壱 下賜という名の嫁入り
「咲良様には、……に下賜される事が決まりました」
一人、書物を読んでいたところ後宮に入った時にもお世話になった管理官の方が尋ねてきた。口の動きから、どうやら私は下賜されるらしい。
咲良と呼ばれている私は、ここ皇国の皇帝の身分の低い妃・更衣だ。更衣の中でも寵愛を受けたことはないし、妃として三年だが皇帝と会ったのは初夜の時だ。それ以来御渡りもないんだから仕方ない話だ。きてくださらない理由はわかりきっている。隠しているが、耳が聞こえないから私が喋らないためにつまらないのだと思う。
だけど、このまま後宮の中で暮らしていくのだろうと思っていたので少し驚く。こんなのを下賜されるだなんて運がないなぁとお相手に同情してしまう。そんなことを考えていると、管理官は話し終わったのか退室してしまった。
耳の聞こえない私がなぜ、身分が低いとはいえ妃になれたのかは、今から三年前のことだった。
私は、名家である藤角家の第一姫として生まれた。初めはとても可愛がられていたらしい。だけど、耳が聞こえない事がわかり父は母を遠ざけ、私を遠ざけた。これじゃあ、嫁入りは見込めないと。それでも母は父に教養だけは身につけさせたいと言い渋々家庭教師を雇った。
それから母が亡くなると、父は新しい妻を連れてきてすぐに弟と妹が生まれた。その頃には私は母屋へと追いやられ、一人過ごしてきっと十六になる頃、父から後宮に入るように言われた。本当は妹が入る予定だったが、嫌だとわがままを言った。わがままを言う妹とは反対に、私は耳が聞こえないため言ってることはわからないと思ったのだろう、すぐに母屋から出され馬車に乗せられた。その行き先が後宮だったということだ。
だけど私は、意思疎通はできないし耳が聞こえないから会話にもならない。そもそも、人との関わり方も知らない私が帝となんて会話できるはずもないからこれが妥当な去り方だ。
弍 お迎え
下賜の話を聞いてすぐに帝から文が届いた。内容は、下賜される方のことが書かれていた。
その方は皇国の西側の領地・華陽の領主で皇国四神と呼ばれており、皇国の結界を張り代々守護神と呼ばれているらしい。
だけど、そんな情報があっても私にはどうすることもできない。普通のお妃さまだったら調べるように言いつけるのだろうが私は第一聴こえないし誰も声をかけてくれないからそれもできなかった。私にできるのはここを出ていく準備だけなので荷物が少ない私にはすぐに終わってしまったのだけど。
私は大人しくその日を待ち、当日の朝を迎えた。
一人支度をして、華陽の領主様が迎えに来るらしく呼ばれるまで待機していると女官がやってきた。私が話せないことは皆知っていることなのでほとんど話すことなく、女官に連れられて三年間お世話になった私が与えられていた部屋を出た。
女官に連れられて来たのは帝のいる髙御座と呼ばれる部屋へと入室した。そこには帝とここでは見たことのない男性がいた。この人が華陽の領主様なのだろうか……それに一緒に連れているのは白虎?
「お初にお目にかかります、咲良さま。私は、領主代理として参りました玄と申します。そして、こちらは白虎様」
男性はまるで私が耳の聞こえないことを知っているのか、普段からゆっくりな話し方なのか、ゆっくりと話してくれた。そのおかげで全て聞き取れたけど、謎は深まる……どうしてこんなところに白虎様がいらっしゃるのだろうか。
この国では、白虎様は神獣であると同時に見られれば幸せが舞い込んでくるとか言われているらしい。
「……華陽の屋敷では、白虎様のお世話がかりを私がしております。なのでついて来てしまって、先ほども帝には謝罪したのですが」
あぁ、そうなのね。それにしても帝とこの方は仲がいいのだろうか……帝はクスクスと笑っているし、心を許しているみたいだ。
「そういうわけで、咲良さま。すぐにこちらを発とうと思いますが大丈夫でしょうか」
私は首を縦に振った。
「ありがとうございます。……それでは、行きましょう」
玄様は帝と話すと一度礼をして私を引き連れて高御座から下がった。
参 外の世界
玄様についていくと後宮入りの時とは違う門前で止まる。
「咲良様、そんなに緊張せずとも大丈夫ですよ。もうすぐ御者がいらっしゃいますので少しだけお待ちください」
そう言う玄様はやっぱりゆっくりお話をしてくれている。しかも私の顔を見ながら話してくださっているからほとんどバレているのだろう。今までバレたことなかったのに、一瞬でわかっただなんてすごい人なのかも……と考え事をしていれば、玄様は遠くを指差した。
その方向から来たのは、馬車のような感じだけど馬が引いてない御者だけが乗っているものだった。どうやって動かしているのだろう?
「驚かせてすみません、咲良様。初めてご覧になりますか? あれは蒸気自動車というものです。まだ帝が東宮だった時に異国に勉学のために行っていてそこで目にした蒸気自動車を持ち帰られましてね、そこでこの皇国でも研究して製造して、何度も改良を重ねてやっと販売し始めたんです」
こんなのがあるだなんて知らなかった。後宮でもずっと閉じこもって過ごしていたし、情報は入ってこないから私が知っているわけがない。
そんな話をしている間に自動車は目の前に停まり、御者が降りてきてドアを開けてくれた。馬車よりは低いため乗りやすかった。
自動車に乗ってすぐに出発した。すると、玄様が抱っこしていた白虎さまがジィーッとこちらを見てきていて落ち着いてみるととっても可愛らしい。
「咲良様、華陽に到着まで半日かかります。なので休憩しながら行きましょう」
玄様がこれからの日程を説明してくれたがよくわからないまま、外の景色を見ながら自動車に揺られた。
肆 華陽と白虎さま
後宮を出て初めて蒸気自動車というものを見て乗って外を見ていれば景色が緑いっぱいになっていくのがわかる。
「ここが西の領地・華陽です。皇都とは少し田舎なので景色が綺麗なんですよ」
確かに皇都は建物だらけで人もたくさんいて賑やかな感じだったけど、ここは草木の緑や走っている道のそばには川があって夕陽の光が照らされてキラキラと輝いていた。
外を眺めているといつのまにか大鳥居の前に来ていた。鳥居には木でできた額束と呼ばれるものに【華陽】と彫られているのが見え、しめ縄もかけられていた。
「咲良さま、このしめ縄が結界が張ってある証です。このしめ縄は領民で作るんですよ」
私は玄様の解説で華陽のことが知ることが出来て、屋敷までの道のりはとても楽しかった。
屋敷の前に着くと、自動車で屋敷の門を通った。自動車が止まって降りようとすると、いつ膝に乗っていたのか白虎様が眠ってしまっていておりれない。
「あ、すみません。いつもなら俺以外の人には乗らないんですけど……」
玄様は白虎様を私から引き離そうとするが、お膝が落ち着くのか離れようとしない。
「本当にすみません、本当に躾がなってなくて……!」
玄様は引き離そうとしているが起きないのに可哀想だと私は思って自分が持ってきた紙と筆を取り出してサラサラっと筆を走らせた。
【気持ちよく寝ているところを起こすのは気が引けますので、しばらくはこのまま乗ってます】
「咲良様が疲れてしまいます! あぁ、でも、無理に引っ張ってお着物が傷ついてしまったら申し訳ないし……」
口の動きで途中までは聞こえてきたが、最後の方はブツブツといっていたのでわからなかった。
「……わかりました。ありがとうございます、咲良様。肌寒いかもしれないので何か羽織るものをお持ちいたします」
一度玄様は自動車から離れると、屋敷の中に入って行ってしまった。
私は白虎様をなでなでをする。毛並みが綺麗でちゃんと手入れされていることがわかる。白虎様にはとても失礼だけど、とても可愛らしい。なんだか見ていたらこっちまで眠くなってしまっていつの間にか眠ってしまった。
伍 もふもふちゃんの正体
西の領地である華陽に来て数日が経った。
到着した時、白虎様を膝に乗せたままそのまま寝てしまったらしく気づいた時にはお布団の中だった。初日から、お世話をかけてしまったと今も反省している。
私はあれからというものの、耳が聞こえないことを正直に伝えた。隠す必要はないし、こんな私を温かく迎え入れてくださったのだからその方が誠実だと思った。
私は朝起きてすぐにお着替えを始める。この着物は、以前着ていたようなものじゃないけどご当主さまからの贈り物で一目見て気に入ってしまったものだ。着付けが終わると、部屋の襖を開けた。普通なら閉め切っているところだが、閉じたまま声をかけられても私が気付けないので着替え以外は開けておくことにしている。
お布団を畳んでいると、使用人の茜さんがやってきた。
「咲良さま、おはようございます。お髪を整えさせていただきます」
着付けは自分でできるけど、髪は一人ではなかなか難しい。
化粧台の前に座ると、丁寧に髪を解いてくれて結い上げられた。
「どうでしょう?」
ここに来てから髪はやってもらうようになったけど、完璧で一日終わっても崩れなくてとてもいい。
髪が終わり、朝餉は居間でみんな一緒に食べるので移動をする。その途中、お馴染みになってしまった白虎さまに遭遇した。
きっと可愛らしい声で泣くんだろうなぁと考えながら、綺麗な毛並みのモフモフを堪能する。私は意外とモフモフが好きらしい。擦り寄ってくる白虎さまを抱っこして居間へと向かうと、忙しく配膳をする給仕の方々がいた。
「おはようございます、咲良さま」
顔を合わせると皆、挨拶してくださって席に案内される。
「咲良さま、おはようございます! また、白虎さまがご迷惑をおかけしました……はぁ、もう」
玄様と昨日もしたばかりの話を白虎様にしていたが、気持ちよさそうな顔をする白虎様に何も言えないようだった。やっぱり、特別な存在なんだ……皆に愛されてるんだなぁなんて思っていると。周りが何か驚いた表情をしていて玄様も驚いていた。
「は、珀さま……」
玄様がそう呟いたが目が丸くなってるのを不思議に思い、白虎様のいる膝を見る。すると、そこにいたのは立派な青年だった。
陸 咲良の霊力
「咲良さま、本当に申し訳ありません!」
目の前にはさっき急に人間になった白虎さま。とても綺麗な銀髪を持つ青年で、頭には可愛いお耳と腰あたりに尻尾が見えている。
そして隣には玄様が並び、謝られる。
「……この方は現在の領主、珀様でして。先祖帰りがありこのような姿に……あなたを迎えに行く途中から白虎となってしまったんです。白虎になるとひと月は白虎のままなのですが」
そう玄様は言うと、領主さまを見た。白虎の時もだったのだけどとても可愛い。
「本当にすみませんでした。玄が言う通り、私は華陽の領主・珀といいます。さっきまで白虎になっていました……」
そう領主様は玄様と同じくゆっくりと話した。とてもシュンとしているし、オロオロしている。こちらの反応を伺っているようだと解釈し、私は懐に忍ばせていた紙と筆を取り出した。
【領主さま、玄様。少し驚きましたが、そんなに謝らなくても大丈夫です】
書いてみせると一気に安心したのか領主さまは安堵の表情をみせた。
でも、白虎になるとひと月は戻らないって言っていたよね?なら、なんで戻ったのだろう?
まだ、会って少ししか経たないのに。
「咲良さま、あなたには先祖帰りの能力を消す力があるみたいです。調べないとわかりませんが、その能力があれば私のような先祖帰りをしてしまう人が救われます!」
それはすごいことなのか、私にはよくわからない。
「すごいことですよ。珀様も幼い頃は周りの方に言われてお辛い思いをしていらっしゃいましたから」
珀様はキョトンとしていた私の手に触れる。
「君は、僕にとって唯一無二だ。今すぐにでも契りを交わしたい」
「いや、だめでしょーが。暴走しない、これだから初恋拗らせ男が……」
珀様の言葉に玄様が反論して、ガミガミと言っていたが……私は、二人の口の動きを見ながら他のことを考えていた。
契り?交わす?どういうことでしょうか?
これが、珀様との出会いだったわけだが……これから私の眠っていた能力が開花して華陽どころか皇国を救ってしまい、珀様に溺愛されるなんて今の私には知る由もない。
完