第1話『日常』

 春、5月27日。
 6:05に起床。
 七海陽葵(ななみ ひなた)はカーテンを開けると陽光(ようこう)(まぶ)しさに目を(ほそ)める。
 雲は多少あるものの、良い天気だ。
 部屋のテーブルに置いてあるスマホを手に取り、慣れた手つきで操作(そうさ)
 ある、アプリを起動させる。
 それは悪魔育成アプリ。通称『デビルレイズ』
 その名の通り、悪魔を育てる、育成(いくせい)ゲームだ。
 ゲームといっても、実際、生きているし心もある。
 スマホの中に生き物がいるというのは、どういう原理なのかは陽葵にはよくわかっていない。
 だが、スマホにはグリモワールというモノが内蔵(ないぞう)しており、悪魔などが生活できるようになっているらしい。
 スマホという機械に生き物が宿っているのは、なんとも不可思議(ふかしぎ)だ。
 「おはよう、サマエル」
 私はスマホに向けて、朝の挨拶(あいさつ)。すると、画面に映ったサマエルという悪魔の男性がこちらを見つめる。
 「おはよう、陽葵」
 サマエルは返事をしてくれた。
 短い黒髪、高すぎない鼻筋、キリリとした目、シャープな輪郭、端正な顔立ちをしている。
 スタイルもよく、設定上。背が185センチ、体重は72キログラムだ。
 上は着崩(きくず)して()につけている黒いワイシャツに、下は黒い皮のズボン。背中には漆黒(しっこく)の羽が生えている。正真正銘のイケメン悪魔で、陽葵の使い魔である。
 陽葵はニンマリし、画面に(うつ)るサマエルの(ほほ)に向けてタッチ。
 「今日もカッコイイよ」
 スマホ画面に向って、サマエルを()めた。
 するとサマエルは目を細め、白い歯を見せ、笑みをこぼす。
 「陽葵こそ、可愛いぞ」
 サマエルのイケメンスマイルと耳がとろけてしまいそうな低音ボイス。
 陽葵の心は高鳴り、キュン死しそうなになるほど、彼にメロメロである。
 「いつになったら、スマホから出られるの?」
 これまでに500回以上は言っているだろう台詞(せりふ)を投げてみた。
 サマエルは苦笑(くしょう)し、(うで)()んだ。
 「そうだな。もう少しだ」
 「もし、出てきたら。付き合ってくれる?」
 陽葵の突然の告白にサマエルは吹き出し、笑う。
 「ハハハ。朝から告白か、陽葵は情熱的だな」
 「はぐらかさないで、私は本気なんだから」
 陽葵は(ほほ)(ふく)らませ、サマエルに向けて軽く(にら)む。
 彼は(かた)をすくめ、はあと溜息(ためいき)()らす。
 「俺は悪魔だ。それでもいいのか?」
 サマエルの赤く鋭い瞳が光る。
 そう彼は悪魔だ。それも中位クラス悪魔。
 悪魔とは悪い生き物。だが、20年前に悪魔は世界中に降臨。
 悪魔と共存している現在では、そこまで悪魔に対して憎悪(ぞうお)というものは(うす)い。
 それに陽葵のサマエルは魔術だけじゃなく剣術も扱える文武両道な悪魔。それにイケメンでイケボ。陽葵が彼に()れる要素(ようそ)はいくらでもあるのだ。
 例え悪魔でも、だ。
 「うん、いいの。私、サマエルの事、大好きだから」
 サマエルは根負(こんま)けしたのか、両手を上げ、ケラケラ笑う。
 「わかった。俺が育ち、スマホから出られるようになったら、デートでもしよう」
 「やったー!」
 私は右手を上げて大喜びをすると、サマエルはフフと小さく笑う。

 そして、今日も一日が始まる。

 ♦♦♦

 陽葵は電車に乗車し、ドア付近で立っていた。
 (すわ)りたいが、すでにイスには乗客がいて満席。誰もかしこもスマホをいじっている。
 十中八九、あのアプリを起動させ操作しているだろう。
 それは悪魔育成アプリ。『デビルレイズ』だ。
 みな、悪魔育成に必死だ。
 それもそうだ、悪魔を上手に育成し、スマホから出てこられるほど、成長すれば、国から奨報金(ほうしょうきん)がもらえる。悪魔の強さや質によって、もらえる額は違うのだが。
 ものすごく弱い下の下クラスの悪魔でも、最低200万円がもらえるのだ。アルバイトせず、悪魔育成に力をいれれば、いい稼ぎができるのだ。副業としても(うま)みがあるし、中には、本業として育成し、多額のお金を稼ぐ者も少なからずいる。上位の悪魔に育てれば1000万円以上、稼げる。だから四六時中、育成に没頭(ぼっとう)してもおかしくない。
 陽葵はいつものように、サマエルに朝ご飯のデザートを与える。
 課金で購入した、(いちご)のショートケーキだ。
 サマエルが少しでも強くなってもらいたし、喜んで欲しい。
 サマエルはフォークを使って口に運ぶ。
 彼は目を細め、咀嚼(そしゃく)する。
 「美味いな」
 その姿に陽葵はニマニマする。
 ああ、やっぱりサマエルは素敵だ。(とうと)い。
 そうこうしている内に、学校の最寄りの駅に到着。
 スマホをブレザーのポケットにいれ、車内から出る。

 ♦♦♦

 電車から降り、徒歩7分の所に、陽葵が通う学校がある。
 白猫神高等学校(しろねこがみこうとうがっこう)である。
 神社があった場所を更地(さらち)にし、学校が()ったという事もあり、階段(かいだん)がやたらと長い。
 足腰(あしこし)(きた)えられて健康的になるぞ、と思えば少しは前向きになるだろう。
 3年前にできた、新しい学校なので校舎(こうしゃ)綺麗(きれい)だ。
 掃除(そうじ)が行き届いた玄関を通る。
 多くの高校が、昔、推薦入学というモノがあったらしいが、8年前に廃止された。
 各学校の筆記試験や面接を受けなくてはならない。学校によっては悪魔の強さをテストする学校もある。
 教室に向った。陽葵は1年生なので、一番上の階だ。
 階段は面倒。だが、エレベーターを使用するわけにはいかないだろう。
 1年C組。陽葵のクラスである。
 教室内にはすでに、数人の生徒とよく見知った生徒もいた。
 よく見知った生徒が陽葵に気づき、小走りでこちらにやって来た。
 「おはよう! 陽葵!」
 「おはよう、結菜。今日も早いね」
 彼女は今野結菜(こんの ゆいな)。陽葵のクラスメイトで友人である。
 整った(まゆ)にダークブラウンの大きな瞳、少し丸い輪郭(りんかく)
 背は陽葵より小さく小柄。黒髪のポニーテールが揺れる。
 結菜を動物に例えるとえるならリスだ。
 「おはよー、そりゃもちろん、1分1秒でもミエルくんを育てる為だよ」
 そう言って、結菜はニヤリとする。
 「やっぱ、そうだよね」
 ミエルとは、結菜が育成している悪魔である。
 お世辞(せじ)にも、強いといは言えず。下の下。下位の悪魔である。
 結菜は弱いミエルくんを少しでも強くなれるよう、アルバイトをしてお金を稼ぎ、課金(かきん)している。
 ミエルくんはどっちかっていうと攻撃ではなく補助として力を発揮(はっき)するタイプ。
 自分自身や仲間を回復させる、ヒーラーだ。
 陽葵はスクールバックを机に置き。机に必要な教科書やノートをいれる。
 「うちのミエルくんね。もっと一緒にいたいとか、甘えてくるんだよね~」
 「ミエルくん、可愛いよね」
 茶髪の天然パーマに、大きな茶色い瞳。整った顔立ち。黄色を基調(きちょう)とした制服と黄色い(つえ)
 動物で例えるなら(ひつじ)みたいな子。とても可愛い悪魔である。
 「うん、そうなの。うちさ、アルバイトしてるから、ミエルくんに(さび)しい思いとかさせてるから、ちょっと可哀想(かわいそう)だなとか思ってるんだけどね。こればかりは、我慢(がまん)して欲しいというか」
 「そっか~。アルバイトとか大変だよね。ミエルくんの為に頑張る結菜は偉いよ」
 「そう? そりゃあ、ミエルの為なら、1日20時間、働くよ?」
 「それは、働きすぎだよ~」
 陽葵は苦笑しつつ、スクールバックを机のフックにかける。
 結菜の気持ちを理解できる。陽葵もサマエルのためなら、20時間、働きたい。
 だが、陽葵の両親はアルバイトは認めてくれなかった。
 親が課金するお金を出してくれた。アルバイトせず、サマエルをつきっきりで、育成した方がいいとアドバイスされたからだ。
 月に20万円、もらっている。高校生に渡すには、かなりの大金だ。
 父親が飲食店の経営者なので、お金には、かなり余裕がある。
 親からもらえる豊富(ほうふ)資金(しきん)と陽葵の献身的(けんしんてき)な育成時間がサマエルは着実に強く成長させている。サマエルは今は中の上クラス。このまま順調にいけば、上位の悪魔に成長できるだろう。
 「陽葵はいいよね、親からお金をもらえるなんて」
 結菜は(うら)ましげに陽葵を見つめ、はあと溜息を漏らす。
 陽葵は椅子に座り、ブレザーのポケットからスマホを取り出す。
 「まあね、私としては結菜のようにアルバイトしたいけどね」
 悪魔育成アプリに、ガンガンに課金したいと思う陽葵である。
 「あ、ゴメン。嫉妬(しっと)とか言って、引くよね。ほら、ミエルくんって弱いからさ、(たよ)りないし、心細(こころぼそ)いというか……」
 「いいよ、結菜。弱音とか言いたくなるよ。だって、デスゲーム大会とかあるし」
 「……うん」
 結菜はこくりと(うなず)き、下を向く。
 そう、うちの学校だけじゃないが。全国の高校にはデスゲーム大会があり、必ず出場しなくてはならない。出場しなくては処刑されてしまうからだ。
 結菜は陽葵の前席に座る。
 「何で、デスゲーム大会なんてあるんだろう。ミエルくん死んじゃったら、うちも死んじゃうんだよ。おかしいよ」
 「そうだね。私も同じ気持ちだよ」
 本当におかしいのだ。育てた悪魔が死んだら、育成主(いくせいぬし)も死ぬ事になる。どうして、そんなシステムしたのか、正直、(くるって)っていると陽葵は思う。だが、悪魔も生きている。
 生きている悪魔を守れなかったら、育成主にある程度、ペナルティーがあるのはしょうがないが。それでも、罪が重すぎる。
 「ねぇ。陽葵」
 「ん?」
 「もし、うちのミエルくんが死んで、わたしも死んだら。お葬式に来てくれる?」
 「馬鹿! 何を言ってンの!」
 陽葵は思いっきり、立ち上がり、前席にいる結菜の両頬を両手で、ひっつかむ。
 「ひたい!(痛い)」
 「あのね! 変な事いわないの! 結菜は死なない! わかった?」
 「ひゃい!(わかった)」
 つねっていた両手を離し、結菜の頬を優しく()でる。
 「私も、頑張るから! だから一緒に乗り越えよう!」
 そう励ますと結菜は目をウルウルさせ、陽葵を見つめる。
 「もしかして……大会で一緒のパーティーに入れてくれるの?」
 自信なさげに、か細い声で、言った。
 「当たり前でしょ! 大船に乗ったつもりで頼ってよ!」
 すると、結菜は涙をこぼし。床にポタポタと落ちていく。
 「……恩に着るよぉ……ありがとうぉ」
 陽葵は結菜を抱きしめ、彼女を守りたいと思った。大丈夫、私にはサマエルがいる。
 私とサマエルが協力すればデスゲームを乗り越えられるし、結菜だって、なんとなる。
 そして、予鈴(よれい)が鳴り――担任の先生があらわれ、朝のホームルームが始まった。


 ♦♦♦

 ホームルームの時間。
 壇上にいる担任である闇与見オゼ(やみよみ おぜ)先生が出席を取った後。
 「みんな、ちゃんと着ているな。偉いぞ」
 陽葵のクラスは30人いる。よっぽどじゃない限り、欠席などしない。
 もし、ずる休みでもしたら悪魔であり担任の教師である闇夜見(やみよみ)先生による体罰があるからだ。
 女子でも容赦(ようしゃ)なく、剣道で使われる竹刀で背中などを叩かれる。

 陽葵が中学2年生頃――忘れもしない陽葵はいじめが原因で不登校になっていた頃だ。当時の担任の教師である阿久津マルフォス(あくつ まるふぉす)先生が自宅におしかけ、陽葵を木刀で叩いたのだ。あまりの苦痛(くつう)理不尽(りふじん)さに絶望した陽葵。優しい母親がかばってくれたおかげで、10分間の教育という名の体罰の後、1時間の説教ですんだ。陽葵は被害者なのにと思ったが、いじめをやった加害者の女子達は陽葵の10倍くらい、拷問レベルの体罰を行なったらしい。加害者である女性達の()れあがった顔を思い出すと、ざまあと思うより、自然と同情心が()き出すほど、悲惨だった。
 阿久津マルフォス先生からすると、いじめに(くっ)さず、学校に登校して欲しくて、あえて被害者である陽葵に厳しく、教育という名の体罰を行なったらしい。なんとういうか熱血なのか冷血なのか、よくわからない。
 その日、いらい。陽葵は毎日かかさず、登校している。
 阿久津マルフォス先生のおかげと認めたくないが、いじめに屈しない鋼のような心が育ったと思う。

 「いいか、みんな。もうすぐデスゲーム大会が始まる」
 闇夜見(やみよみ)先生は真剣な表情で伝える。
 すると、生徒達も無言で頷き、緊張感が高まった。
 「いいか、1年に2回のデスゲームだ。育てている悪魔が死ねば、育成主(いくせいぬし)も死ぬ。毎年、死人が出ている。自分は死なないと高をくくっている奴、慢心(まんしん)すれば普通に死ぬからな。強い悪魔でも、謙虚(けんきょ)に真剣に戦え。わかったな?」
 「「「はいッ!」」」
 陽葵もみんなも大きな声で返事し、闇夜見先生は大きく頷いた。


♦♦♦
 第2話『パーティーを組もう!』

 お昼休み、ランチの時間。
 いつものように陽葵と結菜は学校の中庭にある昼食をとっていた。
 結菜はサンドイッチを口に運び、咀嚼。ごくりと飲み込む。
 陽葵は学校の自販機で購入した紙パックのリンゴジュースをごくごく飲む。
 やや冷えた、甘酸っぱいリンゴ果汁が喉を潤ます。
 「ねぇねぇ。パーティーとかどうする?」
 「そうだねぇ……」
 実は、陽葵と組みたいと言ってくれる生徒が5人くらいいる。
 (だけど、条件があるんだよね)
 それは結菜とパーティーを組まない事。なぜなら、結菜の悪魔の使い魔が下の下であることは、クラス中に広まっており周知されていたからだ。4月に開かれた春のテストでは、モンスターであるスライムを5体、倒すというモノだった。スライムのレベルは3。かなり弱いモンスターである。結菜はレベル3であるスライムを1体、倒すのに5分もかかったのだ。結菜はおそらく、攻撃に関しては1年C組で1番、弱いかもしれない。そういう事情でクラスにとって、結菜は腫れ物というイメージなのである。だが陽葵は知っている。悪魔であるミエルの強さは補助役として、ヒーラーとして力を発揮タイプだと。とにかく、パーティーは4人である。後、2人が必要だ。
 「やっぱ、うちと同じパーティーじゃ嫌かな?」
 結菜は自虐的(じぎゃくてき)な表情で空を見上げる。
 「結菜。そういう事、言わないの。頬を掴むよ。みゅーんって」
 陽葵は結菜の頬を指先でつっつく。
 「それはやめて」
 結菜は嫌がりながらも、ケラケラと笑う。
 (そうだよ、結菜は笑顔が一番!)
 陽葵はふと、ある男子の姿が浮かび。少し、考えた後。
 「私ね、心当たりがある男子がいるんだけど」
 「え? いるの?」
 結菜は食べていたサンドイッチを落とし、前のめりになる。
 「ちょ! サンドイッチ落としてるよ?」
 陽葵は反射的に彼女の落としたサンドイッチを拾おうと、かがむ。
 「サンドイッチどこじゃないよ! 陽葵!」
 陽葵はサンドイッチをひょいっと拾い上げ。
 「これじゃあ、食べられないよね?」
 「砂でスゴイ事に……って、誰なの!?」
 「桐葉良太だよ」
 「えッ!! き、桐葉くん??」
 結菜は大きく目を見開き、大きい声をあげた。
 「それって、うちのクラスの桐葉良太くん?」
 「そうだけど?」
 こともなげに、伝えると。結菜はごくりと唾を飲み込み。
 「どうして、桐葉良太くんが?? めっちゃ、優等生じゃん!!」
 結菜は早口でまくしたててきた。
 (やっぱそういう反応になるよね……)
 桐葉良太(きりは りょうた)は陽葵や結菜と同じクラスで、白猫神高等学校を首席合格した秀才。
 所持している悪魔は中位クラスの悪魔。中の中だ。
 装備さえ変えれば、楯士、戦士、魔術師、治癒師など、どの職業にもオールマイティーに活躍できる、優秀な悪魔の使い魔を持っている。確か、名前はベリアル。
 「えーっとね。神崎良太は隣の家で、幼馴染みなの」
 「えええええええええええええ――ッ!!」
 結菜は勢いあまってベンチから落ちた。
 「ちょっ! 結菜!」
 陽葵は慌てて、立ち上がり結菜の腕を掴む。
 「ああ、ゴメン。もうさ、ビックリしちゃって」
 結菜は元の位置に戻り、めくれたスカートを手で直す。
 「幼馴染みなの?」
 「うん、そう。幼稚園の頃から遊んでたから」
 中学生になったら、遊ぶ回数こそ減ったが。1ヶ月に1回は食事をする仲だし『ライン』で連絡を取り合ったりする。
 「お願い! 桐葉くんを誘って!」
 「いいよ」
 すると結菜は、ぱあっと太陽のような、明るい笑顔になり。
 「やったぁー!!」
 結菜は両手を上げ、喜びのポースを取った。
 「まだ、決定じゃないからね? まだ、本人に聞いてないし!」
 陽葵は慌てる。だが、結菜はニヤリと悪そうな笑みを浮かべ。
 「幼馴染みのお願いを、断ると思う?」
 「ど、どうだろうね?」
 こればかりは、本人に連絡しないとわからない。
 結菜は陽葵の手を掴み、強く握る。
 「大丈夫、陽葵は可愛いし優しいから、優等生くんは断らない」
 彼女は真剣な眼差しで言う。
 「え? え?」
 陽葵は目は泳ぎ、戸惑う。
 (私は可愛くないよ、それに、そこまで私、優しくないし!)
 「大丈夫、大丈夫。優等生くんは入ってくれるよ」
 「わかった、なんとか良太を説得するよ」
 「お願いね!」
 良太は人気者だ。すでにパーティーを組んで特訓をしているだろう。
 まあ、ダメ元で誘うが。
 「だったら、後。一人か」
 結菜は腕を組み、空を見上げる。
 「結菜は心当たりない?」
 「いるけど……」
 結菜は小声でつぶやく。
 「いるんだ! 誰??」
 「実はわたしに告白してくれた男子がいるんだ」
 次は陽葵が驚く番だった。
 「えええええええええええええ――ッ!」
 (結菜に告白した男子がいたの!?) 
 陽葵は驚き、ベンチから落ちそうになった。
 「初耳だよ!! 誰なの??」
 陽葵は素早く彼女の腕を掴んだ。
 「えーっとね……竜堂武𠮷(りゅうどう たけよし)だよ」
 「ええ!! 竜堂くんが!?」
 強面で有名な竜堂武吉が陽葵に告白なんて、ビックニュースだ。
 「やっぱ、驚くよね~」
 結菜はケラケラ笑う。
 「竜堂くんて、結構、怖い人だよね?」
 「いや、ただのコミュ症だよ」
 「え?」
 「竜堂くんは、見た目こそ怖いけど。中身は優しいし、猫とか可愛いモノが好きな。オトメンな感じだよ?」
 竜堂くんがオトメン。にわかに信じがたい情報だ。
 「そ、そうなの?」
 結菜は優しげな眼差しで頷く。
 「実は、同じ中学なの。アルバイトも一緒で、休憩中とかよく喋るんだ」
 陽葵は結菜と竜堂が楽しそうに会話するイメージをする。だが、上手に想像できない。
 「そうなんだ……」
 「内緒にして、ゴメンね! 竜堂くんって、結構、内気だし。言いふらしたら、嫌われると思って、言えなかったの!」
 陽葵は手と手を合わせ、謝罪した。
 「なるほど。そっか……でも、私も良太の事、内緒にしてたから。これで、おあいこね」
 「うん、そうだね!」

 ♦♦♦

 陽葵はさっそく、良太に向け『ライン』で連絡をとる。
 『話があるんだけど』
 すると3分で返事が来た。
 『どうしたんだ?』
 『パーティーを組んで欲しいの』
 『陽葵が? どうしてまた?』
 『最強の良太と組めば、鬼に金棒だと思ってね。どう?』
 『鬼に金棒とかいって、今時、言わないだろ(笑)』
 『で、どうなの?』
 『そうだな。あいつらと喧嘩してるし。ちょうどいいな』
 『てことは……』
 『坂本のパーティーを抜ける』
 『じゃあ、うちのパーティーに入って』
 『いや、待て。お前って、今野結菜と組んでるだろ?』
 『そうだけど? 問題ある?』
 『スライムに手こずる弱さだろ? 大丈夫なのか?』
 『大丈夫。結菜の強さは補助として、ヒーラーとして力を発揮するから』
 『ヒーラーか。だったら、一人くらいいてもいいな』
 『そうでしょ? なら、いいじゃない』
 『わかった。もう一人はどうする?』
 『結菜が竜堂くんを誘うって』
 『竜堂か、あいつも大丈夫なのか?』
 『大丈夫。実はオトメンだから』
 『オトメン?』
 陽葵の話をかいつまんで、説明した。すると、良太は納得したのか。
 『わかった。じゃあ、陽葵、今野、竜堂、俺の4人でいいな?』
 『うん、お願いするね!』


 ♦♦♦

 それから3日後。
 陽葵達は放課後の教室に集まった。
 桐葉良太が両手をパンパンと叩く。
 「おう、みんな。今日は集まってくれて、ありがとな」
 どうやら、良太が仕切るようだ。
 「うん、こちらこそパーティーに入ってくれて、ありがとう」
 結菜はペコリと頭を下げ、お礼を言った。
 「……こんにちは」
 竜堂は小声で挨拶。目つきが鋭く、体格もいいので、威圧感がある。
 (本当にオトメンなの……?)
 「今日、パーティーを結成し、お互い自己紹介しようと思う。どうだろうか?」
 「はい、いいでーす!」
 結菜は元気よく手をあげる。
 「私もいいと思う」
 陽葵は小さく手をあげる。
 「……うん」
 竜堂は、腕を組み、こくりと頷く。
 「まずは、俺から紹介する。俺は、見ての通り学年のップの優等生、桐葉良太だ」
 「自分で優等生とか言っちゃう?」
 「陽葵。良いツッコミだ」
 「はいはい」
 「理由は俺の好きなバンドがこの学校に通っているからさ」
 「もしかして、エアコンハートロックだっけ?」
 「そう! 2年生の五十嵐先輩と山本先輩がいるからだ!」
 「なるほどね」
 陽葵達の学校にはエアコンハートロックという、日本の有名女性バンドがいる。
 リーダーである五十嵐先輩の父親がエアコンを作る会社の社長なので、その名がつけられたらしい。五十嵐先輩の声はハスキーで甘い声をしている。力強く高難度のロックミュージックを歌いあげる。
 「だから、エアコンハートロックの五十嵐先輩や山本先輩と友達になりたくて白猫神高等学校を選んだんだ」
 「へぇ~」
 結菜は驚かず、良太の話を聞き入れる。
 「……なるほど」
 竜堂も動じず、淡々としている。良太はウケを狙っていたが、どうやら外したようだ。
 良太はコホンと咳払いする。
 「じゃあ、今野。お前が紹介してくれ」
 結菜はビクっとし、慌てて前に出る。
 「今野結菜です! 勉強とか得意じゃないけど、バスケとかサッカーができるよ。運動神経がいいから、中学生の頃は体育はだいたい5。風邪とか引かないタイプ。元気が取り柄なの」
 彼女は早口で自己紹介する。
 「脳筋なのか……」
 良太が失礼な言葉をつぶやく。すると結菜はムッとし。
 「脳筋じゃないもん!」
 結菜は抗議の声を上げる。
 「ヒーラーなら、ある程度。賢さは必要だぞ?」
 良太の厳しい指摘に結菜はシュンと小さくなる。
 「……だよね。そこは頑張るよ」
 (坂本くんと喧嘩しちゃう原因で、やっぱ、こういう所かな?)
 良太は初対面でも容赦なく、ズバズバと発言する。正直者で本音で話すタイプだ。そういう性格がいいと思う人もいれば、嫌がる人もいるだろう。そうなると、パーティーを組んでいた坂本くん、あるいは他のメンバーは後者の可能性は高い。
 「次は、お前だ」
 良太は陽葵に向けて人差し指を向ける。
 「はい。私は七海陽葵。得意科目、国語と英語。苦手科目は理数系。趣味は読書。好きな事は悪魔の育成。私が育てている悪魔はサマエルっていうの。かっこ良くて強いの。話したら、1週間くらい話せる。なぜなら――」
 「いや! 今は話さなくていいからな!」
 良太から素早くツッコミが入った。陽葵は出鼻をくじかれ、ムスっとする。
 「あのな。お前ばかり、話したら竜堂が自己紹介できないだろ」
 良太は呆れ顔で陽葵を叱る。
 「そ、そうだね……」
 正論だ。良太の指摘はあっている。
 陽葵ばかり話したら、竜堂くんが話す時間がなくなってしまう。
 「竜堂、自己紹介を頼む」
 「……竜堂武𠮷です。以上」
 「ちょ! それだけか??」
 良太は驚き、前のめりになる。結菜はニヤっとする。
 「……話すの……得意……じゃない」
 「竜堂くんって、こう見えて。めっちゃ、優しいの。ちょっと、人より人見知りが激しいだけで。普段はもっと、ペラペラ喋れるンだよ?」
 結菜がフォローする。すると、竜堂は結菜の方を見て。
 口をもごもごさせる。
 「いわゆる、コミュ症か。竜堂は」
 「ちょ! 良太それは失礼だよ!」
 陽葵は良太に向って叱る。
 「ハイハイ、陽葵様。後で飴ちゃんあげるから」
 「い、いらない!」
 一瞬、欲しいなと思ったが、首を横に振る。
 「桐葉くん、後でちょうだい!」
 「いいぞぉ~」
 どうやら、結菜は釣れたようだ。
 陽葵が結菜を睨むと。彼女はペロっと舌を出す。
 「竜堂、後で。『ライン』を交換してくれ」
 竜堂は、目を大きく見開き。頭をゆっくり縦に振る。
 「……うん」
 「よし、それでいい!」
 「何で、そんなに偉そうなのよ!」
 「いずれ官僚になる男だ。偉くなる」
 陽葵のツッコミに動じず、腰に手を当て胸を張る。
 「今は違うでしょ。官僚になってから言いなさいよ」
 陽葵は良太をジロリと睨むが、良太はまったく動揺しない。
 「あはは! 二人とも面白い!」
 結菜は吹き出し、手を叩いて笑う。
 「まあな。俺はボケ。陽葵はツッコミの才能がある」
 「はいはい」
 良太は両手をパンと叩き。
 「さてと、じゃあ。自己紹介はここまで。作戦会議でもするぞ」
 「はい!」
 結菜は元気よく返事。
 「はいはい!」
 陽葵はやれやれとした表情で言う。
 「……はい」
 竜堂は小声で頷いた。

 ♦♦♦


 第3話『訓練』

 休日、ヒナタ達はデストレ屋いた。
 デストレ屋ではデスゲーム大会で催される死のゲームを模擬的にトレーニング出来るのだ。もちろん、戦っている使い魔が死んでも育成主には死のペナルティーはない。なので、安心して戦える。だが、使い魔である悪魔も生き物。
 何度もHPが0になるような事がおきれば、悪魔が根をあげても、おかしくない。
 最大6人がプレイできる個室。
 料金は1人、1時間で3000円とやや高めだが、育成主が死なないテストができるとなると、人気も高い。3日先まで予約で一杯である。
 悪魔の事を考えれば可哀想だが、育成主は死のリスクがないぶん、安心して戦える。
 今、ゴブリンウォリアーというボスと戦っている。
 長身なサマエルより、背が高く、体格もがっしりしている。
 ゴブリンウォリアーは白い鋼鉄でできたアーマーと兜で身を包んでいる。右手にはスチールソード、左手にはスチールシールドを装備している。
 ゴブリンウォリアーはヒナタの悪魔であるサマエルと対峙し、戦っている。
 「《チョウハツ(挑発Ⅲ)》」
 サマエルはゴブリンウォリアーに向けて挑発。これによって、ゴブリンウォリアーは効力が失うまでサマエルを攻撃のターゲットになる。
 「グオラッ!!」
 ゴブリンウォリアーは噴気しベサマエルに襲いかかる。
 サマエルは左手の盾で攻撃を防ぎ、素早く右手の片手剣で敵を斬る。
 ゴブリンウォリアーのHPが2割弱削れる。
 サマエルは戦士として前衛を任されている。高い物理攻撃力と高い物理防御力があるからだ。
 「よし、ヒナタ。その調子だ。竜堂も攻撃しろ」
 「……うん」
 竜堂は、マウスを素早く操作。
 彼の悪魔である、ネコミが戦う。
 「《キャット・オブ・ハンマー(猫の鉄槌Ⅲ)》」
 ネコミゴブリンウォリアーに向けて、ハンマーを振るう。
 ゴブリンウォリアーに見事、直撃し吹っ飛んだ。ゴブリンウォリアーの頭上にはヒヨコがぐるぐる空中を回る。いわゆるスタン状態だ。
 敵のHPは3割弱削れた。
 「よし、次は。俺だ」
 「《ファイヤーランス(炎の槍Ⅲ)》」
 良太の悪魔ベリアルが、敵に向けて魔法を放つ。
 炎の槍がゴブリンウォリアーを襲い、ゴブリンウォリアーに命中。
 敵のHPが2割削れる、まだスタン状態が続いている。
 サマエルが片手剣で攻撃、ネコミの回転叩きで、とどめである。
 ゴブリンウォリアーは倒れ、光の粒子となって消えた。
 『YOU WIN』と表示された。
 敵を倒した事によって、経験値とアイテム、お金であるギルがもらえた。
 「いや~、勝った! 勝った!」
 良太がマウスから手を放し、パチパチと拍手する。
 「ネコミちゃん、強ぇな!」
 良太が竜堂の使い魔であるネコミを褒める。
 「うんうん、強い! 1発でHPが3割削れたし、スタンさせるなんて、スゴイよ!」
 陽葵も手放しでネコミを褒める。
 「……うん、うちの子、強い」
 竜堂は頷き、微笑む。そんな中、結菜は悔しげな表情を隠さずデスクを叩く。
 「みんな!!」
 「ん? どうした? 今野」
 「どうしたの、結菜?」
 「……ん?」
 「どうしたもこうしたもない!! みんな強すぎ!!」
 「「え?」」
 「……え?」
 結菜以外の3人は固まる。
 (結菜、どうしたんだろう?)
 「ゴブリンウォリアーって、Cランクのモンスターなんだよ? たった3分で倒しちゃうなんて、おかしいでしょ??」
 「そりゃあ、私のサマエルは強いよ。めっちゃ、課金してるし。家で訓練してるし、外でもデストレ屋だって、通ってるもん」
 「俺も、そうだ。廃課金しているし、家でトレーニングしてるし、週4でデストレ屋に行ってる」
 「くぅ~、金持ちめぇ!!」
 結菜は憎らしげに、陽葵と良太を睨む。
 良太はケラケラ笑い、竜堂の方を見る。
 「で、竜堂は?」
 「……最初から強かった」
 「マジか! それは羨ましいな!」
 「そうなんだ!」
 良太も陽葵も驚く。初期から強い悪魔はレアだ。
 ネットの情報だが、初期から強い悪魔は上位悪魔に進化しやすく、強くなる傾向にある。
 結菜は深い深い溜息を漏らし、涙目になる。
 「もう、わたし、全然、いらない子じゃん! わたしがいなくても勝てるじゃん!」
 「今野。だったら前衛をやるか?」
 「できないよ!」
 「あのな、いいか今野。お前がいる事で、前衛は本気で戦えるんだ」
 「え? どういう事?」
 「攻撃を受ければ、悪魔もダメージを受けるし、人間である俺達の命がヤバくなる。だが、攻撃を受けても、今野が回復させてくれれば、状態異常も治るし。HPが回復する。そのおかげで、思いっきり戦えるんだ」
 「それは、そうかもしれないけど……」
 そでれも結菜は納得していない様子だった。
 「今野の悪魔、ミエルが俺達の悪魔だけじゃなく、俺達、人間を救えるんだ。それって、すごく重要な役割だと思わないか?」
 良太は優しげな表情で結菜をさとす。
 結菜は腕を組み、目を瞑る。
 「……」
 10秒の沈黙と無言の後。結菜の口元を綻び。
 結菜は大きな瞳を開け、頭を縦に振った。
 「そうだよね! わたしって重要だよね!」
 「そうだよ、結菜とミエルくんは超重要だよ?」
 「……うん、僕も、思う」
 「そうだぞ! もっと自信を持て、今野!」
 結菜の大きな瞳がキラリと光った。
 「うん! わたし頑張るから! もっと訓練しよう!」
 良太は両手をパンパンと叩き響かせる。
 「そうだな! もっと訓練しよう!」

 ♦♦♦
 第4話『参拝と食事』

 デスゲーム大会、2日前。
 陽葵達は参道と通っていた。
 東京須佐之男(すさのお)神社。須佐之男命(すさのおのみこと)をまつる神社である。
 デスゲーム大会での勝利を祈願するため、神社を訪れたのである。
 手水舎(てみずや)で口と手を清め、拝殿へ。
 お賽銭(さいせん)にお金をいれ、麻縄(あさなわ)(つか)み、()らして鈴を鳴らす。
 深いお辞儀をし、両手を二回打つ。
 陽葵達は手と手を合わせ、デスゲーム大会での勝利を祈る。
 そして、お辞儀。
 二礼二拍一礼をし終える。
 「ねぇ、お守り買わない?」
 結菜が笑顔で提案する。良太は手を叩き、指をさす。
 「いいねぇ~、やっぱお守りは重要だ。買おう!」
 「私も欲しいな」
 陽葵も笑顔になり、賛同する。
 「……うん、僕も、買う」
 どうやら竜堂も同意見みたいだ。


 陽葵達は売店でお守りを選ぶ。色とりどりのお守り。
 「これと、これと、これと――」
 良太はいろんなお守りを選んだ。陽葵は思わず吹き出す。
 「良太、買いすぎだよ!」
 「いいんだ。たくさんの神様に守られたいんだ」
 良太は恥ずかしげもなく、堂々と購入。陽葵は呆れ顔で見届ける。
 「いいな~、わたしもたくさん買おうかなぁ~」
 結菜は触発されたのか、彼女もあれこれ選ぶ。
 「竜堂くんは?」
 「……2個、くらいで、十分」
 「だよね」
 陽葵も、2個くらいで良いと思った。
 「よし、お前ら。俺がお金を出す。自由に選びたまえ」
 「え? いいの!?」
 結菜は良太に向って、前のめりで食いつく。
 「ああ、いいぞ!」
 「やったー!! ありがとう、桐葉くん!!」
 結菜は満面の笑みで、両手をあげ、それから感謝のポーズを取った。
 陽葵は、二人のコントみたいなやり取りに、思わず吹き出す。
 「あはは! 面白い!」
 「……ふふ、そうだね!」
 竜堂も面白いと思ったのか、自然と笑顔になる。
 陽葵は思う。
 (デスゲーム大会がなかったらいいのに)

 ♦♦♦

 それから昼食。新宿駅の近くにあるイタリアンレストランで、食事をとる事になった。
 人気の店という事もあり、お客が多かった。
 良太の行きつけの店らしく、小学生の頃から通っている。
 彼は陽葵を、たびたび食事に誘ったりする。
 良太は空いている個室を選んだ。
 中に入り、椅子に座る。
 「よし、お前ら。俺のおごりだ、どんどん、頼め」
 「ありがとうございます! 桐葉リーダー!」
 結菜はビシッと敬礼(けいれい)し、感謝する。
 「……ありがとう!」
 竜堂も結菜のマネをして、敬礼する。
 「えっと、私も?」
 陽葵も彼らのノリで敬礼する。
 「そうだ。俺はリーダーだからな」
 良太は腕を組み、偉そうに何度も頷く。
 陽葵達は、遠慮なくバンバンに頼む。
 サラダ、パスタ、ピザ、ドリア、ドリンク――
 15分くらいで、ウエイトレスがあらわれ、テーブルに食膳(しょくぜん)(くば)る。
 陽葵達は喜び、小皿に入れていく。
 彼女らが食後のデザートを頼んだ後、良太はコホンと咳払いする。
 「なあ、お前ら」
 「ん、何? 良太?」
 「なあに?」
 「……ん?」
 良太は席に座りなおし、神妙な表情になった。
 「遺言書(ゆいごんしょ)は書いたか?」
 「えッ!?」
 「えええッ!?」
 「……えッ!!」
 3人は驚嘆(きょうたん)し、かたまった。
 「俺さ。昨日の夜、遺言書を作ったんだ。泣きながらな」
 「どうして、遺言書を?」
 陽葵は(いぶか)しげに問いかける。
 「そうだよ! 遺言書を作るなんて、おかしいよ!」
 結菜も同じ気持ちなのか、憤慨(ふんがい)し大きな声で訴える。
 「……」
 竜堂は腕を組み、良太を見つめ、真意を見定める。
 陽葵は思う。遺言書を書くなんて、死亡フラグを立てるようなものだ。
 勝利したいなら、余計な事をせず、いつも通りの生活をすべきだ。
 「わかってる。けどよ、残された者はきっと読みたいと思わないか? 俺の気持ちや、どんな生き様だったのかとか、家族に対する感謝とか。いろいろあるじゃんか」
 「それは……」
 陽葵は良太の言葉を否定できなかった。
 「……」
 8秒の沈黙の後。
 「わかるかも……」
 結菜は沈黙を破る、つぶやきを放つ。
 「結菜?」
 彼女は顔を上げ、斜め向かいにいる良太の方を見る。
 「わかるけど、遺言書は書かない」
 「どういう事だ?」
 良太は目を細め低い声を出す。
 「遺言書じゃなくて、将来の夢というか、未来の目標を書こうと思う」
 「未来の目標……」
 良太は腕を組み、思考する。
 「死を覚悟して挑んでもきっと、震えて本来の力とか出せないと思うの。それよりも、将来、どんな職業につきたいとか、どんな事がしたいのかとか。結婚はしたいのか? とか、自分の未来について書くの」
 陽葵は彼女の言葉に強く感動し、隣にいる結菜の肩を掴む。
 「結菜、それ素敵じゃん!」
 陽葵の目はキラキラである。
 「……僕も、思う!」
 竜堂も目を輝かせ、前のめりになる。
 良太は敗北を感じたのか結菜をジロリと見て。
 「何だよ。俺よりカッコイイじゃんか!」
 陽葵は思わず吹き出す。
 「良太、嫉妬してるの?」
 「うっさい、陽葵。オナラするぞ?」
 「それは止めて! 良太のオナラ、マジで臭いから!」
 「臭くない、俺のオナラはレモンの香りがする」
 「しないって!」
 「また、始まった、二人の漫才」
 結菜は手を叩いて笑う。
 「ハハハハハハッ――!」
 竜堂は腹を抱えて盛大に笑い出す。
 「ちょ、竜堂、笑いすぎだぞ!」
 「そ、そうだよ!」
 陽葵と良太はこんなに笑っている竜堂を見たのは初めてである。
 「だってさ、二人の夫婦漫才(めおとまんざい)って面白いからさ! つい、笑っちゃった!」
 「誰が、夫婦だって!?」
 陽葵はツッコミをいれる。なぜだか、良太はまんざらでもない表情になる。
 「よくぞ言ってくれた、竜堂!」
 良太の発言に、結菜と竜堂は腹を抱えて、笑う。
 陽葵は思う、こんな楽しい時間がずっと続いて欲しい。
 だが、デスゲーム大会はもうすぐである。
 氷の入った、冷たいアップルジュースをごくりと飲み、決意する。
 (絶対、結菜達と一緒にデスゲーム大会を乗り超える!)


 ♦♦♦
 第5話『夏のデスゲーム大会・開幕』

 夏のデスゲーム大会当日。
 陽葵は朝食を取っていた。ご飯に納豆をかけ、口に運ぶ。
 (このネバネバがいいんだよね)
 向かいに座る、父・尚人が。(はし)を置き、陽葵を見る。
 「陽葵」
 「何?」
 ヒナタは茶碗を置き、父である尚人の方を見る。
 「精一杯、頑張れよ! 応援している!」
 父・尚人(なおと)は真剣な眼差しで、陽葵を鼓舞(こぶ)する。
 「お父さん……」
 「陽葵、お母さんに連絡してね! お父さんと一緒に寿司屋さんに行きましょう!」
 隣にいる母・陽菜子(ひなこ)は、はつらつとした感じでヒナタの肩に手をそえる。
 「お母さん……」
 両親の愛を感じた。デスゲーム大会をなんとしても、勝利しなくてはならない。
 (絶対、勝利して、両親とお寿司屋でお祝いするんだ!)


 ♦♦♦

 学校に到着すると、すでに大半の生徒達がいた。
 中には、緊張のあまり吐いてしまっている子もいる。
 よく見知った3人がこちらにやって来た。
 「おはよう、陽葵、遅いぞ!」
 「おはよう、陽葵!」
 「……おはよう!」
 「3人とも、おはよう! 別に遅くないじゃん!」
 掛け時計を見たら、8時02分であった。
 「俺なんか、6時半にはいたぞ」
 「わたしは、7時20分」
 「……7時30分」
 「3人とも、早すぎ!」
 朝のホームルームが始まるまで、陽葵達は作戦会議をする。
 陽葵はいつも通り、戦士として前衛だ。
 敵を挑発し、ターゲットをサマエルに集中させる。HPが3割減ったら、竜堂の悪魔であるネコミとバトンタッチ。結菜の悪魔、ミエルがサマエルに近づき回復。治癒しだい前線に戻る。良太は中衛で、司令塔として指示する。時と場合によっては前線、あるいは後衛になる。
 話し合っていくうちに、担任の闇与見(やみよみ)先生がやって来た。
 壇上に出席簿を置き。
 「おはよう、みんな! いよいよ大会だな!」
 闇与見先生はあえて大きな声で話す。笑顔だが、目は笑っていない。
 先生なりに、生徒達を心配しているのだろう。
 「そうですね」
 「はい」
 「緊張します」
 みんな、不安や緊張、恐怖でソワソワしていた。
 「いいか、お前ら。デスゲームは毎年、死人が出る。自分は大丈夫だと思って高をくくるな。謙虚に挑め。だが、自信はある程度、必要だ。最後はまで諦めず、冷静に挑めよ」
 生徒達も先生の言葉に、心が打たれ、目にやる気の炎が宿り始める。
 朝のホームルームも終わり。先生は立ち去った。

 ♦♦♦

 デスゲーム大会の会場は体育館だ。
 デスゲーム大会は2年生も3年生も行う。

 1年生は1日目。
 2年生は2日目。
 3年生は3日目。

 日程としては1時限目は1年B組。
 2限目は陽葵達のクラスは1年C組。
 3限目は1年A組だ。

 ヒナタ達は体育館の近くにある待合室で、待機だ。スマホは事前に、デスゲーム大会の実行委員が預かる。
 広い校庭には救急車が40台以上、とまっている。
 1時限目が始まった。

 ♦♦♦

 それから20分後。
 待機室でも聞こえる、救急車のサイレン。
 生徒達は恐怖で、震えてる。中には泣き出す女子が複数にいた。
 サイレンが鳴っているという事は、死人が出たのだろう。
 「陽葵……」
 結菜が陽葵の手を握る。
 「大丈夫だよ。結菜、私がついてる」
 陽葵は彼女の手を握り返し、気丈(きじょう)()る舞う。
 確かに不安と恐怖はある。だが、それ以上に愛するサマエルと一緒に、命をかけて戦う事に、
 小さな闘争心(とうそうしん)(いく)ばくの喜び、そして高揚感(こうようかん)がある。
 何度か救急車のサイレンが聞こえるが、陽葵の――心の火は消えない。
 制限時間がすぎ、20分が経つと、1年B組の生徒達は体育館から出る。
 次は陽葵達の番である。待合室から体育館に移動。
 体育館には35台以上に及ぶパソコンと机、椅子がセッティングされていた。
 デスゲーム大会の実行委員からスマホを受け取り、みな、指定の席に座る。
 パソコンがちゃんと作動するかチェック。インカムもつけて、確認。
 陽葵の右側には結菜、左側には良太、その隣に竜堂である。
 竜堂、良太、陽葵、結菜である。
 モニターにはスタート画面が映し出されていた。
 大会の実行委員の一人が体育館の前でマイクを握る。
 「今回、1年が倒すモンスターはワイズ1体、スケルトンウォリアー2体だ――」
 生徒達は動揺しざわめく。ワイズはCクラスのモンスター。スケルトンウォリアーもCクラスだ。1体ならともかく、3体のモンスターを相手にするのは1年生にはキツいだろう。
 それに、1年C組の悪魔達は陽葵ほど強くない。
 大半が下位、下の上クラスの悪魔だからだ。
 それにワイズは魔法を使ってくる、ロイドの魔法防御力は低くないが、物理防御力ほど高くもない。一抹の不安を感じる。
 「結菜、大丈夫?」
 右側にいる結菜は歯をカチカチさせ、マウスを握る手も震えている。
 「結菜、しっかりして!」
 「う、うん!」
 「今野、もしダメそうなら、オート設定しろ」
 良太が冷静にインカムごしに言う。
 「わ、わかった!」
 実行委員は腕につけているデジタル腕時計を見る。
 体育館に備え付けられている、デジタル時計はカウントダウンする。
 「5秒前、4、3、2、1では、始め――」

 ♦♦♦
 第6話『開始』

 制限時間は30分だ。
 前衛にはスケルトンウォリアーが2体、後衛にワイズが1体いる。
 スケルトンウォリアーは骸骨の戦士だ。鎧、兜、剣と盾を装備している。
 おそらく、鋼鉄、スチール系である。
 ワイズは骸骨の魔法使い。紫色のローブ、頭には王冠を被っている。
 体よりも大きな杖を装備している。
 こちらは前衛に戦士のサマエル、同じく戦士のネコミ。中衛には何でも屋のベリアル、後衛に治癒師のミエルである。
 「スケルトンウォリアーを優先して倒せ!」
 「「了解!」」
 「りょ、了解!」
 陽葵はさっそく挑発スキルを発動させる。
 すると、スケルトンウォリアー2体が、サマエルに近づく。
 ネコミは、スケルトンウォリアーAに向けてハンマーを振るう。
 良太の悪魔はヒナタ達の悪魔に向け、攻撃力と防御力、魔法攻撃力、魔法防御力を上げる、
 バフをかけていく。
 「良太、ありがとう」
 「あ、ありがとう!」
 「おう!」
 だが、結菜の悪魔であるミエルは、まるで混乱したかのように、あらぬ方向に、いったりきたりとしていた。操作が乱れに乱れていた。
 「結菜、しっかりしろ!」
 良太が結菜に向けて叱咤(しった)する。
 「ごごッ、ごごごッ、ゴメン!」


 開始してから、7分後。スケルトンウォリアーの2体のHPは7割弱まで削れた。
 ワイズのHPは3割弱、削れている。
 後、23分。スケルトンウォリアーに関しては制限時間内に倒せそうだが。ワイズは間に合うだろうか?
 陽葵達に不安と焦燥感が漂う。結菜に至っては、オート設定にし、ミエルの意志で戦っている。結菜はミエルに向ってお祈りをしていた。
 「ミエルくん、頑張って!」
 だが、状況に変化が起きた。
 スケルトンウォリアーとワイズがミエルに向って、走る。
 「マズいぞ! 今野を守れ!」
 良太は異変に気づき、陽葵達に指令する。
 陽葵も気づき、挑発を発動させた。だが――
 「《挑発無効Ⅲ》」
 ワイズが唱える。すると、2体のスケルトンウォリアーはミエルに向う。
 「こッ! こないでッ!!」
 結菜は叫ぶ。だが、スケルトンウォリアーは結菜達の悪魔を無視しミエルに近づいて行く。
 スケルトンウォリアー達は早かった。スケルトンウォリアー達がミエルに近づき、剣を振るう。良太の悪魔であるベリアルが魔法スキルを発動。
 2体のスケルトンウォリアーは燃え上がる。
 「桐葉くん!!」
 結菜は大きな声をあげる。
 「陽葵! 竜堂! 早く来てくれ!!」
 「うん!」
 「う、うん!」
 二人の悪魔がスケルトンウォリアーに向って走る。
 ワイズはニヤリとし杖を掲げる。
 「《ダークレインパラライズⅣ》」
 それは広範囲に渡る、全体攻撃だった。
 空から黒い雨が降り注ぐ。
 サマエルのHPは1割弱削れ、ウサミとベリアルのHPが1割強削れた。
 ミエルは6割強も削られてしまった。それだけじゃない、ミエル以外の悪魔達が混乱状態になってしまった。
 「結菜! オートを解除して、俺の悪魔の状態異常を治せ!」
 「え!! ちょっと待って!!」
 結菜はオート解除している間、サマエルはウサミを攻撃。ベリアルは、近くにいたスケルトンウォリアーAとBを攻撃していた。
 「結菜!」
 「解除した!」
 結菜はオート機能を解除した瞬間だった。
 「《ダークランス》」
 ワイズは唱え、闇の槍がミエルに向って、放たれた。
 「え?」
 闇の槍はミエルの胸を貫通し消えた。8割弱しかなかったHPは、みるみる減り。
 瀕死状態をあらわす、赤いバーに突入――HPは空になった。
 ミエルは倒れ――光の粒子となって消えた。
 陽葵達は、10秒間、状況が飲み込めなかった。
 「……」
 「ミエルッ! いやッ! ミエルうううううう――ッ!!!」
 結菜は絶叫した。体育館中に響き渡る。
 良太はその声で我に返り、叫ぶ。
 「陽葵はスケルトンウォリアーAを! 竜堂はスケルトンウォリアーBを!」
 「結菜が!! 結菜が!!」
 「ゆ、結菜ちゃん!!」
 陽葵と竜堂は椅子から立ち上がり、結菜にの元に行く。
 「結菜!!」
 「馬鹿!! わたしにかまわず、戦闘を続けて!!」
 「だって! 結菜が!」
 すると結菜が陽葵の(ほほ)平手打(ひらてう)ちする。
 「戦闘に戻って! 早く!」
 結菜は鬼の形相で訴える。
 陽葵はハッとし、彼女の言うとおりに椅子に座り、戦闘に戻る。
 「武吉も!!」
 「わ、わかった!」
 竜堂も慌てて、自分の席に座る。

 それから、15秒後、良太の悪魔の混乱が解け、すぐに魔術でサラエルとネコミの状態異常を解いていく。
 「ワイズを倒せ!!」
 それから無我夢中でワイズと戦かった。スケルトンウォリアーの攻撃を無視して。
 ゲーム開始から18分後。
 《YOU WIN》と表示された。
 そう、ワイズ達を倒す事に成功した。
 陽葵は慌てて、結菜の方を向く。
 「結菜!!」
 結菜は胸をおさえていた。
 「結菜! 結菜!!」
 竜堂くんと良太も椅子からおりて、結菜の元に寄る。
 「結菜、勝ったぞ!!」
 「そっか……良かった……」
 「結菜ちゃん! 生きるんだ!」
 竜堂が叫ぶ。だが、結菜の体は氷のように冷たくなっている。
 「……みんな……ありがとう……」
 「馬鹿ッ!! 諦めるなよ!!」
 「そうだよ!! 結菜!!」
 良太と陽葵は叫ぶ。
 「……ゴメン……もう……息が……さよう……なら……」
 そう言い残し、机に突っ伏した。
 「結菜ああああああ――――ッ!」
 陽葵は叫んだ。
 すぐに実行委員と救急隊員があらわれ、結菜の脈をとる。
 救急隊員がタンカーの上に結菜を乗せ。
 校庭にある救急車へと向った。
 「結菜ああああああああああああああ――ッ!」
 「静かにしろ! まだプレイしている生徒達がいる!」
 実行委員が陽葵の口をハンカチを無理矢理、当てる。
 陽葵は暴れたが、ハンカチに睡眠薬が散布しているのか、しだいに力が入らなくなり眠った。
 「何をするんだ!!」
 「ひ、陽葵ちゃん!!」
 「叫ぶな。この子は眠っているだけだ。大人しくしなさい」
 「くッ!」
 良太も暴れそうになったが、竜堂が彼を腕を掴み、止める。
 「竜堂!!」
 良太はギロリと竜堂を睨む。
 「……救急車に乗っていいですか?」
 竜堂は実行委員に、怒りを押し殺した声で言う。
 「一人ならいいだろう」
 「……わかりました」
 「竜堂! お前ッ!!」
 「黙れ、良太!! 僕もお前より怒ってる!!」
 竜堂の剣幕に良太はハッとする。
 なぜなら竜堂の瞳から大粒の涙が流れていた。
 「ッ……!」
 竜堂は一瞬で大人しくなった。

 陽葵は救急隊員によって保健室に運ばれ。
 竜堂は救急車に乗り。良太は駐輪場の自転車に乗って病院へ向った。

 ♦♦♦

 第7話『犠牲者』

 1年C組 死亡者7人
 1年B組 死亡者6人
 1年A組 死亡者4人

 2年C組 死亡者4人
 2年B組 死亡者2人
 2年A組 死亡者0人

 3年C組 死亡者5人
 3年B組 死亡者4人
 3年A組 死亡者1人

 教室の後ろにある掲示板に貼られた。
 陽葵のクラスだけで、7人も亡くなった。他のクラスもそうである。
 2年生のクラスも3年生のクラスも死亡者を出した。


 ♦♦♦

 自宅では陽葵は暴れに暴れ、部屋中が滅茶苦茶になった。
 父が救急車を呼び、救急隊員の誰かが陽葵にタオルを当てる。
 デジャブだ。実行委員もヒナタと同じ手口で眠らせた。


 気づいたら、精神科専門の病院。保護室と呼ばれる所にヒナタはいた。
 薄暗く、シンプルな部屋である。ベッドと簡易便所が置いてあるだけ。
 ふと、夏のデスゲーム大会の記憶が蘇る。
 結菜は死んだ。そう、死んだのだ。
 胸が張り裂けそうだった。苦しい、苦しい、辛い。
 涙が止まらず、嗚咽(おえつ)する。
 「結菜ッ!! 結菜ッ!! 結菜あああああああああああああ――ッ!!」
 陽葵は大声で叫んだ。
 すぐさま看護師と医者があらわれた。
 看護師が、陽葵をおさえつけ。その間、医者が素早くヒナタの腕に注射を打つ。
 20分後、陽葵は叫ぶのを止めた。
 時間が経つにつれ。
 「ゆ、い、な……ゆ、い、な……」
 ヒナタの意識は薄くなり、眠気が襲う。
 彼女はそれから、1ヶ月の入院生活を送った。



 ♦♦♦

 桐葉家は結菜のお通夜にいた。学校の制服は黒いので、その服で参席する。
 良太の母と父も一緒に行ってくれた。
 白いキクの花。笑顔で映る遺影写真。今野結菜が安置する棺桶。
 左側の一般席に着席。
 前席には、すでに竜堂武吉と竜堂の両親が座っていた。
 隣にいる母は、良太の手をぎゅっと握ってくれた。
 温かく柔らかい。
 良太の心は瀕死(ひんし)状態だった。
 (俺のせいだ……)
 良太は自分を責めていた。
 リーダーなのに、的確な指令が出来ていなかった。
 もし、リーダーが俺じゃなかったら今野は生きていたではないだろうか。
 スケルトンウォリアーではなくワイズを先に倒しておけば、今野は生きていた可能性が高かった。良太は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになる。
 良太は自責(じせき)(ねん)に押しつぶされていた。
 それでもお通夜は行かなくてはならない。これはリーダーとしての責任だ。
 良太は陽葵が精神科の病院で入院している事を知っている。
 自分も入院したいと思った。良太の心、精神も病んでいたからだ。
 竜堂武吉にも申し訳なかった。なぜなら、武吉が今野を愛してる事を知っているからだ。
 (ゴメンな……)
 良太は心の中で何度も何度も謝罪し、懺悔する。


 ♦♦♦
 第8話『復帰』

 陽葵は病院を退院後――学校に登校。
 1ヶ月ぶりの学校だ。陽葵は無表情で教室に入る。
 「陽葵!」
 良太は彼女に気づき、陽葵に向った。
 「あ、良太……」
 陽葵も気づき、小さく手を振る。
 良太は彼女の元まで来る。
 「お帰り、陽葵。退院できたんだな」
 良太は優しげに微笑む。
 陽葵は彼が自分をいたわってくれているのに、心に響かない。
 「まあね。心配かけてごめん」
 彼女は良太の目を見ず、抑揚のない声で言う。
 「別に謝る事じゃないだろ」
 良太は彼女を抱きしめたいという衝動(しょうどう)にかられたが、ぐっとこらえた。
 「そうだけど……」
 「なあ、陽葵」
 「ん?」
 「実はな、俺の悪魔が進化したんだ」
 「進化……」
 「ああ、進化した!」
 良太は笑顔で何度も頷く。陽葵は笑顔を無理矢理、作る。
 「おめでとう」
 小さく弱々しい祝福だ。
 「中の上クラスになった。このまま順調にいけば、高校3年生には、上位悪魔になってるかもな――」
 良太は嬉しそうにペラペラと喋り、自慢話しをする。彼女は嫉妬心は湧かず、非常に淡泊な気持ちで話しを聞く。
 「いいな」
 「そうだろ!」
 「……」
 陽葵は無言で自分の席に行き、スクールバックを机に置く。
 教科書とノート、筆記用具を机に入れていく。
 良太の涙腺が緩み、泣きたくなったが、首を振る。
 「なあ。陽葵」
 「ん?」
 「毎日、デストレ屋に行かないか?」
 「え?」
 良太の発言に、彼女はかたまった。
 「俺は! お前まで死んで欲しくない! 冬のデスゲーム大会に向けて訓練するんだ!」
 良太は真剣な眼差しで、彼女を誘う。
 「毎日……?」
 毎日、デスゲームの訓練を?
 「親父が最近、デストレ屋を経営している友人ができたんだ。頼めば、格安で毎日デストレできるぞ?」
 良太は悪そうな顔でニヤリとする。
 「マジで?」
 「ああ!」
 良太は力強く頷く。
 「……わかった」
 「よし! 決まりだな!」
 それから竜堂くんも誘い、デストレに毎日通い詰めた。学校の授業終わったら、すぐにデストレ屋へ。休日もデストレ屋。無我夢中でデスゲームの訓練をした。
 

 ♦♦♦

 秋、10月21日

 家に帰り、いつものようにアプリを起動させた。
 「ただいま、サマエル」
 「……」
 「サマエル?」
 なんか様子がおかしい。てか、見た目が違う。
 黒髪が灰色の髪になっている。髪が肩まである。
 それに顔立ちも大人っぽい。20代前半くらいの男性に見える。
 着ている服も、白と黒を基調とした軍服のような制服である。
 「陽葵!」
 「ん? なあに?」
 「話がある」
 「どうしたの? サマエル?」
 「どうやら、俺は進化したようだ」
 「やっぱ、進化したんだ!!」
 「魔天使になったみたいだ」
 「え? まてんし?」
 (まてんしとは、何だろう??)
 陽葵は首を傾げる。
 サマエルは腕を組み、神妙な面持ちになった。
 「魔天使が、なんなのか俺が調べる。いいか?」
 「うん、お願い!」
 「後、それだけじゃないんだ、声も聞こえた」
 「声?」
 「結菜さんかもしれない。『わたしが力をあげる』と言っていた」
 「えッ? 結菜が!!」
 陽葵はスマホを強く握る。
 (結菜が? 亡くなったハズの結菜が??)
 「回復魔法が使えるようになった。それだけじゃない、死者蘇生もできる」
 「ええええええ!?」
 陽葵は驚嘆し、スマホを落としそうになった。
 死者蘇生は超絶レアスキルである。
 確か、上の上クラスの悪魔でも獲得できるかどうか、わからない。超レアスキルである。
 何せ、死んだ悪魔を復活させる事ができれば、育成主も蘇生できるのだ。
 デスゲームを真っ向から喧嘩を売っているスキルだ。盤上がひっくり返るレベル。
 「やはり、凄まじいスキルなんだろな」
 「そうだね……」
 そもそも、どうして、結菜がサマエルにそんな力をくれたんだろうか?
 悪魔であるミエルには、死者蘇生のスキルなんて持っていたのだろうか?
 いろんな疑問が湧く。
 「他には、何か言われてない?」
 「『陽葵ありがとう。わたしと一緒にいてくれて』と言っていた」
 「結菜!!」
 まさか、そんな伝言を。陽葵の目頭が熱くなる。
 「陽葵。泣いてもいいぞ?」
 サマエルはスマホの中で、液晶画面に触れ、優しげな眼差しで言ってくれた。
 「な、泣かないもん!」
 彼女は気丈に振る舞おうとしたが、瞳から大粒の涙が出てきた。
 「陽葵。俺は進化したが満足していない。これからもどんどん強くなる。陽葵も一緒に強くなろう」
 「うん……!」
 結菜は言葉と力をくれた。絶対に無駄にしたくないし、いかしたい。
 どれだけ泣いただろう。気づいたら、お母さんが自室に入り、陽葵を抱きしめていた。
 泣き付かれて、いつの間にか眠った。

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