手を引かれてる間、私は不思議だった。
異国の地から亡命した私にとって孤独は当たり前だった。数日は親切でも、私の身の上を知ると途端に皆が掌を返す。別にそれは当たり前のことだ。私だって、面倒事に進んで首を突っ込みたくはない。
だが、オウカといいケンスケといい何故こうも自分を危険に晒すのか。それで言うならナギヨシもそうだ。
アイツは多分、私に選択肢を与えたのだろう。もしあの場で、依頼をしていたのなら彼も力になっていたかもしれない。
この町の人々は、形はどうであれ私の運命に寄り添おうとしている。
だからこそ不自然で不可思議で理解し難いのだ。
「ニィナちゃん。次に行く場所はもう決めた?」
「静かな所がいい」
「ははは、確かに!天逆町はちょっと元気過ぎるもんね。だったら、まずは駅に行こうか。そこから空港までいけるよ」
勢いのままなのだろう。ケンスケは未だ私の手を握っている。恐らく本人でさえ気付いていない。
「ケンスケ、手」
「ん?……ってあぁ!?ずっと握ってたごめん!!手汗とか嫌だったよね!?」
「いや別に」
「もしかして許可なく、姫の手を握ったら殺される文化とかある!?」
「無いけど」
「あぁぁぁ!僕、このまま打首で野晒にされるんだ!!姉さん……馬鹿な弟でごめん」
「だから何も無いって言ってる」
余りにも話を聞かないため、思わず蹴りを見舞った。別に手を握られていたことに不快感は無い。
ただ、人と肌で触れ合うことが久しぶりだった。ケンスケの手の温かさは残っている。私の体温をあちらも覚えているのだろうか。
ふと、死んだ母から言われた言葉を思い出す。彼女によると、私の手はどうやら普通より冷たいらしい。だから、優しい娘なのだと。
極端な思考を持つ者を足蹴にしてる私を見ても、まだ母は優しいと言ってくれるのだろうか。それを想像すると、私は面白くなり、クツクツと自然に笑い声が漏れる。
「なんだ、ニィナちゃんも笑うんだ」
「私が笑うことがそんなに不思議?」
「あんまり表情が変わらない人だと思ってたから。でも、笑顔の方がいいよ。そっちのが似合ってる」
「……それセクハラだから」
「僕はただ褒めただけなんですけど!?」
そうか、笑顔が似合うなんて初めて言われた。つい照れ隠しでキツイ言葉を送ってしまったが、内心喜んでいた。
それと同時に、この場所を手放すことがとても残念にも思える。
オウカに拾われて2週間と少し、今までとは比べ物にならないくらい親切にしてもらえたのだ。出来るならこの町で生きていきたい。
しかし、身体に流れる血がそれを許してくれない。思い出を振り返る度にきっと私は悔やむのだろう。
だが、それも何れは風化する。もしかしたら、公開の途中で死ぬかもしれない。
どちらにせよ私には重荷なのだ。旅立ちの荷物は軽い方がいい。苦しい思いもその分少なくなる。
「着いたよニィナちゃん」
「……ケンスケ、ありがとう。ここまで連れて来てくれて」
「僕が勝手に依頼扱いして受けただけだからさ。気にしないでよ。それに君を安全に送り届けることが僕の役目だから」
私たちは切符を買い、駅のホームに向かう。行き先は空港だ。
けれど、無難にたどり着くとは私には思えない。既にオコイエたちが先回りしている可能性もある。移動手段を潰すのは定石だ。
それでも、私が好きになった天逆町では何も起こらないことを願いたい。笑顔でサヨナラをしたいのだ。
「見つけたぞニィナ」
けれど、願いは往々にして叶わないものなのだ。
「オコイエ……!!」
私とケンスケの目の前には2メートルを超える褐色の巨漢が仁王立ちしている。
タンクトップ故にはっきりと分かる隆起した筋肉。浮き上がる血管。深く刻まれた数多の傷。
つまるところ、私の宿命が人の形で現れたのだ。
「ニィナちゃんに関わるな!」
「君は何者だ?」
「ケンスケ。ゆりかごから墓場まで。なんでもござれの岩戸屋のバイトだ!!」
オコイエはじっくりとケンスケを見た後、突然吹き出す。
大きな笑い声がホームに響き渡り、周囲の人々もこちらに注目し始めた。
「な、何が可笑しい!?」
「いや、すまんね。とっても面白い冗談だと思って」
「なんだと?」
「ニィナより弱い男が彼女を守るなんて言うんだからそりゃ冗談に聞こえてしまうよ。ニィナ、君もヤキが回った様だね。こんな男を頼みの綱にするなんて」
私はオコイエを睨みつける。そもそもロック族は筋肉の密度が常人の倍以上ある。力だけで言えば、勝てるはずが無い。
それをわかった上でこの男はケンスケを挑発しているのだ。
「ケンスケ逃げて。貴方が殺される」
「ニィナちゃん。僕はね、あんな無責任な男ですけどナギさんに憧れてるんです。だから、依頼は守らないと行けないんです!!」
ケンスケが私の身体を押す。
思わず尻もちをついて倒れると、そこは電車の中だった。帳尻合わせたかの様に扉が閉まる。
「ケンスケ!お前なにやってる!?」
「ニィナちゃん!そのまま逃げて!!」
「ケンスケ!ケンスケ!!」
私の嘆きを気にせず、電車は発車のメロディーを奏で始める。ケンスケはこちらを見て、笑うとオコイエにむきなおった。
私はこれから起こる出来事を想像してしまう。
それは暴力による支配。オコイエの場合、もはや惨殺に近い。ヤツに従わなかった者は皆総じて力の前に沈む。同じロック族でさえ歯が立たないというのに、ただの日本人に何が出来るというのだ。
相手の力量さえ分からないケンスケが暴の化身に挑もうと言うのだ。私は彼の名を叫び続ける。けれど覚悟の決まっているケンスケはこちらを見ようとしなかった。
ケンスケを死なせたくない。絶対に止めなければ。
故に私は行動する。
「話を聞けぇぇぇぇ!!」
私電車のドアを力任せにこじ開けた。両腕には血管が浮き上がり、ドアはミシミシと軋む。
きっとケンスケは忘れているのだ。私もドウェイン・ジョン島のロック族であることを。
私もまた、常人とはかけ離れた肉体の持ち主であることを。
異国の地から亡命した私にとって孤独は当たり前だった。数日は親切でも、私の身の上を知ると途端に皆が掌を返す。別にそれは当たり前のことだ。私だって、面倒事に進んで首を突っ込みたくはない。
だが、オウカといいケンスケといい何故こうも自分を危険に晒すのか。それで言うならナギヨシもそうだ。
アイツは多分、私に選択肢を与えたのだろう。もしあの場で、依頼をしていたのなら彼も力になっていたかもしれない。
この町の人々は、形はどうであれ私の運命に寄り添おうとしている。
だからこそ不自然で不可思議で理解し難いのだ。
「ニィナちゃん。次に行く場所はもう決めた?」
「静かな所がいい」
「ははは、確かに!天逆町はちょっと元気過ぎるもんね。だったら、まずは駅に行こうか。そこから空港までいけるよ」
勢いのままなのだろう。ケンスケは未だ私の手を握っている。恐らく本人でさえ気付いていない。
「ケンスケ、手」
「ん?……ってあぁ!?ずっと握ってたごめん!!手汗とか嫌だったよね!?」
「いや別に」
「もしかして許可なく、姫の手を握ったら殺される文化とかある!?」
「無いけど」
「あぁぁぁ!僕、このまま打首で野晒にされるんだ!!姉さん……馬鹿な弟でごめん」
「だから何も無いって言ってる」
余りにも話を聞かないため、思わず蹴りを見舞った。別に手を握られていたことに不快感は無い。
ただ、人と肌で触れ合うことが久しぶりだった。ケンスケの手の温かさは残っている。私の体温をあちらも覚えているのだろうか。
ふと、死んだ母から言われた言葉を思い出す。彼女によると、私の手はどうやら普通より冷たいらしい。だから、優しい娘なのだと。
極端な思考を持つ者を足蹴にしてる私を見ても、まだ母は優しいと言ってくれるのだろうか。それを想像すると、私は面白くなり、クツクツと自然に笑い声が漏れる。
「なんだ、ニィナちゃんも笑うんだ」
「私が笑うことがそんなに不思議?」
「あんまり表情が変わらない人だと思ってたから。でも、笑顔の方がいいよ。そっちのが似合ってる」
「……それセクハラだから」
「僕はただ褒めただけなんですけど!?」
そうか、笑顔が似合うなんて初めて言われた。つい照れ隠しでキツイ言葉を送ってしまったが、内心喜んでいた。
それと同時に、この場所を手放すことがとても残念にも思える。
オウカに拾われて2週間と少し、今までとは比べ物にならないくらい親切にしてもらえたのだ。出来るならこの町で生きていきたい。
しかし、身体に流れる血がそれを許してくれない。思い出を振り返る度にきっと私は悔やむのだろう。
だが、それも何れは風化する。もしかしたら、公開の途中で死ぬかもしれない。
どちらにせよ私には重荷なのだ。旅立ちの荷物は軽い方がいい。苦しい思いもその分少なくなる。
「着いたよニィナちゃん」
「……ケンスケ、ありがとう。ここまで連れて来てくれて」
「僕が勝手に依頼扱いして受けただけだからさ。気にしないでよ。それに君を安全に送り届けることが僕の役目だから」
私たちは切符を買い、駅のホームに向かう。行き先は空港だ。
けれど、無難にたどり着くとは私には思えない。既にオコイエたちが先回りしている可能性もある。移動手段を潰すのは定石だ。
それでも、私が好きになった天逆町では何も起こらないことを願いたい。笑顔でサヨナラをしたいのだ。
「見つけたぞニィナ」
けれど、願いは往々にして叶わないものなのだ。
「オコイエ……!!」
私とケンスケの目の前には2メートルを超える褐色の巨漢が仁王立ちしている。
タンクトップ故にはっきりと分かる隆起した筋肉。浮き上がる血管。深く刻まれた数多の傷。
つまるところ、私の宿命が人の形で現れたのだ。
「ニィナちゃんに関わるな!」
「君は何者だ?」
「ケンスケ。ゆりかごから墓場まで。なんでもござれの岩戸屋のバイトだ!!」
オコイエはじっくりとケンスケを見た後、突然吹き出す。
大きな笑い声がホームに響き渡り、周囲の人々もこちらに注目し始めた。
「な、何が可笑しい!?」
「いや、すまんね。とっても面白い冗談だと思って」
「なんだと?」
「ニィナより弱い男が彼女を守るなんて言うんだからそりゃ冗談に聞こえてしまうよ。ニィナ、君もヤキが回った様だね。こんな男を頼みの綱にするなんて」
私はオコイエを睨みつける。そもそもロック族は筋肉の密度が常人の倍以上ある。力だけで言えば、勝てるはずが無い。
それをわかった上でこの男はケンスケを挑発しているのだ。
「ケンスケ逃げて。貴方が殺される」
「ニィナちゃん。僕はね、あんな無責任な男ですけどナギさんに憧れてるんです。だから、依頼は守らないと行けないんです!!」
ケンスケが私の身体を押す。
思わず尻もちをついて倒れると、そこは電車の中だった。帳尻合わせたかの様に扉が閉まる。
「ケンスケ!お前なにやってる!?」
「ニィナちゃん!そのまま逃げて!!」
「ケンスケ!ケンスケ!!」
私の嘆きを気にせず、電車は発車のメロディーを奏で始める。ケンスケはこちらを見て、笑うとオコイエにむきなおった。
私はこれから起こる出来事を想像してしまう。
それは暴力による支配。オコイエの場合、もはや惨殺に近い。ヤツに従わなかった者は皆総じて力の前に沈む。同じロック族でさえ歯が立たないというのに、ただの日本人に何が出来るというのだ。
相手の力量さえ分からないケンスケが暴の化身に挑もうと言うのだ。私は彼の名を叫び続ける。けれど覚悟の決まっているケンスケはこちらを見ようとしなかった。
ケンスケを死なせたくない。絶対に止めなければ。
故に私は行動する。
「話を聞けぇぇぇぇ!!」
私電車のドアを力任せにこじ開けた。両腕には血管が浮き上がり、ドアはミシミシと軋む。
きっとケンスケは忘れているのだ。私もドウェイン・ジョン島のロック族であることを。
私もまた、常人とはかけ離れた肉体の持ち主であることを。