約200年前
長きに渡る、戦乱の時代を終えた。
焼け野原になった町は、大開発が行われて、大都市へと発展していく。
《春見町》に住んでいた巫女が、ひっそりと命を落とした。
異世界からやってきた王が、日本を侵略するを阻止したからだ。
王はわが国を征服した後、それだけに満足せず、すべての世界を手に入れようとした。
天啓を聞いた巫女は、愛する母国を守るために、戦うことを決意する。
巫女は美しい体を真っ赤に染めても、戦いを止めなかった。
赤い花は、どんなよりも美しかった。
天から見た神が、必死な姿に心を動かされて、武器を渡す。
敗北した巫女は母国を守りたい思いで、武器を扱える人を集める。
そんな彼女の前に、5人の戦士が現れる。
それでも、野望を阻止できなかった。
巫女は命を落としてでも、封印する。
大貢献したのに関わらず。
なぜか当事者以外、知らなかった。
大発展する世界に、呑まれてしまったから。
彼らが世界を救ったなんて、誰もわからない。
仲間や春見町と、
力を失った遺物以外は--。
ーー 約200年後の現代
子猫が必死に走っていた。
高い塀に囲まれて、暗闇の中だった。
死にもの狂いで抜け、街道に入る。
だが、江戸の町には誰一人いなかった。
静寂な世界で、目を光らせた虎が死角から出てくる。
全身の毛が真っ黒で、長い牙を口の外に生やす。禍々しいオーラを纏い、赤い目で弱い獲物を見つめている。
しかも、大群だった。
子猫がスピードを上げるとはいえ、大幅である彼らには敵わない。
身がぼろぼろで、視界が歪む。一歩動かすがやっとだ。
それでも食われないように、懸命に逃げる。
先に光りが見えた。
出口だ! 最後の力を振り絞って、翔る。
江戸は突如消えた。
そこは、《春見中学校》だった。
襲った者は、なぜか入り口で立ち止まっていた。
一歩も踏み出さず、じっと見ている。
まるで、外を恐れているようだ。
子猫は力尽きて、その場に倒れる。
正門が勝手に開き、影が近づく。
物静かな場所で、子猫の微かな呼吸と影の足音が、響いていた。
静岡県の《春見町》にある、《春見中学校》。
1年C組の教室に、熱気がこもる。
暑さなんか気にせず、天宮美桜は熟睡していた。
妄想の世界で、一足先に夏休みを満喫(まんきつ)していた。
『海だー!!』
広い青い海に向かって、叫ぶ。
水の音を立てて、泳ぐ。
『たまやー!』
空に打ち上がる花火を見て、はしゃぐ。
「み……おう……起きて」
隣の席に座る、三久理柊夜。
彼女の名前を小声で呼び、体を揺らす。
だが、「最高だー」と寝言だけだ。起きる気配が全くない。
「ーー 子供たちだけで海や川に、絶対に近づかないように」
担任の九夜火音は、翌日の終業式と長期休みについて、話していた。
美桜の無意識に発した声に、気がつく。
眼鏡を輝かせて、いったん話を止める。
格好いい容姿に長い黒髪を揺らし、そこへ向かう。
話を聞かずに居眠りするやからは、注意しないと気が済まない。
頭が固そうな印象を漂わせている。
なぜか、彼女の額に向かって、中指で弾いた。
謎の行動は素早やく。
端から見れば、肩を揺らしたようにしか見えなかった。
彼を眼光に睨む、柊夜を除いて--
美桜はそこを抑え、顔を上げる。
「天宮さん、大丈夫ですか。体調が悪いようでしたら、保健室に連れていきましょうか」
九夜先生が心配そうに、訊いてくる。
「気持ちよくて……寝ていました」
寝ていたことを咎(とが)めず。
優しく対応する人に、嘘なんてつけなかった。
「よかったです。もう少しで終わりますから、我慢してください」
それに安心して、穏やかに笑う。
「頑張り……ます」
恥ずかしい顔を両手のひらで隠す。ぼそぼそと言う。
九夜先生は何かを呟き、教卓に戻っていた。
微かに微笑んでいたような。
気のせいだよね。
「ねえ、美桜」
呼びかけられて、我に変える。
小学生から友達の柊夜だった。
黒色の短髪に、身なりをきちんとしている。
外見から見ただけで、真面目な性格だとすぐわかる。
「よかったら、使って」
自分の唇の下に手を置き、ハンカチを美桜に渡す。
もしかしてと、自らの口元を触れる。
ベトベトに垂れる水滴が、指に付着していた。
(うう……恥ずかしい)
急いで拭う。
少しお辞儀して、柊夜に返す。
柊夜は笑わず、それを受け取る。
相変わらず、優しい。
もしや、九夜先生も気がついたのか。
だから、笑っていたかもしれない。
教卓の方を見ると、先程の話の続きをしていた。
本当にそうだったのか。
何を伝えたかったんだろう。
あれだけ、明日が来るのを待ち遠しかったのに。
その気持ちは彼方に行った。
そのことで、夢中になっていた。
☆☆☆
「ねえ、美桜ちゃん。帰ろう」
「叶花。片付けるから、待ってね」
「はやくしなさいよ」
B組からやってきた、沙耶は怒る。
「もう! さや。そんなに急かさないの」
双生児で、姉の叶花と妹の沙耶。
中学生に進学した時にできた友人だ。
「ちょっといいですか。天宮さん」
「はい!? 先生……どうかしました」
「大切なお話があります。職員室まで、一緒に来てもらっても、よろしいでしょうか」
「はい、わかりました」
口喧嘩する2人に、少し大きなで言う。
「ねえ、2人とも。これから先生と一緒に、職員室に行くね」
自分の前に手のひらを置き、謝る。
「ごめんね。先に帰っていいよ」
「待ってあげるわよ。はやくしてよね」
「くす……さやは、素直じゃないんだから」
「……そうだね」
「うるさい。あんたのカバンなんか、持ってあげないから」
笑った2人に対して、沙耶は怒る。
それにも関わらず、美桜の方に手を伸ばしていた。
その際に、真っ赤な顔を隠すのが見えた。
照れているだけだった。
「沙耶、ありがとうね」
今度は笑わず、鞄を渡す。
親切にしてくれることが嬉しかった。
「沙耶、叶花。また後でね」
彼女たちに元気よく手を振る。
先生は少し遠くに立ち止まり、戸惑った様子で、こちらを見ていた。
待たせたらいけない。
急いで、後をついていく。
「天宮さん、補習に来てください」
「ええ!?」
ここでは、京都弁使うキャラがでます。参考してください。
「そやど」=「だけど」
「●●へん」=「●●ない」
「へたばらはった」=「お疲れになった」親しいので、少し砕けた感じにしている。
「だいないよ」=「大したことないよ」
ーーーーーーーーーーーーーーー
《春見中学校》の近くにある、和風喫茶店。
2人の教師が、横扉を開ける。
風が中に入り、窓に吊す風鈴が鳴り響く。
「おいでやす」
若い男店主が京都弁を器用に扱い、彼らを歓迎する。
礼から姿勢を戻すまで、完璧だ。
美しい姿は、和服姿を古くさ感じさせず、絵になっている。
「カケル、キュウヤセンセいる」
それを見ておらず、何かを探すように、真剣に見回す。
「誰もおらん」
「いなーい」
2人は意気消沈する。
「休憩して開けたばかりそやし、仕方へん」
落ち着いた雰囲気で、文句を言う。
このやり取りは、もう3回目だ。
今更、怒る気分じゃない。
「その様子だと、またあいつは捕まらへんかったか」
彼らは、火音を少しでも休ませようと、補習を手伝おうとしている。
仕事があるのに、それでも助けようとするなんて、優しい人たちだ。
「は……い」
「キュウヤセンセ。ニンジャすぎる」
「ほんまに堪忍な。あいつ加減なんて、一切あらへん」
「マスターも一緒に捕まえてよ」
「昨日も言うたやけど、疲れるからお断りします」
火音は、一人で何かも背負うとする。
旧友の京助は、それを熟知しているので、遠慮する。
「探し回って、へたばったやろ。座りや」
入り口の近く座敷に、案内する。
「京助さん、それどうかしたんですか」
山崎 翔(かける)は、右小指の包帯が気になり、訊ねる。
どうやら、水とメニューを置いた時に見られてしまった。
「あっ、わかった。ドッグでしょ」
「クルミ、それじゃわからんだろ。京助さんだって、困っているぞ」
翔は京助が目を丸くする姿を見て、野原 来見(くるみ)に指摘する。
「うう……カケル説明して」
「はあ、わかったよ」
水分で一息つき、話す。
「最近、ノラ犬が住宅街うろついているですよ。すごく凶暴で、目をつけられた最後。どこに逃げても、ひたすら追いかけてくるんです」
「物騒やな」
「ですよね。まだ解決されてないから、不安です」
「安いアイスあげたから、気にいらんかったよ」
「絶対にない」
翔はとても疲れた様子で、京助に訴える。
「クルミがノラ犬にアイスを与えたんですよ。あり得ないですよね」
その顔を見ただけで、何となく想像がついた。
「クルミちゃん。野良にエサをやったら、アカンよ」
微笑みながら、叱(しか)る。
「カケル、マスターがこわいよ」
来見は涙目になり、相席の幼馴染みに助けを乞う。
翔は来見の自業自得なので、気にせず、本題に戻す。
「本当のところは、どうしたんですか」
「……娘にかまれたや」
「それって、2人目の方ですか」
「そや。今朝、食い物と間違えられて……」
「マスター、大丈夫なの」
「ちっこいから、そこまでだいないよ」
大丈夫だよと、軽く手を振る。
「よかった。マスター、チャーハンちょうだい」
「ラーメン屋じゃあらへん」
冗談を言う奴の頭に、手のひら横にして、軽く叩く。
「ホットサンドでええか」
「うう……かき氷もつけて。メロンだよ」
「はいはい。翔くんは何するんや」
翔は返事もせずに、メニューをぼっと見ていた。
「カケル、食べたらダメだよ」
「食うか。騒ぐならあっちに座れ」
「元気やな。なんや、考え事か」
「はは……そんなところです。サンドイッチとアイスコーヒーください」
「はいよ。すぐに用意するさかい。ゆっくりしてな」
厨房に向かい、京助はため息をつく。
翔は勘が鋭い方だ。
先程のが嘘だと見抜かれただろう。
昨夜、火音が子猫のようなものを抱えて、家に訪ねてきた。
預かってほしいと、強引に押し付けられた。
昼休憩に目を覚まして、京助に驚き、指を噛んだ。脱走してしまった。
怪我はかすり傷で、その痕を人に隠したくて、包帯しただけだ。
夜通しで看病した身にとって、それよりもこっちがきつい。
彼らに料理を出した後、席を外すと声かけて、仮眠室に入る。
今の状況を火音に報告するためだ。
野良の件があるし、これ以上放置できない。
ついでに、人の苦労を気にかけない野郎に、文句を言ってやる。
店の仮眠室で寝たり、押し入れから揺りかごを出したり。色々と大変だったことを。
懐から携帯を出して、火音に電話をかける。
留守電話に切り替わる。
京助は苛つき、再度やろうとする。
その前に、火音からメールが届いた。
『京助様、すみません。カノンは眠っております。カノンにお伝えしますので、メールしてください。ユキメより』
付き人の方が有能で、立派だな。
仕方ないから、賢吾の方に先に連絡しよう。
その名前で呼んだら、激怒されるので、注意しよう。
ついでにうるさいので、耳から離す。
「もしもしアッシュ、ワシや」
怒鳴り声が、店の中まで響いたのだった。
食堂にあるテラスで、火音は昼寝をしていた。
結局、あれは何だったんだ。
何故か、山崎先生と野原先生に追いかけられた。
しかも、3日連続だ。
今回はとっさに閃いた作戦で、逃げた。
それは、天宮の忘れ物の日記帳を机の中で発見した。
中に彼ら宛の手紙を使い、これの持ち主を教えてもらった。
彼女が購買で、手紙の封を選ぶのを偶然目撃したこと。日記の鍵を閉め忘れたから、思いついた。
どうせ、大した理由じゃない。
前も休日に、来見に大変だと電話で呼び出された。ただの買い物に付き合わせた。
そう悟り、気にしないことにした。
ただでさえ、教師と両立する《退魔士》で疲れている。
今年の春に、日本各地で建物が消失したり、人が行方不明になったりする。怪異事件が多発している。
それは、《ユガミ》が原因だ。
夜に出現して、ブラックホールように、何でも吸い込む。
《妖魔》を作り出して、人々を襲っている。
《妖魔》、過去の名は《アクム》。
《ムゲン》という種族で、人の夢から作られた存在。
《ユガミ》に悪影響を受けて、悪い夢の《アクム》へと変化した。
《霊力》がない人には見えず、《退魔士》の攻撃しか通さない。
化け物と扱われて、今の名がつけてられた。
《退魔士》は、人々の安全を守るために、それらを退治している。
スマホの着信音と起こすユキメに気がつかず、深い眠りにつく。
☆☆☆
深い眠りから、目を覚ます。
荒い息を吐き出す。
「火音、大丈夫?」
ユキメは火音の背を擦りながら、心配そうに声をかける。
「……何でもねぇよ」
「そう。京助様から連絡があったよ」
「……わかった」
火音は、京助に電話をかける。
「やっと、目が覚めたか ーー」
無駄口に付き合う、余裕がない。
「京助、さっきの連絡を柊夜に話してくれないか」
「……わかった。火音、無茶するなよ」
勘が鋭い京助は、それだけで理解する。
「ああ」
電話を切り、学校を後にした。
校門を出て、階段を降りる。
美桜は友達と、たわいない雑談していた。
この先は、分かれ道になっている。
美桜自宅の方は右側で、逆方面の友達とはここで別れる。
せっかく雑談で、嫌な気分をなくそうとした。
期末試験の赤点ばかりで、補講をすることになった。
何も言わないから、ここではないと思っていた。2つ以降は見逃せないと言われた。
勉強が苦手だから、行きたくない。
楽しい休みが台無しだよ。
「美桜ちゃん元気出してね」
叶花は気がつき、美桜を励ます。
「ほら、しょんぼりしないの」
沙耶は、背中を叩く。
2人には話して、協力すると言ってくれた。
だが、甘えたくないので、断った。
「美桜、落ち込んでも変わらないよ。気合いを入れなさい」
「さややりすぎだよ。美桜ちゃん大丈夫?」
「叶花、大丈夫だよ。沙耶もありがとうね。がんばるよ!」
勇気づけてくれたお陰で、すっかり晴れた。
空に向かって、手を上げる。
トンネルのような木々が、日に照らされて輝いていた。
絶景を見て、上機嫌になる。
それに隠れるようにある、石階段。
その上にある神社には、天照大御神(あまてらすおおみかみ)を祀っている。
柊夜の両親が管理している。
「すっかり元通りだね」
「こんなの感謝するほど……じゃないわよ。忘れなさい」
沙耶は照れた顔を隠し、走っていく。
「さやが危なそうだから、私も追いかけるね。じゃあね」
「うん、じゃあね」
住宅や店が並ぶ道に出る。
横断歩道を渡ろうとする。
野良犬が吠えながら、美桜の前を駆けていく。
凝視すると、子猫が追いかけられていた。
可哀想だ。
素早く小石を拾い、人に当たらないように、投げた。
そして挑発すると、犬は石をぶつけた本人だと気がつく。
追う犬から逃げて、すぐさま近くの細い通路に入る。
ここを通ると、先程の道に戻る。
遅刻の際に近道として、よく利用するので、地形に詳しい。
簡単に撒くことが可能だ。
余裕そうに思っていたら、犬は大柄で細い道に挟まった。
身動きが取れなくて、気弱に鳴き始める。
「きみ、お手柄だね。ここはあたしに任せて」
救出するか悩んでいると、ボーイイッシュな女性が駆け寄ってきた。
「ありがとうございます」
猫のことが気がかり、彼女の厚意に甘えた。
そこに戻ると。
「ねぇ、落ち着こうね」
2つ結びの女性が猫を抱えて、必死に宥めていた。
猫は麦わら帽子を取り、背中に羽を生やして飛ぶ。
美桜に助け求めるように鳴いた。
その想いに応えようと、腕を広げた。
間近で見ると、猫に似ているけど、違う生き物だった。
桃色の垂れた耳に、狐のような尻尾。先程の羽 ーー まるで妖精みたい。
「捕まえてくれてありがとうね。渡してもらっていい?」
「ごめんなさい」
猫が嫌がっているので、逃げる。
彼女にどんな理由があっても、困っている人をほっておけないんだ。