昔から怖い系は苦手だったし、小説は書いていたけれどホラーは一回も書いたことないけれど、副賞が4000万円だし、何より審査員長が有名映画監督だから応募しよう。
 そんな軽い気持ちでホラー小説コンテストに応募することにした。   
 
 応募方法は簡単。権利の関係上、名前は言えませんが小説サイトに20000字以内のホラー小説を書いて投稿し、コンテストに応募するボタンを選択するだけ。完全未発表作品のみ応募可能で1人1作品まで。
 分かりやすくていいよね。サイトによっては一人何作品まで応募していいのか書いていなかったり、未発表作品と大雑把に書いてあって、定義が曖昧だったり。

 自慢ではないけれど僕は、コンテストに応募する際は、あらかじめ過去の受賞作品を読んだり、世の中にある既存の作品を読んで勉強し研究をした上で作品を書くようにしている。
 
 だがしかし、今回は最初に言った通り、苦手でずっと避けてきたジャンルだ。
 小学校のとき学校でみんなが「本当にあった怖いなんとか」ってドラマが面白かったって話をしているときも耳を塞いでで聞こえないようにしていた。
 クラスの中で面白担当だった僕だったから、おふざけでやっていると思われていたが、普通だったらからかわれていてもおかしくない。
「やーいこいつ怖いの苦手なんだって」
「ビビリやビビリ、ビビリ君」
 生き物のの中で小学生が一番恐ろしいかもしれない。好奇心旺盛だけれど、誰かのウィークポイントを見つけたらみんなで一斉に攻める。
 僕が通っていた小学校だけかもしれませんが、そういう空気が、教室の中では流れていたのです。特に、高学年。

 今からでもホラー作品を読んだり観たりすればいいのかもしれないがやっぱり怖い。廃墟に行って実際に幽霊に出会うって方法もあるかもしれないが、何をされるか分からないのにむやみに近ずきたくはない。

 経験していないよりかは、経験している方が有利だとは正直思う。
 だけど、経験していないからと言って小説が書けないとは限らない。普段僕は、宇宙人や空想上の生き物が出てくる小説を主に書いている。ありがたいことに大賞を頂たこともある。だから経験していないことだって書るんだよ。
 お隣に住む美人なお姉さんが麻薬取締班のサブリーダーなわけないし、猫なんか喋んない。
 でもそういう小説も書いてきた。

 決めた。
 僕なりのホラーを好きなように書けばいいんだ。研究なんて必要ない。

 題材はベタだけれど、「狐の幽霊に取り憑かれる」ってヤツにして登場人物の名前を僕にして、ひとり語りをしているような形式で書くことでオリジナリテイを出すことにした。
 登場人物の名前を付けないと、臨場感が出るらしい。安易に、たかしとか名前を付けてしまうとたかしって名前の人だけしか臨場感を味わえないらしい。
「僕ってことは、男の人しか共感できないんじゃないかって?」
 知らねーよ。僕は男の人に読んで欲しくて書いてるから、女性の読者のことなんか考えてないわい。 「男だけとか断定するのは、今の時代にはそぐわないんじゃない?」
 配慮ならしてるよ。女って表記じゃなく女性って表記にしている。それに僕っていうのは全員男って決めつけている方が、今の時代にそぐわないと思う。

 そんなこんなで、2週間あまりで作品は完正。
 タイトルは、「狐疲て」
 自分ながらいいタイトルを付けられたと思った。

 リアルさを出すために推敲はほとんどしない。完成した作品を読み返すことなく、そのまま小説サイトへ投稿した。

 小説サイトへ投稿するタイプのコンテストは、閲覧数やら、小説に対するコメントの多さで足切りされるんじゃないかという不安もあるが、こればかりは対策のしようがない。そんなことは断じてされていないとサイトの運営者と選考委員を信じるしかない。 
 閲覧数を上げてくれるような知り合いはいないし、有名人ではないただの素人の作品を、わざわざ読んでくれる人なんてそうそういない。
 そう思いながらも、一応、ソーシャル・ネットワーキング・サービスの宣伝用アカウントで作品の紹介をした。

 それでも反応なんてないだろうなと思っていたが、小説を投稿して数分後、作品にコメントが付いた。

「誤字脱字が多いのと、改行をしすぎで読みづらいです。ひとりでボケてひとりでツッコんでいるあたりが薄ら寒いので今すぐにやめた方がいいと思います。算用数字と漢数字がバラバラなので統一されてはいかがでしょうか? あと、鋭く切り込んだ後にフォローを入れているのは何に対してビビっているのですか? 長文失礼しました」

 作品の内容については一切触れていない、ただの批判コメントだった。

 まあそうだろうなと。
 素人の作品を読むだけではなく、わざわざコメントまで書いてくれるような人は、ただただ文句を言いたいだけ。 粗探しをして人を貶したいだけ。
 あー全員が全員、そうと言っているわけではなくて、あくまで10人いたら七人くらいはそうなのかなと。これも僕が感じただけですし、僕は批判的なコメントもありがたいと思っています。

 そのサイトはコメントに対しての返信機能もあったので、
 「ご丁寧にありがとうございます」とだけ返した。

 喧嘩なんて野暮なことはしたくない。ましてや自分の作品のコメント欄では。だって、そのコメント欄を読んで選考委員に、「作品は面白いけれど、喧嘩っ早いし、受賞後に文句言われそうだから、受賞は見送っておこう」だなんて思われたらこっちが損するから。

 どうせ相手は、昨日彼女に一方的に別れを告げられて、当たるところがなくて手当たり次第当たっているやつか、同じコンテストの応募者が捨て垢で足を引っ張ろうとしているやつのどっちかだろう。
 全員がとは言ってません。今回のこいつに関しては、そのどっちかだろうと言っているだけです。 
 
 それから、批判コメントを送ってきた奴からは返信はこなかった。相手にされなかったからこれ以上言っても面白くないと思ったのだろう。

 ……だが、その2日後

 作品を宣伝をしたソーシャル・ネットワーキング・サービスの方にコメントが付いた。

「この作品、めっちゃ最高ですね」
 インプレゾンビってやつかなと思って無視をしていたら、また別のコメントが。

「この作品を悪く言った人のことはわたしに任せてください。わたしの感性が間違っていると思われると嫌なので、絶対に許しません」 
 第三者同士で揉められるのも面倒だが、自分は無関係を通せばええか。実際に無関係だしと思って放置していたら、批判コメントを送っていたあいつから、再びコメントが書かれていた。

「この度は貴方の素敵な作品を穢すようなことを書いてしまい申し訳ありません。自分の過ちは自分で責任を取ります」
 開示請求され訴えられると思ったのか、丁寧な謝罪コメントが書かれていた。もともと相手をするつもりはなかったし、気にしていないのに急になんでこんなことを。
 
 顔も見えない、本名すら知らない奴のことをいちいち真に受けていたら、感情なんていくつあっても足りない。知らない相手が気まぐれに言った戯言だ。
 ドラマだったら、実は身近な人が書いていましたってオチで終わるのだろうけれど、現実では早々ない。それに、僕が小説を書いていることと僕のペンネームを知っているのは、実の弟ただ1人。
 あいつは他人に興味がないから、そのことを誰かに話すとは思えない。

 ドラマじゃない。これはドラマじゃない……



「え? もしもし何だって」
 友人が電話を掛けてきたのだが、ガチャガチャしていて内容が全く聞き取れない。

「だから、ぺいぺいが飛び降りて死んだって」
「え?」
 今の「え?」は内容は聞き取れた上での「え?」だ。友人の話が嘘でなければ、ぺいぺいこと氷林三平が、自宅の2階から飛び降りて死んだという。 
 余談ではあるが、ぺいぺいは僕らが小学生のときから呼んでいたあだ名であるため、決してQRコード決済から取ったあだ名ではない。

「なんか、『自分の過ちは自分で責任を取ります』って叫んで死んだらしいぜ」
 人がひとり亡くなっているというのに、淡々と会話できているこいつが怖い。何も感じないのか? ぺいぺいは僕らのグループの中では唯一、高校卒業を待たずして"卒業"した裏切り者ではあるが、もう何年も前の話だろ。

 ん? 
 自分の過ちは自分で責任を取りますって言ば、どこかで聞いた気がする。

 そうだ。
 あの批判コメントをしてきたあいつ。
 たしか名前は「お尻やっぺいイバコ」

 お尻やっぺいイバコ?
 おしりやっぺいいばこを並び替えると
 こおりばやしいっぺい

 シンプル〜 まんまだった。
 特に捻りもなく面白くもないペンネームだった。

 ……ペンネームだったじゃねーよ。
 あの批判コメントを書いたのは、ぺいぺいだったってこと? それは、僕の作品だと気づいて。いや、それともたまたま?
 前者だった場合は、相当ショックだけれど。ぺいぺいがそんなことするはずないよな? でも、高校時代から嘘つきで約束をすぐに破る、自分のことしか考えていないようなやつだったからな。

 いや、違う。問題はそこじゃない。
 その前のあいつだ。

「この作品を悪く言った人のことはわたしに任せてください。わたしの感性が間違っていると思われると嫌なので、絶対に許しません」 
 ってコメントしてきたあいつの存在が気になる。

 たまたまだろう。たまたま偶然が重なっただけだと思いたいが、悪い予感というのは的中する。
 僕の予感からして、これは1回では終わらない気がする。

 投稿した作品を削除するという選択も考えたが、4000万円は大きいし、審査された上で選ばれなかったならば諦めがつくが、自分から辞退はしたくないと思った。

 書いたことのないホラーだから、そこまで自信はないんだけれど。自己評価でいうならば、70点くらいかな……

「ピーンポーン!」
 誰だ? 
 ぺいぺいのこともあったし、友人が訪ねてきたのかと思い、玄関のドアを開けると……

 全身、黒で覆われた男が家に入ってくるやいなや

「あなたの作品は面白いです。あなたの作品はおもしろいです。あなたの作品は面白いです。あなたの作品はおもしろいです。あなたの作品は面白いいです。あなたの作品はおもしろいです。あなたの作品は面白いです。あなたの作品は面白いです」
 大きな声で何度も何度も。

「はい? ななな、何ですかあなたは?」
「わたしの感性が間違っていると思われると嫌なので、面白いと言ってください」
「どういうことですか?」
「あなたの作品は面白いです。百点です。絶対に面白いです」

 これって僕自身もカウントされている?
 作者が自分の作品を70点ていうのは問題ないでしょ。一応、謙遜も入っているしね。自己評価ってそういうもんでしょ。
 
「この作品を悪く言った人はわたしが許しません。詫びてください」
「なんであなたに僕が謝らなければならないんですか? 作者は僕です。あなたには関係ないでしょ?」
「わたしの感性が間違っていると思われると嫌なのです。許しません、絶対に許しません」

「あなたの作品は面白いです。あなたの作品はおもしろいです。あなたの作品は面白いです。あなたの作品はおもしろいです。あなたの作品は面白いいです。あなたの作品はおもしろいです。あなたの作品は面白いです。あなたの作品は面白いです」

 それから、何度も何度も何度も何度も何度もそいつは僕に向かって「あなたの作品は面白い」と言い続けた。
 眠れない。眠ろうと目をつぶってもずっと耳元で言ってくる。頭がどうにかなりそうだ。

 もしかして、ぺいぺいはこれと同じことをされたのか? 同じことをずっと聞かされてとうとう我慢の限界に達して、2階から飛び降りてしまった。
 
 僕も、もうそろそろ限界に達しそうだと思ったとき、この状況を打開できるかもしれない方法を閃いた。

「100点。いや、五百点。僕の作品は最高です。狐疲ては最高傑作です。きっと、大賞を受賞するでしょう。自信作なんで、大賞を取れなかったら審査員がおかしい」
 そう、大声で叫ぶとそいつは、にやりと笑って

「ですよね。あなたの作品は面白い。絶対に大賞を取れます。いや、わたしが絶対に大賞を取らせます。任せておいて下さい」
 そう言うと、ようやくそいつは僕の家から姿を消した。


 一件落着。
 僕だってそう言いたいのはやまやまだが、安心はできない。何故なら僕は、この小説を「狐疲て」というタイトルで投稿してしまったからだ。

 この作品がどれだけの人に読んでもらえるか分からない。いくつコメントがもらえるかも分からない。
 コンテスト応募作品であるため、あらすじのみではなく、作品を全て読んだ上で大賞に相応しいかどうかを判断してもらえることになる。

 ……その場合、もし誰かが読んだ上で面白くないと心の中で思ってしまったら、審査の結果、この作品が大賞や短編賞を受賞できなかったら、あいつはいったい誰のもとに向かうのだろう?

 この作品を読んでくださった皆さんにお願いがあります。どうか、この作品の扱いには十分気をつけてください。扱い方を間違ってしまうと、「この作品は面白い」と永遠にあなたの耳元で、あいつが叫び続けるかもしれませんから。
 

 『注意』
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