「はっ……!?呼ばれてないって、どういうことだよ、照亜!」
慎二は、思わず大きな声を出してしまった。
呼ばれていないのだったら、ここに居るはずもないし、そもそもこんな殺し合いに参加する必要なかった。
それに、参加人数に変わりは無かったはずだ。
慎二とて参加者全員を把握していた訳ではないが、絶対に有り得ない事態に、首謀者サイドの確認ミスを疑う。
だが、
「当たり前やん、慎二。僕が呼ばれるはず、ないで」
「え……?」
照亜は冷然と、慎二に言葉を返す。
さらに続けたその内容に、慎二の脳内は、混迷を極めた。
「だって僕、薬物の仲介、してへんもん」
「………………………………は?なに、言って」
本当に、言葉の意味が分からない。
薬物?仲介?
一体急に、何を言い出したんだ?
言葉に詰まる慎二に、照亜は目を丸くした。
「え、慎二、気付いてへんかったん?ここにおったの、みーんな薬物販売に加担しとった人達ばっかりやで」
「……………いやいや、だから、薬物って、何の話────」
「しらばっくれんでもええで、慎二。なあ、首謀者はん」
と、照亜は唐突に、会議室のスピーカーに向かって、話しかけた。
束の間、室内は静かになった。
対応に困っていたのだろう、が、間を置かず、いつもの声が流れ始める。
「そうですね。今日集められた皆様は、店舗を利用して違法薬物の仲介をしていた方々です」
「っ……!」
慎二は、驚きの余り、一歩後退った。
────なぜ、ばれた?
いつ、どこで?
ていうか、ここに居た人達、皆?
だとしたらこのままここに留まるの、やばいんじゃ?
早く、逃げ────。
「今更逃亡しなくて、結構です。一応貴方は、勝ち残ったので」
「はあ?」
背を向けかけた瞬間、聞こえたアナウンスに、慎二は面食らう。
足を止め、怪訝な顔をする慎二に、どこかから見ている誰かが、説明してくれた。
「社内の至る店舗で横行していた犯罪を、一挙に解決するために行ったのが、今回の殺し合いです。こんなに大量の犯罪者が居るなんて公表したら、社の名前が地に落ちますので」
「事故ってことにして、まとめて始末する方が、楽やんなあ」
照亜も、うんうんと頷きながら会話に混ざる。
続き、慎二に問いかけた。
とんでもない話をしているというのに、一切の笑みを崩さないまま。
「現品販売の大型家具に、誰かからもろた違法薬物、隠しててんやろ?現品は発送前に店舗で点検とかするもんなあ。粉の入った小さい袋、忍ばすなんて訳ないやんねえ?それで、慎二から現品買うたお客さんは、薬物を手に入れると」
「お前、どこまで知って…………」
顔を強張らせる慎二に、くすくすと笑いを零しながら、照亜は言う。
「ぜえんぶ、知ってんで。だって同じ店舗の女の子が教えてくれたんやもん」
だとしても、ここに照亜が存在している理由は不明のままだ。
「……それでなんで、わざわざこの研修に」
照亜に対する警戒心を強める慎二に、照亜はこてん、と首を傾げて答えた。
「チャンスや思て」
「…………」
「その子が突然呼ばれた研修、なんやあやしい思て、参加者リスト見てみたんよ。そしたら、色んな店舗の色んな階級の人らがおるやん。ああ、薬の件での、お仕置きやてぴんと来てん」
「…………照亜が抜群に頭が良いことは分かった。でもそれと、お前がここに居ることと何が関係ある?」
「もしかしたら、お人形さん遊び、出来るんちゃうかなって。沢山のお人形が、勝手にできそうやん?」
「そんなことのために、危険も顧みず…………?」
信じられない。
慎二は、目の前の男に、慄然とした。
だがそんな心情もつゆ知らず、照亜は呑気に語り続ける。
「僕は、お人形さん遊びさえ出来れば、もし死んでしもても満足やったんよ。でも途中で、イカレた仲間が出来たから、なんや生き残れたなあ」
「イカレ……!?お前にだけは言われたくない!」
流石に聞き捨てならないと、くわっと目を開き、慎二は反論する。
だが照亜はきょとんと、不思議そうな面持ちで言い返してきた。
「ほうかあ?慎二も大概やったで、人殺すのにノリノリやったやん、君全然、普通やないよ」
「く……っ!ていうか、合計の参加人数が変わってないし、呼ばれてないお前が居たら、同じ店舗の女の子は怪しんだだろ」
「おん、だからずっと隠れとったで。そんで、最初に出てきた人さくっと殺して、人数でばれへんようにした」
そういえば、と、慎二は記憶を巡る。
飾り付けた人形たちの中に、いの一番に会議室を出て行った彼のものは無かった。
……だめだ、常軌を逸している。
これ以上話を続けても、こいつの思考回路を理解することは出来ない。
慎二はそう諦め、スピーカーに向かって声を発した。
「…………なあ。この場合、どうなるんだ、こいつ」
「そうですね。研修に勝手に忍び込んだという件に関してはペナルティが必要ですが、そもそも彼は無罪の身。ここで犯した罪も、貴方共々問われませんので、罰するまでもないでしょう」
「そうか……」
よくわからないが、俺はなんとか無事に帰れそうだ。
安堵から、ほう、と慎二は息を吐いた。
が、その直後、
「ただ、」
と、不穏な接続詞が聞こえてきた。
嫌な予感に包まれる。
「生き残りが二人は多いという意見も、現在出ています。ここで起きたことの情報が外部に漏れかねないと。処分するとすれば必然的に、犯罪者の方にはなりますので…………」
そこまで聞いた慎二は、頭が真っ白になった。
せっかく、せっかく、ここまで生き残ったのに?
全身に、汗が噴き出る。
帰れるという夢を、見せたくせに?
嫌だ、嫌だ、俺は、死にたくない…………っ!
ああ、そうだ、二人が多いというのなら────。
慎二はばっと、顔を照亜の方に向けた。
彼はにこにことしながら、バタフライナイフの刃先を、慎二に向けていた。
きっと、予め持ち込んでいたものだ。
────敵うはずがない。
どうしよう、どうしよう、どうしよう……っ!
慎二は、パニックに陥った。
もうこうなったら、取れる手段は────!
「ゆ、許してください!もう二度と、二度としませんから!」
慎二は床に頭をこすり付け、見事な土下座を披露した。
「割の良いアルバイトがあるってどこかから聞いて、一回やってみたら簡単で、ばれないし、お金も沢山貰えるし!それで、調子に乗ってしまいました…………!本当にごめんなさい!どうか、どうか、殺さないで…………」
泣きながら、懸命に謝罪を繰り返す。
「確かになあ、警察にもばれにくいわ。一見、皆が家具の買い物してるだけやもん。売り手も買い手も接触せんで済むから、リスクを限りなく抑えられるし。その仲介してもばれにくいよなあ、ただ家具店で働いていただけやから」
慎二の無様な姿を見かねたのか何なのかは不明だが、照亜もフォローらしきものを入れてくれる。
「どないします?彼、結構反省してるみたいやけど。一応僕、彼のこと気に入ってますねん」
「そうですね。少し、審議の時間を頂きます」
照亜の言葉に、ぶつっと小さくマイクの電源が切られた音がした。
それから、再び訪れる沈黙。
静かな室内に、慎二のすすり泣く音だけが響いた。
慎二は、心の底から反省していた。
ちょっとした小遣い稼ぎの感覚だった。
ばれなければ、誰にも迷惑をかけないと。
だが、ばれた時のことを全く考えていなかった。
慎二自身が捕まることももちろんだが、勤めている会社の信用を落とす。
それがどれだけ重罪か。
今更になって、分かったのだ。
もう遅いかもしれないけれど。
出来る事なら、もう一度。
名誉挽回の、生きるチャンスを────。
慎二にとっては無限にも思えるような時間ののち、でも実際はたった数分後に。
「決まりました」
唐突に、おなじみの女性の声が頭上から降ってきた。
慎二も照亜も、はっ、とスピーカーを見上げる。
……頼む、頼む、どうか────。
慎二は固く、祈るように両手を握りしめた。
「西京院さん、あなたに、名取さんの監視を命じます」
「僕?何で?」
冷静に、疑問を投げかける照亜。
そんな彼に、女性は告げる。
「常に側に居て、二度と犯罪を起こさないよう、見ていて下さい。そしてもし再度、名取さんが何らかの犯罪に手を染めた事を発見した場合は、」
「場合は?」
……場合は。
慎二も息を呑んで、続きを待つ。
「即刻、名取さんを『お人形』にして下さって、構いません。その後の事は今回同様、対処しますので」
「ほんま!?ええで、やるやる!」
わーいと諸手を上げて、喜ぶ照亜。
慎二もはらはらと涙を流しながら、ぺたりとその場に座り込んだ。
────助かった。
ああ、生きられる。
死ななくて済む。
心の底から湧き起こる喜びに、慎二は涙を止められなかった。
「これからもよろしくな!慎二!」
爽やかな笑顔と共に、照亜は手を差し伸べてきた。
その笑みに、
……いや、これ、助かってる、のか?
そんなことをふっ、と思いながら、
「あ、ああ……。よろし、く」
慎二は彼の手を取った。
「名取さん、こっちの入荷、お願い出来る?」
「はい!」
「ありがとうねえ。ホームファッションの担当になってくれて、助かってるよお。東川さんは寂しそうにしとるばってん……」
「ああ……、まあ、はは……」
慎二は倉庫で、パートの主婦と、入荷作業をしていた。
地獄の研修から佐賀の店舗に戻り、一か月後。
慎二は店長に頼み込み、家具担当から生活雑貨の担当社員に変えてもらったのだ。
元々、パートさん全員と仲が良かった為、仕事内容の移行に、比較的問題は無かった。
今ではもう、立派なホームファッション社員だ。
だが、家具接客は、とんと出来なくなってしまった。
殺し合いの記憶が徐々に薄れゆく中でも、大型家具への恐怖心は、消えなかった。
特に売れ残った現品は、見る事すら出来ない。
だが、記憶とは風化していくものだ。
慎二はいずれ、再び家具販売が出来るようになりたいと画策していた。
売り上げが取れなければ、社員として失格だし、認めてもらえないから。
「ああ、そういえば、今日から異動の人が来るんやったよねえ」
「そうですね、抜けた穴の補充でしょうか」
二週間前に、この店舗の先輩社員の一人が異動になり、社員が一人減ってしまっていたのだ。
その代わりに、別の店舗から異動になった社員が一人、この店舗に着任する。
「えらい変わった名前やばってん、忘れちゃったわ。いやあねえ、歳って」
「まだ十分、若いですよ」
そんな会話を交わしたが、慎二も戻って来てからばたばたしっぱなしで、まだ名前を確認していなかった。
と、その時。
『店長です。名取さん名取さん、パソコンルームまで来れますか?』
出勤している人が全員使えるトランシーバーから、慎二を呼び出す店長の声がした。
「あら、名取さん、呼ばれたね。行っといで」
「はい、ありがとうございます」
慎二はぺこりとパートさんにお辞儀をし、倉庫を出て、パソコンルームへと向かった。
何の用だろう。
歩きながら、慎二は色々考える。
なんか、前にもこんなことあったような。
研修だったら、もうしばらくは、こりごりだ。
一分と経たず、慎二はパソコンルームに辿り着いた。
扉のドアノブに手を伸ばしながら、そういえば、とふと思う。
変わった名前ってどんなだろ。
ノブを回し、ぎいとパソコンルームの扉を開くと、店長の背が目の前に広がっていた。
「ああ、来た来た、名取さん。今日着任の社員が来たからね、紹介しようと思って」
こちらを振り返り、簡潔に用件を伝えてくる店長。
「そうだったんですね。どうも、僕は、」
慎二は呼び出された理由に納得し、店長の前に歩み出て、今来たばかりの社員と顔を合わ────。
「同期みたいだね。これから仲良くやっていきな、二人とも!」
陽気な店長の声など、最早、慎二の外耳の地点で全て弾かれた。
パソコンルームの中。
そこには────。
柔和な笑みを称えた、泣きぼくろが特徴的な、イケメンの、
「初めまして。西京院照亜と言います。どうぞよしなに」