「先生、いつ踊れるようになりますか?」
碧央はすぐに手術を受けた。撃たれたのは右のふくらはぎ。幸い弾は貫通しており、足の切断は免れた。手術が終わると、碧央はすぐにこう口にした。
「うーん、そうだねえ。3ヵ月後かな。」
「3カ月か……。」
STEの予定はびっしりある。マレーシアのコンサートはもう中止になってしまったが、テレビ出演や次のチャリティーコンサートなど、仕事は次々にやってくる。
「ああ、踊れるって言っても、普通に踊るレベルだよ。つまり、軽く走ったり、ジャンプしたりすることが出来るようになるのが3ヵ月後。君たちのいつものダンスが踊れるようになるのは……6ヵ月後かなぁ。」
医師は、STEの激しいダンスパフォーマンスを思い出し、そう付け加えた。
「え……。」
碧央は言葉も出なかった。

 碧央はしばらく入院することになった。瑠偉はすぐに退院し、他のメンバーも検査の後、家に戻って来た。彼らの事務所と練習場、それぞれの住居が収まるタワービル、いわゆるSTEタワーに。
「珍しく休みがもらえたし、瑠偉、ボーリングにでも行かないか?」
みんなで集まれる、リビングのような部屋がある。それぞれの部屋にもキッチンはあるが、だいたいこの部屋のオープンキッチンで何か作って、みんなで一緒に食べることが多いSTEである。今も6人が一緒にラーメンを作って食べた後である。そこで、篤がそう提案した。
「あ、いいねえ。僕も行くー!」
光輝がすぐに賛同した。すると瑠偉は、
「あー、俺は……やめとく。」
と言った。
「瑠偉……また碧央のとこに行くのか?」
篤が聞くと、瑠偉は曖昧に笑って、自分の部屋に戻って行った。
「あいつ、いつもなら誘ったら絶対について来るのに。やっぱり、碧央に負い目を感じているのかな。」
と、篤が言った。
「負い目?」
光輝が聞き返す。
「あの島で、撃たれた碧央を置いて自分だけ逃げたこと、瑠偉は気にしているんじゃないかな。今も、碧央が出来ないボーリングに、自分が行く気になれないんじゃないかなと思って。」
と、篤が言った。流星は、
「それはあるかもな。実際、あの2人に何があったのかは、分からないけど。」
と、同意した。すると涼が、
「そもそもさ、碧央と瑠偉って、最近ちょっとギクシャクしてなかった?フェローの前では仲良くしていたけど、それ以外ではよそよそしいって言うか。」
と言い出した。
「ああ、確かに。お互いをわざと避けているように感じる事があったな。」
と、流星も言う。
「でも、島で再会した時にはさ、抱き合って涙流してたじゃん。あれは本物でしょ?カメラの前でもなかったし。」
と、光輝が言った。
「そうだな……。つまり、2人はお互いを嫌いなわけではないんだよな。ただ、何か引っかかっているものがあるんじゃないかな。」
と、大樹が言った。
「それに加えて、今回の事件があったし……。あいつ、碧央のお見舞いに行ってどうしてるんだろ。」
篤が言った。
「俺たちも碧央のお見舞いに行くか。」
と、流星が言うと光輝は、
「篤くん、僕たちはボーリングに行こうよ。」
と言った。流星は慌てて、
「じゃ、じゃあ、ボーリングに行った帰りに寄ろうか。俺もボーリング行くよ。」
と、付け加えた。というわけで、篤、流星、光輝の3人は、ボーリングに行き、その帰りに碧央の病室へ寄る事になった。

 篤たち3人は、バナナを持って碧央の病室へ向かった。碧央の病室のある場所へ行くには、パスが必要である。顔パスではなく、ちゃんと身分証明書を見せてその病棟に入る。部外者は入れないようになっている。
「静かだね。碧央、寝てるのかな。」
病室の前で、光輝がそう言った。もし寝ているなら起こさないようにと、3人はそーっとドアを開けた。すると、中から瑠偉の声が聞こえた。かなり小さい声で、
「俺、そろそろ帰らないと。」
と言っている。碧央は、聞こえるか聞こえないかの声で「ああ。」と言ったようだった。
 ベッドはカーテンで覆われていて、病室に入った時には碧央と瑠偉の姿は見えなかった。3人は顔を見合わせ、ニヤっと笑った。脅かしてやろう、とアイコンタクト。そして、いきなりシャっとカーテンを開けた。
「碧央!お見舞いに来たよ!」
光輝が開けると同時にそう言うと、
「わっ!」
碧央と瑠偉は不自然に驚き、瑠偉は大きく飛びのいた。光輝は、最初に目にした2人が、思った以上に接近していたような気がしたが、今はどうだ。ベッド脇の丸椅子に座っている瑠偉だが、椅子1個分以上ベッドから離れている。
「あれ?……気のせい?」
光輝が首をかしげる。
「な、何が?」
碧央が、こちらも慌てたように問いかける。
「光輝、どうした?」
流星が光輝にそう問いかけると、光輝は、
「いや、何でもない。」
と言った。
「碧央、思ったより元気そうだな。ほら、バナナ。」
篤がそう言って、バナナを手渡した。
「お、ありがとう。早速食べようかな。」
碧央は笑顔を作ってバナナを受け取った。
「あー、俺はそろそろ帰るね。じゃ。」
瑠偉は挨拶もそこそこに、逃げるように帰ってしまった。
「変なやつだな。」
流星がそう言い、
「瑠偉……。」
篤はそう呟き、瑠偉の背中を目で追った。その篤の横顔を、光輝がそっと見つめた。
「どうしたの?3人揃って来るなんて。」
碧央が問いかけると、
「ああ、3人でボーリングに行った帰りなんだ。」
と、流星が応えた。
「瑠偉も誘ったんだけどね、あいつは行かないって。お前に気を遣ってるのかな?」
光輝はストレートに言う。篤と流星が「え?」という顔で光輝を見た。
「気を遣う?どうして?」
碧央がバナナを頬張りながら言った。
「分かんないけど、いつもなら瑠偉は誘ったら大体ついて来るじゃん。でも断って、そんでここに来ているわけでしょ?なーんかおかしいじゃん。」
光輝がそう言った。碧央はまだむしゃむしゃバナナを食べながら、
「そうか?」
と、何ともない事のように言う。
「なあ碧央、瑠偉の様子はどうだ?ここでどんな話をしてるの?」
篤が真面目な顔でそう聞いた。
「え?どんなって……別に大したことじゃないよ。」
碧央は思わず目を泳がせた。

 「碧央も、様子がおかしいな。」
「ああ、何か歯切れが悪い。瑠偉と何があったんだろう。」
病室からの帰り道、流星と篤がそう言ったが、光輝は何も言わなかった。カーテンを開けた瞬間に見たものが、思い出せそうで思い出せない、もどかしさが襲う。