちなんだと思う。
芦原は完璧だけど全然完璧じゃなかった。
腹黒いし強引だし計算高いし若干ヤンデレの気配を感じるし……。
でもこの厄介な部分をほかの人には知られたくないと思ってしまう俺は、たぶんどうしようもないくらい、芦原のことが好きなんだと思う。
まんまと芦原の作戦にはまってしまったことに、若干のくやしさを感じながら顔を上げる。
「芦原」
緊張しながら名前を呼ぶと、芦原は腕を緩め俺の顔をのぞきこんだ。
ごくりと息をのみ、口を開く。これから言うのは、二カ月前に芦原に告げたのと同じ言葉だ。
「俺、お前のことが好きだ」
俺が告白しているのは、小柄でかわいらしい女の子……ではなく、百六十七センチの俺よりも十センチ以上背が高く顔のいい男だった。
成績もよくて性格もよくて顔もスタイルもよくて、そのうえ運動までできる、憎らしいほど完璧な男。
だけど同じくらい厄介で強引で腹黒いのも知っている。
そんな芦原を見上げながら、今度は罰ゲームじゃなく本当の気持ちを口にする。
「――だから、俺と付き合ってください」
勇気を振り絞ってそう言うと、芦原の整った顔がふわりとほころんだ。
「うれしい」
愛おしくてたまらないという表情で見つめられ、胸がいっぱいになる。
「光永から告白してくれるなんて、夢みたいだ」
芦原はそう言って、俺のことを力いっぱい抱きしめた。
罰ゲームで優等生に告白したら、全力で溺愛されました END

