国宝級アイドルは地球を救えるか

 「ねえ、新しい歌のテーマ、考えたんだけど。」
リビングに何となくみんなが集まっている時に、碧央が言った。
「この世界で、一番無くした方がいい物って、銃だと思うんだ。」
碧央の発言を受け、全員がハッとして碧央を見た。
「核兵器や生物兵器ももちろんだけどさ、俺は、銃をこの世から無くしたい。難しいかもしれないけど、今の俺たちなら、少しは何か変えられるんじゃないかな。」
碧央がそう言うと、流星がおもむろに口を開いた。
「今の碧央が言うと、説得力があるな。確かに、アメリカなんかでは銃規制がほとんどなくて、誰でも銃を持てる。相手が銃を持っているから、自分も持つ。相手が撃つかもしれないから、自分も撃つ……銃が無ければ起きない事件が世界中で尽きない。」
「俺、少し歌詞を書いてみたんだ。みんなも参加してよ。」
碧央が言う。
「よし、銃をこの世から無くそうぜ!」
大樹がそう言い、メンバー全員が呼応した。
「おぅ!」
ということで、STEは新曲「Lost Gun」を作った。以下の歌詞はその一部である。

―俺たちゃいつも、モノを捨てるなって言ってきたYO
でも今日は、捨てろってぇ話をするYO
捨てろよGUN ! 全ての銃を!

これは比喩ではない 銃を捨てろ
銃は他人を傷つけるだけじゃない 自分をも傷つける
銃があるから 銃を持つ 
銃を向けられるから 銃を向ける
銃を向けられたから 銃を撃つ

撃つことも 撃たれることも もううんざりだ
事件が絶えねえ 事故が絶えねえ 戦争が終わらねえ
銃が無ければ 無くなれば 世界はどうなる?どう変わる?

この世界で 一番無くした方がいい物
それはGUN
愛する人を守るため まずは銃を捨てよう
自分を守るために 銃を無くそう―

 この歌を聴いた植木は、
「お?これはまた、久々にかなり挑戦的な歌を作ったね。」
と言った。
「ダメ、ですか?」
碧央が聞いた。
「いや、いいんじゃないか。まあ、方々から苦情が来るかもしれないけど。」
植木はそう言ってふふふと笑った。
「社長、笑ってていいんですか?」
碧央が驚いて聞くと、植木は碧央の肩にポンと手を置いた。
「何かを変えようとすれば、必ず反対されるものだ。でも、変えなきゃならんことは、この世界に山ほどある。碧央が今、変えるべきだと思うことが、これなんだろ?」
「はい。」
「それなら、どんな反対があっても、やるべきだ。そして、君たちならきっとやれる。」
「社長……ありがとうございます。」
碧央は感極まって、植木に抱きついた。
「お、これは役得だな。あははは。」
世界一のハンサムにハグされて、植木もまんざらでもないようだった。

 「Lost Gun」のMVがインターネット上で発表された。英語バージョンと日本語バージョンを同時に配信した。振り付けには腕によりをかけた。強いメッセージを込める時には、STEは特にダンスに力を入れる。碧央も少し踊れるようになったので、ダンスにも加わった。碧央が激しく動かなくてもいいように、そこは涼の腕の見せ所だった。彼はフォーメーションを上手く組み合わせるのが得意だった。
「思った以上に風当たりが強かったな。」
植木が苦笑しながらつぶやいた。事務所では、抗議の電話やメールの対応に追われた。ライフル協会だとか、猟友会などの狩猟関係の団体、それが日本。海外からは、脅迫まがいのメールが届く。
「そうだな。それでも、アメリカツアーやるのか?」
内海が問う。
「やるさ。彼らの安全さえ守れれば、後はどうなってもいい。」
と、植木は言った。だが、その安全が守られるかどうかが、問題である。

 STEの希望により、Lost Gunアメリカツアーが組まれた。その情報が流れると、なんと、アメリカでは銃を捨てるキャンペーンが始まった。STEのフェローが自主的に立ち上げたキャンペーンで、STEグッズ売り場に銃専用ゴミ箱を設け、そこに銃を捨てると、1丁につき1枚のSTEポストカードがもらえるというもの。自分の銃を捨てに来るフェローもいるが、家にあった銃を勝手に持って来て捨てるフェローもいて、社会問題になった。

 アメリカの報道番組から、STEの出演を申し込まれた。銃を捨てる行為について、意見を聞きたいと言う。これには植木たちも迷いに迷ったが、
「出ます。俺たちの想いを伝えます。」
「受けて立ちますよ。」
「7人一緒なら、何も怖くありませんよ。行きましょう。」
碧央、篤、光輝にそう言われ、出演するという決断をした。

 赤い服を着たアナウンサーが言った。
「今日はSTEに来ていただきました!カモーン!STE!!」
そしてSTEが登場する。
「ハロー!ウィ アー STE!」
歓待を受け、非常に盛り上がるスタジオであったが、一通り挨拶などが終わると、にわかにピリピリとした空気が張り詰めた。
「さて、今回の新曲Lost Gunですが、これは主にアメリカに向けたメッセージと捉えてよいのでしょうか?」
アナウンサーが言った。流星が質問に答える。
「いえ、そう言うわけではありません。アメリカも含め、世界に向けてメッセージを発したつもりです。」
「今、アメリカのSTEファンの間では、銃を捨てる動きが加速しています。これを、みなさんはどうお考えでしょうか。」
次の質問には篤が答える。
「非常に喜ばしい事だと思っています。僕たちのメッセージが伝わったということですから。」
「しかし、銃を捨てるということは、防御を失う事になります。善良な市民が危険にさらされ、犯罪者の思うつぼになってしまうのではないですか?」
今度の質問には大樹が。
「銃を持たない、という選択には、賛否両論あるのは承知しています。ですが、僕たちは銃を持たない社会こそ、危険が少ない社会だと思っています。」
「ですがもし、STEのファン、フェローですね、フェローの若い女性が、銃を捨てたせいでレイプに遭ったとしたら、どうするんですか?」
次は碧央だ、
「銃を持っていないせいで、犯罪に巻き込まれるとは思いません。それよりも、銃を持っている犯人に脅される方が問題だと思うのです。」
そして光輝が後を継ぐ。
「銃を捨ててくれたフェローたちの事は、とても尊敬します。本当に勇気のいる決断だったと思います。そして、僕たちに賛同してくれて、感謝します。」
更に涼が、
「一緒に、銃のない、平和な世界を作りましょう。」
とつないだ。アナウンサーは後を受け、
「分かりました。STEの皆さんが、とても真剣に考え、真摯に我々と向き合い、勇気を持って発信している事が分かりました。視聴者のみなさん、いかがですか?それでは、歌っていただきましょう。Lost Gun!」
と、曲紹介をした。STEはパフォーマンスを披露した。真剣な、力強いダンス、歌。多くの人の心を動かし、一部の人の反感を買った。そして、この場所から外へ出る事が、どれだけ危険な事なのか、まだSTEのメンバーも、事務所のスタッフも、全く分かっていなかったのである。
 STEが報道番組の出演を終え、通用口から外へ出ると、そこは黒山の人だかりだった。
「ゴールド!」
「クレイ!」
などなど、口々にSTEメンバーの名を呼ぶフェローたち。ちなみに、日本では本名の方で呼ばれる事の多い彼らだが、国外ではニックネームで呼ばれる。
 名を呼ばれると、そちらへ振り向いて手を振る彼ら。その度に歓声奇声が上がる。
「キャー!!」
そして、STEは車に乗り込み、ホテルへ向かった。
「みんな、お疲れさん。英語頑張ったね。」
マネージャーの内海がみんなをねぎらった。
「緊張したっすよ。内容がセンシティブだし。」
篤が言った。
「俺たちの言いたい事、ちゃんと伝わったかな。」
碧央が言うと、
「伝わったと思うよ。みんな、ちゃんとしゃべれてたよ。」
流星がそう言って親指を立てた。
「流星くんにそう言ってもらえると、安心するよね。」
と、涼が言った。和やかな雰囲気になり、みんな笑っていた。
 だが、ホテルに到着すると、思った以上に多くの警備員に誘導され、戸惑った。黒いスーツのボディーガードたち。1人のメンバーにつき2人ずつのガードが付き、車からホテルのエントランスまでギチギチになって歩いた。そこにはフェローはいないのに。
「何、この物々しい雰囲気は。」
光輝が言う。
「却って目立つよね。」
瑠偉がそう言って苦笑した。ロビーに全員入り、一安心と思った時、
「手を上げろ!」
いきなり男が叫んだ。ロビーに元々いたようで、銃を構え、STEのメンバーに照準を合わせている。すると、ガードマンたちが一斉に銃を抜いた。
「待って!待ってください!ガードマンの方たち、どうか銃を床に置いてください!」
碧央が叫んだ。そして、ガードマンたちの前に出た。
「碧央くん!」
さっと、瑠偉が碧央と一緒にガードマンの前へ出て、更に碧央を背中に隠すようにした。
「早く!銃を置け!」
碧央が更に叫んだので、静まり返ったロビー。そして、ゆっくりとガードマンたちが銃を床に置いた。
「ほら、もう誰もあなたを撃ちませんよ。安心でしょう?だから、あなたも銃を置いてください。何か僕たちに話があるのでしょう?それなら、銃を持たずに話し合いましょうよ。」
碧央がそう言って、瑠偉を横へ追いやり、ゆっくりと男の方へ歩いて行った。
「いや、ダメだ。俺は、これをしないと。俺は……。」
男は明らかに動揺していた。碧央はまっすぐ男の顔を見て、ゆっくりと進んだ。瑠偉は迷った。自分が動く事によって、男を刺激して発砲させてしまうかもしれない。だが、碧央が撃たれたらどうしよう、自分が守りたい、と。
 男は、自分の目の前に来て、うっすら微笑む碧央の顔を見て、涙を浮かべた。そして、次の瞬間、自分のこめかみに向けて発砲した。
「碧央くん!」
銃声がした瞬間、瑠偉は走っていって碧央を捕まえ、碧央の頭を自分の肩口に付け、碧央が男を見ないようにした。次の瞬間、ガードマンたちが動き出し、STEのメンバーは部屋へ急いだのだった。
 その晩はみな一様に無口だった。惨劇を目の前で見てしまった碧央の事を、特にみんなは心配した。だが、碧央は翌朝にはケロッとしていた。碧央にとって、これも銃を無くすべきだという事実を明確にする出来事の1つだった。やるべき事が分かっている者は強い。

 この事件は、ホテル従業員が撮影していた動画と共にニュースで流れた。男は、Gunメーカーの元社員で、何かGunメーカーに弱みを握られていたのではないかと報道されていたが、真相は明らかにされなかった。今のSTEの活動を一番快く思っていないのは、Gunメーカーなのである。今の所、娘に勝手に銃を捨てられた父親などが新たに銃を購入してくれるのだが、あまりに銃のない社会を訴えられると、この先アメリカでも銃規制が厳しくなり、メーカーの存続が危ぶまれる事態になるのではないか、と危惧しているのである。
「人を使って俺たちを殺しに来るなんて、悪質もいいところだな。」
ニュースを観て流星がそう言った。
「いかにも大企業がやりそうな事だよ。」
涼もそれを受けて言う。大樹は、
「きっとさ、あの人が俺たちに向かって銃を向けたら、ガードマンたちに打ち殺されると思ってたんだろうな。俺たちを実際に殺すというよりは、警告というか、俺たちを怖がらせるのが目的だったんじゃないかな。」
と言った。
「ひどいね。あの人が可哀そうだよ。」
光輝が言った。
「あの人、どうして碧央を撃たずに自分を撃ったんだろう。」
篤が疑問を口にすると、涼が、
「碧央の顔が神々しくて、撃てなかったんじゃないのか?バチが当たりそうだなもんな。」
と言って笑った。すると瑠偉が、
「そんなの……分かんないじゃん、相手が悪かったら、撃たれてるよ。ねえ碧央くん、あんなの危ないじゃないか!もし本当に撃たれてたらどうするんだよ!また撃たれたいのか?」
と、語気を強めて言った。すると、
「あんな痛いの、もう嫌だよ。」
碧央が気楽に笑ってそう言ったので、瑠偉は青筋を立てた。
「俺が!どれだけ心配したか分かってんのか!?もし撃たれて、今度は命まで奪われたらどうすんだよ!もう、碧央くんが撃たれるのなんて、まっぴらなんだよ!」
なんと、瑠偉が碧央の胸倉を掴んで、襲い掛からんばかりの様子で詰め寄った。周りで見ていたメンバーは驚き、焦った。
「ま、まあ、瑠偉、落ち着けよ。」
「瑠偉、分かったから、ね。」
篤、光輝にそう言われ、みんなに手を振りほどかれて、瑠偉は不満げ。そのまま自分の部屋に戻ってしまった。
 ここは、全室スイートルームの高級ホテルである。各寝室にはリビングが付いている。寝室は2人ずつで、同じ階にスタッフの部屋も含めた5部屋を取ってあるのだが、いつも7人で何となく過ごしているSTEは、こういう時にも1つの部屋に集まっているのだった。今回、ジャンケンに勝って流星が1人部屋になっていたのだが、その流星の部屋の続きの間(リビング)に、全員集まっていたのだった。
「瑠偉、ずいぶん怒ってるね。」
光輝が言った。
「まあ、前回の件があるからな。」
涼がそう言い、
「そうだよな。碧央が足を撃たれた事、ずいぶん気にしてたもんな。」
と、篤も言った。すると碧央が、
「え、そうなの?」
と驚いて言った。
「そりゃそうでしょうよ。自分だけ逃げたって事、気にしていたんじゃないのかな。だから、ずっと碧央に気を遣っていたじゃないか。毎日お見舞いに行ったり、退院してからは甲斐甲斐しく世話していたし。」
と、光輝が言ったので、
「あ……ああ、そういう事か。」
碧央は合点がいった。
「何?そういう事って?」
大樹が疑問を口にしたが、
「いや、何でもない。」
碧央はそう言うと、思わずニヤけた口元を手で隠した。なるほど、みんなはこういう風に誤解していたのか。
「碧央、瑠偉にちゃんと謝った方がいいんじゃないか?」
流星がそう言ったので、
「え?ああ、そうだね。うん、じゃあ行ってくる。」
碧央は瑠偉の部屋に向かった。
 瑠偉は大樹と同室だった。碧央は光輝と同室。ここは、瑠偉と一緒がいいなどとわがままは言えない。碧央は瑠偉と大樹の部屋の前へ行き、ドアをノックした。
「瑠偉、俺。開けて。」
少し待つと、瑠偉がドアを開けた。愛しい顔がドアの隙間から覗いて、思わずニヤける碧央。だが、瑠偉はまだ怒っているようで、にこりともしない。碧央は部屋に入り、ドアを閉めた。瑠偉はぷいっとそっぽを向く。
「瑠偉、怒るなよ。」
そう言うと、碧央は瑠偉の首に両腕をかけた。そして首を傾け、下から目を覗き込む。
「俺が、守れない状況は嫌だ。碧央くんが撃たれるなら、俺が盾になる。」
「お前が撃たれるのは嫌だよ。」
「碧央くんはもう、1回撃たれてるからダメなの。次は俺でいいの。」
「どっちも撃たれたくねえよ。でも、そう簡単に世界から銃は無くならないだろうし、俺たち、思っていた以上に危険な事をしているのかもな。」
「危険な事?」
「ああいう歌を、アメリカで歌う事。」
「うん、そうかもね。」
「瑠偉、心配かけてごめん。」
碧央はそう言うと、瑠偉にそっとキスをした。すると、瑠偉は碧央の腰に腕を回した。そして、もう一度キスをしようとしたところで、ガチャっとドアが開いた。
 大樹が戻って来たのである。この部屋のカードキーを持っているので、自分で勝手に入ってくるのである。
「あれ、何してんの、碧央?」
大樹が碧央を見て言った。
「いや、ちょっとブリッジの練習でもしようかと思ってね。」
碧央はのけぞって、ソファの背もたれに手をついていた。その腰を、瑠偉が持っているという状況。
「ああ、碧央はちょっと硬いからな。やった方がいいよ。」
大樹はそう言うと、自分のスペースへとスタスタ歩いて行った。
 Lost Gunアメリカツアーが始まった。この前の事もあるし、警備は厳重にしたいところだが、なんと、会場の警備員には、銃を携帯しないよう要請したSTE。その代わり、警備員は、防弾チョッキにヘルメット、盾を持つ姿である。機動隊のようだ。だが、例えば日本でコンサートをする際、警備員が拳銃を所持する事は法律上できない。STE側からすると何の抵抗もない事なのだ。それでも、スタッフからはだいぶ懸念の声が上がった。最終的に、社長の植木がSTEメンバーの意向を汲んで、銃の携帯無し、と決断したのである。
 ツアーの合間に、テレビ出演にも応じた。アメリカの音楽番組にも出たし、日本の音楽番組に中継で参加したし、バラエティー番組の収録もした。アメリカの歌番組に出た時の事。
「STEのみなさん、次はどんな賞を狙いますか?」
MCにそう聞かれ、流星が、
「そうですね。ノーベル平和賞ですかね。」
と答えた。MCは、
「え?音楽の賞ではないんですか?ひょっとしてジョーク?」
と言ったので、流星は答えた。
「はい、ジョークです。ノーベル賞は狙っていません。あははは。でも、僕たちは世界を救うために結成されたグループですから、環境汚染や戦争から地球を守るのが目的です。音楽の賞をいただくのもありがたいのですが、それは手段であって目的ではないのです。」
「手段、というと?」
MCが問う。次は篤が答える。
「僕たちを知ってもらって、僕たちが訴える内容を聞いてもらう為の手段です。」
「だとすると、あなた方がパフォーマンスをするのは、訴えを聞いてもらう為なのですか?」
MCの問いに今度は涼が、
「そうです。」
と答えた。
「歌を聴いてもらう為、ダンスを見てもらう為ではなく?」
次の問いには碧央が、
「それは、あくまでも手段です。」
と言い、
「でも、歌やダンスは好きでしょう?」
今度は光輝が。
「もちろん、好きです。だから、こういう手段を選んだのです。」
「なるほど。」
MCが納得する。最後に瑠偉が、
「全力でパフォーマンスするので、是非見てください!」
と〆た。
 コンサートは、銃の持ち込み禁止である。手荷物チェックはさせてもらう。それで、特に問題なくコンサートは行われていった。だが、STEがあるコンサート会場を出ようとした時、事件が起こった。
 駐車場から車を出したSTE一行。駐車場の出口には、フェローがたくさん集まっていて、車に向かって手を振っていた。そこへ、ライフルを持った男が近寄ってきて、いきなり銃を乱射したのである。車の中にいても、銃声が聞こえた。
「ちょっと待って!車止めて!」
碧央が叫ぶ。
「銃声か!?」
流星が言った。みんな一斉に後ろを振り返る。悲鳴が響き、フェロー達はみんなその場にしゃがんでいた。ガードマンたちが男を盾で押さえつけ、乱射は収まったが、けが人が出ているだろうと思われる。
「助けに行かなきゃ!」
「待て、ダメだ!お前たちは車から出たらダメだ!」
ドアに手をかけた瑠偉を、内海が止めた。そのうち救急車がやってきた。警察車両も。
「どうしますか?出しますか?」
運転手が聞く。内海は、
「うーん、仕方ない、出してください。」
と言った。碧央が、
「そんな……。」
と、つぶやく。
「碧央、仕方ない。俺たちが出て行ったらガードマンを混乱させてしまう。」
流星がそう言って碧央の肩を抱いた。碧央は唇を噛んで頷いた。

 翌日はSTEのコンサート後の銃乱射報道で持ち切りだった。日本はもちろん、世界中をこのニュースが駆け巡った。
「ますます風当たりが強くなってしまった。Lost Gunツアーを続けるのは難しいかもしれない。」
内海が言った。
「だから、銃さえ無ければ……。」
涼が悔しがる。
「そうなんだよ、銃さえ無ければこんな事にはならないんだ。アメリカに、もっと銃規制を設けるべきなんだよ。」
碧央が力強く言う。
「何とか、それをもっと訴えられないだろうか。コンサートが出来ないなら、その代わりに。」
大樹もそう言った。内海は、
「そうだな。社長と相談してみるよ。」
と言った。
 日本にいる植木と、内海が電話で相談した。なかなか結論は出なかった。コンサートのチケットは完売しているのだ。チケットを買ってくれたフェローたちの為には、どうしたらいいのか。コンサートの続行か、中止か。中止なら代わりにどうするのか。
 STEは、アメリカで緊急記者会見を開いた。コンサート後の銃乱射事件では、11人のフェローが重軽傷を負った。幸い命に別状はなかったものの、STEの責任を追及する声は大きい。急遽、日本にいた植木も渡米し、記者会見に同席した。
「この度は、重大な事件が発生し、負傷者の方々には心よりお見舞い申し上げます。事件を起こしたのは犯人ですが、我々にも責任の一端はあると考え、この場をお借りしてお詫び申し上げます。申し訳ありませんでした。」
植木は、真意が伝わるように日本語でそう話し、通訳してもらった。
「一方で、このような事件が起こる背景には、犯罪を起こそうとする人物が銃を手に入れやすいという実態があると思われます。」
いよいよ本題に入ろうとしたところで、記者から質問が殺到した。
「アメリカに銃規制を訴えようというわけですか?」
「つまり、責任はアメリカ政府にあるとお考えですか?」
「この後のコンサートはどうなさるおつもりですか?」
そこで、流星が置いてあるマイクを取った。
「お静かに。我々は、この後もコンサートを続けたいと思っています。ですが、それはアメリカ政府が、早急に銃の所持を禁止する措置を取っていただく事が条件になります。」
流星が英語でそう言うと、場内は一瞬静まり返った。
「すみません、確認させてください。もし、政府がアメリカ国民に、銃の所持を禁止しなかったら、コンサートは中止という事ですか?」
一人の記者が質問した。流星は答える。
「はい。そして、このまま銃規制をしないのであれば、永遠にこの国ではコンサートをしません。」
会場はどよめいた。

 日本でも、この記者会見は中継されていた。アメリカでは午前中に行われていたので、日本では夜である。
「総理!大変です。」
官房長官が総理大臣の元へと駆け付けた。
「何事だね、こんな時間に。」
総理大臣が怪訝な声を出す。
「STEが!」
「ん?あのSTEか?今アメリカだろう?まさか、また誘拐されたんじゃないだろうね。」
「いえ、そうではないのですが。アメリカ政府に喧嘩を売っています。」
「は?」
「ニュースを見てください。」
ニュースを付けると、STEの発言がしきりに報道されていた。
「アメリカが銃規制をしないと、コンサートはやらんと言ったんだね?」
総理大臣がうなる。
「はい。」
「まあ、そう言われてすぐに銃規制をするとは思えんからね、STEは帰って来るんじゃないの?」
「総理、彼らはただの歌手ではないのですよ!アメリカでもかなり人気があるのです。その彼らが、銃規制しないなら金輪際アメリカではコンサートをしないと言ったのですよ!」
官房長官が青筋を立てながら話す。
「そりゃあ、大混乱だろうね。ファンが黙っていないだろうね。ファンはどっちに文句を言うかな。」
「ファンは女性が多いですからね。アメリカでも多くの女性は銃規制に賛成ですから、STEを責めるのではなく、政府に対して何か行動を起こすのではないでしょうか。」
「しかし、それで争いが起こってファンの中に死者でも出たら、大変な事になるね。STEの人気にも関わるよね。彼らの海外での活躍は日本の誇りだからねえ。困るねえ。」
「どうしましょう?もしかすると、もうすぐアメリカから電話が来るかもしれませんね。」
「とりあえず居留守使ってちょうだい。アメリカと話すよりもSTEと先に話した方がいいかもしれないねえ。」

 というわけで、アメリカにいる植木に、日本の総理大臣から人を介してテレビ電話がかかってきた。そして、結局植木が、日本政府には迷惑をかけないという話でまとまった。
 一方、アメリカでは大混乱である。アメリカでの次のコンサートは1週間後に控えているのだ。
「ずいぶん思い切った事をしたもんだよ。」
内海が笑って言った。
「このくらいしないと、銃で怪我をする人、亡くなる人が絶えないんですよ。」
碧央の目には、熱がこもっていた。
「まあ、アイドルとしてはやりすぎだと思うがな。STEは単なるアイドルじゃないからな。ただ、アメリカ政府がこちらの要求に応じないとすると、アメリカのフェローたちが可哀そうだな。」
植木が言った。
「そうなんだよね。フェローたちが悲しむかもしれないのが心配。それに、無茶な行動を起こして、怪我をするフェローが出るんじゃないかっていうのも。」
光輝が言った。
 メンバーの心配した通り、翌日から各地でフェローによるデモが行われた。「銃規制を!」と書かれたプラカードなどを持って歩くという、デモ行進だ。だが、当然その人たちは銃を持っておらず、暴力的ではないので、政府としては痛くも痒くもないという事か、政府による反応はなかった。
 焦ったフェロー、特に男性のフェロー達が政府機関に詰めかけた。大統領の住むホワイトハウスはフェローに囲まれ、門の中に丸めた紙を投げ込むなど、抗議活動が続いた。 元々、アメリカ大統領はSTEの地球環境保護の活動には否定的だった。とうとうこの件について、大統領が公の場で語る時が来た。
「今、我がアメリカに来ているSTE諸君が、銃規制をせよと言っているのは承知している。だが、彼らはアメリカ人ではない。外国人が我が国の法律についてあれこれ言うのは内政干渉であり、あってはならない事だ。彼らのファンが暴徒化している事に対し、どう責任を取ってくれるのだろうか。」
と、大統領は言った。銃規制をするかどうかについての言及はなかった。
 一方、アメリカは州ごとに法律がある。次にコンサートのある州では、州知事が、
「我が州では、銃規制法を新たに設ける事にした。よって、我が州でのコンサートは、是非実施していただきたい。銃の所持を禁止するとして、すぐに市民の銃を全て取り上げる時間もないので、その場合どうなるのか、STE側からの回答を待ちたい。」
と、発言した。

 STEの次のコンサートは、行う事になった。銃の所持が禁止されたので、会場周辺で警察が銃を所持していないか職務質問する事が出来る。会場に近づく人物が銃を所持していたら逮捕してもらう。これが条件で、コンサートが開かれたのである。
 次のコンサート会場のある州でも同じ動きがあり、無事、コンサートツアーをすることが出来た。
「今回、アメリカ全土の法律を変える事は出来なかったけど、少しは進展したのかな?」
瑠偉が言った。
「また、次にアメリカツアーの話が上がったら、会場になる州を今回とは別の所にすればいい。そうやって、多くの州の法律を変えて行けば、いずれアメリカ全土で銃の所持が禁止されるよ。」
碧央も言った。
「そう上手くいくかな?」
光輝が首をかしげる。
「その都度、いろいろあるだろうな。こっちがやりたいと言っても、州の方から、銃規制法を作れないから来てもらったら困る、と言われるかもしれない。」
流星がそう言った。
「それでも逆に、うちの州は銃規制法があるから、是非コンサートをしに来てくれって言われるかもしれないよ。」
涼が言うと、
「俺たちの影響力がそこまでいけば、万々歳だな。」
と、大樹が言った。光輝は、
「だね!」
と言って笑った。
 メンバーたちが話している傍らで、植木と内海は顔を見合わせて微笑んだ。
「あの子たち、いつの間にかずいぶん大きくなったな。」
内海が静かに言う。
「ああ。まさかここまでビッグになるとは思わなかったよ。あの、落書きを消していた少年たちが。」
植木も微笑みながらそう言った。
「そうだな。海岸でゴミ拾いをしていた彼らが、今じゃ……。俺たちが彼らを見つけて来られたのは、奇跡かな。」
内海が言った。
「意外に今の若者たちは、真面目に将来の事を考えているんだと思うよ。何かしなきゃならないと思っているのに、何をしていいのか分からないんだ。だから、何をすべきかを与えてやると、突っ走ってくれるんだよ。」
植木が言った。
「じゃあ、誰を連れてきても同じ結果だったと?」
内海が意外だ、という風に言った。
「いやいや、同じじゃない。ほんの少し道筋を与えただけで、あとは全部彼らがここまで自分たちを作って来たんだ。」
植木が首を静かに振りながら言った。
「7人の相乗効果もあるだろうね。組み合わせが良かったのかも。これは運命という言葉以外に当てはまるものがない気がするよ。」
内海がそう言うと、
「ああ、そうだな。運命、奇跡。」
植木がそう言い、2人は眩しいものを見るような目で、STEメンバーが話しているのを見ていた。
 光輝は誰に対しても、接触多めである。だから、光輝が瑠偉にくっついていても、碧央は気にしない。チラっと見るけれど、気にしていない、つもりである。他のメンバーも、ふとした時に瑠偉の肩に腕を回したりするけれど、それも友情だから、気にしない碧央である。その、つもりである。だが、気になる事が2つある。

 「瑠偉、これ見てくれよ。」
篤に呼ばれて、瑠偉が篤の傍に行くと、篤は瑠偉の腕を引っ張って、自分の隣に座らせた。
「何?」
「これ、どう思う?俺が描いたデザイン。」
瑠偉が隣に座ると、篤がそう言って自分が描いたものを見せ、瑠偉の顔を見た。
「うーん、かっこいいけど、もうちょっと色を加えた方がいいんじゃない?」
瑠偉が真剣に考えて応えると、
「例えば何色とか?」
そう言いながら、篤は瑠偉の肩に腕を回す。あー、顔が近い近い……と碧央はチラチラと目だけでそちらを見ながら、気が気ではない。
 瑠偉は真剣にデザイン画を見て考えているのだが、篤は瑠偉の顔ばかり見ていて、真面目にやっているようには見えない。碧央の気になる事その1は、篤が明らかに瑠偉を狙っているという事である。
「赤かな。いや、紫かな。篤くんの好きな方でいいと思うよ。」
瑠偉がそう答を出すと、
「さっすが瑠偉。サンキュ。」
篤はそう言って、瑠偉のほっぺにチュッとした。
「え?ちょっと、篤くん!」
瑠偉が笑いながら篤から離れようとするのだが、篤が腕を放さない。
 瑠偉が碧央をチラっと見る。碧央は黙っているが、歯を食いしばっているのか、こめかみに青筋を立てている。お互いの想いを確認し合う前は、こういう時でも碧央は何ともない顔をしていたはずだった。だって、瑠偉は碧央が自分の事を好きだとは思えずにいたのだから。それなのに、今は割と分かり安く怒っている。瑠偉は思わずにニヤけた。
 瑠偉が碧央をチラっと見た時、光輝の姿が目に入った。
「え?」
瑠偉は思わずそう言ってしまった。光輝が、とても悲しそうな顔をしてこちらを静かに見ていたから。
「光輝くん?」
「え?何?」
その瞬間、光輝はいつものにこやかな表情に戻っていた。篤が光輝の顔を見た時、腕が緩んだので、瑠偉は抜け出した。

 アメリカから戻ったSTEは、数か月後にリリース予定のアルバム作りをしていた。海外遠征の後は、少し体を休ませるため、遠出の予定は立てない。そういう時にアルバム作成をするのが常だった。

 「ねえ、流星くん。」
瑠偉が、小型のノートパソコンを持って、流星のところへ行った。
「ん?どうした?」
「ここの所の英語、おかしくないかな?」
瑠偉は作詞をしている最中だった。自分が書いた詩を流星に見せている。
「うん。いいんじゃないか?っていうか、かっこいいじゃん。瑠偉、作詞の腕上げたな。」
流星が、瑠偉の顔を見て笑った。瑠偉は、ぱあっと表情を明るくした。だが、何も言わずにまた自分の座っていた場所に戻る。
 碧央はこの様子を見て、内心穏やかではない。瑠偉は高校受験の時に、流星から勉強を教えてもらって以来、何かと流星を頼りにしている。高校生時代にも、よく流星に英語を教えてもらっていたし、海外でのテレビ出演の時など、流星の傍にいれば安心だとばかりに、いつも流星にべったりくっついている。
 いや、碧央だって、英語で困ったことがあれば流星に聞くのだし、それは構わないのだ。ただ、瑠偉が流星を見る目が、どうも他のメンバーとは違う気がしてならない。それは、「尊敬」なのだろうが、それでも「目がハート」だという事には変わりない。これが、気になる事その2である。
「瑠偉は何でも出来るなぁ。ダンスも歌も上手いし、絵も上手いし、それで作詞作曲も出来るなんて、不公平だなあ。その上顔もいいし。」
流星が瑠偉を褒めると、
「流星くんだって、英語ペラペラだし、頭いいし、背も高いし、絵も上手いじゃん。」
と、瑠偉が言った。ああ、瑠偉が「顔もいい」と言わなくてよかった、と碧央は思った。それを取られたら自分の取り得が無くなる。と、自信喪失気味である。
 碧央は立って、瑠偉の所へ行った。こういう時は、こうするのが一番。と、座っている瑠偉を後ろからハグする。
「ん?碧央くん、どうしたの?」
ハグした瞬間、ビクッとした瑠偉は、それが碧央だと分かるとふわっと笑った。
「ううん、何でもない。ただ……こうしたくなっただけ。」
瑠偉はふふふと笑って、碧央の腕をポンポンと叩いた。そして、パソコンのキーボードをカタカタと打つ。その文字を見たら、
「仕事中だぞ。ドキドキして集中できないだろ。」
と、書いてあった。
 碧央は、ふっと笑って頭を瑠偉の頭にコツンとつけ、腕を放した。そして、瑠偉のパソコンのキーボードに、
「ごめん。俺もドキドキしちゃったよ。」
と打ってから、自分の場所へ戻っていった。瑠偉はそれを横目で見て、ふふっと笑った。そして、他のメンバーに見られないうちにと、急いで文字を消した。
 アルバム作成中も、東京でのテレビ出演や雑誌の取材など、露出系の仕事もしていた。歌番組に出演する時には、女性アイドルや他の歌手の人たちとも共演する。こういう時に、瑠偉はいつもハラハラする。
 碧央は、とにかく女性にモテる。碧央は世界一のハンサム顔と言われるが、確かにすましているとハンサムこの上ない。だが、笑うと少年のように可愛い。このギャップが母性本能をくすぐるらしい。雑誌などにそう書いてある。
 碧央にその気がないのは分かっているのだが、ひとたび女性のいる現場に行くと、あっちからもこっちからも熱い視線が送られてくる。場合によっては話しかけてくる。碧央は、話しかけられれば無邪気に応じる。それが、相手を勘違いさせやしないか、と瑠偉をハラハラさせるのである。
「碧央さーん、こんにちは。もう足は大丈夫ですかぁ?」
ある女性アイドルが声を掛けてきた。
「こんにちは。うん、もうほとんど痛くないよ。今日はちゃんと踊るから、見ててね。」
碧央は無邪気に答える。
「わぁ、良かったですぅ。ダンス楽しみにしてまーす。」
瑠偉は、横を向いてハッと短く息を吐く。ああ、ぶりっ子なしゃべり方、うんざり、の意味である。
 そして、ある大物女性歌手がやって来た。
「STE諸君、おはよう!」
「おはようございます!」
メンバー皆で挨拶をした。
「うーん、今日もいい男だねえ。」
大物女性歌手は、碧央の顔に手を当てて、そう言った。大物には、逆らえない。当の本人である碧央は、ニヤっと笑っている。ああ、そんな顔したら、ますますかっこいいじゃないか!と瑠偉の内心は穏やかでない。
「ちょっとぉ、終わったら一杯飲みにいかない?」
ほらぁ、来たよぉ、と瑠偉は身構える。碧央くん、ダメだよ、ダメだよ、と念を送る。
「いいっすねえ。」
がーん、と何かが瑠偉の頭を打つ。女性と飲みに行って、いろいろ困って、事務所のスタッフが迎えに行った事があるのだ。だが、それは瑠偉と両想いになる前の話。
「うぉっほん。」
瑠偉は横で咳ばらいをし、肘で碧央をつついた。
「あ……そうでした、今日は先約があって。また今度で。すいません。」
碧央は頭の後ろに手をやって、大物歌手にそう言った。瑠偉は胸を撫で下ろす。そして、碧央の目を一瞬睨んでみせた。そして、耳に口を寄せ、
「女と飲みになんか行ったら、許さないからな。」
と言った。
「あれ?瑠偉くん、言葉遣いがいつもと違うんじゃない?あはは、ねえ、瑠偉ぃ。」
瑠偉がどんどん行ってしまうので、碧央は瑠偉を追いかけた。

 一方、歌番組以外では、共演者よりもスタッフの女性に囲まれる碧央。芸能人よりも露骨である。そして、碧央は自分のファンには決して冷たくしたりしない。
「そりゃあ、モテるわけだよなあ。」
と、瑠偉がため息をつくのも無理はない。あの顔で優しくされたら、惚れない方がおかしい、と瑠偉は思っている。
ある女性スタッフが来て、
「あの、サインください!」
と言うと碧央は、
「いいよ。――はい。」
そして別の女性スタッフが来て、
「碧央さん、あの、握手してください。」
と言えば、碧央は、
「はい。」
握手をしてあげる。また別の女性スタッフが来て、
「碧央さん、あの、ハグしてください!」
と言えば、碧央は、
「はい。」
瑠偉はその声を少し離れたところで聞いて、急いで振り返った。
「あー!」
ダメ、と喉元まで出かかって、飲み込んだ。涙の味がした。碧央は優しい。ハグしてくれと言われたら、してあげるのだ。
「なんで、どうして?そういうことは断るっていうか、はぐらかすとか、できるでしょ。」
戻って来た碧央に、小声でついそう言ってしまう瑠偉。
「んー?」
それこそ、はぐらかす碧央。
「あー、もう!」
「どうした?瑠偉。」
篤が瑠偉のところへやってきた。
「篤くーん、碧央くんがひどいんだよー。」
そう言うと、瑠偉は篤に抱きついた。
「はぅ!(碧央の声)」
「え?何なに?どうしたんだよ。」
篤は明らかに嬉しそうである。
「瑠偉、何してんだよ!」
「碧央くんだって、ハグしてたじゃん。」
「だからって、お前が、よりによって篤くんにする事ないだろ!」
「何なに?よりによって俺って、何?」
篤は訳が分かっていないのだが、笑いが止まらない。
「こら、離れろ。」
碧央が瑠偉を篤からはがしにかかる。だが、瑠偉は篤にしがみついて離れない。
「えー、何なにー?」
笑いの止まらない篤である。

 光輝は誰に対しても、接触多めである。メンバーの誰に対しても、甘えるようにくっつく。普段は甘えているように見える光輝だが、誰かが困っている時や悲しんでいる時、弱っている時には、真っ先に気づいて駆けつける。それが光輝である。
 デビューしてすぐの頃。流星はSTEのダンスの難しさ、激しさについて行けないと思って、悩んでいた。他の6人は元々運動や音楽をやっていて、リズム感があるし体力もあるが、流星の運動能力は普通で、音楽は特別やった事がなかった。
「流星くん、どうしたの?元気ないね。」
レッスンが終わり、それぞれが帰り支度をしている時、流星が座って靴紐をほどいていると、光輝が背中に乗っかって来て、そう声をかけて来た。
「え?そう見えるか?」
ただ、靴紐をほどいているだけなのに?
「うん。何か悩んでるの?」
光輝は優しく微笑んで、流星の顔を覗き込んでいる。
「いや、悩んでるってわけじゃないけど。ただ、ダンスが難しくて、俺にはついて行けないなって思って……。」
流星がそう言うと、
「ダンス、難しいよね。涼くんなんてすぐ出来ちゃうけど、僕たちがみんな同じように出来るわけないよね。ねえ、ちょっと残って、もう少し練習しない?」
光輝がそう言った。
「え?」
流星は驚いて顔を上げた。
「僕も、ちょっとできないところがあるんだ。付き合ってよ。」
「う、うん。」
光輝は7人の中でも、ダンスが上手い方だ。覚えも格別早い。だから、居残りなんてする必要はないのだ。流石に流星にも分かった。光輝が、自分の為に一緒に残ってくれるのだと。
 そうして、一緒にダンスのおさらいをしてくれた。その時だけではない。新しい振りがつく度に、ダンスの苦手な流星につき合って、光輝がいつも残って教えてくれる。もう7年も、変わらず、優しく、教えてくれる。
 いつしか、特別な感情が芽生えた。だが、前述した通り、光輝は誰に対しても接触多めなのである。誰かが困っていれば、すぐに駆けつけてハグをする。だから流星は、光輝が自分にだけ特別優しいのではないと分かっている。それでも、他のメンバーにくっつく光輝を見ると、気が気ではない。
「篤くーん!」
特に篤に対しては、まるでしっぽを振ってまとわりつく子犬のようだ。
「よーしよしよし。」
篤は、まとわりついてくる光輝を、普通に可愛がる。だが、そんな時に一番年下の瑠偉が通りかかったりすると、篤はすっと瑠偉に寄って行って、
「瑠偉、今日もキュートだな。」
などと言いながら、瑠偉のあごに指をあてたりする。
「あはは、何言ってんの?篤くん。」
瑠偉は、取り合わない。それを、光輝も分かってはいるのだが、悲しんでいる事は背中を見ても分かる。
 そうだ、もし、もう1人の光輝がいたら、今の光輝を慰めに行くに違いない、と流星は思った。だが、やり方が分からない。拒絶されたらどうしよう、などと余計な事を考えてしまい、光輝のようにさらりと元気づけてやる事が出来ない。
 それでも、今日こそは勇気を出そうと考えた流星。
「光輝、どうした?」
1人取り残されていた光輝の傍へ行き、流星は光輝の肩に腕を回した。流星は、光輝の顔を覗き込んでハッとした。瞳が揺れていた。今にも泣き出しそうだった。
「……光輝?」
「流星くん……。」
意外だった。きっと笑って「何でもない」と言うだろう、もしくは、何も言わずにさっさと行ってしまうような、拒絶反応を想定していた。それなのに、光輝は流星の胸に顔を埋めて、泣き出したのだ。
 流星は、何も聞かなかった。泣いている理由はほとんど分かっていたから。ただ、光輝の背中を優しく叩き、光輝の気が済むまでそうして立っていた。
 しばらくして、光輝が顔を上げた。
「何も聞かないの?」
ちょっと、照れたような笑いをした光輝。流星の胸がキュンと鳴る。
「あー、……聞いたら話してくれるのか?」
「えへへ。どうかな。聞きたい?」
流星、悩む。篤への想いなど、聞きたくない。だが、本音を聞いてみたい気もする。もしかしたら、思っていたのと違う内容かもしれないし。
「聞きたい。」
「ずいぶん間が空いたね。」
はははと笑う光輝。だが、すぐに笑いを引っ込めた。
「僕さ、なんか変なんだよね。どうも、篤くんが瑠偉にちょっかい出すのを見ると、悲しくなっちゃうんだよ。」
光輝が言った。
「うっ、ずいぶん正直に言うなあ。……え?」
流星が言った。
「え?って何?」
「本当に、分からないの?」
「何が?」
「だから、篤が瑠偉に、その、ちょっかいを出すのを見ると悲しくなっちゃう理由だよ。」
「うん。どうしてだろう。ヤキモチなのかなあ。僕には可愛いって言ってくれないから。」
光輝が小首を傾げながら言う。
「まあ、そうなんじゃない?」
流星が答えると、光輝は、
「僕は、瑠偉に嫉妬してるのかな。僕も可愛いって言ってもらいたいのかな。」
という。
「篤に?」
流星が問うと、
「分からない。」
と、光輝が答えた。
「光輝は可愛いよ。俺にとっては、瑠偉よりも光輝の方が……可愛い、けどな。」
言ってしまった流星である。
「え?ホント?」
「う、うん。」
「わぁ!嬉しいな。」
光輝は顔を輝かせた。
「流星くん、ありがとう!」
光輝は流星を抱きしめた。
「お、おう。」
光輝は嬉々として去って行った。あれ?もしかして篤じゃなくても、誰でも良かったのか?メンバー同士で可愛いとか、普通あまり言わないけど、篤がやたらと瑠偉には言うので、自分も誰かに言って欲しかっただけだったり?流星は混乱した。
 アルバム作成が進み、後はレコーディングのみとなった頃、社長の植木がSTEのメンバーを集めた。
「そろそろ、ボランティア活動したくならないか?」
植木がメンバーにそう言うと、
「おお!ボランティア、ずいぶんしてないですよね。やりましょうよ!」
涼がすぐに賛成した。
「確かに、最近はコンサートで忙しかったからな。」
大樹もそう言った。
「チャリティーコンサートも十分社会貢献なんだが、そろそろ原点に立ち返り、またボランティア活動をしてみるのもいいかなと思ってな。ただ、世界的アイドルとなった君たちが、どんなボランティア活動をすべきなのか、分からないんだ。」
植木が言った。
「原点に立ち返るって事は、またゴミ拾いとか、落書き消しとか……。」
瑠偉がそう言うと、光輝が、
「やりたい、やりたい!」
と賛成した。だが植木は、
「いやー、今それは無理だ。君たちがそんな事をしたら、人が殺到して相当地元に迷惑をかけてしまう。」
と言った。
「そっかー。残念。」
光輝が言った。
「それなら、人が来なくて困るところに俺たちが行けば……。」
篤がそう言いかけると、
「それだ。」
碧央が篤を指さし、メンバーも一斉に篤を見た。流星が、
「人手不足で困っているところへ、俺たちが行くってことか?」
と言うと、他のメンバーがうんうんと頷く。すると植木がこんな事を言った。
「人手不足か……。タンザニアでボランティアを統括している友人がいるんだが、なかなか人が集まらないと嘆いていたな。そういう所へ行って、ボランティアをしている人たちを励ましたらどうだろうか。」
すると瑠偉が、
「ボランティアを励ますのも、ボランティアなんですか?俺たちも、一緒にボランティア活動をした方がいいのでは?」
と言った。
「まあ、それはそうなんだが……それほどボランティア活動にばかりに時間を費やすのもなあ。」
と、植木が言うと、碧央が、
「何かを急いでやる必要はないと思いますよ。タンザニアにしばらくいて、それで人が集まって来るのであれば、いいわけでしょう?」
と言った。
「うーん。だが、世界中でお前たちが来るのを待っているファンがいるじゃないか。テレビに出て欲しいと思っているファンもたくさんいるわけだし。」
植木はなおも難色を示す。すると大樹がこんな事を言った。
「それなら、タンザニアからでも配信できますよ。僕思うんですけど、コンサートをやっても、結局一部の人しかチケットを手に入れる事は出来ないわけで、ほとんどのフェローは僕たちをテレビやネット上でしか見る事ができない。それならば、僕たちが世界のどこにいても、多くのフェローにとっては同じ事じゃないのかな。」
すると篤が、
「大樹、いい事言うなあ。」
と感心した。
「なるほど。本当に、お前たちは普通のアイドルじゃないなあ。」
植木がうなる。すると碧央が、
「社長が、普通じゃないアイドルを作ったんじゃないですか。」
と言った。それを受けて植木が言った。
「そうだったな。……そうだよ。俺たちは、仕事をたくさんして儲けようなんて、これっぽっちも思ってはいないんだった。地球が今よりもっと良くなるように、悪くなるのを防ぐように、活動していくんだった。よし、タンザニア行きを検討しよう。」
そうしてSTEの、そう、Save The Earthの活動は、新たな局面を迎えたのである。

 多くのスタッフを東京に残し、STEと植木、内海と数人のスタッフで、アフリカ大陸のタンザニアへ渡った。環境保全キャンププログラムに参加し、植樹などを行うのだ。
 当然、STEがタンザニアへ向かう事は大ニュースになり、日本を出発する時には、空港が大混雑するくらいのフェローのお見送りがあった。だが、タンザニアに到着した時には、そうお迎えは多くない。そして、追いかけて来るフェローも、流石に少ないのであった。
 キャンプへの道は楽ではなく、キャンプに参加して連れて行ってもらわなければ、独りで行く事などできない。本気でボランティア活動をしようという人でなければ、簡単にSTEを追いかけて来ることはできないのであった。
 それでも、今までよりもキャンプに参加する人は確実に増えた。そういったボランティア活動が注目を浴びたという事もあるし、本当にSTEが好きで、会えるのを期待してやってきた人も、世界中から集まった。STEは植樹活動に時々参加をし、更にはタンザニアの子供たちと一緒にダンスをするなど、多岐に渡るボランティア活動をした。
 住むところは、他のボランティアの人たちと同じでは、セキュリティーの面から問題があるとして、STEだけが住む家を用意してもらった。そこから自分たちで動画配信もし、新しい曲作りもした。もちろん歌やダンスのレッスンも。時にはテレビ出演にも応じたし、現地のマスメディアの取材にも応じた。
 ある日の配信では。
「みなさーん!こんばんは、STEです。今、タンザニアでは夜ですが、東アジアでは朝ですね?ヨーロッパではここと同じかな?」
流星が言うと、光輝が、
「僕たちは、今日はタンザニアの子供たちと一緒に、ダンスをしましたよー!うん、僕たちだいぶ日に焼けましたね。」
と言った。一同笑う。
「アハハハハ。」
「何しろ、日差しが強いですからね。」
涼が言い、篤が、
「顔だけ白いのは嫌なので、メイクもしない事にしましたー!」
と言うと、一同手を叩いて笑う。
「篤くん、もう若くないんだから、日に焼けるとシミになりますよ。」
瑠偉がそう言い、
「なにー!俺はまだ若いぞー。」
と、篤が返す。
「いやいや、僕だって若くないです。二十歳を過ぎたら日焼けには気を付けないと。」
瑠偉が言うと、大樹が、
「瑠偉は気を付けているのか?」
と言い、瑠偉は、
「帽子をかぶっています。」
と答える。大樹は、
「あー、それはみんなかぶっていますね。日焼け防止というより、日射病予防でね。」
と言った。涼も、
「そうそう、帽子は必須ですね。それでも顔が赤くなりますよ。」
と言い、一同、
「だよねー。」
「そうそう。」
と言い合う。
 このように、自由に動画配信をした。
 「瑠偉、ちょっと外出て見ろよ!」
「え?何?」
寝る前に、玄関のところから碧央が瑠偉を呼んだ。玄関を入るとロビーが天井までの吹き抜けになっていて、そこから2階にある各自の部屋のドアが見える。瑠偉が部屋から顔を出すと、碧央が玄関を出て行ったので、瑠偉は追いかけた。
 瑠偉が外に出てみると、家から少し離れたところに碧央が立っていた。
「碧央くん、どうしたの?」
「空、見て見ろよ。」
碧央が空を見上げていたので、瑠偉も改めて空を見る。
「わあ、すごい!」
満天の星空だった。
「無人島で人質になった時も、こんな空だったな。」
碧央が静かに言った。
「うん。あの時、俺たちは初めて……。」
2人はお互いの顔を見た。そして、何も言わずに顔を近づけ、口づけを交わした。

 光輝は、瑠偉が外に出るのを見かけて、何かあるのかと後を追いかけた。玄関を開けると、ちょうど碧央と瑠偉が顔を近づけるところだった。
「あ……。」
2人に声をかけようとした光輝は、すんでのところで取りやめた。
「光輝、どうした?」
いきなりすぐ後ろから篤が声をかけて来たので、光輝は飛び上がった。
「わっ、びっくりした。あ、篤くん。」
「何してんだ?」
「え?い、いや、その、星が綺麗だなぁって。」
「ん?ああ、本当だ。外に出てみようぜ。」
「うん、ああ、こっちを見ようよ。こっちこっち!」
光輝は、瑠偉たちがいる方ではない方角へ篤を引っ張って行った。
「なんでこっちなの?」
「いつも見てる方角じゃなくて、こっちの星座にも興味があるんだよ。こっちは北だっけ?」
光輝が適当に言う。
「そっか、見える星が日本とは違うんだよな?日本では、北の空は決まってカシオペア座とおおぐま座だけど、ここではどうなんだろう?見てみようぜ!」
篤が乗って来たので、光輝はほっとした。そして、しばらく2人で星を眺めていた。
「こんなに星があったんじゃ、どれがどの星座かなんて、分からないな。」
篤はそう言って笑った。
「うん。」
「どうした?元気ない?」
「うううん、そんな事ないよ。……篤くんはさ、瑠偉の事が好き?」
「え?なんだよ、急に。」
篤は笑った。
「なんで瑠偉が好きなの?可愛いから?」
「うーん。瑠偉はさ、顔は可愛いけど、芯が強いって言うか、凛としているっていうのかな。常にかっこいいよな。俺なんかとは違って、若い頃から苦労しているからなのかな。ほら、俺は大学生になるまで親元でぬくぬくと育ってきたけど、瑠偉は高校1年の頃から親元離れて、俺たちと仕事しているんだもんな。」
「そうだね……でも、瑠偉は碧央の事が好きだよ。」
光輝がそう言うと、篤はふふふっと笑った。
「なんで笑うの?」
「いや。まあ、さっきまでは半信半疑というか、友情の可能性半分だと思っていたけどなあ。」
「あ……見てたんだ。」
さっきの、碧央と瑠偉のキスシーン。
「諦めるの?」
「んー、どうかな。最初から望みなんてほとんどなかったし。あのかっこいい瑠偉がさ、俺に時々甘えて来るのがたまんないんだよな。でもさあ、俺は碧央よりも、流星の方に嫉妬してたんだぜ。」
「え?流星くんに?」
「そう。瑠偉は、碧央とは仲良しだけどさ、流星の事はすごく尊敬している感じじゃん?分からない事はいつでも流星に聞きに行くしさ。あの立ち位置に俺がなりたいって思ってたんだよ。」
「へえ。瑠偉はいいなあ、みんなにモテて。」
「光輝だってモテてるじゃん。流星はお前にぞっこんだろ。」
「は?」
「は?って……え?うそ、気づいてないのか?あんなに分かり安いのに?」
「え、え?」
「ほら、無人島で人質になった時だってさ、お前が司令官に呼び出された時、流星が俺も行く、光輝だけでは行かせないって必死だったじゃん。」
「だって、あれは僕が英語しゃべれなくて困ると思って、流星くんがついて来てくれたんでしょ?」
「そうだけど、あの必死さは、ただの親切心ではないだろ?」
篤はそう言って、優しく光輝を見た。
「流星くんが……?嘘でしょ……。」

 碧央と瑠偉が口づけを交わすと、人の声がした。一気にロマンティックな気分から現実に引き戻される。
「うわ、光輝くんと篤くんだ。見られたかな?」
「何も言って来ないし、大丈夫じゃないか?」
2人はコソコソと話して、後ろを伺った。篤と光輝は2人で向こうの方へ行ってしまった。
「ねえ碧央くん。あの時、俺が碧央くんの為なら死ねるって思ったっていう話をしたじゃない?」
「ああ、俺がうちに来るかって言った時に?」
「そう。そしたら碧央くんが、それは下心があったからって言ってたでしょ?」
「よく覚えているな。」
碧央はそう言って、あははははと笑った。
「ということはさ、俺が高1の時既に、その……俺の事……。」
歯切れの悪い瑠偉。いつから好きだったの?なんていうのは、恋人同士がつき合い始めると必ずする会話だが、それが瑠偉には気恥ずかしいものだった。
 碧央は、ニヤっとすると、腰に手を当て、再び空を見上げた。
「初めて瑠偉に会った時の事、今でもよく覚えているよ。お前はまだ子供で、小さいくせに、やたらと目つきがこう、熱いって言うか、まっすぐに見て来るって言うか。こいつカッコイイなぁって思ってさ。でもお前、あんまりしゃべんないし、何とか仲良くなりたいなぁって思っていたんだよ。下心って言うのは、そういう意味だよ。」
「なーんだ、そっか。仲良くなりたいって言う意味か。はは。」
「あの時は、な。でも、一緒に暮らしているうちに……お前は大きくなって、子供じゃなくなって……。お前はどうなんだよ?」
「え?何が?」
「とぼけるな。」
瑠偉はそう言われて、ちょっと首を竦めた。そして、瑠偉も腰に手を当て、空を見上げた。
「奇遇だね。俺も碧央くんと初めて会った時の事、よく覚えているよ。ああ、こんなイケメン、本当にいるんだなぁって見とれたよ。一目惚れ。さっき、俺の目つきがどうって言ってたけど、それはもう、羨望の眼差しってやつだよ。憧れを通り越して好きですーっていう目線。」
瑠偉はそう言って、ふふふっと笑った。
「そっか。俺は初対面で堕とされたのか。」
「堕とせたなんて、ずーっと思ってなかったけどね。」
「そんで、好きな人、ああ、俺の事ね。好きな人から、俺んちに来るかと言われて、死ねると思ったくらいに感動したわけだ。」
「そういうコト。一緒に帰れるのが嬉しかったなあ。そんで、碧央くんのお兄さんが帰省している間は、同じベッドに寝かせてもらってさ。」
「ああ、窮屈だったな。」
「いやいや、毎日ドキドキしちゃって。時々、碧央くんの腕とか足が俺の上に乗っかってくるともう。」
「もう、何?」
「ズキューンって来ちゃって。」
「ズキューン?ここに?」
碧央が瑠偉の胸の辺りを指さすと、
「もっと下の方。」
「え?下の方?」
碧央は指を下へずらしていき、へその辺りで止めた。
「もうちょっと下。」
「は?……お前は、ガキのくせにー!」
碧央はそう言うと、ぺんと瑠偉の頭を叩いた。
「今はもうガキじゃないよー。」
「お前はまだガキだ!」
瑠偉が頭を押さえたので、碧央は今度は瑠偉のお腹にパンチを食らわせた。
「うっ、ちょっと、なんで殴るのー?」
碧央がまだこぶしを握って殴りかかって来るので、瑠偉は逃げた。
「待て、こら!あははは。」
碧央は笑いながら追いかける。
「あははは、なんで殴るんだよー。」
瑠偉は逃げ回る。それを碧央が追いかけ回す。2人は笑いながら、走り回った。
「何やってんだ?あの2人。」
「ガキだねえ。」
家に戻ろうと、篤と光輝が歩いて来た。
「夜中に外で騒いでも、近所迷惑にはならないんだねえ。ところ変われば、価値観も常識も変わるんだねえ。」
光輝がしみじみと言った。周りに他人の家がないのだ。
「そうだな。当たり前だと思っていた事も、狭い範囲での常識だったりするんだよな。俺たちはワールドワイドに生きないとな。」
篤が言った。
「そうだね。だからって、日本に帰ってからも夜中に外で騒いだりしちゃ、ダメだけどねえ。あははは。」
と言って、光輝が笑った。