瑠偉は目的の店を見つけた。ここで碧央とジョニーが飲んでいるという情報があったのだ。
勢いよく店の中に入る。客はまばらだ。見渡すが、碧央の姿はない。すると、瑠偉の後ろから「サン」という単語が耳に入った。女性の、少々興奮気味の声。振り返ると、2人の女性がこちらを見ていた。
瑠偉は、思い切ってその女性たちに話しかける事にした。近づいて行くと、彼女たちはお互いの肩を叩き合ってはしゃいでいる。
「あの、僕の事を知っていますか?」
ここは、英語で話しかける。
「もちろん!私たちSTEのフェローよ!」
「ノーベル賞おめでとう!」
そう言って、2人は握手を求めて来た。瑠偉は握手をしつつ、
「ありがとう。ええと、クレイを見なかった?」
瑠偉がそう聞くと、
「見たわよ。」
と返って来た。
「どこで?」
更に瑠偉が聞くと、二人はそれぞれ、
「この店で。」
「あの、ほら、アメリカ人の、ジョニー・クルーズ、あの歌手と一緒だったわよ。」
と言った。
「そうか、やっぱりここだったんだ。それで、今どこにいるか分かるかい?」
瑠偉が更に聞くと、
「上に行ったわ。」
と答えてくれた。
「上?」
「そう。ここ、2階が宿になっているの。クレイが潰れちゃったみたいで、ジョニーが肩にかついで連れて行ったわ。」
「クレイって、お酒に弱いのね!可愛い!」
あははは、と2人の女性客は笑った。
「ありがとう、迎えに行ってくるよ。」
瑠偉はそう言うなり、店の奥へ歩いて行った。
店員の男性を見つけると、その店員は瑠偉の事を知っていて、
「STE!フォー!」
と言って両手の親指を立てた。瑠偉が説明しようとすると、何も言わないうちから、
「OK!」
と言って階段を親指で差した。クレイを迎えに来たんだね、いいよ、という意味だろうと瑠偉は受け取り、狭い階段を上って行った。
2階へたどり着くと、部屋がいくつもあった。気持ちは焦っていた。いろいろな想像をしては打ち消してきた。きっと碧央は店のテーブルにつっぷして眠っているのだろう、と思おうとしていた。だが、女性客の証言により、想像しうる最悪な状況だと分かってしまった。ジョニーが碧央を部屋に連れ込んだ事は間違いないのだ。
「くそ、どの部屋だかわかんねえじゃん!碧央くん!碧央くん!」
瑠偉は碧央の名前を叫んだ。
「ん?瑠偉?」
碧央は眠っていたが、ふと瑠偉の声が聞こえた気がして目を覚ました。
「あれ?どこだっけ?」
見慣れない天井を見上げている。目を覚ましてみたら、自分の胸に唇を這わしている人物がいるではないか。どうやら上半身裸のようだ。
「んん。瑠偉、何してんだよ。」
碧央がくすぐったがってそう言うと、
「やっと目を覚ましたかい、クレイ。」
顔を上げたのは、瑠偉ではなく青い目の男だった。一瞬誰なのか、何が起こっているのか分からなくて言葉が出なかった。だが、次の瞬間我に返った。すると、ドアの外で瑠偉が自分を呼んでいるではないか。
「瑠偉!瑠偉!ここだ!」
「碧央くん!ここか?!」
ガチャガチャっと、ドアノブを回す音がした。
「誰か迎えに来たのかい?でも鍵がかかっているから、俺たちの邪魔は出来ないよ。」
ジョニーが言った。
「はな、せ、やめっ、んん!」
ジョニーは碧央を押さえつけている。碧央がもがくと、無理やりキスをしてきた。
ドカーン、と音がして、ドアが勢いよく外れた。瑠偉が蹴破ったのだ。
「オーマイガー!」
それを見てジョニーが頭を抱えながら叫んだ。
「てめえ、俺の碧央くんに何しやがるんだ!」
瑠偉は日本語でそう叫ぶと、ジョニーの肩を掴んで拳で顔を殴った。ジョニーはすっ飛んで、ベッドから落ちた。
「いてえ!何するんだ!サン、お前はクレイの何なんだよ!」
ジョニーは顔を押さえてそう叫ぶ。
「俺はクレイの恋人だ。覚えとけ!」
瑠偉はジョニーを人差し指で差し、威嚇した。そして、碧央に向かって、
「早く服を着て。行くよ。」
と、言った。その目が爛々としていて、碧央はびっくりした。瑠偉がこんなに怒ったのを初めて見たと思った。
服を急いで着た碧央を引っ張って、瑠偉は部屋を出た。
「ちょっと、ドアの弁償……は、俺がするのね。」
2人が行ってしまったので、最後は独り言になって、ジョニーは苦笑いをした。あいつには、とても勝てない。
階段を降り、店を通り抜ける時、店員やさっきのフェローの女性客に対し、瑠偉は手を振ってにっこりした。碧央はそれを見てまた驚き、
「さすが、アイドル。」
と、呟いた。
店を出ると、寒さに身が縮む思いがした碧央。一気に酔いも冷めた。
「あの、瑠偉。ごめん。」
碧央が謝ると、瑠偉は振り返った。
「なんで謝るの?」
「だって……心配かけただろ?場所知らせてないのに、迎えに来てくれたし。いや、助けに来てくれたから。」
「ほんとだよ。場所さえ知らせておいてくれれば、もっと早く迎えに来られたのに。全く……。」
瑠偉は、そこまで言って声を詰まらせた。ドアを蹴破った時、ジョニーに無理やり碧央がキスされているのを見てしまった。碧央くんが他の人とキスを……思い出したら涙が出て来た。悔しい。もっと早く来ていれば。
「瑠偉?どうした?」
碧央が瑠偉の顔を覗き込もうとした時、瑠偉は碧央をガバッと抱きしめた。
「心配させんなよ。」
ぎゅうっと力を込める。
「ごめん。」
碧央も腕にぎゅっと力を込めた。
「瑠偉がドアを蹴破って入って来た時、カッコよかったな。」
「惚れ直した?」
「うん。ますます惚れた。」
「あっ、そうだ、篤くんに連絡しなくちゃ。心配していると思うから。」
瑠偉は我に返って、メンバーの事を思い出した。そして、篤に電話をかけた。
「篤くん?うん、そう、碧央くん見つけたから。ありがとう。流星くんにもお礼言っておいて。じゃあ、これから帰ります。はーい。」
電話を終えた瑠偉が碧央を見ると、表情が良くない。上目遣いに瑠偉を見る。
「あれ?なに、その顔は?」
「お前、篤くんと流星くんに何してもらったんだ?」
「碧央くんを探すのを手伝ってもらったんだよ。俺1人じゃ、ここにたどり着けなかったんだから。」
「それは、有難いけどさ。どうしてその2人なんだ?」
流星はともかく、篤は、瑠偉が選んで泣きついたわけで、それを言うのは憚られた。
「話せば長くなるんだよ。明日にしよう、明日に。」
ごまかして、歩き出した。
テレビ出演などに重点を置く年は、共演者や友達と会えるのが楽しい。そして、女性のみならず、最近は男友達からも人気の高い碧央は、番組の後に度々飲みに行っては、相変わらず潰れる。
「あーあ。やっぱり俺たち、無人島に引っ越す?」
男友達にタクシーで送られてきた碧央が、リビングのソファに横になり、氷嚢を頭に乗せられている。瑠偉が床に膝をつき、碧央の顔の傍に肘をつき、頬杖をついてそう言った。
「……ごめん。」
碧央はそう言うと、肘をついて起き上がり、ソファに座った状態で氷嚢をおでこに乗せた。瑠偉は碧央の隣に腰かけ、腕組みをした。碧央は横目でちらっと瑠偉を見た。怒っているようにしか見えない。
「……あのさ、碧央くんはお酒に弱いんだから、飲み方に気を付けないと。ただの友達とか、いっそ女の人ならまだ心配ないけど、この間みたいな事があったらさ。」
「はい。気を付けます。いや、気を付けているんだけどさあ。なんでだろうなあ、いつの間にか酔っぱらってて。」
「多分さ、相手が碧央くんを潰そうと思って飲ませているんだよ。俺たちメンバーと飲む時はさ、みんな碧央くんが飲み過ぎないようにさりげなく気を付けているけど、他のお友達はそうじゃないんでしょ。」
断定的で、ちょっと棘のある言い方だった。碧央は苦笑い。
「そっか、そうだな。もう、飲みに行かないよ。」
「え?……いや、行くなとは言ってないよ。」
「なんだよ、行くなって言ってるようなもんじゃん。」
碧央はちょっと笑って言った。
「うーん、そりゃ、飲みに行かない方がいいとは思うけど、それだと碧央くんの息抜きが無くなっちゃうし。」
瑠偉が戸惑いを見せる。
「お前だって、ほとんど飲みに行かないじゃん。お前は酒に強いのに。」
「俺は、メンバー以外に親しい友達もいないし。」
「じゃあ、俺も他の友達と付き合うのを辞めるよ。」
「そんなの、ダメだよ。」
「なんでだよ。お前、もっと俺の事縛れよ。」
「え?……縛られたいの?」
「おう。」
「なんで?もしかして、縛られている方が愛情感じるタイプ?」
「タイプかどうか知んないけど、俺はお前にもっと縛られたい。」
「なんだ。縛りたいのを我慢してたのに。」
瑠偉は拍子抜けした。だが、同時に懸念も生じる。
「碧央くん、もしかして俺の事も、もっと縛りたいとか?」
「ああ、縛りたいね。」
碧央はおでこに乗せていた氷嚢を外し、真正面から瑠偉の顔を見た。
「さっきも言ったけど、俺には親しい友達もいないし、これ以上縛り付ける必要なんてないでしょ?」
「メンバー以外には、だろ?メンバー内にはいるだろ。篤くんとか。」
「篤くん?」
「お前は、篤くんと仲良くしすぎだ。」
「そんな事……。」
否定しようとした瑠偉は、ストックホルムでの事が頭をよぎり、言葉を失くした。
実はノーベル賞授賞式の翌日、碧央は篤が光輝に話しているのを聞いてしまったのだ。
「夕べ瑠偉がさあ、部屋を訪ねてきたと思ったら、俺の胸に飛び込んできてさ、泣きじゃくるんだよー。参ったよなあ、夜中だぜ。せっかく1人部屋だったのに。」
と、嬉しそうに話していたのだ。
「瑠偉、俺は友達と飲みに行くのを辞める。だから、お前は篤くんに抱きついたりするな。どうだ?俺の願い、聞いてくれるか?」
「碧央くん……分かった。でも、心配しなくても、俺が惚れているのは碧央くんだけだよ。」
2人はしばし、無言で見つめあった。すると、カシャッとシャッター音が鳴った。
「いやあ、絵になるねえ。ほら、この写真見ろよ。」
涼がいつの間にかリビングに来ていて、今撮った写真を碧央と瑠偉に見せた。
「涼くん、その写真ちょうだい。」
瑠偉がそう言った。
「いいよ、送るな。いやあ、この写真、ポストカードにして売った方がいいんじゃないか?」
涼は瑠偉に写真を送信すると、冷蔵庫から水を出し、コップに注いで飲んだ。そして、別のコップにも水を注ぎ、碧央のところへ持って来た。
「ほれ、飲みな。」
「あ、ありがとう。」
碧央はコップを受け取った。
「じゃ、お休み。」
涼は片手を上げてそう言い、部屋に戻って行った。瑠偉は、送られてきた写真を見てニヤニヤしている。
「何ニヤついてんだ?」
「これ、スマホの待ち受けにしようっと。」
「どれどれ?」
碧央は、自分の写真をあまり見ない。だが、珍しくこの写真は見ようとした。瑠偉が写真を見せると、
「ふーん。じゃあ、俺にも送って。俺も待ち受けにするから。」
と言った。
「え、珍しいね。自分の写真を待ち受けにするなんて。」
「自分の写真じゃねーよ。お前の、いや、お前と俺の写真だろ。」
そう言ってそっぽを向いた碧央に、瑠偉は思わず微笑んだ。その写真には、真剣に見つめ合う2人が写っていた。
会場が暗転し、音楽が流れ始める。
―キャー!!
客席が浮足立つ。
―パンパンパン!
ステージ上の花火が弾けた。一層歓声が大きくなる。
―ワー!!!
―キャー!!!
ワールドツアーに重点を置く年がやってきた。アジア、ヨーロッパ、アフリカ、北アメリカ、南アメリカと、1年をかけて世界中を回るツアーを行うSTE。
しかし、音楽が始まっているのに、なかなかSTEがステージに姿を現さない。
「なんで出て来ないの?」
「どうしたの?」
観客席のフェローがザワザワし始めた。
一方、舞台の裏では。
「そろそろ時間だ。」
植木がそう言うと、
―キャー!!!
歓声が聞こえて来た。
「よし、行くぞ!」
流星が言い、
「おう!」
とSTEのメンバーが答える。7人は楽屋を出て、階段を下り、また下り、地下通路へ出た。音楽が始まる。
「あ、やべえ、もう始まっちまったぞ。」
篤が言う。大樹が、
「間に合うのか?」
と言って皆の顔を見回すと、
「走るしかない!」
と、涼が言い、7人は走り出した。
「速く速く!」
瑠偉が言う。
「待ってくれー!」
流星が必死に言う。
「頑張れー、あははは。」
光輝がそう言い、7人は懸命に、しかし楽しそうに走った。
前奏が流れ、もう歌が始まる、という時、ひと際パン!と大きな花火が弾けた。そして、歌と同時にSTEのメンバーが、前のステージではなく、客席の中央からせり上がって来たステージに乗って姿を現した。
「キャー!!!」
― 目の前にある事が 全て正しいとは限らない
まだ見ぬ何かが 突然目の前に現れるかもしれない
信じよう 未来を 信じよう 自分を
可能性を
もう 打つ手がないと思っても
明日 何があるか分からない
もう一日 頑張ってみよう
もう一日 待ってみよう
予想外な何かが
明日 やってくるかもしれないから ―
前面のステージに照明を当て、花火を上げ、それでいて中央の地下からSTEが出て来るという演出。
思考を凝らした演出を、それぞれのステージごとに繰り広げた。今回のツアーは「意外性」を重視した。冒頭に歌った「unexpected(アンエクスペクティッド 予想外)」という歌の世界観を現したのだ。
「みんな、今日は楽しかった?」
流星が呼びかけると、フェローは、
「キャー!」
と歓声を上げた。碧央が、
「僕たちからのメッセージ、受け取ってくれたかな?」
と言うと、フェローはまた、
「ワー!!」
と沸いた。光輝が、
「もし、何かに行き詰って、どうしようもないと思った時、このコンサートの事を思い出してください。」
と言い、瑠偉が、
「何があっても、生きる事を諦めないで。」
と言った。
彼らはこれからも地球を、そしてその上に生きる人々を、ずっと守っていく。
疑問に思っている読者様もいるかもしれないので、ここで一つご説明を。登場人物の「土橋碧央」が作者と同じ名前だ、と思いましたか?これは、作者の名前を彼に付けたのではなく、この物語を書いた後に、作者の名前を彼の名前に換えたのです。自分で考えた登場人物の名前ですが、この「碧央(あお)」という名前が気に入ってしまい、自分の名前にしてしまいました。謎は解けましたか?
数年前に「地球を守れ-Save The Earth-」を書きました。登場人物が多いので、初の試みとして脚本形式にしてみました。しかし、スマホだとずれて読みにくいという事もあり、一念発起して書き直しました。全てのカギカッコの前に名前が書いてあったものを全て削除したわけですから、文字数が減るのかと思ったら、逆に増えました。というのも、ただ「~が言った」と書くだけでなく、例えば「~が顔をしかめて言った」とか「~がどや顔で言った」など、説明を書く時には自然と情報量が増えたのです。それで、これは全くの別物になったぞと思い、思い切って表題も変えました。
更に、前作ではジャンルを恋愛にしていましたが、どうもこの作品は恋愛物と言うにはそれ以外の部分が多すぎるぞと思い、ジャンル設定も替えました。現代ドラマの中に恋愛要素もある、という体にしました。私がこの小説で書きたかったのは、地球環境を守るのにこんな方法もあるよ、という事です。でも、恋愛部分も面白いと思っているのですが、いかがだったでしょうか。手前味噌でなんですが。
作品内に日本政府やアメリカ大統領が出てきますが、実在する人物とは全く関係がありませんので、ご承知おきください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。