水鳴諒は無免許です。


 ノベマに登録して、早八ヶ月に迫ろうとしている。過去に別の名前で登録していたこともあったが、一念発起して退会した後、改めてアカウントを取得した。

 何故ノベマに登録したかと言えば、私が俗に言う和風シンデレラ系にハマってしまったためである。元々他のペンネームなどで異世界ファンタジーなどを書いていたのだが、特に和風シンデレラジャンルに憧れて、それを是非とも同志が多そうなノベマに掲載したいと思ったのが、きちんと登録した契機だった。なお、現代ものや異世界ファンタジーも変わらず好きで、読むし書く。

 そんな私であるが、2024/11/06のオススメに、ファンタジー作品を選んで頂いた。



 ご覧頂けたであろうか。とても嬉しい。
現在投稿中の短編賞作品も、ランキングに入れて頂き、嬉しい。
 語彙力が嬉しい以外消えていく。

 さて、そんな私であるが、コンテストを見ると、結構ちょくちょく応募する。選考に通過する、しないというよりも、特にWeb上で開催されるコンテストは、みんなが参加していてお祭り感覚があり、元来お祭り好きな性分なもので、タグを軽率につけて応募して悦に浸ることが多い。一緒に、その“ノリ”を味わえるのが、何よりも好きだ。さながら、雪まつりで雪像を一緒に見た時のような。

 オススメに選ばれた時、私はまず某SNSで藍堂くんに連絡した。

《聞いて! オススメされた》
《なぁ、いつも言うけど、俺の登録SNSの中で、このアプリで連絡してくるの水鳴だけなんだけど、別ので送り直してくれないか?》
《無理》
《まぁいいけど》

 結局、『いい』としてくれる藍堂くんは、非常に根は優しいのだろう。話していると時々冷酷に思えるが、多分優しいのだろう、多分・恐らく・きっと。多分旦那様にするとよい人柄のような気がする。知らないけど。

 この藍堂くんというのは、私の暮らす実家の、川を挟んで裏側の崖の近くにある通称・八倉寺の次男だ。私の本業は所謂ライターなのだが――漠然としているが身バレの危機があるためご容赦願いたい――私はライターとしてあるまじきことに、車の免許もバイクの免許も、なんなら原付の免許も所持しておらず、一人では鉄道やバス・タクシーや飛行機、船に乗車するなどの取材にしか行くことが出来ない。それは、記事のみならず、小説の取材も同じだ。私は過去に一冊のライトノベルと、数冊の電子書籍の小説を、それぞれ別のペンネームで出したことのある、新米に毛の生えたような小説実績も持つライターなのであるが、さて、冒頭に戻ろう。私の現在の自分の中のブームは、和風シンデレラ系であり、和風シンデレラジャンルがなにかという説明をさらっとするならば、大正風の世界観であやかしなどが存在する世界において、虐げられてきたヒロインが、どこぞの名家や強者のお嫁さんになるというような話である。勿論シンデレラは、美貌だけで見惚れられたわけではないので、数多のヒロインは性格がよく人柄も魅力的であり、それを描き出すのは作者の力量――だと思うが、舞台世界などは、正直取材や資料収集が可能だと私は思っている。

 そんな私がよく舞台にするのは、令和の息吹が全く感じられない、奥会津地方の秘境にある三桧村だ。奥会津地方というのは、福島県会津若松市と南会津郡の間にある、某検索エンジンでも“秘境”という検索ワードでhitする、俗に言う田舎――……いいや、人々のイメージする田舎に、明治・大正をかなり取り入れた土地である。最寄りにコンビニ? 無い。最寄りに天然記念物? 視界に入る。そういった土地だ。

 ここにある我が母の生家、星名家であるが、この家自体が明治時代に建てられた家である。途中改築したこともあるが、梁などはそのままで、倉もある。



 色々とインパクトのある星名家であるが、今回、モキュメンタリーの賞を見た時に、私は最初に、この祖父宅を思い出した。モキュメンタリーということにしたら、かなりきわどいところを攻めることにはなるが、私のいくつかの思い出を綴っても許されるのではないかと思った次第である。

 過去、それこそ十年ほど前に私は、とある編集部にて『うちは和風は取り扱ってないから別のプロット出して欲しいです』といわれ、またごく最近『和風は、今となっては二匹目のドジョウにも遅いので別の世界観でお願いします』といわれ、ずーっとと巻き舌で言うが和風好きで来た私には、何処に出して良いのか分からなかった和風シンデレラ風作品がいくつかある。ノベマが出来て、ノベマになら投稿して良いようだぞと分かった時の幸せ感といったらなかった。それと同じように、モキュメンタリーということにすれば、仮にそれが事実であったとしても、あくまでもモキュメンタリー作品ですと言っても、許されるんじゃないかなと思った。真偽のご判断は、読者の皆様にお任せしますが、そんなわけで、今回は私なりにあくまでもモキュメンタリー作品の『タイトル』を綴ることにする。

 それに説明不可欠なのが、『藍堂くん』である。

 藍堂くんは、私と同じ歳――即ちまだかろうじてアラサーといえるギリギリ昭和にはかからず平成時代を生きてきた、三十代前半の、率直に言って三十二歳の青年である。1992年生まれの申年で双子座。私は射手座である。彼は六月生まれであり、半年後の十二月に私は生まれた。

 私の地元、明倉町には、高校が一つだけある。それが、明倉高校だ。
 私は中学時に受験をして、会津若松市の高校に進学したのだが、彼は逆にその年、お母様の病死により埼玉から明倉町へと戻ってきて明倉高校へと進学した。明倉町には、上述したとおり、八倉寺と通称されるお寺があって、そこの長男であった藍堂くんの父が帰ってきた形だ。即ち、私とは入れ違いである。

 そんな私と藍堂くんが出会ったのは、高校一年生の時に明倉町で開催された雪まつりでのことだった。県内でも中継が入る程度には大きな雪まつりで、私はそこに、中学時代まで保育所からずっと一緒で、大親友といって差し支えないと私は思っているメグと一緒に遊びに行った。メグ――恵実ちゃんである。

 メグと私は本当に親しかった。私だけの片思いでない理由として、ふと思い出すエピソードがある。ある日中学校のテストで、いつも成績が一番下付近だったメグが、一位になったことがあった。なお、私も同点一位だった。そして私は彼女の斜め前の席だった。私はその日の朝、『今日は絶対頑張りたいから勉強してきた』というメグの言葉を聞き、一緒に頑張ろうと励まし合った。だが、私のクラスは控えめに言って学級崩壊していたので、メグは、『水鳴さんのテストをカンニングした』と責められた。責められすぎて号泣し、メグは授業中であったが教室から走り去り、学校脇の公民館の裏手で蹲って泣き出した。何故それを知っているかといえば、『私とメグは間違った箇所がお互い違うのに、カンニングって事はあり得ないだろ!』と啖呵を切って教室から私も出て、メグを追いかけたからである。するとメグは、言った。『本当に信じてくれるの?』と。

「当然。信じられない他が変」
「……諒ちゃんがそう言ってくれるんならもういいや」

 と、こうしてこの騒動は収まった。私は別段正義感に溢れた人間ではなく、だって、普通に、間違ってる場所違うし、私にはそこは解けなかったけど、メグには解けてるじゃん? と、思っただけなので、これはヒーローエピソードでなく、どちらかというと私が比較的論理的な部分があるというエピソードとして受け止めてほしい。

 そのメグに招かれて、私は進学先の下宿から……なお、今の令和でも下宿が存在している母校であるが、そちらから帰省し、雪まつりへと向かった。二人で並んでリンゴ飴を食べていると、懐かしの中学までの同級生やらに声をかけられた。

「恵実」

 すると、人並みが途切れたところで、片方が見たことのない同世代男子二人組に話しかけられた。二人組、二人連れで、一人は中学時代の私のもう一人の親友と言えた黎くんだった。黎くんと私はなんとなく気が合い、中学時代に付き合ったことがある。だが、手を繋いだらその体温に違和感を抱き、どうやら好きではない気がすると思って、別れた。なので、私はちょっと気まずかったし、黎くんも同じ思いだったのだろう。

「悪い、俺先に行ってるわ」

 黎くんが立ち去った。正直ホッとしたのを覚えている。
 残された私とメグ、そして見知らぬ男子。私は見知らぬ男子を見上げた。私から見ると長身で、ひょろっとした猫背だった。

「藍堂、麻雀やってるのかと思った」
「高坂先生の家で今までやってた。それで今、帰りがけに雪まつりに黎とよったところ」

 その話を聞き、麻雀への造詣がなかった私は、よく分からなかった。なお小さい町なので、先生の家で生徒が遊ぶことは珍しくなかった。

「えっと」

 それから藍堂くんが私を見た。私は愛想笑いをした。

「諒だよ。私の親友」
「お前友達いたんだ」
「藍堂に言われたくない」

 二人のやりとりに、とりあえず友達だと言われたのが嬉しくて、私はににやけた。
 すると藍堂くんが、携帯電話を取りだした。

「よかったら」
「ああ、はい」

 私は友達の友達は友達だと思うタイプなので、連絡先を交換した。それに……藍堂くんがメグを見る目が、キラキラしていたので、多分好きなんだろうなと判断して、メグもその時フリーだと知っていたので、私に出来ることであれば、余計なお世話だが協力したい所存だった。

 こうして連絡先を交換して、藍堂くんが帰っていったので、その後私はメグと雪まつりを回った。それから帰宅すると、藍堂くんからメールが届いていた。ここから、私と藍堂くんのやりとりは始まったのである。

 その翌週には、メグが好きだと聞いた。
 二年後、私が大学で東京へ、メグが福島県郡山市に就職しても、それは変わらなかった。
 私は週に一度程度は、メグあるいは藍堂くんとやりとりをしていた。

 藍堂くんは、私に『メグはなにしてる?』『メグは元気かな?』と聞く。
 メグは私に、『彼氏と上手くいってる』『結婚したい』と語る。

 ……。

 藍堂くんから相談を受け続けている私であり、藍堂くんが私を介して想い人の現在を知りたいのも分かるのだが、我が親友は、彼氏がいたのであった。私は親友の恋愛については藍堂くんに言わなかったし、藍堂くんに探りを入れられてもなにも言わなかった。だが、ある日。

『諒、聞いて! 子供がデキたの! 彼氏と結婚する!』

 と、メグから連絡が来た。私はまず、メグの幸せを全力で喜んだ。
 それから三十分後、藍堂くんからの着信を見て、はたと我に返った。
 私には失恋するとわかりきっていたことではあるが、どれだけ本気で藍堂くんがメグを好きだったかも分かっているから、本当に彼の失恋が辛い……。

「もしもし」
『水鳴、なにしてた?』
「ん……んんん。風呂に赤カビが生えないようにから拭きしてた」
『あ、そう。携帯持ち込んで?』
「いやぁ、音を聞いて部屋に戻ってきた!」
『なるほど。ところで、恵実って次の雪まつり帰ってくるか聞いてるか?』
「……えっと」

 私は何を言っていいのか分からなくなった。大混乱していて、藍堂くんの気持ちは痛いほど分かるのだし、きっとあと数日もすれば、メグの話はみんなが知るところになるとは思いつつも……言えなかった。だから、言葉を探した。

「あ、あのさ? 藍堂くんって、今もメグのことが『好き』でいいんだよね?」
「ん? ああ」
「告白とかしないの?」
「……なんで?」
「その……ほら? もし、するんなら……」
「するんなら?」
「……メグには、好きな人がいるかもしれないし、そういうのも考慮したら?」
「――それは考えたことなかったわ」

 そう言うと、ブツンと藍堂くんが電話を切った。私は胃が痛くなった。
 その三日後には、知り合い全員が、所持者はスマホのグループに、持っていなかったものはフューチャーフォンのメールやら電話で、メグの結婚報告を聞いた。私は喜んだが……ずっと藍堂くんのことを気にしていた。折しも、大学が二月からの春休み期間に入っていた。雪まつりは二月半ばだ。サークルの打ち上げも終わり、私は帰省することになっていて、例年だと、車の免許を持たない私が連絡すると、藍堂くんが迎えに来てくれていた。そのため、あくまでそのため、だ。私は帰省を理由にして――勿論断れたら家族に迎えに来てもらうつもりで、藍堂くんに連絡した。

「もしもし」
『ん、ああ。水鳴。どうした?』
「……明後日帰省するんだけどさ」
『迎え行くか?』
「いいの?」
『いつも言ってるんだから、いつもみたいに来いっていえば?』
「お願い、来て!」

 こうして私は、藍堂くんに迎えに来て貰う約束を取り付けた。
 ただ……正直な話、メグの話をするから、メグの友達だから、私は迎えに来てもらえるのだと思っていた。それがないのに、つまり利害関係は――元々私はメグの話は漏らしていなかったとはいえ――何も無いのに本当にいいのか不安だった。

 その後特急スペーシアから乗り継いで、会津田島駅へと着くと、藍堂くんが迎えに来てくれていた。雪の降る会津田島駅で、藍堂くんを見ながら、私は多分顔色が悪かったと思う。

「なに、具合悪いの?」
「へ?」

 するとそう声をかけられた。

「乗れ、とりあえず。珈琲、だろ? 買うから」
「あ、ありがと」

 私が助手席に乗る前で、藍堂くんが、缶コーヒーのブラックを買ってくれた。
 運転席に座ってから、藍堂くんにそれを渡されたので、プルタブを開ける。
 いつもより、苦く感じた。

「藍堂くん、元気だった?」
「元気」
「そ、そっか」
「恵実のことだろ?」

 車が走り出してすぐに、藍堂くんが切り出した。私は俯いた。
 悔しくてたまらなかった。
親友の幸せが嬉しい。なのに藍堂くんの不幸がきつい。

「あーあ。水鳴が俺のこと影で嘲笑うような性格だったなら、俺だってお前にキレて終われたのに苦しいわ」
「……ごめん、言わなくて」
「いや、いいよ。お前の口が硬いってよく分かった。それより、まぁ、なんだ? その? 俺は恵実が幸せならそれでいいんだよ。幸せにするのが俺じゃなくても。だから、気にしないでくれ。逆にこれまで相談に乗ってくれて――板挟みにして悪かったな」

 運転しながら前を向いて、藍堂くんが言った。私の涙腺は崩壊した。

「藍堂くん良い奴なのに辛い、あああああ、もう!」
「なんでお前が泣くんだよ」
「なんで藍堂くんは笑うの!」
「――お前がいてくれるだけ、俺は幸せだって。多分、相談してたのがお前じゃなかったら、そもそもとっくに諦めてたし」
「私をフォローすることはないよ! もう、ああああ」
「まぁまぁコーヒーでも飲め」

 こうしてこの冬、私は帰省した。メグは結婚式の準備があったので帰ってこなかった。

 これが、私と藍堂くんが、盟友になった瞬間だったのだと思う。
 以後も私と藍堂くんはたまに電話や通話をし、私が在宅主体に仕事を切り替えることにじて実家へと戻ってからは、ちょくちょくと小旅行にいくようになったのである。

 そんな藍堂くんとは、先日は『塔のへつり』に行ってきた。藍堂くんは何故なのか、『お前とあの道中の峠通るの本当嫌なんだよ。トンネル出来て大分マシになったけど』と前々から言う。途中では、物産館に寄った。



 まぁこの藍堂くんとのお話を、以後、綴っていこうと考えている。あくまでも、モキュメンタリーである。実在する土地や人物等は、差し支えがありそうな部分はなるべく仮名とする。真実がどこにあるかというのは、自分が決めるものでもあるので、これはモキュメンタリーだとしてご覧頂きたい。なお、メグが私に、藍堂くんが初対面の時、立ち去った際にいた一言は、こうだった。

「藍堂は、さ。視えるんだよ」





 さて、これは今年の夏頃、実母の生家である星名家に行った時の思い出だ。
 この時私は私宅監置について調べており――ずっと虐げられて閉じ込められていたヒロインについて空想しており――それには、“倉”というのは、なにやら怖くてぴったりではないかと考えて、『倉ならお祖父ちゃんの家にあるじゃん!』という思いつきから、星名家へと向かうことにした。

「藍堂くん、車を出してくれてありがとう!」
「いつものことすぎる。でもな……あのさ? 祖父の家に男を連れていくって、結婚の挨拶みたいだろ……」
「そうなの? 結婚? なにそれ面白そう。私と星名くんが?」

 私が吹き出すのを堪えると、藍堂くんが目を据わらせた。

「お前にその気が無いのはよく分かってる。ほら、行くぞ。俺は川口駅で姫ます寿司を丁度買いたかったから、そのついでだ」

 藍堂くんがシートベルトを締めたのを、私は確認した。
 私たちが暮らす明倉町から三桧村へは、会津鉄道の只見線の沿線を通っていく。
 只見線は近年では海外からの観光客も多く、有名な路線で、写真家も多く来る。
 だが専ら現地住民は、車を主体に生活しているので、国道を行く。

 途中には、霧幻峡と呼ばれる、川の上に霧が出て、まるで雲の上にいるかのような幻想的な気持ちになる場所がある。



 本当に秘境中の秘境というような土地柄だ。しかし私から見るといつもの風景なので、どうして皆が立ち止まって写真を撮っているのか、最初は分からなかったほどである。

 こうして星名家へとついた。
 星名家は、俗に言う地主の家系であり、三桧村には昔ながらの区長様や寺の人をはじめとした有名な家系が三つあるのだが、その内の一つで、この家が明治に立った時も、村で三番目の大きさにしたのだという。

 江戸の昔から一風変わった人が多く、比叡山まで修行にいった人もいれば、新聞社を起こして失敗した人もいて、東京の大学で某歴史上の偉人と学んだ人もいれば、自殺する人も多いという家系だった。私もそう言った部分があるのだが、元気な時はどこまでもやり、元気じゃない時はぐっと落ち込み寝たきりになってしまうタイプの人間が血筋に多いと言われている。

「ここがお祖父ちゃんの家」

 私は、玄関を見た。この玄関は、昭和に改築されたと聞いている。なお平成になっても、私が小さい頃は和式のボットン便所であり、いつ落下するか私は常々恐怖を覚えていた。



「ごめんください」
「よく来たな」

 中に入ると、かつては掘りごたつだった居間に、祖父が座っていた。

「こちらは藍堂くんです」
「お前も男を連れてくるようになったのか。これはまぁ男前だ」
「――藍堂です」

 藍堂くんが愛想笑いをした。藍堂くんはお年寄りと子供には特に優しい。

「電話で話したとおり、倉を見せて欲しいの」
「好きに見て構わんよ」

 ニコニコしている祖父に頷き、私たちは早速倉へと向かうことにした。倉は、居間の隣の仏壇の間の先にある。



 すると藍堂くんが、仏壇を見て足を止めた。上方を見ている。

「おい、あれ……」
「うん?」



「あれがどうかした?」
「いや、あれ……ちょっと神聖すぎるだろ。なんでお前の家にあるんだよ?」
「どういうこと? あれは比叡山まで修行に行った人が預かっていつか近所のお寺に返すとしか聞いてないけど?」
「まぁ……あれがあるから、今、お前と弟は無事なんだろうな」
「へ?」
「自殺してるだろ、お前の一番下の叔母さん」

 藍堂くんがいつになく怖い顔をしていた。
 私の母は三人姉妹の長女で、本来であれば婿を取って家を継ぐはずだったのだが、水鳴家の父と結婚した。そして真ん中の叔母は、京都で暮らしている。そして三番目の叔母・加奈子叔母さんであるが……確かに亡くなってはいるが、私は病死としか聞いたことがなかった。なお私は二人姉弟で、弟がいる。

「おい、本当に倉に入るのか?」
「それが目的だからね。その前に、ここの二階も見る」

 なお、藍堂くんが私にはさっぱり分からない怖いこと……オカルト的な発言をするのは、比較的よくあることなので、私はツッコミを入れなかった。

 こうして私は、とりあえず仏壇の間の二階へと向かった。



 ここは嘗て、祖父母が煙草農家をしていた際に、煙草の巨大な葉を干していた場所だ。小さい頃は急な階段が危ないため行ってはダメだと言われ続けていたし、私も入ってはダメだと思っていたが、何回かは見たことがあった。

「二階に座敷牢ってありえると思う?」
「さぁな」

 私たちは写真を撮り終えたので、いざ倉へと向かった。すると長持が最初に目に入ってきた。



「おい」

 手を伸ばして鍵に触れようとした私の手首を、ぐっと藍堂くんが掴んだ。

「開けるな」
「? どうして?」
「見ない方がいい」
「だからどうして?」
「お前に簡単に説明するなら、“悪意”みたいなものを感じる」
「さっぱり分からないから開けるね」
「自己責任だからな」

 藍堂くんが肩を落として溜息をついた。私は基本的には心霊現象といったものを信じないので、鍵をあけた。すると、中には着物が入っていて、加奈子叔母さんが昔着ていたのを見たことがあるなと思った。じっくり見れば、それはマタニティ用の服だった。

「……?」

 加奈子叔母さんに子供がいたという話は聞いたことがない。
 それを手に取っていると、はらりと一枚の写真が落ちてきた。



 顔の部分が黒く塗りつぶされている、私と弟の写真だった。
 驚いて後ろ側を見てみると、こう書かれていた。

『諒ちゃんと義野くんが死ねばよかったのに』

 義野というのは、私の弟の名前だ。私は背筋をひやりとした手で撫でられた気がした。

「藍堂くん、どう思う?」
「お前の叔母さんは、流産したんだよ。それを苦にして自殺した。相手はとっくに離婚してる。言いたくはないが、お前の母親はともかく、お前と義野は連れていかれそうになっただろうな、小さい頃は頻繁に――いいや、それはないか。仏壇のところにあった、アレが多分、抑えてくれてたんだろう。それだけじゃない、この倉、他にも神聖なものがある。二階だな」

 つらつらと語る藍堂くんを見て、私は怖くなった。だが元来好奇心旺盛な私は、それらを長持にしまい、立ち上がる。目指すは、二階だ。先に藍堂くんが歩きはじめたので着いていくと、藍堂くんが倉の二階のある部屋をあけた。そこには、鏡と桐箪笥、そして。



 獅子舞の首があった。

「これだな」
「これ? 確かにうちが代々管理はしてるけど、これ?」
「おう。お前の家、やばい怨念だらけだけど、神聖なものも溢れてるから、なんとかなってるんだろう」

 そういうものなのだろうかと私は思った。
 自分ではさっぱり分からないが、私は恨まれ、そして守られていたのだろうか。

 祖父に叔母のことを聞くか迷ったが、さすがに言いだしにくかったので、それは後日母に聞くと決めて、この日は私たちは星名家を後にした。

 その後、帰宅して母から聞いた。

「あら……お祖父ちゃんが話したの?」
「ま、まぁ、そんなところ」
「……ええ。加奈子は自殺したのよ。子供が生まれるのを楽しみにしていたんだけれどね。諒と義野のことを見る度に、こんな服を着せたいなって話していて」

 追憶に耽るような母の瞳が忘れられなかった。




 しかし藍堂くんは、鋭い……という言葉が適切なのかは分からないが、メグが言っていた通り、“視える人”なのだろうというのは、なんとなく私にも分かる。

 ただ、私は心霊現象は繰り返すが正直言って懐疑派であり、ある仮説を立てたことがある。藍堂くんは、サイコメトリストとやらではないのか――即ち、過去の記憶を読み取れるのではないかという推測だ。超能力者も心霊現象も、似たり寄ったりのオカルトかもしれないが、似非科学の方がなんとなく分かりやすい。

 そんなことを考えるのは、私がホラー小説好きだからだろうか。
 書くのも読むのも好きで、高校時代からずっと読みあさっている。過去にその内のお気に入りの一冊を、広瀬さんに貸したことがある。私の十歳年上だった広瀬さんは、当時二十六歳。入院をする事になり、そこに広瀬さんはなにか本を持っていきたいというので、私は貸した。すると退院後申し訳なさそうに広瀬さんが本を返しに来て、入院時に私物に名前を書かなければならず、借りた本だと気づかなかった広瀬さんのご家族が、広瀬さんの名前を書いてしまったのだという。だから私の本棚には、今も室井広瀬と名前が書かれたホラー小説がある。今、広瀬さんはなにをしているのだろう。

 なにを、といえば、それはメグも同じだ。
 私たちは親友だと、今も私は思っているのだが、結婚後に連絡が途絶えたのである。やはり生活環境が変化すると、育児なども忙しいだろうし連絡が来ないのかと思っていたら、ある日藍堂くんに言われた。

「メグと連絡取ってるか?」
「連絡が来るのを待ってるよ。忙しいのかと思って」
「連絡先が変わってるっぽい」
「へ?」
「俺だけじゃない。黎も繋がらないって言ってた」
「……っ」

 その場で私はメグにメッセージアプリで連絡したが、返事はなかった。というか、IDが無かった。ブロックでもない様子だった。アカウントが無く、退会しているようだと判明した。焦った私は電話をかけてみたのだが、電話番号が存在しなかった。機種を変更して番号も変えたのだと考えられる。その後、他のSNSなどもあたったが、全て退会済みだった。

「なにかあったのかなぁ……」

 私が呟くと、藍堂くんがじっと私を見た。

「お前も自分に用事が無いと、人に連絡をしないよな」
「え? 用事がないのに、連絡ってする必要があるの?」
「そういうところだぞ。まぁお前の場合は連絡が取れなくなっても、徒歩で家に見に来られるからマシだけどな」

 はぁっと藍堂くんが溜息をついた。

 さて、その藍堂くんと、昨年の夏には御薬園へと出かけた。御薬園は会津若松市にあり、羊羹と冷たい抹茶が非常に美味だ。



 どの季節に言っても綺麗だが、私たちは夏に出かけた。夏の緑がとてもたまらなかった。私は紅葉の季節も好きなのだが、新緑の季節や初夏といった緑の木々もとても好きである。なお昼食には、天ざる蕎麦を食べた。



 こうして帰り道、私たちは頻繁に通るのだが、会津若松から大内宿や塔のへつりに曲がる道がある峠をくねくねと進んだ。私は勿論助手席である。水鳴は免許を持っていないのだから。すると藍堂くんが、また言った。

「ここ、本当にお前と通るの嫌なんだよ」
「峠? 運転が危ないから?」
「違う。お前を乗せてると、引っ張られる感じがするんだよ」

 それを聞いて、私は小さな川を挟んだ向こうにあるきりたった崖を見ながら考える。
 昔、そういえば広瀬さんとここをドライブしたことがあった。ただその時の会話は、あまり明るいものではなかったから、誰かに話そうという気はついぞ起きないでこの時まできていたし、藍堂くんにも広瀬さんの話をしたことはない。

「引っ張られるってどんな感覚なの?」
「そのまんま」

 そんなやりとりをしながら、私は帰宅した。そしてふと思い立ち、本棚へと向かって、広瀬さんの名前が書かれた本を見る。今、何をしているんだろう、本当に。

 そう考えながらそれを手に、台所で新聞を読んでいた母の元へと向かった。

「ねぇ、お母さん」
「どうかしたの? お土産の抹茶、最高に美味しいからまた買ってきてね」
「あ、うん。えっとさぁ……広瀬さんって覚えてる?」
「――ええ」
「今どうしてるのかな?」

 すると母が俯いた。そして新聞を手で撫でた。

「あなたが大学一年生の時に、お悔やみ欄で名前を見たわ。峠から車ごと落ちて、事故死したそうよ」

 それから母が語った峠の位置は、藍堂くんが引っ張られると話していたところだった。
 私は青ざめた。

 思わず藍堂くんに通話をしていた。

『なんだ? 水鳴。忘れ物でもしたのか?』
「あ、あのね……峠なんだけどさ」

 こうして私は、初めて藍堂くんに、広瀬さんとのドライブの記憶を語った。
 その峠を通りかかった時、広瀬さんは私に言った。

「ここから一緒に車で落ちて、死のうか?」
「……広瀬さん。そんなことは冗談でも言わないで。一緒に、ラーメン食べに行くって約束したじゃん」

 これが私が高校三年生の時の記憶だ。
 母の話によれば、その一ヶ月後に、その場所から車で落ちて広瀬さんは亡くなっている。とても因果関係がないとは思えない。本当に、事故なのだろうか?

『言えよ、そういうことは早く』
「やっぱり自殺なのかな?」
『そうじゃない。危うくお前も道連れにされて死ぬところだったんだぞ! 俺とお前は当時あんなに電話してたのに、お前、一言もそんな……言え、このバカ! なにかあってからじゃ遅かったんだぞ!』

 まさか藍堂くんから、その角度で、私の心配をされるとは思っておらず、私はスマホを手にしたままで、暫しの間ぽかんとしてしまった。

『でも、引っ張られるのは十中八九それだ。髪の短い女だろ?』
「そ、そうだった。よく分かるね……」
『安心しろ。水鳴は絶対に連れていかせない』

 なにやら怒るような声音の藍堂くんの気迫に、私は言葉が見つからず、この日は通話を切った。それから、今回衝動的にかけた通話は、果たして用件があったといえるのか、それともただ誰かに聞いて欲しくてかけたのか、漠然と思った。

 その二週間後、藍堂くんから誘われた。会津若松市の鶴ヶ城のそばの鶴ヶ城会館のカプセルトイをしに行きたいから、一緒に行かないか、と。あのルートが好きでないといつも話していたから、先日の通話もあり悩みつつ私も赤べこが好きなので同意した。

 そして峠にさしかかると、藍堂くんが言った。

「よし。もう大丈夫だ」
「大丈夫って?」
「先週、ここに来て、ちょっとな。八倉寺の人間らしいことをしたんだよ」

 藍堂くんはそういうと鼻で笑った。なにをしたのかは分からないが、詳しいことは聞かなかった。なお、その後あたったカプセルトイがこちらである。



 非常に可愛いので、気に入っている。




 さて、そんなおり、メグから連絡が着た。
 見慣れぬ着信に出るか出まいか迷っていると、誤タップしたのか、電話が繋がった。

『もしもし、諒?』
「メグ!?」

 声のトーンですぐに判断した私は、思わずそう声を上げた。

『今……明倉町に戻ってきてるの』
「そうなんだ!? 元気にしてた? あ、いや、その、えっと」

 元気にしていなかったら悪い問いだったと思い、私は口ごもった。

『子供がちょっとね』
「そ、そっか」
『だから……血が必要なんだ。辛い』
「……そうなんだ」

 貧血系の疾患だろうかと考えて、私は言葉を探した。するとメグが続けた。

『諒、会える? 私を助けて』
「私に出来ることならするけど、それに私も会いたいけい、今どこにいるの?」
『明倉神社わきの公園に行くから』
「今?」
『うん』
「分かった、すぐに行くよ!」

 私が同意すると、ブツンと電話が切れた。私はこれは、藍堂くんに言うべきか迷った。過去に一方通行だが大恋愛していた相手の帰省だ。複雑な心境になるかもしれない。それに明倉神社は、私の家から徒歩で行ける。

「とりあえず黙っておいて、様子を見て改めてかな」

 うんうんと自分の考えに満足した私は、明倉神社へと向かった。境内の前を通り過ぎると、公園がある。小さな四阿があるのでそこのベンチに座ってみた。今のところ人気がない。メグはまだ到着していないのだろう。

 そう考えていると、メッセージアプリの通知が届いた。見れば、藍堂くんからだった。

《今何してる?》
《ん、ちょっと外。どうかした?》
《実は色々考えて、話したいことがあって》
《なになに?》
《直接話したい》
《ごめん、今は無理かも》
《どこにいるんだよ?》
《えっとね》



 私は公園の遊具を撮った。そして、仕方がないと判断し、メグのことを告げることにした。

《メグと待ち合わせ。メグと小さい頃によく遊んだ場所だよー!》

 そう送った時、がさりと木の葉を踏む音がしたので、私はスマホをしまった。すると着信音がしたから、メグと折角会うのだからと、通知音を全て切る設定に変更した。藍堂くんから通話が着ていると分かったが、まずはメグだ。

「メグ?」

 メグは、白いワンピースに模様が入っている出で立ちだった。黒い髪が長く垂らされている。もう秋の入り口だが、まだまだ残暑が厳しいので、少し涼しいが不思議な服装ではない。手には、なにやらクマのぬいぐるみを持っている。そちらは黒い。

「諒。来てくれたんだね」
「当然! 久しぶりだね」

 私が満面の笑みを浮かべると、歩み寄ってきたメグが、私のテーブルを挟んで正面に座った。そしてテーブルの上にクマのぬいぐるみを置いた。どす黒い茶色のクマのぬいぐるみを見て、リボンの部分が薄汚れていることに気づく。

「これは?」
「娘を助けるために必要なの」
「娘さん、そういえば具合、どうなの?」

 電話の内容を思い出して尋ねると、メグがカッターを取り出した。何故そんなものを持っているのかと、私は首を傾げた。

「血があれば助かるの」
「血?」
「お願いしたの、健康祈願してくれるって人に。そうしたら、このクマのぬいぐるみに、血を吸わせれば治るって」

 それを聞いて、私は顔を引きつらせそうになった。
 どう考えても詐欺業者だと思ったからだ。だが、我が子が病気になったら、縋りたくなるのも分かる気がした。

「諒の血、頂戴? 少しカッターで傷を付けて、このクマに吸わせて」
「……っ、メグ。冷静になって? それでメグの気が済むなら、私は構わないけど、絶対に詐欺だよ」
「お願い。私たち、親友だよね?」
「……」

 それは間違いない。私はメグの親友だ。それからカッターを見る。
 別に少し、たとえば手を傷つけて血を落とすくらい、痛いかもしれないが、それでメグの気が楽になるのならば、抵抗はなかった。

「いいよ。分かった。でも、私は繰り返すけど、詐欺だと思ってるからね?」

 私は苦笑して、カッターを手に取った。そして親指の付け根に薄らと傷を付けて、血が滲んできた時、クマのぬいぐるみの手を握った。すると。

「っ!?」

 なにかが体からごっそりと抜けていくような感覚がした。何が起こったのか分からない。ぐらりと目眩がして、ベンチに座っていられなくなり、私はぬいぐるみのわきのテーブルに上半身を預けた。コトンと音がして、カッターがテーブルの上で手から離れる。

「足りない」
「っ、あ」
「まだ足りないの」

 メグがカッターを手にした。そして立ち上がると、ぐったりしている私の横に立った。
 朦朧とした意識の中で、私は隣に立つメグを見上げる。

「諒の、血。全部頂戴」
「っ……」

 声が出てこない。カッターが首に近づいてくる。

「水鳴!!」

 その時、藍堂くんの声がした。それはメグがカッターを振り上げた時と同じ瞬間で、私がぼんやりとそちらを見た時、藍堂くんはメグがカッターを持つ右手首を握りしめていた。ギリギリと強く握り、メグを睨み付けている。

「恵実、なにやってるんだよ」
「藍堂……離して。血が、血がいるのよ」
「お前の子供は死んでる。それに、お前も。思い出せ、お前は子供が交通事故で出血死した後、その後! お前は犯罪を犯して、愛西病院の精神科に入院して、退院してすぐに自殺したんだ! そのクマのぬいぐるみ、は! 俺が供養に行った時に、お前の子供の供養にと渡したものだろ! 確かに俺は言った。この白かったクマのぬいぐるみが、多くの者の精気を少しずつ吸収し、それであの世で、お前の子供は出血した記憶から解放されると。こんなに黒くなるまで、お前は世界を呪って、精気が宿る血を吸わせてきたんだな。もうお前は、立派な“呪い”だ。恵実じゃない!」

 藍堂くんが何か言っていたが、私はほとんど聞こえておらず、こう言っていたように思ったというおぼろげな記憶をここに記載している。

「郡山市の駐車場で、連続で連れ込み事件が発生して、それはこのクマに血を吸わせたら子供が助かると、俺の言葉から盲信して、殺傷事件を連続で起こしただろ? それでお前は精神科に鑑定入院させられただろ!」
「違う、違うの」
「確かにお前の遺体はまだ見つかってない。でも、俺には分かるんだよ。お前はもう、生きていない。“呪い”そのものだ。お前の見た目が、二十代半ばから変わってないのもその結果だ」
「煩い! 煩い! 藍堂は私を好きなんでしょう!? なんで邪魔をするの!?」
「確かに俺はお前が好きだった。でもそれは、人間だったお前だ。そして――今じゃ、お前よりもずっと大切な相手が呪い殺されそうになってるのを見逃せるか!」

 藍堂くんが懐から何かを取り出して、クマのぬいぐるみにはり付けたのを、私は確かに見たと思う。だが直後、私の意識は完全に暗転した。


 次ぎに目を覚ました時、私は病院のベッドに寝ていて、点滴をされていた。
 これが夏の入院であり、SNSで私と繋がりがあった皆様は、私が入院していたことは記憶に新しいと思う。私が入院先から、時々SNSにスマホでアクセスしていたからだ。

「水鳴さん、気分はどうですか?」

 すると私の意識が戻ったことに気づいた看護師さんが、主治医の先生を呼んでくれた。
 会津若松市のとある総合病院のベッドの上にいて、公園で倒れていた私を発見した藍堂くんが救急車を呼び、ここまで搬送されたのだと教わった。私は重度の貧血であり、各種検査が必要だし、日常生活にも難が出るほどのはずだと言われた。

「メグは……」
「メグ? 誰です?」
「……えっと。なんでもないです」

 おぼろげに、藍堂くんはメグが死んでいると話していた気もしたが、私は確かに電話をしたし、カッターを渡されたので、半信半疑だった。

 その後個室から四人部屋へと移り、私はスマホを確認したのだが、見知らぬ番号からの着信など無かった。首を捻っていると、数日して、藍堂くんがお見舞いに来てくれた。

「よぉ、水鳴。調子は?」
「重度の貧血というけど、体感では普通なんだよね。たまに目眩がするといえばする」
「――そりゃ、呪物に血を吸われたからだ。バカが」
「呪物って、あのクマのぬいぐるみ?」
「そうだ。俺が丁重に供養して燃やしたから、すぐによくなる。俺が気づいてなかったら、今頃お前は貧血どころの騒ぎじゃなかったぞ」
「メグはどうなったの?」
「少なくとも生者じゃない」
「カッターを渡されたし、死者には体が無いはずだよ」
「恵実は“呪い”と化していたから、姿を現しては、時々親しい相手――生前の記憶が曖昧になっていくから、覚えている相手のところに姿を現していたみたいだな。もう生きてはいないが、死んでもいないんだ。どこかに、カラダはあるんだろうが、それが何処なのかは俺にも分からない」

 藍堂くんの言葉に、私は呆然とした。

「そもそも、俺は連絡が取れないと話しただろう? 前に」
「う、うん」
「――あの時点で、俺は全部分かってた。なにせ恵実の子供の供養に呼ばれたことがあったからだ。その後の恵実の傷害事件も全部知っていて、それを隠したくて恵実の家族が、明倉町の人間の連絡先を全部消して連絡先も変えたんだ。俺だけが知っていた」
「っ」
「俺だってお前に負けず劣らず口は硬い方って事だな。お前に……真実を伝えたら、傷つくだろうと俺は思ってた。だから、言わなかったんだよ」

 唖然とした私は、何を告げればいいのか分からなかった。ただ、郡山市で傷害事件があったという話は、所謂都市伝説のように語り継がれているし、私でも聞いたことがあった。

「恵実も、お前からだけは血を採りたくないと思ってたみたいだな。さすがは親友だ。でも、もう“呪い”になりすぎて、恵実はお前のことしか覚えてなかったのかもしれないな。お前のことも忘れたら、あとは第三者から血を求めるんだろう」

 藍堂くんはそう言ってから、十五分しかコロナの影響で面会は許されないので、立ち上がった。本当は家族以外禁止なのだが、私が遠方の病院に入院しているため、病院側に交渉して、荷物を持ってきてもらうということで、面会が許可された形だ。

「メグは、じゃあ死んでいるとして、今は……居場所は分からないの?」
「主に明倉と郡山の知人のところに出てきてるみたいだな。確認したら、恵実の周囲は何人も原因不明の貧血で亡くなってる」
「……そうなんだ。メグのことは、供養したりできないのかな?」
「クマのぬいぐるみを持つ、白いワンピースに血飛沫がついてる、黒い長髪の女。これが今の恵実の姿だ。カッターを持ってる。この条件の“怪奇”を見た直後に貧血になった相手を片っ端から当たっていけば、また遭遇できるかもしれない、が。俺は勧めない。“呪い”はどんどん強くなる存在だ。もう、俺はお前が危険な目に遭うのを見たくないんだよ」
「……」
「だから、俺がやる。お前は、安心して療養しろ」

 そう言って苦笑した藍堂くんは、まじまじと私を見て、一度大きく頷いてから帰っていった。そうして、私が退院する頃、新聞には一つの記事が載った。曰く、とあるダム湖の底から、一人の女性の遺体が発見されたのだという。身元は――高橋恵実。白いワンピースを纏っていて、魚に体を食い荒らされており、何年も前に死んでいたのだろうという話だった。ただ、真新しいお札が彼女の持ち物の中にあり、さらに木の杭が胸に刺さっていたという噂が、退院後私の元に黎くんからもたらされた。ほぼ同時に、明倉神社の杉の木に、五寸釘で胸を穿たれた藁人形とお札が見つかったという話も聞いた。

「藍堂くん、何か知ってる?」

 冬。
 長期入院を終えた私は、初雪の日に退院した。既に退院しているとSNSでは話していたのだが、実は退院したのは、初雪が降ったついこの前の事で、そこはフォロワーさん達に嘘をついていたのを詫びたい。その日は、藍堂くんが迎えに来てくれた。



「呪いは、呪いを持って制するのが早いからな。“呪い”となった者を葬るには、呪詛が一番楽なんだよ」
「それってどんな? たとえば藁人形に五寸釘を打つみたいな?」
「一般論だ。俺はなにも知らない」

 藍堂くんはそう言って笑っていたが、私は信じていない。

「藍堂くん、ところでそういえば」
「ん?」
「『直接会って話したいことがある』って言ってたけど、あれはなんだったの?」

 結局聞かずじまいだったなと思い、私は尋ねた。すると藍堂くんが、はぁっと息を吐いてから、ちらりと私を運転席から見て、苦笑した。

「俺は今回の件もそうだけどな、お前と例えば恵実がどういう幼少期を過ごしたのかも知らない」
「うん」
「だから探すのに苦労した。とにかく必死だった」
「ありがとう……」

 なんとも友人甲斐があるなと思っていると、藍堂くんが車を停めた。

「でも、俺とお前は、出会ってもう十五年だ。出会った時より、長い時間に等しいくらいを知り合ってから過ごしてるだろ?」
「うん」
「俺はその間、お前の事が気にならない日が無かった」
「そうなんだ?」
「俺の中では、とっくにお前は特別になってたんだ。だから、お前の母親に聞いたんだけどな?」
「うん?」
「お前車の免許を取る気なんだって?」
「そうだよ。藍堂くんに運転をお願いするのも、そろそろ悪いかなと思って」

 私が頷くと、藍堂くんがくすくすと笑った。

「悪くねぇんだよ。俺は、好きでやってるからな。お前の取材旅行、俺にとっては、俺達の小旅行は、全部『大切』なんだからな」
「へ?」
「俺にとっては、デートだって意味」

 藍堂くんが、またちょくちょく言う冗談を述べた。私は半眼になった。

「まーた、そうやって私を揶揄う」
「揶揄う? じゃあ、これでどうだ?」

 そう言った藍堂くんが、ポケットから小箱を取り出した。ヴェルベット張りの灰色の小箱の蓋を、ぱかりと開ける。そこには銀色のシンプルな指輪が入っていた。

「……っ、これ」
「趣味じゃなくとも受け取れ」
「右手の人差し指とかに嵌めてもいいの?」
「婉曲的に断るのはやめてくれ」

 藍堂くんの声を聞きながら、取り出した指輪を見て、私は頬が熱くなってきた。


 現在。
 その指輪は、私の左手の薬指に鎮座している。もうすぐ、十二月。私の誕生日が来るのであるが、その日に籍を入れようと話している。私も、いつから藍堂くんを好きだったのかは分からないが、決して嫌ではない。

「藍堂くん、次の取材先は、ね?」
「おう」
「――結婚式場なんてどうかな? といっても、友達だけ呼んでレストランで食べる系の」
「そうだな」

 このようにして、私と藍堂くんの取材旅行は、今も続いている。
 私だって、好きじゃなかったら、そもそも祖父の家に連れていったりしなかったのかもしれないし、御薬園にも行かなかっただろう。そんな、私たちの顛末である。水鳴諒は無免許ですが、この度無事に、結婚します。



 ※このお話は、モキュメンタリー作品です。実在の物事はなるべく仮称を用いておりますが、一つだけ。クマのぬいぐるみを持つ、白いワンピースに血飛沫がついてる、黒い長髪の女。これが今のメグの姿みたいだ。カッターを持ってる女性を見た後、貧血になった方がいたら、情報提供をお願い致します。既に、遺体は見つかっておりますが、藍堂くん、曰く。

『“呪い”は制したけれどな、まだ、歩いているかもしれないからな』

 どうぞ、見かけたら、お気をつけを。


 ―― 終 ――


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