「~~~♪」
「お前……」
 慎二は、目の前の光景に、言葉を失っていた。
 これをどう処理するか。それに、今後の生き残れる確率が掛かっている。
 そんな局面に、慎二は出くわしていた。

 大川田を倒し、三階を後にした慎二は、上の階を目指した。次にどこへ行こうかと考えた際、まだ行っていないフロアにしようと思ったのだ。
 訪れた四階は、カーテンやラグ、テーブル等の商品が展示・販売してあるフロアだ。
 血が滴る鉄のバーをずるずると引きずりながら、慎二は折りたたみチェアの通路を彷徨う。
 
 誰か他に、居ないかな。
 俺にも殺せそうな奴。
  
 そんな事を思案しながら、きょろきょろと辺りを見渡していた。
 と、
「…………♪」
 リズムに乗った、小さな声が聞こえた。
 慎二はどこか既視感を得たが、獲物の発見に浮かれつつ、そちらへと足を向けてみる。
 だが、

 ────やばすぎるだろ、こいつ。
 
 頭を抱えたくなるような場面を見てしまい、堪らず瞼を閉じる。
 しかし、
「行きはよいよい♪ 帰りはこわい♪」
 歌声が、確実に慎二の耳に届いている。
 つまりこれは、現実だ。
 密かに溜息をつく慎二の心は、だが暗い思いばかりではなかった。

 ともすれば、己の有利になるかもしれない。

 そんな直感があった。
 慎二は眩暈を覚えながら、勇気を出して、一歩、また一歩と、その現場へと近付いていく。
 
 そこは、こたつや座卓の売り場。
 様々な種類のローテーブルの見本品が置かれている所で。

「こわいながらも通りゃんせ♪」
 男が童謡を口ずさみながら、

 死体を、こたつの展示に座らせていた。
 幾つも。幾つも。

「通りゃんせ♪」
 ゴトッ。
 目を大きくかっぴらき、舌をだらりと垂らした誰かの頭が、慎二の方を向きながらこたつの天板に置かれる。

「お前……、何してるんだ?」 
 背筋に冷たいものを感じながら、慎二は作業に夢中になっている男に、慎重に話しかける。
「ああ、まだ君、生きてたんやね」
 声を掛けられて、初めて慎二の存在に気が付いたかのようにこちらを振り返る、にこにこと笑う関西弁の男。
 そいつは、クローゼットの扉を開けて回り、謎に慎二を怯えさせた奴だった。
 なんとなく予想はついていた、その知った顔に、
「あ、ああ……、お互いな」
 慎二は頷きを返しつつ、言葉に迷いながら、尋ねてみる。
「それで今、お前は、何してたんだ……?」
 男はその質問に、途端にぱあーっと顔を輝かせ、
「おお。あんなあ、展示にリアリティを持たせてるんやで。せっかくこないにお人形さんが落ちてるんやもん。活用せな、損やで損」
 と、誇らしげに答えた。
 まるで褒めてくれ、と言わんばかりの自信ありげな様子に、慎二は内心震撼していた。
 ────サイコパス。
 その五文字が、頭の中をぐるぐると回り続ける。
 だが、それをおくびにでも出せば、次に展示されるのは、自分の死体かもしれない。 
 そう思って、慎二も作り笑いを貼り付けながら、
「へ、へえ……。いいんじゃないか……」
 そう、無難に返した。
「せやろせやろ!お兄さん、分かってんなあ」
 男は嬉しそうに答えると、今度は別の歌を歌いながら、作業の続きに取り掛かった。
 近くに転がっている死体を両腕で抱え、ずるずると引っ張って移動させる。
 慎二は忙しそうな彼に、再び問いかけた。
「なあ、この死体って……」
「お人形さん、な」
「ひっ」
 突如、男の鋭い眼光に刺され、心臓の縮む思いをする。
 彼なりのこだわりがあるのだろう。そこは、超えてはならないラインのようだ。
「このお人形たちって、どうしたんだ?まさか、全部お前が自分で調達したのか……?」
 慎二は言われた通り、大人しく言い換え、再度問い直す。
 すると彼は、今度は何も口を挟まず、ただ首を横に振った。
「ちゃうよお。みーんな、落ちとったんや。一階からこのフロアまでで落ちてたやつ、ぜんぶ僕が拾ったんよ」
 見ると、すでにディスプレイされている遺体が六体。
 まだ山積みにされている遺体(現在進行形で運ばれているのも含めて)が三体。
 合計九人。それが、殺し合いが始まって、一階から四階までで殺された人たちの数なのだろう。
 彼の言葉を信じるのであれば、だが。
 それに、
「運ぶの、大変だったんじゃないか……?途中で誰かに襲われたりとかは……」
 脱力しきった成人男性の身体など、到底楽に運べるものではない。  
 仮に運べたとして、その間の無防備な姿を誰も狙わないはずは無いと、慎二は男の発言を訝しんだ。
 しかし彼は、またも、いやいやと手を横に振る。
 そして、ある物を指をさした。
「これ使おたら、楽勝やったで!エレベーターにも乗ったし、なんや誰にも会わへんかったわ」
 ……台車。なるほど。
 持ち帰りが出来る大きな商品を運べるようにと、お客様が使える台車が、売り場には至る所に設置されている。
 それに乗せたなら、あまり労力をかけずとも、「お人形さん」を運べる。

 こいつはかなり頭が良い。
 頭は良いが────。
「一回やってみたかってんよ、人間も交えた展示を作るん。まだだいぶ先の夢や思とったけど、入社二年目で叶って幸せやわあ」 
 夢見心地で、独り言ちる男。

 こいつ、どうやってこの会社に受かったんだろう。
 こんな事態を起こしてはいるが、基本は大手の家具チェーン会社だ。
 一目で異常者だと分かるような人間が採用されるとは思えないが……。
 
 ん?二年目?
「お前、俺の同期か?」
 思わず素で聞いてしまう。
「せやで。あと、この子も」
 そう言って彼は、90㎝幅のこたつに一人、座らされている遺体を指さした。
 数少ない女性社員。
 男性ばかりのこの状況では、生き残るのは難しかったのだろう。
「あの子は同じ店舗で働いてたんよ。それなのに、残念やわあ」
 と、全く残念そうに思っていない口調の男の顔を、慎二はまじまじと観察した。

 耳にかかる位のさらさらの黒髪。
 常に笑っているような細い目と、その下にある印象的な黒子。  
 通った鼻筋と、形の良い輪郭。
 いわゆる、イケメンという部類。

 そしてはっとした。
 見覚えがある。確か、内定式だ。
 慎二の近くに居た女子社員たちが、騒いでいたのを思い出した。
 確かに、間違いなく、慎二の同期だ。
 だがあの時は、至って普通に女子たちと会話をしていた。
 だったら、普段は真人間に擬態しているのだろう。
 そしてこの、殺し合いという異常な状況においては、素の自分を晒け出し、好き勝手しているのだ。

 ここまで気が付いた所で、慎二の脳内に、一つの案が思い浮かぶ。

 これだけ肝が据わっていて、尚且つクレイジーであるのなら、人を殺す事にも躊躇いはないだろう。
 ここで彼を仲間に引き入れられれば、戦力が二倍にも、三倍にもなり得る。
 効率や生存確率を考えれば、彼と組むのは現状における最適解だ。

 だから慎二は彼に向き直り、
「なあ」
 と、声を掛けた。
「んー?」
 彼は変わらず遺体を運びながら、返事を寄越す。
「俺と、組まないか?」
 慎二は単刀直入に、提案する。
 だが、
「いやや」
「え?」
 即答、しかも拒否され、つい間抜けな声が出てしまった。
「いややで、協力なんて。いつ寝首掻かれるか、知れたもんやないわ」
 手刀を首元でスライドさせ、べーと舌を出す男。
 言われてみれば、そう思うのも当たり前だ。
 むしろ初めから組んでくれるという方が無理がある。

 うーん、どうしよう。
 だが絶対に逃したくない人材だ。

 慎二は少し考え込み、それから、もう一度口を開いた。
「一緒にお人形さん、沢山作らないか」
 言い方を、変えてみる。
 彼にとって何よりも大事なのは、お人形さん遊びをすることだろう。
 だったらそれを、利用する他ない。
 そしてその作戦は上手くいったようで、
「うーん……」
 と、男はようやく手を止め、悩み始めた。

 よし、効果てきめん。
 もう一押しだ。

「それで沢山作ったお人形を、お前の好きなように、好きな場所に、飾ろう。俺も手伝うから」
「ほんまに?」
 男は途端に目を煌めかせ、手にしていた「お人形」から手を離し、慎二に詰め寄る。
 その勢いに気圧されつつも、慎二はああ、と頷きながら、さらに付け加えた。
「それで、二人で生き残ったら、主催者にお願いしてみよう。これだけ良い展示を作ったのだから、見逃してくれって。きっと、許してくれるはずだ。なんたって、最高の展示が幾つも増えるんだ」
「なるほど!やったらええで!」
 満面の笑みを浮かべる男に、慎二も微笑みを返す。
 
 大嘘だ。慎二は背中で人差し指と中指をクロスする。

 隙を見計らって、最後の最後に殺してやる。
 それまでこの化け物を、使えるだけ使うのだ。

「よろしゅうな!僕、西京院 照亜(さいきょういん てりあ)言います!」
 そう述べ、手を差し出してくる照亜。
「よろしく。俺は、名取慎二だ」
 慎二たちはにこやかに、握手を交わした。