小誌のライター、T氏が逝去した。
32歳の若さだった。
遺族の方々には、お悔やみ申し上げたいと思う。
T氏には、婚約者のМさんという女性がいた。
Мさんは、T氏が死亡に至るまでの経緯を誰かに聞いてほしいと、小誌編集部へ打診してきた。
そこで、小誌はМさんにインタビューを敢行した。
以下、Мさんとのやりとりを余すことなく掲載する。
──まずは、大変なときにインタビューを受けてくださり、ありがとうございます。
『いいえ、こちらこそ、時間を割いていただきありがとうございます』
──では、早速、T氏との関係、T氏が死亡に至るまでの経緯を教えてください。
『はい。
私とTさんは大学の先輩後輩という間柄でした。
付き合い始めたのは去年からになります。
半年前から同棲していました。
Tさんは、仕事を持ち帰ることも多く、その内容を、私も聞くともなしに聞いていました。
……『真理恵』という都市伝説をご存知ですか?』
──はい。
小誌でも扱ったことのあるここ数年で有名になった都市伝説ですよね。
『そうです。
撮った写真に見知らぬ女性が写り込んでいて、一緒に写っている人は死ぬ、という都市伝説です。
死をもたらす女性は『真理恵』と呼ばれています』
──存じております。
その『真理恵』が、T氏と関係が?
『あります。
Tさんのもとには、『真理恵が写ってしまった』という相談と、心霊写真がたくさん送られてきていました。
Tさんがオカルト雑誌の……いえ、すみません』
──かまいませんよ、うちは正真正銘、3流のオカルト雑誌ですから。
『……オカルト雑誌の記者として、Tさんは『真理恵』についての記事を書こうとしていました。
Tさんは、『真理恵』について、よく知っているようでした』
──知っていた、とは?
『5年前、まだTさんが別の出版社で週刊誌の記者をしていたときのことです。
Tさんは、メディアによく出演する人気霊媒師についての暴露記事を書きました。
霊媒師がインチキであること、霊感商法で多額の利益を得ていることを書き立てたんです。
当時、まだ若かったTさんは、有り余る正義感から、記事を執筆したといいます。
記事の影響力は絶大で、霊媒師は世間から叩かれ、自ら命を絶ちました』
──その話は私も聞いたことがあります。
T氏が記事を書いたのですね、知りませんでした。
『彼は、そのことを隠していましたからね。
Tさんが記事を書いたことで、霊媒師の方は亡くなり、奥さんは精神的に不安定になって、まだ幼かった息子を殺害、海に飛び込んで行方不明になりました。
記事のせいで、ひとつの家族が崩壊したわけで、執筆したTさんはもちろん、出版社にも抗議が殺到し、責任を問われた出版社は、Tさんを切り捨てて体裁を保ちました』
──なるほど、それでT氏のような優秀なライターがうちのような雑誌に流れ着いたのですね。
『御社に再就職してから、編集部に届いた心霊写真を見て、Tさんは心底驚いたといいます。
送られてきたどの写真にも、同じ女性が写っていました。
いつからか、その女性は『真理恵』と呼ばれ、彼女と写真に写ると死ぬ、という都市伝説が広まっていました。
Tさんが驚いたのは、どの写真にも写っていた女性が同じだったことではなく、女性が誰なのか知っていたからです』
──『真理恵』の正体を知っていた?
『そうです。
『真理恵』は、Tさんが破滅に追い込んだ霊媒師の男性の奥さんだったんです。
海に身を投げた、とされていますが、未だ遺体は発見されていません。
そのことと都市伝説が結びついて、写真の女性が『真理恵』と呼ばれ出したのかもしれません』
──T氏は、『真理恵』について、なにか言っていましたか?
『自分のところに写真が届くのは、真理恵さんが自分を恨んでいるからだと、悩んでいるようでした。
真理恵さんは、まだ生きていて、自分に復讐するつもりなんだとも言っていました』
──『真理恵』の記事をうちの雑誌で書いたのは、T氏でしたよね?
『そうです。
『真理恵』の記事を書くことは、自分の使命なんだと、思い詰めていた節がありました。
供養、じゃないですけど、記事を書くことによって、真理恵さんのことを忘れていないと、贖罪の気持ちを持っていると、表すために記事を書いていたように見えました。
まるでなにかに取り憑かれたようでもありました』
──Мさんも不安だったでしょう。
『そうですね。
魂を擦り減らしているように見えましたから。
痛々しかったです。
……これを、見ていただけますか』
Мさんは、スマートフォンを取り出すと、ある写真を表示した。
──拝見します。
写っているのは、T氏ですね。
場所は……駅、ですか?
『そうです。
このとき、無性にTさんの写真を撮りたくなって、スマホで撮影したんです。
……この写真を撮った直後、Tさんは亡くなりました』
──亡くなる直前の……。
確かT氏は、電車にひかれて亡くなったんですよね?
『はい。
線路に落ちた私をかばって、亡くなりました』
──Мさんをかばって?
『そうです。
誰かに背中を押されて、線路に転落した私を助けるために線路に降りて、私をホーム下の隙間に入れて、逃げ場を失った彼はやってきた電車にひかれてしまったんです』
──それは、なんというか……。
『電車に乗るため、駅のホームを歩いていた私とTさんに、すれ違いざま、女性がこう言ったんです。
「自分と恋人の命、どっちが大切?」と。
目は合いませんでしたが、私たちふたりに言ったのは間違いありません。
その数瞬後、私はその女性に突き落とされたんです』
──その女性は、知り合いだったんですか?
『……その写真を、よく見てください』
記者は、まじまじとスマホに収められた写真を眺め、あることに気づいて驚きの声を上げた。
──T氏の背後の人混みの中に、写っているこの女性は……!
『『真理恵』です。
Tさんが亡くなってばたばたしていたので、この写真を見直したのは一昨日のことでした。
そこで、雑踏の中に、写っている『真理恵』に気づいたんです。
ぞっとしました。
他に写っている人は、みんな後ろ姿だけなので、『真理恵』の呪いから逃れられたのかもしれません。
あくまで仮説ですけど』
真っ白な仮面に目と鼻の穴を空けたような、のっぺりとした顔の造りの女──。
相次いで編集部に送られてくる心霊写真に写る『真理恵』と全く同じ顔の女がT氏の後ろに写っていた。
その目元は笑みの形に細められていた。
可笑しくて仕様がない、『真理恵』からはそんな恍惚としたような感情が滲み出ているようだった。
──T氏は、都市伝説通り『真理恵』の呪いで死んだということですか。
では、あなたを突き落としたのも『真理恵』?
『おそらくそうだと思います。
『真理恵』は、ターゲットと大切な人の命を天秤にかけさせてきたようです』
──何故そのようなことを……。
復讐でしょうか。
『真理恵』は生きているのか死んでいるのか……。
わからなくなってきました。
『私もです。
でも、何故か突発的に写真を撮りたくなったこと、『真理恵』が写真に写ったこと、そしてTさんが死んでしまったこと……。
事実としてそれは変わりません。
私は、自分の胸だけにこの出来事を留めておくことができずに、こうしてお話させていただきました。
どうかこのことを記事に書いてください。
『真理恵』のこと、そして『真理恵』に殺されたTさんのこと、記録として残してほしいんです』
──わかりました、我々で良ければ、必ず記事にまとめて公表します。
最後に、Мさんの手元の写真を撮らせてもらえますか、お名前や顔は伏せさせていただきますので、代わりに。
『どうぞ。
ネイル、きちんとしてくればよかったです』
Мさんは、そこで初めて表情を和らげた。
左手薬指にはまっている指輪が、悲しく輝いていた。
以上がМさんへのインタビューである。
記事を書き進めるうちに、記者はあることに気づいた。
Мさんの手元を写した写真の、端に写り込む人の顔のようなものを発見したのだ。
その顔は、窓の外からこちらを覗いているようだった。
しかし、そんなことは有り得ない。
編集部のオフィスは、ビルの5階にあり、外から覗き込むなど不可能だったのだ。
そして、記者にはその顔に覚えがあった。
『真理恵』
その顔はやはり嗤っており、邪悪に目が細められている。
記者は慌ててМさんに連絡を取ったが、Мさんとは未だに音信不通である。
読者の皆様も、ぜひ『真理恵』には気をつけていただきたい。
小誌は、この先もこの都市伝説を追いかけるつもりである。
続報をお待ちいただきたい。