陽乃真との出会いは平凡で、なのに衝撃的だった。
 彼は去年、花楓が高校三年生のときに駐在所に赴任してきた警察官だ。

 この村は山の麓にへばりつくようにして存在していて、のどかで平和だ。
 反面、スーパーもないような田舎であり、不便でもある。
 小学校はあるが中学から西の隣町にバスで三十分かけて行かなくてはならない。
 夜は真っ暗で、強盗や痴漢よりも獣に遭遇する確率の方が高い。

 花楓はこの村で生まれ育った。
 みながみな知り合いのようなこの村では、外から来た人は珍しい。
 この警官もいっきに村中に知れ渡り、だけど花楓は名前だけを聞いて彼をきちんと見たことはなかった。興味がなかったから、村のほかの子どものようにいちいち交番まで見に行く気にはなれなかった。
 それよりも大学受験のほうが大事であり、北側の山を挟んだ隣の市の大学に行くにもひとり暮らしが必須になるから、そのことで親となんども話し合いを重ねている最中だった。

 高三の夏休みのある日、花楓は母に用事を頼まれ、田んぼを区切るように伸びる道を自転車で走っていた。
田んぼの水面に日差しが反射してきらきらと輝く。
 テレビでは連日熱中症への警戒が呼びかけられ、この日も太陽はじりじりと人も地も灼いて、汗はかいたそばから乾いていく。
 ペダルをこぐたびに風がするりと髪を撫でる。かといってさらなる風を求めて漕げば体は熱を帯びる一方だ。

 ふと、ゆらゆらと逃げ水で揺れるアスファルトに黒いものを見つける。