序章 「冷たい川の中で」
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いつもの食堂。使い込まれたテーブルには、たばこの焦げ跡や醤油の染みが点々と残り、たばこの焦げ跡のあるビニールのクロス、半分も詰まっていない割り箸立。壁には色褪せたメニューが何年も張り替えられずに貼り付いている。男はA定食を機械的に口に運んでいた。食べることに喜びはなく、排せつ行為と同じ様に毎日の行動習慣に過ぎない。いつもの時間、いつもの動作、覇気のないその男の惰性人生の延長にすぎないと。
男の名は平田 啓介、かつては元大手企業に勤め社会的には恵まれた立場にいた。だが、今はその面影はない。

テレビの音だけが薄暗い店内にぼんやりと響く。湿った川沿いの映像が画面に映し出され、ニュースキャスターの冷ややかな声が社会とのわずかな繋がりを保っているように感じられる。

「○○市内の川で女性の遺体が発見されました。警察の調べによると、この女性は先月娘の花音(かのん)ちゃん(4歳)が栄養失調で亡くなったネグレクト事件の保護責任者遺棄致死罪で裁かれている川村麻美さん(34歳)とみられており、遺体の状況から今回の件は自殺と見られていますが——」

「嫌な話だねぇ。自分の子を殺しておいて今さら自殺だなんて」
カウンター越しに皿を洗っていた店主が、手を止めることなく呟いた。誰かに話しかけるでもなく、ただニュースに反応しただけだ。
男は箸を止め、無表情のままテレビに視線を移した。その顔には深い疲労の影が刻まれ、どれほど長くこの状態で生き続けてきたのか、すでに自分でも分からない。ニュースで聞いた名前に微かに瞼が動いた。

「あの女が死んだ……」

男は小さく呟き、冷めかけた味噌汁に手を伸ばして一口飲んだ。冷たい液体が胃に染み渡る感覚で、心に波一感情を押し殺した。
 テレビの画面は別のニュースへと移ったが、男の脳裏には先ほどの映像が焼き付いていた。岩だらけの川辺に遺体を隠しているのであろうブルーシート、その周囲で立ち尽くす警察官たち。
男は箸を置き、ポケットから古びた財布を取り出した。中から1枚の写真を取り出す。くしゃくしゃで端が擦り切れたその写真には、かつての「家族」の姿が写っている。
俺と嫁、そして小さな娘。3人で笑顔を浮かべ、川辺で撮った一枚だ。娘が「この写真、いいね」と言いから写真立てを買ったのを覚えている。だが、その写真立ても今はない。写真だけが、男の手の中に残っている。
「これが幸せのカタチよね」
嫁はその時そう言った。男もそのとおりと思っていた。しかし今、その形は崩れ去り、記憶の断片だけが残っている。
「俺と別れて、幸せにやっていると思っていたのに……二人とも死ぬなんてどういうことだ……」
男は誰にともなく呟いた。その声は、食堂の寂れた空気に吸い込まれていく。胸の内に刺さる棘のような感覚。それが後悔なのか、怒りなのか、自分でも分からない。ただ、鋭く心に突き刺さる。

「どうして、こんなことになったのか、俺に何ができた..」

男は写真を財布に戻し、食べ終わった皿をじっと見つ、ふっと小さく息を吐き、立ち上がって店を出た。
小雨が窓の外を静かに打ち始める。灰色の空は希望を拒絶するかのように重く垂れ込めていた。


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二〇〇五年十二月の最高裁判決で「母親の監護下にある二歳の子どもを別居中の共同親権者である父親が連れ去った行為は略取行為に該当し、違法性も阻却されない」とし、子どもの父親に未成年者略取誘拐罪を適用された、それ以降、実の父親であっても子どもの住んでいる場所を移動させたら、誘拐犯とされる---



第1章 平田 啓介
悲劇の始まり
思い出すのは、幸せだったなにげない日曜日の朝
「みんなを応援!元気のプリキュア!キュアエール!」
花音はプリキュアが好きで正義感の強い子だった
「私が悪いやつを倒すわ」
「そうか、その時はパパもママも救っておくれ」
「いいわ。」
花音は決めポーズをとるとどこかへ行ってしまった。

発端は自分自身に責任がある。しかし、こんな結果になるとは想像していなかった。
平田 啓介—彼は大手IT企業のエンジニアだった。啓介は愛する麻美と娘、3歳の花音(かのん)と共に慎ましいながらも幸せな家庭を築いていた。しかし、数年前、夫婦間のすれ違いが原因で別居を余儀なくされ、娘と離れて暮らす日々が始まった

家庭の崩壊

付き合いだしたころから、麻美は疑り深く拘束するタイプで、1日何度もLINEをやりとりして、連絡なく帰りが遅かったり、LINEの返事が遅いと怒り出した。それでも啓介は、そんなやり取りもいつしか慣らされ子供ができたことをきっかけに結婚をした。可愛い花音が生まれてからは啓介も一緒に育児をして穏やかな数年が経った。花音がもうすぐ3歳になるという時期に、啓介は会社でリーダを任され、残業が増え、帰宅はいつも深夜になった。はじめは理解を示していた麻美もずっと家には幼い娘と二人きりでなんとかならないのかこぼすようになった。
娘は可愛いが、まだ幼く、手がかかる年頃だった。啓介は仕事のストレスや家計の不安、そして、麻美の気まぐれな行動に振り回される日々に限界を感じ始めていた。
「どうしてもっと家にいてくれないの!」
麻美は感情の起伏が激しく、突然理不尽な怒りを啓介にぶつける。最初はその言葉を受け止めようと努めた啓介も、次第に疲弊し、言い返すようになる。
「俺だって必死に働いてるんだ!子育てはお前の役目だろ!」
言ってはいけない一言、夫婦の間に亀裂が生まれる。

そんな中、啓介は単純で致命的な過ちを犯す。職場で家庭の愚痴をこぼしていた若い部下の女性と浮気をしてしまったのだ。それは一時の迷いだった。家庭への欲求不満や孤独感に耐えきれずに踏み出した行動だったが、啓介は嘘が下手で、すぐに浮気が露見した。
麻美は激怒し、夫婦の関係はさらに悪化する。娘の前での怒鳴り合いは日常になり、家の中の空気は冷え切ったものとなった。

別居と親権を巡る離婚調停

家の中でもまともに口をきかなくなった。そしてある日、とうとう離婚届を突きつけてきた。
「サインしてよ。もう限界なの」
そんな言葉を言われた時の衝撃は今でも鮮明に覚えている。まだなんとか修復できるはず啓介の考えは甘かった。
離婚届にはサインせず、話し合いを続けるつもりだった。だが、嫁の方は弁護士を立て、調停を始めると言い出した。仕方なく俺も弁護士を雇ったが、向こう側の態度は容赦なかった。調停の場で初めて聞かされたのは「DVの可能性がある」という言葉だった。
俺がDV?
信じられなかった。手を挙げたことなんて一度もない。それなのに、向こうの弁護士は言葉巧みに俺を追い詰めてきた。
「以前、奥様と口論になった時にどんな言葉を使いましたか?」
「思い出してみてください。それは言葉の暴力ではありませんか?」
俺はただ、仕事のことで疲れていた日、つい口を滑らせただけだったはずだ。「いい加減にしろよ」とか、「こっちだって大変なんだ」とか、そんな他愛もない言葉だったと思う。だが、向こうの弁護士はそれを「精神的な虐待」と決めつけた。そして、麻美はその言葉を信じ込んでしまったようだった。
結局、調停は俺にとって不利な形で終わった。それまで月一の娘との面会も取り上げられ、毎月の養育費だけが俺に課された。

誕生日の決断
娘との接触を制限されたことは啓介にとって何より辛かった。遠くから彼女の成長を見守ることを続けていた。しかし、今年の誕生日だけはどうしても直接会いたかった。
啓介は意を決して、元妻が暮らすアパートを訪れることにした。娘の誕生日プレゼントを手に、こっそりとアパートの近くで待機していた。そして、夕方、麻美が買い物に出かけた隙を見計らい、アパートに忍び込んだ。
部屋の中で啓介を見つけた花音は驚きながらも、久しぶりの父親との再会に目を輝かせた。「パパ!」と無邪気に駆け寄ってきた娘の小さな体を抱きしめた瞬間、啓介の心は溢れる喜びで満たされた。彼はそのまま娘を連れ出し、自分の住むアパートに向かった。
しかし、これが悲劇の始まりだった。
逮捕と裁判
麻美が帰宅して娘がいないことに気付き、警察に通報。数時間後、啓介は未成年者略取誘拐罪の容疑で逮捕された。啓介にとってはただの家族との時間を取り戻したかっただけだったが、法律はそれを許さなかった。
裁判では、啓介の行動が元麻美との取り決めを破り、娘の安全を脅かしたと判断され、執行猶予5年の有罪判決が下った。この判決により、啓介は会社を解雇され、社会的信用も失った。
自暴自棄の日々
啓介の生活は一変した。仕事も失い、世間から白い目で見られる日々。自分の行動を悔やみつつも、娘への愛情だけが彼を支えていた。しかし、そんな啓介にさらなる悲劇が襲う。
数か月後、啓介の元に信じられない知らせが届く。娘がネグレクトで亡くなったというのだ。正確な状況は不明瞭で、啓介はその知らせを受けた瞬間、全身の力が抜けるような感覚に襲われた。
そして麻実まで・・・
彼は自分を責め、いままでの自分の行動を呪った。
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第2章 川村 麻美
「女性の未来を守る、安全な場所――〇〇市のDVシェルター」
テレビで流れるワイドショー

小綺麗でそつがない女子アナウンサーと芸人上がりの司会者が世界のすべてが注目してるような口ぶりで?紹介をする
「本日は、DV被害に苦しむ女性を支援する都内のシェルターの活動に注目します。こちらの施設では、暴力から逃げる女性たちに新たな希望を提供しています。彼女たちの身の安全を守るためにも住所は詳しく申し上げられませんが、本日は普段は見られない施設の中身についても紹介いただけます」
 VTR画面は、広々としたエントランスホールを抜けて、いくつものソファが置かれている広間へ。そこでくつろぐ母子や、施設スタッフと笑顔で会話する女性たちの姿が、顔にぼかしがかけられた状態で映し出される。
「このDVシェルターは、家庭内暴力から逃れたいと願う女性たちを支える施設です。年間200人以上が相談に訪れ、その多くが新しい生活を始めています。」
レポーターが興奮気味に状況を伝える
「夫から暴力を受け、命の危険を感じていました。でも、この施設で支えられ、本当に救われました。」顔にぼかしをかけられた女性が答える。
「私たちは、女性が安心して生活を再構築できる環境を提供することを使命としています。」シェルターに勤める女性が呼応するように言う。

「近年、家庭内暴力に苦しむ女性の数は増加傾向にあります。政府もこうした施設への支援を強化する方針を示しています。」女子アナが占めくくる
「本当に素晴らしい取り組みですよね。こうした施設がもっと増えていくといいですね。」
司会者が常識人ぶって答える。


育児疲れ
 結婚して「平田 麻美」だったあの数年間、いい時期もあった。子供ができてすぐのころ。
「あのころは、本当に幸せだった。」
 私さえ我慢さえすれば、あの日々は崩れることはなかったのか、何度も考えるそんなことはない。
画面の割れたスマホにある写真家族を次々にスワイプしながら、彼女はぼんやりと過去の日々を振り返る。川辺で3人が写った写真の画面でスワイプするのをやめる。
 娘がいい写真だって言いだしたから、プリントアウトしてテレビの横に飾っていたのを思い出した。
彼女の啓介は誠実で勤勉だと思っていたし、その通りの行動をとっていた。あの時までは。写真の娘は小さな手で彼女のスカートを掴んで、無邪気な笑顔を見せていた。週末には家族で公園へ行き、娘が噴水で遊ぶ姿を見て・・・、だから、彼女はこの頃は、この先延長上に明るい未来があると心から思っていた。

しかし、その幸せは長くは続かなかった

啓介は優しさの中に疲れを滲ませるようになった。残業が増え、娘と二人だけの家
娘は可愛いが、まだ子供。
「どうしてもっと家にいてくれないの!」
昼間は娘と二人っきりの部屋。帰宅直後の啓介にぶつけることしかできなかった。
「俺だって必死に働いてるんだ!子育てはお前の役目だろ!」

そんな不毛な日々を繰り返してる時に、啓介が浮気をしたのだ。裏切られた怒りと二人だけの閉ざされた世界で気持ちをぶつけることもできず、もうどうしたらいいかわからなかった。

カウンセラーとの出会い
「私、一人で育児を頑張ってるのに……どうしてあいつは好き勝手に生きてるの?」
麻美は、そんな思いを募らせながらも、家庭の責任を全て背負い続けていた。もう限界だった。
ある日のこと、小さな我儘を言う娘に手を上げそうになる自分を必死に抑えた。後で深い嫌悪感に襲われ、涙を流した。
「このままじゃ、私が壊れる……」
そんな時、麻美は偶然、地元の育児イベントで心理カウンセラーを名乗る女性と出会う。その女性は柔らかな微笑みを浮かべながら近づき、麻美に声をかけた。
「あなた、すごく疲れているように見えます。お話聞かせてもらえませんか?気持ちを楽にすることができますよ」
麻美は最初、警戒しながらも、その穏やかな声と的確なアドバイスに心を開いていった。
そのカウンセラーは、母親の心の重荷を取り除くような言葉を繰り返し語りかけた。
「あなただけが苦しむ必要ななんてないのよ」
「あなたは頑張りすぎています。家族に尽くすのも大切ですが、自分をもっと大事にしてください。」
「女性はもっと自由で、社会的に自立する必要がある。」
心地よい言葉は、麻美の心に救いのように響いた。自分の苦労を誰も理解してくれないと思い込んでいた彼女は、その言葉に救われた気がした。
次第に麻美の中で、啓介への不満が増幅していく。
「彼は私の苦労なんて分かってくれない。」
「私だって一人で生きていける。」

そのカウンセラーは夫の行動を「支配的だ」と指摘し、距離を置くことの必要性を麻美に説く。その言葉を信じた麻美は、ついに離婚を考え始めた。カウンセラーへの信頼は日増しに強くなり、啓介との関係を修復するという選択肢は、彼女の中で徐々に消えていった。


カウンセリング
麻美は週に一度、カウンセラーのもとを訪れるようになっていた。
カウンセリングルームは、暖色の照明と柔らかい椅子が配置された安心感のある空間。その部屋は彼女に心地よさを与えていたが、次第に思考を支配する場となっていく。
カウンセラーは親身な態度で話を聞きながら、冷静に彼女の感情を整理する。
「旦那ががそんな態度を取るのは、あなたが依存的だと思い込んでいるからかもしれません。」
「女性が幸せになるには、自分自身で立つことが大切です。」
この言葉に、麻美は救われる思いを抱いた。
 麻美は、啓介との話し合いではなく、カウンセラーに助けを求めるようになる。
「彼と話しても無駄です。何も変わらない。」
「そうですね、彼はあなたの心を理解できないのでしょう。距離を置くことが最善です。」
カウンセラーは冷静な態度でそう答え、さらに母親の心の奥底を突くような話術を用いる。
「あなたの娘さんも、きっとあなたが自由で幸せになる姿を望んでいるはずですよ。」
これを聞いた麻美は、次第に「離婚」という選択が正しいのだと確信していく。



離婚の決意

カウンセリングを受け始めて数カ月後、麻美はついに啓介に別居を申し出る。
「あなたと暮らすのはもう限界。娘と2人で暮らしたい。」
啓介はショックを隠せず、何とか説得しようとするが、麻美の意志は固かった。
「これは私の人生のためでもあるの。私を支配しないで。」
「別れるって、どこに住む気だよ」
「自分たちのことは自分で考えるわ」

啓介との口論が増えていた時期、彼らは啓介の些細な発言や態度を「言葉の暴力」としてDVにあたるとして、DVシェルターでの保護できるようになった。とにかく、別々に暮らしなさいと、そして数週間後、母親と娘は啓介のもとを去った。


DVシェルターでの保護
シーン:DVシェルター所長との対話

冬の日差しが薄く差し込むDVシェルターの面会室に、麻美は少し緊張した面持ちで座っていた。温かみのある木目調の家具と、壁にかけられた「全ての女性に平和を」というスローガンが、どこか安心感を醸し出している。

「お待たせしました。」
静かにドアを開けて入ってきたのは、この施設の所長小野寺修一だった。
180センチほどの背丈に、がっしりとした体格。それでいて、黒髪は短く整えられ、清潔感のある深いグレーのスーツがよく似合っている。威圧的ではないが、その堂々とした立ち姿には、自然と安心感を抱かせる何かがあった。
「こんにちは。初めまして、ご事情は須藤より聞いております。」
落ち着いた低い声には、不思議と緊張が和らぎ、信頼できるという印象を与える温かさがあった。
促されるままにソファに腰を下ろすと、小野寺も向かいのソファに静かに座り、親しげな笑顔を浮かべた。その微笑みは飾り気がなく、自然体で、相手を包み込むような柔らかさがある。
「まずは、あなたがどんな状況でここにたどり着いたのか、少しだけ聞かせてもらえませんか? 無理に話さなくてもいいんです。ゆっくり考えながらで大丈夫ですよ。」
小野寺はそっと湯気の立つカップを差し出す。

室内には、時計の針の音がかすかに聞こえる程度の静けさが漂っていた。
麻美はゆっくり今までの状況を説明する

「あなたは、これまで本当によく頑張ってこられましたね。」
言葉に込められた真摯さと同情が、相手の心に静かに染み入る。

そして、啓介のもとをでて、娘とここに入ることを決める
施設は保育所も完備していて、外に出ることなく安心して生活することができた
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結末: 新しい依存と
しかし、離婚調停が落ち着き、親権が完全に自分のものになると、DVシェルターから出て社会進出と独立を促された。
 ずっと楽していても駄目だなと麻美は納得し、DVシェルターを出て、アパートでの新生活を始めた。決して快適なものではなかったが、母親はカウンセラーに話すことで自分を保っていた。
「啓介と離れて、ようやく自由になれた気がします。」
「その自由を大切にしてください。それがあなたの幸せへの第一歩です。」

麻美の心にはカウンセラーへの依存が徐々に深く根付いていった。それはまるで、啓介との関係をそのまま別の対象に置き換えたようだった。
 しかし、彼女は気づかなかった。新たな「支え」もまた別の形で彼女を支配していることに。その関係も長くは続かなかった。
花音の誕生日に、啓介が花音を連れ去る事件が起きたのだ。この行動が誘拐罪として有罪判決を受け、啓介は職を失った。それ以降、養育費も支払われなくなり、麻美は花音と二人きりで生活を成り立たせなければならなくなった。
当初、麻美はパートで生計を立てていたが、学生時代に少しだけ働いたキャバクラに連絡したところ、すぐに採用が決まった。収入は増えたが、その代わり生活は荒れ、規則正しさを失っていった。
 それでも麻美は心理カウンセラーに依存し続け、隔週でカウンセリングを受けていた。
だが、ある日突然、心理カウンセラーが亡くなった。原因は心臓発作だったという。
ショックだった。心の拠り所を失った麻美の生活はさらに乱れ、
仕事の疲れやストレスから、娘に辛くあたることが増えていった。「どうしてこんなにうるさいの!」と、思わず怒鳴ってしまった日の夜、彼女は涙が止まらなかった。小さな娘の怯えた表情が頭から離れなかったのだ。それでも日々の苦しさから抜け出す術はなく、悪循環が続いた。
そして、時には家に帰らない日も増えていった。その間、花音は家でただ一人、母親の帰りを待ち続けていた。
やがて、娘の体調が悪化し始めたことにも気づけなかった。十分な食事も与えられず、気づいた時には手遅れだった。娘が息を引き取った夜、彼女は狂ったように娘を抱きしめ、「ごめんなさい……ごめんなさい……」と泣き続けた。

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――厚生労働省の「2022(令和4)年 国民生活基礎調査の概況」によると、ひとり親世帯の貧困率は44.5%と、約2世帯に1世帯が貧困状態にあることが示されています。これはOECD加盟国の36か国の中で、ワースト5位とされている。――



第3章:苛まれる心
奇妙な日常
娘がいなくなった生活は、静寂そのものだった。
娘が亡くなった後も、麻美はほぼ娘がまだ生きているように振る舞い始める。
娘の部屋を掃除し、食卓に娘の分の食事を用意する。
麻美の心の中では、娘の声が何度も響き渡った。
「ママ、どうして……」
麻美は、その声を振り払おうとするたびに、不安と罪悪感に襲われた。
彼女は娘がまだ生きているかのように振る舞うようになる。近所の人には、
「娘は今、親戚の家に泊まっているの。」
と説明し、隠蔽を続けた。しかし、罪悪感は次第に彼女を侵食していく。夜ごと見る悪夢や、娘が自分を責める幻聴に苛まれる日々が続いた。

歪な正当化
その恐怖を打ち消すために、麻美は自分の行動を正当化する理屈を作り上げる。
「娘は幸せだった。私が与えた愛で十分だった。」
「娘を守れなかったのは啓介が悪い。あの男さえいなければ……」
やがて、娘を殺した原因が夫にあると思い込み夫への怒りを膨らませました。
「娘を殺しはあの人だ。私がやったわけじゃない。全部、夫が私を捨てたせい。」

麻美の中では、「自分は悪くない」という結論に至るための奇妙な論理が完全に形作られていった。

その後
その後の日々は生きる屍のようだった。何のために離婚したのか、何のためにこの人生を選んだのか、自問自答を繰り返した。あの弁護士の言葉に従ったのは、娘と自分の幸せのためだったはず。それが、どうしてこんな惨劇を招いてしまったのか。

ある日、彼女は川沿いの橋を歩いていた。手には、家族三人で写った一枚の写真を握りしめていた。かつての幸せだった頃を思い出しながら、自分を責める声が頭の中で止まらなかった。「私は母親失格だ。娘を守れなかった……。」

冷たい風が吹き抜ける橋の上で、彼女はふらりと立ち止まり、下を見下ろした。暗く、冷たい川が音を立てて流れている。その瞬間、衝動的に全てを終わらせる決意をした。「ごめんね……」そう呟きながら、彼女は身を投げた。

川面に広がる静寂の中で、彼女の最後の叫びは誰にも届かなかった。ただ、家族三人の写真が写るスマホがゆっくりと流され、川底へと沈んでいった。




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裁判官は、「継続性の原則」に基づき、最初に「実子誘拐」をした親に親権を与える判決を下すのが常である。そこで、弁護士は、親権を確実に奪うために、離婚を考えている親に対し「実子誘拐」を勧め、方法を指南する。「連れ去り」は無罪、「連れ戻し」は誘拐犯 。

そして、弁護士費用は「『成功報酬』月々の養育費からお支払い」を 謳う。親権を剝奪された元夫から、子どもに対し月二十万円の養育費を支払わせる判決を勝ち取れば、子どもが二十二歳で大学を卒業するまでの二十年間分、弁護士の懐に『成功報酬』が入り続ける。 


いわゆる実子誘拐ビジネスである



4章 ヤクザの親分と孫
花音ちゃんが痛ましい死を迎えるちょっと前――――

孫への執着
神崎剛蔵は、地方都市を取り仕切るヤクザの親分で無慈悲な性格を持ち、普段は冷酷で一切の容赦をしない。鋭い目つきと威圧的な態度で周囲を圧倒し、部下たちからも恐れられている。

しかし、孫ができてからは別人だ。
「見てくれよ。この可愛さ。目に入れてもいたくないってのは本当だな。」
いかつい、オコゼみたいな顔をした強面も恵比須顔になる。
神崎は懐から取り出した写真には、天使のように微笑む小さな女の子が写っている。
「へぃ かわいい…ですね」
 手下たちは動揺しながらも同意する。
「そうだろう。いやぁ、こいつは本当にかわいい。これが俺の血を引いてるって思うと、不思議なもんだな」
 神崎は、写真を指先でなぞりながら、滅多に聞けない柔らかい声を漏らす。
「だろう? 俺がこの子の手を握って、初めて散歩した日のことなんか、忘れられるもんじゃないよ」
「これが俺の生きる理由ってやつだよな。守るべきもんがあるってのは、悪くないもんだ」
そう呟く神崎は、一瞬だけ穏やかな表情を見せたが、すぐに顔を引き締めると、写真を懐にしまい込んだ。そして、部下たちに低い声で命じた。
「この子を不幸にするやつが現れたら、俺は地獄の底まで追い回す。かっかっかっかっ」
神崎は高笑いする。
 

息子の失踪
息子の祐樹は剛蔵とは違い、組織の道には入らず平凡なサラリーマンの道を歩んでいた。それは剛蔵が望んだことでもあった。ヤクザの道もこれからは容易ではない。平凡な道こそが長く安心して暮らせる術だと。
 しかし、最近、息子の家に電話をかけても応答がない日が続いた。あいつも忙しいのか、ヤクザな俺とは距離を置きたいのか、どっちにしろだいぶ孫にも会ってないので直接会いに行こうと思った神崎は、家を訪れることにした。
ちょっと驚かせてやろうって魂胆もあった。
 しかし、家はもぬけの殻の空だった。家具はそのままだが、生活の気配が消えている。特に子供の物と嫁の物がなくなっていた。 棚のところどころに物が抜けている。反対に息子のものはいくつか残っている。

夜逃げ?じゃないな、強盗にでもあったか
「……何があった?」
愕然として事務所に帰ると神崎は組員に調べさせた。そして数日後、驚くべき報告を受ける。
「奥さんと美咲ちゃん、DVシェルターに保護されてるみたいです。」
「は?」
怒りが込み上げると同時に、神崎は混乱した。息子は穏やかな性格で、暴力を振るうような人間ではない。自分とは真逆に育てたはずだった。それなのに、なぜ?

その後何日も悶々と日々を過ごした
息子は何処に行ったのか?それよりも美咲は? DVってなんだ?あいつが嫁を殴ったり蹴ったりしたのか?所詮血は争えないのか、やはり育て方を間違ったか、
くそ、こんな年寄りを悩ませるとは

そうだ。
美咲の居場所はさえわかれば、手掛かりがあるかも


DVシェルターへの訪問
数日後、秋の終わりの高い空、薄曇りの午後、緑に囲まれたDVシェルターの建物の前に黒塗りの高級車が止まった。神崎は手下を連れて、シェルターの管理者と話をつけるべく現地を訪れた。。体格のいい大柄な男だが、その動きには無駄がなく、威圧感と余裕を感じさせる。

シェルターの中は、外の静けさをそのまま映し出したような穏やかな空気に包まれていた。白を基調とした内装に、壁にかけられた暖かな絵画。空調の効いた空間には、ほのかに香る紅茶の香りが漂っている。神崎は、こんな場所が自分の世界とはかけ離れていることを即座に感じ取った。
「なにか御用でしょうか」
奥から現れたのは所長の小野寺修一だった。神崎よりも少し背が高く、深いグレーのスーツが彼の引き締まった体にピタリと馴染んでいる。整った短髪、穏やかな表情、そして無駄のない動作。
「時間を取らせて悪いな。少し、話がしたい。」
「もちろんです。」
小野寺は微笑を浮かべたまま、応接室に神崎を案内した。彼がソファに腰を下ろす。
「何かお困りのことがおありですね?」
小野寺はゆっくりとした口調で切り出した。声色には余計な感情が含まれていないが、それがかえって誠実さを感じさせる。
神崎は一口、出された紅茶をすすった。意外にも上質な味わいだったが、それを褒める言葉は口にしなかった。彼はそのまま低い声で話し始めた。
「俺の孫がここにいるって話だ。」
小野寺は、わずかに眉を寄せた。だが、次の瞬間には微笑みを浮かべていた。
「そうでしたか。それは大変な状況ですね。ただ、私たちの施設では、ご利用者のプライバシーを何よりも優先しております。」
「……そういうのは分かってる。ただ、俺は孫に会いたいだけだ。」
大迫の目が鋭くなる。そこには威圧があったが、小野寺は全く動じない様子だった。
「お気持ちは痛いほど分かります。しかし、私たちはお子さんと母親の安全を第一に考えています。私たちが目指しているのは、彼らが安心して暮らせる環境です。」
小野寺の声には、揺るぎない信念が宿っているように聞こえた。その言葉は一分の隙もなく、こちらに反論の余地を与えない。
「しかし、保護対象の情報はお伝えできません。」
「孫に会わせろと言ってるだけだ。嫁にも何も言わん。ただ、孫の顔だけ見たい。」
所長は申し訳なさそうに頭を下げるが、一歩も譲らない態度だった。
「申し訳ありません。保護者の意向を尊重しております。」
神崎は苛立ちを隠せなかった。
その後も何度か交渉を試みるが、所長は決して折れなかった。

疑惑の芽生え
執拗に拒絶される中で、神崎は次第に疑問を抱き始める。
「本当に息子が何かしたのか?」
手下にさらに調査を命じた結果、神崎はDVシェルター、カウンセラー、そして黒木の名前が浮上してきたことを知る。
「黒木和彦? あいつが絡んでるのか……。」
過去にその弁護士と組織がトラブルを抱えていたことを思い出した神崎は、強い不信感を抱く。

それでも神崎にとって、美咲に会えない現実は受け入れがたいものだった。
「俺が死ぬ前に、美咲ともう一度会う。それだけはどうしても譲れん。」
彼は息子と連絡を取ろうとしたが、それも叶わない。孤立した息子が弁護士やカウンセラーによってどれほど追い詰められているか、想像するしかなかった。

神崎は、これ以上の交渉が無意味であると悟る。そして、自ら行動を起こすことを決断する。
「美咲を取り戻すためなら、俺は何だってする。」
組織の力を使い、シェルターやその背後にいる連中を徹底的に調査するよう命じる。そして






リサーチ
神崎は、DVシェルターとその運営に関わる人物たちの情報を徹底的に調べ上げることを決めた。彼の指令を受けた部下たちは、迅速に動き出した。
「 どうも、人の不幸で生きてってるみたいで、いけすかねーな。そうさな、悪党が悪い顔して悪事を行うのはもう古いってことか」
部下たちの報告を受けて、神崎はつぶやく

神崎の右腕である黒田が報告を始める。
「まず、例の弁護士ですが、あいつは単なる法律家じゃない。過去に何度も問題のある離婚案件に関与してます。それも、かなり偏ったやり方で。」
黒田がテーブルに書類を広げると、そこには黒木が関わった複数のケースがまとめられていた。
「調停の名目で片方の親を完全に排除し、相手側に不利な条件を押し付ける手口が見て取れます。その後、親権を奪われた側は人生がボロボロになるケースばかりです。」

神崎は黙って資料に目を通す。だが、その顔には明らかな怒りが浮かんでいた。

「……それだけじゃねえんだろ?」
「ええ。さらに調べを進めると、弁護士が組んでいるシェルターの所長と心理カウンセラーも、いくつか黒い噂があります。シェルターの名目で助成金を得て、その大部分がどこかに消えている。」

神崎は眉をひそめた。
「……なるほど、金目当ての偽善者たちってわけか。」




神崎の眉間に深い皺が寄る。黒田は続けた。

「祐樹さんの離婚調停の際、弁護士は元奥さんに対し、祐樹さんの言動を歪曲し、DVがあったと主張させました。その結果、彼は親権を奪われ、二度と娘に会えなくなったというのが今の状況です」

神崎は激昂し、立ち上がった。
「つまり、あの弁護士が、息子の家族をぶっ壊したってわけだ!」

黒田は静かにうなずいた。
「奴らのやり口を証明してやる。法で裁けないなら俺たちの方法で……孫を取り戻す。いいな。」

黒田は深く頭を下げた。


第5章:対決
暗躍する三人
とある高級マンションの一室。弁護士の黒木とDVシェルター所長・小野寺、そして心理カウンセラー・須藤が集まっていた。彼らは、夫婦関係に悩む女性たちを巧みに誘導し、家族を分断しながら利益をむさぼる悪質なネットワークを築いていた。
「最近の入所率はどうだ?」と黒木
「今月で5件目だ。ほぼ部屋は埋まっています。」小野寺が答える
「支援費用の一部を流用する方法も固まってきました。そろそろ次のターゲットに手をつけられそうです。」
彼らは「被害者を救う」という名目のもと、自らを正義の使者と偽りながら、女性やその子どもたちを
言葉巧みに夫婦の間に亀裂を入れ、DVを理由に夫婦を引き裂き、離婚調停で裁判費用を稼ぐという 搾取のサイクルを廻し続けていた。


黒木への脅し

深夜の豪邸に不審な影が忍び寄る。黒木はソファでワインを傾けながらテレビを見ていたが、突然背後から襲撃される。

「孫を返せ!」
怒りに満ちた声が弁護士の耳元で響く。彼は背後に神崎の姿を見て凍り付いた。
オコゼのようないかつい顔が、暗闇に浮かび上がる
抵抗する間もなく、弁護士は椅子に縛り付けられ、黒いバンに押し込まれる。車内では神崎が冷静さを装いつつも激昂していた。
「俺の孫まで奪いやがって……!」

弁護士は必死に命乞いを始める。
「待て、神崎さん! 誤解だ、すべて話し合いで解決できる!」
だが神崎は聞く耳を持たない。
「お前の手口は全部調べた。今すぐ俺の孫を連れ戻せ!」
弁護士は震えながらも、わずかな余裕を見せる。
「わかりましたよ」弁護士は脅しに屈した顔をした



第7章: 襲撃 - 騒然とする闇の一撃

シェルター襲撃
夜の繁華街、薄暗い組事務所の一室で神崎は部下たちと作戦の最終確認を行っていた。
「いいか、これ以上悠長に構えてる時間はない。孫を連れ戻すためには、DVシェルターを強襲するぞ。そこいるのはわかっている。」
神崎たちは、DVシェルターを強襲する計画を決行。深夜、車に乗り込んだ一行はシェルターの建物に向かった。
夜の施設は、スタッフの姿はほとんどなく、建物内に突入は容易だった。
目的の部屋を無理やり開けると、そこに嫁と娘がいた
「いや、私はここで十分幸せなの」
外に出ようとしない。彼女に業を煮やしてると――警報が鳴り響いた。
「警報だ!まずい、罠かもしれない!」
「まずい一旦、逃げるぞ!!」
神崎たち諦めて、逃げ出した

黒木の反撃
一方、黒木は襲撃の知らせを受け、自身の計画をさらに進めることを決める。
「神崎も大したことないな。あの程度の襲撃で終わるとは。」
「このまま泳がせておきますか?」
「あーもう仕掛けたよ。あのベンツに、ヒヒヒッ」
黒木は下品に笑った。

DVシェルターからの逃亡は、施設を抜けるとスタッフはそれ以上追いかけてこなかった
雇われた警備員の守備範囲はそこまでということか。
順調に郊外を抜け、車は信号に差し掛かった。その時。
「おい、信号が赤だぞ!」
神崎が叫んだが、車は交差点を突っ切り、ブレーキが効かないことに気づき、必死にハンドルを操作するも、右から来たトラックとまともに衝突し車はそのまま横転する。

弁護士は事故を装い、自分の無関係を主張できる形で計画を実行に移したのだ。
「これで一つ目の障害は片付いた。」

だが、神崎は運命的な救いを得る。車が崖から転落する直前、何とかドアを開けて飛び降りた彼は、意識を失いながらも近くの山小屋で待機していた猟師に救助される。
「大丈夫か?」
誰かの声に目を開けた神崎は、自分がどうにか命を拾ったことを悟る。

彼は激しい痛みを抱えながらも、静かに復讐心を燃やし続ける。
「くそ、なめられたもんだ・・・・」



第6章:悪の共闘

疲弊する両者 病院にて
事故から数日後。神崎は襲撃失敗によるダメージで肉体的にも精神的にも消耗しきっていた 。
病院のベットの上で神崎剛蔵は、憤慨していた。
身動きが取れない今は、頭で考えることしかできない。
「あいつら、どうしてくれよう」
怒りがいつまでも収まらない。

息子が見つかる
「坊ちゃんが見つかりましたよ」
そこに、どっちが病人かってぐらいだいぶ痩せてやつれた祐樹がいた

「もうやめなよ」
それはできん。孫に会うま俺はでやめんぞ
美咲は今4歳、お前が今からまた結婚して子供作ったって、4歳になるのに今からだと5,6年かかるんだよ。それまで俺は待てないんだよ
「あいつは変わっちまって、もう手に負えないんだ」

ある日、弁護士のもとに神崎の部下が使者として訪れる。
「ボスが話をしたいと言っている。利害の一致を考えてみないか?」
これを聞いた弁護士は一瞬不敵な笑みを浮かべた。

「奴も追い詰められているというわけか……面白い。」


緊迫の会談

「俺のやり方でお前を潰すつもりだったが……考えを変えた。」
神崎は険しい表情で口火を切る。
「お前も俺も、互いに傷つけ合ってきたが、ここで手を組めばお互いに得るものがある。」

弁護士は眉をひそめながらも興味を隠さない。
「得るもの、だと? 一体何を提案する?」

神崎はテーブルに一枚の紙を置く。それはDVシェルターや関連するネットワークの内部情報をまとめた資料だった。
「俺が欲しいのは、孫だ。そのためには俺たちの共通の敵はシステムそのものだ。この情報を利用して、奴らを完全に支配下に置く。お前が得るのは法を超えた力、俺が得るのは孫を取り戻す手段だ。」

弁護士はしばらく黙り込んだが、次第に口元に冷笑を浮かべる。
「面白い話だ。お互いに理がある。ただし、それじゃ一つ頼みたいことがある」

神崎は無言で頷き、弁護士に続けるよう促す。
「須藤 結子を消してくれ。新しいプランに彼女は不要だ。フェミニズムに傾倒していうことを聞かない。」

「愛人じゃないのか?」
神崎は一瞬驚いたが、深く息を吐き、提案を受け入れることにした。
「信者ビジネスは、一人カリスマを立てれば成り立つ。ちゃんと言うことを聞く奴をな」
「承知した。お前が表と俺が裏を受け持とう」

二人は固く握手をした。

犯罪組織の形成
こうして、二人は互いの利害が一致する形で、DVシェルターや関連団体を支配する計画を進める。弁護士は法を巧みに操り、組織内での権力を握る一方、神崎はその裏で暴力と脅迫による実行部隊を構築した。

組織は次第に巨大化し、離婚調停中の家庭やDV被害者を狙う「合法的なビジネスモデル」として機能し始める。
• 被害者を装う女性には金を払い、虚偽の証言をさせる。
• 離婚後の親権争いにおいて相手を潰すための偽造証拠を提供する。
• DVシェルターの資金を横領し、反抗する者には暴力で抑え込む。
悪が繁栄する現実

黒木たちは、勢力を拡大していた。
高級スーツに身を包んだ黒木が、大手企業の顧問弁護士としてテレビに出演しているのを多く目にするようになった。彼は満面の笑みで「家族のための法」を語り、世間の喝采を浴びていた。
困窮する人々を助ける姿がメディアで取り上げられていた。

夜空に星がまたたき、街の喧騒が響く中、テレビの画面には黒木の顔が映っていた。
今をときめく敏腕弁護士。
「弱い立場の人を守る。それが私の使命です。」

拍手が巻き起こり、インタビュアーが賛辞を送る。

しかし、画面の向こうには、名前も知られず、無数の犠牲者たちがいる。彼らの声は、誰にも届くことはなかった。








終章:静寂の中で、叶わなかった未来
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暗い部屋の中、神崎は静かに目を閉じていた。遠くから小鳥のさえずりが聞こえ、暖かな日差しが頬を撫でる感覚がある。
平田 啓介は穏やかな夢見ていた。
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小さな一軒家のリビング。木漏れ日が差し込む窓辺には観葉植物が並び、テーブルには娘の描いた絵が散らばっている。
娘:「ねぇパパ、これ見て!今日学校で描いたの!」
啓介:「お、これはすごいな。パパよりずっと上手だ。」
娘:「うそだー!パパの方が上手でしょ!」
娘の笑い声が部屋中に響く。麻美はキッチンで夕飯の支度をしており、振り返りながら微笑む。
麻美:「あなた、お皿だけでも運んでちょうだい。」
啓介:「はいはい、わかってますよ。」
テーブルに料理が並び、家族3人が座る。幸せそうな顔で談笑しながら食事をする姿。
娘:「ねぇパパ、大きくなったらお嫁さんになるって言ったでしょ?覚えてる?」
啓介:「もちろん覚えてる。でも、パパのお嫁さんになるのは大変だぞ?」
娘:「平気だもん!」
ふざけ合う親子を見て、麻美は優しい笑みを浮かべながら「もう、しょうがないわね」とつぶやく。
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夢の中、場面が急に変わる。
娘は成長し、制服姿で玄関に立っている。
娘:「パパ、行ってきます!」
啓介:「気をつけてな。」
彼女がドアを閉める音が静かに響く。
彼はふとリビングの写真立てを見る。そこには家族3人で手をつないで微笑む姿が映っている。
しかし、その写真が少しずつ色褪せていく。家の中の風景がぼやけ、次第に静寂が訪れる。
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啓介は目を覚ました。狭く暗い部屋の天井が視界に入る。
夢の余韻が胸を満たし、穏やかな気持ちとともに、胸が締めつけられるような痛みを覚えた。
手を伸ばすが、そこには誰もいない。
「俺は、こんな風に暮らしたかっただけなのにな……。」
涙が頬を伝う。声をあげて泣くこともせず、ただ静かに涙を流しながら、かすかな暖かさと深い喪失感に包まれていた。
長い間忘れていた感情。娘を、家族を愛した記憶が、まるで手のひらから零れ落ちた砂のように、形を持たずに胸を満たしていく。
「幸せの形なんて、最初から決まっていたのに……。」
彼はもう一度、静かに目を閉じた。夢の中の温かさが、心の片隅にまだ残っているような気がして。
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