4月上旬
柊夜はいつもように、弓の鍛錬が終える。
「シュウさま、タオルを持ってきました」
「ヒビキ、ありがとう。京助さんから連絡があった?」
京助に見てもらう予定だったのに、来なかった。
京助は、柊夜の家庭教師をしている。
彼の祖父から教わり、弓の才能を見込まれた。
「いいえ」
「そう」
真面目だったから、連絡がないなんて、可笑しいと思った。何かあったかな。
「部屋に戻りますか」
「おじいちゃんを迎えに行こうと思って」
栄一(柊夜の祖父)は話をしに、天宮梅華に会いにいった。
梅華が足が悪かったので、気遣ったのだ。
栄一には力があるけど、やっぱり不安だった。
「ボクもついていきます。夜は危ないですので」
「ヒビキありがとう」
準備した後、和装士の仕事場に向かった。
「失礼します」
扉を開ける。
人がいたので、ヒビキをリュックの中に隠れさせる。
普通の人にはぬいぐるみにしか見えないけど、持っているのが恥ずかしかった。
「いらっしゃいませ。あら、柊夜くん、どうかしたの」
受付をしていた女性が、聞いてくる。
「おじい様を迎えにきました」
「そうなの。栄一さんなら、梅華さんと2階でまだ話をしているよ」
「そうですか」
「よかったら、待っていく?」
「いいんですか」
「いいよ。どうせ、お客さん来ないから」
愚痴をこぼす。
事件に関わっているので、心苦しかった。
「ごめんなさいね」
「大丈夫ですよ」
騒がしい音がした。
柊夜は気になって、上に向かう。
《薄妖魔》がいた。
全く気がつけなかった。
まるで、隙を狙った現れたようだった。
「お祖父様」
2人を助けようと、弓を構える。
「柊夜!」
栄一が、柊夜を突き飛ばす。
いきなり《ユガミ》が現れた。
栄一は梅華とともに、それに呑まれてしまった。
☆☆☆
「ごめ……ん。帰る……ね」
途中で話を切った。
「美桜、待って」
美桜は聞かずに、部屋を出ていく。
廊下を走る。
大粒の涙を誰にも見られなかった。
あの日、母と一緒に祖母を迎えにいった。
『お祖父様!』
柊夜の悲鳴を聞いて、和装士の仕事に入る。
2階に上がると、廊下で柊夜が倒れた。
開いた扉で、祖母と柊夜の祖父が、何かに呑まれる瞬間だった。
『おばあ……ちゃん』
美桜はびっくりして、その場に座り込む。
そこから、記憶が途切れたのであった。
大好きな祖母と、過ごした思い出。
頭を撫でる優しい声。
何かも、消し去った。
家を出ると、誰かにぶつかる。
その反動で倒れそうになる。
精神的に疲れきって、受け身を取れなかった。
その前に、大学生ぐらい少女が支えた。
「すみません」
慌てて離れる。
背を向けて、走ろうとした。
「あなたは、また逃げるですか」
知ったような口を聞くんだ。
「あの時、戦うことを選んだのではないですか」
何で、決意まで知っているんだ。
「あなたに関係ないでしょう!」
怒りに耐えきれず、大声をあげる。
「ええ。関係ありません。ですが、このまま逃げても、何も変わりません」
少女が美桜に手を伸ばす。
「あなたは、"何のため" に戦いますか」
差し出した者の意志を見るように。
美桜は何も言えなかった。
だって、彼女の期待に応えるほど、気持ちを失くしてしまった。
「そうですか。もう一度、戦う勇気があるなら、ここに来てください」
突然と雪を降り出し、目を閉じる。
自分の怒りで、手のひらを握りしめる。
その場を後にした。
あの後、母親が迎えにきてくれた。
誰かが伝えてくれただろう。
母親の服を涙で汚し、やっと収まった。
「美桜、ごめんね。おばあちゃんことを伝えなかったせいで、美桜を傷つけてしまって」
母親は優しく頭を撫でる。
「ううん」
美桜は涙の顔を隠して、首を振る。
母親が伝えたかったのは、柊夜のところにいたこと。このことだっただろう。
「美桜のためを想って、お父さんと話し合って、決断した。おばあちゃんも、美桜に笑ってほしかったと思うから」
「……うん」
祖母は、暗闇にいた美桜を温めてくれた。
いつだって、明るくいられた。
返そうとしたら、『困っている人が見かけたら、手を伸ばしてあげて』と言っていたな。
「顔が腫れていたら、お母さんも悲しくなるから。シャワーにいってらっしゃい」
「……わかった。お母さんありがとう」
一人させようと、言ってくれただろう。
浴室に向かい、シャワーで流す。
暗闇にいることをみんなに悟れないように、明るく振る舞っていた。
何かも忘れようとしたんだ。
ようやく思い出して、わかった。
何で戦うと決意したんだ。
祖母のことを忘れていたから、強くいられただけかな。
いや、違う。
決めなければ、苦しい思いせずに済んだ。
『このまま逃げても、何も変わりません』
もう祖母のことも、何かも忘れたくなかった。
自分を逃げることで、周りを傷つけたくなかった。
『あなたは、"何のため" に戦いますか』
「私は……」
決意したように、シャワーを止る。
☆☆☆
学校の門の前にいた火音は、嘆息をつく。
ここに来る、ユキメと美桜の反応を感じたからだ。
運命を変えなければ。
逆に変化しなかったかもしれない。
☆☆☆
不思議な世界が、視えた。
それは前触れがないので、対処ができなかった。
それには、こう映っていた。
「よかった。見つけた」
美桜は、隅に隠れていた緑色のセイムを見つける。
「なつねが探していたのって、この子だよね」
ピンク色のセイムは、頷く。
学校の帰りにその子と出逢い、緑色のセイムを助けてほしいと頼まれた。
「逃げて」
緑色のセイムが、2人に叫ぶ。
「【マリンチェンジ】」
その瞬間、鮫が現れて、美桜たちを襲う。
「美桜、危ない!」
柊夜が美桜を突き飛ばす。
美桜は血を流して倒れた柊夜に、悲鳴をあげる。
そのまま、記憶を消した。
火音が荒い息を吐き出し、目を覚ます。
これを変えるために、動き出した。
だって ーー
☆☆☆
できれば、この戦いに巻き込みたくなかった。
美桜の祖母のこと。
きっと、あのことも。
思い出してしまうから。
そうすることで、傷つけたくなかった。
だから、記憶を消したり、脅したりした。
あえて、踏み止まることもした。
消えた記憶を思い出しても、美桜は這い上がってきた。
覚悟を決めて、ここにきた。
それでも立ち塞がる。
ーー 桜が、闇に堕ちる姿を二度と見たくない。
母親に真剣な想いを伝えて、戦いに出るのを許してくれた。
ユキメと出会い、決意を伝えると、九夜先生の元に案内してくれた。
彼は、学校の門を開けようとしていた。
「先生、私も連れていってください」
立ち止まるように、声をかける。
「行かせられない。思い出すことを恐れて、ずっと逃げてきたのに。大した力もないのに」
背を向けて、言葉を続ける。
「……お前を連れていったところで、何ができるんだ」
門を叩き、怒りを露にする。
真剣な気持ちを感じて、身体が震える。
『これは、おばあちゃんに教えてもらい、私たちが作ったもの。美桜のことを守ってくれるから』
母親がもらった御守りが、勇気をくれる。
『このゴムは、おばあちゃんが美桜にあげようとしたもの。この宝石は、代々から引き継いだのよ』
祖母の髪止めと宝石に込められた想いが、背中を押してくれる。
「すごく恐かったよ。おばあちゃんのことを思い出して……悲しかったよ」
もう逃げる道を選びたくない。
彼に認めてもらうために、ここにきた。
「でも、思い出せてよかった。だって、おばあちゃんが、私に教えてくれた」
そして、一歩進む。
まだ戦う力も、経験も。
目の前の人には、何一つ届いていない。
「一人じゃないって、光をくれた。私もおばあちゃんのように、困っている人がいたら、手を伸ばすよ」
その背中に、少しでも届くように。
一緒に戦えるほど、追いつけるように。
全ての想いをぶつけて、手を伸ばす。
火音のポーチが光を出した。
輝きを放った、美桜の手元に薙刀を現す。
桜の模様の白衣に、変わる。
急に変わった姿に、美桜は混乱する。
しかも、服装が乱れている。
恥ずかしくて、背中を向けて、しゃがむ。
「……さっきの意気込みは、どうしたんだよ」
火音は美桜の姿を見て、笑っていた。
そのことに、頬を膨らませる。
「ユキ、手伝ってやれ」
「火音、わかった」
ユキメは頷き、美桜の元に向かう。
「大丈夫です。力を入れ過ぎているから、そうなってしまったんです。頭痛があった時も、同じですよ」
美桜の肩に触れる。
そこを通して、ユキメの力が体内に入っていく。
「安静にして、深呼吸をしてください」
すると、元の姿に戻った。
「ユキメさん、ありがとうございます」
それにほっとして、立ち上がる。
「天宮」
火音に呼ばれて、彼の方を見る。
「戦うことを認めるよ」
「本当ですか!」
嬉しくて、思わず身を乗り出す。
火音は驚きながら、身体を捻って、かわす。
「……すみません」
申し訳なさそうに、苦笑いする。
「危ねぇから、預かっておくな」
嘆息をつきながら、ポーチに入れる。
「俺が迎え行くまで、夜出歩くな。もし、俺がいけない時は勝手に行動するな」
何だか、腑に落ちない。
子供扱いされているみたいだからかな。
「返事は」
「はい!」
「なら、よし」
学校に入るわけではなく、別のところに向かう。
「どこにいくんですか」
「天宮が参加することを上に報告しにいくんだよ。それに、装備が貧弱だから、そのまま入らせるわけには行かないしな」
「待って。私も行きますよ」
彼のことを追いかけた。
☆☆☆
美桜のことを守りたくて、必死になりすぎた。
何も見えていなかった。
『なあ、火音。美桜ちゃんが前に進むやったら、ええ加減、覚悟を決めや。美桜ちゃん……火音のためにも』
美桜を心配して、見に行った時に京助がそれに気がつき、火音を追いかけた。
それに、耳を傾けようとしなかった。
いや、彼女のことを見ようとしなかった。
もしかしたら、それを気がつかせるように、言ってくれたかもしれない。
なのに、情けないな。
本当に情けなくて、何も言えなかった。
今度こそ、美桜が光を身失わないように。
隣で守っていこう。
「もう、面倒くさい」
沙耶は文句を垂れながら、棚の物を拾い上げる。
部屋の掃除をしていた。
夏休みだからといって、怠けていたら、母親に手伝いしなさいと叱れた。
やらなかったら、小遣いをもらえなくなる。
それで、生地を買いたかった。
仕方なくだ。
部屋が汚れていたので、掃除をすることにした。
ちょうど、棚を整理している時に、手を滑らせた。
色んな物が落ちて、床に散乱した。
その中に開いたアルバムを、見つける。
これは、美桜と初めて記念に撮った写真だった。
「懐かしいね」
沙耶の脳裏(のうり)に、過去の記憶がよみがえる。
☆☆☆
時は遡って、4月頃。
「沙耶さんって、何か冷たくない」
「うんうん。ずっとピリピリして話しにくいよね」
「だよね。この前なんか……」
クラスの子の噂話を聞いて、ため息をつく。
沙耶は人と話すのが、すごく苦手だった。
どうしても、相手のことを警戒しすぎたり、冷たい態度を取ったりしてしまう。
そのことによって、相手は傷ついたり、避けたりされた。
その度に、駄目な人間だと思った。
そうなってしまった理由には、心当たりがある。
小学生の時に、姉の叶花がクラスの子たちからいじめを受けていた。
彼女は、普通の人よりも行動するのが鈍かった。
それを見た人たちは面白がって、いじめの対象にした。
沙耶は、それを守ろうと戦い続けた。
姉が二度と被害にあわせないように、見張った。
その結果、この態度は生まれてしまった。
このままでは、駄目だ。
中学生になったら、変わろうと決意する。
だけど、間違えを冒してしまった。
人は簡単に変われないのかな。
もう一度、嘆息をつく。
そして、廊下の途中で止まっていた、足を進める。
次の授業は家庭科で、家庭室に移動する。
別に嫌な気分ではない。
むしろ、楽しみだ。
その授業で、動物のぬいぐるみを作る。
裁縫は大得意だ。
それは、雑貨屋をしている母親の影響が大きい。
物心がついた頃から、ビーズやアクセサリーなどに、触らせてくれた。
それによって、好きになった。
誰よりも素早く作れる自信がある。
ちょうど、叶花を見かける。
体操服とシューズの袋を持っている。
これから体育館に向かうだろう。
退屈だったので、話し相手がほしかった。
叶花が茶色のボブの女の子と会話していたので、声をかけるのをやめる。
遠かったので、よく聴こえなかった。
だが、2人ともすごく楽しそうな顔をしていた。
こんなに明るかったのは、一度見たことがない。
叶花のことが好きなので、取られて嫉妬(しっと)する。
自分には出来ないことをやってのけるので、羨望(せんぼう)する。
絶対あり得ない。
猫を被ることで、裏の顔を気がつかれないようにしている。
甘い蜜で誘き寄せ、隙を狙っているんだ。
化けの皮を剥がしてやる。
意気込みを決意する。
☆☆☆
放課後。
茶色のボブの女の子が、教室から動き出す。
やっとか。
先生も出ていくから、居残りでもされていただろう。
へろへろみたいだし、好機だ。
叶花のふりをして、話しかける。
「美桜ちゃん、お疲れさま」
既に名前を調べ上げた。
叶花の呼び方に合わせる。
「えっと……あなただれ?」
もうばれてしまった。
変装は完璧のはずだ。
「美桜ちゃん、もう何を言ってるのよ。叶花だよ」
「ううん。叶花と話し方が違うよ。シュシュの色も違うし、左右逆だよ」
痛恨のミスを冒してしまった。
でも、これだけは手放せない。
だって、誕生日に叶花と交換した。
不恰好だけど、嬉しかった。
髪を結ぶのが下手だったので、丁寧にまとめてくれた。
叶花は父親の影響で、髪をセットするのが、得意だった。
「あなたって、叶花と双子なの?」
「そうよ。なんか、文句がある」
計画が簡単に崩れて、冷静にいられなくなった。素直に答えてしまった。
こんなはずではなかったのに。
「いいな」
すごく嬉しそうな顔を向ける。
「……何がよ」
それに怖じけついてしまう。
(何なのよ。こいつ)
「私、一人っ子で兄妹いないから」
「いると面倒よ。すぐにケンカになるし」
この前なんか、彼女が残していたプリンとは知らず、食べてしまった。
そのことで喧嘩になった。
「そうなの」
「そうよ」
「それでも羨ましいな」
「何でそうなるのよ」
「すごく楽しそうだなと思って。シュシュだって、大切にしているだもん」
そういってくれて、嬉しかった。
これは、大切な宝物だから。
「あなたにもいるでしょ。そんな明るい性格なんだから。羨ましいなんて、おこがましいよ」
平気で嘘をつける。
「私には……いないよ」
暗い表情で笑う。
今まで太陽のように眩しかったのに、それが嘘みたいだ。
陽気だから、沢山の友達がいる。
いや、それなら、誰かが迎えに来てくれるはずだ。
誰もが同じというわけではない。
その解釈から、既に間違えていたのだ。
それに気がつかなかったから、みんな沙耶の元を離れていった。
それで、友達が1人も増えなかった。
この人もそうだ。
もう傷つけたから、嫌いになるだろう。
「……ごめんなさい」
せめて、謝罪する。
今更、許してもらえないことはわかっている。
傷つけた分を謝りたかった。
目をあわせたくないので、逃げる。
「……待って」
派手に転んだ音がした。
沙耶は驚いて、振り向く。
「ちょっと、大丈夫?」
急いで、美桜の元に駆け寄る。
「あはは」
笑いながら、起き上がる。
もしかして、頭を打って、壊れた。
「だって、謝ったのに。すぐに戻ってきたもん」
「そりゃ。あんなだけ派手に転んだら、誰だって気にするよ」
「……嬉しかったよ。心配してくれて、ありがとう」
笑いを止めて、言う。
「別に」
視線をそらす。
頬が赤くなったのを見られなかった。
「転んだのって、これのせいかな。切ればよかった」
スカートのほこりを払いのけ、見ていた。
それは、解れた糸だった。
恐らく、引っ掛かって転んだだろう。
それでも、転けるかな。
ドジだな。
それを切ろうとして、鞄の中を探る。
「切ったら、だめよ」
思わず、手を握ってしまった。
「ごめん」
「いいよ。詳しいの?」
「……うん。得意だから」
「すごいね。私は全くできないよ。昨日、家庭科の宿題でクマを作ったんだけど、下手だったよ」
「ほら」
スマホの画像を見せてくれる。
テディベアの首が曲がっていた。
面白くて、笑ってしまう。
「おかしいよね。叶花と笑っちゃった」
そのことを話していたんだ。
そういえば、叶花も真剣に作っていたな。
「直してあげるから、貸しなさい」
「うん」
「ちょっと、ここで脱ごうとしないの」
「誰もいないから、大丈夫だよ。ズボンはいてるから」
「それでも躊躇しなさいよ。トイレに行くよ」
「……わかったから、引っ張らないでよ」
☆☆☆
綺麗に直して、美桜に渡す。
「ありがとう。えっと……」
頬の掻きながら、気まずそうにする。
「そういえば、あなたの名前を聞いていなかったね」
今更か。
沙耶もすっかり忘れていたから、人のことを言えない。
「沙耶よ」
「沙耶さんありがとう」
改めて言い直す。
「さんは……いらないよ」
「え?」
小声だったから、聴こえなかっただろう。
「……もう友達だから、呼び捨てしていいよ」
もじもじしながら、答える。
これまで、そんな機会がなかった。
「沙耶よろしくね。美桜って呼んで」
目を輝かせて、沙耶の手を握る。
喜びを表すように、振り回す。
「わかったから。ちょっとやめなさい。恥ずかしいから、放して」
「ごめん。つい嬉しくて」
「……いいよ」
初めてできた友達だから、許してあげる。
そう胸を張って言えるほど、自信がついてなかった。
☆☆☆
眺めるのをやめて、アルバムを閉じる。
それを棚に戻す。
でも、君が悩んでいたら。
落ち込んでいたら、元気にさせるよ。
「美桜」
彼女を呼んで、リボンのシュシュを渡す。
いつの日か、言ってみせる。
ーー 美桜は、私の大好きな友達よ。
《春見中学校》の職員室。
翔はデスクで、パソコンの作業していた。
眠たそうに、目を擦る。
深夜まで、来見家でゲームをしたせいだ。
「山崎先生、お疲れさまです」
振り向くと、九夜火音だった。
歴史の担当していたあさひ先生が、体調を崩して入院した。代わりにやってきた。
「お、お疲れさまです」
正直、この人が苦手である。
色々と指導してほしいと、校長に頼まれた。
ここにきて、2年経つ。
そろそろ部下をつけられても、仕方ない。
先輩として、良いところを見せたいと思い、快く引き受けた。
優秀な上に、社交的な人だった。
皆に信頼されていき。
知らないうちに、翔の手がいらなくなってしまった。
何もできていないし、影で笑われてしまった。
結果、彼のことが嫌いになった。
「どうかしました」
面倒なので、敬遠する。
「お疲れだったので、コーヒーをあげようと思って」
苦いから、要らない。
甘い物が飲みたくて、来見にいちご牛乳を買ってきて、頼んだ。
来見が作った、英語の小テストが簡単すぎた。手伝う代わりだから、文句はない。
まあ、財布を忘れたから、自分の金だ。
「ありがとう……ございます」
眠気ざましなるだろう。
厚意を無駄にしたくなかったので、受け取る。
デスクの端に置く。
「問2と3のスペルを間違えています。他は逆になっていますよ」
「本当だ」
細かいところを見てくれて、気が利く。
彼に感謝して、直そうとする。
「そのまま作業すると、目の負担になりますよ。よかったら、これを使ってください」
眼鏡ケースを渡す。
「予備ならこれがありますから、大丈夫ですよ。それに、あまり使ってませんから」
眼鏡の縁を弱く触る。
そこから素顔がちょっと見えた。
「ありがとう……ございます」
彼の言った通りだった。
茶色の眼鏡は、あまり使われていないようだ。
わざわざ買ってきたわけではないよな。
それなら使わないので、新品のはずだ。
あれ、度が入っていない。
あれも、同じなのか。
なら、何でしているんだ。
ますます、謎だ。
「カケル。いちごギュウニュかってきたよ」
最悪な状況にするように、来見が登場してきた。
「何できたんだよ」
問いつめて、小声で訊く。
「グッドナイスよ。カケル、コーヒーにがてでしょ」
普通の声量なので、火音の耳に入った。
「これは、自分で処分しておきます」
冷凍庫のような、笑顔を返す。
「それは明日に返してくれたら、大丈夫ですよ。早めに帰ってください」
彼のお陰で早めに済んで、印刷するだけだ。
変な事件が続いているので、ありがたい。
「それでは失礼します」
「さすがキュウヤセンセ。プリントしよ」
「そうだな。てか、お前がやれよ」
☆☆☆
「なあ、クルミ。九夜先生って、何で眼鏡してると思う」
漫画を読む、来見に訊く。
暇なので、自分の家に遊びにきている。
彼の家が隣にあるから、帰ればいいのに。
相談したかったから、別にいいや。
「カノジョいるから、おしゃれしてるだよ」
こいつに訊いたのが、間違えだった。
「独り身だろ」
「カケルしらないの? キュウヤセンセモテモテよ」
メモ帳をズボンから取り出す。
「イケメンで、ミステリーなところがいいんだって」
「それを言うなら、ミステリアスな」
「けいさんでチカづけないっていわれてるよ。けいさんなら、クルミにもできるよ」
人のことを言えないな。
英語以外、小学生並みだろ。
確かに会話や行動は、計算されているみたいだ。
どことなく、近づけない雰囲気があるよな。
「カケル、メガネみつめちゃって。ははん。キュウヤセンセきになるの。クルミにきいたのね」
「そそんなじゃない」
無意識で、見てしまった。
慌てて否定する。
きっと考えすぎだ。
「九夜先生に、これ返そうと思って」
礼したいと思い、出かけた。
☆☆☆
来見にくるなと、念押したのに。
結局、いるな。
電柱に隠れて、翔の様子を伺っている。
後ろを見ながら、嘆息をする。
時間が無駄になるし、知らないふりだ。
喜んでくれるだろうか。
紙袋に入った、抹茶の饅頭(まんじゅう)だ。
親戚が旅行にいった土産だ。好みじゃないから、台所の棚に仕舞った。
今更、買えないから、賭けよう。
「ああ、サムライだ」
初歩的な罠に、引っ掛かるか。
袴姿の人が、本当にいた。
撮影場所に行こうとしているのか。
何かに引っ掛かり、転ける。
しっかり確認をしなかったせいか。
立ち上がれない。
足に石が乗ったように重かった。
いや、何かが巻き付いているんだ。
ズボンに触れて、嫌な感覚を感じ取る。
「カケルまぬけだね」
霊感がないから見えないけど、幽霊みたいのがいる。
「クルミこっちくるな!」
それが離れる。
恐らく、来見の方に向かったんだ。
叫んだが、来見は感知ができず、こちらにくる。
切りさく音が聴こえた。
目の前には、先程の人が立っていた。
急に睡魔に襲われる。
瞳を閉じる瞬間、その人が振り向く。
それが九夜先生に見えたような。
☆☆☆
覚醒すると、和室だった。
「クルミは」
隣で熟睡する来見に、一安心する。
「目を覚ましたか」
扉が開き、京都弁の男性が入ってくる。
「あの、ここは」
「ワシの店や。君らが、道端倒れとるのを見かけて、運んできた」
「それって、袴の姿の人ですか」
「いいや。ワシや」
暗かったし、見間違えたのか。
「……ありがとうございます。もう帰りますので」
「もう一人が起きるまで、ちびっと休んでいきや」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「おぶでも、持ってくるな」
出て行く前に、聞きたいことがある。
「はい。あの……」
「京助や」
「俺は翔です。京助さんあれって、何だったんですか」
「あれというのは」
「幽霊みたいのですよ」
「おらへんよ。夢でも見たんやないか」
冗談話だと思われて、笑われてしまった。
ズボンを捲(めく)っても、あの痕がなかった。
あれが夢なんかじゃない。
嫌な感覚を鮮明に覚えている。
☆☆☆
翌日、放課後。
外に出る、火音の後を追う。
あれが夢ではないなら、見た人も彼だろう。
来見も記憶がいないから、頼りならない。
はぐらかすので、追いかけた。
途中で見失う。
周囲を見ると、和風の喫茶店に目につく。
そう言えば、あそこはここだった。
あの店主と火音は、知り合いじゃないのか。
店に入室とすると、後ろから肩を叩かれる。
「翔くん」
振り向くと、京助がいた。
忍び寄ってきたようで、全くわからなかった。
「何のようや」
穏やかな口調だけど、目が笑っていない。
「京助さんこんにちは。昨日のお礼を兼ねて、ご飯を食べにきました」
何とか思いついた言い訳をする。
「そうかいな。ちょいこい」
完全に終わった。
一通りが少ない場所に、連れていかれる。
「あのな、火音を嗅ぎまわるやめや」
「それは……」
ごもっともだ。
「そもそもメリットあるやんか。火音の居場所をなくそうするなら、容赦へんで」
確かに関係ない。
どうしても気になってしまう。
深く考えると、あの人のことを思い出した。
あの人とは、大学で一度出会っただけだ。
顔も声も憶えていない。
記憶にあるのは、あの言葉と。
『字がきれいだし、教え方がうまいな。国語教師になってみたら』
問題の解き方を教えるために、書いたものだけだ。
自信を持てなかった自分に、未来の選択肢をくれた。
思い出を持っているだけで、あの人がどこかで見ているような気がした。
その人のことを知れたのは、中学校に入社した初日。
校長とは知らず、落とした地図を拾った。
手書きの地図で、あの人と字だとすぐにわかった。
遅刻するにも関わらず、案内したら、校長だった。
そして、教師をやめたことを知ってしまった。
トラブルに巻き込まれたらしい。
曖昧なのは傷ついて、忘れた。
いや、忘れたかったんだ。
そこにいたとして、何もできない。
忘却する方が楽だった。
その人と、火音は似ている。
手綱を引いていないと、どこかにいってしまいそうだ。
これは、似ているから、ほっておけないからではない。
迷っているなら、力になってあげたい。
あの時、できなかったことをしたいんだ。
ようやくたどり着いた。
「違います。追いかけたのは、謝りますけど、やめさせたいとかじゃない」
その男性に、反論する。
「じゃあ、なんや」
「力になりたいんです。俺は、彼のことを何も知らないし、してもらったこともない。支えたいというこの気持ちは、嘘じゃありません」
京助を真剣に見て、真実を口にする。
「そやのな。ほんでも、彼のことを教えらへん」
届かなかったと、視線をそらす。
「翔くんのことを信頼してわけへんけど、傷ついたら、あいつが悲しむ」
そっと肩を叩き、京助が答える。
「よく知らない相手なのに」
「ほんでもあいつは助けたいし、傷ついてほしくへん。ばか正直な人間や」
聞いたのとは、真逆だ。
「仕事のこととかで、手を貸してやり。それやったら、ワシも許す」
「はい、ありがとうございます」
「脅した相手に、礼なんかいらへん。ほな、店があるから、失礼するよ」
京助が背中を向けて、去っていく。
感謝を伝えるように、お辞儀した。
☆☆☆
時が経って、夏休み。
「山崎先生」
「九夜先生、何ですか」
「追いかけた理由をあいつから聞きましたよ」
京助がいってくれただろう。
避けてられても、ちゃんと話せばよかった。
「知らなかったとはいえ、避けてしまってすみません」
「いいんですよ」
「クルミいったんよ。カケルがめいわくから、やめたほうがいいって」
「一番乗り気だったくせに、何をいうんだよ」
来見の頬を引っ張る。
「よかったら、手伝ってくれませんか」
「いいんですか」
「山崎先生が迷惑にならない範囲で、手伝ってくれたら、ありがたいです」
「クルミもやるよ」
「じゃあ、お願いします。ここを……」
教える範囲が書かれたものを見せる。
この字って、まさか。
「どうかしましたか」
「何でもないです」
涙が溢れそうなる。
憧れあの人に逢えたからじゃない。
決して、違ったとしてもいい。
希望をくれたあの人のように、九夜先生に支えたい。
光になれるように、頑張っていきたい。
※ネタバレになりますので、本編を読んでない方は、読まないしてください。
これまで出て、キャラ紹介と道具の紹介していきます。
名前だけ登場したキャラについては、省いています。
次の章の入ったキャラに関しては、ここではなく、また作ります。
【キャラ紹介】
★メインキャラ
主人公
天宮美桜
中学1年生
性格:元気。前向きで明るい。困っている人をほっておけない。
一人称:私
髪型:茶色のボブ。
身長:140センチ。チビを気にしている。
祖母からもらった、髪飾りつきルビーを肌身離さず、持っている。普段は手首につけている。
好物:ピンク色の和菓子 (物語にて)
嫌い物:ピーマン
九夜火音
美桜のクラスの担任、退魔士。
担当科目:歴史
一人称:教師では私、通常では俺
年齢:20代
容姿:黒色の長髪、眼鏡。退魔士の時は適当に後ろ結び。
格好いいイケメン。
性格:教師ときは、礼儀正しく敬語を使う。優しい。
通常ときは、言葉遣いが荒い。意地っ張りで、正義感が強い。
二面性の顔を持っている。
好物:いちご全般で、特にいちご大福。
嫌い物:辛い物全般。
ユキメ
性別:女
火音の式神で相棒。
火音はユキと呼んでいる。
イメージ:白色の長髪。
身長は160センチ。年齢は大学生あたり。
雪をベースした白い和袖ワンピースと、緑色スカート、靴。
性格:主にはタメ語や名前で呼ぶ。2人時には甘える。
それ以外は礼儀正しく、様で呼び敬語。
趣味:読書。ちなみに言語は読書で覚えた。
主が呼ばなくても、自分の意思を持って勝手に出てくる。
名前:なつね
性別:女
種族:《ムゲン》で《セイム》。
一人称:わたし
姿:子猫
全身がピンク色。耳が薄ピンク色。
性格:臆病
懐いていない人には近付くことなく、場合によってはかみつくことがある。
異世界から、ある事情できてしまった存在。美桜に助けられて、やがて相棒となる。
三久理柊夜
美桜の友達。クラスメイト。
髪型:黒色のショートヘアー。長さは首もと上。
性格:まじめ。誰にも優しい(一部の人に、常に嫌っている。対抗心を燃やしたり、意地っ張りになる)。
お金持ちの家。
春見神社の天照皇大神祀るを管理している。
裏では退魔士の活動をしている。
常に光色の宝石のバングルを持っている。
ヒビキ(陽日希)
性別:男
姿:全体が白色。耳が灰色
年齢:20ぐらい
一人称:ボク
得意魔法:変身
柊夜の相棒。
柊夜のことは、シュウさまと呼んでいる。
敬語で礼儀正しく、お手伝いすることが大好き。退魔士以外の時は、人間に変身して執事として働いている。
焦っていると、可笑しな言葉になる。落ち着いて話せば、ちゃんと話せる。
★サブキャラ
杉永京助
一人称:ワシ
性格:世話焼き
特技:料理。和風の菓子が特に得意。
イメージ:茶色の短い髪。店だけではなく、普段でも和服を着ている。
火音とは幼馴染み。
京都弁を話し、和風喫茶店の店主している。
★敵
チユとラン
この2人は、『らんちゅう』という妖怪をモデルにした。
ラン(姉)
主語:ワタシ
妖術:海洋生物にアクムを変えて、使役する。
姿:尾びれと髪が赤色
妖魔の王の部下の1人。
たまに悪どい笑いかたをする。ふっふっふ。
チユ(妹)
主語:チユ
語尾:カナ
妖術:水で何かに変形させる。
姿:尾びれと髪がオレンジ色。
悪どい笑いかたをする。けっけっけ。
姉のことを慕っていて、すごく尊敬している。お姉さまと呼ぶ。
ちなみに、あまりしゃべれない。
ランからもらったホイッスルでアクムを呼ぶことができる。
★その他のキャラ
野原来見
一人称はクルミ
科目:英語
母親が外国人、父親が日本人。
英語が得意。英語以外は駄目。国語がすごく苦手。
翔とは幼馴染み関係で、カケルと呼ぶ。
性格:マイペースでお調子者。女には甘々である。
山崎翔
一人称は俺
科目:国語
クルミと反対で、英語がすごく苦手。留学して、ある程度はできるようになっている。
特技:字がきれい
趣味:演劇鑑賞
性格:面倒見がよく、人当たりのいい。
周囲の雰囲気にいち早く察知して、気配りできる。たまに勘が鋭い。
文句いいながらも、クルミに面倒を見たりする。
キャラクターを追加で紹介していきます。
叶花
沙耶の双子の姉。
左サイドテールで、シュシュが赤色。
得意は髪を丁寧すること。
美桜と同じクラスで友達。
美桜のことは、美桜ちゃん。
沙耶
叶花の双子の妹。
右サイドテール。シュシュが水色。
隣のクラスで美桜の友達
性格はツンデレ
得意は裁縫
姉のことはキョウと呼ぶ。
姉とはよく喧嘩する。不仲というわけではない。お互いにシュシュを誕生日にプレゼントするほど、仲良しである。
【道具について】
【フェアリィ・オーブ】
名前の妖精は、セイムのことである。妖精みたいなので。
形は丸い形、中には魔力が流れている。魔力がない人間でも魔法を使える。
魔法の使い方は、武器に付与して使う。いい夢と一緒に力を合わせると、威力が上がる。
魔法の属性は、宝石の色で決まる。例えば、赤色が炎。
翻訳器のリボン
人がリボンを持っているだけで、いい夢の異国語がわかる。柊夜が異国語を勉強するために、ある人に作ってもらった。
ある人の趣味で派手すぎて、つけられない。ちなみに、美桜もポケットにいれている。
木の実
これを食べると、日本語や人間が話した言葉が、自分の国の言語に変わる。
酸っぱい。
数が少ないため、限定したいい夢に渡されている。