国宝級アイドルは地球を救えるか

 「夏休みになったら、外国へボランティア活動をしに行こうと思う。みんな、それぞれパスポートを用意しておいてくれ。と、言われても困るだろうから、一緒に用意をしよう。」
植木は、用意しておいてくれ、と言った時にメンバーの顔を見て、その後をつけ足した。みな一斉に、驚きの目を向けて来たので。

 夏休みになり、STEのメンバーは、ミャンマーの難民キャンプへボランティア活動をしに出掛けた。そこで、子供たちにダンスを教えたり、歌を一緒に歌ったりするというもの。ある国際ボランティア団体が支援を行っている場所があり、植木や内海が何度か訪れた事のあるところだった。
 子供たちと触れ合い、パフォーマンスを披露した。ここには3日間いる。夜はテントで眠った。1日目を終え、2日目の夜。
「う……碧央くん、お腹、痛い。」
「え?瑠偉、大丈夫か?わっ、すごい汗じゃんか。ど、どうしよう。」
瑠偉が腹痛を訴え、横になったままお腹を抱えていた。額には脂汗。隣で寝ていた碧央は、同じテントで寝ていた光輝を起こした。
「光輝、起きろ!瑠偉が大変だ!」
「うん?どうしたの?」
「瑠偉がお腹痛いって。すごい汗なんだよ。」
「え?瑠偉、大丈夫か?僕、内海さんに知らせてくるよ!」
光輝は、テントを出て近くのテントで寝ている植木と内海を呼びに行った。
「瑠偉、しっかりしろ。汗拭いてやるからな。ああ、どうしたんだろう。」
碧央が瑠偉の額の汗をタオルで拭いていると、光輝と植木、内海が入って来た。
「瑠偉、お腹が痛いのか?そうか。お医者さんに連れて行くか?」
内海が植木に問いかけると、植木は、
「スタッフに相談しよう。」
と言った。
 植木が医療スタッフを探してきて、瑠偉を診てもらった。薬をもらい、症状は落ち着いた。
「慣れない水や食べ物のせいだろう。とにかく安静にして。碧央、光輝、頼むな。」
内海が言った。
「はい。」
碧央と光輝はそう返事をし、光輝は、
「瑠偉、落ち着いて良かったな。」
と、瑠偉に声を掛けた。瑠偉は、
「うん。」
と、答えた。
 翌朝には起き上がれるようになった瑠偉だが、大事を取って1日活動を休んだ。最終日には復活して、最後に全員で新曲を披露してから帰途に就いた。

 「やっぱさ、地球を救うために、一番すべき事は戦争を無くす事だよな。内戦とかも含めてさ、人が人の命を奪う事をやめなくちゃ。」
空港へ向かう車の中で、涼がそう言った。すると篤も、
「そうだよな。水を出しっぱなしにしないとか、ゴミを海に捨てないとか、そういうちっぽけな事よりも、戦争を無くす事の方がずっと大事だよな。」
と言った。すると大樹が、
「でもさ、それは俺たちが今言ったって、どうにもならない事だろ?ワールドスターにでもなれば、少しは発信力もあるけどさ。まずは日本人に訴えていく方がいいだろう。」
と言った。だが涼は、
「確かに発信力はないけどさ、それでもこうやって日本を出て、紛争地域に出向いて行って出来る事をした方がいいと思うんだよ。」
と言う。はたまた流星は、
「いやいや、戦争は俺たちの手には負えないよ。それよりも、環境問題の方が先決だよ。地球の環境が危ないんだから。温暖化を止めなければ、紛争地域だけでなく、もっと広い範囲で避難民が溢れる事になるわけだし。」
と言う。議論は紛糾した。
「いや、国際紛争だよ!」
と、言う篤と、
「まずは環境問題だよ。」
と、言う大樹。年下の3人は、その議論に口を挟めずにいた。そこにすかさず流星が目を付けた。
「お前たちはどう思う?多数決で決めるために、俺たちは奇数なんだからな。」
そうではない。
「えっとぉ、どうかなあ。やっぱり戦争が一番の問題かなあ。」
と、光輝が言うと、
「そうだよなあ。碧央は?」
と、篤が目を輝かせて言う。
「え?俺?俺は……まずは日本で出来る事をやるべきかと……。」
と、碧央が言うと、
「そうだろう、そうだろう。で、瑠偉は?」
と、今度は流星が目を輝かせる。
「僕は、どっちかに決めなくていいと思う。どっちも大事だし、僕たちはこれからたくさん歌を作っていくわけで、環境問題も訴えるし、戦争の……廃絶?とかも訴えるし、両方やっていけばいいんじゃないかな。」
と、瑠偉が言ったので、6人は一瞬黙った。
 実は、乗っているのはトラックの荷台である。トラックの中には植木と内海がいて、窓が開いているので、メンバーの話は聞こえていた。植木と内海は目を見交わして微笑んだ。

 ミャンマーでの活動の様子やパフォーマンスを、国際ボランティアのスタッフが撮影していて、それを彼らのホームページに掲載してくれた。すると、マスコミがそれに目を付け、新聞やテレビでその動画が紹介された。そうしたら、STEのサイトも閲覧数が激増し、SNSでも話題に上った。
 有名になると、好意的なコメントも増えるが、否定するコメントも上がってくる。「売名の為に避難民を利用している」「偽善者だ」「アイドルのくせに、環境問題を語るな」「歌が生意気」「いい子ちゃんなくせに悪ぶっていて笑える」などなど。更には、メンバーの過去の写真などが出回り、ある事ない事書き込む同級生も。
「これが、アイドルの辛さなんだな。俺、本当にアイドルになりたいのか、分からなくなってきたよ。」
「大樹……そう言うなよ。俺たちは、地球を救うためにやってるんだからさ。その為には売名だって必要だし。」
悲観的な事を言った大樹に、流星が慰めの言葉を掛ける。
「ある事ない事書かれてか?過去の変な写真とか晒されてまで?」
しかし、大樹は納得しない。
「僕たちは世界の為を思ってやっているのに、生意気とか言われるのは心外だなあ。ねえ、もっと柔らかい歌詞にしたらいいのかな?」
光輝がそう言うと、
「バッシングにいちいち反応することはねえよ。かえって悪く言われるぜ。」
と、篤は冷静である。
「俺たち、これからどんな歌を作ったらいいんだろう。いっそ、路線変更した方がいいじゃない?もっと、普通の歌を歌った方が。」
涼が弱気な事を言うと、
「普通の歌って何だよ。そんなの、Save The Earthじゃないだろ。俺たちの存在意義が無くなるだろ。」
と、流星が言った。
「そうだよ、他人の言う事なんて無視だよ、無視。」
篤が軽い調子で言ったので、光輝が、
「無視なんてできないよ!嫌われたら、アイドルじゃないじゃん!」
と、叫ぶように言った。
「感情的になるな。」
大樹がたしなめた。
「感情的にだってなるよ!もう、どうしたらいいんだよ!」
涼も大きな声を出した。レッスンに来たのに、この有様。碧央と瑠偉もその場にいるが、凍りついている。
 そこへ、内海が入って来た。
「どうした?練習しないのか?」
メンバーは、今しがた話し合った(喧嘩していた)内容をざっと説明した。
「そうか。そうだな。前にも言ったかもしれないが……有名になると必ずアンチが出てくる。そして、肯定派よりもアンチ、つまり反対派の声の方が大きい事が多い。君たちはテレビに出て、多くの人が好意を持った。その、多くの人に愛される君たちに嫉妬して、あれこれ言ってきたり、写真をばらまいたりする人たちが出てくる。問題のある写真や投稿は、削除してもらうようにするから、すぐに知らせてほしい。そして、もっと賛成派の、そう、君たちのファンに目を向けて欲しい。反対派の意見は聞くなとは言わないけど、ファンの声をもっと聞きなさい。君たちを応援してくれるファンは、仲間だ。フェローだよ。」
内海にそう言われ、メンバーはもう一度SNSの書き込みを見直した。かっこいい、ボランティアをしていて偉い、ダンスがそろっていてすごい、歌詞がすごくいい、などなど、誉めてくれる投稿は実は山ほどあった。
「俺たち、このままでいいんじゃない?」
碧央が言った。
「僕たちが今感じている思いを、いつも歌詞にしていけばいいと思う。人から妬まれて、ある事ない事書かれたら嫌だから、そういう思いも歌にしていけば。環境に関しても、いつもボランティアをしていて感じた事を歌にしたわけだし。」
瑠偉がそう言った。
「よし、2曲作ろうぜ。戦争反対ソングと、誹謗中傷反対ソング。」
大樹が少し冗談めかして言うと、他のメンバーはそれぞれクスっと笑った。
 そうして、STEは一歩ずつアイドルの道を歩んで行った。ライブをやらせてもらえるようになり、まだまだ無名ながらも、全国を回った。そして、行く先々でボランティア活動にも参加した。平日は学校とレッスン場に通い、金曜日の夜に地方へ移動し、土曜日にライブをやり、日曜日にボランティア活動をするという生活を続けた。学生なのでテストもあるし、学校行事もある。だが、曲を作り、ダンスの練習をし、移動距離も多い。若い男子と言えども、疲労がたまってくる。
「瑠偉、お前、足怪我してるだろ。」
光輝が瑠偉に向かって突然そう言った。
「え?うううん、してないよ。」
瑠偉は慌てて否定した。
「嘘だね。べつに休めとか言わないから、正直に言ってごらん。」
光輝がそう言うと瑠偉は、
「……実は、昨日の練習で足首ひねっちゃって。」
と、正直に打ち明けた。
「だろ?そういう時は、テーピングだよ。」
光輝はそう言って、自分のバッグからテープを取り出した。
「いつも持ち歩いてるの?」
「そうだよ。アスリートの基本だよ。」
「ははは、俺たちってアスリートなんだ?」
瑠偉は、自分の呼び方を”僕”から”俺”に替えていた。いつの間にか。小さかったのに、すっかり大きくなって、光輝よりも背が高くなっていた。
「ほら、こうやって固定して。ね?これなら痛くないでしょ?レッスンが終わったら、すぐに冷やすんだよ。そして、ダンスする時以外はなるべく休む。」
光輝がそう言うと、
「はい。光輝くん、ありがとう。」
と、瑠偉が素直に言った。
「よしよし。」
光輝は、自分より大きくなってしまった瑠偉の頭をナデナデした。
「あー、俺も足が痛いなー。」
それを少し離れたところで見ていた篤が、突然大きな声を出した。
「え?篤くんも?あー、嘘でしょう。」
光輝は騙されないぞ、とばかりに笑って言った。
「だって、瑠偉には優しいじゃん。」
篤が言うと、
「何言ってんだよ。僕は誰にでも優しいんだよ。」
と言って、光輝がウインクした。一同爆笑。
 ある日のレッスン場での事だ。碧央が入ってきて、荷物を置き、トイレに行った。碧央は近くのコンビニでお菓子を買って持って来ていた。リュックの横に置いてあったアーモンドチョコレートを見つけた篤が、その箱を取り、
「なあ、これ食べちゃおうぜ。」
小声でそう言って、箱を開けた。みんなは面白がって争うように1個ずつ取り、口に入れた。そして、箱を元に戻した。中身は空っぽである。なんと、6個入りだったのだ。
 碧央が戻ってきて、アーモンドチョコレートの箱を手に取った時、異変に気付いた。軽いので当然気づく。
「あれ?何だこれ?あ、空っぽじゃん。」
中を確認した碧央は、周りを見渡した。メンバーは素知らぬ顔ですましている。
「ねえ、これ誰か食べた?」
碧央がみんなに話しかけると、近くにいた篤が、
「何の事?」
と、とぼけて答えた。
「アーモンドチョコだよ。誰が食べたの?」
「アーモンドチョコ?知らないなあ。」
篤はしらを切った。
「嘘つくなよ!買った時はちゃんと入ってたんだからな!誰も見てないって事はないだろ?!」
碧央は、だんだん声が大きくなっていった。すると、流星が我慢できなくなって噴き出した。
「ごめんごめん、みんなでいただいた。」
すると、碧央は流星のところへ飛んで行って、胸倉を掴んだ。
「おい、辞めろよ。やろうって言ったのは俺だよ。」
篤がそう言って止めに入ると、碧央は突然篤の顔を殴った。
「ちょっと、碧央!殴る事ないじゃん!」
「碧央くん、ごめんなさい、みんなふざけてたんだよ、買って返すから、怒らないで!」
光輝と瑠偉が必死に止めにかかった。
「チョコはどうでもいいんだよ!騙されたのが許せないんだ!」
碧央は篤に殴りかかるのはやめたが、まだ怒りが収まらないといった風に篤を睨んでいる。
「俺、もうSTEを辞めるよ。全員で俺を騙すようなところには居られないから。」
そう言うと、碧央はレッスン場を飛び出して行ってしまった。
「ど、どうしよう。追いかけた方がいいよね?」
瑠偉はそう言ってメンバーを見渡した。みな、一瞬黙る。瑠偉はやはり飛び出して行った。
「まずかったんじゃないか?1個取るくらいならまだしも、全部無くなっちゃったんだから。」
大樹がそう言った。
「いや、全部でも1個でも、しらばっくれたのがいけなかったんだよ。もう少し早くにごめんって言えば、笑って済んだのに。」
涼が言った。
「そうだな。」
流星が相槌を打つ。
「……悪ふざけが過ぎたよ。」
篤も神妙な様子で言った。
「お互い、慣れ過ぎたかな。」
流星が言った。
そこへ、瑠偉が碧央を引っ張って戻って来た。碧央の手にはさっきと同じアーモンドチョコレートの箱が握られていた。
「碧央!さっきはごめん。今、みんなで反省してたんだよ。」
光輝が言い、
「碧央……ごめん。」
篤もそう言って謝った。碧央は顔を上げた。
「篤くん、さっきは殴ってごめんなさい。」
碧央も神妙な顔つきで言う。
「碧央くん、辞めるなんて嘘だよね?チョコ、買ってあげたんだから、考え直してよ。」
瑠偉がウルウルした目で碧央を見て言う。
「瑠偉が買ったのか……。」
大樹がぼそっと言った。すると流星が、
「碧央、俺たち、お互いに慣れてきて、あれだな。親しき中にも礼儀ありって事を忘れてきていたと思う。ここで、俺から提案なんだけどさ。俺たちSTEメンバーは、絶対にお互いを騙さない、裏切らないって誓おうよ。どうかな、みんな。」
と言った。
「賛成―!」
涼が賛成すると、大樹が、
「そんな事、簡単に言ったって、意味ないんじゃない?誓うって言ったって信じられるのか?」
と言った。
「今度騙したら、本当に抜けるからな。」
碧央が言う。すると、
「碧央くん、じゃあ、辞めないんだね!」
瑠偉はそう言って、はしゃいで碧央の背中に飛び乗った。
「この先、何があっても、たとえ誰かに頼まれたとしても、このメンバーを騙したり、欺いたりしない。みんなで誓うなら、俺はみんなを信じる。」
碧央はそう言った。
「俺は誓う。軽い悪ふざけでも、騙すような事はしない。だから、これからは俺を信じてくれるか?碧央。」
篤はそう言うと、碧央の方へ右手を差し出した。碧央は1つため息をつくと、瑠偉をおんぶしたまま、右手を差し出し、篤と握手をした。そして、篤と碧央はお互いにニヤっと笑った。
「あー良かった、仲直りして。僕も誓うし、みんなを信じるよ。」
光輝がそう言い、
「俺も!」
と、瑠偉がはしゃいだ声で言った。すると大樹も一言、
「俺も。」
と言ったので、流星が、
「よし!全員誓ったな。STEの再出発だ!円陣を組もう!」
と言った。碧央が、
「大げさだなぁ。」
と言ったが、それでも碧央も加わって、7人で円陣を組んだ。
「よっしゃー、これからも7人で走るぞ!」
流星が言い、メンバー全員が、
「おう!」
と叫んだ。
 ある日、レッスンに来た瑠偉の元気がなかった。メンバーはすぐに気づいた。
「瑠偉、どうしたの?何かあった?」
こういう時、真っ先に声をかけられるのが光輝である。気配りがナイス。
「実は、うちの親が転勤になって、福岡に引っ越すことになったんだ。」
「福岡に?……え?瑠偉、どうするの?瑠偉も福岡に行くの?」
「うううん。高校の寮に入る事になると思う。でも……寮には門限があるし、ここで遅くまでレッスンできなくなっちゃうよ。」
瑠偉はそう言ってうなだれた。そこへ、植木がやってきた。
「あ、社長、聞きました?瑠偉が学校の寮に入るって。」
光輝が植木に言った。植木は、
「ああ、親御さんから聞いたよ。来月からだそうだ。」
と言った。すると篤が、
「急だなあ。瑠偉も、親と離れるの寂しいだろ。」
と言った。瑠偉は、
「まあ、それは仕方ないんだ。せっかく入った高校だからどのみち辞めたくないし、STEの活動はもちろん続けたいし。」
と言う。光輝は、
「社長、何とかしてあげてくださいよ。レッスンに瑠偉が出て来られなくなったら困るよ。」
と、植木に行った。
「そうだなぁ。まだ独り暮らしさせるわけにも行かないしなあ。じゃあ、俺の家に来るか?」
植木がそう言うと、光輝はすかさず、
「それはダメですよ!」
と言い、流星も、
「そうですよ、ダメです!」
と間髪入れずに行った。
「え?何で?」
植木はキョトンとした。
「社長、独り暮らしですよね?未成年と2人きりとか、犯罪ですよ!」
光輝は瑠偉を抱きしめるようにして、守りながら言った。植木は、
「え???」
豆鉄砲でも食らったような顔をし、
「いや、いくら瑠偉が可愛いからって、大丈夫だよ?男の子だからね?」
と言ったが、篤が、
「いやいや、社長。2人きりはやめた方がいいですよ。この、可愛い瑠偉ですからね。」
と言い、流星も、
「そうですよ、やめた方がいいです。万が一って事もありますから。」
と言うので、植木も、
「そうか?」
と、何となく納得しかけた。すると、
「瑠偉、俺んち来るか?」
碧央が突然そう言ったので、みんな一斉に碧央の顔を見た。
「あ、いや、うちには両親いるから。うちさ、兄貴が地方の大学に行ってて、兄貴の部屋が空いてるからさ。それに、母さんがいつも夕飯作り過ぎたって言ってはため息ついててさ。俺1人じゃあ食べきれないし、かといってたくさん余ってると母さん寂しそうだし。だから、瑠偉がうちに来たら、母さんも喜ぶんじゃないかと思って。」
そう碧央が言うと、
「でも、お兄さんが時々帰って来るんじゃない?夏休みとか。」
と、瑠偉が言った。
「そういう時は、瑠偉は俺の部屋で寝ればいいよ。」
と、碧央が言ったので、
「……ホントに?碧央くんちに行っていいの?」
瑠偉が言った。
「おう、瑠偉さえ良ければ。」
碧央がそう言うと、植木は、
「なるほど。じゃあ、双方の親御さんに話してみよう。これから電話してくるから、君たちは歌とダンスの練習をしてなさいね。」
と言って出て行った。メンバーは、
「はーい。」
と良い返事をした。
「よし、じゃあ始めるか!」
と、涼が言った。

 そして、レッスンが終わる頃、植木が知らせに来た。瑠偉は、碧央の家に住むことになったのである。
 ある日、植木がメンバーに言った。
「実はさ、ベトナムとカンボジアにいる友人たちから、ライブをしに来てくれないかと打診があったんだ。冬休みに行ってくれないかな?」
植木は少し下手(したて)に出ている。
「俺はもちろんいいですよ。みんなも行くよな?」
流星がそう言うと、メンバーはみな頷いた。
「難民キャンプでやるんですか?それとも都市のライブ会場で?」
流星が聞くと、
「うん、もちろん前者だ。」
と、植木が言った。すると瑠偉が、
「俺たちって、いつも先進国の人に向けた、挑戦的な歌を作ってるじゃない?でも、困っている人たちの前で歌うなら、もっとこう、励ますような歌を歌った方がいいんじゃないかな?」
と言った。
「そうだな。今後もこういう活動が増えるなら、作っておいた方がいいよな。」
と、大樹が言い、
「あとさ、外国に行ったら、その国の言葉で歌ってあげたら、子供なんかも喜んでくれるんじゃないかな?」
と、光輝が言った。
「OK、OK。確かに光輝の言う通りだ。今までの曲も、せめて英語に翻訳して歌うとか、した方がいいよな。」
と、流星が言った。そんなわけで、STEは新しく曲を作り、歌詞は、英語とベトナム語、カンボジア語をつけることにした。
「そんなに、覚えられるかな……。」
碧央が心配そうに言うと、
「大丈夫だ、まだ2カ月もある。」
と、植木が言った。
「うわ、2カ月で作詞作曲、振り付けして、英語とベトナム語とカンボジア語の歌詞を覚えるの?!」
と、涼が悲鳴を上げ、流星が、
「できる、できる!俺たちならできる!」
と言ったので、メンバーみんなは
「よっしゃー!」
と声を上げた。若干、無理に自分たちを鼓舞している感はあるが、忙しいのに慣れて来たメンバーたちであった。
 新しい曲の歌詞は以下である。

― 僕たちはつながっている
この地球という1つの星の上で、一緒に生きている
辛い事も悲しい事も みんなで分け合おう
楽しい事も嬉しい事も みんなで分け合おう
空も 水も 空気も みんなで分け合おう

僕の為に笑ってよ
君の為に笑うよ
また、会いに行くよ
だから 待っていてね ―

「Meet Again(ミート・アゲイン~また会おう~)」

 少しスローな曲で、歌詞も少なめ。慣れない外国語で歌うので、ラップもなし。覚えやすくした。ダンスはばっちり付けた。ダンスは万国共通の言語である、とSTEのメンバーは今回強く感じたのだった。

 練習に明け暮れる毎日。
「ダメダメ!コーラスが合ってない!」
歌の練習をしていると、大樹先生がとても厳しい。
「スローな曲は、ハーモニーが合ってないと最悪だ。俺たちはプロなんだから、妥協できないぞ。」
「ごもっとも。で、誰と誰が合ってないって?」
涼が言うと、
「涼と碧央がハモるところ。2人で壁に向かって練習!」
と、大樹に言われた涼、碧央は、
「はーい。」
と言って、レッスン場の端っこに行き、壁に向かって特訓した。
 一方、振り付けに関しては、涼先生が厳しい。
「合ってない!篤くん、ここの時、腕の角度が合ってないよ。」
涼に言われた篤。
「腕の角度?!わ、分かった。気を付ける。」
「鏡見てー。そんで、本番は鏡がないんだから、鏡で確認したら、後は見なくても同じように出来るようにねー。行くよー、はいワンツースリーフォー、あー、流星くん、ここ、ワンテンポ遅れてるよー!」
「はい、すみません!」
涼に指摘された流星が、叫んだ。

 レッスンを終え、みんなクタクタになって家に帰る。碧央と瑠偉がお互いを支えるようにして、肩を組んで歩いていると、光輝が後ろから2人の肩をガシッと抱いた。
「いいなあ、2人で一緒に帰ってさあ。楽しそう。ねえ、家でいつも何してるの?」
光輝がそう言うと、瑠偉は、
「え?家で?……歌の練習と、振り付けの復習と、学校の勉強。」
と言った。光輝は、
「ふ……はは。僕と同じだ。」
と、反笑いで言ったのだった。
 2カ月間の製作、練習、練習、練習を重ね、STEはベトナムへ飛んだ。ベトナム語で歌うと、子供たちが目を輝かせて聴いてくれた。挨拶などもベトナム語で頑張った。新聞やテレビの取材も入った。次にカンボジアへも入り、同様にライブを披露した。新曲は、英語バージョンをネット上で売り出した。今回、英語でミュージックビデオも作成し、ネット上に公開した。
 すると、アジア各国でのアクセス数が激増した。日本での知名度よりも、アジアでの知名度の方が上回った。日本に帰国してからも、アジアからのライブのお誘いが絶えなかった。
 そこで、週末を利用してアジアツアーを行う事にした。韓国、台湾、タイ、フィリピン、インドネシアと、次々に行った。今まで作った歌で、英語に翻訳したものもあったが、それでは間に合わず、日本語のまま披露した歌もあったが、ファンたちは日本語の歌もサビくらいは覚えてくれていて、一緒に歌ってくれるのだった。
「俺、めっちゃ感動したよー。一緒に歌ってくれるなんて!フェローのみんながさぁ。」
涼がそう言うと、大樹が、
「フェローのみんな?ああ、なるほど。ファンは仲間だもんな。フェローだ。」
と言い、篤も、
「フェロー、愛してるよー!」
と言った。だが大樹に、
「ここで言ってどうするよ。」
と、突っ込まれた。ここは楽屋である。
「僕も感動したー!フェロー、アイラブユー!」
光輝も楽屋でそう叫んだ。
 そうして、各国のライブは、フェローによってネット上に拡散された。すると、アジアにとどまらず、ヨーロッパやアメリカにもフェローの輪が広がっていった。フェローたちは言った。
「とにかくダンスがすごいんです!」
「歌が上手い!ハーモニーが素敵!」
「顔が可愛い!」
「歌詞が素晴らしいんです!彼らは地球を救うと思います!」
 とうとう、STEの楽曲がアメリカのビルボードチャートで1位に輝くと、日本でもにわかに騒がれるようになった。各種マスコミに取り上げられ、テレビ出演のオファーや企業からのCM出演の依頼が殺到した。みな、競合他社に先を越されぬよう、必死なのだ。だが、STEは普通のアイドルではないのである。
「CMのオファーがたくさん来ているが、一般の商品の依頼は全て断ろうと思う。」
植木が言った。
「え?どうしてですか?やっとお金が稼げるようになるのに?」
篤が言うと、植木は、
「うん。お金を稼ぐのが目的じゃないだろ。いや、君たちにやっと給料を払えるようになって、本来ならもっとたくさん支払うべきなのかもしれない。だが、我々の目的はなんだった?」
と、逆に聞いた。
「そりゃあ、地球を守ることですよ。なあ?」
篤はそう言って、メンバーを見渡した。
「そう。君たちが訴えて来た「ゴミ問題」は、過剰消費によるところが大きい。今や人気者となった君たちが宣伝すれば、フェローたちはこぞって買うだろう。必要でなくとも買うだろう。それは、環境問題からしたら、良くない事だ。」
植木はそう言った。
「なるほど。だから、一般商品のCMには出ない。逆に、環境問題を訴えるようなコマーシャルには出ると。」
流星が手を打つ勢いで言った。
「そうだ。ボランティア活動をする団体や、献血を呼びかけたりするような宣伝は積極的にしたい。ただ、そういう所はお金をたくさん出せないので、アイドルを使おうとは思わないようだ。オファーが全然来ない。」
と、植木が言った。すると瑠偉が、
「社長、他社の宣伝なんかしないで、俺たちのロゴ入り製品を作って、それを宣伝したらどうですか?エコバックとか、マイ箸とか、金属ストローとか。」
と言った。涼がそれを聞いて、
「瑠偉、いい事言うねえ。そういうの、買ってもらって使ってもらえばねえ。」
と言った。植木もこう言った。
「そうだな、STEのロゴ入り製品か。やってみよう。」
そうして、ロゴ入り製品を売り出し、また、クリーンエネルギーの呼びかけ、太陽光発電の宣伝を、ボランティアでやることにした。テレビで流してもらうが、CM料はもらわないという具合に。
 国内でのコンサートも行うようになった。人気は急上昇し、それに伴って、太陽光発電を取り入れる家が飛躍的に増え、プラゴミが大幅に削減されていった。つまりは、STEの影響力が次第に大きくなっていったのである。
 日本にとどまらず、欧米でもSTEの影響力は大きくなった。マイボトル、つまり水筒文化は欧米にはほとんどなかったものの、STEのロゴ入りマイボトルが発売され、コンサート会場でも販売したところ、世界中で売れた。
 国連でのスピーチも依頼され、平和を訴え、紛争地域に救いの手を差し伸べて欲しいと訴えた。STEのコンサートの規模が大きくなったので、チャリティーコンサートに切り替えた。つまり、売り上げの大半を寄付に回すのだ。
 さすがにスタッフを増やし、事務所ももう少し大きいところに移した。レッスン場は地下ではなく、11階になった。そして、都内在住ではなかったメンバーから順次、その建物に住むようになった。家にファンが殺到する事態を避けるため、最終的には全員が事務所のある建物に住むようになったのだった。

 そうして、数年が過ぎた。国内外でいくつもの賞をもらった。外国で勲章までもらった。それを受け、日本の総理大臣も息巻いた。
「Save The Earthは素晴らしい!また全米1位を取ったそうじゃないか。彼らのお陰で二酸化炭素排出量も減っているし、あの子たちは、我が国の宝だなぁ。そうだ、彼らを人間国宝に認定したらどうだろうか?」
閣議でそう、総理大臣からの提案があった。
「確かにSave The Earthは素晴らしいですが……人間国宝はもっと年を取ってからでないと。」
と、文部科学大臣が言った。
「なぜだ。あんなに世界中で賞をもらっていて、日本で何も与えないというのは、良くないだろう。」
総理大臣が言う。
「ですが……彼らはまだ若い。若いうちに人間国宝などにして、後になって、その……事件を起こしたりとか、麻薬問題や不倫のような事になったりするとまずいので……。人間国宝は、一度認定したら生涯取り消すことができませんので。」
文部科学大臣が額の汗を拭いながら言う。すると副総理大臣が、
「ああ、だからもうすぐ死にそうな年寄りしか、人間国宝にはなれないのか。」
と言ったのだが、文部科学大臣は聞こえないふりをした。
「なら、文化勲章を与えるというのはどうかね。」
尚も総理大臣が言う。文部科学大臣は更に汗を拭いながら、
「それにつきましても、70歳以上と決まっておりまして。」
と言う。するとまた副総理が、
「確かに、文化勲章をもらうのも、年寄りばかりだな。」
副総理大臣は、完全に自分の年を棚に上げて、ものを言っている。
「だが、お隣韓国では、世界的に活躍しているアイドルグループに文化勲章を与えたと聞いたぞ。」
総理大臣がそう言うと、総務大臣が、
「STEのメンバーには、それぞれの出身地が、知事賞を授けたと聞きましたが。」
と言った。総理大臣は、
「出身地別だと、個人に授けたのだろう?グループ全体としては何も授けていないではないか。オリンピックで金メダルを取った選手には、どうしているんだっけ?」
と言った。総務大臣は、
「メダリストには、報奨金を出しています。」
と答えた。総理大臣はそれを聞き、
「カネか。彼らは受け取らんだろうね。ボランティアばかりしているそうだから。」
と言った。結局、国からは何も出なかった。だが、日本のクリーンエネルギー率が上がり、ゴミは減り、二酸化炭素排出量も減り、ボランティア活動をする若者が増えた。STEは、確実に日本を変えて行った。
 アメリカには、自国第一主義者、白人至上主義者が一定数いる。そのような人達の間では、世界で言われている「地球温暖化」は、フェイクだと考えられるようになっていた。先進国に、二酸化炭素排出量を減らせと言ってくる、地球温暖化対策会議に反発しているのだ。よって、その地球温暖化対策を呼び掛けるSTEに対して、敵対心を抱くのは必然だった。
 また、STEは日本政府の立場に反して、核兵器廃絶をも訴えている。これも、彼らの目には、アメリカに対する挑戦と映った。

 STEは、結成から7年後、チャリティーコンサートのワールドツアーを行っていた。もう全員成人し、大学も卒業した。このコンサートツアーは、核廃絶を訴えるツアーでもあった。したがって、「核兵器禁止条約」に批准した国のみで行う事にしていた。
 つまり、日本は批准していないので、日本でのコンサートはないのである。コンサートが行われるのは、アイルランド、オーストリア、ナイジェリア、南アフリカ共和国、メキシコ、ウルグアイ、ベトナム、タイ、ニュージーランド、マレーシアだった。
 日本のフェローは悲しんだ。だが、STEを責めるわけにはいかない。政府に、核禁条約に批准してくれ、と懇願するしかなかった。だが、そう簡単にはいかない。フェローたちの中には、タイやベトナム、マレーシアでのコンサートへ赴く人も少なくなかった。なので、あの日、STEメンバーがエレベーターごとさらわれた日に、コンサート会場には、マレーシア人と共に、多くの日本人フェローたちもいたのである。