第1話『日常』
春、5月27日。
6:05に起床。
七海陽葵(ななみ ひなた)はカーテンを開けると陽光の眩しさに目を細める。
雲は多少あるものの、良い天気だ。
部屋のテーブルに置いてあるスマホを手に取り、慣れた手つきで操作。
ある、アプリを起動させる。
それは悪魔育成アプリ。通称『デビルレイズ』
その名の通り、悪魔を育てる、育成ゲームだ。
ゲームといっても、実際、生きているし心もある。
スマホの中に生き物がいるというのは、どういう原理なのかは陽葵にはよくわかっていない。
だが、スマホにはグリモワールというモノが内蔵しており、悪魔などが生活できるようになっているらしい。
スマホという機械に生き物が宿っているのは、なんとも不可思議だ。
「おはよう、サマエル」
私はスマホに向けて、朝の挨拶。すると、画面に映ったサマエルという悪魔の男性がこちらを見つめる。
「おはよう、陽葵」
サマエルは返事をしてくれた。
短い黒髪、高すぎない鼻筋、キリリとした目、シャープな輪郭、端正な顔立ちをしている。
スタイルもよく、設定上。背が185センチ、体重は72キログラムだ。
上は着崩して身につけている黒いワイシャツに、下は黒い皮のズボン。背中には漆黒の羽が生えている。正真正銘のイケメン悪魔で、陽葵の使い魔である。
陽葵はニンマリし、画面に映るサマエルの頬に向けてタッチ。
「今日もカッコイイよ」
スマホ画面に向って、サマエルを褒めた。
するとサマエルは目を細め、白い歯を見せ、笑みをこぼす。
「陽葵こそ、可愛いぞ」
サマエルのイケメンスマイルと耳がとろけてしまいそうな低音ボイス。
陽葵の心は高鳴り、キュン死しそうなになるほど、彼にメロメロである。
「いつになったら、スマホから出られるの?」
これまでに500回以上は言っているだろう台詞を投げてみた。
サマエルは苦笑し、腕を組んだ。
「そうだな。もう少しだ」
「もし、出てきたら。付き合ってくれる?」
陽葵の突然の告白にサマエルは吹き出し、笑う。
「ハハハ。朝から告白か、陽葵は情熱的だな」
「はぐらかさないで、私は本気なんだから」
陽葵は頬を膨らませ、サマエルに向けて軽く睨む。
彼は肩をすくめ、はあと溜息を漏らす。
「俺は悪魔だ。それでもいいのか?」
サマエルの赤く鋭い瞳が光る。
そう彼は悪魔だ。それも中位クラス悪魔。
悪魔とは悪い生き物。だが、20年前に悪魔は世界中に降臨。
悪魔と共存している現在では、そこまで悪魔に対して憎悪というものは薄い。
それに陽葵のサマエルは魔術だけじゃなく剣術も扱える文武両道な悪魔。それにイケメンでイケボ。陽葵が彼に惚れる要素はいくらでもあるのだ。
例え悪魔でも、だ。
「うん、いいの。私、サマエルの事、大好きだから」
サマエルは根負けしたのか、両手を上げ、ケラケラ笑う。
「わかった。俺が育ち、スマホから出られるようになったら、デートでもしよう」
「やったー!」
私は右手を上げて大喜びをすると、サマエルはフフと小さく笑う。
そして、今日も一日が始まる。
♦♦♦
陽葵は電車に乗車し、ドア付近で立っていた。
座りたいが、すでにイスには乗客がいて満席。誰もかしこもスマホをいじっている。
十中八九、あのアプリを起動させ操作しているだろう。
それは悪魔育成アプリ。『デビルレイズ』だ。
みな、悪魔育成に必死だ。
それもそうだ、悪魔を上手に育成し、スマホから出てこられるほど、成長すれば、国から奨報金がもらえる。悪魔の強さや質によって、もらえる額は違うのだが。
ものすごく弱い下の下クラスの悪魔でも、最低200万円がもらえるのだ。アルバイトせず、悪魔育成に力をいれれば、いい稼ぎができるのだ。副業としても旨みがあるし、中には、本業として育成し、多額のお金を稼ぐ者も少なからずいる。上位の悪魔に育てれば1000万円以上、稼げる。だから四六時中、育成に没頭してもおかしくない。
陽葵はいつものように、サマエルに朝ご飯のデザートを与える。
課金で購入した、苺のショートケーキだ。
サマエルが少しでも強くなってもらいたし、喜んで欲しい。
サマエルはフォークを使って口に運ぶ。
彼は目を細め、咀嚼する。
「美味いな」
その姿に陽葵はニマニマする。
ああ、やっぱりサマエルは素敵だ。尊い。
そうこうしている内に、学校の最寄りの駅に到着。
スマホをブレザーのポケットにいれ、車内から出る。
♦♦♦
電車から降り、徒歩7分の所に、陽葵が通う学校がある。
白猫神高等学校(しろねこがみこうとうがっこう)である。
神社があった場所を更地にし、学校が建ったという事もあり、階段がやたらと長い。
足腰が鍛えられて健康的になるぞ、と思えば少しは前向きになるだろう。
3年前にできた、新しい学校なので校舎が綺麗だ。
掃除が行き届いた玄関を通る。
多くの高校が、昔、推薦入学というモノがあったらしいが、8年前に廃止された。
各学校の筆記試験や面接を受けなくてはならない。学校によっては悪魔の強さをテストする学校もある。
教室に向った。陽葵は1年生なので、一番上の階だ。
階段は面倒。だが、エレベーターを使用するわけにはいかないだろう。
1年C組。陽葵のクラスである。
教室内にはすでに、数人の生徒とよく見知った生徒もいた。
よく見知った生徒が陽葵に気づき、小走りでこちらにやって来た。
「おはよう! 陽葵!」
「おはよう、結菜。今日も早いね」
彼女は今野結菜(こんの ゆいな)。陽葵のクラスメイトで友人である。
整った眉にダークブラウンの大きな瞳、少し丸い輪郭。
背は陽葵より小さく小柄。黒髪のポニーテールが揺れる。
結菜を動物に例えるとえるならリスだ。
「おはよー、そりゃもちろん、1分1秒でもミエルくんを育てる為だよ」
そう言って、結菜はニヤリとする。
「やっぱ、そうだよね」
ミエルとは、結菜が育成している悪魔である。
お世辞にも、強いといは言えず。下の下。下位の悪魔である。
結菜は弱いミエルくんを少しでも強くなれるよう、アルバイトをしてお金を稼ぎ、課金している。
ミエルくんはどっちかっていうと攻撃ではなく補助として力を発揮するタイプ。
自分自身や仲間を回復させる、ヒーラーだ。
陽葵はスクールバックを机に置き。机に必要な教科書やノートをいれる。
「うちのミエルくんね。もっと一緒にいたいとか、甘えてくるんだよね~」
「ミエルくん、可愛いよね」
茶髪の天然パーマに、大きな茶色い瞳。整った顔立ち。黄色を基調とした制服と黄色い杖。
動物で例えるなら羊みたいな子。とても可愛い悪魔である。
「うん、そうなの。うちさ、アルバイトしてるから、ミエルくんに寂しい思いとかさせてるから、ちょっと可哀想だなとか思ってるんだけどね。こればかりは、我慢して欲しいというか」
「そっか~。アルバイトとか大変だよね。ミエルくんの為に頑張る結菜は偉いよ」
「そう? そりゃあ、ミエルの為なら、1日20時間、働くよ?」
「それは、働きすぎだよ~」
陽葵は苦笑しつつ、スクールバックを机のフックにかける。
結菜の気持ちを理解できる。陽葵もサマエルのためなら、20時間、働きたい。
だが、陽葵の両親はアルバイトは認めてくれなかった。
親が課金するお金を出してくれた。アルバイトせず、サマエルをつきっきりで、育成した方がいいとアドバイスされたからだ。
月に20万円、もらっている。高校生に渡すには、かなりの大金だ。
父親が飲食店の経営者なので、お金には、かなり余裕がある。
親からもらえる豊富な資金と陽葵の献身的な育成時間がサマエルは着実に強く成長させている。サマエルは今は中の上クラス。このまま順調にいけば、上位の悪魔に成長できるだろう。
「陽葵はいいよね、親からお金をもらえるなんて」
結菜は羨ましげに陽葵を見つめ、はあと溜息を漏らす。
陽葵は椅子に座り、ブレザーのポケットからスマホを取り出す。
「まあね、私としては結菜のようにアルバイトしたいけどね」
悪魔育成アプリに、ガンガンに課金したいと思う陽葵である。
「あ、ゴメン。嫉妬とか言って、引くよね。ほら、ミエルくんって弱いからさ、頼りないし、心細いというか……」
「いいよ、結菜。弱音とか言いたくなるよ。だって、デスゲーム大会とかあるし」
「……うん」
結菜はこくりと頷き、下を向く。
そう、うちの学校だけじゃないが。全国の高校にはデスゲーム大会があり、必ず出場しなくてはならない。出場しなくては処刑されてしまうからだ。
結菜は陽葵の前席に座る。
「何で、デスゲーム大会なんてあるんだろう。ミエルくん死んじゃったら、うちも死んじゃうんだよ。おかしいよ」
「そうだね。私も同じ気持ちだよ」
本当におかしいのだ。育てた悪魔が死んだら、育成主も死ぬ事になる。どうして、そんなシステムしたのか、正直、狂っていると陽葵は思う。だが、悪魔も生きている。
生きている悪魔を守れなかったら、育成主にある程度、ペナルティーがあるのはしょうがないが。それでも、罪が重すぎる。
「ねぇ。陽葵」
「ん?」
「もし、うちのミエルくんが死んで、わたしも死んだら。お葬式に来てくれる?」
「馬鹿! 何を言ってンの!」
陽葵は思いっきり、立ち上がり、前席にいる結菜の両頬を両手で、ひっつかむ。
「ひたい!(痛い)」
「あのね! 変な事いわないの! 結菜は死なない! わかった?」
「ひゃい!(わかった)」
つねっていた両手を離し、結菜の頬を優しく撫でる。
「私も、頑張るから! だから一緒に乗り越えよう!」
そう励ますと結菜は目をウルウルさせ、陽葵を見つめる。
「もしかして……大会で一緒のパーティーに入れてくれるの?」
自信なさげに、か細い声で、言った。
「当たり前でしょ! 大船に乗ったつもりで頼ってよ!」
すると、結菜は涙をこぼし。床にポタポタと落ちていく。
「……恩に着るよぉ……ありがとうぉ」
陽葵は結菜を抱きしめ、彼女を守りたいと思った。大丈夫、私にはサマエルがいる。
私とサマエルが協力すればデスゲームを乗り越えられるし、結菜だって、なんとなる。
そして、予鈴が鳴り――担任の先生があらわれ、朝のホームルームが始まった。
♦♦♦
ホームルームの時間。
壇上にいる担任である闇与見オゼ(やみよみ おぜ)先生が出席を取った後。
「みんな、ちゃんと着ているな。偉いぞ」
陽葵のクラスは30人いる。よっぽどじゃない限り、欠席などしない。
もし、ずる休みでもしたら悪魔であり担任の教師である闇夜見(やみよみ)先生による体罰があるからだ。
女子でも容赦なく、剣道で使われる竹刀で背中などを叩かれる。
陽葵が中学2年生頃――忘れもしない陽葵はいじめが原因で不登校になっていた頃だ。当時の担任の教師である阿久津マルフォス(あくつ まるふぉす)先生が自宅におしかけ、陽葵を木刀で叩いたのだ。あまりの苦痛と理不尽さに絶望した陽葵。優しい母親がかばってくれたおかげで、10分間の教育という名の体罰の後、1時間の説教ですんだ。陽葵は被害者なのにと思ったが、いじめをやった加害者の女子達は陽葵の10倍くらい、拷問レベルの体罰を行なったらしい。加害者である女性達の腫れあがった顔を思い出すと、ざまあと思うより、自然と同情心が湧き出すほど、悲惨だった。
阿久津マルフォス先生からすると、いじめに屈さず、学校に登校して欲しくて、あえて被害者である陽葵に厳しく、教育という名の体罰を行なったらしい。なんとういうか熱血なのか冷血なのか、よくわからない。
その日、いらい。陽葵は毎日かかさず、登校している。
阿久津マルフォス先生のおかげと認めたくないが、いじめに屈しない鋼のような心が育ったと思う。
「いいか、みんな。もうすぐデスゲーム大会が始まる」
闇夜見(やみよみ)先生は真剣な表情で伝える。
すると、生徒達も無言で頷き、緊張感が高まった。
「いいか、1年に2回のデスゲームだ。育てている悪魔が死ねば、育成主も死ぬ。毎年、死人が出ている。自分は死なないと高をくくっている奴、慢心すれば普通に死ぬからな。強い悪魔でも、謙虚に真剣に戦え。わかったな?」
「「「はいッ!」」」
陽葵もみんなも大きな声で返事し、闇夜見先生は大きく頷いた。
♦♦♦
春、5月27日。
6:05に起床。
七海陽葵(ななみ ひなた)はカーテンを開けると陽光の眩しさに目を細める。
雲は多少あるものの、良い天気だ。
部屋のテーブルに置いてあるスマホを手に取り、慣れた手つきで操作。
ある、アプリを起動させる。
それは悪魔育成アプリ。通称『デビルレイズ』
その名の通り、悪魔を育てる、育成ゲームだ。
ゲームといっても、実際、生きているし心もある。
スマホの中に生き物がいるというのは、どういう原理なのかは陽葵にはよくわかっていない。
だが、スマホにはグリモワールというモノが内蔵しており、悪魔などが生活できるようになっているらしい。
スマホという機械に生き物が宿っているのは、なんとも不可思議だ。
「おはよう、サマエル」
私はスマホに向けて、朝の挨拶。すると、画面に映ったサマエルという悪魔の男性がこちらを見つめる。
「おはよう、陽葵」
サマエルは返事をしてくれた。
短い黒髪、高すぎない鼻筋、キリリとした目、シャープな輪郭、端正な顔立ちをしている。
スタイルもよく、設定上。背が185センチ、体重は72キログラムだ。
上は着崩して身につけている黒いワイシャツに、下は黒い皮のズボン。背中には漆黒の羽が生えている。正真正銘のイケメン悪魔で、陽葵の使い魔である。
陽葵はニンマリし、画面に映るサマエルの頬に向けてタッチ。
「今日もカッコイイよ」
スマホ画面に向って、サマエルを褒めた。
するとサマエルは目を細め、白い歯を見せ、笑みをこぼす。
「陽葵こそ、可愛いぞ」
サマエルのイケメンスマイルと耳がとろけてしまいそうな低音ボイス。
陽葵の心は高鳴り、キュン死しそうなになるほど、彼にメロメロである。
「いつになったら、スマホから出られるの?」
これまでに500回以上は言っているだろう台詞を投げてみた。
サマエルは苦笑し、腕を組んだ。
「そうだな。もう少しだ」
「もし、出てきたら。付き合ってくれる?」
陽葵の突然の告白にサマエルは吹き出し、笑う。
「ハハハ。朝から告白か、陽葵は情熱的だな」
「はぐらかさないで、私は本気なんだから」
陽葵は頬を膨らませ、サマエルに向けて軽く睨む。
彼は肩をすくめ、はあと溜息を漏らす。
「俺は悪魔だ。それでもいいのか?」
サマエルの赤く鋭い瞳が光る。
そう彼は悪魔だ。それも中位クラス悪魔。
悪魔とは悪い生き物。だが、20年前に悪魔は世界中に降臨。
悪魔と共存している現在では、そこまで悪魔に対して憎悪というものは薄い。
それに陽葵のサマエルは魔術だけじゃなく剣術も扱える文武両道な悪魔。それにイケメンでイケボ。陽葵が彼に惚れる要素はいくらでもあるのだ。
例え悪魔でも、だ。
「うん、いいの。私、サマエルの事、大好きだから」
サマエルは根負けしたのか、両手を上げ、ケラケラ笑う。
「わかった。俺が育ち、スマホから出られるようになったら、デートでもしよう」
「やったー!」
私は右手を上げて大喜びをすると、サマエルはフフと小さく笑う。
そして、今日も一日が始まる。
♦♦♦
陽葵は電車に乗車し、ドア付近で立っていた。
座りたいが、すでにイスには乗客がいて満席。誰もかしこもスマホをいじっている。
十中八九、あのアプリを起動させ操作しているだろう。
それは悪魔育成アプリ。『デビルレイズ』だ。
みな、悪魔育成に必死だ。
それもそうだ、悪魔を上手に育成し、スマホから出てこられるほど、成長すれば、国から奨報金がもらえる。悪魔の強さや質によって、もらえる額は違うのだが。
ものすごく弱い下の下クラスの悪魔でも、最低200万円がもらえるのだ。アルバイトせず、悪魔育成に力をいれれば、いい稼ぎができるのだ。副業としても旨みがあるし、中には、本業として育成し、多額のお金を稼ぐ者も少なからずいる。上位の悪魔に育てれば1000万円以上、稼げる。だから四六時中、育成に没頭してもおかしくない。
陽葵はいつものように、サマエルに朝ご飯のデザートを与える。
課金で購入した、苺のショートケーキだ。
サマエルが少しでも強くなってもらいたし、喜んで欲しい。
サマエルはフォークを使って口に運ぶ。
彼は目を細め、咀嚼する。
「美味いな」
その姿に陽葵はニマニマする。
ああ、やっぱりサマエルは素敵だ。尊い。
そうこうしている内に、学校の最寄りの駅に到着。
スマホをブレザーのポケットにいれ、車内から出る。
♦♦♦
電車から降り、徒歩7分の所に、陽葵が通う学校がある。
白猫神高等学校(しろねこがみこうとうがっこう)である。
神社があった場所を更地にし、学校が建ったという事もあり、階段がやたらと長い。
足腰が鍛えられて健康的になるぞ、と思えば少しは前向きになるだろう。
3年前にできた、新しい学校なので校舎が綺麗だ。
掃除が行き届いた玄関を通る。
多くの高校が、昔、推薦入学というモノがあったらしいが、8年前に廃止された。
各学校の筆記試験や面接を受けなくてはならない。学校によっては悪魔の強さをテストする学校もある。
教室に向った。陽葵は1年生なので、一番上の階だ。
階段は面倒。だが、エレベーターを使用するわけにはいかないだろう。
1年C組。陽葵のクラスである。
教室内にはすでに、数人の生徒とよく見知った生徒もいた。
よく見知った生徒が陽葵に気づき、小走りでこちらにやって来た。
「おはよう! 陽葵!」
「おはよう、結菜。今日も早いね」
彼女は今野結菜(こんの ゆいな)。陽葵のクラスメイトで友人である。
整った眉にダークブラウンの大きな瞳、少し丸い輪郭。
背は陽葵より小さく小柄。黒髪のポニーテールが揺れる。
結菜を動物に例えるとえるならリスだ。
「おはよー、そりゃもちろん、1分1秒でもミエルくんを育てる為だよ」
そう言って、結菜はニヤリとする。
「やっぱ、そうだよね」
ミエルとは、結菜が育成している悪魔である。
お世辞にも、強いといは言えず。下の下。下位の悪魔である。
結菜は弱いミエルくんを少しでも強くなれるよう、アルバイトをしてお金を稼ぎ、課金している。
ミエルくんはどっちかっていうと攻撃ではなく補助として力を発揮するタイプ。
自分自身や仲間を回復させる、ヒーラーだ。
陽葵はスクールバックを机に置き。机に必要な教科書やノートをいれる。
「うちのミエルくんね。もっと一緒にいたいとか、甘えてくるんだよね~」
「ミエルくん、可愛いよね」
茶髪の天然パーマに、大きな茶色い瞳。整った顔立ち。黄色を基調とした制服と黄色い杖。
動物で例えるなら羊みたいな子。とても可愛い悪魔である。
「うん、そうなの。うちさ、アルバイトしてるから、ミエルくんに寂しい思いとかさせてるから、ちょっと可哀想だなとか思ってるんだけどね。こればかりは、我慢して欲しいというか」
「そっか~。アルバイトとか大変だよね。ミエルくんの為に頑張る結菜は偉いよ」
「そう? そりゃあ、ミエルの為なら、1日20時間、働くよ?」
「それは、働きすぎだよ~」
陽葵は苦笑しつつ、スクールバックを机のフックにかける。
結菜の気持ちを理解できる。陽葵もサマエルのためなら、20時間、働きたい。
だが、陽葵の両親はアルバイトは認めてくれなかった。
親が課金するお金を出してくれた。アルバイトせず、サマエルをつきっきりで、育成した方がいいとアドバイスされたからだ。
月に20万円、もらっている。高校生に渡すには、かなりの大金だ。
父親が飲食店の経営者なので、お金には、かなり余裕がある。
親からもらえる豊富な資金と陽葵の献身的な育成時間がサマエルは着実に強く成長させている。サマエルは今は中の上クラス。このまま順調にいけば、上位の悪魔に成長できるだろう。
「陽葵はいいよね、親からお金をもらえるなんて」
結菜は羨ましげに陽葵を見つめ、はあと溜息を漏らす。
陽葵は椅子に座り、ブレザーのポケットからスマホを取り出す。
「まあね、私としては結菜のようにアルバイトしたいけどね」
悪魔育成アプリに、ガンガンに課金したいと思う陽葵である。
「あ、ゴメン。嫉妬とか言って、引くよね。ほら、ミエルくんって弱いからさ、頼りないし、心細いというか……」
「いいよ、結菜。弱音とか言いたくなるよ。だって、デスゲーム大会とかあるし」
「……うん」
結菜はこくりと頷き、下を向く。
そう、うちの学校だけじゃないが。全国の高校にはデスゲーム大会があり、必ず出場しなくてはならない。出場しなくては処刑されてしまうからだ。
結菜は陽葵の前席に座る。
「何で、デスゲーム大会なんてあるんだろう。ミエルくん死んじゃったら、うちも死んじゃうんだよ。おかしいよ」
「そうだね。私も同じ気持ちだよ」
本当におかしいのだ。育てた悪魔が死んだら、育成主も死ぬ事になる。どうして、そんなシステムしたのか、正直、狂っていると陽葵は思う。だが、悪魔も生きている。
生きている悪魔を守れなかったら、育成主にある程度、ペナルティーがあるのはしょうがないが。それでも、罪が重すぎる。
「ねぇ。陽葵」
「ん?」
「もし、うちのミエルくんが死んで、わたしも死んだら。お葬式に来てくれる?」
「馬鹿! 何を言ってンの!」
陽葵は思いっきり、立ち上がり、前席にいる結菜の両頬を両手で、ひっつかむ。
「ひたい!(痛い)」
「あのね! 変な事いわないの! 結菜は死なない! わかった?」
「ひゃい!(わかった)」
つねっていた両手を離し、結菜の頬を優しく撫でる。
「私も、頑張るから! だから一緒に乗り越えよう!」
そう励ますと結菜は目をウルウルさせ、陽葵を見つめる。
「もしかして……大会で一緒のパーティーに入れてくれるの?」
自信なさげに、か細い声で、言った。
「当たり前でしょ! 大船に乗ったつもりで頼ってよ!」
すると、結菜は涙をこぼし。床にポタポタと落ちていく。
「……恩に着るよぉ……ありがとうぉ」
陽葵は結菜を抱きしめ、彼女を守りたいと思った。大丈夫、私にはサマエルがいる。
私とサマエルが協力すればデスゲームを乗り越えられるし、結菜だって、なんとなる。
そして、予鈴が鳴り――担任の先生があらわれ、朝のホームルームが始まった。
♦♦♦
ホームルームの時間。
壇上にいる担任である闇与見オゼ(やみよみ おぜ)先生が出席を取った後。
「みんな、ちゃんと着ているな。偉いぞ」
陽葵のクラスは30人いる。よっぽどじゃない限り、欠席などしない。
もし、ずる休みでもしたら悪魔であり担任の教師である闇夜見(やみよみ)先生による体罰があるからだ。
女子でも容赦なく、剣道で使われる竹刀で背中などを叩かれる。
陽葵が中学2年生頃――忘れもしない陽葵はいじめが原因で不登校になっていた頃だ。当時の担任の教師である阿久津マルフォス(あくつ まるふぉす)先生が自宅におしかけ、陽葵を木刀で叩いたのだ。あまりの苦痛と理不尽さに絶望した陽葵。優しい母親がかばってくれたおかげで、10分間の教育という名の体罰の後、1時間の説教ですんだ。陽葵は被害者なのにと思ったが、いじめをやった加害者の女子達は陽葵の10倍くらい、拷問レベルの体罰を行なったらしい。加害者である女性達の腫れあがった顔を思い出すと、ざまあと思うより、自然と同情心が湧き出すほど、悲惨だった。
阿久津マルフォス先生からすると、いじめに屈さず、学校に登校して欲しくて、あえて被害者である陽葵に厳しく、教育という名の体罰を行なったらしい。なんとういうか熱血なのか冷血なのか、よくわからない。
その日、いらい。陽葵は毎日かかさず、登校している。
阿久津マルフォス先生のおかげと認めたくないが、いじめに屈しない鋼のような心が育ったと思う。
「いいか、みんな。もうすぐデスゲーム大会が始まる」
闇夜見(やみよみ)先生は真剣な表情で伝える。
すると、生徒達も無言で頷き、緊張感が高まった。
「いいか、1年に2回のデスゲームだ。育てている悪魔が死ねば、育成主も死ぬ。毎年、死人が出ている。自分は死なないと高をくくっている奴、慢心すれば普通に死ぬからな。強い悪魔でも、謙虚に真剣に戦え。わかったな?」
「「「はいッ!」」」
陽葵もみんなも大きな声で返事し、闇夜見先生は大きく頷いた。
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