罰ゲームで優等生に告白したら、全力で溺愛されました

 十月に入ると、芦原が俺のクラスにやって来る頻度ががくっと下がった。
 あいつが俺を構うのに飽きたから――ではなく、文化祭が近づいてきたからだ。
「最近、芦原の顔見てねぇな……」
 昼休みにぼそりとつぶやくと、春田が身を乗り出した。
「なに、光永。芦原に構ってもらえなくてさみしいの?」
 春田のとんでもない問いかけに、「ちっ、がうし!」と頬を熱くしながら否定する。
「さみしいどころか清々してるわ! ゆっくり昼飯食べられてほんと最高!」
 むきになる俺を見ながら、春田は「なるほどなるほど」と半笑いでうなずいた。
「なんだよそのにやけ顔は。お前、絶対わかってねぇだろ!」
「べっつに~。光永は素直じゃないなぁと思ってただけだよ」
「ふざけんな、俺は日本一素直だわ!」
 そんなやりとりをしていると、西嶋がぽつりと言った。
「芦原、かなり忙しくて大変らしいよ」
 その言葉を聞いて、工藤が「確かに」とうなずく。
「生徒会長の芦原は、休み時間も放課後も生徒会や委員会に顔を出してるらしいな」
「そうそう。先生や三年生たちも有能な芦原を頼り切ってるから、ものすごい量の仕事を抱えてるって」
 芦原はなんでもできるし、お願いされると絶対断らないやつだけど、そんなにたくさんの仕事を任されているなんて大丈夫だろうか。 
 顔をしかめた俺に、西嶋が「芦原は最近疲れた時、ひとりで体育倉庫の裏で息抜きしてるみたいだよ」と謎の情報をくれる。
「いや、そんなこと聞いてねぇけど」
「俺も別に光永に言ったわけじゃないけど?」
 しらじらしく言われ、悔しく思いながら立ち上がった。
「光永、どこ行くの?」
「ジュース買いに行くだけ!」
「ふーん」
 西嶋には俺がこれからどこに向かうかお見通しなんだろう。
「芦原が好きなのは、スポーツドリンクだって」と、またいらない情報を追加され、「だから、そんなこと誰も聞いてねぇ!」と怒りながら教室を出た。

 自販機でスポーツドリンクを買い、体育倉庫へと向かう。西嶋の言うとおり、倉庫の裏のひと気のない場所に芦原はいた。
 ぼんやりとしている横顔さえかっこよくて、イケメンはずるいなと心の中で悪態をつきながら近づいた。
「こんなとこで、なにしてんだよ」
 俺の声に気付いた芦原がこちらを見上げ驚いた顔をする。
「光永こそ」
「俺は、たまたま通りかかっただけ」
 ぶっきらぼうに言って買ったばかりのスポーツドリンクを手渡すと、「たまたまね」と芦原がうれしそうに笑う。
 なんだ。案外元気そうじゃん。
「ありがとう。お金……」
「いいよ。前にレモンティーもらったし」
「あぁ。あったねそんなこと。たしか一カ月くらい前か」
 その言葉に、芦原に嘘の告白をしてからもう一カ月もたったのかと驚く。
 あれから何度も本当のことを話して謝らなきゃと思っているのに、未だに切り出せずにいた。自分の優柔不断さに嫌気がさす。
「芦原。俺、お前に謝らないといけないことがあって……」
 芦原は俺の話を聞きながらスポーツドリンクのふたを開け、口をつけて飲んだ。長い喉に浮かぶ喉ぼとけが上下するのが妙に色っぽく見えて、思わず言葉につまる。
 黙り込んだ俺を不思議に思ったのか、芦原が首をかしげてこちらを見た。
「光永も飲む?」
 物欲しそうに見えたのか、飲みかけのスポーツドリンクを差し出され、「え」と小さな声がもれる。
 芦原が口を付けたジュースを飲むって、それって……。
 動揺しそうになり、いや意識しすぎだからと心の中で突っ込む。
 春田たちとだって、回し飲みなんて普通にしてる。別に特別なことじゃない。ここで断る方が変に思われる。
 無言で受け取り口をつける。冷たいスポーツドリンクをごくりと飲み込み息を吐くと、その様子を見ていた芦原が「間接キスだ」と甘く笑った。
 その瞬間、全身の血が頭に上る。
「な、なに言ってんだよっ!」
 取り乱しながら芦原を睨む。
「そんなこと言われたら、もうスポーツドリンク飲めなくなるだろ!!」
「どうして?」
「どうしてって、スポーツドリンク飲むたびに芦原と、か、間接キス、したこと思い出すから……っ!」
 むきになってそう言い、さらに頬が熱くなる。
 そんな俺を見た芦原は口元を押さえ「あー、もう……。かわいくて仕方ないんだけど」とつぶやいた。
「うるせぇ! せっかく人が心配して来てやったのに、からかいやがって」
「俺を心配して来てくれたんだ?」
 たまたま通りかかったと言ったくせに、自ら嘘だとばらしてしまった。自分のうかつさに顔をしかめながら口を開く。
「なんか、すげぇみんなに頼られて、大変そうだって聞いたから……っ」
「まぁ、ちょっと疲れてたけど、光永の顔を見れたから元気になった」
「俺の顔には癒し効果なんてねぇけど!」
 癒しどころか人を威圧し怖がられる目つきの悪い俺を見て元気になるなんて、芦原は本当に変わってる。
 真っ赤になって怒る俺とは対照的に、芦原はとてもうれしそうだった。
「光永のクラスは文化祭なにするか決まった?」
 話題を変えられ、曖昧にうなずく。
「たぶん、決まったっぽい」
「たぶんって」
「どうせ俺はクラスで浮いてるし、割り振られた仕事をこなすだけだから」
 ヤンキーと恐れられみんなから避けられてる俺が積極的に学校行事に参加しても、みんなから迷惑がられるだけだ。
 そう思っていたのに――。

「なんで俺がこんな格好しなきゃなんねぇんだよっ!」
 俺は文化祭の準備が進む教室で、必死の抵抗を試みていた。
「まぁ、そう言わず。クラスで決まったことだから」
「光永も、みんなが決めたことに従うって言ってただろ」
「い、言ったけど、まさかこんなことさせられるなんて思わないだろ!!」
 うちのクラスの出し物は数人の女子がメイド服を着て接客し、そのほかの生徒が調理や呼び込みをする、メイド喫茶だった。
 けれど、それだけじゃインパクトが弱くない?という意見が出て、男子にもメイド服を着てもらおうという流れになったらしい。
 とはいえ、ガタイのいい男子用のメイド服を用意するのはお金がかかる。じゃあ、小柄で女性サイズを着られそうな人に頼むしかない。という理由で、白羽の矢が立ったのが俺だった。
 たしかに俺の身長は平均以下だし、たくましくもないけど……っ。
「俺なんかより、春田のほうが女装似合うって!」
 すがるような目で春田を見ると、「ごめーん」と笑顔を向けられた。
「俺、かわいいんだけど意外と身長あるから、メイド服入んないんだよね」
 たしかに春田は俺より五センチは背が高い。ゆらがない事実を突きつけられ奥歯を噛む。
「でも、俺みたいな目つきの悪い男が女装なんてしても、気持ち悪いだけだろ!」
 なんとか女装を回避しようと悪あがきしていると、委員長の女子が「大丈夫だよ」と笑顔で親指を立てた。
「光永くんみたいな塩顔は、メイク映えするから!」
 その言葉をきっかけに、クラスメートたちがじりじりと距離を詰めてくる。
「光永くん、表情は怖いけど顔自体は整ってるから、絶対かわいくなると思う」
「実は俺も光永って角度によっては美人だよなって思ってた」
「みんなで考えて光永くんにお願いしようって決めたんだ。だからお願い!」
 手を合わせるクラスメートたちに、困惑しながら必死に首を横に振る。
「な、なんで俺に頼むんだよ。俺みたいなクラスで浮いてるヤンキーが文化祭に参加しても迷惑だろ!」
 そう言うと、「迷惑じゃないよ」と委員長が俺を見ながら言った。
「今まで光永くんってちょっと怖いなと思ってたけど、芦原くんと絡むようになってから、いい人なんだなって気付いたんだ」
 その言葉に、「え」と目を瞬かせる。
「優等生で穏やかな芦原くんがあんな無邪気に笑うのも驚きだったけど、いつも不機嫌そうな顔をしてた光永くんが笑ったり照れたりしてるの見て、こわくないじゃんって思った」
「せっかくの文化祭だから、光永とも仲良くなりたいって思ってお願いすることに決めたんだ」
 クラスメートたちからそう言われ、ぶわっと頬が熱くなった。
「お。光永が照れて赤くなってる」
 工藤に指摘され、「照れてねぇし!」と言い返したけど、胸のあたりがうずうずして落ち着かなくて仕方なかった。
「というわけで、着替えて」
 問答無用でメイド服を渡され、教室の隅に作られた簡易的な着替えスペースに押し込められる。
「まじかよ……」
 俺の女装なんて誰がよろこぶんだよ。
 そんな泣き言をもらしながらメイド服に着替える。
 白い襟がついたミニ丈の黒いワンピースと、白いひらひらのエプロン。肩の周りにはボリュームのあるフリルがついていて、悔しいことにサイズはぴったりだった。
 とりあえず着れたけど似合っているとは思えないし、足元がすーすーして落ち着かない。いつものように振舞えば、すぐにパンツが見えそうだ。
 普段スカートを履いている女子って大変なんだな。
 そんな感想を抱きながら、恐る恐る着替えスペースから出る。
「き、着たけど……」
 どうせ女装した俺を見て大爆笑が起こるんだろうな。そう覚悟していたのに、クラスメートたちはなぜか黙り込んだ。
「え、かわいい」
 そうもらした委員長のつぶやきをきっかけに、みんな興奮した様子で口を開く。
「まじで似合ってるんだけど!」
「こんなかわいい服を着てて、目つきが悪いのが逆によくない?」
「わかる。ツンデレヤンキーのメイドさんって感じ。新しい扉開いたわ」
「ってか、足きれいすぎる! すね毛ゼロじゃん!」
「これでメイクしてウイッグかぶったらやばいよ。うちら女子が霞むって」
「え、え?」
 口々にそう言われ戸惑っていると、騒ぎが気になったのか教室の入り口から誰かが顔をのぞかせた。
「どうかした?」
 その声を聞いた西嶋が、「お、ちょうどいいところに」と言いながら教室をのぞいた人物の腕を引いてやって来る。
「いいもの見せてやるよ」
 西嶋が連れてきたのは、芦原だった。
「え、光永。その格好……」
 芦原はメイド姿の俺を見て目を見開く。そしてそのまま絶句して凍り付いてしまった。
「いや、あの、これはっ」
 自分が着たくて着たわけじゃなく、みんなから強制されて仕方なく……。そう説明しようとしたけど、芦原は無言のまま俺に背を向ける。
「え、芦原……?」
 あきらかな拒絶に戸惑いながら名前を呼んだけど、芦原は顔をそむけたまま振り返ってくれなかった。
「どうした、芦原?」
 西嶋に顔をのぞきこまれた、芦原は「ごめん。忙しいからもう行かなきゃ」とだけ言って教室の出口に向かう。
 芦原にそんな冷たい態度を取られたのは初めてだった。
「なんだよ、もっと派手なリアクション期待してたのに~」
 不満そうな春田の言葉を聞きながら立ち尽くしていると、眼鏡をかけた女子がぼそっとつぶやいた。
「――芦原くんきっと、光永くんの女装が見苦しいから顔をそらしたんだ」
 その言葉を聞いて、胸に痛みが走った。
 そうだよな。俺みたいな目つきの悪いヤンキーのメイド服姿なんて、見たくもないよな。見苦しいよな。
 クラスメートたちはみんな似合うと褒めてくれたのに、たったひとり、芦原に拒絶されたことが、なぜかとても悲しかった。
 文化祭の準備は順調に進み、クラスメートと会話をする機会も増えた。
 そのお陰でクラスから浮いていた俺も、だいぶみんなと打ち解けてきた気がする。
 でも、メイド服姿を見られて以来、芦原からは距離を置かれたままだった。
 学校までの道を歩きながら、「そんなに俺の女装は見苦しかったかよ」と悪態をつく。
 今まで散々好きとかかわいいとか言って構い倒してきたくせに、俺のメイド服姿を見た途端幻滅して避けるなんて、身勝手すぎる。
 お前の好きは、そんなもんだったのかよ。
 そうぼやきそうになって我に返る。
 こんなことを不満に思うって。俺、おかしくね。
 罰ゲームの告白を本気だと勘違いされ、付きまとわれて困ってたんだ。このまま芦原に愛想をつかされたほうが助かるのに……。
 なんでだろう。小さな針でも飲んだみたいに、心臓のあたりがちくちくする。
 そんなことを考えながら、ひと気の少ない校舎に入った。
「この時間だから、まだ人いないなぁ……」
 そうつぶやき上靴に履き替える。
 こんなに早く学校に来たのは、『文化祭の準備がしたいから、早めに学校に来てほしい』とメッセージが届いたからだ。
 送信者の名前もアイコンも見覚えがなかったけど、クラスの誰かだろうと思い『わかった』と返事をした。
 静かな廊下を歩き、教室のドアを開ける。そこにはまだ誰もいなかった。
「なんだ。メッセージを送って来た奴もまだいないんじゃん」
 そうつぶやきながら教室の中に入ると、黒板の前になにかが落ちているのが見えた。
 黒と白の布を見て、メイド服だと気付く。
 誰かがだしっぱなしにしてたのかな。そう思いながら近づき拾い上げる。畳みなおそうと目の前で服を広げた瞬間、「え……っ」と声がもれた。
 俺が着るはずだったメイド服が、ズタズタに破られていた。
 なにこれ。誰がこんなことを……。
 困惑する俺の背後で、「なにしてるの!?」という甲高い声が響く。振り返ると、眼鏡をかけた女子が目を見開いて俺を見ていた。
「ひどい! そのメイド服、光永くんが破いたの!?」
 すごい剣幕で責められ、慌てて首を横に振る。
「ち、ちが……。俺じゃなくて……っ」
 そんなやりとりをしているうちに、ほかの生徒たちが登校してきた。騒ぎに気付き、眼鏡の女子に「どうした?」とたずねる。
「光永くんが、メイド服を破いていたの!」
 彼女は俺を指さしながら声を張り上げた。
「まじで?」
「え、ひどい」
 クラスメートたちから非難の目を向けられ、背筋が冷たくなる。
「お、俺が来たときはもう破れてて……っ」
 必死に説明しようとしても、誰も聞いてくれなかった。
「そんな嘘つかないでよ! 光永くんは女装するのがいやだったから、メイド服を破ったんでしょう!?」
「さすがにそれひどくねぇ?」
「いやならいやって、言ってくれればいいのに」
「みんなで頑張って準備してたのに、ぶち壊すようなことするって最低」
「やっぱ、ヤンキーってこえぇよな」
 誰ひとり俺の説明を聞こうとしてくれなかった。みんなから疑われショックを受ける。
 一緒に文化祭の準備をして、少しずつ打ち解けてこれたと思ったのに。
 やっぱり俺はみんなから浮いたヤンキーで、仲良くなんてできないんだ。
 そう思い知り、くやしさと悲しさに唇を噛む。
「なにかトラブルでもあった?」
 よく通る声が聞こえ、はっとして顔を上げる。芦原が廊下から教室をのぞいていた。
「芦原くん、光永くんがメイド服を破って――」
 女子の言葉を聞いて、芦原が驚いたようにこちらを見る。
 目が合った瞬間、いやだと思った。
 芦原だけには軽蔑されたくない。でも、真実を話したところで、信じてもらえないかもしれない。
 どうしていいのかわからず、じわっとまぶたが熱くなった。
 このままじゃ涙が溢れてしまう。そう思い、顔を隠して廊下に向かう。
「ちょっと、光永くん。説明も謝罪もしないつもり!?」
 そんな言葉を無視して、必死のその場から逃げ出した。

 たどりついたのは体育倉庫の裏。膝に顔をうずめ小さくなりながら鼻をすすっていると、足になにかがぶつかった。
 なんだろうと顔を上げる。いつものトラ猫が俺のすねに頭をすりつけていた。
 自分から近づいてくるなんてめずらしい。
「なに、なぐさめてくれてんの?」
 問いかけるとトラ猫は、ちがう、さっさとなでろ、というように地面に転がる。
「なんだよ。暴君かよ」
 ふてぶてしさに思わず吹き出し、また涙がこみあげる。
「あー、俺も猫になりたい」
 トラ猫のお腹をなでながら、小さくつぶやいた。
「猫なら、毛の色が違っても目つきが悪くても、疎外されないのに……」
 芦原はきっと、クラスメートたちの話を信じただろう。あんなひどいことをした俺を軽蔑し、失望してるにちがいない。
 それじゃなくても避けられていたのに、もう一緒に昼飯を食べたりふざけたりすることはなくなるんだろうな。
 清々するはずなのに、胸が痛くてしかたなかった。
「もう、やだ……」
 ひっくひっくとしゃくりあげながら猫をなでていると、背後から不満そうな声が聞こえた。
「泣くなら猫の前じゃなく、俺の前にしてくれない?」
 その声に、トラ猫は素早く立ち上がり去っていく。
 信じられない気持ちで振り返ると、芦原が俺を見下ろしていた。
「お、お前、なんでここにっ」
「なんでって、光永をなぐさめるために決まってるだろ」
「でも、みんなから聞いたんじゃねぇの? 俺がメイド服を破ったって……」
「聞いたけど、光永がそんなことするわけないってわかってる」
 当然のように言われ息をのむ。
 なにも説明していないのに、芦原は俺を信じてくれた。それがうれしくて鼻の奥がつんと痛くなる。
「むしろ、俺が光永を疑うって思われてたのがショックなんだけど」
「だ、だって。芦原は最近俺のことを避けてたじゃん……」
 俺が指摘すると、芦原は「あー、それは……。悪かった」とバツ悪そうに謝った。
「光永のメイド服姿がかわいすぎて、あれ以上直視したら理性が飛びそうだったから」
 予想外の言葉に「はぁ?」と口を開く。
「光永のあんなかわいい姿をほかの奴に見せるのはいやだと思った。できるならあのまま連れ去って閉じ込めて俺ひとりでじっくり鑑賞したかった」
「いや、なんかこわいこと言ってるけど」
「せっかく光永がクラスの一員として文化祭に参加してるのに、顔を合わせたらあんなかっこうするの止めてって、綺麗な脚と細い二の腕を晒してふりふりのエプロンつけて接客するなんて許せないって、わがままを言いそうだったから」
「だから、ずっと俺を避けてた?」
 俺が問いかけると、芦原はうなずく。
 思わず脱力して「なんだよ、そんなことかよ」とつぶやいた。
「俺の女装が似合わな過ぎて、愛想をつかされたのかと思った……」
「あんなかわいい姿を見て、愛想をつかすわけないだろ」
 真顔で言う芦原に「やっぱりお前、眼科行け」と悪態をつきながらも、安堵している自分がいた。
 芦原から好意を向けられるのは迷惑でしかなかったはずなのに、うれしくてまた涙腺が緩む。
 涙ぐんでいるのがバレないように、乱暴に腕で目元をぬぐって顔を上げた。
「あの、俺が出てってから、クラスの様子はどうだった……?」
 俺の問いかけに、芦原はうなずく。
「登校してきた西嶋たちが、光永がそんなことするわけないってみんなに言ってた。でも、みんな半信半疑って感じかな」
「あの状況じゃ、俺が犯人だと思われるよな」
 せっかくみんな文化祭のために頑張っていたのに、あの事件のせいでクラスの雰囲気は最悪になるだろう。悲しいし、申し訳ない。
 ぎゅっと手のひらを握ってうつむくと、芦原が「大丈夫だよ」と俺の頭をなでた。
「犯人の心当たりはある。俺がちゃんと話をする」
 そう言ってくれた芦原が頼もしくてやけにかっこよく見えて、胸を打つ鼓動が速くなった。
 俺は小さなころから要領がよかった。相手が自分に何を求めているのかわかったし、勉強も運動も大抵のことは人よりうまくできた。
 気付けば優等生と呼ばれ、まわりから憧れと信頼を集めるようになった。
 欲しいものは簡単に手に入ったからなにかに執着することはなく、誰かを好きになったり腹を立てたりすることもない。穏やかな生活はとても快適で少し退屈だった。
 そんな俺が光永と出会ったのは、高校の入学式。
 真新しい制服に身を包んだ新入生が並ぶ中、ひとりだけ目立つ小柄な男子がいた。
 生まれつき色素が薄いのか、白い肌に茶色の髪。真面目で優秀な生徒が集まるこの進学校で、茶髪の彼はとても目立っていた。
 あれは先生たちになにか言われるだろうなと思っていたら、案の定ひとりの男性教師がみんなの前で彼を注意する。
『そんな髪色この学校には相応しくない。ちゃらちゃら髪を染めるなんてけしからん』
 頭ごなしに怒鳴る教師をまっすぐに見上げ、彼は口を開いた。
『これ地毛なんで、怒鳴られる筋合いないです』
 そのぶっきらぼうな言葉に、教師の頬が赤くなる。
『なんだその生意気な目つきは。お前、明日黒く染めてこい!』
 感情的にそう言われ、彼はさらに眼を鋭くして反論した。
『目つきの悪さと髪の色は関係ねぇだろ』
『口答えするな。反抗的な生徒を指導するのは当然だ!』
『俺は本当のことしか言ってねぇ!』
 たしかに彼は正しい。彼の地毛を染めていると思いこみ、ほかの生徒の前で叱責した教師のほうに非がある。
 だけど、要領わるすぎだろ、と心の中でつぶやく。
 もっとうまく立ち回れば、あんな面倒な状況にならずにすむのに。
『うわ、ヤンキーこわ』
『ガラわる……』
 そのやり取りを遠巻きに見る生徒たちからは、そんな言葉がもれる。
 でも俺は彼から目が離せなくなった。太陽の光に透けた茶色の髪が、とても綺麗だと思った。
 それ以来彼は俺にとって気になる存在になったけれど、接点はまったくなかった。
 学校にいる彼はいつも不機嫌でぶっきらぼう。自分がまわりから浮いていると自覚しているのか、ほかの生徒と関わらないようにしているように見えた。
 そんな彼が体育倉庫の裏で、ひそかに野良猫を愛でていると気付いたのは二年になってすぐのこと。
『お前は目つきが悪くてもかわいがられていいよなぁ』
『俺なんてヤンキーだって誤解されて怖がられてんのによぉ』
 そんな愚痴をもらしながら野良猫をなでる彼の表情は、とても無邪気でかわいかった。
 彼が笑う顔をもっと見たい。驚く顔を、照れる顔を、怒る顔を、たくさんの表情を見てみたい。そんな欲望がこみ上げ戸惑う。
 誰かに執着するのは初めての経験だった。
 何度か偶然を装って話しかけようとしたけれど、『んぁ?』と警戒心むき出しの野生動物のような視線を向けられ、無理に近づいても逆効果だと諦めた。
 悩んだ末に俺はある作戦を思い付き、光永と距離を縮めることができた。
 そして今、クラスメートから疑いをかけられ、傷つき涙ぐむ光永を見下ろす。
「犯人の心当たりはある。俺がちゃんと話をする」
 俺がそう言うと、光永の目にまた涙が浮かんだ。
 光永のいろんな表情を見てみたい。そう願っていたけれど、彼が俺以外の誰かのせいで泣いている顔なんて見たくないんだよ。
 心の中でそうつぶやきながら彼を陥れた相手への苛立ちを押し殺し、光永を安心させるために笑顔を作った。

 その日の放課後、ほかの生徒が帰ったのを見計らい光永のクラスに入る。
 そこには眼鏡をかけた真面目そうな女子がひとりで席についていた。今朝、光永が破れたメイド服を見つけた時、最初に教室に入って来た生徒だ。
「残ってもらってごめんね」
 柔らかい口調で話しかけると、彼女は緊張した様子でこちらを見る。
「な、なんの用ですか……?」
「今朝のことを聞かせてもらおうと思って」
「私はなにも。登校したら光永くんがメイド服を破いていたのを見ただけです」
「嘘をつかなくていいよ。メイド服を破いて光永に罪を着せたのはきみでしょう?」
 俺の問いかけに、彼女は驚いたように息をのんだ。
「て、てきとうなことを言わないでください! なんの証拠があってそんなこと……」
「俺はみんなの信頼を集める生徒会長だから、校内に設置された防犯カメラを見ることができるんだよね」
 にこやかな笑みを浮かべたまま言うと、女子生徒の表情が青ざめるのがわかった。
「で、でも、教室内にはカメラはないし……っ」
「そうだね。実際に服を破るところは撮影されていないけど、きみが光永が登校する二十分も前に校舎に入った記録は残ってる。そんなに早く登校して、ひとりでなにをしていたの?」
 俺の追及に、彼女は唇を噛んで黙り込む。
「それから、光永の私物を盗んでいたのもきみだろ?」
「……っ」
 彼女は答えなかったけれど、動揺で肩が跳ねるのがわかった。
「光永の消しゴムやペンが頻繁になくなるって聞いた時、最初は俺に好意を寄せる女子からの嫌がらせかもしれないと思った。だけど、あのクラスの中でひとりだけ、俺に悪意がこもった視線を向ける奴がいた。光永に近づく俺が邪魔で苛立ってるような視線」
 そう言って一度言葉を区切り、息を吐き出す。
「きみは光永が好きで、自分に意識を向けてほしくて嫌がらせをしていたんだろ」
 それまで浮かべていた笑みを消し、冷たい表情で女子生徒を見下ろした。
「そ、それは……」
「好きな相手を傷つけるなんて、とても理解できない」
 俺の言葉を聞いた途端、彼女の顔がかっと赤くなる。
「あ、あなたみたいになんでも持ってる人に、私の気持ちなんてわからないですっ! ずっと光永くんが好きだった。だけど、告白して拒絶されるのが怖くて、見守るだけで我慢してたの! それなのにあんたみたいな男が慣れ慣れしく近づいて、光永くんが誰かのものになるなんて許せなくて……!」
 声を荒らげた彼女を、まっすぐに見つめ口を開いた。
「好きになってもらう努力もせず、相手を陥れて孤立させることで満足するきみの気持ちなんて、わかりたくもない」
 低い声で切り捨てると、彼女はぐっと唇を噛む。そんな彼女の前にスマホを差し出し画面を見せた。
「今のやりとりは記録してる。この動画をみんなに公開するか、メイド服を破いたのは自分だと名乗り出て謝罪するか、どちらがいいか選んで」
 俺の言葉に女子生徒は唇を噛んでから、「……謝るから、その動画をほかの人に見せるのはやめてください」と悔しそうに頭を下げる。
 その姿までしっかり映っているのを確認して、録画を止めた。
 息を吐き出し「それから」と付け加える。
「俺の光永への気持ちは、きみみたいに見守るだけで満足するようなぬるい好意じゃないから。この先きみがまた光永を傷つけるようなことがあったら、容赦しない。覚えておいて」
 静かに告げると彼女は息をのみ、何度も首を縦に振った。

 翌朝。暗い表情の光永と一緒に登校する。
 光永は昨日みんなから疑われたことがショックで、教室に入るのが怖いようだ。
 そんな彼の背中に手を添え「大丈夫だよ」と優しく笑いかける。
「犯人はちゃんとわかって、話はつけてあるから」
「話って……?」
「心配しなくて大丈夫」
 そんな会話をしながら光永のクラスに入る。教室にはすでにあの女子生徒がいて、俺と目が合うと「ひっ」と肩をはねさせた。
 そのおびえた視線に、わかっているよね?というようににっこりと笑い返す。彼女は覚悟を決めたように立ち上がり口を開いた。
「あの、みんなに話をしないといけないことがあって……」
 その言葉に、視線が彼女に集まる。
「昨日、メイド服を破いたの、私なんです」
 小さな声で告白すると、クラス中にどよめきがおこった。
「え、昨日あんなに光永くんを責めてたくせに」
 ひとりの言葉をきっかけに、みんな彼女を非難しはじめる。
「自分で破いて人のせいにするって最低じゃない?」
「意味わかんない」
「どうしてそんなことわけ?」
「ちゃんと謝んなよ」
 口々に責められた彼女は、青ざめながら頭を下げる。
「ごめんなさい、私――」
 彼女の声は震えていた。
 その言葉を遮るように、「わざとじゃないよな?」と大きな声が響いた。
「たまたま破いちゃって、驚いてその場にいた俺のせいにしちゃったんだろ?」
 そう言って彼女をかばったのは、光永だった。
 お人よしな光永は、みんなから責められる女子生徒を見ていられなくて、咄嗟に口を挟んでしまったんだろう。
 眼鏡の女子生徒は「光永くん……」と戸惑いながら彼を見つめる。
「俺も動揺して、ちゃんと説明できなくて悪かった。せっかくみんなで文化祭の準備頑張ってたのに、俺が昨日教室から逃げ出したせいで空気悪くしてごめん」
 光永の言葉に、クラスの空気がふわっとゆるんだ。
「なんだ、そうだったんだ」
「わざとじゃないなら素直に言ってくれればいいのに」
「俺たちも、光永から事情を聞かずに責めて悪かった」
 みんなからそう言われ、女子生徒の肩から力が抜けた。
「光永くん……、本当にごめんなさい」
 涙をこらえながら謝られた光永は、「別に」と首を横に振る。
「俺、目つきも口も悪いし、嫌われてるのは慣れてるから」
「き、嫌ってなんていないよ。むしろ好きだし、今もかばってもらえてさらに惚れたっていうか……っ」
 頬を赤く染めた彼女を見て、俺は光永の前に割り込み口を開いた。
「光永に感謝する気持ちはわかるけど、そのくらいにしておこうか」
 にこやかに笑いながら見下ろすと、彼女は「ひ……っ」とつぶやき青ざめる。
 昨日しっかり釘をさしたつもりが、お人よしな光永のせいで彼女の恋心がよけい大きくなってしまったようだ。彼女が光永に近づかないように、気を付けておく必要があるな。
 なんて冷静に考えていると、委員長の女子が「でも」と困ったようにつぶやいた。
「結局メイド服はダメになっちゃったよね。どうしようか」
「もう一着買う予算はないし……」
 その言葉を聞いて「そういえば」と笑顔で口を開く。
「何年か前の文化祭で使ったやつだと思うんだけど、生徒会室にメイド服があったんだよね」
 そう言って、メイド服を取り出す。
 もともと光永が着る予定だったミニ丈のものではなく、ロングスカートのクラシカルなデザインのメイド服。首元までしっかりボタンがあり、袖も手首まで、スカートは足首まで隠れ、肌の露出もない。
「どうかな」と光永の体に当ててみせると、教室中が盛り上がった。
「え、めっちゃ似合う!」
「美人でかっこいいメイドさんって感じ!」
「よかった~。これで光永くんにもメイドになってもらえるね」
 よろこぶクラスメートをよそに、光永本人は「結局女装することになるのかよ」とふくれっ面をしていた。
 でもその頬は少しだけ赤らんでいて、無事文化祭に参加できることをよろこんでいるのが伝わってきた。
 あー、本当にかわいい。
 心の中でつぶやいていると、西嶋があきれたように俺を見る。
「芦原。お前、用意周到すぎてこえぇわ」
 そのつぶやきに「なんのこと?」と笑顔で返すと「なんでもない」と西嶋が首を横に振った。
 アクシデントを乗り越えなんとか迎えた文化祭当日。うちのクラスのメイド喫茶は異様なほどの大盛況だった。
 かわいいふりふりのメイド服を着た女子たちが接客してくれるのもあるけど、ほとんどは『目つきの悪いメイドが罵倒してくれる』という噂を聞いてやってきた客だ。
「食べ終わったなら、さっさと帰れ! ほかの客が待ってんのが見えねぇのか」
「勝手に女子の写真撮んな! うちの店は撮影禁止なんだよ!」
「もえもえきゅん、なんてふざけたこと言えるかバカ!!」
 上品でクラシカルなメイド服姿で怒鳴り散らす俺がなぜか大うけして、廊下には長蛇の列ができていた。
「光永くんのおかげで、うちのクラスの売り上げやばいんだけど」とあちこちからうれしい悲鳴が聞こえる。
「もう、忙しすぎて疲れた……」
 慣れないロングスカートを履いて、生まれて初めてのメイクをされ、ウイッグまでかぶっている。そんな格好で朝一から接客というか怒鳴り続け、もう体力の限界だ。
 短い休憩をもらい熱気のこもった教室を出て、校舎の奥に向かう。ひと気のない階段に座りはぁと息を吐き出すと、「光永のクラス、大盛況だね」と芦原がやってきた。
 どうせまた、西嶋あたりに俺の居場所を聞いたんだろう。
「盛況すぎて倒れそう。なんでこんなに混むんだよ」
 不満をもらした俺を見て、芦原がくすくす笑う。
「こんなかわいいメイドさんに怒鳴ってもらえるんだもん、仕方ないよ」
「だから、そろそろ本気で眼科行け」
 そんな悪態をついても甘い視線を向けられ、落ち着かない気分になる。
 メイド服が破られる事件が起こった日から、俺の心臓はなんだかおかしい。芦原の顔を見るたび、きゅっと苦しくなってうまく言葉がでなくなる。
「芦原も忙しい?」
「そこそこかな。進行はほかの人に任せてるし、俺はアクシデントがあったときに駆けつけたり来賓に挨拶をしたり……。ミスターコンテストには出ろって言われてるけど」
「そんなの、コンテストするまでもなくお前が優勝だろ」
 あきれながら言うと、芦原が俺の顔をのぞきこむ。
「それって、光永は俺のことかっこいいって思ってくれてるってこと?」
「そうだけど……」
「まじで? うれしい」
 芦原の整った顔に笑みが浮かんだ。
 誉め言葉なんて聞き飽きているはずの芦原が、俺のひとことでこんなによろこぶなんておかしいだろ。
 あきれながらもまた心臓が落ち着かなくてむずむずしてくる。
 そんな話をしていると、「あ、芦原くん見つけた!」と文化祭の実行委員の女子がやってきた。
「なにかあった?」
「ミスターコンの参加者のアンケート。芦原くんだけ答えてもらってなかったから、今聞いちゃってもいい?」
 お願いされた芦原は「いいよ」とうなずく。
 生年月日に身長、血液型、性格診断のタイプなどよくある質問に続き、「好きなタイプは?」とたずねられた芦原は「そうだな」とつぶやいた。
 一体なんて答えるんだろう。少し緊張しながら聞き耳を立てる。
「正直な人」
 芦原の答えを聞いて、思わず息をのんだ。
「正直な人?」
「うん。自分の気持ちにまっすぐな人が好き、かな」
 実行委員の女子は「ありがとう。助かった」と笑顔を見せて駆けて行く。
「ごめん。話の途中で」
 俺を振り返り謝ってくれた芦原に、動揺しながら首を横に振った。
 芦原は正直な人が好きなんだ……。
 俺は芦原に罰ゲームで告白をして、未だに嘘だと言えてなかった。嘘だといえば、芦原を傷つけるんじゃないか……なんて言い訳を並べて、先延ばしにし続けた。
 正直に話すタイミングはいくらでもあったのに。
 こんな卑怯な俺を知ったら、きっと芦原に嫌われる。
 罪悪感と後悔で胸のあたりが引き裂かれるように痛んだ。
「光永?」
 黙り込んだ俺の顔を芦原が不思議そうにのぞきこむ。
 軽蔑されても責められても、ちゃんと伝えなきゃだめだ。正直に言って謝らなきゃ……。
 覚悟を決め顔をあげた。
「……芦原。今日文化祭終わってから、少し話できる?」
 俺が切り出すと、芦原は笑顔で「いいよ」と言ってくれた。
「おーい、光永。そろそろ戻ってもらっていいかー?」
 クラスの男子が俺を呼ぶ声が聞こえ、慌てて階段から立ち上がる。
「光永、頑張れよ」
 その言葉にうなずいて、前を向いて歩きだした。

 メイド喫茶は大盛況すぎて、売るものが底をつき予定よりも早く終了した。
「お疲れ様~」
 みんなからねぎらいの言葉をかけられ、ぐったりしながらウイッグを外し制服に着替える。
「はぁー。やっぱズボン最高。もう二度と女装なんてしねぇ」
 そうつぶやくと、春田に「えー、もったいない」と残念がられた。
「来年もヤンキーメイド喫茶で大儲けしようって盛り上がってるのに」
「そんなにやりたきゃ春田がメイドしろよ」
「俺はかわいいから光永みたいにガラ悪く怒鳴れないもん」
 そんな会話をしていると、工藤がやってくる。
「中庭のステージでこれからミスターコンはじまるって」
「芦原が出るやつ?」
「そう。ついでに西嶋も」
「あの無気力な西嶋がコンテスト出るのめずらし」
「運営に焼肉おごるから出てってつられたらしい」
「見に行く?」
 その問いかけに「見に行く」とうなずき三人で中庭に向かった。
 
 中庭に作られた特設ステージには、たくさんの人が集まっていた。
 選ばれたイケメンたちを拝みたい女子や、お祭り騒ぎを楽しむ男子たちで、会場はとても盛り上がっていた。
 手作りなのか、芦原の名前が入ったうちわを持った女子もいる。
 離れた場所からステージを見ていると、何人かの生徒が俺に気付き「あ。ヤンキーのメイドさんだ」と笑顔で手を振ってきた。
「メイドはもう終了したから愛嬌振りまかねぇぞ」
 俺がぶっきらぼうに言うと「あはは。メイドの時も愛嬌皆無だったじゃん」と笑われる。
「なんか、光永一気に学校に溶け込んだね」
「よかったな」
 春田と工藤に、子供の成長を見守る親のような生あたたかい目を向けられ、居心地が悪くなった。なんだか妙に恥ずかしい。
「コンテストまだ始まらないみたいだから、ちょっとジュース買ってくる」
 落ち着かなくてふたりの元を離れて歩きだす。中庭から校舎に入る非常口へ向かうと、背の高い男ふたりが話しているのが見えた。芦原と西嶋だと気付く。
 コンテストが始まるまで待機しているんだろう。
 声をかけようかな。でもちょっと気まずいし……。そう思っていると、西嶋が芦原に「罰ゲーム告白の計画、大成功じゃん」と言うのが聞こえた。
 思わず足を止める。
 罰ゲームって、なんでそのことを芦原に……?
 動揺する俺に気付かず、西嶋は話し続ける。
「罰ゲームで光永に告白させて、知らないふりしてOKして、順調に距離を縮めて。優等生の芦原にずっと騙されてたって知ったら、光永は驚くだろうね」
 その言葉に、芦原はなにも言い返さなかった。
 驚きも反論もしないということは、芦原は俺の告白が罰ゲームだったって最初から知っていたんだ……。
 混乱で頭が真っ白になる。動揺のあまり足がふらつき、がたんと音をたててしまった。
 物音に気付いた芦原がこちらを振り向き顔色を変える。
「光永、今の話……」
 声をかけてきた芦原を無視して、きびすを返す。
 それと同時に、「ミスターコンの参加者はステージ裏に集まってください」というアナウンスが流れた。
 芦原はきっとコンテストに出て優勝するだろう。女子たちからキャーキャー言われるんだろうな。
 そんな想像をしながら必死に足を動かし涙をこらえる。
 俺に芦原を責める権利なんてない。俺だって罰ゲームだと言いだせず、嘘をつき続けてきた。
 だけど、芦原が俺に言った好きという言葉は全部嘘で、俺をからかって面白がっていただけなんだと思うと、悔しくて悲しかった。
 どうしてこんなに心臓が苦しいんだろうと不思議に思い、あぁこれが胸が痛いってやつかと納得する。
 テレビや漫画でよく見る、人を好きになって切なくて苦しくてどうしようもなくなるやつ。
 熱い涙が頬を伝うのを感じながら、いつの間にか芦原のことを好きになっていたんだと気付く。
 冗談で好きだと言われて真に受けて、騙されているのに気付かず本気で惚れるなんて。
「ばかみてぇ」
 そうつぶやいた時、後ろから手をつかまれた。
 驚いて振り返ると、息を切らした芦原が俺の手を掴んでいた。
「な……っ」
 なんでここにと目を見開く俺に、芦原が必死な表情で口を開く。
「光永、話を聞いてほしい」
「いや、そんなことより。お前、ミスターコンに参加するんじゃ……」
「そんなのどうでもいい」
「ど、どうでもよくないだろ」
 ステージの前にはお前の登場を楽しみにしている女子がたくさんいたのに。
 困惑していると、芦原はまっすぐに俺を見つめた。
「光永より大事なものなんてない」
 真剣な口調でそう言われ、また胸が苦しくなった。
「や、やめろよもう!」
 たまらずそう怒鳴り、掴まれた腕を振り払う。
「そんな嘘をついて、まだ俺を騙そうとするのかよ!」
「光永、話を聞いてほしい」
「話なら聞いた。お前、俺が罰ゲームで告白したって最初から知ってたんだろ? 好きだって嘘をついて優しくするふりをして、動揺する俺のことをおもしろがってたんだろ⁉」
「光永に言った言葉は全部本気だよ。ひとつも嘘はついてない」
「じゃあどうして……っ!」
「ずっと好きだったんだ」
 芦原の視線が熱をおびるのがわかった。こわいくらいまっすぐに、俺の事を見つめて口を開く。
「ずっと光永が好きだった。親しくなりたいと思ってもなかなかうまくいかなくて、光永と話すきっかけを必死に考えた」
「それが、あの罰ゲーム……?」
「あぁ。罰ゲームで告白されて信じたふりをしたら、お人よしの光永は俺のことをすぐには振れないだろうと思って、西嶋たちに協力してもらった」
「ってことは、あいつらも知ってたのかよ!」
 西嶋たちが罰ゲームで芦原に告白するなんて言いだしたのは、こいつの差し金だったのか。約束の場所がいつの間にか変わっていたことも納得だ。最初からあいつらは、ネタバラシするつもりなんてなかったんだ。
「光永の優しさにつけこんでそばにいて好意を伝えて、俺のことを意識してもらおうって必死だった」
 学校中の生徒が憧れる芦原が、俺のためにそんな回りくどくて卑怯なことをするなんて……。
「ば、ばかじゃねぇの? 好きなら好きって言えばいいだろ」
 あきれてそうつぶやいてしまう。
「もしストレートに好きだって伝えたら、光永はOKしてくれた?」
 その問いかけに少し考え「いや、絶対に断る」と結論を出す。
 だって、完全無欠の優等生からの告白なんて信じられるわけがない。
 それに俺たちは男同士だし、優等生とヤンキーじゃ共通点もない。どう考えたって、付き合うという選択肢は出てこない。
「俺も、ただ告白するだけじゃ受け入れてもらえないだろうなと思った。だから親しくなって俺の事を知ってもらうためにはどうすればいいのか考えたんだ」
 その結論が、俺に罰ゲームで告白させその罪悪感につけこんで距離を縮める作戦だったらしい。頭のいい芦原らしい計画的な考えだけど……。
「策士すぎてこわっ」
 俺が思わずそうつぶやくと、芦原がショックを受けた顔をする。
「っていうか、ずっと好きだったって、いつから?」
「気になり始めたのは入学式の時かな」
「長っ!」
「先生から注意されても自分の気持ちを曲げない光永から目が離せなくなった。日に透けた茶色の髪が綺麗で、あの髪に触れたいってずっと思ってた」
 だからこいつ、なにかにつけて俺の頭をなでてきたのか。
「そっからずっと好きだったなんて、執着心が強すぎねぇ!?」
「一途って言ってよ」
「お前の重すぎる気持ちはそんな綺麗な言葉でくくっちゃいけない気がする」
「純愛だからね」
「めげねぇな!」
 思わずぷっとふき出すと、芦原が俺の方に手を伸ばした。
「光永、抱きしめていい?」
「……やだ」
 拒否したのに、芦原は俺を抱きしめる。芦原の胸の中に閉じ込められ鼓動が速くなったけど、誤魔化すように悪態をつく。
「人の言うことを聞く気ないなら、最初から確認するなよっ」
「俺は小さい頃から優秀で、自分がどういう振る舞いをすれば周りがよろこぶのかわかってたんだ。だから優等生でおりこうだってみんなから褒められた」
「なに、その突然の自慢!」
「でも、光永を前にするとどうしていいのかわからなくなるんだ。頭をなでたいし抱きしめたいし、甘やかしてかわいがって俺から離れられなくなるくらいドロッドロに溺愛したい」
「その整った顔で怖いこと言うのやめねぇ!?」
「そんな俺の本性を知ったら、きっと光永に拒絶される。そうわかってるのに、光永のそばにいればいるほどどんどん好きになって、気持ちが止められなくなってる。光永、本気で好きだよ」
 ぎゅっときつく抱きしめられると、芦原の心臓の音が聞こえた。
 ものすごい鼓動の速さに、芦原も緊張してるんだと気付く。
 本気で俺を想ってくれているんだ。そんな気持ちが伝わってきて、胸のあたりがぎゅうっと締め付けられた。
 さっき感じた切なさや悲しみとは違う、苦しくて甘い感情。たぶん、これが愛おしいって気持ちなんだと思う。
 芦原は完璧だけど全然完璧じゃなかった。
 腹黒いし強引だし計算高いし若干ヤンデレの気配を感じるし……。
 でもこの厄介な部分をほかの人には知られたくないと思ってしまう俺は、たぶんどうしようもないくらい、芦原のことが好きなんだと思う。
 まんまと芦原の作戦にはまってしまったことに、若干のくやしさを感じながら顔を上げる。
「芦原」
 緊張しながら名前を呼ぶと、芦原は腕を緩め俺の顔をのぞきこんだ。
 ごくりと息をのみ、口を開く。これから言うのは、二カ月前に芦原に告げたのと同じ言葉だ。
「俺、お前のことが好きだ」
 俺が告白しているのは、小柄でかわいらしい女の子……ではなく、百六十七センチの俺よりも十センチ以上背が高く顔のいい男だった。
 成績もよくて性格もよくて顔もスタイルもよくて、そのうえ運動までできる、憎らしいほど完璧な男。
 だけど同じくらい厄介で強引で腹黒いのも知っている。
 そんな芦原を見上げながら、今度は罰ゲームじゃなく本当の気持ちを口にする。
「――だから、俺と付き合ってください」
 勇気を振り絞ってそう言うと、芦原の整った顔がふわりとほころんだ。
「うれしい」
 愛おしくてたまらないという表情で見つめられ、胸がいっぱいになる。
「光永から告白してくれるなんて、夢みたいだ」
 芦原はそう言って、俺のことを力いっぱい抱きしめた。


罰ゲームで優等生に告白したら、全力で溺愛されました END

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