「彼と私とデスゲーム」は一応日本が舞台の学園乙女ゲームになっている。
日本が舞台なのに「隣国の王子」が金髪碧眼だったり、ヒロインの名前がエリアナだったり、私の役名もブラックローズだったり、まるで昭和の漫画のようなゆる設定だ。
そして第二ステージは都会の雑踏だ。
製作者は多分なにも考えていない。
「第二ステージの相手はコイツらだ!」海賊ウサギは雑踏の中で叫んだ。
もちろん道ゆく人は謎のマスコットキャラが日本語を話しても振り返ったりしない。
「お嬢、覚悟してください!」
いきなり交戦的なセリフを吐いたのはブラックローズの配下であるユダ子だ。
ユダ子はその名の通り、物語が進むとしっかり裏切る。そして製作者は相変わらず何も考えていない。
「ふむ」悟くんは何かを悟ったかのように言った。「ちょっとコンビニ行ってくる」
えええ、今対戦中なんですけれど。
「いいぜ」と海賊ウサギはまさかの許可を出す。
いいんかい。
「その間にユダ子のスパダリを決めてもらうぜ!」海賊ウサギは叫んだ。
なんだろう。スパダリがなんちゃらモンスター的な扱いに思えてきた。野生のスパダリとかいるのかなあ。
ルーレットが回ってユダ子はスパダリを決めた。
「ジャーン! ユダ子のスパダリは剛田君だぜ!」
私は海賊ウサギの叫び声を聞いて呆気に取られた。剛田君はほぼセリフのない野球部のモブキャラだからだ。
「これ、スパダリなの?」とユダ子はあからさまに不満げだ。
「俺、今部活中だからさっさと済ましてくれないかな」と剛田君も迷惑そうだ。
「さて対戦形式は」海賊ウサギはルーレットを回す。「ジャーン! フラッグ戦だ! それぞれの陣地にフラッグを立てて敵に奪われたら負けだ。妨害は何でもアリ。簡単だろう?」
普通フラッグ戦はサバイバルゲームなどで採用される大人数で対戦するゲームだ。一対一でするゲームではない。
「待たせたな」とそこへ悟くんが帰ってきた。「これ」
悟くんは唐揚げくんを私に渡した。いや、美味しいけど! 何故今?
「腹が減っては戦は出来ないからな」珍しくまともな事を悟くんは言った。まともで無いのはタイミングだ。
「さあ、はじめるぜ!」海賊ウサギは叫んだ。
「剛田のフラッグは学園の千年桜の前、悟のフラッグは土管公園の砂場だぜ」海賊ウサギは説明した。「ここは中間地点だ。守るも良し、攻めるも良し、好きに動きな」
はじめ! と海賊ウサギは叫ぶ。
「あー、一応自分のところのフラッグを見てこようかな」剛田君は明らかにやる気がない。「ついでに部活に復活してもいいし」
「アンタ、やる気出しなさいよ!」ユダ子はゲキを飛ばした。
「相手がユダ子でやる気を失くしたみたいね」たまにはブラックローズっぽいセリフを言ってみようと私は頑張った。
「お嬢は黙っていてください! いつもみたいに」ユダ子は言った。
「いつもみたいに、とは?」悟くんは何故か私の側を離れず、質問してきた。
「悪役と言っても私はお飾りなの。指示はほぼユダ子がしている」
そう。ブラックローズは見た目の派手さで誤解されがちだが実は仲間思いで繊細なタイプだ。
「回想中悪いんだがユダ子が『ブラックロース』とか言ってバカにしているぞ。黒豚なんて高級な肉なのにな」
「はぁ〜?」私はついユダ子を睨みつけてしまった。
現実の私もまあ肉はそれなりについている。ブラックローズと悪口はおそらく共通すると思う。
「アンタの独断でした悪事も全部私のせいにされているんだけど!」と私はブラックローズの代弁をした。
「な、何のことやら」ユダ子はシラをきる。
「エリアナの靴箱にアメフラシを入れたじゃない! 私のせいにされたんだからね!」
作中でユダ子はモテモテのエリアナに嫉妬してあらゆる嫌がらせをしている。
「可哀想じゃない! アメフラシ!」
「いや、そっちかい」の悟くんは冷静につっこむ。
そもそもアメフラシなんてどこで手に入れたのやら。
私は自分がその立場になったからというわけでもないが、実際にブラックローズには同情している節がある。
「無自覚に他人に良いように利用される人はいる」と悟くんは罵詈雑言を言い出したユダ子を眺めながら言った。「本来なら人望がある人種だ。だからたまたまユダ子のような奴がいたら利用されてしまう。それは運に近い」
「語っている所悪いんだけどゲームはどうするの?」私は何となく触れたくない話題だったで話を逸らした。
「ああ、今回は楽勝だからな」と言いつつ悟くんは剛田君の後を追った。
相手のフラッグを取りに行く作戦にしたのか、と思った。攻撃型か。
ちなみにゲームが始まってから私とユダ子の前にはそれぞれのスパダリの動向を映す動画がディスプレイに表示される。
剛田君が学園に着いたと同時に悟くんは追いついた。
何やら話をしている。
おもむろに悟くんは懐からお金を出して剛田君に渡した。
剛田君は今日初めて見せる笑顔でそれに応えた。
フラッグ取ってくるね、と言わんばかりに小走りで走り去る剛田君の背中が見える。
「アンタ、何してんのよ!」私はディスプレイに向けて叫んだ。ちなみにこちらの声は聞こえるが向こうの声は聞こえない。
悟くんは右手を上げて勝鬨を上げている。
そこへ剛田君がヘラヘラした笑顔を浮かべでフラッグを悟くんに渡した。
「終了〜、だぜ! 勝者悟くん!」と海賊ウサギは叫んだ。
「いや、何よアレ! 不正じゃない!」とユダ子は異議を申し立てた。
ちなみに剛田君が今日一番の笑顔の時も罵詈雑言は続けていた。
「ルールは説明したぜ!」と海賊ウサギは一言でユダ子を黙らせた。
確かに賄賂が禁止とは言っていない。
「な? 楽勝だったろう?」と戻ってきた悟くんは私にカードを手渡した。
「何これ」
「暗証番号を誕生日にするのはオススメしない。俺様だから三万円で済んだのだからな」
ってコレ私のキャッシュカードじゃない!
しかも三万円て。
「貴様の敗因はパートナーとのコミュニケーション不足だ!」と悟くんはユダ子に対して物申した。「愛が足りない」
いや、パートナーのキャッシュカードを盗む奴に「愛が足りない」とは言われたくないだろう。
ユダ子はガックリと肩を落とした。確かに彼女は剛田君を馬車馬が何かのように発言していたので思い当たる節があったのだろう。
私も人のことは言えないな。悟くんをハズレ扱いしたし。
いや、三万円取られた相手に同情してどうする!
って、よく考えたらあの唐揚げくんの代金も私のお金なんじゃない?
「お釣り返して!」と私は付け加えた。
「一番くじというものがあってだな」
そう言って悟ったくんはナノハちゃんのクリアファイルを見せた。
「フィギュアが欲しかった!」四つん這いになってガチ泣きを始めた。
コイツ使い込みやがった。しかも三万円と嘘をついて。
そして未だにナノハちゃんのグッズが一番くじにあるのか。そういえば「懐かしのアニメキャンペーン」と銘打って大人から搾取していたな。
「はあ、もういいや」と言いつつ一応訊いた。「ちなみにATMからいくら下ろしたの?」
「四万円」
賄賂と唐揚げくん以外すべて使い込みやがったのか!
「ご褒美タイムだぜ!」と言いつつ海賊ウサギは何やら神妙なら面持ちである。「今回は大目にみたが次回から賄賂は無しでよろしくだぜ」
「無論だ」とメガネをクイっと上げて悟くんは言った。
いや、偉そうに言える立場か?
「というわけ今回のご褒美タイムは無しだ。相手への罰もな。ちょっとグレーなゲームで俺も反省している」
まあ当然の処置だ。退場にならなかっただけありがたい。
「第三ステージだぜ!」
気を取り直した海賊ウサギが叫ぶといつのまにか我々は何やら暗い建物の中にいた。
「切り替えよう」の悟くんはすくっと立ち上がって言った。「失くした物はもう戻らないのだから」
「いや、戻せよ! 私の四万円!」
建物の中の景色に見覚えがある。某ゾンビゲームの洋館の中の風景だ。
「次の対戦相手はコイツらだ!」海賊ウサギは叫んだ。
廊下の向こうに極平凡な女の子が現れた。モブ子だ。
「あの、よろしくお願いします」とモブ子は頭を下げた。
「棄権します」と私は言った。
その口を悟くんはすぐに塞いで言った。
「冗談だ! この子は人の気を惹く為に過激なことを言う少しアレな子なんだ。分かれ!」
「分かってるぜ。ただ二度目は無いぜ」と海賊ウサギは少し困ったように言った。
モブ子。私の一番のお気に入り。誰よりも良い子。絶対に傷つけたくない。
「戦いたくない」
「負けたら罰を受けるのは貴様だ」と悟くんはこちらを見ずに冷徹に言った。
「構わない」
「俺が困る」
具体的に何がどう困るのか聞きたい所だったがそんな暇もなく海賊ウサギは言った。
「第三ステージはピストルで打ち合ってもらうぜ。ピストルと言ってもペイント弾だ。ただ安全の為にゴーグルは着用義務だぜ。ちなみに今回は姫にも参加してもらうぜ」
姫とは今回に限っては私とモブ子のことだ。
つまり全員参加だ。
ていうかデスゲームでゴーグルて。いや私も参加するからありがたいけれど。
「全滅したらそのチームが負け。具体的な勝敗を決めるのはペイントの有無だが、相手を妨害する仕掛けがこの洋館には山ほどあるぜ。多分これまでで一番長いゲームになるぜ」
と説明してから海賊ウサギはハッと我に返る。
「いけねえ。スパダリを用意し忘れた」
そして廊下の端からその男は現れた。
「よろしくお願いします」とこれまた礼儀正しい、モブ夫である。
いい加減、製作者はせめて名前くらいは考えてほしい。
モブ夫とモブ子は付き合っている。なので攻略対象ではないのだが、作中でそれなりに事件に巻き込まれる。実は不幸なカップルだ。
「頑張ろうね」とか「危なかったらモブ子だけでも逃げて」とか何やらホッコリ空間が出来上がっている。
「ヌルい連中だ。何処かに隠しウエポンでガトリング砲とか無いのだろうか」悟くんは少しイラだって言った。
「他人の幸福が喜べないの?」私は悟くんの態度にカチンときて言った。
「俺様は俺様の手の届く範囲のことしか考えない」と悟くんは言った。
でしょうねえ。今までの戦い方からすると。
「ちなみに今からその幸福を俺達でぶち壊すんだが」とさらに続けた。
あー、やりたくねー
「安心しろ。最も平和的な解決法を既に考えてある」とドヤ顔で悟くんは言った。
安心できない。
「両者廊下の端のドアに入ってくれ。それぞれ別の廊下に繋がっている。簡単に決着が付いたらつまらないからな」海賊ウサギは明らかに悟くんに向けて言った。「じゃあ、はじめるぜ!」
ドアの向こうにはまた廊下が続く。そして手近にあったドアを開けて中に入るとそこは洋室だった。
「洋室ってお洒落だけど圧迫感があるよね」そう言えば二人きりは初めてなので無難な話題を振った。
悟くんはその言葉を無視して壁に掛かった絵の額の裏を覗き込んでいた。
「‥‥何してんの、アンタ?」
「ガトリング砲を探している。意外に無いものだな」
いや、ガトリング砲はアンタが言い出した事だし、そもそもそんな所に隠せる大きさじゃないしょう。
「ガトリング砲は無かったが鍵を見つけた」と悟くんは小さな鍵を手にして言った。
マジか! いや確かに某ゾンビゲームでは「そんな所に隠すかね」的な所でアイテムを見つけるけれど。
「ついでにエロ本を見つけた。お母さんが来て慌てて放り込んだのだろう」
「いや、話の規模が六畳間なんだけれど。てか捨てなさい、そんなもん!」
「微妙に趣味がマニアックだ。『団地の母の妹の友達が俺にゾッコンな件』か」
それほぼ他人! てか女子の前でエロ本のタイトルを読み上げるな! ってエロ本の癖に百科事典くらいの厚さ!
「ふむ」と言いながら悟くんはエロ本を懐に入れる。
よく入ったな、その厚みで。アンタの懐は何次元ポケットが付いているわけ。
「鍵は要らないかな」と悟くんはゴミ箱に捨てようとする。
「いや、明らかにそっちの方が大事でしょ! 取捨選択がおかしい!」私は鍵を奪い取ってポケットに入れる。
「強引な人ね」と悟は頬を赤らめながら言った。
面倒なので放置した。
書物机に鍵穴は無い。
「となると別の部屋か」
そこでふと悟くんに目を向けると剥製の鹿の角を両手に何やら踏ん張っていた。
「‥‥何を?」
「首を捻ると隠し扉が開くような気がした」そこで悟くんは諦めた。「開かない」
まあ着想は悪くない。私も部屋のあちこちを摘んで捻って叩いて回ったが何も起きなかった。
「いや、多分これ目的が違う!」
私はハッと我に返ってこのゲームの趣旨を思い出した。
「別にいいじゃないか。おそらく何処かの通り道が塞がれている時に役に立つアイテムがあるかもしれん」
「まあ、確かにね」
「何より貴様、楽しそうだな」
「べ、別に謎解きは嫌いじゃないけど楽しんでなんか」
と答えたものの内心ワクワクしているのは本当だ。
「別の部屋へ行ってみるか」
悟くんがドアを開けた瞬間にそこにゾンビがいた。
「はっ、はやっ、早くない⁉︎ まだ序盤の謎解きパートじゃないの?」私は焦って叫んだ。
「ふむ」悟くんは悟パンチをゾンビの顔面に入れた。そしてドアを閉めた。
えええ。徒手空拳? ナイフアタックですら無くて?
「多分仲間を呼ばれた。外から足音が聞こえる」悟くんは冷静に言った。
ドアの向こうから鈍い「ドン」「ドン」という音が聞こえる。
ゾンビが部屋に入ろうとしているのだ。
どうしようどうしよう。確かにデスゲームだけれど相手はモブ子達のはずなのに!
「いっそ撃っちゃえば良いかな!」と私はピストルをドアに向けて構える。
「ペイント弾が当たってもゾンビに彩りを添えるだけだが」と悟くんは言った。
私は突然の事態に弱い。自覚はあるものの情け無い。
「さっきの鍵はあるか?」悟くんは冷静に訊いてきた。
「あ、あるけど」私はポケットから鍵を出して悟くんに渡す。
悟くんはおもむろにその鍵を剥製の鹿の鼻に入れた。
「え?」
そしてクルッと回す。
すると部屋の本棚が横移動して通路が現れた。
「よく分かったね」
「入れてみたかっただけだ」と悟くんはイケボで言った。
いや、どんな需要⁉︎
というか、たまたまなのか。なんだかんだで悟くんは運が良い気がする。
本棚の横を通過すると自動的に本棚はスライドして元に戻った。
これでゾンビが侵入してくる事はない。
「って暗っ!」私は思わず叫んだ。
「ぼんやり見えないか」と悟くんの声がする。
「見えない‥‥怖い」私は弱音を漏らしてしまった。昔から暗いのは苦手だ。
「仕方ないな」そう言って悟くんの方から衣擦れの音がする。
腕に感触がした。私は悟くんが腕を伸ばしたのだとわかってそれを握る。
「ついて来い」
非常に困る。私にも乙女モードはある。この状況は長らく発動していない乙女モードが起動する予感がする。
歩きつづけるとやがて明かりが漏れてきた。
悟くんがそのドアを開けるとムワッと熱気と湿気が伝わってきた。
そして周囲には沢山の花や木々があった。
「温室か」と悟くんは言った。そして極自然に私の手を離した。
少し名残惜しいと思ってしまった気持ちを打ち消した。
いやいや、コイツが今まで何をしてきたか思い出せ!
「暑いな」そう言って悟くんは制服の上着を脱いだ。ワイシャツが汗で張り付き、背中の筋肉の輪郭が浮き出てきた。
細マッチョ!
「どうした。息が荒いが」と悟くんは訊いてくる。
「何でもにゃい」と言う私の唇に液体が流れる感触がした。
「鼻血出てるぞ」と言ってコチラを向いた悟くんのワイシャツの向こうに先程のエロ本が浮き出ていた。
鼻血は止まった。
悟くんがハンカチを渡しくれたのはありがたいが血染めになってしまった。そして興奮はおさまった。
ありがとう、エロ本。
もう大丈夫、と言うと悟くんは再び歩き出した。
ところで私ことブラックローズは日本の学園にいるのにフレアなスカートを履いて胸元の開いたドレスを着ている。製作者はきっとアホなのだろう。
そのスカートが植物園の狭い通路ではとにかく邪魔だった。
「歩きにくいな」
「少し切るか」と何処からかハサミを持ち出して悟くんは言った。おそらく園芸用の物だろう。
そうだ、こういう奴だった。
しかしこの先ゾンビに襲われた時の事を思うと確かに動きやすいに越した事はない。
「せめて膝下くらいに」
「ナノハちゃんくらいのミニにすると足の可動域は広がると思うぞ」と悟くんはナチュラルに気持ち悪い事を言った。
「やめて! だったら自分で切る!」
膝下くらいに切ったら流石に歩きやすく、そして涼しくなった。
「快適」
そんなやりとりをしていると木々の向こうから音がした。
物音のする方へ歩いていくと水車小屋があった。そして小川が流れていた。
「え、建物の中に川が流れているの?」
何処かの地方にそんな旅館があったと思うが少し不思議な光景だった。
「水車小屋か」と腕を組んで悟くんは考え込んでいる。
せせらぎ以外の音が確かに水車小屋の中から聴こえてくる。
「入ってみるか」
「え、何で?」
私の疑問を無視して悟くんは水車小屋に入った。
後について中に入ると音は止んでいた。そして悟くんは屈んで道具場の中から何かを拾い上げた。
「銃?」と私は訊いた。
「散弾銃だな。何であるのかは分からないが」
という悟くんの発言と同時に何かが部屋の中央に落ちてきた。人間よりも巨大な蜘蛛だった。天井から落ちてきたのだ。
「ええ! 嘘でしょ!」と私が叫ぶと同時に蜘蛛はガサガサっと音を立てて動いた。
「ボウッ」と凄い音がした。
悟くんが散弾銃を蜘蛛に向けて撃ったのだ。
蜘蛛の体は弾け飛んだ。
「物音の正体はこいつか」
「イヤイヤイヤ、撃つなら一言言ってよ! 耳キーンてしてるわ!」私は叫んだ。
「咄嗟の事態だからな。ともあれ散弾銃か。使える」そう言って悟くんは道具箱の中から実弾もいくつかゲットした。
コイツ全然謝らないな。そして文句を言えば良いだけの姫の立場が恋しい。
水車小屋を出て温室を歩いていくとやがてドアが見えた。
悟くんがドアを開けると再び建物の廊下が始まる。
散弾銃があるので少し心強いものの、狭い廊下からゾンビが現れるのを思うと生きた心地がしない。
「モブ子達がゾンビになっていたらどうしよう」と私はポロッと漏らした。
「弾が当たりやすいからむしろ好都合だろう」と悟くんは言った。
「いや、そういう事ではなくて」
「貴様、悪役の癖に優しいな」と悟くんは流し目でこちらを見た。「良い嫁になりそうだ」
え! どういう意味?
そして廊下の突き当たりにまたドアがある。
開けるとそこは玄関ホールだった。
そしてそこにモブ子とモブ夫もいた。
事前に打ち合わせたのだろう、モブ子とモブ夫はペイント弾を二人同時にこちらに構えた。
「よし分かった。貴様達、この女の命が惜しかったら銃口を下ろせ。銃を捨てる必要はない。ちなみにこの散弾銃は本物だ。ペイント弾ではない」
そう言って悟くんは私に銃口を向けた。
「え」
とモブ子とモブ夫、そして私は同時に言った。
「状況が分かっていないようだな。女の方、ペイント弾を床に置いてこっちに来い。説明してやる」と悟くんは言った。
モブ子は震えながらペイント弾を床に置くとモブ夫に目を合わせた。モブ夫は頷き、モブ子はこちらに歩いてきた。完全に怯えている。
「耳を寄せろ」と悟くんは指示してモブ子はその通りにした。「戻れ」
モブ夫の隣に戻ったモブ子は床のペイント弾を拾ってモタモタしている。
「互いに銃口を向けろ。当たると意外に痛いからな。女はスカートの裾を広げろ。男はそこに当てるんだ。女は何処でも良いから当てろ。男は我慢しろ」悟くんはナチュラルに女尊男卑した。「ペイントは洗濯すれば取れる。安心しろ」
言われた通りモブ子はスカートの裾を持って広げた。そしてモブ夫がそこにペイント弾を発射すると同時にモブ子はモブ夫の足にペイント弾を撃った。
「痛っ」とモブ夫は言った。
「ごめん、痛かった?」とモブ子が労うと「平気だよ」とモブ夫は答えた。
「終了〜、だぜ」と何処からか現れた海賊ウサギは言った。
「どうやら無事に済んだな」と悟くんは銃口を下ろして言った。
「無事なわけあるか!」と私は悟くんのお尻を蹴った。
前のめりになって四つん這いになった悟くんは冷静に言った。
「何をする」
「殺す気か!」
「殺さない」と言って悟くんは立ち上がる。「巨大蜘蛛を撃った時点で銃は空だった。予備は拾ったが装填していない。見てただろう?」
「だったら事前にそう説明しろや! 銃の仕組みなんて知らんがな!」
「ふむ。忘れていた」悟くんは人差し指を立てて上を向いて言った。
殺したい。
「ご褒美タイムだぜ」とそこで海賊ウサギは言った。
①相棒のスパダリからハグされる
②相手のスパダリをフラグごと手に入れる
③相手も相手のスパダリもNPCにする
③だけ急に異質になった。これがこのゲームの本質である。
NPC、つまりモブ子もモブ夫も名前すらない背景のような人物になるという事だ。
「さあ選べ、だぜ」海賊ウサギは言った。
「③で」と私は間髪入れずに言った。
「じゃあこれからモブ子とモブ夫は名前のないキャラだぜ!」と海賊ウサギは言った。
二人は一種戸惑いつつもやがて頭を下げて立ち去った。
「これで良いのか」と悟くんは訊いた。
「ええ」と私は答えた。
実はこの後に控えるイベントで名前のある役はほとんど死ぬ。ルートによっては無事だが、少なくともモブ子とモブ夫はそれでも高確率で無事にすまない。
つまり名前が無くなれば過酷な運命にあわずに済む。
「良かった。二人を救えた」私はヘナヘナと床にへたり込んだ。「アンタ、私を人質にした時モブ子になんて言ったの?」
「ここで負けてもブラックローズはお前達の無事を一番に考えているから安心しろ、と」悟くんは言った。
まあ、その通りだけれど。
「それにしてもあの無茶苦茶なやり方が通用しなかったらどうする気だったのよ?」
「あんな善良な奴らが従わないわけがない」メガネをクイっと上げながら悟くんは言った。
一応人を見る目はあるのか、と思った。
「第四ステージだぜ!」と海賊ウサギは叫んだ。
第四ステージは学園だった。
なんとなくそうなるような気がしていた。
「次の対戦相手はコイツらだ!」海賊ウサギは叫んだ。
そこにはこのゲームで名前のあるキャラクターが勢揃いしていた。
そしてそこにモブ子とモブ夫の姿は無かった。
「良かった」と呟くもキャラクター全員が相手という意味を掴みかねた。
「次は集団戦だぜ」と言いつつ海賊ウサギは教室の窓に掛かるカーテンを開けた。「今から隣国の王子であるミカエルを人質にしようとテロリストが乱入してくる。そいつらを撃退した奴が勝利者だぜ! 勝った奴が真のスパダリだぜ!」
ルールがテキトーになってきた。
そして学園の門の近くに軍用車がいくつも停まる。そこから銃を構えた男達が何人も出てきた。
やはりこのルートになったか。ミニゲームとしてのデスゲームとは別に本ルートでも一種のデスゲームが存在する。
ここのバッドエンドでは名前のあるキャラは全員死ぬ。
グッドエンドですらもエリアナともう一人のスパダリが生き残り後悔の果てに人生を終えるという鬱エンドに近い筋書きだ。
これ、乙女ゲームか?
「まさかここで役に立とうとはな」と悟くんは前のステージで手にした散弾銃を見て言った。
「イヤイヤイヤ、あの数見たでしょ? 無理でしょ」
私は悟くんの真顔に恐怖すら覚えて言った。
「確かに直ぐには使えない。隠しておこう」
そう言って悟くんは掃除用具入れに散弾銃を隠した。
「ミカエル王子とやらは何処にいる?」と悟くんはミカエル王子を呼んだ。「来てくれ」
いや、最初のステージでグーパンチした相手を忘れているの?
案の定、ミカエル王子は怯えながら近づいてきた。
「僕のせいですまない」と悟くんと顔合わせする前に皆に頭を下げた。
「気にするな。それよりこっちだ」悟くんはミカエルを連れて教室を出て行った。
責任の所在を追求しないのは流石だと悟くんの言動を少し見直した。
やがて二人は帰ってくると意外な事にそのまま待機していた。てっきりミカエル王子を何処ぞに逃すかと思っていた。
「さあ、第四ステージ開始だぜ!」と海賊ウサギは叫んだ。
待機していた我々のもとに軍服を着て目出し帽を被ったテロリストが続々と教室に入ってきた。
「ミカエル王子はいるか」
日本語堪能ですね。
ミカエル君は留学している設定だから当たり前だけれどテロリストが日本語ペラペラなのは少し驚く。
そうだ、製作者はアホだった。
「そこの金髪、前に出ろ」とテロリストは言った。
「コイツは頑張ってブリーチしたものの生徒指導の先生に呼び出され、明日ヅラみたいに髪を黒くする予定のヤンキーだ。名を佐橋君という」悟くんは苦しい言い訳をした。
「いや、顔知ってるし」とテロリストは顔写真を掲げて言った。
「ふむ」と悟くんは腕を組んで言った。「佐橋ミカエル君、呼んでいるぞ」
悟くん、もう喋るな!
「すまないな。君に恨みはない。一緒に来てくれたらそれでクラスメイトは皆笑顔で家に帰れる」とテロリストはミカエル君に言った。「ちなみにこの様子は隣国に向けてリアルタイムで放送している」
そう話しているテロリストの後ろでスマホを構えた別のテロリストがいた。
「騒がなければ命の保障はする」
「写真を持っているという事はそもそも顔は知らなかった、と」悟くんは言った。「貴様ら、さては傭兵だな」
「それがどうした? 武器を持参で日本に来られるわけがなかろう」
「つまり貴様らは日本人だ。何故なら日本語がペラペラだからっ」と名探偵の孫のような口調でドヤりながら悟くんは言った。
日本語がペラペラなのは製作者がアホだからだよー
「お前、さっきからうるさいな」テロリストは銃口を悟くんへむける。
「やめてくれ! 皆に危害は加えないでくれ。そうしたら僕はそちらに行く」とミカエル君は言った。
やっぱりスパダリは違うなあ、と感心していると何やら背後でロッカーを開ける音がした。
「動くな」と悟くんは散弾銃を構えて言った。
「おいおい、この数を相手にそれか」とテロリストは馬鹿にして笑った。
「勘違いするな、俺が『動くな』と言ったのは貴様だ」
そう言って悟くんはミカエル君に銃口を向けた。ほぼゼロ距離だ、ミカエル君のお腹に付くくらい。
「何故だ? 僕は大人しく投降する、だから」
とミカエル君が悟くんの方へ向き直り、言ったと同時だった。
「ボゥ」という発射音がした。
ミカエル君は倒れ、腹を押さえた。そして血染めのハンカチを落とした。
アレ?
教室内がパニックになる。凶弾に倒れたミカエル君を心配してエリアナも駆け寄った。
「人質がいなければここにいる理由はない」と悟くんはテロリストに言った。「今なら逃げ切れると思うぞ。ちなみに我々日本人では人質としての価値はなかろう。隣国の王室への交渉材料としてのミカエルだからな」
多少穴のある交渉だったがテロリストには効いたようだった。
「引き上げるぞ」という合図と共にテロリスト達は教室から、そして学園から出て行った。
そしてその後をパトカーやら特殊部隊やらの車が追っていった。生放送していたらそりゃ通報されるよね。
「このひとでなし!」と悟くんへの罵詈雑言が口々に始まる。勿論その中心はユダ子だ。
「ネダバラシしないの?」と私は横目で悟くんに訊いた。
「それくらい、自分で出来るだろう」悟くんはメガネをクイっと上げつつミカエル君を見て言った。
「痛たた。流石に衝撃はすごいね」とミカエル君は起き上がって言った。そして制服の下から辞書くらいの厚さのエロ本を出した。
「やっぱりそれか」そしてあの血染めのハンカチには私の鼻血がたんまり付いている。だいぶチープな仕掛けだ。
「流石に分厚いエロ本でも貫通する恐れがある。ミカエル」悟くんはミカエル君からエロ本を譲り受ける。
エロ本の中身をくり抜いて出来た空洞には鉄板でできた箱があり、さらにその中にピストルが入っていた。
「ピストルは無傷だ。もし、ミカエルの死体を確認されそうになったらミカエルに使ってもらう予定だった」
「テロリストを逆に人質にしろと言われたけれど、流石にそれは無理だよ」とミカエル君は謙遜した。
「終了〜、だぜ!」と海賊ウサギは宣言した。「勝者は悟とミカエルだぜ。二人の連携だからな」
まさかこのルートでトゥルーエンドが見られるとは思わなかった。
ネットでは「トゥルーエンドの無いクソゲー」と揶揄されていたからだ。
「良い物を見せてもらったぜ。ご褒美は選択形式ではなく、事前に訊いた望みのルートを辿ってもらうぜ」と海賊ウサギは言った。
「神様からのご加護だ」
神様からのご加護? 事前に訊いた望みのルート?
なんだろう。聞いていない。となると訊かれたのは私ではなく悟くんの方か。
「僕の望みは皆と平和に卒業することだよ」とミカエル君は言って女性陣から黄色い声援をうけていた。「じゃあね、二人とも! 僕らは卒業式までのルートを辿るよ」
そう言ってミカエル君とクラスメイト達は教室を出て行った。
「行っちゃった」と私は手を振りつつ呟いた。「アンタ、何かリクエストしたの?」
「最終、第五ステージだぜ!」と海賊ウサギは叫んだ。「頑張れよ」
海賊ウサギは何故かしんみりとした様子だった。
逆に悟くんは緊張まじりの真剣な顔つきになる。初めてみる表情だった。
今まではどこか鼻歌混じりの態度だったからだ。
え、悟くんが望んだルートなのに?
という疑問を残しつつ最終第五ステージが始まる。