「俺、1つだけやり残したことがある。このままじゃ、後悔する。死にきれない。」
碧央はそう言って、瑠偉の方へと向き直った。
「俺、お前の事が……好きなんだ。」
「え?それ、どういう……?」
瑠偉は慎重に、聞き返した。
「友情とか、そういうんじゃない。マジで、惚れてるんだ、お前に。」
碧央がそう言うと、
「え……。うそっ。うそー!」
瑠偉は後ろにひっくり返った。
「驚きすぎだろ。俺、けっこう分かり安く態度に出してただろ?他のメンバーよりもボディタッチ多めだったし、ふざけてほっぺにチューした事だってあるし。」
碧央が少し照れた顔でそう言うと、瑠偉は、
「そ、それは、フェローサービスだと思ってたよ。だって、ステージの上とか、カメラが回っている時だけだったじゃん。それ以外の時は、全然そういう事しないから。」
と言った。
ここで説明しておこう。男性アイドルグループのファン心理の1つに、「どっかの女に取られるくらいなら、メンバー同士でくっついて欲しい」というのがある。特に、顔の美しいメンバー同士が仲良くしているのを見るのは、とても嬉しいものなのである。よって、碧央と瑠偉が密着すると、大きな歓声が上がる。彼らがファンサービスとして、イチャイチャするのはごく自然な事なのである。
「それはまあ、フェローサービスにかこつけてたっていうか。」
碧央が言うと瑠偉は、
「分かりにくいよ!」
と即座に突っ込んだ。そこで、碧央が黙って瑠偉を見た。瑠偉は、一つ息を吸ってから話し始めた。
「昔……高校生の時、碧央くんがうちに来るかって言ってくれたでしょ。あの時に思ったんだ。俺、この人の為なら死ねるって。今でもそう。だから、好きなんてレベルじゃない。これはもう、愛だよ。俺は、碧央くんを愛してるよ。」
「大げさだなぁ。だいたい、うちに来るかって言ったのは、下心があったからだし。」
碧央はそう言いながら、瑠偉に顔を近づけていった。瑠偉は全く動かない。
「瑠偉、キスしていい?」
碧央が言うと、
「碧央くんが望むなら、どうぞ。」
瑠偉が穏やかにそう言った。だが、碧央は動きを止めた。そして、離れた。
「なーんだ、俺、振られたのか。俺が望むならって……。そりゃあ、俺の為に死ねるくらいなんだから、キスくらい出来るだろうけどさ……。」
碧央は、最後はごにょごにょと濁しながらそう言った。すると、瑠偉は碧央の首をガシッと掴んだ。碧央が振り向くと、瑠偉は顔を近づけ、唇を重ねた。
今まで、寸止めなら何十回、いや、もしかしたら何百回とやってきた。ファンサービスにかこつけて。だが、本当に唇を重ねたのは、これが初めてだった。
「瑠偉……。」
「碧央くんを振る人なんて、この世界にいるの?」
「俺を振ることができるのは、お前だけだ。」
「愛してるって言ったでしょ。」
そうして、もう一度キスをした。
「よし!俄然やる気出た。こうなったら、絶対に死ねないな。」
キスの後、瑠偉は元気にそう言った。
「あれ、俺の為に死ねるとか言ってなかったか?」
碧央が笑って言うと、
「碧央くんの為なら死ねるよ。」
と、瑠偉が言う。
「お前に死なれたら俺が困るんだよ。たとえ俺が死んでも、お前は生きろ。」
碧央がそう言うと、
「俺、永遠に片想いだと思っていたから、どっかに自滅願望があったんだと思う。でも、両想いだと分かったからには、死ぬわけには行かないぜ。メンバー全員、生きてこの島から出る!そうと決まったら、サクサクッと火文字作ろう!」
と、瑠偉が言った。瑠偉は、いつも少し達観したところがあって、年下のくせにやけに大人びて見える時があったが、今はすっかりはしゃいで、まるで子供のようだ。碧央は微笑んだ。
「よし!作ろう!」
2人はSTEの文字を作っていた場所に戻り、作業を続けた。
「これさ、たぶん火を起こして、次々に移していくのが大変だよね。何か燃えやすい物を加えたら早いと思うんだけど。」
そう言って、ズボンのポケットに手を入れた瑠偉は、指先に触れた物にハッとした。
「これだ!マイク!」
イヤホンとヘッドマイクがポケットに入っていた。上着は既に脱ぎ捨てていたので、ズボンのポケットに入っていて良かった。
「マイク?」
碧央が聞き返す。
「そう。この中身をそれぞれに入れれば、きっと良く燃えるでしょ。」
瑠偉はそう言うと、石を探し、ヘッドマイクを叩いて壊した。暗いので、何がどれだかよく分からないが、適当に部品をそれぞれの組まれた木の上に落とした。
「いたぞ!」
そこへ、軍人と思われる声が聞こえた。
「やばい!瑠偉、逃げるぞ!」
「止まれ!止まらないと撃つぞ!」
碧央と瑠偉は、手を繋いで走り出した。
―パンパン!
「あ!碧央くん!」
手が離れ、碧央が倒れた。勢いで数歩先まで走って行った瑠偉は、戻って来た。
「うわっ……ぐっ……足を撃たれたみたいだ。瑠偉、お前は行け!」
碧央が足を抱えながら言葉を絞り出す。
「嫌だよ!」
そう言って、瑠偉は碧央を起こそうとした。
「2人とも捕まっちまうよ。そうしたら、あそこに戻されて終わりだ。お前は逃げて、助けを呼べ!火を起こせ!早く!」
碧央に手を払われて、瑠偉は一瞬迷ったが、
「分かった。絶対に火文字、成功させるから!」
瑠偉は走り出した。
「大丈夫、みんなもいるし、あいつらだって俺たちのパフォーマンスを見て喜んでたし、碧央くんを死なせたりはしない。大丈夫だ、大丈夫。」
瑠偉は自分に何度もそう言い聞かせ、走り続けた。
碧央は、仲間の元に戻された。足には包帯が巻かれ、軍人2人に抱えられるようにして檻の中に連れて来られた。
「碧央!どうしたんだよ、足!」
流星が言った。
「撃たれた。」
碧央が応える。すると涼が、
「え!?大丈夫なのか?」
と言った。碧央は、
「分かんない。すげえ痛い。」
無表情で言った。
「おい、瑠偉はどうした?あいつも撃たれたのか?!」
篤が言った。
「いや、瑠偉は逃げた。今、火を起こしてSTEの文字を作ろうとしているんだ。それで空から見つけてもらおうって。」
碧央がそう言うと、流星が、
「空から?どういうことだ?助けは呼べなかったのか?」
と言った。
「それがさ、ここ、断崖絶壁に囲まれた小さな孤島なんだよ。無人島なの。」
碧央がそう言うと、メンバー全員が、
「何だって!」
と叫んだ。
「そっか、でも、瑠偉は無事なんだな。良かった。」
と、篤が言った。大樹は、
「早く日本に戻って、ちゃんとした治療をしてもらわないと。ああ、瑠偉に望みを託すしかねえのか。」
と言った。光輝が、
「瑠偉なら、きっとやってくれるよ。あの子はしっかりしているもの。」
と言うと、涼も、
「そうだな。信じよう。」
と、賛同した。
「瑠偉……。」
碧央はそう呟いて顔を歪めた。足が痛いのか、瑠偉が心配なのか。メンバーはそれぞれ、思いを馳せた。
一方日本では、てんやわんやの大騒ぎだった。植木と内海が政府の対策本部に呼ばれ、合流していた。内閣総理大臣が、
「アメリカの大統領とも話したが、ありゃダメだ。要求に応じればいいと言いおった。話にならん。」
と言うと、外務大臣が、
「総理、どうしましょう。とにかく犯人と交渉したいのですが、連絡手段がありません。」
と言った。植木が、
「何も指定して来なかったのですか?」
と質問すると、外務大臣は、
「ええ。こちらが世界に向けて、パリ協定からの脱退や、気候変動枠組み条約の締結国会議を欠席する事、核禁条約の批准は永遠にしない事、などを発表する事がやつらの目的ですから、まずは発表しろという事なのでしょう。」
と答えた。内海は、
「早くしないと、24時間経ってしまいますよ。メンバーの身に何かあったらどうするんですか。何とかしないと!」
と、詰め寄った。外務大臣は、
「分かっています。だが、とても要求は呑めません。自衛隊やアメリカ軍、韓国軍にも協力してもらって、行方を探していますから。」
と、額から冷や汗を流しながら言った。
「でも、もし見つけられない内にタイムリミットになってしまったら!」
内海が激高してきたので、植木が内海の肩を抱いた。内海も我に返り、深呼吸をして、黙った。すると総理大臣が、
「STEが誘拐された事は、まだ発表していないのですが、どうやら国民の間ではSTEが消えたという噂が広まっているようです。」
と言った。植木は、
「それはそうでしょう。コンサート会場にいたファンの方たちが、SNS上で騒いでいます。また、今夜出るはずだった番組もキャンセルになりましたし、いつまでも隠せるとは思えません。」
と言った。外務大臣は、
「総理、とにかく会見を開きましょう。STEが誘拐された事を公表し、犯人グループに対話を呼びかけようじゃありませんか。そうすれば、国際世論も味方に付きますし、行方の情報も得られるかもしれません。」
と進言した。総理大臣は、
「そうだな。確かに、情報を得られるかもしれない。よし、会見を開く!」
と言った。
日本政府による緊急記者会見が開かれた。
「本日、日本時間の午後4時頃、アイドルグループSave The Earthのメンバー7人全員が、マレーシアのコンサート会場から拉致されました。」
総理大臣がそう言うと、記者たちから、えっという驚きの声が上がった。
「拉致したのは、アメリカ第一主義を掲げる武装集団Grate Americaです。犯行声明が送られてきました。彼らの要求は―――。」
総理大臣の話は続いた。要求に対し、日本政府はそれに応じるわけには行かない事、犯人グループとの対話の手段がない事など。
「Grate Americaよ、この会見を見たら、我々と対話をして欲しい。もしSTEのメンバーに危害を加えたら、君たちは全世界を敵に回すことになる。まずはSTEを無事に返しなさい。そのうえで、話し合おうではないか。」
総理大臣はそう締めくくった。
そうして、GAの方でもドタバタがあり、GAは日本政府とテレビ電話を繋いだ。日本サイドは、これによって相手の居場所が分かると思ったのだが、巧みに隠されていてすぐには見つけられそうにもなかった。
GAの司令官は、
「日本政府諸君、会見を見たが、なめてんのかコラ。我々の要求を呑めないのなら、STEを返すつもりはない。前にも言った通り、24時間に1人ずつ殺していく。」
と言って来た。日本の総理大臣は、
「待ってくれ!STEは無事なんだろうね?既に危害を加えているようなら、こちらが要求を呑む必要性が無くなる。」
と、慌てて言った。すると司令官は、
「そう来たか。仕方ない、見目麗しい彼らをここに連れて来よう。」
と言い、檻の中にいた6人は、カメラの前に連れて来られたのだった。
「あ、碧央!足はどうしたんだ!?」
彼らの姿を見て、内海がすぐに声を上げた。
「6人しかいないじゃないか!瑠偉は、瑠偉はどうした!?」
植木もそう叫んだ。2人は画面を見て完全に激高している。
「社長、内海さん。すみません、こんなことになって。」
流星が日本語で言った。すると、
「黙れ!しゃべっていいとは言っていない。」
司令官がそう言ったので、流星は黙った。
「1人いないじゃないか。どうしたんだね?」
改めて、総理大臣が言った。すると司令官は、
「1人は殺した。」
と言った。総理大臣は、
「何!まだ24時間経ってはいないじゃないか!約束が違うぞ!」
と怒鳴った。司令官は、
「逃げたからだ。しかし、これで本気だという事が分かっただろう。要求を呑まなければ、また1人殺す。」
と、冷ややかに言った。総理大臣は、
「いや、待ちなさい。君たちの要求のうち、締結国会議を欠席する事は、事と次第によっては可能だ。STEを返してくれれば、それは約束しようじゃないか。」
と言った。しかし司令官は、
「ダメだ。それだけでは、こいつらを返すわけにはいかない。パリ協定からの脱退は不可欠だ。そして、核禁条約の方もな。」
と言った。結局、話し合いは平行線を辿り、決裂した。
外務大臣が、
「総理、この際パリ協定からの脱退も一時的に宣言してしまってはどうでしょうか?STEを取り戻した後、あれは方便だったと言っても、分かってもらえるのではないですか?世界的に有名なSTEですから、彼らを助ける為だったという事で。」
と言った。総理大臣は、
「うーむ。かなり恰好悪いが、人の命、いや、日本の宝であるSTEの命がかかっているわけだしな。それもありかな。」
と言った。すると植木が、
「いえ、それはダメです。」
と、きっぱりと言った。総理大臣は、
「え?……意外ですな。あなた方はそうしろとおっしゃるかと思いましたが。」
と言った。
「STEは地球環境を守るのが使命です。やっと世界がまとまって、地球温暖化の問題に取り組み始めたのです。それに反対する勢力の言いなりになり、彼らを助けるなんてことは、ありえません。」
植木はそう言いながらも、苦渋に満ちた顔をしていた。内海が、植木の肩に手を置いた。
「そうだな。やつらの言いなりには絶対になってはいけない。総理、とにかく早く彼らの居場所を突き止め、救出し、GAを捕らえることを優先してください。」
と、内海が言うと、総理大臣は、
「分かりました。全力を尽くします。おい、自衛隊と繋いでくれ!」
と、防衛大臣に言った。
「瑠偉は生きているよ。」
内海は植木にそっと言った。
「ああ、俺もそう思う。」
と、植木もそっと答えた。画面に映ったメンバーたちは、無言ながらも目でサインを送っていた。瑠偉は生きている、大丈夫だと。
瑠偉は、何とか追っ手を巻いた。そうして、またさっきの場所に戻って来た。後少しでSTEの文字が完成する。顔も腕も真っ黒になって、独りで作業を続けた。
「これで大丈夫かな。よし、火を起こそう。」
火を起こせば、すぐに捕まる可能性がある。何とか素早く文字を完成させたい。
瑠偉は、ズボンの裾を割いて木の枝に巻き付けた。火を起こし、その布に火を移し、ヘッドマイクの部品入りの木切れに引火させていった。案の定、燃えやすいプラスチックなどが入っているため、速く燃え広がった。夜が明ける前に、何とかSTEの文字が燃え上がった。瑠偉は、自分が見つからないように、その場から遠く離れた。そして、木の陰にじっとうずくまった。
朝になった。檻の中で過ごしたメンバーに、朝食が運ばれてきた。パンと水。もう話す気力も出ず、6人は黙ってそれぞれの手にパンを持った。
「瑠偉、腹空かせてるだろうな……。」
碧央がそう呟いた。全員、声もなく泣いた。
ウーウーウー
突然、サイレンのような音が鳴り響いた。檻を見張っていた軍人たちが右往左往し始めた。
「敵襲だ!お前たちはここで人質を見張っていろ!」
1人の軍人がそう言いに来て、去って行った。2人の軍人が立ち上がって落ち着かない様子を見せる。
「敵?あいつらの敵は俺たちの味方か?」
流星が言った。
「助けが来たの!?」
光輝がそう言うと、大樹が、
「分からないが、その可能性は高い。」
と言った。
「きっと、瑠偉がやってくれたんだ。火文字を成功させたんだよ。」
そう言って、碧央はうっと顔をしかめた。撃たれた足が痛むのだ。
「碧央、大丈夫か?少し顔色が悪い気がするぞ。」
涼が碧央を気に掛ける。
「本当だ、青い顔してるよ。」
光輝もそう言い、メンバーは心配そうに碧央を見た。
「碧央、気分悪くないか?」
流星が聞いた。
「大丈夫。痛いだけだよ。」
碧央は顔を歪めつつも、笑顔を作ろうとした。
「無理に笑わなくていいって。」
「そうだぞ。」
篤と涼は、それぞれそう言って、碧央の肩に手を置いた。
日本の自衛隊、韓国軍、アメリカ軍の飛行機が、この無人島に着陸した。夜明け前、STEの捜索のために上空を飛行していた韓国軍が、瑠偉が火をつけたSTEの文字を発見し、日本とアメリカに連絡し、揃ってこの島に飛んできたというわけだ。
GAのメンバーは武装していたが、人数で圧倒され、あっけなく降参した。GAが本当は何がしたかったのか、後世まで謎のままである。もしかしたら、STEを目の前で見たかっただけなのかも。
日本の飛行機に、植木と内海も乗って来ていて、戦闘が終結した後、出て来た。そして、檻に入れられていたメンバーは解放され、外に出て来た。
「みんな!」
植木が叫んだ。
「社長!内海さん!」
メンバーも、二人の姿を見て叫んだ。碧央は、大樹と涼に肩を貸してもらっていたが、自衛隊の医療チームが担架を持って迎えに来た。
「待ってください!瑠偉が、瑠偉がどこかにいるはずなんだ!」
碧央はそう言って辺りを見回した。
「瑠偉ぃー!出て来いよー!瑠偉ぃー!生きてるんだろー!」
碧央は大声で叫んだ。かなり息切れしている。
「碧央、よせ、体力を消耗させるな。」
流星は碧央にそう言ってから、自分が大声で瑠偉を呼んだ。続いて他のメンバーも叫ぶ。
「瑠偉ぃー!」
すると、遠くから人が歩いて来るのが見えた。服もボロボロで、顔も腕も真っ黒になった瑠偉だった。
「瑠偉……瑠偉、無事か?」
碧央がそう声を掛けた。瑠偉はふらふらと歩いていたが、碧央を見つけると、走って来た。
「碧央くん!良かった、生きてた……。」
「お前も……。」
2人は抱き合った。そして、涙を流した。
「瑠偉、真っ黒で……かっこいいなぁ。」
「うん。」
涼と篤がそれぞれ言った。メンバーはみな、もらい泣き。植木と内海の目にも光るものがあった。
「さあ、2人とも今の所生きてるけど、けっこう危険なんだよ。碧央は傷の治療をちゃんとしなきゃならないし、瑠偉は消毒と食事ね。」
と、内海が言った。瑠偉の腕は、擦過傷がひどかった。つまり、木の枝などにひっかけて、切り傷がたくさんできていたのだ。
碧央と瑠偉は一緒にドクターヘリに乗り、日本の病院へ直行した。他のメンバーも自衛隊機に乗って、まずは病院に連れて行かれ、検査を受けたのだった。
「先生、いつ踊れるようになりますか?」
碧央はすぐに手術を受けた。撃たれたのは右のふくらはぎ。幸い弾は貫通しており、足の切断は免れた。手術が終わると、碧央はすぐにこう口にした。
「うーん、そうだねえ。3ヵ月後かな。」
「3カ月か……。」
STEの予定はびっしりある。マレーシアのコンサートはもう中止になってしまったが、テレビ出演や次のチャリティーコンサートなど、仕事は次々にやってくる。
「ああ、踊れるって言っても、普通に踊るレベルだよ。つまり、軽く走ったり、ジャンプしたりすることが出来るようになるのが3ヵ月後。君たちのいつものダンスが踊れるようになるのは……6ヵ月後かなぁ。」
医師は、STEの激しいダンスパフォーマンスを思い出し、そう付け加えた。
「え……。」
碧央は言葉も出なかった。
碧央はしばらく入院することになった。瑠偉はすぐに退院し、他のメンバーも検査の後、家に戻って来た。彼らの事務所と練習場、それぞれの住居が収まるタワービル、いわゆるSTEタワーに。
「珍しく休みがもらえたし、瑠偉、ボーリングにでも行かないか?」
みんなで集まれる、リビングのような部屋がある。それぞれの部屋にもキッチンはあるが、だいたいこの部屋のオープンキッチンで何か作って、みんなで一緒に食べることが多いSTEである。今も6人が一緒にラーメンを作って食べた後である。そこで、篤がそう提案した。
「あ、いいねえ。僕も行くー!」
光輝がすぐに賛同した。すると瑠偉は、
「あー、俺は……やめとく。」
と言った。
「瑠偉……また碧央のとこに行くのか?」
篤が聞くと、瑠偉は曖昧に笑って、自分の部屋に戻って行った。
「あいつ、いつもなら誘ったら絶対について来るのに。やっぱり、碧央に負い目を感じているのかな。」
と、篤が言った。
「負い目?」
光輝が聞き返す。
「あの島で、撃たれた碧央を置いて自分だけ逃げたこと、瑠偉は気にしているんじゃないかな。今も、碧央が出来ないボーリングに、自分が行く気になれないんじゃないかなと思って。」
と、篤が言った。流星は、
「それはあるかもな。実際、あの2人に何があったのかは、分からないけど。」
と、同意した。すると涼が、
「そもそもさ、碧央と瑠偉って、最近ちょっとギクシャクしてなかった?フェローの前では仲良くしていたけど、それ以外ではよそよそしいって言うか。」
と言い出した。
「ああ、確かに。お互いをわざと避けているように感じる事があったな。」
と、流星も言う。
「でも、島で再会した時にはさ、抱き合って涙流してたじゃん。あれは本物でしょ?カメラの前でもなかったし。」
と、光輝が言った。
「そうだな……。つまり、2人はお互いを嫌いなわけではないんだよな。ただ、何か引っかかっているものがあるんじゃないかな。」
と、大樹が言った。
「それに加えて、今回の事件があったし……。あいつ、碧央のお見舞いに行ってどうしてるんだろ。」
篤が言った。
「俺たちも碧央のお見舞いに行くか。」
と、流星が言うと光輝は、
「篤くん、僕たちはボーリングに行こうよ。」
と言った。流星は慌てて、
「じゃ、じゃあ、ボーリングに行った帰りに寄ろうか。俺もボーリング行くよ。」
と、付け加えた。というわけで、篤、流星、光輝の3人は、ボーリングに行き、その帰りに碧央の病室へ寄る事になった。
篤たち3人は、バナナを持って碧央の病室へ向かった。碧央の病室のある場所へ行くには、パスが必要である。顔パスではなく、ちゃんと身分証明書を見せてその病棟に入る。部外者は入れないようになっている。
「静かだね。碧央、寝てるのかな。」
病室の前で、光輝がそう言った。もし寝ているなら起こさないようにと、3人はそーっとドアを開けた。すると、中から瑠偉の声が聞こえた。かなり小さい声で、
「俺、そろそろ帰らないと。」
と言っている。碧央は、聞こえるか聞こえないかの声で「ああ。」と言ったようだった。
ベッドはカーテンで覆われていて、病室に入った時には碧央と瑠偉の姿は見えなかった。3人は顔を見合わせ、ニヤっと笑った。脅かしてやろう、とアイコンタクト。そして、いきなりシャっとカーテンを開けた。
「碧央!お見舞いに来たよ!」
光輝が開けると同時にそう言うと、
「わっ!」
碧央と瑠偉は不自然に驚き、瑠偉は大きく飛びのいた。光輝は、最初に目にした2人が、思った以上に接近していたような気がしたが、今はどうだ。ベッド脇の丸椅子に座っている瑠偉だが、椅子1個分以上ベッドから離れている。
「あれ?……気のせい?」
光輝が首をかしげる。
「な、何が?」
碧央が、こちらも慌てたように問いかける。
「光輝、どうした?」
流星が光輝にそう問いかけると、光輝は、
「いや、何でもない。」
と言った。
「碧央、思ったより元気そうだな。ほら、バナナ。」
篤がそう言って、バナナを手渡した。
「お、ありがとう。早速食べようかな。」
碧央は笑顔を作ってバナナを受け取った。
「あー、俺はそろそろ帰るね。じゃ。」
瑠偉は挨拶もそこそこに、逃げるように帰ってしまった。
「変なやつだな。」
流星がそう言い、
「瑠偉……。」
篤はそう呟き、瑠偉の背中を目で追った。その篤の横顔を、光輝がそっと見つめた。
「どうしたの?3人揃って来るなんて。」
碧央が問いかけると、
「ああ、3人でボーリングに行った帰りなんだ。」
と、流星が応えた。
「瑠偉も誘ったんだけどね、あいつは行かないって。お前に気を遣ってるのかな?」
光輝はストレートに言う。篤と流星が「え?」という顔で光輝を見た。
「気を遣う?どうして?」
碧央がバナナを頬張りながら言った。
「分かんないけど、いつもなら瑠偉は誘ったら大体ついて来るじゃん。でも断って、そんでここに来ているわけでしょ?なーんかおかしいじゃん。」
光輝がそう言った。碧央はまだむしゃむしゃバナナを食べながら、
「そうか?」
と、何ともない事のように言う。
「なあ碧央、瑠偉の様子はどうだ?ここでどんな話をしてるの?」
篤が真面目な顔でそう聞いた。
「え?どんなって……別に大したことじゃないよ。」
碧央は思わず目を泳がせた。
「碧央も、様子がおかしいな。」
「ああ、何か歯切れが悪い。瑠偉と何があったんだろう。」
病室からの帰り道、流星と篤がそう言ったが、光輝は何も言わなかった。カーテンを開けた瞬間に見たものが、思い出せそうで思い出せない、もどかしさが襲う。
碧央が退院した。それでも、松葉杖の生活だ。STEのメンバーは、次のコンサートの準備に入っていた。
コンサートの為に、新しい曲もいくつか作り、その振り付けもし、練習もしなくてはならない。碧央は歌の練習には参加するが、振り付けの練習は見学だけ。もちろん、体が回復したらその振りを覚えなければならないので、真剣に見学をする。口出しもする。
そして、練習などが終わると、それぞれの部屋に帰る。そんな時、慣れない松葉杖をついて移動する碧央は、人一倍時間がかかる。すると、必ず瑠偉が一緒に付いて部屋まで送るのだった。
ある日、碧央が先に部屋に戻ると言って、瑠偉が送って行った後、リビングには、残りの5人のメンバーが残っていた。
「やっぱり、瑠偉は碧央に負い目を感じているのかな。」
涼がおもむろに口を開いた。
「ああ。あれだけ世話を焼いているのに、あまり2人で会話をしていない気がする。」
と、大樹も賛同する。
「ということは、仲が悪くなっちゃったのかな?」
光輝が言い、流星は、
「碧央は、瑠偉が1人で逃げた事なんて、気にしてないと思うんだけどな。」
と言った。
「瑠偉が勝手に負い目を感じているだけだとは思うけど、碧央もどうもなぁ。何かあったのかなあ。」
と、篤も首を傾げながら言った。
「ここは、俺たちが一肌脱ぐべきなんじゃない?」
と、涼が言った。
「というと?」
光輝が先を促す。
「あの時の話を聞き出すとか?」
涼がそう答えると、大樹が、
「でもなあ。慎重にやった方がいいと思うぞ。心の傷に触れる事になるかもしれない。みんなの前では話したくないかもしれないし。」
と、慎重さをにじませた。結局、どうすればいいのか、結論は出なかった。
一方、碧央の部屋へ行った2人。ドアの開け閉めを手伝った瑠偉は、松葉杖を預かって立てかけた。碧央がベッドに腰かけると、
「じゃ、お休み。」
瑠偉はそう言って、碧央に背中を向ける。
「おい、まだ帰るなよ。」
碧央が慌てて瑠偉の腕を掴む。瑠偉は振り返って、笑った。
「冗談だよ。まだ帰らないよ。」
「こいつは~。」
碧央はぐっと手を引き、瑠偉を隣に座らせた。勢いあまって2人して倒れる。
「わー、あははは。」
2人で笑い合う。非常に楽しそうである。リビングで他のメンバーたちが心配している事など、全く知らない2人。実に幸せな時間を過ごしているのであった。
時は流れ、コンサートツアーがいよいよ目前に迫り、会場でのリハーサルが始まった。碧央はステージ上の椅子に座っている事になったが、袖に引っ込む時にどうするかというのが悩みどころだった。
「引っ込む時は、片足ケンケンで行くよ。」
碧央がそう言うと、
「ダメだよ、それだと振動で傷が痛むでしょ?早く治すためにも、無理は禁物だよ。」
瑠偉が反対した。
「いっそ、最初からずっと車椅子に乗っているっていうのはどう?そうしたら、誰かがさーっと押して素早く袖に引っ込めるじゃない?」
光輝がそう言うと、
「いや、それだと、いかにも怪我人っぽくて、フェローに心配をかけるよ。」
と、碧央が言った。
「はい。俺が、碧央くんを抱えて運びます。」
瑠偉が手を上げて、そう発言した。
「いやいや、ただでさえコンサートは体力消耗するのに、それはやめた方がいいでしょう。」
涼がすかさず反対した。
「どうって事ないよ。やってみようか?」
瑠偉はそう言うと、椅子に座っている碧央を横抱きにひょいっと持ち上げた。
「わーぉ。」
あまりに軽々と持ち上げたので、一同びっくりである。
「軽い軽い。ね?これでこうやってさーっと。」
瑠偉は実際に、袖に向かって小走りに移動した。そして、またステージ上のみんなの所に戻って来た。
「ほらね。」
瑠偉は碧央を椅子に戻し、どや顔をした。
「まあ、それが一番早いけど……。」
流星はそこまで言って、みんなを見渡した。
「じゃあさ、碧央が引っ込む回数を最小限にしよう。それで、引っ込む時は瑠偉が運ぶと。」
大樹がそう提案し、実際そういう事になった。また、碧央と瑠偉以外のメンバーは、瑠偉が碧央に気を遣っている、と言い合ったのだった。
そして、コンサートが始まった。碧央がダンスをしない事を除いては、いつも通りのSTEのコンサートが出来た。外見上は。だが、これが大きく違う、という事が実はあったのだ。
1日目を終えて帰宅した彼らは、また、碧央と瑠偉が去ってから、顔を突き合わせて小声で話し合った。
「ねえねえ、今日のあの2人、いつもの匂わせがなかったよ!」
光輝が言うと、涼も、
「いつも、必ず1ステージに1つはキスの真似があったし、5回はいちゃつく場面があるのに!」
と言い、
「今日はゼロ……。」
と、大樹が後を継いだ。
「瑠偉が碧央を抱っこして移動した時には、そうとう会場が湧いたけどな。」
篤がそう言うと、
「でも、いつもなら、ああいう時は更に調子に乗って何かやるじゃん。」
と、光輝が言った。すると流星も、
「だよな。キスの真似が出ると思ったら、何もせずにさーっと真面目に引っ込んでたもんな。」
と言った。
「おかしいよ、絶対。俺は確信したね。あの2人には、何かわだかまりがある。」
涼が言う。
「わだかまりか……。あれかな、碧央の心の中で、どうしても自分を置いて逃げて行った瑠偉の事が許せない、とか。」
流星がそう言うと、
「きっとそうだ。頭では仕方なかったと分かっていても、心の中で何かがわだかまっているんだ。」
と、大樹が言った。
「どうしたらいいんだろう。このままでいいの?」
光輝が困った顔をして言う。
「時が解決するんじゃないか?」
しかし、篤は楽観的に言った。
「でもさ、瑠偉が可哀そうだよ。あれだけ一生懸命に世話を焼いているって事はさ、許してもらいたいんでしょうよ。切実に。」
涼がそう言い、光輝も、
「そうだよね、瑠偉、可哀そう。」
と言った。
「よし、俺たちで何とかするか。」
と、突然流星が言った。
「何とかって?」
光輝が聞く。
「何か作戦を立てよう。2人が仲良くなれるような、作戦を。」
と、大樹が言った。果たして、どんな作戦が飛び出して来るのだろうか。そんな話が進んでいる事などつゆ知らず、碧央と瑠偉は、またもや2人でこっそりイチャイチャしているのであった。
つまり、フェローサービスにかこつけてボディタッチなどをする必要が無くなったから、しなくなっただけなのである。また、下手に人前で接触多めにすると、自分たちの関係がバレてしまうような気がして、出来ないと言った方がいいかもしれない。
新曲のレコーディングが始まった。それぞれ1人で歌うところを録音するので、1人ずつスタジオに入る。瑠偉がスタジオに入ったタイミングを見計らって、STEのメンバーらは、碧央に話をすることにした。
「あー、あのさ、碧央。ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」
流星がまず声をかけた。
「何?」
碧央がはてな顔で問うと、
「お前さ、その、瑠偉の事、本当のところどう思ってるんだ?」
流星はそう切り出した。
「え!?」
碧央は青くなった、いや、赤くなったか。心臓が飛び出しそうな程驚いた。
「ど、どうって?」
それでも、まだしらを切ろうと試みる。
「正直に言えよ。俺たちは、それでお前のことを軽蔑したり、嫌いになったりなんて、絶対にしないから。」
流星がそう言うと、他のメンバーもコクコクと頷いた。
「みんな……。そうか、分かっちゃってたか。実は、みんなが思っている通りなんだ。」
碧央はそう白状した。
「やっぱりそうか。それで、瑠偉には伝えたのか?その、お前の気持ちを。」
流星が問うと、
「あ、うん。伝えた。」
と、碧央が答える。
「瑠偉は、なんて?」
流星が問うと、
「瑠偉も、同じだって。」
と、碧央が応えた。
「そうか。お互いにな……。いや、それは仕方がない事なんで、俺たちがとやかく言う事じゃないんだけどさ、何となく、このままだとグループの雰囲気も悪くなるしさ。だから、瑠偉ともっと話し合って、また以前のお前たちみたいに戻って欲しいなあと思うんだよ。」
流星が優しく言った。
「みんな、ごめん。そうだよね、気を遣わせちゃったよね。分かった。瑠偉に話しておくよ。」
碧央が言い、この話は終わった。
その後、碧央は瑠偉と2人になった時に、早速話をした。
「瑠偉、実はさ、流星くんに言われちゃったんだ。俺たちの事、みんなにバレてるって。」
「え?!そうなの?」
「うん。それでさ、グループの雰囲気が悪くなるから、前みたいに戻って欲しいって言われた。」
「バレてたのか。あんまりみんなの前ではくっつかないようにしてたんだけどなあ。態度に出ちゃってたのかなぁ。」
「みんなの前では、もっと気を付けて、仲良くしないようにしような。表情でバレてたのかなぁ。俺、つい嬉しそうな顔してお前の事見てたのかも。」
碧央がそう言うと、瑠偉は破顔した。思いっきり照れている。
「何照れてんだよー。」
碧央が軽く瑠偉の腕を叩く。
「だってー。」
瑠偉が顔を両手で覆った。
テレビ番組の出演や、別会場でのコンサートがあり、忙しく移動するSTEだったが、数日後に、碧央と瑠偉以外のメンバーは異変を感じ、5人で目配せをして、夜にリビングに集まった。
「ねえ、おかしいよね。あの2人、前にも増して仲が悪くなってるよ。」
光輝が言った。
「話し合った結果、決定的に決裂してしまったのかね。」
大樹も言う。
「最近じゃあ、目も合わせない感じだもんな。」
涼が暗い顔をしていい、
「余計な事しちゃったんじゃないのか?」
篤がほれみたことか、という顔をした。
「うーん、やっぱり2人で話せって突き放したのがいけなかったのかな。俺たちも同席して話し合った方がよかったのかも。」
流星がそう言い、
「何とか、2人がまた仲良くなれるような方法ないかな。」
光輝が言った。
「仲良くなれる方法ねえ。」
涼が首を傾げ、
「放っておいた方がいいんじゃないの?」
やっぱり篤は突き放す。
「もう篤くんってば、らしくないよ。冷たい事言ってー。」
篤は光輝にそう言われて、口をつぐんだ。元々、瑠偉は碧央ととても仲が良かった。また、仲良くさせたいわけではないのだ、篤にとっては。2人がわだかまりを抱えたままなのは、良くないとは思っているけれど。
「くっつかないなら、くっつけちゃおうか。」
いきなり光輝が笑顔になって言った。
「ん?何を言い出すんだ?」
流星が疑問を投げる。
「やっぱりさ、仲よくなるにはスキンシップじゃない?ここんとこ、あの2人はスキンシップが足りないと思うんだよね。」
光輝が嬉々として言う。
「まあ、確かにそうだよな。前みたいに肩を抱いたり、ハグしたりすれば、気持ちも近寄ってくるってわけか。」
涼が納得顔で言った。
「うんうん。」
光輝はニコニコである。
「確かに、気持ちが離れてしまった時は、体の方から接触すればいい、というのも一理あるな。」
大樹までもがそう言うので、
「マジか……。」
篤は天を仰いだ。
「それで、どんな方法でくっつけるんだ?」
流星が更に言うので、
「流星まで……。」
篤は観念した。仕方ない、俺の可愛い瑠偉を、碧央にちょっとばかりハグさせてやるか、とは言えないが、そういう想いを持って、
「分かったよ……。作戦を立てようぜ。」
と、渋い顔で言った。何とか全員一致で可決。5人はそれからしばらくひそひそと相談した。
碧央の足もだいぶ良くなってきて、松葉杖なしで歩けるようになった。なるべく避けて来た、歌番組への出演も、そろそろ出てもいいだろうという事になった。
STEタワーから小型のバスに乗って出かける。そのバスに乗り込む際、光輝はさっと碧央の隣に陣取り、最後に瑠偉が乗って来た時、
「瑠偉、ここにおいでよ。」
と言って、碧央と自分の間を空けた。瑠偉は「え?」という顔をして碧央と光輝の顔を見比べたが、光輝に、
「早く、早く。」
と、急かされたので、大人しくそこに座った。
道を曲がる時、光輝が異常なほど瑠偉の方に寄りかかってくるので、瑠偉は頑張って碧央に寄りかからないようにしていたが、とうとうくっついてしまった。
テレビ局に到着し、みんなでバラバラと歩いてく時、足が痛い碧央は遅れがちだった。瑠偉はいつもみんなの後からついて行くので、碧央の隣を歩いていた。すると、涼が後ろに下がって来て、
「碧央、大丈夫か?」
などと話しかけて来た。そして、瑠偉にも何かしら話しかけてきて、碧央の事を瑠偉の方へぐいぐい押す。碧央は、歩きながらだんだん瑠偉と体がくっついていき、ついによろけて瑠偉の方へ体を預ける形になってしまった。
「碧央くん、大丈夫?」
瑠偉は碧央を抱き留めた。
「ああ、平気。涼くん、押してるよ。」
「あー、ごめんごめん。」
涼はそう言って、ポンと碧央の肩を叩いた。
スタジオで、出番以外の時に座っている時にも、瑠偉は端っこに座ろうとしているのに、流星に呼ばれて、碧央と流星の間に座らされた。そして、何かというと流星が瑠偉の肩をポンと押し、瑠偉の肩は碧央の肩にぶつかる。そうかと思えば、碧央の向こう側に座っている大樹が、
「あーあ。」
などと言って伸びをして、碧央を瑠偉の方へ押しやる。
極めつけは、番組が終わって楽屋に戻って来た時の事。瑠偉が先に楽屋に入り、その後から碧央が入って行くと、碧央の後ろから篤が、
「瑠偉!」
と声をかけた。瑠偉が振り返ると、篤は碧央の背中をどんと押し、
「わあ!」
碧央は瑠偉に思いっきり抱きつく事になってしまった。メンバーは見て見ぬふり。
「ちょ、篤くーん。」
「ああ、ごめんごめん。」
碧央が苦情を言うと、篤はそう言って、すまして着替えに取り掛かった。碧央と瑠偉の2人は、顔を見合わせて首を傾げた。
そういった事が、その日から続いた。やたらと、碧央と瑠偉をくっつけたがるメンバー。流石に碧央と瑠偉にもわざとやっているという事が分かった。
「ねえ、碧央くん。みんな、どうしたんだろう。俺たちが付き合っているのを表に出すと、雰囲気悪くなるから、出さない方がいいって言われたんだよね?」
「うん……。だけど、どう考えても、みんな俺たちを仲良くさせようとしているよな?なんでだろう。」
「本当に、俺たちの事、バレてるの?勘違いじゃない?」
「あれ?何て言われたんだっけなぁ……みんな、俺の気持ちは分かってるって言ってたような……。そうだ、瑠偉の気持ちは確認したのか、とか。」
「分かってるって?どう分かってるんだろう。もしかしたら、違うんじゃない?」
「そうかも。いや、そうだよな。じゃなかったら、俺たちを仲良くさせようなんて、するわけないもんな。」
「じゃあ、バレてないんだ?あははは、おかしいね。あははは。」
「あはは、そうだな。あはははは。」
「それじゃあ、みんなの思い通りに、仲良くしてあげよっか?」
「我慢する必要ないって事じゃん。あははは、おかしい。」
しばらく2人は笑い合った。そして、何もコソコソする必要はない、という結論に至った。
翌朝、一番遅く起きて来た瑠偉は、リビングに入ってくると、
「碧央くん、おはよう!」
そう言って、ソファに座っている碧央に後ろから抱きついた。
「瑠偉、おはよう。」
碧央は穏やかに笑い、手のひらで瑠偉の顎をなでなでした。仲の良い振りは、カメラの前ではずっとしてきた事なので、慣れっこである。ここ最近はしていなかったけれど。
「あ、光輝、こぼしてる!」
碧央が光輝を見て言った。
「え?あ!」
メンバー全員が、碧央と瑠偉に目が釘付けだった。光輝はコップにミルクを注いでいる最中だったので、2人に見とれたまま、ミルクがコップから溢れていたのである。
「あーあ、大丈夫?」
瑠偉が駆けつけて、台拭きでミルクを拭いた。
「ご、ごめん。」
光輝はまだ放心状態のようである。瑠偉は自分もコップにミルクを注ぎ、それを持って碧央の隣に座った。
「碧央くん、今日は足の具合、どう?」
「ああ、悪くないよ。」
そんな事を言いながら、最近の2人とは全然違った距離感を出していた。
碧央と瑠偉が出て行ってから、まだ5人はそこから動けずにいた。
「ま、まあ、良かったよな。俺たちの作戦が功を奏したのかな。」
流星が、少々顔を引きつらせて言った。
「ほんと、良かったねえ。2人は仲良しに戻ったんだよ。」
だが、光輝は本当に嬉しそうに言う。
「昨日、話し合ったのかな。」
大樹がそう言うと、
「俺のお陰だな。2人をバッチリハグさせたから。」
篤が言うと、
「うんうん、そうだよね。」
光輝が篤に抱きついた。
「篤くん、お手柄!」
褒められても、篤の表情は複雑である。
「本当に、あの2人は仲がいいんだよなぁ。」
入り込める気がしない……篤の心の声が、みんなにも聞こえたような気がした。
「ねえ、新しい歌のテーマ、考えたんだけど。」
リビングに何となくみんなが集まっている時に、碧央が言った。
「この世界で、一番無くした方がいい物って、銃だと思うんだ。」
碧央の発言を受け、全員がハッとして碧央を見た。
「核兵器や生物兵器ももちろんだけどさ、俺は、銃をこの世から無くしたい。難しいかもしれないけど、今の俺たちなら、少しは何か変えられるんじゃないかな。」
碧央がそう言うと、流星がおもむろに口を開いた。
「今の碧央が言うと、説得力があるな。確かに、アメリカなんかでは銃規制がほとんどなくて、誰でも銃を持てる。相手が銃を持っているから、自分も持つ。相手が撃つかもしれないから、自分も撃つ……銃が無ければ起きない事件が世界中で尽きない。」
「俺、少し歌詞を書いてみたんだ。みんなも参加してよ。」
碧央が言う。
「よし、銃をこの世から無くそうぜ!」
大樹がそう言い、メンバー全員が呼応した。
「おぅ!」
ということで、STEは新曲「Lost Gun」を作った。以下の歌詞はその一部である。
―俺たちゃいつも、モノを捨てるなって言ってきたYO
でも今日は、捨てろってぇ話をするYO
捨てろよGUN ! 全ての銃を!
これは比喩ではない 銃を捨てろ
銃は他人を傷つけるだけじゃない 自分をも傷つける
銃があるから 銃を持つ
銃を向けられるから 銃を向ける
銃を向けられたから 銃を撃つ
撃つことも 撃たれることも もううんざりだ
事件が絶えねえ 事故が絶えねえ 戦争が終わらねえ
銃が無ければ 無くなれば 世界はどうなる?どう変わる?
この世界で 一番無くした方がいい物
それはGUN
愛する人を守るため まずは銃を捨てよう
自分を守るために 銃を無くそう―
この歌を聴いた植木は、
「お?これはまた、久々にかなり挑戦的な歌を作ったね。」
と言った。
「ダメ、ですか?」
碧央が聞いた。
「いや、いいんじゃないか。まあ、方々から苦情が来るかもしれないけど。」
植木はそう言ってふふふと笑った。
「社長、笑ってていいんですか?」
碧央が驚いて聞くと、植木は碧央の肩にポンと手を置いた。
「何かを変えようとすれば、必ず反対されるものだ。でも、変えなきゃならんことは、この世界に山ほどある。碧央が今、変えるべきだと思うことが、これなんだろ?」
「はい。」
「それなら、どんな反対があっても、やるべきだ。そして、君たちならきっとやれる。」
「社長……ありがとうございます。」
碧央は感極まって、植木に抱きついた。
「お、これは役得だな。あははは。」
世界一のハンサムにハグされて、植木もまんざらでもないようだった。
「Lost Gun」のMVがインターネット上で発表された。英語バージョンと日本語バージョンを同時に配信した。振り付けには腕によりをかけた。強いメッセージを込める時には、STEは特にダンスに力を入れる。碧央も少し踊れるようになったので、ダンスにも加わった。碧央が激しく動かなくてもいいように、そこは涼の腕の見せ所だった。彼はフォーメーションを上手く組み合わせるのが得意だった。
「思った以上に風当たりが強かったな。」
植木が苦笑しながらつぶやいた。事務所では、抗議の電話やメールの対応に追われた。ライフル協会だとか、猟友会などの狩猟関係の団体、それが日本。海外からは、脅迫まがいのメールが届く。
「そうだな。それでも、アメリカツアーやるのか?」
内海が問う。
「やるさ。彼らの安全さえ守れれば、後はどうなってもいい。」
と、植木は言った。だが、その安全が守られるかどうかが、問題である。
STEの希望により、Lost Gunアメリカツアーが組まれた。その情報が流れると、なんと、アメリカでは銃を捨てるキャンペーンが始まった。STEのフェローが自主的に立ち上げたキャンペーンで、STEグッズ売り場に銃専用ゴミ箱を設け、そこに銃を捨てると、1丁につき1枚のSTEポストカードがもらえるというもの。自分の銃を捨てに来るフェローもいるが、家にあった銃を勝手に持って来て捨てるフェローもいて、社会問題になった。
アメリカの報道番組から、STEの出演を申し込まれた。銃を捨てる行為について、意見を聞きたいと言う。これには植木たちも迷いに迷ったが、
「出ます。俺たちの想いを伝えます。」
「受けて立ちますよ。」
「7人一緒なら、何も怖くありませんよ。行きましょう。」
碧央、篤、光輝にそう言われ、出演するという決断をした。
赤い服を着たアナウンサーが言った。
「今日はSTEに来ていただきました!カモーン!STE!!」
そしてSTEが登場する。
「ハロー!ウィ アー STE!」
歓待を受け、非常に盛り上がるスタジオであったが、一通り挨拶などが終わると、にわかにピリピリとした空気が張り詰めた。
「さて、今回の新曲Lost Gunですが、これは主にアメリカに向けたメッセージと捉えてよいのでしょうか?」
アナウンサーが言った。流星が質問に答える。
「いえ、そう言うわけではありません。アメリカも含め、世界に向けてメッセージを発したつもりです。」
「今、アメリカのSTEファンの間では、銃を捨てる動きが加速しています。これを、みなさんはどうお考えでしょうか。」
次の質問には篤が答える。
「非常に喜ばしい事だと思っています。僕たちのメッセージが伝わったということですから。」
「しかし、銃を捨てるということは、防御を失う事になります。善良な市民が危険にさらされ、犯罪者の思うつぼになってしまうのではないですか?」
今度の質問には大樹が。
「銃を持たない、という選択には、賛否両論あるのは承知しています。ですが、僕たちは銃を持たない社会こそ、危険が少ない社会だと思っています。」
「ですがもし、STEのファン、フェローですね、フェローの若い女性が、銃を捨てたせいでレイプに遭ったとしたら、どうするんですか?」
次は碧央だ、
「銃を持っていないせいで、犯罪に巻き込まれるとは思いません。それよりも、銃を持っている犯人に脅される方が問題だと思うのです。」
そして光輝が後を継ぐ。
「銃を捨ててくれたフェローたちの事は、とても尊敬します。本当に勇気のいる決断だったと思います。そして、僕たちに賛同してくれて、感謝します。」
更に涼が、
「一緒に、銃のない、平和な世界を作りましょう。」
とつないだ。アナウンサーは後を受け、
「分かりました。STEの皆さんが、とても真剣に考え、真摯に我々と向き合い、勇気を持って発信している事が分かりました。視聴者のみなさん、いかがですか?それでは、歌っていただきましょう。Lost Gun!」
と、曲紹介をした。STEはパフォーマンスを披露した。真剣な、力強いダンス、歌。多くの人の心を動かし、一部の人の反感を買った。そして、この場所から外へ出る事が、どれだけ危険な事なのか、まだSTEのメンバーも、事務所のスタッフも、全く分かっていなかったのである。