3月のはじめ、夜11時の公園で、久住茜はやさぐれていた。
名前と同じ茜色の髪をふたつに結んだ小柄な少女は、セーラー服姿で行儀悪くベンチに寝転んでスマホを眺めている。
画面には、茜のお気に入りの少女漫画が映っていた。
「はあー……いいなあ」
静寂に包まれた公園に、茜のつぶやきがこぼれる。
「あたしもこんな青春してー」
茜には土台無理な話だ。
画面に映るヒロインには家族も友達も、自分を守ってくれる格好いいヒーローまでそばにいるが、茜はそれらを何一つ持っていない。
唯一、ぱっちり二重の大きな瞳と日焼けしにくい真白な肌、あどけなさの残る愛らしい顔立ちは神から与えられた数少ないプレゼントと言えるが、残念ながら自分の容姿に頓着のない茜にとってそれは加点対象にならない。
最も、可愛らしい容姿に惹かれた誰かが、茜を好いてくれるような事態になっていれば少しは違ったかもしれないが。
「帰る家すらないあたしには、無理な話だよな」
そう、まだ15歳の茜がこんな真夜中に公園のベンチに一人でいるのには、理由があった。
つい先ほど、5人目の親代わりである人に家を追い出されたのだ。
原因になるようなことは何ひとつしたつもりがない茜としては、誠に遺憾であると言わざるを得ない。
だけどいつもこうなのだ。
いつも何故かーー関わる時間が経てば経つほど、人に嫌われてしまうのだ。
茜は赤みがかった茶色い瞳を細め、画面の中で繰り広げられる物語を遠い世界の出来事のように眺める。
しかし何者かが近づいてくる気配に気づき、画面から目を離して視線だけを横に向けた。
「……ああ、そーだよな。そろそろお前らが来る頃だよな」
『それ』は音もなく現れ、茜の周囲を取り囲んだ。
地面からにょろりと生えた黒い身体に、ギョロッとした大きな一つ眼だけがついている。一見するとシンプルなデザインで見ようによってはディフォルメされたマスコットのように見えるが、彼らがそんな可愛らしい存在ではないことを茜は知っている。
『お、マエ…うまソウダ、ナ』
「開口一番それかよ。お前らはいっつも食欲だな」
『くわセ、ロ!』
彼らはグワッと一斉に大きな口を開けた。その見た目のデザインに全く似つかわしくない凶悪な歯と、グロテスクな口内。もはや見慣れたものだが、何度見ても気味が悪い見た目だ。茜は不快そうに顔をしかめた。
これがどういう存在なのかは知らない。
霊的な何かなのか、あるいは妖怪やモンスターといった類のものかもしれない。
茜は物心ついた頃から彼らを見ているが、どうやら他の人には見えないらしい。しかも、襲ってくるのも自分にだけ。
だから誰かに助けを求めることもなく、茜はこれまでたった1人で彼らから逃げ続けてきた。
「……けど、このままお前らに食われてもいいかもな」
茜がいなくても、困る人は誰もいない。
諦めた目でスマホに視線を戻す茜を見て、獲物に抵抗する気がないと見た奴らが襲いかかってきた。
その牙が、茜の身体に届く寸前。
「ーーなんてな!」
茜はガバリと身体を起こし、敵の間を器用にすり抜けベンチの上から脱出した。
「だーれがお前らのウマイ飯になんかなってやるかよ。あたしはまだ死ぬわけにゃいかねーんだ」
何故なら茜は、初恋もまだなのだ。
こんなところでよくわからないモンスターに食われて生涯を閉じるには、あまりに若すぎる。
きっと、茜にもいるはずなのだ。
茜を助けてくれる、少女漫画のヒーローのような存在が。
「じゃーな、おととい来やがれっ」
茜はスマホをスカートのポケットに収めると、駆け出した。瞬く間に公園を出ると、人通りの少ない道路を横に突っ切って向かいの建物へ。
ドス黒い空気を撒き散らしながら、奴らが後を追ってくる。茜はきょろきょろと周囲を見回し人がいないことを確認すると、バネのように足を曲げ、勢いよく飛び上がった。
そして建物の三階の位置にある室外機の上に着地すると、もう一度飛び上がって屋上へ。
猫のような速さであっという間に屋上の端まで走ると、そのままの勢いで難なく隣のビルへ飛び移った。
その際にチラと下を見ると、彼らはウジャウジャと地面に生えたまま、一つ眼で茜を見上げていた。上がってこれないらしい。
「わりーな、あたしは人よりちょっと運動神経がいいんだ」
明らかにちょっとどころではないのだが、他人からそれを称賛されるどころか非難ばかりされてきた茜としては、自分のためにあえて『ちょっと』と認識していた。
だが、こうやって奴らからすぐに逃げられるのは、この身体能力のおかげに他ならない。
その点はこの身体に生んでくれた、今は亡き母親に感謝である。
「ひとまず、今日の寝床を探さねーと」
建物から建物へ移動しながら、茜は辺りを見回す。
そのとき、不意に目の前に大きな影が差した。
咄嗟に足を止め、立ちはだかるものを見上げる。『それ』と目が合った瞬間、茜は息を呑んだ。
そこにある一つ眼は、直径で茜の身体ほどの大きさをしていた。
これまで見たことがないほど巨大なそれは、一口で茜を丸呑みにしてしまいそうなほど大きな口を開けている。
茜は本能的に理解した。こいつからは逃げられない、と。
立ちすくみ、足が震える。
腰が抜け、その場にへたり込んだ。
何があっても決して1人で生きることを諦めなかった茜だが、このときばかりは無意識に口からか細い声が出ていた。
「助けて」と。
その瞬間、光の矢が目の前の黒い物体を貫いた。
一つ眼の敵はそのまま黒い霧のようになって雲散し、跡形も無く消えていく。
代わりに、どこからか飛んできた学ラン姿の青年が、呆然と目を見開く茜の前に降り立った。
すらりと伸びた足と、均整のとれたシルエットの体躯。肩口までのさらさらの黒髪は、男子にしては長めの髪型だが、それがむしろ似合ってしまうほど美しい顔立ちをしていた。
彼は光る弓を携えており、先ほどの矢を射たのが彼であることがわかる。
静かな知性を感じさせる切れ長の瞳が、茜を見下ろした。
「怪我はないか」
冷たさすら感じるほど落ち着き払った声色で、彼は茜に声をかけた。
だが、茜は返事ができない。声も出せずに青年を見つめたままだ。
それを見て青年は短く嘆息すると、少し哀れんだような目をした。茜の様子を、恐ろしい目に遭ったから呆然としているのだと解釈したようだ。
「……身体が無事ならいい。今起きたことは全て幻だ、忘れろ」
言いながら青年は茜に近づくと、手のひらを茜の頭にかざそうとしてーー
「見つけた!」
その手を掴んだ茜が叫んだ。
「あたしのヒーロー!」
嬉々として言い放った茜に、青年が目をむく。
「……は?」
「助けてくれてありがとな! あたし、茜! 久住茜! なあ、名前は? 名前! 名前教えて!」
「何言って……」
困惑する青年は、掴まれた茜の手を振り解こうとして、さらに驚いた顔をした。
「なんだこの魔力は。君は一体……」
「なあ、聞いてんの? 名前くらい教えてくれてもいいじゃん!」
「待て、今はそれより……」
言いかけて、青年はハッとした顔で茜の後ろを見た。そして間髪入れずに弓を引き、茜の背後に現れた敵を貫いた。
先ほどのそれよりは小さいものの、黒い物体は無限に湧いて出てくる。青年は茜の身体を俵を担ぐように抱き上げて走り出した。
「えっ、逃げんの!?」
「あんな数相手にしてられるか。それより君は何なんだ。何故こんな時間にここにいる? 奴らは君の魔力に釣られてるんだぞ」
「マリョク? なんだよそれ。知らねーよ」
「知らないはずがない。そんなに魔力を垂れ流しておいて……」
「だから知らねーって!」
青年は茜に負けず劣らずの運動神経で、軽々隣のビルへと飛び移る。
彼が言う魔力とやらについては、当然茜に心当たりはなかった。
茜はそれよりも、自分以外にこんな人間離れした身体能力の人間は初めて見たので、仲間を見つけたかのような気持ちになっていた。ますます彼への好感度が鰻登りだ。彼のことがもっと知りたい。
「なあ、さっきの弓矢なに? お前こそ何者なんだよ。絶対普通の人間じゃねーだろ」
「君にだけは言われたくないな。普通の人間は垂れ流すほど魔力を溜めたりしない。それより、口を閉じろ。舌を噛むぞ」
青年はビルの端まで辿り着くと、躊躇いなく飛び降りた。地面に激突する手前で片手を地面へ向けると、突風が巻き起こり落下の衝撃を殺すクッションになる。
「今のなに!? すげー!」
「ただの風魔法だ。それより、君の家を教えてくれ。ひとまず君を安全な場所に送り届けるのが先決だ」
「家はねーよ。つい数時間前に保護者代わりの人間に追い出されたばっかだ」
「……訳ありか。厄介な……。仕方ない、とにかく明るい場所に入るぞ」
「どっか店入んのか? あたし、金持ってねーんだけど」
一つ眼の彼らが明るい場所には寄りつかないことは茜も知っている。
だから茜にとって帰る場所の有無は死活問題なのだ。太陽が出ているうちは気にしなくていいが、問題は夜だ。
お小遣いなど貰えない立場の茜は、飲食店に長時間居座ったりホテルに泊まることができない。
夜は自室の電気をつけっぱなしにするしか、茜が安眠できる方法はないのだ。
だから、帰る家がない今、照明がある場所に入るには青年の財布をあてにするしかないのだがーー
「店には行かない。ウチガワに入れば、俺の家がある」
「お前の家!?」
茜は思わず素っ頓狂な声を上げた。
恋人はおろか、男友達すらいない茜は、男子の部屋に入ったことがない。ましてや、好意を持った男の部屋になど。
顔を赤くする茜を見て、ビルとビルの間の路地を走りながら青年は呆れた顔をした。
「何赤くなってるんだ」
「お前、会ったばっかの女子を家に誘うなんてどうかしてんぞ!」
「どうかしてるのは君の頭だ!」
そんな言い合いをしながら、やがて二人の目の前に高い壁が現れた。
「おい、行き止まりじゃねーか。どうすんだよ」
「問題ない」
青年は足を止めず、壁に向かって走り続けた。ぶつかる、と思って目を閉じた茜だったが、予期した衝撃はいつまでも訪れず。
二人の姿はそのまま、壁の中に吸い込まれていった。
壁から抜け出ると、そこにはごくふつうの街並みが広がっていた。
てっきり異世界にでも入るのかと身構えていた茜は、思わず拍子抜けして「え?」と声をあげた。
「なんだよ、ただの街じゃねーか」
「何を期待していたのか知らないが、ここも日本にある街の一つに過ぎない。出入りできるのは魔力を持つ人間に限るが」
「どーいう仕組みだよ。わけわかんねー」
「あとで話す。ここからは自分で歩いてくれ」
青年は茜を地面に下ろすと、さっさと歩き始めた。茜は知らない街並みにそわそわしながら、後をついて行く。
「ここにもあいつらいんの?」
「あいつら?」
「あの目のやつら」
「魔眼ならどこにでもいる。魔力を持つ人間がいる分、数はソトガワより多いだろうな」
「げえ……」
彼が魔眼と呼んだ一つ眼の奴らを対策してか、道路には均一の感覚で街灯が設置されていた。
しかし、建物と建物の間の薄暗い空間には、青年の言った通りうじゃうじゃと奴らが潜んでいるのが見えた。
不気味な眼たちが寄り集まってこちらを伺っている様は、下手なホラー映画より怖い。
奴らから逃げるどころか、より危険な場所に足を踏み入れてしまったのでは。不安になりながら、茜より30センチくらい身長が高そうな青年の後頭部を眺めつつ歩いた。
と、彼の頭ごしに一際大きな建物が見えた。
数キロ遠くに見えるそれは、明らかに一般的な日本の建築物とは雰囲気が異なっている。西洋の城のような見た目で、尖塔がいくつもそびえ立ち、中央には時計台のようなものが見えた。
「なあ、あれ何? あの向こうのでかいやつ。城?」
「第六魔法学校だ」
「マホー学校!?」
ファンタジックでワクワクする名称に、茜の声とテンションが飛び上がる。フィクションでしかお目にかかったことのないものが、現実に存在しているらしい。
「すっげー! じゃあお前もそこの生徒なのか? 学ラン着てるし、魔法使えるし」
「そうだ。……まったく、あとで話すと言ってるのに君は質問ばかりだな。少しは待てないのか?」
「だって気になんだもん。疑問はその場で解消した方がすっきりするだろ。答えを持ってる人間が近くにいんのに、悩むだけ無駄じゃん」
「堪え性がないのを正当化するな」
青年はため息をつくと、小さなアパートの前で立ち止まった。なんの変哲もない、ちょっと古びた集合住宅だ。
「ここがお前の家?」
「そうだ。近所迷惑だから静かにしろ」
言われて、茜は素直に口を閉じた。落ち着きがないとよく言われる茜だが、最低限の常識くらいは持ち合わせているつもりだ。
青年の部屋は二階の1番奥。205と書かれた扉の鍵を開けると、彼は無言で中へ入っていった。茜は若干緊張しながら、「お邪魔しまーす……」と小声で言って後に続いた。
部屋は、これまたよくあるワンルームで、部屋のレイアウトや内装も素朴な、有り体に言うとこれといった特徴のないものだった。
短い廊下を抜け、向かって左側にシングルベッド。右側に絨毯と四角いミニテーブルがあった。家具のデザインも非常にシンプルだ。
唯一、壁際にある本棚に装丁のしっかりした何やら難しい本が詰まっているところから、彼の人柄が見えるような気がした。
「気心の知れない他人の家を、あまりそうジロジロ見るものではないと思うが」
「え? あ、悪い。物珍しくてついな。てか、親は? もしかして一人暮らししてんの?」
「そんなところだ」
これ以上教える気は無いという意思が見える、短い返答。茜もそれ以上は詮索しなかった。かく言う自分は一人暮らしどころか家なき子なのである。誰にだって家庭事情に問題の一つや二つあるだろう。
「それより、君は……」
グー……。
青年が話し始めた矢先、大きな腹の虫が鳴いた。
途端、彼が脱力した顔で眉を寄せる。音の出どころである茜はお腹を押さえて「しかたねーだろ!」と彼の表情に抗議した。
「夕飯食いっぱぐれたんだよ! これでも相当我慢してたんだ!」
「わかった、わかった。俺も生理現象を止めろとまでは言わない。やけにでかい虫を飼っているなと思っただけだ」
「思ってんじゃねーか!」
恥ずかしくなって、茜は赤い顔で縮こまった。それを見て青年はキッチンスペース横の戸棚を漁ると、「ホラ」と何かを投げて寄越してきた。
反射的に受け取る。見ると、カップラーメンだった。
「悪いが、俺は夕飯を済ませている。この時間から何かを作る気にはならないからな、それで勘弁してくれ」
「……いいのか?あたし、金払えねーんだけど」
「カップ麺くらいでわざわざ請求する方が面倒くさいだろ」
青年は電気ケトルに水を入れて、「湯を沸かすから少し待ってくれ」と言った。
茜はその姿を見て、胸の奥がきゅんと痛むのを感じた。他人から、こんなにも自然な優しさをもらったのはいつぶりだろう。
「……なあ」
「なんだ」
「名前、教えて」
「……聞いてどうする」
「いつか絶対恩返しに来るから。名前知らないと、お前のこと見つけられねーだろ」
カップラーメンを両手で握りしめてジッと青年を見つめる茜に、彼は少し意外そうな顔で片眉をあげる。
そして、不意に小さく笑った。
その顔があんまり優しくて、茜は一瞬息をするのも忘れて見惚れてしまった。
「碧大だ」
「……え?」
「俺の名前。相良碧大」
「……アオ! アオな、わかった、アオ!」
茜はパアッと顔を明るくして、何度も名前を呼んだ。心の中でも繰り返す。アオ。サガラ、アオ。
茜の、ヒーローの名前。
「ありがとな、アオ。あたし、アオのこと好きだ。今日のこと、一生忘れないからな!」
茜の満面の笑みと言葉に、碧大は一拍置いてカッと顔を赤くした。
「な……き、君はいきなり何を言って、」
「なんだよ。好きだと思ったから好きだって言ったんだ。おかしいかよ」
「……あ、ああ、そういう意味の好きか。なんだ、驚かせないでくれ。俺はてっきり……」
「言っとくけどラブの方の好きだぞ」
「ゲホッ」
碧大はゲホゲホと激しくむせた。年頃の少女の告白を受けておきながら、失礼な男である。
「……ほ、ほら。湯が沸いたぞ」
「お前の顔の方が瞬間湯沸かし器みたいだけどな」
「揶揄うな!」
狼狽えた碧大の顔を見て、茜はご機嫌な様子で「わりーわりー」と言いながらカップラーメンのフタを開けた。
なるほど、意中の男の照れた顔というのはこんなにも気分が良くなるものなのか。少女漫画で幾度も見た胸キュンシーンを思い出しながら、茜はカップラーメンの容器に熱湯を注いだ。
ミニテーブルの上にカップラーメンと借りた箸を置くと、絨毯の上に座りスマホのタイマーで3分セットして待つ。
碧大も正面に座ると、居心地悪そうに茜から目を逸らして息をついた。必死に調子を取り戻そうとしているようだ。
そんなに綺麗な顔をしているのだから、いくらでも女にモテそうなのに意外な反応である。
「……君は、もともとそういう性格なのか?」
「そういうって?」
「惚れっぽいというか……少し優しくされたらすぐ好きになるというか……正直、心配になるんだが」
「失礼だな、ちげーよ。そもそも、あたしに優しくしてくれる人の方が少ねーんだから」
そう言うと、碧大はハッとした顔をした。照れた表情を引っ込めて、もとの真面目な顔つきに戻る。
「君はこれまでずっと、ソトガワで暮らしてきたのか?」
「お前の言うソトガワってやつが、壁を通り抜ける前にいた街のことなら、まあ、そーだな。壁を通り抜けるなんてファンタジー、あたしは今日初めて見たからな」
「なら、君に優しくする人が少ない理由は明白だ。その魔力だよ」
ピピピピ……
3分経過したことを告げるスマホのアラームが鳴り響く。
茜は音を止めると、「その魔力って、何のことだかさっぱりわかんねーよ」と言いながらカップラーメンのフタを開けた。
「実際魔法を使うお前はともかく、あたしは魔法なんか使えねーんだから。……っと、いただきまーす」
「それは使う術を知らないだけだ。君の魔力量は俺の比ではない。上級魔法使いのそれと比較しても多いくらいだろう。そんな君が、どうして今までソトガワで暮らしていたのか不思議でならないんだ」
フーフー、ずるずるずる……。
茜はラーメンをすすりながら、碧大の言葉の意味を考えた。
「……つーことは、魔力を持つ奴はこの街で暮らすのが普通ってことか?」
「そうだ。ソトガワは魔力を持たない人間が暮らす場所だ。魔力を持たない人間は、魔力を持つ者を本能的に避ける傾向にある。本人にも理由がわからないままに、恐怖を抱いてしまうようだ」
「マジか……」
そう言われると、納得できる点は多くあった。これまで関わった人間は皆、茜を一目見て顔をしかめるのだ。
中学のクラスメイトはみんな茜によそよそしく、出来れば関わりたく無い、といった様子だった。
親代わりの人間もそうだ。電話口では『大変だったね』とか『自分の家だと思って寛いでね』とか優しいことを言っていたくせに、実際に会うと態度が急変する。
やがて、『あなたが家にいるとおかしくなりそう』とか『頼むから出て行ってくれ』とか言われて追い出されるのである。
「だから我々は自分たちだけの街を作って、そこで暮らすことにしたんだ」
「なるほどな。そーしなきゃ、みんなあたしみてーに嫌われて生きていけなくなるもんな。納得だよ」
魔力を持つ人間にとって、このウチガワという街が生きるために必要であることは茜の頭でも十分理解できた。
それでも変わらず他人事のような顔でラーメンをすする茜に、碧大が呆れた顔で「ここからが問題なんだ」と言った。
「ウチガワの歴史はもう400年以上、魔力を持つ者が暮らしやすい環境は整っている。わざわざソトガワで暮らそうという物好きはそうそういない」
「だろーな。よっぽどハードモード好きのドMじゃねー限りな」
「そして魔力を持つ者は、魔力を持つ者からしか生まれない。だから君の親も、君も、本来はウチガワで暮らしていたはずなんだ」
「あー……なるほど。親、なあ……」
碧大が疑問を持った理由をようやく理解する。茜は6年前に亡くなった母親の顔を思い浮かべた。
「あの魔眼とかいう奴らは、魔力を持ってる奴にしか見えねーのか?」
「そうだ」
「なら、少なくともあたしの母親はただの人間だな。母さんは奴らが見えなかった」
「なら、父親か……」
「父さんは知らねー。あたしが4歳の頃にどっか行ったって話だ。正直全く覚えてねーよ」
碧大が難しい顔をして考え込む。
自分のために考えてくれるのは有り難いが、茜はすぐに答えの出ないことを考えるのは得意ではない。
どうやら自分の出自には謎があるようだが、当の親がいないのだ。考えても仕方がない。大事なのはこれからどうするかである。
茜はラーメンの最後の一口を食べ終わると、「ごちそーさんでした」と言って箸を置いた。
そしてセーラー服の胸ポケットに手を突っ込み、中のものを取り出す。
「なあ、アオに見てもらいてーもんがあるんだけど」
「なんだ」
「これ」
茜がテーブルの上に置いたのは、ふたつのヘアゴムだ。それぞれにビー玉のような赤い石がついているが、どちらも真っ二つに割れた状態である。
「これは……」
「母さんが生きてる頃から、ずっとこれで髪を結ぶように言われてた。だから母さんが死んでからもずっとつけてたんだけど……2年くらい前に片方が割れて、1年前、もう片方も割れた。そしたら、今まで見えるだけだった魔眼が、あたしを襲ってくるようになった」
「……!」
碧大は「触ってもいいか」と一言断ってから、ヘアゴムを手に取った。割れた玉を見て、気づく。
「これは……結界石だ」
「結界石?」
「魔眼を寄せ付けないようにする結界魔法が込められている石のことだ。流通しているのは主にウチガワだけのはずだが……なぜ、君の母親はこれを?」
「知らねー。物心ついたときからこれをつけろとしか言われてねーからな。どこで調達したかなんて聞いたこともねーよ」
毎朝、母親は必ず茜の髪を結んで、小学校へ送り出してくれた。だから母親が亡くなってからもつけ続けていたし、ヘアゴムが使えなくなった今も、習慣として毎朝髪をふたつに結んでいる。
碧大は茜の髪型と手元のヘアゴムを交互に見ると、母娘それぞれの思いに心を馳せるように、静かに目を伏せた。
「……少なくとも君の母親は、君が魔力を持っていることは知っていたようだな。君を守るために、これを身につけさせていたということか」
「……なあ。これ、直んねーかな」
茜は碧大の手の中にあるヘアゴムを見つめて言った。
「割れたところをテープで止めてみたりもしたけど、結界は戻んなかった。あたしじゃ直せねーんだ。ここなら、結界石に詳しい奴もいるんだろ? どうにか直してもらえねーかな。あたしがこの先も安全に生きるには、どうやらこれが必要みてーだし」
今日は運良く碧大が助けてくれたから良かったが、またあんな魔眼に襲われたら、今度こそ死ぬかもしれない。
なら、これを直すしか、この先も茜が無事に生きられる方法はないのだ。
母親がなぜソトガワで暮らしていたのか、魔力のことを茜に話していなかったのか、気になることは山ほどあった。もちろん、そのせいで茜が今人生ハードモードを余儀なくされていることへの恨み節も。
だが、今は何もわからない以上、これを持たせてくれたのがせめて母親の愛情だったと考え、それに頼るべきだろう。
「………わかった」
碧大は茜の顔をまっすぐに見つめ、返事をした。
「俺にはそういった知り合いはいないが、学校の理事長なら伝手があるはずだ。明日、魔法学校へ行ってみよう。いずれにしろ、君のことはウチガワの管理者に報告しなくてはならないからな。君がこれからどう生きるにしろ、ウチガワとの繋がりは持っておいた方がいい」
「何から何までわりーな。恩にきる」
「気にするな。これも魔法使いの仕事のうちだ」
「魔法使い?」
碧大は立ち上がると、「まだ見習いだがな」と言って押し入れの戸を開けた。
「見習いって、魔法使えるやつはみんな魔法使いなんじゃねーの?」
「ウチガワでの『魔法使い』とは、魔眼に対抗する攻撃手段を持つ者のことを言う。俺は、魔法学校でそれを学んでいるんだ」
「へ〜……。なんか、すげーな」
「……別に、すごくない」
最後の小さな呟きは、茜の耳に届くことなく空気に消えた。
碧大は押し入れからブランケットを取り出すと、茜に投げて渡す。
「いい加減、寝る時間だ。あとのことは明日話そう。俺はベッドで寝るから、君は適当にその辺で寝てくれ」
「……そこは、『俺は床で寝るから君はベッドで寝てくれ』じゃねーんだ?」
「……お望みなら、外で寝てもらってもいいが?」
「アハハ、ジョーダンジョーダン。あたしはあいつらに襲われずに寝れるならどこでもいーんだ。泊めてくれてありがとな、ほんと」
ケタケタ笑う茜を見て、碧大が気の抜けたようにため息をつく。
「君はなんというか……調子がいいというか。能天気というか、とにかく神経が図太いな」
「なんかすっげー悪口じゃね?」
「呆れを通り越して羨ましいよ。……洗面所とトイレはあっちだ。歯ブラシは予備のこれを使うといい」
「サンキュー。あ、ついでにシャワーとTシャツも貸してくんね?」
「早速図太さを発揮するな」
その後、それぞれに寝支度を済ませ、碧大はベッドに、茜はそのすぐ横の絨毯の上に寝転んだ。
「電気消すぞ」
「えっ」
照明のリモコンを持った碧大に、茜が驚いて声を上げた。
「なんだ。明るくないと寝れないのか? 見た目通りの子供だな」
「あたしが幼児体型なのは今カンケーねーだろ! てか、ちげーよ。暗くなったらあいつら来るじゃん」
「……ああ。その心配はない。ウチガワの建物には、結界石が埋め込まれてるからな。家の中に魔眼が現れることはない」
「マジかよ。すげーな、ウチガワ」
「そうしないと、全ての住宅が毎晩電気をつけたままになるだろう。そんなの電気がいくらあっても足りないからな」
言われてみると確かにその通りだ。ここには、魔力を持つ者しかいないのだから、それを前提とした生活基盤を築いているのだ。
知れば知るほど、茜はソトガワではなくウチガワで生きるべきではないかと思えてくる。それができたら、どんなにいいことか。
一年ぶりに、暗い部屋で目を閉じた。
だが、久しぶりすぎて寝つけない。茜にとって、暗い場所は危険な場所、という認識だったから。
目を開けて、隣を見る。碧大の顔は見えないが、ベッドの上でふくらんだ掛け布団が、そこに人がいることを感じさせた。
「……なあ」
「なんだ。早く寝ろ」
「もしさ、結界石が直って……あたしが、あっちでまた生きられるようになってもさ」
「………」
「たまに、遊びに来てもいい?」
返事は、すぐにこなかった。
数秒の間のあと、碧大が身じろぎして、掛け布団がガサ、と音を立てた。
「……ウチガワは、魔力を持つ者なら誰でも入れる。俺の許可なんか無くても、好きな時に来ればいい」
ぶっきらぼうな声色。
だけど、そこに確かな優しさがあることを、茜はもう知っている。
「……うん。そーだな。そうする」
嬉しくなって、茜は再び目を閉じた。
暗闇はもう、怖くなかった。
翌朝。
「おい、起きろ。朝だぞ」
規則正しく7時きっかりに碧大に起こされ、茜はウチガワでの初めての朝を迎えた。
「……ん。おはよ、アオ」
「おはよう。早く目を覚ませ」
碧大は無慈悲にも部屋のカーテンを全開にして、朝日で茜を覚醒させようとする。茜はそれに抵抗するようにブランケットの中に潜り込んだ。
「おい寝るな。起きろ」
「まだ7時じゃん……今日休みだろ……? もうちょっと寝ててもいーんじゃねーの……」
今日は確か、土曜日のはずだ。
学校がない日は10時ごろまで寝ている茜には、この時間の起床は地獄のように辛い。
「洗濯と掃除、それと朝のランニング。休みといえどやることは山ほどある。午後は予定通り魔法学校へ行くからな、寝ている場合じゃないぞ」
「マジかよ……やべーな、ストイックすぎだろ……」
とはいえ、茜は厚意で泊まらせてもらった身。家主の生活を邪魔するのは本意ではない。開け切らない目で、しぶしぶ起き上がった。
それからふたり並んで洗面所の前で歯磨きをして、碧大が用意してくれたトーストをご馳走になった。
朝日を浴びながら、誰かと向かい合って食事をするのは気持ちがいい。好きな相手なら尚更だ。
「なあ、アオっていくつなの?」
トーストを頬張りながら尋ねる。
「なんだ、いきなり」
「あたしは15。中三だよ。もうすぐ卒業するけど」
そう言うと、碧大は驚いた顔で茜を見た。
「……同い年だ」
「えっ、マジ?」
「驚きだな。絶対歳下だと思っていた」
「……あたしは絶対歳上だと思ってたけどな」
茜の身長は149センチ。自分でも小柄な自覚はあったから、実年齢より若く見られるのには慣れている。
それに対し、碧大はおそらく180センチくらいある。大人っぽいし、茜が知る同級生の男子とは落ち着き具合が雲泥の差なので、絶対高校二年生くらいだと思っていたのに。
「中三なら、もう少し落ち着いたらどうなんだ」
「お前は落ち着きすぎだろ……」
そんな他愛無い会話をしつつ、朝食を済ませた。
碧大が洗濯機のスイッチを入れ、朝のランニングに行っている間、茜は自ら買って出て部屋の掃除を行なった。
これまで5つもの家で厄介になってきた居候のプロである茜は、掃除のスキルだけは自信があった。
「……確かに、豪語していただけあって掃除は得意らしいな」
自宅に戻ってきた碧大は、ピカピカになった風呂場とリビングを見て心底意外そうにそう言った。
「なんだよ、疑ってたのかよ」
「素直に感心してるんだ。じゃあ、俺はシャワーを浴びてくるから、台所の掃除も頼んでいいか?」
「任せろ。ぴっかぴかにしてやるよ」
胸にどんと拳をあてて言う茜に、碧大は小さく笑って「期待してる」と言いながら、脱衣所へと消えていった。
茜はその場からしばらく動けなかった。すぐに見えなくなってしまった碧大の笑みを反芻し、心の中で悶える。
しかし、少しして「いつまでそこにいるつもりだ。まさか覗く気か?」という声が扉越しに投げつけられ、茜は赤い顔で「覗かねーよ!」と叫んだ。
「てか、なんであたしがまだここにいるってわかんだよ。こえーんだけど!」
「君が垂れ流している魔力で、だいたいの位置はわかるぞ」
「うっっそだろ! プライバシーの侵害じゃねーか。扉越しに勝手に魔力見んじゃねー!」
茜は憤慨しながら台所を掃除した。宣言通り曇りひとつないシンクにしたところで、学ラン姿の碧大が脱衣所から出てくる。
「ホラ見ろ。ピッカピカにしてやったぞ」
「ああ。ご苦労だったな」
「上司か!」
その後、茜も制服に着替えて外出の準備をする。習慣でせっせと頭にツインテールを作る茜に、碧大が「ひとつ相談があるんだが」と話しかけた。
「なんだよ、改まって」
「費用は出すから、髪の染め直しを検討しないか?」
「……はぁ?」
あまりに突拍子のない話題に、茜は口をあんぐり開けて眉を寄せた。
碧大はなぜか気まずそうな顔をしている。
「その赤髪は……その、なんというか、君に似合っているとは思うが、少々派手じゃないか?」
「派手で何が悪いんだよ。あたしの勝手だろーが」
「だが、学生らしくないだろう」
茜はうんざりした顔で「センセーみてーなこと言うんじゃねーよ」と言った。茜の体感的には、これまで100万回くらい言われているセリフだ。
「わりーけど、そういう理由ならお断りだ。これは地毛だからな」
「地毛!?」
珍しく大きな声をあげた碧大に、今度は茜がびっくりする。
「そ、そーだよ。地毛で文句あるかよ」
「ほ……本当なのか? 海外の血でも入ってるのか? それにしたって、色があまりにも……」
「うるせーな、珍しいのは知ってるよ。父さんは知らねーけど、母さんは黒髪だったし、親戚にも外国人はいねー。なんであたしだけこうなのか、あたしが知りてーくらいだ」
「そう、なのか……」
碧大は困惑した顔で茜を見ている。彼がそんな顔をする理由がわからないが、茜としてもあまりいい気分ではない。
なぜなら、きっと茜の母親はこの髪色を見て『茜』と名付けてくれたのだろうから。
「なんだよ。なにがそんなに気に入らねーんだ。言ってみろよ」
「…………」
碧大は険しい顔で言い淀む。しかし茜の強い視線に耐えかね、やがて重い口を開いた。
「……すまない。派手だなんだと言ったのは謝る。さっきも言ったが、その髪は君にとても似合っている。他人に変えろと言われて変えるべきものではない」
「……おー。ありがとな」
「だが、ことウチガワにおいては、その髪色は非常に厄介なんだ」
「厄介?」
碧大は悩ましい顔で頭を抱えつつ、「また今度詳しく説明するが」と前置いた。
「赤髪は、魔人の特徴なんだ」
「……マジン?」
また知らない単語が出てきた、という顔をする茜に、碧大は押し入れのタンスから出した厚手のパーカーを手渡した。
「ウチガワの人間にとって、魔人は敵だ。君の髪を見て誤解される可能性がある。なるべく隠しておいた方がいい」
「……そーいうことかよ」
染め直しだのなんだの回りくどいことを言っていたのは、茜を守るためだったのだと理解する。
その気持ちまで汲み取れないほど、茜も子供ではないつもりだ。
素直にパーカーを制服の上に着て、フードを被った。
「これでいーか?」
「ああ。だが、くれぐれも目立つ行動は避けるようにな」
「わーってるよ。魔人とやらはよくわかんねーけど、あたしを連れて歩くアオに迷惑かかんのはヤダしな」
身支度を整え、二人は部屋を出ようとした。と、そこで茜の腹が盛大に空腹を訴えたため、少し早めの昼食をとってから外出することとなった。
「君の腹の虫は、君に似て主張が強いな」
「し、しかたねーだろ! なんか昔から腹が空きやすいんだよ。母さんが生きてた頃は、1日5食食ってたし……」
「俺は5食も作らないぞ」
「だから我慢してるっつってんだろ!」
急ごしらえのため、昼食はシンプルに卵かけご飯をいただいた。本音を言えばおかわりしたかったが、さすがの茜も一文無しの身でそこまで図々しくはなれなかった。
茜の腹が五分目くらい満たされて、二人は今度こそ家を出た。
ドアを開けて見えた光景に、茜は目を見開いた。
「飛んでる……」
人が、空を飛んでいる。
昨日の夜は全くと言っていいほど人が出歩いていなかったが、昼間はソトガワと同じくらい人が行き交っていた。
ソトガワと違うのは、車がほとんど通っておらず、人々は飛ぶか歩くかで移動していることだ。
「すっげー……人が飛んでる! なあアオ、あれも魔法? 魔法だよな!?」
瞳を輝かせた茜はアパートの階段を降りながら、前を歩く碧大の肩をバシバシと叩いて尋ねた。
碧大は「叩くな」と言って茜の手を払いのけてから答える。
「あれは風魔法の一種だ。ソトガワで魔法を使うのは禁じられているが、ウチガワでの使用は自由だからな。もちろん、常識の範囲内で、だが」
「じゃあ、みんな普通に魔法使って生活してんだ? すげー、すげーよ!」
アパートの階段の下では、子供たちが魔法で動かした人形でごっこ遊びをしていた。
隣の一軒家では老婦人が自らの手の中で水を生み出し、庭の植物に一斉に水遣りをしている。
ウチガワの人々は、その日常に小さな魔法を取り入れて生活しているのだ。
茜は周囲をキョロキョロと見回しながら、碧大のうしろをついて歩いた。
「みんなすげー、けど……」
「けど?」
「なんか、言っちゃわりーけど、飛ぶ以外は使いどころが地味だな。魔法といえばもっとこう、魔女とか怪しげな道具とか、いっぱい出てくるモンじゃねーの?」
人が飛んでいる時点で十分非日常ではあるのだが、一見するとそれだけだ。一般的に想像するようなフィクションの魔法世界と比べると、いささか地味であると言わざるを得ない。
少女漫画はもちろん、少年漫画もファンタジーも、ワクワクする漫画はなんでも大好きな茜には、少しばかり物足りないというのが本音だった。
「ウチガワは、基本的にソトガワでの生活に倣うことが推奨されているからな。電気も水道も通っているし、魔法がなくとも生きていけるようになっている」
「せっかく魔法があんのに? なんで?」
「ウチガワは閉じられた狭い世界だからだ。魔法に依存すれば鎖国状態になる。そうならないよう、外の世界の文化と科学を積極的に取り入れ、より豊かに暮らそうというのが基本方針なんだ」
「フーン……。ずいぶん寛容なんだな。ソトの奴らは、こっちの人間を受け入れてくれねーのに」
「…………」
茜がこぼした皮肉に、碧大は何も言わなかった。
それから二人は20分ほど歩き続け、目的の魔法学校へたどり着いた。
昨晩、遠くから見ても異彩を放っていた建物だが、近くで見るとよりその異質さが際立っていた。
白を基調としたレンガ造りで、尖塔がそびえたつその面構えは西洋の古い城のようだ。校門をくぐった先にある巨大な時計台は、見上げる首が痛くなるほど高い。
校舎の中がどれほど広いのかわからないが、敷地も普通の中学校の数倍はありそうだ。
呆気に取られ、口を開けたまま校門のそばで立ち尽くす茜に碧大が声をかける。
「いつまでもアホ面してないで行くぞ」
「こんなんアホ面にならねーほうが無理だろ……」
そう文句を垂れつつ、茜は第六魔法学校へ足を踏み入れた。