光輝は誰に対しても、接触多めである。メンバーの誰に対しても、甘えるようにくっつく。普段は甘えているように見える光輝だが、誰かが困っている時や悲しんでいる時、弱っている時には、真っ先に気づいて駆けつける。それが光輝である。
デビューしてすぐの頃。流星はSTEのダンスの難しさ、激しさについて行けないと思って、悩んでいた。他の6人は元々運動や音楽をやっていて、リズム感があるし体力もあるが、流星の運動能力は普通で、音楽は特別やった事がなかった。
「流星くん、どうしたの?元気ないね。」
レッスンが終わり、それぞれが帰り支度をしている時、流星が座って靴紐をほどいていると、光輝が背中に乗っかって来て、そう声をかけて来た。
「え?そう見えるか?」
ただ、靴紐をほどいているだけなのに?
「うん。何か悩んでるの?」
光輝は優しく微笑んで、流星の顔を覗き込んでいる。
「いや、悩んでるってわけじゃないけど。ただ、ダンスが難しくて、俺にはついて行けないなって思って……。」
流星がそう言うと、
「ダンス、難しいよね。涼くんなんてすぐ出来ちゃうけど、僕たちがみんな同じように出来るわけないよね。ねえ、ちょっと残って、もう少し練習しない?」
光輝がそう言った。
「え?」
流星は驚いて顔を上げた。
「僕も、ちょっとできないところがあるんだ。付き合ってよ。」
「う、うん。」
光輝は7人の中でも、ダンスが上手い方だ。覚えも格別早い。だから、居残りなんてする必要はないのだ。流石に流星にも分かった。光輝が、自分の為に一緒に残ってくれるのだと。
そうして、一緒にダンスのおさらいをしてくれた。その時だけではない。新しい振りがつく度に、ダンスの苦手な流星につき合って、光輝がいつも残って教えてくれる。もう7年も、変わらず、優しく、教えてくれる。
いつしか、特別な感情が芽生えた。だが、前述した通り、光輝は誰に対しても接触多めなのである。誰かが困っていれば、すぐに駆けつけてハグをする。だから流星は、光輝が自分にだけ特別優しいのではないと分かっている。それでも、他のメンバーにくっつく光輝を見ると、気が気ではない。
「篤くーん!」
特に篤に対しては、まるでしっぽを振ってまとわりつく子犬のようだ。
「よーしよしよし。」
篤は、まとわりついてくる光輝を、普通に可愛がる。だが、そんな時に一番年下の瑠偉が通りかかったりすると、篤はすっと瑠偉に寄って行って、
「瑠偉、今日もキュートだな。」
などと言いながら、瑠偉のあごに指をあてたりする。
「あはは、何言ってんの?篤くん。」
瑠偉は、取り合わない。それを、光輝も分かってはいるのだが、悲しんでいる事は背中を見ても分かる。
そうだ、もし、もう1人の光輝がいたら、今の光輝を慰めに行くに違いない、と流星は思った。だが、やり方が分からない。拒絶されたらどうしよう、などと余計な事を考えてしまい、光輝のようにさらりと元気づけてやる事が出来ない。
それでも、今日こそは勇気を出そうと考えた流星。
「光輝、どうした?」
1人取り残されていた光輝の傍へ行き、流星は光輝の肩に腕を回した。流星は、光輝の顔を覗き込んでハッとした。瞳が揺れていた。今にも泣き出しそうだった。
「……光輝?」
「流星くん……。」
意外だった。きっと笑って「何でもない」と言うだろう、もしくは、何も言わずにさっさと行ってしまうような、拒絶反応を想定していた。それなのに、光輝は流星の胸に顔を埋めて、泣き出したのだ。
流星は、何も聞かなかった。泣いている理由はほとんど分かっていたから。ただ、光輝の背中を優しく叩き、光輝の気が済むまでそうして立っていた。
しばらくして、光輝が顔を上げた。
「何も聞かないの?」
ちょっと、照れたような笑いをした光輝。流星の胸がキュンと鳴る。
「あー、……聞いたら話してくれるのか?」
「えへへ。どうかな。聞きたい?」
流星、悩む。篤への想いなど、聞きたくない。だが、本音を聞いてみたい気もする。もしかしたら、思っていたのと違う内容かもしれないし。
「聞きたい。」
「ずいぶん間が空いたね。」
はははと笑う光輝。だが、すぐに笑いを引っ込めた。
「僕さ、なんか変なんだよね。どうも、篤くんが瑠偉にちょっかい出すのを見ると、悲しくなっちゃうんだよ。」
光輝が言った。
「うっ、ずいぶん正直に言うなあ。……え?」
流星が言った。
「え?って何?」
「本当に、分からないの?」
「何が?」
「だから、篤が瑠偉に、その、ちょっかいを出すのを見ると悲しくなっちゃう理由だよ。」
「うん。どうしてだろう。ヤキモチなのかなあ。僕には可愛いって言ってくれないから。」
光輝が小首を傾げながら言う。
「まあ、そうなんじゃない?」
流星が答えると、光輝は、
「僕は、瑠偉に嫉妬してるのかな。僕も可愛いって言ってもらいたいのかな。」
という。
「篤に?」
流星が問うと、
「分からない。」
と、光輝が答えた。
「光輝は可愛いよ。俺にとっては、瑠偉よりも光輝の方が……可愛い、けどな。」
言ってしまった流星である。
「え?ホント?」
「う、うん。」
「わぁ!嬉しいな。」
光輝は顔を輝かせた。
「流星くん、ありがとう!」
光輝は流星を抱きしめた。
「お、おう。」
光輝は嬉々として去って行った。あれ?もしかして篤じゃなくても、誰でも良かったのか?メンバー同士で可愛いとか、普通あまり言わないけど、篤がやたらと瑠偉には言うので、自分も誰かに言って欲しかっただけだったり?流星は混乱した。
アルバム作成が進み、後はレコーディングのみとなった頃、社長の植木がSTEのメンバーを集めた。
「そろそろ、ボランティア活動したくならないか?」
植木がメンバーにそう言うと、
「おお!ボランティア、ずいぶんしてないですよね。やりましょうよ!」
涼がすぐに賛成した。
「確かに、最近はコンサートで忙しかったからな。」
大樹もそう言った。
「チャリティーコンサートも十分社会貢献なんだが、そろそろ原点に立ち返り、またボランティア活動をしてみるのもいいかなと思ってな。ただ、世界的アイドルとなった君たちが、どんなボランティア活動をすべきなのか、分からないんだ。」
植木が言った。
「原点に立ち返るって事は、またゴミ拾いとか、落書き消しとか……。」
瑠偉がそう言うと、光輝が、
「やりたい、やりたい!」
と賛成した。だが植木は、
「いやー、今それは無理だ。君たちがそんな事をしたら、人が殺到して相当地元に迷惑をかけてしまう。」
と言った。
「そっかー。残念。」
光輝が言った。
「それなら、人が来なくて困るところに俺たちが行けば……。」
篤がそう言いかけると、
「それだ。」
碧央が篤を指さし、メンバーも一斉に篤を見た。流星が、
「人手不足で困っているところへ、俺たちが行くってことか?」
と言うと、他のメンバーがうんうんと頷く。すると植木がこんな事を言った。
「人手不足か……。タンザニアでボランティアを統括している友人がいるんだが、なかなか人が集まらないと嘆いていたな。そういう所へ行って、ボランティアをしている人たちを励ましたらどうだろうか。」
すると瑠偉が、
「ボランティアを励ますのも、ボランティアなんですか?俺たちも、一緒にボランティア活動をした方がいいのでは?」
と言った。
「まあ、それはそうなんだが……それほどボランティア活動にばかりに時間を費やすのもなあ。」
と、植木が言うと、碧央が、
「何かを急いでやる必要はないと思いますよ。タンザニアにしばらくいて、それで人が集まって来るのであれば、いいわけでしょう?」
と言った。
「うーん。だが、世界中でお前たちが来るのを待っているファンがいるじゃないか。テレビに出て欲しいと思っているファンもたくさんいるわけだし。」
植木はなおも難色を示す。すると大樹がこんな事を言った。
「それなら、タンザニアからでも配信できますよ。僕思うんですけど、コンサートをやっても、結局一部の人しかチケットを手に入れる事は出来ないわけで、ほとんどのフェローは僕たちをテレビやネット上でしか見る事ができない。それならば、僕たちが世界のどこにいても、多くのフェローにとっては同じ事じゃないのかな。」
すると篤が、
「大樹、いい事言うなあ。」
と感心した。
「なるほど。本当に、お前たちは普通のアイドルじゃないなあ。」
植木がうなる。すると碧央が、
「社長が、普通じゃないアイドルを作ったんじゃないですか。」
と言った。それを受けて植木が言った。
「そうだったな。……そうだよ。俺たちは、仕事をたくさんして儲けようなんて、これっぽっちも思ってはいないんだった。地球が今よりもっと良くなるように、悪くなるのを防ぐように、活動していくんだった。よし、タンザニア行きを検討しよう。」
そうしてSTEの、そう、Save The Earthの活動は、新たな局面を迎えたのである。
多くのスタッフを東京に残し、STEと植木、内海と数人のスタッフで、アフリカ大陸のタンザニアへ渡った。環境保全キャンププログラムに参加し、植樹などを行うのだ。
当然、STEがタンザニアへ向かう事は大ニュースになり、日本を出発する時には、空港が大混雑するくらいのフェローのお見送りがあった。だが、タンザニアに到着した時には、そうお迎えは多くない。そして、追いかけて来るフェローも、流石に少ないのであった。
キャンプへの道は楽ではなく、キャンプに参加して連れて行ってもらわなければ、独りで行く事などできない。本気でボランティア活動をしようという人でなければ、簡単にSTEを追いかけて来ることはできないのであった。
それでも、今までよりもキャンプに参加する人は確実に増えた。そういったボランティア活動が注目を浴びたという事もあるし、本当にSTEが好きで、会えるのを期待してやってきた人も、世界中から集まった。STEは植樹活動に時々参加をし、更にはタンザニアの子供たちと一緒にダンスをするなど、多岐に渡るボランティア活動をした。
住むところは、他のボランティアの人たちと同じでは、セキュリティーの面から問題があるとして、STEだけが住む家を用意してもらった。そこから自分たちで動画配信もし、新しい曲作りもした。もちろん歌やダンスのレッスンも。時にはテレビ出演にも応じたし、現地のマスメディアの取材にも応じた。
ある日の配信では。
「みなさーん!こんばんは、STEです。今、タンザニアでは夜ですが、東アジアでは朝ですね?ヨーロッパではここと同じかな?」
流星が言うと、光輝が、
「僕たちは、今日はタンザニアの子供たちと一緒に、ダンスをしましたよー!うん、僕たちだいぶ日に焼けましたね。」
と言った。一同笑う。
「アハハハハ。」
「何しろ、日差しが強いですからね。」
涼が言い、篤が、
「顔だけ白いのは嫌なので、メイクもしない事にしましたー!」
と言うと、一同手を叩いて笑う。
「篤くん、もう若くないんだから、日に焼けるとシミになりますよ。」
瑠偉がそう言い、
「なにー!俺はまだ若いぞー。」
と、篤が返す。
「いやいや、僕だって若くないです。二十歳を過ぎたら日焼けには気を付けないと。」
瑠偉が言うと、大樹が、
「瑠偉は気を付けているのか?」
と言い、瑠偉は、
「帽子をかぶっています。」
と答える。大樹は、
「あー、それはみんなかぶっていますね。日焼け防止というより、日射病予防でね。」
と言った。涼も、
「そうそう、帽子は必須ですね。それでも顔が赤くなりますよ。」
と言い、一同、
「だよねー。」
「そうそう。」
と言い合う。
このように、自由に動画配信をした。
「瑠偉、ちょっと外出て見ろよ!」
「え?何?」
寝る前に、玄関のところから碧央が瑠偉を呼んだ。玄関を入るとロビーが天井までの吹き抜けになっていて、そこから2階にある各自の部屋のドアが見える。瑠偉が部屋から顔を出すと、碧央が玄関を出て行ったので、瑠偉は追いかけた。
瑠偉が外に出てみると、家から少し離れたところに碧央が立っていた。
「碧央くん、どうしたの?」
「空、見て見ろよ。」
碧央が空を見上げていたので、瑠偉も改めて空を見る。
「わあ、すごい!」
満天の星空だった。
「無人島で人質になった時も、こんな空だったな。」
碧央が静かに言った。
「うん。あの時、俺たちは初めて……。」
2人はお互いの顔を見た。そして、何も言わずに顔を近づけ、口づけを交わした。
光輝は、瑠偉が外に出るのを見かけて、何かあるのかと後を追いかけた。玄関を開けると、ちょうど碧央と瑠偉が顔を近づけるところだった。
「あ……。」
2人に声をかけようとした光輝は、すんでのところで取りやめた。
「光輝、どうした?」
いきなりすぐ後ろから篤が声をかけて来たので、光輝は飛び上がった。
「わっ、びっくりした。あ、篤くん。」
「何してんだ?」
「え?い、いや、その、星が綺麗だなぁって。」
「ん?ああ、本当だ。外に出てみようぜ。」
「うん、ああ、こっちを見ようよ。こっちこっち!」
光輝は、瑠偉たちがいる方ではない方角へ篤を引っ張って行った。
「なんでこっちなの?」
「いつも見てる方角じゃなくて、こっちの星座にも興味があるんだよ。こっちは北だっけ?」
光輝が適当に言う。
「そっか、見える星が日本とは違うんだよな?日本では、北の空は決まってカシオペア座とおおぐま座だけど、ここではどうなんだろう?見てみようぜ!」
篤が乗って来たので、光輝はほっとした。そして、しばらく2人で星を眺めていた。
「こんなに星があったんじゃ、どれがどの星座かなんて、分からないな。」
篤はそう言って笑った。
「うん。」
「どうした?元気ない?」
「うううん、そんな事ないよ。……篤くんはさ、瑠偉の事が好き?」
「え?なんだよ、急に。」
篤は笑った。
「なんで瑠偉が好きなの?可愛いから?」
「うーん。瑠偉はさ、顔は可愛いけど、芯が強いって言うか、凛としているっていうのかな。常にかっこいいよな。俺なんかとは違って、若い頃から苦労しているからなのかな。ほら、俺は大学生になるまで親元でぬくぬくと育ってきたけど、瑠偉は高校1年の頃から親元離れて、俺たちと仕事しているんだもんな。」
「そうだね……でも、瑠偉は碧央の事が好きだよ。」
光輝がそう言うと、篤はふふふっと笑った。
「なんで笑うの?」
「いや。まあ、さっきまでは半信半疑というか、友情の可能性半分だと思っていたけどなあ。」
「あ……見てたんだ。」
さっきの、碧央と瑠偉のキスシーン。
「諦めるの?」
「んー、どうかな。最初から望みなんてほとんどなかったし。あのかっこいい瑠偉がさ、俺に時々甘えて来るのがたまんないんだよな。でもさあ、俺は碧央よりも、流星の方に嫉妬してたんだぜ。」
「え?流星くんに?」
「そう。瑠偉は、碧央とは仲良しだけどさ、流星の事はすごく尊敬している感じじゃん?分からない事はいつでも流星に聞きに行くしさ。あの立ち位置に俺がなりたいって思ってたんだよ。」
「へえ。瑠偉はいいなあ、みんなにモテて。」
「光輝だってモテてるじゃん。流星はお前にぞっこんだろ。」
「は?」
「は?って……え?うそ、気づいてないのか?あんなに分かり安いのに?」
「え、え?」
「ほら、無人島で人質になった時だってさ、お前が司令官に呼び出された時、流星が俺も行く、光輝だけでは行かせないって必死だったじゃん。」
「だって、あれは僕が英語しゃべれなくて困ると思って、流星くんがついて来てくれたんでしょ?」
「そうだけど、あの必死さは、ただの親切心ではないだろ?」
篤はそう言って、優しく光輝を見た。
「流星くんが……?嘘でしょ……。」
碧央と瑠偉が口づけを交わすと、人の声がした。一気にロマンティックな気分から現実に引き戻される。
「うわ、光輝くんと篤くんだ。見られたかな?」
「何も言って来ないし、大丈夫じゃないか?」
2人はコソコソと話して、後ろを伺った。篤と光輝は2人で向こうの方へ行ってしまった。
「ねえ碧央くん。あの時、俺が碧央くんの為なら死ねるって思ったっていう話をしたじゃない?」
「ああ、俺がうちに来るかって言った時に?」
「そう。そしたら碧央くんが、それは下心があったからって言ってたでしょ?」
「よく覚えているな。」
碧央はそう言って、あははははと笑った。
「ということはさ、俺が高1の時既に、その……俺の事……。」
歯切れの悪い瑠偉。いつから好きだったの?なんていうのは、恋人同士がつき合い始めると必ずする会話だが、それが瑠偉には気恥ずかしいものだった。
碧央は、ニヤっとすると、腰に手を当て、再び空を見上げた。
「初めて瑠偉に会った時の事、今でもよく覚えているよ。お前はまだ子供で、小さいくせに、やたらと目つきがこう、熱いって言うか、まっすぐに見て来るって言うか。こいつカッコイイなぁって思ってさ。でもお前、あんまりしゃべんないし、何とか仲良くなりたいなぁって思っていたんだよ。下心って言うのは、そういう意味だよ。」
「なーんだ、そっか。仲良くなりたいって言う意味か。はは。」
「あの時は、な。でも、一緒に暮らしているうちに……お前は大きくなって、子供じゃなくなって……。お前はどうなんだよ?」
「え?何が?」
「とぼけるな。」
瑠偉はそう言われて、ちょっと首を竦めた。そして、瑠偉も腰に手を当て、空を見上げた。
「奇遇だね。俺も碧央くんと初めて会った時の事、よく覚えているよ。ああ、こんなイケメン、本当にいるんだなぁって見とれたよ。一目惚れ。さっき、俺の目つきがどうって言ってたけど、それはもう、羨望の眼差しってやつだよ。憧れを通り越して好きですーっていう目線。」
瑠偉はそう言って、ふふふっと笑った。
「そっか。俺は初対面で堕とされたのか。」
「堕とせたなんて、ずーっと思ってなかったけどね。」
「そんで、好きな人、ああ、俺の事ね。好きな人から、俺んちに来るかと言われて、死ねると思ったくらいに感動したわけだ。」
「そういうコト。一緒に帰れるのが嬉しかったなあ。そんで、碧央くんのお兄さんが帰省している間は、同じベッドに寝かせてもらってさ。」
「ああ、窮屈だったな。」
「いやいや、毎日ドキドキしちゃって。時々、碧央くんの腕とか足が俺の上に乗っかってくるともう。」
「もう、何?」
「ズキューンって来ちゃって。」
「ズキューン?ここに?」
碧央が瑠偉の胸の辺りを指さすと、
「もっと下の方。」
「え?下の方?」
碧央は指を下へずらしていき、へその辺りで止めた。
「もうちょっと下。」
「は?……お前は、ガキのくせにー!」
碧央はそう言うと、ぺんと瑠偉の頭を叩いた。
「今はもうガキじゃないよー。」
「お前はまだガキだ!」
瑠偉が頭を押さえたので、碧央は今度は瑠偉のお腹にパンチを食らわせた。
「うっ、ちょっと、なんで殴るのー?」
碧央がまだこぶしを握って殴りかかって来るので、瑠偉は逃げた。
「待て、こら!あははは。」
碧央は笑いながら追いかける。
「あははは、なんで殴るんだよー。」
瑠偉は逃げ回る。それを碧央が追いかけ回す。2人は笑いながら、走り回った。
「何やってんだ?あの2人。」
「ガキだねえ。」
家に戻ろうと、篤と光輝が歩いて来た。
「夜中に外で騒いでも、近所迷惑にはならないんだねえ。ところ変われば、価値観も常識も変わるんだねえ。」
光輝がしみじみと言った。周りに他人の家がないのだ。
「そうだな。当たり前だと思っていた事も、狭い範囲での常識だったりするんだよな。俺たちはワールドワイドに生きないとな。」
篤が言った。
「そうだね。だからって、日本に帰ってからも夜中に外で騒いだりしちゃ、ダメだけどねえ。あははは。」
と言って、光輝が笑った。
そうして、タンザニアに3カ月ほど滞在したのち、STEは次なる場所へ移動した。次はケニアである。サバンナ環境保護を目的とした、研究調査やデータ収集、植樹が主な活動である。そこに2カ月ほどいて、次はボツワナで同様のボランティアを、更にマダガスカルへ移動し、熱帯雨林保護の活動をした。
期待通り、ボランティア活動に参加する人が世界中で増え、アフリカにも続々とやってきた。もちろん、殺到するほどではない。STEは、コンサートはしばらく行わないが、それでもメディアには毎日登場した。
アフリカでのびのびと活動する彼らに、日本やアジアの人気歌手たちも影響を受け始める。都市にいなくても、歌手活動は出来るのだと知らしめた。もちろん、既に知名度があっての事ではあるが。
日本では、閣僚会議が行われていた。国土交通大臣が発言している。
「えー、今年は観光客が激減しております。昨年まではSTEのコンサートの度に、波のように海外からのファンが我が国を訪れていましたが、今年は彼らの日本でのコンサートが一切なく、また、ずっとアフリカにいるため、長期休みの間にアフリカを訪れる人が世界中で増えており、日本に来ていたはずの、欧米からの観光客がアフリカに流れている模様です。」
それを聞いた総理大臣は、
「なんだと?それは本当か?」
と言った。国土交通大臣は、
「はい。」
と答える。
「それは困ったな。STEはいつまでアフリカにいるのだ?」
総理大臣はそう言って、文部科学大臣を見た。すると彼は答えた。
「分かりません。ただ、1つ情報を得ている事は、今年の夏にもまた、核禁条約批准国を回るツアーをやるそうです。」
「あれか……。つまり、そのツアーには我が国が含まれないというわけだな?」
総理大臣が憎々しげに言った。
「はい、おそらく。」
文部科学大臣が答えると、経済産業大臣が言った。
「いっそ、核禁条約に批准してしまったらどうでしょう?」
すると防衛大臣が、
「いやいや、簡単に言わないでくださいよ。そんな事をしたら、アメリカに何をされるか分かりませんよ。」
と言った。すると外務大臣が、
「結局、今より金を出せと言われる事になるだけでしょうがね。」
と言う。総理大臣が、
「インバウンド効果と、どっちが得かね?」
と問うと、防衛大臣が、
「そういう問題ではありませんよ。同盟を解除すると言われるかもしれません。」
と言った。総理大臣は、
「うーん、それは困るな。STEは銃の事で、アメリカには敵視されているしな。」
と言った。すると経済産業大臣が、
「アメリカは、STEを好きか嫌いかで真二つに割れています。今の政権には敵視されていますが、政権が交代するような事があれば、真逆になるでしょうな。」
と言った。総理大臣は、
「そうだなあ。STEはやる事が極端だからなあ。だが、どのみち使える事には変わりない。何か、彼らに日本でコンサートをやってもらえるような策はないだろうか。」
と言った。そこへ環境大臣が、
「核禁条約の批准は無理でも、他に環境に良い事をして、STEと交渉してはいかがでしょうか?例えば、国立の建物の電源は、全て再生エネルギーを使うとか、省エネを実行している企業には減税措置を取るとか、我々閣僚の車を、全てEV車に替えるとか……。」
と、提案した。
「なるほど、それはありかもしれんな。では、その方向でSTE側と交渉してみよう。」
と、総理大臣が言ったので、政府とSTE側とで交渉が行われた。数日後、文部科学大臣が、
「総理、STE側からの返答ですが、やはり核禁ツアーには、日本を含む事は出来ないということでした。ですが、こちらが示した条件を我々が全てクリアしたならば、STEを日本に戻すという事で合意を得ました。」
と、報告した。総理大臣は、
「そうか。彼らが日本に戻ってくれば、インバウンド効果が期待できる。よし、じゃんじゃん環境に良い事をやっていこうじゃないか。」
と言った。そういうわけで、日本政府は脱炭素社会に向け、行動を加速していったのである。
「みんな、長い間のボランティア活動、お疲れさん。平和祈念コンサートまであと1週間に迫った。アフリカでの生活もこれで終わりだ。忘れ物がないように、ちゃんと準備しておいてくれよ。」
植木がメンバーにそう声を掛けた。マダガスカル島での2カ月ほどの生活にも、終わりを告げる時が来たのだ。
「ずいぶん遠くまで来たもんだな。マダガスカルに住む時が来るなんて、思いもしなかったよ。」
篤が言った。
「そうだね。ここは、動物も植物もすっごく独特だし、来れて良かったなー。」
光輝がそう言うと、流星がふふふっと笑った。光輝はその流星を見てハッとした。かつてならどうという事もなかった事だが、篤から「流星が光輝にぞっこんだ」と聞いてしまって以来、どうも流星を意識してしまう光輝。気が付くと自分を見ている気がするし、こういう時も、優しくリアクションしてくれる。今まで全く気付かなかったことが自分でも不思議だった。
また、わざとではないが、光輝が誰かにべったりくっついていると、流星が落ち着かなくなる。時にはべったりくっついている相手に用事を言いつけたりするのだ。確かに、分かり安い。だが、分かったところでどうしたらいいのか、光輝は時々この問題に悩まされていた。
「さあ、それじゃあ最後の番組撮りますか。」
流星が言った。
「オーケー!外でやろうか?」
涼がそう言い、
「そうだな、これぞマダガスカルって感じの場所でやろう!」
流星が答えた。メンバーは、動画配信をする為、みんなで外に出た。
「せーの!」
「おはようございます!Save The Earthです!」
流星の掛け声に続き、メンバー全員で挨拶をした。
「ヒューヒュー!」
そして涼がはやす。
「今日はここ、マダガスカル島からの最後の配信をお届けします。」
流星が言った。
「僕たちは、この島で熱帯雨林の保護活動をしていました。ここでの活動はいかがでしたか?はい、碧央くん。」
篤が碧央にふる。
「え、俺?はい。えーと、すごく変わった動物や植物を見る事が出来て、とても楽しかったです。」
碧央がそう言うと、涼が、
「そうだよねー。あの有名なバオバブの木とか、キツネザルとかね。」
と言った。次に大樹が、
「僕たちは、もうすぐコンサートですね。」
と言うと、瑠偉が、
「はい。去年と同様、平和祈念ワールドツアーを行います。既にチケットを買ってくれたフェローの皆さん、ありがとうございます。」
と言った。光輝が続けて、
「僕たちは、今コンサートに向けてたくさん練習しています。楽しみにしていてください!」
と言った。流星が更に続けて、
「コンサートに来られないフェローのみなさんの為に、世界同時配信も行います。こちらもチケットが必要です。チケットの収益は、核兵器撲滅運動の活動資金となります。どうぞ、よろしくお願いします。」
と言うと、篤が、
「全てのコンサートで、同時配信するの?」
と聞いた。流星が、
「そうだよ。」
と答えると、光輝が、
「え、そうしたらどのコンサートのオンラインチケットを買えばいいか、フェローのみんなが迷うんじゃない?」
と疑問を口にする。すると瑠偉が、
「それはさ、自分がいる場所に近いところのチケットを買うのがいいんじゃない?遠いと時差があって、変な時間になっちゃうでしょ。」
と言った。大樹が、
「逆に、夜に見たい人は時差的にちょうどいい場所のチケットを買えばいいよ。」
と言い、涼が、
「なるほど、頭いい!」
と言った。
「オンラインチケットは、開始直前まで買えます。それでは、みなさんまた!」
と、流星が言うと、メンバーが、
「バイバーイ!」
と言って配信を終えた。
そうして、マダガスカルを出発する2日前に、引っ越し作業が始まった。意外と荷物は多い。楽器やらパソコンその他周辺機器やら、衣装・小道具まで様々。ここから動画配信をしていたので、それなりに物が必要だったのである。アフリカに来てから買い求めた物も多少あり、来る時よりも荷物が増えている。
「ああ、これじゃ入らないよー。」
「あははは、光輝くん、それ無理だよー!」
荷物整理をしている光輝を見て、瑠偉が笑った。
「どうしよう。他に鞄ない?」
光輝がそう言うかと思えば、
「これ、俺の物じゃないぞ。誰のだ?」
大樹が何かをつまみ上げて首をかしげる。すると涼が言った。
「あ、それ俺の俺の!うそ、それ入らないよ……。」
バタバタである。
「うわっ。」
「おっと。光輝、大丈夫か?」
光輝が高い所の物を取ろうとし、よろけた所を流星が抱き留めた。
「ありがと。あっ、流星くん……。」
抱き留めてくれたのが流星だと分かって、光輝はカッと顔が熱くなった。そして、思わず流星の腕を振り払ってしまった。
「あ、ごめん。」
流星はそう言うと、すぐに立ち去った。
「あ……流星くんが謝ることないのに。」
光輝は独り言を言った。親切にしてくれたのに、自分は何て事をしたのだ、と自己嫌悪に陥った。
何とか荷物も片付き、明日の朝に出発を控えた前の晩、光輝は瑠偉の部屋を訪れた。
「瑠偉、ちょっと話してもいい?」
「いいよ。どうしたの?」
光輝は瑠偉の部屋に入り、ベッドに並んで腰かけた。
「瑠偉はさ、流星くんの事、どう思う?」
「流星くんの事?そりゃあ、頭が良くて優しくて、好きだよ。」
「そうだろうね。それって、碧央の事を好きなのとは、違う好きなの?」
「え!?どどどど、どういうこと?」
「隠さなくてもいいよ。キスしているとこ見ちゃったんだからな。」
「あ……あの時、やっぱり見てたんだ……。」
瑠偉は両手で顔を覆った。
「恥ずかしがるなよ。ねえ、碧央の事を好きなのは、他の人の好きとはどう違うの?」
「それは……。碧央くんの事を考えたり、碧央くんが近くに来たりすると、胸の辺りがこう、ぎゅっとなるんだ。胸が震えるっていうか、キュンってするっていうか。」
「そうなんだ。そうか。」
「もしかして……光輝くん、流星くんの事が好きになったの?」
「あ、いや、その……分からないんだ。篤くんが変な事言うからさ、変に意識しちゃっているだけかもしれないし。」
「変な事って?」
「流星くんが、僕の事を好き、だとか何とか。」
「ああ、それはそうだね。」
「やっぱり?」
「光輝くん、最近まで気づいてなかったの?」
「うん、全然。言われるまで全く意識してなかったよ。」
「そっか。でも、光輝くんは篤くんの事が好きなんじゃないの?」
「え!?」
「気づくよ。」
「そっかぁ、そうだよね。でも、篤くんは瑠偉のことが好きだから。」
「えっ……うそ!」
「気づいてなかったの?それこそ信じらんないよ。まあ、そういう事なんだよね。自分の事は気づきにくい。ああ、篤くんの事は大丈夫だよ。碧央と瑠偉がキスしてるとこ、篤くんも見たからね。」
「そう……なんだ。」
安心していいのか、どうなのか、瑠偉は複雑な気分だった。
「それで?光輝くんは誰の事が好きなの?篤くん?それとも流星くん?」
「それが分かんないから相談しに来たんだよ。篤くんはイケメンだし、甘えたいって思うけど、瑠偉の言う、キュンっていうのは別にないような気がするし。流星くんは、特別好きとか思ってなかったけど、最近、近づくとドキドキしちゃうんだ。でも、それは変に意識しているからだって思っていたんだ。でも、今の瑠偉の話を聞いたら、このドキドキがつまりは……。」
「流星くんを好きになっちゃったのかもしれない?」
「どうなんだろう?ああ、瑠偉、分からないよー。」
光輝は混乱し、瑠偉の事を抱きしめた。瑠偉は光輝の背中を優しく撫でた。その時、ドアが突然開いた。
「あ?お前ら、何やってんだよ!」
「あー、碧央くん誤解だよ!」
あわや、碧央が光輝に掴みかからんとした時、
「どうしたんだ?」
部屋の入口に流星が現れた。中を覗いた流星は、光輝が瑠偉に抱きしめられているのを見た。そして、固まっている。
「流星くん、誤解しないで!」
瑠偉は慌てて言った。お騒がせな光輝は、浮かぬ顔のまま、のっそりと立ち上がると、静かに部屋に戻って行った。流星とすれ違う時、ちらっと眼を見交わしたが、言葉は交わさなかった。
翌朝、いよいよ出発という時、内海が記念写真を撮ろうと言ってスマホを構えた。
「はい、集まってー。」
メンバー7人は、前に3人が屈み、後ろに4人が立って並んだ。
「はい、撮るよー。セイチーズ!」
アイドルである7人は、それぞれいい顔でニッコリ。後ろに立っていた光輝は、目の前のメンバーの首に腕を絡めた。光輝が誰にでもよくやるポーズである。写真を撮り終えた時、その腕を絡めた相手を改めて見た光輝は、胸がドキンとした。流星だったのだ。
「ん?光輝、どうした?」
後ろで固まっていた光輝に、流星が振り返ってそう声をかけた。
「あ、うううん、何でもない。」
光輝がぎこちなく動き出そうとした時、流星が光輝の腕を掴んだ。
「光輝、もしかして、俺の事避けてる?」
「え?そ、そんな事ないよ。」
「そうか?もしかして、俺の事が……迷惑なのか?」
みんなが出発しようとドタバタしている中で、2人だけが止まっていた。少しの間、2人は見つめ合った。
「迷惑なんて、全然違うよ。」
光輝が首を振りながら言った。
「じゃあ、なんで?最近の光輝、おかしいよ。俺が近づくと逃げていくじゃないか。」
「そんな、そんな事ないよ。」
「あるよ。俺の事、嫌いなのか?」
「嫌いじゃないよ!流星くんの事は好きだよ。」
「え……本当に?」
「うん。だから、その。」
「おーい、お前たち行くぞー!」
玄関の所で、内海が流星と光輝の方へ声をかけた。
「はーい。」
流星は返事をし、光輝の腕を放した。この家ともお別れだ。メンバーやスタッフは、玄関を出て、改めて家を振り返り、感慨に耽ったのであった。
STEは南アフリカに入った。今年はここからツアーをスタートさせる。まずはコンサート会場にて、入念な打ち合わせとリハーサルが行われた。リハーサルの最中、流星は現場監督に何度も注意される場面があった。
「ムーン、今のとこ、君だけ離れすぎだよ。」
「はい、すみません。」
「ムーン、まだ離れすぎだ。」
「すみません。」
そこで、光輝が、
「流星くん、このターンの時、踏み出す一歩が大きいんだよ。そこに気を付ければ大丈夫だよ。」
と、横からアドバイスした。
「うん、分かった。」
それで、問題は解決した。その後、一度休憩に入った時に篤が光輝に歩み寄った。
「光輝、お前はプロだな。」
「え?何が?」
「いろいろあっても、ちゃんと流星にアドバイスしてさ。仕事とプライベートは分けるって、かっこいいじゃん。」
篤がそう言って、光輝の頭を撫でた。
「まあね。っていうか、いろいろって何だよ。何もないよ。」
「そうかあ?」
篤は笑って去って行った。光輝は、今篤に撫でられた頭を自分でちょっと触った。
「……キュンとしたか?……。」
そして、首を傾げた。
いよいよコンサートが始まった。たくさんのフェローたちが会場を埋め尽くしている。数曲歌った後、ステージの真ん中でMCをした。
「フェロー!」
涼が叫ぶと、
「キャー!!」
と、客席を埋めるフェローの歓声が響いた。
「ハロー!」
と、碧央が言い、
「I’m coming!(帰って来たよー)」
と、篤が言うと、
「オ・カ・エ・リー!」
と、会場のフェローから一斉に返事があった。
「わーあ、感激だね!日本語だ!」
それを聞いて瑠偉が言った。
「サンキュー、フェロー!」
光輝も叫んだ。次は流星が話す。
「Thank you fellow! We are coming. We have been ~ %&#$。」
つまり、流星は英語でペラペラとしゃべった。
「ワー!」
そして、再び音楽が流れ、STEが歌を歌い始めた。
コンサートも終盤にさしかかり、ステージからそれぞれ2、3人ずつに分かれてアリーナ席の間の通路へ入り、そこでダンスをした。光輝がダンスをしていると、隣にあった照明器具がバチンと音を立て、火花を散らした。光輝はそれに気づいていなかった。光輝のすぐ後ろにいた流星は、
「光輝、危ない!」
と言って、光輝に覆いかぶさった。2人が倒れた所へ、照明器具が倒れて来た。
「うわぁっ。」
流星が悲鳴を上げた。近くの客席からも悲鳴が上がる。
「流星くん!?」
光輝が叫んだ。スタッフが駆けつけてきて、照明器具をどかした。すると、流星の衣装の背中に、黒く焼け焦げた跡が付いていた。
「大変だよ!早く冷やさなきゃ!」
光輝が言うと、
「大丈夫だ。ここで引っ込んだらフェローが心配するだろ。あと2曲で終わりだから。」
と、流星が言った。
「でも!」
光輝が食い下がるも、
「平気だよ。ほら。」
流星はそう言って飛び跳ねて見せた。そうして、最後までコンサートをやり遂げ、みな楽屋へ戻った。
「流星!大丈夫か?怪我は?」
舞台袖にいた内海が、やっと引っ込んできた流星に飛びついた。そして、黒く焼け焦げた跡のあるジャケットを脱がせた。すると、下に着ていたシャツも、焦げていた。
「これ、まさか皮膚にくっついてるんじゃないだろうね。」
内海の言う通りだった。服を脱ぐことが出来ず、流星はそのまま病院へ行ったのだった。
STEメンバーとスタッフは、会場近くのホテルに泊まる事になっていた。そこへ病院から内海と流星が戻って来た。
「流星くん!大丈夫?」
瑠偉が真っ先に声を掛けた。
「ああ、何ともないよ。」
流星が微笑して答える。
「何ともなくはないぞ。これじゃ、あまり激しく踊れないんじゃないかな。」
しかし、内海がすかさずそう言った。
「俺のダンスなんて、どのみち大した事ないからさ、問題ないよ。これが光輝だったら大変だったよ。フェローたちは光輝のダンスを楽しみにしているんだからさ。」
流星がそう言うと、
「自虐的だなあ、流星。でも、俺からも礼を言うよ。光輝を守ってくれてありがとな。」
篤がそう言った。すると、
「お前に礼を言われる筋合いはないぞ。」
ツンとして流星はそう言ってから、自分でぷっと噴き出した。みんなで何となく笑う。
「じゃあ、夕食にしよう。ああそうだ、これ。」
内海は持っていた袋を流星に渡した。
「入浴後にこの薬を塗って、ラップした上から包帯を巻くんだぞ。と言っても、自分で薬は塗れないな。必要な時に声を掛けなさい。」
内海がそう言った。
「はい。でも、誰か近くにいるメンバーにやってもらうので、大丈夫です。」
流星はそう言って、薬を受け取った。
食事を終え、みんなで何となくしゃべったり、ゲームしたりして過ごし、明日の打合せをして解散という事になった。もっと前に自分の部屋へ行くメンバーがいても良さそうなものだが、寝るギリギリまで7人で一緒にいるのがSTEである。
「よし、じゃあ解散。お休みー。」
流星がそう言うと、メンバーがそろって、
「お休みなさーい。」
と言った。そしてバラバラと部屋へ移動し始める。そこで流星が、
「ああ瑠偉、俺の背中に薬塗ってくれるか?」
と、瑠偉に声を掛けた。瑠偉は、
「いいよ。」
と、すぐに返事をした。するとその瞬間、碧央がキッと振り返った。何も言わないが、目で物を言っているようだ。なぜ瑠偉を選ぶのだ、と。
「流星くん、俺が塗るよ。」
碧央がそう言った。
「え……ああ、そうか。悪いな。」
流星がそう言うと、
「あれ、瑠偉だと悪くないの?」
碧央が意地悪く言う。
「いや、そういうわけじゃないけど。」
流星が答える。3人の間に変な空気が流れている所へ、光輝がやって来て言った。
「碧央、瑠偉、僕がやるからいいよ。」
3人は光輝を見た。
「僕を助けて怪我したんだから、当然でしょ?」
光輝がそう言うと、
「そうだな、光輝が世話をするのは当然だ。じゃあ、頼んだぞ。」
碧央はそう言って光輝の肩をポンと叩くと、瑠偉の腕を掴んで去って行った。
「えっと、じゃあ、頼むよ。」
流星が光輝に行った。
「うん。」
光輝は無表情で頷いた。
流星が、シャワーを浴びて出て来た。部屋では光輝が待っていた。
「大丈夫?痛くなかった?」
光輝が問いかけた。
「ああ。背中は水で流しただけだから。」
流星が答える。
「じゃあ、座って。」
流星はベッドに座り、光輝の方へ背中を向けた。
「うわ。」
背中のやけどを見て、光輝は顔をしかめた。まずはタオルでそっと拭き、それから薬を塗った。その上にラップを乗せ、包帯を巻く。包帯を巻くとき、胸の前で包帯を右手から左手に持ち替えるので、いちいち後ろから抱き着くような格好になる。
「ねえ、どうしてこんな無茶したの?」
光輝が聞いた。
「え?そりゃあ、光輝に怪我させたくなかったから。」
流星が答える。
「でも、流星くんが怪我したらダメじゃん。」
「さっきも言ったけど、俺が多少怪我しても損失はほとんどない。でもお前が怪我して踊れなくなると、STEとしても損失が大きいだろ。」
「そんな事ないよ。もし、流星くんが頭に怪我していたら、僕たちにとって相当の損失だよ。」
流星の頭脳がないと、大変困る。英語をしゃべってくれる人がいなくなるだけでも辛い。
「ああ……まあ、そうかな?」
流星にも自覚はある。
「だから、STEの損失がどうとかっていうのは、関係ないでしょ。」
光輝は包帯の終わりをテープで留めた。
「ねえ、流星くんは、僕の事が好き、なんだよね?」
「え……。」
光輝は、両手を流星の前へ持って行き、背中から抱きしめた。
「こうすると、胸がぎゅっとなる?」
流星はちらっと振り返ろうとしたが、そう聞かれて、動きを止めた。
「瑠偉がね。」
光輝が言った。
「え?瑠偉?」
流星が聞き返す。
「うん。瑠偉が言ってたんだ。近くにいると、胸がぎゅっとしたりキュンとしたりするのが恋、なんだって。」
「……。」
光輝の言葉に、流星は黙った。
「僕、今すごく、ぎゅっとなってる。」
「光輝?」
「流星くんは?」
流星はごくりと唾を飲み込んだ。
「ああ、ぎゅっとしてるよ。痛いくらいに。」
そう言って、流星は目の前にある光輝の手に自分の手を重ねた。そうしてしばらくの間、2人ともじっとしていた。ただ、お互いの呼吸の音だけが聞こえる。
流星が体を動かしたので、光輝は手を放した。流星は体を反転させ、光輝と向き合った。
「ずっと前から、光輝の事を考えると、胸が痛い。」
「痛いの?」
光輝は流星の心臓の辺りに触れた。そして、そのまま腕を背中に回し、今度は前から抱きついた。
「こうしたら、痛いの治るかな?」
「もっと痛くなるよ。でも、幸せな痛みだ。」
流星は、腕を光輝の背中に回し、ぎゅっうと抱きしめた。
「光輝、好きだよ。」
「僕も、流星くんの事が好きだよ。本当だ、痛いけど、幸せな痛みだね。」
2人は、更にぎゅうっと力を込めて抱きしめ合った。恐らく、流星は背中も相当痛かったに違いない。
流星の部屋の外では、瑠偉がジーっとドアを見つめていた。
「お前、こんな所にいたのか。何してるんだ?」
瑠偉がいつの間にかいなくなったので、碧央は探しに来たのだ。
「しっ!」
瑠偉が人差し指を口に当てた。碧央が首を傾げると、瑠偉は碧央の腕を引っ張って、少し離れた所へ連れて行った。
「今、光輝くんが中にいるだろ?どうなったかなと思って。」
「どうなったか?ああ。」
マダガスカルの出発前夜の誤解を解くため、瑠偉は光輝が流星の事で悩んでいる話を碧央にしていた。
「だからって、そんなに見張ってなくても……。あ、お前まさか。」
碧央は目を吊り上げた。
「え?なんで怒るの?」
「まさか、流星くんを取られたくないとか、思っているんじゃないだろうな。」
「はあ?何言ってんの?」
「だってお前、流星くんの事が好きだろ。」
「ああ、好きだよ!すっごく好きだよ!」
瑠偉はムキになって言った。
「くーっ、お前は、もう!」
「ふん!」
瑠偉がぷいっと顔を背け、スタスタと歩いて行くので、
「ちょ、ちょっと待て、瑠偉!」
碧央は瑠偉の腕を掴んだ。だが、瑠偉は碧央を睨みつける。
「あ……そんなに怒るなよ。な、俺の部屋に来いよ。」
「やだ。」
「るいぃ、瑠偉ちゃーん。」
碧央が瑠偉の腕を両手でぶんぶん振っているところへ、光輝が流星の部屋から出て来た。
「何やってんの?お前ら。」
「あ、光輝くん!あの……どうだった?」
瑠偉が遠慮がちに聞く。すると、光輝はボッと顔を赤くした。それを見た碧央と瑠偉は顔を見合わせた。
「もしかして……2人は?」
瑠偉がそう言うと、
「いや、別に。ただ、ちょっと、その。ああ、もう恥ずかしいよぅ!」
光輝は顔を両手で隠した。
「わーい、おめでとう!光輝くん。」
瑠偉は光輝の背中をバンバン叩いた。碧央はその様子を見て、ふふふっと笑った。
成田空港には大勢の人が詰めかけ、STEが現れるのを今か今かと待ち構えていた。7人のメンバーが姿を現した途端、大きな歓声とフラッシュが飛び交う。
「お帰りなさーい!」
「キャー!!」
報道陣も多数詰め掛け、各局のテレビ中継がなされた。ちょうど午後のワイドショー番組の時間帯で、この様子を中継したあるテレビ局では、キャスターと芸能評論家の間で次のような会話がなされた。
「STEがやっと帰ってきましたねー。」
「いやー、帰ってきましたねー。フェローのみなさんも待ちに待ったと言ったところでしょうね。」
「彼らをご覧になって、いかがですか?先生。」
「そうですね。まず、7人ともすごく日焼けしましたね。赤道付近の国にずっといたからでしょうかね。」
「そうですね、かっこいいですよね。あれじゃないですか、植樹作業などで日中外にいる事が多かったのではないでしょうか。」
「そうでしょうね。それと、彼らが最近作った曲にも変化が感じられますね。」
「と言いますと?」
「初期の頃の、尖った感じが取れてきたように思われますね。アフリカで作った楽曲は、何かを攻撃する内容ではなく、地球のすばらしさを歌ったものが多いです。「Wonder(ワンダー、不思議)」とか「Source(ソース、起源)」なんかがまさにそうですね。」
「なるほど。」
すると男性タレントが言った。
「Sourceいいですよねー。僕らはこの大地から生まれたんだっていうサビの部分がすごく素敵なんですよ。ダンスもエレガントな感じで、また新しいSTEを見た気がしますね。」
「そうですよね。彼らは毎日のように動画を配信していました。テレビ番組にもよく出演していましたね。」
キャスターが言うと、その男性タレントは、
「そうなんですよね。だから、ずっと遠くにいたという感覚は正直ないですね。今や、そう簡単にコンサートに行ったり、握手会に参加したりという事が難しくなっていますからね。何しろ人気がありすぎて、チケットの倍率が高すぎるものですから。」
と言った。芸能評論家も、
「そうなんですよ。日本でイベントをしても、海外からフェロー達が押しかけてきて、倍率が100倍くらいになってしまうんです。その事と、今回日本を離れた事と、もしかしたら関係があるのかもしれませんね。」
と言った。
「そうなんですか?100倍とは驚きですね。そういうシステムを変えようとして、ボランティアの旅に出たと?」
キャスターが尋ねると、芸能評論家は言った。
「一部のフェローから、不満の声が上がっていたのは事実です。ただ、どこへ向けていいのか分からない不満ですから、いっそコンサートや握手会を辞めてしまえば、という手段に出たとしてもおかしくありませんよ。」
キャスターはそれを受け、
「確かに。」
と言った。
帰国したSTEは、やっと我が家であるSTEタワーに帰って来た。
「あー、我が家だあ!」
「やっぱ落ち着くなあ。」
「うんうん。そうだねー。」
涼、篤、光輝がそう言い、メンバーは共同リビングのソファに倒れ込むようにして座った。
「みんな、お疲れさん。これからしばらくは、またアルバム作りに専念してもらおうか。1か月後くらいに完成させて、その後2カ月くらいで発売というところかな。」
社長の植木が言った。
「はい、了解です。」
代表して流星が答える。
「それで、楽曲を作る上でちょっと参考にしてもらいたい事があるんだが。」
と、植木が言った。流星が、
「何ですか?」
と言うと、植木は説明を始めた。
「うん。ここのところ、世界でも日本でも、だいぶ脱炭素社会を目指そうという意識が高まっているとは思うんだ。二酸化炭素の排出量を実質ゼロにする、と政府も宣言している。だが、これを見て欲しい。」
植木は切り取った新聞記事を広げた。
「日本の二酸化炭素排出量の4割が、製造業によるものだ。物を作る際に大量の電力を消費するそうで、ここを何とかしないと排出量ゼロにはとてもできないのだ。今は二酸化炭素を排出しない発電方法などが開発されているが、企業がそういったものを採用する場合、今までよりもコストがかかり、国際競争力が下がる懸念がある。つまり、企業努力だけでは、なかなか脱炭素社会実現は難しいのが現状だ。そこで、国によるエネルギー政策が必要だ、というのがこの記事に書いてある。」
「エネルギー政策って、例えばどういう?」
瑠偉が質問した。
「まあ、要するに電力を安くしてほしいという事だろうな。今は、日本の発電は火力発電の割合が高い。だが、これは二酸化炭素排出量が多いものだ。もっとクリーンエネルギーの割合を多くし、そういった電力を製造業界が今以上のコストをかけずに手に入れられるようになる事が必要なんだ。」
植木が説明した。瑠偉は、
「はあ。分かったような、分からないような?」
と言うと、流星が、
「それを、俺たちの歌の歌詞に盛り込めということですか?」
と言った。植木は、
「そうなんだが、難しいだろうな。楽曲としてかっこよく、楽しくしなくてはならないし、無理にとは言わないが、少し頭の片隅にでも入れておいてくれ。」
と言った。
「分かりました。考えてみます。」
流星が躊躇なくそう言ったので、瑠偉は羨望の眼差しを流星に向けた。つまり、(流星くん、すごーい!)と目が訴えていた。
STEは、アルバム作りを始めた。会議室などもあるが、基本リビングでそれぞれ紙に書いたりノートパソコンに打ち込んだりして作業していた。
何度も言うが、光輝はメンバーとの接触が多めである。なので、光輝が誰にくっついていても、メンバーは気にしない。だが、ふと大樹が思いを留め、こっそり涼にこう言った。
「なあ、光輝と流星くんって、最近ギクシャクしていたんじゃなかったっけ?」
「え?」
そう言われて、涼は部屋の中を見回し、光輝を見つけた。すると、流星にべったりくっついて、流星が打ち込んでいるパソコン画面を見ていた。時々言葉を交わしているようで、仕事をしているのだろうが、2人の表情は穏やかだった。
「そういえば、そうだよな。仲直りしたのかな……って、おい、流星くんは光輝の事を……。」
涼が思い出した、という風に言った。
「ああ。」
大樹が頷く。
「じゃあ、もしかして、2人は両想いに?」
大樹と涼は改めて流星と光輝を見た。すると、2人は顔を見合わせて笑い合っていた。
「2人の世界だな。」
大樹が言った。
「へえ、光輝は篤くんだと思っていたけどな。」
涼が言う。
「篤くんは、相変わらず瑠偉だもんな。瑠偉は相手にしてないけど。」
大樹が言った。
「瑠偉は碧央だもんなぁ。たぶん、あれは本物だよ。みんな、一時期ギクシャクしてからラブラブになるんだなあ。」
と、涼が言った。
「本当だな。しっかし、再びギクシャクして欲しくはないもんだ。グループ内でくっついたの離れたのってされたんじゃ、困るよ。」
大樹がそう言うと、
「まあまあ、若いんだからいいじゃないの。」
涼はそう言って大樹の肩をポンポンと叩いた。
STEは、平和祈念コンサートを終えて帰国したが、それは植木が元々計画していた事だった。つまり、政府との交渉の結果、アフリカ滞在を辞めて帰国したというわけではなかった。だから、政府が約束を全て守っていなかったのを不問にして、帰国したのである。
STEの新たなアルバムが発売された。売上のほとんどを寄付に回すのは、今までと同じ。STEには事務所の後輩というものがいない。植木は、芸能事務所を発展させていこうとは考えていないのだった。もしアイドルとしてやって行けなくなったら、STEメンバーを含めた事務所のスタッフ全員で、また新たな事を始めればいいと思っていた。やる事はただ1つ、地球を守る事。「Save The Earth」の名でずっと続けていくつもりだった。
「さっすが、流星くん。こういう歌詞にするとは!」
そう、瑠偉が絶賛、感嘆したのは「Energy(エナジー)」という新曲。その歌詞の一部が以下である。
― energy energy energy!
もっとだ もっとだ まだまだ足りねえ
クリーンenergy Come on!
今のままじゃ ゼロになんてできないぜ
企業努力次第? それじゃダメだ 間に合わねえ
どこに金を使うんだ? 使うとこはここだぜ
頭を使え! 悪いこたぁ言わねえ 使うとこはここだぜ!―
「最近のSTEは、図に乗っているよね。」
閣議が始まると、総理大臣はまずこう言った。
「は?」
文部科学大臣が反応した。
「新曲のエナジー、聞いたか?あれはどう考えても、政府を批判しているじゃないか。」
「はあ。」
文部科学大臣が渋々答えると、経済産業大臣が、
「総理のおっしゃる通りです。私も聴いて驚きましたよ。」
と言った。
「アイドルのくせに、政治に口を出すとは小賢しい。」
総理大臣が言うと、防衛大臣も、
「全くです。核禁条約に関しても、暗に批准しろと言っているようなものです。その圧力がすごい。ファンを使ってくるのですから、始末が悪い。」
と言った。総理大臣が、
「ファンを使ってくるとは?」
と聞くと、防衛大臣が説明した。
「夏のコンサートツアーの辺りから、防衛相のホームページに、日本も今すぐ核禁条約に批准しろという内容で、毎日1万件の苦情が寄せられているんです。」
「1万件も?毎日ですか。」
経済産業大臣が驚いた声を発した。防衛大臣は、
「同じ人物が何回も書き込んでいるのだとは思いますがね。」
と答えた。総理大臣は、
「それもこれも、あの植木とかいう社長が入れ知恵しているんだろうね。彼さえいなければ、STEはもっと使えるんじゃないのかね。」
と言った。文部科学大臣が、
「いなければ?」
と質問すると、総理大臣は、
「彼を消してしまえば、STEはどうなる?」
と、逆に質問した。すると防衛大臣が答えた。
「他の芸能事務所に行くのではないでしょうか。そうしたら、環境問題だ何だと言わずに、普通にアイドル活動をするのではないでしょうか。」
「そうすれば、またインバウンド効果が期待できるよね。」
総理大臣がそう言うと、文部科学大臣は、
「ですが、消すというのは……。」
と、冷や汗をかきながら言った。総理大臣は、
「社会的に抹殺すればいいのだよ。人間、叩けば埃くらい出るもんだ。徹底的に調べ上げて、逮捕しちゃえばいいんじゃないの?」
と言った。文部科学大臣は少し顔を明るくさせ、
「な、なるほど。分かりました。調べさせます。」
と言った。総理大臣は、
「うん、そうしてくれ。」
と答えた。
1週間後の閣議。総理大臣が言った。
「まだ、STEの社長が捕まったというニュースを聞かないけど?」
すると文部科学大臣が、
「は、それが、いくら調べても植木氏については何も出てきませんでした。」
と答えた。総理大臣が、
「そんな事はないだろう。過去まで遡ったのか?」
と言ったが、文部科学大臣は、
「はい、もちろんです。」
と答えた。経済産業大臣も、
「あれだけ成功して、大きな額の金を動かしているんだ。何かあるでしょうよ。」
と言ったが、文部科学大臣は、
「いえ、それが、何も。」
と答えるしかなかった。総理大臣は、
「本人になければ親とか、妻とか。」
と言ったが、
「両親は既に他界しています。一応調べましたが、これと言って何も出ませんでした。妻はいません。独身です。」
と、文部科学大臣は答えた。総理大臣は更に言った。
「隈なく調べた上で、ないというのだな?そんな奴がいるのか……。では仕方がない。なければ作るのみだ。脱税とか横領とか、適当に作りなさい。そして、芸能プロダクションにはSTEを引き取るように差し向けてさ。」
そんな総理大臣の発言で、実際に植木は逮捕されたのである。