1月8日、高校三年生の三学期が始まった。生徒玄関で会った友達に「おはよう、久しぶり」なんて挨拶をして教室に向かう。長いろうかをぺたぺた歩いて、さらに長い長い階段をのぼる。この階段をのぼっていると、いつもの少し退屈な学校生活がまた始まるんだなと実感する。ふぁっと小さくあくびがもれて目をこすった。
「はよっ」
背後から聞こえた声にふり向くと、きらきらと太陽みたいなオレンジ色の頭が目に飛び込んできた。寝不足の俺には眩しすぎる。こんな頭の奴いたっけ? 記憶をたどるが寝ぼけた思考回路はうまく回らない。
「髪の毛ぴょんってなってる」
「え?…あぁ……って、九条?!」
自分の寝ぐせのことなんかどうでもいい。“あの九条が頭をオレンジにしている?! なぜ?”が頭の中でぐるぐる巡っている。
九条真叶といえば、いつもニコニコ笑っていて人当たりがいい、おっとりしたマイペースな奴。髪は短髪で学生らしい清潔感はあるが、髪色や服装に気を遣っているイメージはない。入学時から使っているであろう黒のリュックは、年季が入ってくったりしている。スニーカーはどこのブランドかわからない白一色で、スニーカーというか運動靴と呼んだ方が適切かもしれない。
そんな奴が初めての染髪で、派手で目立つオレンジを選んだことに驚いた。当の本人は、どうせまたゲームしてたんでしょ、と笑いながら俺の寝ぐせにちょんと触れている。
「いや、なにその頭? どうした?!」
「え? 気分転換? 変かな?」
照れたように目を伏せて髪をくしゃと触る。階段の踊り場の窓から、弱々しくやわらかな日差しが降り注ぎ、オレンジ色があたたかく反射している。
(あれ? 九条ってこんなきれいな顔してたっけ?)
俺より少しだけ背の高い九条。改めてみてみると整った顔立ちをしていた。きれいな二重の大きな目にぷっくりとした涙袋、鼻筋はスッと通っていて、形のいい薄い唇。オレンジ髪が爽やかな印象を与えていて、おもわず見惚れてしまった。
「…いいじゃん、似合ってる」
「なんだよ、その間は」
「ガチで、ガチで。髪染めてんの初めてみたからさ。意外だなって」
「夏休みに春樹が金髪にしてたのがかっこよくて、俺も染めてみた」
こいつにかっこいいと思われていたのも、髪を染める動機が俺なのも意外だった。仲が悪いわけではないが、特別良くもない。普通にしゃべるクラスメイトのうちの1人。そんな相手から褒められたら、どうリアクションしていいのかわからない。
「あん時は髪すぐ傷んだな。ケアとかちゃんとしてなかったし」
「ケア?」
「ちゃんとトリートメントした方がいいよ。パッサパサになるから」
「へぇ〜そうなんだ」
しゃべりながら階段をのぼり四階へ、まっすぐろうかを歩いて教室の前までやってきた。
「トリートメントってどんなんがいいの?」
「俺の使ってたやつは--」
ポケットからスマホを取り出して検索していると、九条に腕をつかまれて引き寄せられる。後ろから歩いてきたクラスメイトが九条に挨拶をして中に入っていった。ちょうど教室の出入り口に突っ立っていたから邪魔になっていたらしい。
「ぁ、ごめん」
「うん…」
スマホ画面をスクロールしてトリートメントの画像を探したが、どの商品だったかわからず、わかったら連絡するということで話がおわった。今更ながら九条と連絡先を交換した。あと二か月で卒業というタイミングでクラスメイトと連絡先を交換するとは思ってもみなかった。朝から少し憂鬱な気分だったから、なんだか嬉しい。
「真叶ー!」
ろうかに響き渡るくらいの叫び声を至近距離で聞いたため、俺たち二人はびくりと肩を震わせた。
「これ、どういうことかちゃんと説明して!じゃなきゃ納得できないから!」
声の主である女子生徒・桜庭美紀が、九条にスマホを突きつけて詰め寄っている。九条は数回瞬きすると俺に視線を向けてきた。SOSのサインだろうか。助けてあげたいけど、状況が全くわからない。
「桜庭さん、どうしたーー」
「仁科くんには関係ないでしょ。黙ってて」
声をかけてみたものの、ぴしゃりとはねつけられて俺は口を引き結ぶ。”ごめん”と九条に視線を送ると、あきらめたように眉を下げてコクコクと小さくうなずいた。
「わかった。ちゃんと説明するから」
そう言うと桜庭と連れ立ってどこかへ行ってしまった。
桜庭美紀はクラス委員で九条の恋人だ。付き合って一年くらいになる。マイペースな九条がなにかやらかす度にしっかり者の桜庭が説教する。母親と息子のようなカップルだ。故に桜庭がチクチク怒っているのはよく見かけるが、これほど怒りを露わにしているのは初めてみた。九条はなにをやらかしたんだろう。
「はよっ」
背後から聞こえた声にふり向くと、きらきらと太陽みたいなオレンジ色の頭が目に飛び込んできた。寝不足の俺には眩しすぎる。こんな頭の奴いたっけ? 記憶をたどるが寝ぼけた思考回路はうまく回らない。
「髪の毛ぴょんってなってる」
「え?…あぁ……って、九条?!」
自分の寝ぐせのことなんかどうでもいい。“あの九条が頭をオレンジにしている?! なぜ?”が頭の中でぐるぐる巡っている。
九条真叶といえば、いつもニコニコ笑っていて人当たりがいい、おっとりしたマイペースな奴。髪は短髪で学生らしい清潔感はあるが、髪色や服装に気を遣っているイメージはない。入学時から使っているであろう黒のリュックは、年季が入ってくったりしている。スニーカーはどこのブランドかわからない白一色で、スニーカーというか運動靴と呼んだ方が適切かもしれない。
そんな奴が初めての染髪で、派手で目立つオレンジを選んだことに驚いた。当の本人は、どうせまたゲームしてたんでしょ、と笑いながら俺の寝ぐせにちょんと触れている。
「いや、なにその頭? どうした?!」
「え? 気分転換? 変かな?」
照れたように目を伏せて髪をくしゃと触る。階段の踊り場の窓から、弱々しくやわらかな日差しが降り注ぎ、オレンジ色があたたかく反射している。
(あれ? 九条ってこんなきれいな顔してたっけ?)
俺より少しだけ背の高い九条。改めてみてみると整った顔立ちをしていた。きれいな二重の大きな目にぷっくりとした涙袋、鼻筋はスッと通っていて、形のいい薄い唇。オレンジ髪が爽やかな印象を与えていて、おもわず見惚れてしまった。
「…いいじゃん、似合ってる」
「なんだよ、その間は」
「ガチで、ガチで。髪染めてんの初めてみたからさ。意外だなって」
「夏休みに春樹が金髪にしてたのがかっこよくて、俺も染めてみた」
こいつにかっこいいと思われていたのも、髪を染める動機が俺なのも意外だった。仲が悪いわけではないが、特別良くもない。普通にしゃべるクラスメイトのうちの1人。そんな相手から褒められたら、どうリアクションしていいのかわからない。
「あん時は髪すぐ傷んだな。ケアとかちゃんとしてなかったし」
「ケア?」
「ちゃんとトリートメントした方がいいよ。パッサパサになるから」
「へぇ〜そうなんだ」
しゃべりながら階段をのぼり四階へ、まっすぐろうかを歩いて教室の前までやってきた。
「トリートメントってどんなんがいいの?」
「俺の使ってたやつは--」
ポケットからスマホを取り出して検索していると、九条に腕をつかまれて引き寄せられる。後ろから歩いてきたクラスメイトが九条に挨拶をして中に入っていった。ちょうど教室の出入り口に突っ立っていたから邪魔になっていたらしい。
「ぁ、ごめん」
「うん…」
スマホ画面をスクロールしてトリートメントの画像を探したが、どの商品だったかわからず、わかったら連絡するということで話がおわった。今更ながら九条と連絡先を交換した。あと二か月で卒業というタイミングでクラスメイトと連絡先を交換するとは思ってもみなかった。朝から少し憂鬱な気分だったから、なんだか嬉しい。
「真叶ー!」
ろうかに響き渡るくらいの叫び声を至近距離で聞いたため、俺たち二人はびくりと肩を震わせた。
「これ、どういうことかちゃんと説明して!じゃなきゃ納得できないから!」
声の主である女子生徒・桜庭美紀が、九条にスマホを突きつけて詰め寄っている。九条は数回瞬きすると俺に視線を向けてきた。SOSのサインだろうか。助けてあげたいけど、状況が全くわからない。
「桜庭さん、どうしたーー」
「仁科くんには関係ないでしょ。黙ってて」
声をかけてみたものの、ぴしゃりとはねつけられて俺は口を引き結ぶ。”ごめん”と九条に視線を送ると、あきらめたように眉を下げてコクコクと小さくうなずいた。
「わかった。ちゃんと説明するから」
そう言うと桜庭と連れ立ってどこかへ行ってしまった。
桜庭美紀はクラス委員で九条の恋人だ。付き合って一年くらいになる。マイペースな九条がなにかやらかす度にしっかり者の桜庭が説教する。母親と息子のようなカップルだ。故に桜庭がチクチク怒っているのはよく見かけるが、これほど怒りを露わにしているのは初めてみた。九条はなにをやらかしたんだろう。



