美桜はそこを抑え、顔を上げる。

「天宮さん、大丈夫ですか。体調が悪いようでしたら、保健室に連れていきましょうか」 
 九夜先生が心配そうに、訊いてくる。

「気持ちよくて……寝ていました」
 寝ていたことを咎(とが)めず。
 優しく対応する人に、嘘なんてつけなかった。

「よかったです。もう少しで終わりますから、我慢してください」
 それに安心して、穏やかに笑う。

「頑張り……ます」
 恥ずかしい顔を両手のひらで隠す。ぼそぼそと言う。
 
 九夜先生は何かを呟き、教卓に戻っていた。

 微かに微笑んでいたような。 
 気のせいだよね。

「ねえ、美桜」
 呼びかけられて、我に変える。

 小学生から友達の柊夜だった。
 黒色の短髪に、身なりをきちんとしている。
 外見から見ただけで、真面目な性格だとすぐわかる。

「よかったら、使って」
 自分の唇の下に手を置き、ハンカチを美桜に渡す。

 もしかしてと、自らの口元を触れる。
 ベトベトに垂れる水滴が、指に付着していた。

(うう……恥ずかしい)
 急いで拭う。
 少しお辞儀して、柊夜に返す。

 柊夜は笑わず、それを受け取る。
 相変わらず、優しい。

 もしや、九夜先生も気がついたのか。
 だから、笑っていたかもしれない。

 教卓の方を見ると、先程の話の続きをしていた。

 本当にそうだったのか。
 何を伝えたかったんだろう。

 あれだけ、明日が来るのを待ち遠しかったのに。
 その気持ちは彼方に行った。

 そのことで、夢中になっていた。
 
   ☆☆☆

「ねえ、美桜ちゃん。帰ろう」

叶花(きょうか)。片付けるから、待ってね」

「はやくしなさいよ」
 B組からやってきた、沙耶は怒る。

「もう! さや。そんなに急かさないの」

 双生児(そうせいじ)で、姉の叶花と妹の沙耶。
 中学生に進学した時にできた友人だ。

「ちょっといいですか。天宮さん」

「はい!? 先生……どうかしました」

「大切なお話があります。職員室まで、一緒に来てもらっても、よろしいでしょうか」 

「はい、わかりました」

 口喧嘩する2人に、少し大きなで言う。

「ねえ、2人とも。これから先生と一緒に、職員室に行くね」

 自分の前に手のひらを置き、謝る。
「ごめんね。先に帰っていいよ」

「待ってあげるわよ。はやくしてよね」

「くす……さやは、素直じゃないんだから」

「……そうだね」

「うるさい。あんたのカバンなんか、持ってあげないから」
 笑った2人に対して、沙耶は怒る。
 それにも関わらず、美桜の方に手を伸ばしていた。

 その際に、真っ赤な顔を隠すのが見えた。
 照れているだけだった。

「沙耶、ありがとうね」
 今度は笑わず、鞄を渡す。
 親切にしてくれることが嬉しかった。
 
「沙耶、叶花。また後でね」
 彼女たちに元気よく手を振る。

 先生は少し遠くに立ち止まり、戸惑った様子で、こちらを見ていた。

 待たせたらいけない。
 急いで、後をついていく。

「天宮さん、補習に来てください」
「ええ!?」
ここでは、京都弁使うキャラがでます。参考してください。
「そやど」=「だけど」
「●●へん」=「●●ない」
「へたばらはった」=「お疲れになった」親しいので、少し砕けた感じにしている。
「だいないよ」=「大したことないよ」

ーーーーーーーーーーーーーーー

 《春見中学校》の近くにある、和風喫茶店。
 2人の教師が、横扉を開ける。
 風が中に入り、窓に吊す風鈴が鳴り響く。

「おいでやす」
 若い男店主が京都弁を器用に扱い、彼らを歓迎する。
 礼から姿勢を戻すまで、完璧だ。
 美しい姿は、和服姿を古くさ感じさせず、絵になっている。

「カケル、キュウヤセンセいる」
 それを見ておらず、何かを探すように、真剣に見回す。

「誰もおらん」 
「いなーい」
 2人は意気消沈する。

「休憩して開けたばかりそやし、仕方へん」
 落ち着いた雰囲気で、文句を言う。
 このやり取りは、もう3回目だ。
 今更、怒る気分じゃない。

「その様子だと、またあいつは捕まらへんかったか」
 彼らは、火音を少しでも休ませようと、補習を手伝おうとしている。
 仕事があるのに、それでも助けようとするなんて、優しい人たちだ。
 
「は……い」

「キュウヤセンセ。ニンジャすぎる」

「ほんまに堪忍な。あいつ加減なんて、一切あらへん」

「マスターも一緒に捕まえてよ」

「昨日も言うたやけど、疲れるからお断りします」 

 火音は、一人で何かも背負うとする。
 旧友の京助は、それを熟知しているので、遠慮する。

「探し回って、へたばったやろ。座りや」
 入り口の近く座敷に、案内する。 

「京助さん、それどうかしたんですか」
 山崎 翔(かける)は、右小指の包帯が気になり、訊ねる。
 どうやら、水とメニューを置いた時に見られてしまった。

「あっ、わかった。ドッグでしょ」

「クルミ、それじゃわからんだろ。京助さんだって、困っているぞ」
 翔は京助が目を丸くする姿を見て、野原 来見(くるみ)に指摘する。 

「うう……カケル説明して」

「はあ、わかったよ」
 水分で一息つき、話す。

「最近、ノラ犬が住宅街うろついているですよ。すごく凶暴で、目をつけられた最後。どこに逃げても、ひたすら追いかけてくるんです」

「物騒やな」  

「ですよね。まだ解決されてないから、不安です」

「安いアイスあげたから、気にいらんかったよ」

「絶対にない」

 翔はとても疲れた様子で、京助に訴える。

「クルミがノラ犬にアイスを与えたんですよ。あり得ないですよね」

 その顔を見ただけで、何となく想像がついた。

「クルミちゃん。野良にエサをやったら、アカンよ」
 微笑みながら、叱(しか)る。 

「カケル、マスターがこわいよ」
 来見は涙目になり、相席の幼馴染みに助けを乞う。

 翔は来見の自業自得なので、気にせず、本題に戻す。

「本当のところは、どうしたんですか」

「……娘にかまれたや」

「それって、2人目の方ですか」 

「そや。今朝、食い物と間違えられて……」 

「マスター、大丈夫なの」 

「ちっこいから、そこまでだいないよ」
 大丈夫だよと、軽く手を振る。

「よかった。マスター、チャーハンちょうだい」

「ラーメン屋じゃあらへん」
 冗談を言う奴の頭に、手のひら横にして、軽く叩く。

「ホットサンドでええか」 

「うう……かき氷もつけて。メロンだよ」

「はいはい。翔くんは何するんや」 

 翔は返事もせずに、メニューをぼっと見ていた。

「カケル、食べたらダメだよ」

「食うか。騒ぐならあっちに座れ」 

「元気やな。なんや、考え事か」

「はは……そんなところです。サンドイッチとアイスコーヒーください」

「はいよ。すぐに用意するさかい。ゆっくりしてな」

 厨房に向かい、京助はため息をつく。
 翔は勘が鋭い方だ。
 先程のが嘘だと見抜かれただろう。

 昨夜、火音が子猫のようなものを抱えて、家に訪ねてきた。
 預かってほしいと、強引に押し付けられた。
 昼休憩に目を覚まして、京助に驚き、指を噛んだ。脱走してしまった。

 怪我はかすり傷で、その痕を人に隠したくて、包帯しただけだ。
 夜通しで看病した身にとって、それよりもこっちがきつい。

 彼らに料理を出した後、席を外すと声かけて、仮眠室に入る。
 今の状況を火音に報告するためだ。
 野良の件があるし、これ以上放置できない。
 ついでに、人の苦労を気にかけない野郎に、文句を言ってやる。  

 店の仮眠室で寝たり、押し入れから揺りかごを出したり。色々と大変だったことを。

 懐から携帯を出して、火音に電話をかける。
 留守電話に切り替わる。
 京助は苛つき、再度やろうとする。
 その前に、火音からメールが届いた。

『京助様、すみません。カノンは眠っております。カノンにお伝えしますので、メールしてください。ユキメより』  
 付き人の方が有能で、立派だな。

 仕方ないから、賢吾(けんご)の方に先に連絡しよう。
 その名前で呼んだら、激怒されるので、注意しよう。
 ついでにうるさいので、耳から離す。

「もしもしアッシュ、ワシや」
 怒鳴り声が、店の中まで響いたのだった。
 食堂にあるテラスで、火音は昼寝をしていた。

 結局、あれは何だったんだ。
 何故か、山崎先生と野原先生に追いかけられた。
 しかも、3日連続だ。

 今回はとっさに閃いた作戦で、逃げた。
 それは、天宮の忘れ物の日記帳を机の中で発見した。
 中に彼ら宛の手紙を使い、これの持ち主を教えてもらった。
 彼女が購買で、手紙の封を選ぶのを偶然目撃したこと。日記の鍵を閉め忘れたから、思いついた。

 どうせ、大した理由じゃない。
 前も休日に、来見に大変だと電話で呼び出された。ただの買い物に付き合わせた。
 そう悟り、気にしないことにした。

 ただでさえ、教師と両立する《退魔士》で疲れている。

 今年の春に、日本各地で建物が消失したり、人が行方不明になったりする。怪異事件が多発している。

 それは、《ユガミ》が原因だ。
 夜に出現して、ブラックホールように、何でも吸い込む。

 《妖魔》を作り出して、人々を襲っている。
 《妖魔》、過去の名は《アクム》。
 《ムゲン》という種族で、人の夢から作られた存在。
 《ユガミ》に悪影響を受けて、悪い夢の《アクム》へと変化した。
 《霊力》がない人には見えず、《退魔士》の攻撃しか通さない。
 化け物と扱われて、今の名がつけてられた。 

 《退魔士》は、人々の安全を守るために、それらを退治している。

 スマホの着信音と起こすユキメに気がつかず、深い眠りにつく。
 
    ☆☆☆
 
 深い眠りから、目を覚ます。
 荒い息を吐き出す。

「火音、大丈夫?」 
 ユキメは火音の背を擦りながら、心配そうに声をかける。
    
「……何でもねぇよ」
 
「そう。京助様から連絡があったよ」

「……わかった」
 火音は、京助に電話をかける。

「やっと、目が覚めたか ーー」
 
 無駄口に付き合う、余裕がない。

「京助、さっきの連絡を柊夜に話してくれないか」

「……わかった。火音、無茶するなよ」
 勘が鋭い京助は、それだけで理解する。

「ああ」
 電話を切り、学校を後にした。
 校門を出て、階段を降りる。
 美桜は友達と、たわいない雑談していた。

 この先は、分かれ道になっている。
 美桜自宅の方は右側で、逆方面の友達とはここで別れる。
 せっかく雑談で、嫌な気分をなくそうとした。

 期末試験の赤点ばかりで、補講をすることになった。 
 何も言わないから、ここではないと思っていた。2つ以降は見逃せないと言われた。
 勉強が苦手だから、行きたくない。
 楽しい休みが台無しだよ。

「美桜ちゃん元気出してね」
 叶花は気がつき、美桜を励ます。

「ほら、しょんぼりしないの」 
 沙耶は、背中を叩く。 

 2人には話して、協力すると言ってくれた。
 だが、甘えたくないので、断った。

「美桜、落ち込んでも変わらないよ。気合いを入れなさい」

「さややりすぎだよ。美桜ちゃん大丈夫?」

「叶花、大丈夫だよ。沙耶もありがとうね。がんばるよ!」

 勇気づけてくれたお陰で、すっかり晴れた。
 空に向かって、手を上げる。
 
 トンネルのような木々が、日に照らされて輝いていた。
 絶景を見て、上機嫌になる。

 それに隠れるようにある、石階段。
 その上にある神社には、天照大御神(あまてらすおおみかみ)を祀っている。
 柊夜の両親が管理している。

「すっかり元通りだね」

「こんなの感謝するほど……じゃないわよ。忘れなさい」 
 沙耶は照れた顔を隠し、走っていく。

「さやが危なそうだから、私も追いかけるね。じゃあね」

「うん、じゃあね」

 住宅や店が並ぶ道に出る。
 横断歩道を渡ろうとする。

 野良犬が吠えながら、美桜の前を駆けていく。

 凝視すると、子猫が追いかけられていた。
 可哀想だ。

 素早く小石を拾い、人に当たらないように、投げた。
 そして挑発すると、犬は石をぶつけた本人だと気がつく。

 追う犬から逃げて、すぐさま近くの細い通路に入る。
 ここを通ると、先程の道に戻る。
 遅刻の際に近道として、よく利用するので、地形に詳しい。
 簡単に撒く(まく)ことが可能だ。
 余裕そうに思っていたら、犬は大柄で細い道に挟まった。
 身動きが取れなくて、気弱に鳴き始める。

「きみ、お手柄だね。ここはあたしに任せて」

 救出するか悩んでいると、ボーイイッシュな女性が駆け寄ってきた。  

「ありがとうございます」
 猫のことが気がかり、彼女の厚意に甘えた。

 そこに戻ると。
「ねぇ、落ち着こうね」
 2つ結びの女性が猫を抱えて、必死に宥めていた。

 猫は麦わら帽子を取り、背中に羽を生やして飛ぶ。
 美桜に助け求めるように鳴いた。

 その想いに応えようと、腕を広げた。

 間近で見ると、猫に似ているけど、違う生き物だった。
 桃色の垂れた耳に、狐のような尻尾。先程の羽 ーー まるで妖精みたい。

「捕まえてくれてありがとうね。渡してもらっていい?」

「ごめんなさい」
 猫が嫌がっているので、逃げる。
 彼女にどんな理由があっても、困っている人をほっておけないんだ。
「ただいま」と、自宅の玄関に開ける。

 抱いていた子猫が、腹が減っている様子だった。
 ご飯を食べさせようと、家に戻ってきた。

 あれ、母親の声がしなかった。
 和装士の仕事はないと聞いたのに。出掛けているかな。

 ホワイトボードを確認する。
 予定ある時は、ここに書き込んでいる。

『美桜へ。急な用ができたから、出掛けてくるね。昼ごはんは冷蔵庫にあるよ。母より』
 最後が雑な文章のせいで、小さくて読みにくい。
 大雑把な性格が出ていると、苦笑いする。

 この子の詳細を述べられないので、助かった。
 足が汚れていたので、ハンカチで拭く。カーペットの上に下ろす。

 冷やし中華が昼食だと確認した後、牛乳を先に持っていく。
「どうぞ」

 こっちを見るだけで、飲まない。
 小さいスプーンで(すく)って、口の中に入れる。
 これは害がないと、教えるためだ。

 猫は恐る恐ると、舐める。 

 やっぱり、お腹がすいていたんだ。

 喜んだ姿が可愛くて、微笑みながら、食事の準備を始める。
 
   ☆☆☆

 その後、好物の花びら餅を余韻(よういん)にひたり、味わう。

 猫が潤んだ瞳で、こっちを見てきた。
 ミルクだけじゃ、足りないよね。

 耐えられず、食べるのをやめる。

 食べられるのか、不安だ。
 フォークで小さく切り分け、猫の口元に運ぶ。
 
 歓喜して、ほっとした。 

 全部花びら餅を取られてしまった。
 躊躇(ちゅうちょ)して、取り返さなかった。

 尻尾に隠そうとする様子を不思議そうに、眺める。
 猫は何かに気がつき、それを返してきた。

 そこから取り出したものが、未知の木の実だった。

「美味しい?」
 食べた感想を聞く。

 猫は不味そうに、げんなりした。

 あれ、先程よりも反応が速い。

「もしかして私が言っていることが、わかるの」
 美桜は尋ねると、頷く。

「木の実を食べたから」
 同じ動作したので、どうやら合っているみたいだ。

 これでは、会話するのに不便だ。

「ちょっと待っていて」
 名案を閃いて、2階に上がる。
 平仮名帳を見せながら、下に置く。
 これなら、誰でもわかるはずだ。

 とりあえず、自己紹介からするか。

「私の名前は天宮美桜」
 胸に手を置き、述べた言葉に合わせて、それに触れる。
  
 不満そうな顔をする。
『読めない』と真似するように、踏む。

 なんだ、伝わっていたんだ。

「さくらって読んで。桜はこれだよ」
 スマホのアルバムを開き、指さす。
 これは、沙耶と叶花が友達になった記念に撮ったものだ。

 神社がある道には、春になると、桜トンネルに変わる。
 幻想的で美しく、気に入っている。

『さくら……』

 名前を呼ばれた気がして、嬉しくて微笑む。

『きれいな名前だね』

「ありがとうね。私も大好きだよ」 

 猫に手のひらを向け、質問する。
「……次は君のことを教えて」

『わたしは別の世界からきた、ムゲンって種族だよ』 

 聞いたことがないな。
 それに別の世界って、外国かな。

「それって、外国?」

『違うよ。こことは、異なる世界だよ』
 物語だけと思ったけど、本当にあるんだ。
 知らないのも、当然だ。
 とりあえず、そんな種族が沢山いる世界だと、認知する。

「どうしてここに来たの?」 

『知らない怪物に、無理やり連れて来られたんだ。お兄ちゃんと一緒に』
 沈んだ顔で、答える。
 嫌な体験をしたんだ。許せないよ。

「お兄さんは、今どこにいるの? これに指でさして」 

 地図のアプリを見せると、ここだと指した。

 学校だと知り、驚く。
 怪物がいたら、騒ぎになっていないと可笑しい。 
 真実なのか怪しい。

「本当にここなの?」

 鳴き声で反抗する。 

「いつだったか、覚えている?」 

『……暗かった』

 夜か。
 謎の事件で早めに帰られるし、何か関係があるのかもしれない。 

『待って。お兄ちゃんは、戦える人を呼んできて言っていたよ。さくらは強いの?』
 戦う力はないので、首を振る。

「さっき、君を捕まえた人の居場所はわかる?」

 事情を知っている感じだった。
 このことを説明すれば、協力してくれると思う。

『わからない。さくらのことはわかるよ』

「……ありがとうね」 
 苦笑いしながら、考える。

 これ以上は心当たりがない。頼れるのは目の前にいる子だ。

「魔法とか使えないの?」

『隠れるのは得意だよ』
 突然と姿を消した。

 足音もしないので、捉えることは不可能。

『すごいでしょ。さくらも隠せるよ』
 机の上にいて、自慢気な顔をする。 

 美桜の肩に飛び移り、念じる。
 透明人間になれて、興奮する。 

「すごいね。さっきも使ったら、よかったのに」

『慌てていたの。ずっと使えないよ。大丈夫なの?』
 不安な気持ちを表すように、帳を叩く。

「大丈夫だよ。考えてあるから」
 物置きの大掃除した時に、父親が箱に大事そうに隠していた。
 あれは武器みたいだったし、使えたらどうにかなる。 
 すごく怒られるけど、問題を解決したら後に謝ろう。

『わかった。信じるね』

「そういえば、君の名前はないの」 

『番号で呼ばれていたよ。72(ななに)って』

「じゃあ、なつねはどうかな」

『わたしの名前?』 

「夏の音って書いて、なつね」
 歓喜して、それを連呼する。

「気に入ってくれて、私も嬉しいよ」

 この事を日記に纏(まと)めておこう。

 鞄には入っておらず、教室に忘れたことを思い出す。
 しかも、手紙も一緒だ。
 全て補習が悪い。

『さくらどうかしたの』

「何でもないよ」
 仕方ない、取り返すのは明日にしよう。

「それあげるね」

『ありがとう』

 これは、教材を送ってきた人からもらったものだ。
 名無しだから、会ったことはない。
 記憶喪失だということも知らない。
 色んな知識を教えてくれたり、相談に乗ってもらったりしている。
 感謝を伝えたくて、手紙の書き方を国語先生に習っている。

 だから、これが役に立つ日がきて、嬉しい。
「私の方こそ、ありがとうね」

 なつねは不思議な顔して、首を傾げた。
(たいへ……)
 美桜たちの会話を立ち聞きしていた、ヒビキ。

 背中に生えた妖精の羽で、飛び立つ。
 鍛錬のために預かった、柊夜のスマホから、京助から連絡があった。

 天宮美桜と72の写真。
 美桜が72を連れていっていった。
 それを仲間から聞き、もらった写真を送ったようだ。
 執事の仕事を放棄して、真実を確かに向かった。

 このことを相棒の柊夜に、報告しないと。
 
 気配を感じて、振り返る。

 鳥の形がした紙が、美桜の部屋の床にあった。
 どうやら、美桜が着替え中に落ちたんだろう。
 まるで、意思を持つように動き出し、彼女の首の後ろにつく。

 あれは式神だ。
 これも、報せないと。
 
   ☆☆☆
 
 三久理の屋敷にある道場。
 柊夜は、ここで弓の鍛錬していた。
 《退魔士》として、日課である。

 一段落したので、静かに弓を下ろす。
 弓道衣の胸当てを外し、休憩を設ける。 

「シュウさまおたいへです」
 右を見ると、ヒビキが飛んできた。 

 子猫のような愛らしい姿で、全体の色が白と耳が灰色。 

 《アクム》と同じ種族だ。 
 良い夢から生まれた存在。
 正義の夢として、《セイム》と呼ばれている。
 《セイム》は、妖魔退治するために、異世界からやってきた。

 化け物と間違われないために、主人をつけるようになっている。
 ヒビキは、手伝いが得意だったことから、三久理家の執事として雇われた。

 ヒビキは、相当慌てていた。
 床に降りることも忘れて、そのまま滑る。

 柊夜は素早く飲み物を置き、片手で受け止める。

「ありと……ごい……ます。大丈夫……です」
 それを聞いて、安心する。ヒビキを床に下ろす。 

「慌ててどうしたの」 

 ヒビキは狐の尻尾から、スマホを取り出す。
 大事な物を尻尾に仕舞う《ムゲン》の習性である。

「あの ーー」
 何があったのか、報告する。

「ーー わかった」
 美桜に電話をかけた。
 支度が終了した時に、誰から電話がかかってきた。
 画面を確認すると、柊夜だった。
 珍しいと思いながら、出る。

『美桜、聞きたいことがあるんだけど……話しても大丈夫?』 

「うん。なに?」 

『ピンク色の猫ような生き物が、近くにいるの?』 

 柊夜に伝えていないのに、知っているだろう。
 不思議に思いながら、友達に嘘つきたくないので、頷く。
「いるよ」

『そう』

「柊夜、何で知ってるの?」

『それは説明できない。預からせてもらっていい』

 恐らく、あの人と知り合いで聞いただろう。
 こちらにも事情があるので、引き下がらない。

「ごめん。この子と約束したから」

『その約束も僕が引き受ける。危険だから、美桜には関わらないでほしいんだ』

「できないよ。何か知っているなら、教えてよ」 
 なつねの必死な思いに応えたい。人任せにしたくない。

『……わかった。話すよ』 
 
「よかった。でも、この子……どうしようか」
 先程は鞄に隠したから、どうにかなった。
 変な生き物を見られて、噂になったら、不安だ。

『その子は特殊な人しか見えないから。それに迎えにいくから、安心して』
 柊夜のことを信じよう。

『さくら、どこいくの?』

「協力してもらえそうな人がいたよ。なつねも一緒に行こう」 

『うん』
 昔、異世界にいた王が、全世界の征服を企んでいた。
 この町に住む巫女と5人の戦士が、戦った。巫女が命をかけて、封印した。

 今年の春に、王の仲間がそれを解き、その恨みに復讐しようとしている。
 だが、そこから出られず、《異世界の王》が悪あがきに、日本中に《ユガミ》をばら()いた。
 封印場所が中学校だった。

「信じられないよ。学校は大丈夫なのに」
 説明の途中で、美桜は頭を抱えて、声をあげる。

「先祖が残した結界があるから、朝には元に戻るよ」
 柊夜はリビングテーブルの上に、紅茶を置く。

 執事が空になったティーカップに、ティーポットを注ぐ。

「あそこは、町よりも強い《妖魔》がいるから、危険なんだ。だから、美桜たちを連れていけない」
 
「なつねと約束があるから、ほっておけないよ」
 そのことは、移動中に済ませた。
 
「すごく危険なのは、わかったよ。でも、なつねのために、お兄さんを助けたいんだ。私も連れていって」  

「ごめん。それでも一緒にいけない」

「……シュウさまの意見に理解できますが。さくらさまたちを同行させませんか」

「ヒビキ!」
 柊夜はテーブルを叩き、執事を睨む。
 こんな余裕がないのを見るの初めてだ。
 それだけ危険なことなんだ。
 それでも、引き下がりたくない。 

「ごめん。美桜たちが必死なことはわかっているけど……」

「シュウさま、戦うだけではいけませんよ。ボクに良案がありますので、それを聞いてから考えていただけないでしょうか」  

「……わかった。聞かせて」

  ☆☆☆

 学校に向かう途中に、《ユガミ》を発見した。

「【光刃波(こうじんは)】。これで終わりだ」
 《薄妖魔(うすようま)》を短剣で斬る。

 《ユガミ》が薄い場所に現れることから、《薄妖魔》と呼ばれるようになった。
 それは、影のような存在だ。  
 放置すると、被害を広げるので、退治している。
  
「美桜どうかしたの」
 《ユガミ》を破壊した後、鞘に収める。
 呆けていた美桜に訊く。

 見惚れていたなんて言えないので、誤魔化す。  
「ううん。すごく強いなって思って」

 これでも実力が足りないなんて、どれほど強いんだろう。

「まだまだだよ。さっきのだって、日々の特訓の成果を発揮しているだけだ」  

 自分にはそれを生かしきれないので、純粋に羨ましい。  

「私は頼りないなんて、思ってないよ。説明する時もわかりやすかったし。ついてきてくれて心強いよ」

 柊夜は何かをぼそっと言うので、聞き取れなかった。 
  
 時々、あるんだ。
 褒められて、照れているだけかな。

「ヒビキが呼んでいるみたいだから、行ってくるね」
 慌てるように、逃げていった。

「うん。待っているね」

「さくら」
 なつねが肩に乗り、呼んでいた。

「どうしたの」

 翻訳器リボンのお陰で、なつねの言語がわかり、会話がスムーズだ。
 これは、柊夜が勉学の必要なくなったので、くれた。

「長い。ヒビキに聞いてくる」

「我慢だよ。もう少し待ってね」 
 
 王の部下が、人間に協力する《セイム》を邪魔な存在だと認識して、排除に動いた。 
 村を襲われて、日本に迷いこんだ。

「うう……」

 まだ報告がないので、無事なのか、早く確かめたいだろう。
 それは、美桜も同じ気持ちだ。

『-- なつねのために、お兄さんを助けたいんだ。私も連れていって』
 そう決心したから、やり遂げたい。
 この時間がもどかしい。

「待たせてごめんなさい。他に《妖魔》がいませんので、行けますよ」
 ヒビキはこちらに飛んできて、言った。

 魔法で執事に変身しただけだった。
 しかも、なつねたちと同じ村に住んでいたなんて、すごく驚いた。

「じゃあ、出発しよう」
 夜空に向かって、腕を上げる。気合いを入れる。 

「おー!」と、セイムたちも真似する。 

 ちなみに静かにと、柊夜に注意された。