支度が終了した時に、誰から電話がかかってきた。
 画面を確認すると、柊夜だった。
 珍しいと思いながら、出る。

『美桜、聞きたいことがあるんだけど……話しても大丈夫?』 

「うん。なに?」 

『ピンク色の猫ような生き物が、近くにいるの?』 

 柊夜に伝えていないのに、知っているだろう。
 不思議に思いながら、友達に嘘つきたくないので、頷く。
「いるよ」

『そう』

「柊夜、何で知ってるの?」

『それは説明できない。預からせてもらっていい』

 恐らく、あの人と知り合いで聞いただろう。
 こちらにも事情があるので、引き下がらない。

「ごめん。この子と約束したから」

『その約束も僕が引き受ける。危険だから、美桜には関わらないでほしいんだ』

「できないよ。何か知っているなら、教えてよ」 
 なつねの必死な思いに応えたい。人任せにしたくない。

『……わかった。話すよ』 
 
「よかった。でも、この子……どうしようか」
 先程は鞄に隠したから、どうにかなった。
 変な生き物を見られて、噂になったら、不安だ。

『その子は特殊な人しか見えないから。それに迎えにいくから、安心して』
 柊夜のことを信じよう。

『さくら、どこいくの?』

「協力してもらえそうな人がいたよ。なつねも一緒に行こう」 

『うん』
 昔、異世界にいた王が、全世界の征服を企んでいた。
 この町に住む巫女と5人の戦士が、戦った。巫女が命をかけて、封印した。

 今年の春に、王の仲間がそれを解き、その恨みに復讐しようとしている。
 だが、そこから出られず、《異世界の王》が悪あがきに、日本中に《ユガミ》をばら()いた。
 封印場所が中学校だった。

「信じられないよ。学校は大丈夫なのに」
 説明の途中で、美桜は頭を抱えて、声をあげる。

「先祖が残した結界があるから、朝には元に戻るよ」
 柊夜はリビングテーブルの上に、紅茶を置く。

 執事が空になったティーカップに、ティーポットを注ぐ。

「あそこは、町よりも強い《妖魔》がいるから、危険なんだ。だから、美桜たちを連れていけない」
 
「なつねと約束があるから、ほっておけないよ」
 そのことは、移動中に済ませた。
 
「すごく危険なのは、わかったよ。でも、なつねのために、お兄さんを助けたいんだ。私も連れていって」  

「ごめん。それでも一緒にいけない」

「……シュウさまの意見に理解できますが。さくらさまたちを同行させませんか」

「ヒビキ!」
 柊夜はテーブルを叩き、執事を睨む。
 こんな余裕がないのを見るの初めてだ。
 それだけ危険なことなんだ。
 それでも、引き下がりたくない。 

「ごめん。美桜たちが必死なことはわかっているけど……」

「シュウさま、戦うだけではいけませんよ。ボクに良案がありますので、それを聞いてから考えていただけないでしょうか」  

「……わかった。聞かせて」

  ☆☆☆

 学校に向かう途中に、《ユガミ》を発見した。

「【光刃波(こうじんは)】。これで終わりだ」
 《薄妖魔(うすようま)》を短剣で斬る。

 《ユガミ》が薄い場所に現れることから、《薄妖魔》と呼ばれるようになった。
 それは、影のような存在だ。  
 放置すると、被害を広げるので、退治している。
  
「美桜どうかしたの」
 《ユガミ》を破壊した後、鞘に収める。
 呆けていた美桜に訊く。

 見惚れていたなんて言えないので、誤魔化す。  
「ううん。すごく強いなって思って」

 これでも実力が足りないなんて、どれほど強いんだろう。

「まだまだだよ。さっきのだって、日々の特訓の成果を発揮しているだけだ」  

 自分にはそれを生かしきれないので、純粋に羨ましい。  

「私は頼りないなんて、思ってないよ。説明する時もわかりやすかったし。ついてきてくれて心強いよ」

 柊夜は何かをぼそっと言うので、聞き取れなかった。 
  
 時々、あるんだ。
 褒められて、照れているだけかな。

「ヒビキが呼んでいるみたいだから、行ってくるね」
 慌てるように、逃げていった。

「うん。待っているね」

「さくら」
 なつねが肩に乗り、呼んでいた。

「どうしたの」

 翻訳器リボンのお陰で、なつねの言語がわかり、会話がスムーズだ。
 これは、柊夜が勉学の必要なくなったので、くれた。

「長い。ヒビキに聞いてくる」

「我慢だよ。もう少し待ってね」 
 
 王の部下が、人間に協力する《セイム》を邪魔な存在だと認識して、排除に動いた。 
 村を襲われて、日本に迷いこんだ。

「うう……」

 まだ報告がないので、無事なのか、早く確かめたいだろう。
 それは、美桜も同じ気持ちだ。

『-- なつねのために、お兄さんを助けたいんだ。私も連れていって』
 そう決心したから、やり遂げたい。
 この時間がもどかしい。

「待たせてごめんなさい。他に《妖魔》がいませんので、行けますよ」
 ヒビキはこちらに飛んできて、言った。

 魔法で執事に変身しただけだった。
 しかも、なつねたちと同じ村に住んでいたなんて、すごく驚いた。

「じゃあ、出発しよう」
 夜空に向かって、腕を上げる。気合いを入れる。 

「おー!」と、セイムたちも真似する。 

 ちなみに静かにと、柊夜に注意された。
 数分前

 柊夜が鳥の形をした紙に《呪術(じゅじゅつ)》を注ぎ、とある人の居場所を探っていた。

 美桜の首辺りにあったのを、事前に回収した。  

 《呪術》とは、《退魔士》が扱う術のこと。先祖の代から引き継いだ。

 この紙は、《偵察用式神》。
 主に偵察に使用される式神だ。 
 変化させたい形に折って、《呪術》を与える。
 その通りになり、標的を追う。

「やっぱりだめか」
 とある人、九夜火音がどこにいるのか、全くわからなかった。  
 やはり、これに力がないせいだろう。

 式神は《退魔士》の力があって、やっと成立する。
 身近に例えるなら、電池式や充電式で動く物だ。
 切れた状態だと、その形に変化ができない。
 それに、追跡以外わからない。
 なのに、美桜の傍に居続けた。
 規格外の奴は、この町では彼だけだ。

 彼が《退魔士》だということは、彼女には伏せている。
 秘匿している限り、伝えないことにした。

「ヒビキ、学校の方はどうだった」
 柊夜が《薄妖魔》を倒している際に、こっそり偵察させた。
 
「鍵が開いたあとがありました」

 《退魔士》の専用鍵で、普通の鍵とは違う種類。
 管理者しか開けられない。
 管理者は、彼に譲渡した。
 火音がそこにいることを示している。

「バッジの方は」
 《バッジ》とは、電波がない場所でも連絡できる。
 夜の学校は別世界なので、圏外だ。

「出ませんでした」

 式神には連絡機能が存在しない。
 これ以上手段がない。

「……やっぱり、美桜を家に置いた方がいいかな」

 結界が護ってくれる一方で、仇となっている。 
 奴らが活発する時間帯は、暗闇の影響で、《ユガミ》が濃くなっていく。
 《異世界の王》の棲みかは力が込もっていて、さらに影響を与える。
 それに、人間でも、朝になるまで弾かれない。
 これが、夜の学校に出入りを禁止する、本当の理由だ。

 火音は単独で、その中を何度も潜っている。
 事情を知っているようなら、任せるべきだ。  

「いいえ、傍にいた方が安全ですよ。ほっておいたら、1人で勝手にいってしまいますよ」

「その方が安全なのは、わかっているけど……」 
 震える手を必死に抑える。
 
「シュウさま、それでいいんですか」
 真剣な眼差しに、流されていることに気がつかされる。 

 何のために彼女に説明したんだ。それを思い出せ。 
  
「美桜……真剣な思いに応えるために、連れていきたい。僕も隣に立ちたい。ヒビキ、力を貸してくれないか」

 いつの間にか、震えた手が止まる。 
 ヒビキの方に、腕を伸ばす。

「はい、わかりました。さくらさまに伝えてきますね」
 それに応じるように、手を重ねる。  

「ヒビキありがとう」

 感謝の思いを受け取り、ヒビキは笑顔でお辞儀した。 
 《フェアリィオーブ》の光魔法で、辺りを照らす。

 それは、大切にした宝石に、《セイム》の魔力を組み合わせて、鍛冶屋が創り出した。
 魔力がない人間でも、魔法が使えるようになる。

 和風な空間に広がった中を歩く。
 その度に、息する音ともに壁に反響して響く。  

《 濃妖魔(こくようま)》ーー《ユガミ》が濃い場所にいる《妖魔》のこと ーーが、気がつかず、通り過ぎていく。

 ヒビキが良策を考えてくれたお陰だ。
 それは、ヒビキがなつねに変身して、透明な魔法をコピーした。
 なつねと一緒に使い、柊夜の魔力で補っている。
 気配が空気みたいで、奴らは捉えることができない。

 でも、奴らが通る度に見つからないか、ひやひやする。
 お化け屋敷とは段違いに恐い。
 
 それに、柊夜が実力が足りない理由がやっとわかった。

 だって、さっき出会った奴と全く違う。
 見慣れた動物の姿をしているけど、真っ黒で赤い目で睨んでいる。
 纏った禍々しいオーラが、肌に伝わってくる。

 恐さに耐えられずに、柊夜の右腕を力一杯に握る。 
 柊夜は、彼女を安心させるように、手を重ねる。 

「恐いなら帰ろうか」
 美桜に小声で話す。

「……ううん。なつねのお兄さんを見つけるまで、帰らない」
 今も恐い思いしているなら、早く助けたい。

「わかった。移動したいから、離れてもらっていい」

「……うん」
 困らせてたくないので、手を離す。
 代わりになつねを抱きしめる。

「さくら……くくるしい」

「うう……ごめん」 
 九夜火音は護符を構えていた。

 後ろ髪を適当に結い上げ、袴(はかま)を着衣している。

 目の前には、双子の《妖魔》がいる。
 金魚の尾びれに、上半身は女の子ようだ。
 まるで、童話の人魚ような姿をしている。

 彼女たちは、《異世界の王》の配下。
 オレンジ色が妹のチユ。赤色が姉のランだ。

「【マリンチェンジ・シャーク】」 
 ランは杖を《濃妖魔》に向ける。
 《妖魔》が扱える《妖術》をこめる。
 《濃妖魔》を鮫(さめ)に変化させる。

「【アクアレクタン・ソード】」
 チユも《妖術》で創造した水の剣で、追撃する。

「【雪華(セッカ)守符(シュウフ)】」
 御札に《呪術》を与えて、壁を張る。

 式神ユキメは、雪を閉じた花のように創り出す。
 それを覆うことで、壁を強硬にする。

 ユキメの見た目は、大学生ぐらい少女だ。
 白色の長髪に、白い和袖ワンピースと、緑色スカート。
 彼女には、火音の力を保有している。《呪術》で雪を扱える。
 術者がいる限り、保つことが可能だ。
 
「いつまで持つかしら」

 先程から根比べしている。
 それは、緑色のセイムを人質にされているせいだ。

 見つけた時には、既に捕えられていた。
 彼女たちを逃がさないように、立ち塞がった。
 相手は崩そうと、足掻いている。  

 それに、美桜たちがここにいるので、退けない。
 あの時に忍ばせた式神で、柊夜の力を感知した。

 この攻防戦で、《バッジ》を壊さなければ、来なかったかもしれない。

 いや、運命は変わらないか。
 馬鹿正直な奴だから、事情を知ったぐらいで退かない。

 妙な気配を感じた。
 唐突に壁が結晶に包まれて、砕ける。

 敵の攻撃が、波のように押し寄せてくる。

 間一髪、ユキメが火音を抱えて、避けた。

 上空に《呪術》で、雪の階段ように、創り出す。
 そこに跳躍して、登った。

「カノン、大丈夫?」
 ユキメは、火音を下ろす。

「……ああ」
 さっきの反動の影響で、体が怠い。
 痛がっている場合ではない。
 今までとは違ったので、奴らではないと、気が付いている。
 だから、奇襲した敵を捜す。

「九夜火音、こっちよ」
 南東の方角に、上品な女性が手招きしていた。

 白色の着物の袖で口元を隠し、微笑む。
 上空にある結晶の先を、器用に立っていた。
 彼女なら、破壊されたのも納得だ。
 それだけの強さを持っている。

「その姿で笑うな!」
 溢れる憎悪を抑えられず、刀の柄を握る。

「カノン落ち着いて」
 ユキメが背中にしがみつく。

 真剣な思いに、頭が冷えた。

 結晶が目先にあることに、ようやく気がつく。
 あのままだったら、命を落としていた。
「わりぃ。ユキありがと」

「無事でよかった」

「……あら、残念。目的は果たせたからいいわ」  

 嫌な予感がした。
 彼女に釣られるように、江戸の町を見下ろす。 
 そこには、逃げるチユたちの姿があった。

「あの子達が大変なことになるわよ」 
 美桜たちがいることをお見通しか。
 敏感だから、どんな手で隠れても、わかる。

「行かせてくれるのか」 
 牽制(けんせい)しながら、訊く。 

「死体になりたいならね」 

 素直にいく訳ないか。
 無理やりでも、突破してやる。

 それまで、配下が大切な生徒を発見しないことを祈る。
 白蓮(しろはす)の花が広がる場所にいる。

 花畑の近くに結界がある。
 それによって、魔よけになり、《妖魔》が寄ってこない。 

 体力回復ために、休憩をすることした。
 疲労で魔法が、切れやすくなるから。

「変な音がしなかった」  
 柊夜が立ち上がり、周囲を見回す。

 美桜も気になり、耳を澄ます。
「何も聞こえないよ」

「……気のせいかな」

「きっと疲れているんだよ。もう少し休もう」

「……うん。ヒビキは聞いていない?」

 さっきまで、なつねとそこにいたはずだ。
 見当たらない。
 花畑から、離れていないよね。
 
「たいへです」
 ヒビキは慌てるように、飛んできた。

「何があったの」 

「なつねさま……。きださい」

 ヒビキの後を着いていくと、なつねが檻の中にいた。
 しかも、花畑がない場所だ。

 なつねは体当たりして、出ようとする。
 頑丈でびくともしていない。

 さっきの聞いた音って、これだったんだ。

「なつね、今助けるから。そこから動かないで」

「美桜、待って。下手に動かない方がいい」 
 柊夜は、美桜の腕を掴む。

「柊夜、離してよ……」

「美桜、落ち着いて。まだ罠が仕掛けてあるかもしれない」
 周りを見ると、木の実の皮がぽつんと置いてあった。
 
 本当だ。
 あのままだったら、同じ目にあっていた。

「柊夜、ごめん」

「僕こそごめん。痛くなかった?」
 
 赤くなっていたが、「平気だ」と、心配させないように隠す。

「そう? 罠を確認する前に、ヒビキ何があったか話して」

「なつねさまが、52(ごにに)さまにわけらった木の実をつたんです。いきり落ちてんです」

「あれ以外、他に何かなかった」 

「あれでか」
 ヒビキが指す方角は、1つ目より少し離れた場所だ。そこに、同じ種類のものがあった。

「確認してみるよ。2人はそこで待っていて」

「柊夜、触ったら駄目だよ」 
 理解していないかと思い、呼び掛ける。

 無視して、付近の皮をしゃがんで拾う。

 檻が落ちてきて、すぐさま後ろに跳んだ。

「ハズしたカナ」
 女の子のような声がした。

「誰かいるの?」 

「けっけっけ」と、天井の方から笑い声が聴こえた。

「そこか」
 柊夜は弓の弦に矢を通し、放った。

「ハズレカナ」
 木の板から、戦隊ヒーローように降りながら、かわす。

 丁度、1つ目の罠に着地する。
 転んだ上に、哀れだと思った。

「よくもカナ」

 『自分のせいでしょ』と、心中でツッコミをする。

「この子も《アクム》なの? それとも人魚?」
 
「アイツとイッショするなカナ」
 人魚は宙に浮き、檻に怒りをぶつける。

 宙に浮いたまま降りたら、安全だっただろう。

「……チユは」
 息を切らし、返答する。

「なつねさま村をおそた方だと、言っています」

「オマエジャマするなカナ」

「すみません」
 漫才みたいなやり取りに、笑いが漏れてしまった。

「美桜、失礼だよ。ヒビキも謝らなくていいよ」

 わかっているけど、止められなかった。

「ねぇ君」 
 柊夜は、短剣の柄を持ちながら、訊く。

「チユだカナ」

「チユさん、他のセイムの居場所を教えてもらっていい」 
 少しだけ苛つきながら、尋ね直す。

 落ち着いてと言おうとして、やめた。
 飛び火がくると思い直したからだ。
 きっと、有事の際に備えているだろう。

「イヤなカナ」

 ホイッスルを聞きつけ、沢山の《濃妖魔》が殺到した。 

「コイツシマツしろカナ」 

「2人とも目を瞑って。【シャインリドー】」
 短剣に魔法を溜め、思い切り振った。
 輝くカーテンで覆い、《濃妖魔》を怯ませる。

 快復した後に、周囲を見回す。
 美桜たちが、その場から居なくなっていた。

「サガセカナ」
 命令に従い、駆け出す。

「チユをタスケロカナ」
 その嘆きを聞き入れる者は、誰もいなかった。
 
  ☆☆☆

「どこかに行ったみたいだよ」

「気が付かれなくて、よかった」
 美桜は、茶屋のベンチから出る。

 あの時、柊夜が結界の部屋に繋がるどんでん返しに気が付いた。
 そのお陰で、追っ手から逃れられた。

 もしもの際に、美桜はベンチの下に隠れた。
 2人で外の様子を確認していた。 

 その際に、右手が後ろの土壁に当たる。 

 少しずれて、外から破壊する音が鳴り響く。
 右側の土壁が、真ん中に穴が空いていた。

「どうしよう」
 これで見つかったなんて、嫌だ。
 結界の部屋とはいえ、絶対安全ではない。

「怯えなくて、大丈夫だよ。ねえ、ヒビキ」 

「はい。近づいている様子がないです」

「……よかった」
 ほっと一息つく。

「どうやら、通路になっているみたいだ」

「別の通路があったんだね。ここも知っていたの?」 

「知らない。結界の方は予め調べて置いたんだ」 

「休んでいる時に壁を叩いたのって、ここを調べていたんだね」

「うん」

「もしかして、チユを見つけた時もそうだったの?」

「気配で敵を発見したけど、位置までわからなかった。油断する振りして、誘き寄せたんだ。転んだのも、計算のうちだよ」 

 馬鹿にしたことを心の中で謝っておく。 

「邪魔したみたいで、ごめんね」

「ううん。もう少し、注意深く観察するべきだった。そうすれば……」

「シュウさま悪くなでよ。なつねさま止めてれば」

「ストップ」 
 美桜は、過ちを責め合う2人の間に入る。

「責めても仕方ないよ。さっきの通路を通ってみよう」 

「僕が見てくるよ。ヒビキは見張りしてもらっていい」

「了解です」

「柊夜、待って」

「大丈夫だよ。美桜もヒビキとそこにいて」  
 柊夜が支えてくれて、安心できた。

 独りで何でも背負うとして、我慢ができなかった。

 美桜は柊夜を追いかけて、叫んだ。
「もう止まって!」

「急にどうしたの」  

「柊夜は独りじゃないんだよ。何でも勝手に決めないで。私だって、子供じゃないなんだから、自分の身ぐらい守れるよ」

「……ごめん。僕の悪い癖だ」

 柊夜を悲しませたくて、言ったわけではない。 

 慌てるように訂正する。
「悪いって言ってるじゃないよ。柊夜みたいに慎重に動けないから、すぐ忘れ物しちゃうし」

「……忘れ物はなくさないと」
 柊夜は、ずっと気を張っていた。
 やっと頬が弛緩(しかん)したようだ。 

「気をつけるよ」
 彼に釣られるように、微笑む。 

 敵地だから、そのことが当たり前だ。
 いつまで強張っていたら、いざというときに動けない。
 この笑顔が好きだから、解けてよかった。

「じゃあ、一緒に行こうか」
 
「うん」
 狭い入り口を進んだ奥に、小さな穴があった。そこはなつねがいる真下だった。

 戻ってきて、そのことをヒビキに話した。
 
「そうですか」

「そこから、なつねを助けにいった方がはやいよね」 

「いや……敵を惹き付ける人がいた方がいい」

「え? そんな危険なことをしなくてもいいじゃない」

「いいえ。物音がしたら、すぐ見つかりますよ。それまで時間稼ぎしませんと」 
 
 穴を開けるだから、当たり前だ。
 そのことを全く考えていなかった。

「……そうだね」 

「ボクが囮になりましょう」

「危ないよ。他の方法を考えよう」

「いや、僕に任せて」

「シュウさま!」

「良策を思い付いたから、やらせてほしい」
 どちらとも譲らないと、言い合いする。2人の間に入る。 

「もう。言い合いしても、始まらないよ」

「わかっていますが」 

「私だって嫌だし、乗り気はしない。柊夜の事を信頼しているから、任せるよ。手伝うことがあるなら、言って」
  
「ありがとう。美桜はなつねの方を任せていい」 

 駄目だと言われるかと思っていた。
「いいの?」

「うん」
 柊夜が認めてくれた。
 隣に立てて、嬉しかった。

「ヒビキには、美桜のことを守ってもらいたい」 

「……それは」

「君の力を信じているから、守ってほしい」

「私からもお願い」 

「……わかりました。シュウさま気をつけてください」
 ヒビキは胸に手を置き、一礼する。

 みんな、覚悟を決めた顔をしていた。
 チユは敵が左側にいると思った。
 結界の範囲外の上空を渡った。
 
「ミツケタカナ」
 捜し求めた相手を発見すると、ホイッスルで《濃妖魔》を集める。
 柊夜が独りだという事実には、特に気に止めていなかった。

「【光刃波(こうじんは)】」
 柊夜は、剣(つるぎ)に光を帯びて、衝撃波のように放つ。

「ヘタくそカナ」

 敵ではなく、別の方向に飛んでいく。
 木の板に結んだ、蓮の菊を切る。
 魔力で巨大化した、茶屋のベンチが落ちてくる。《濃妖魔》の前を塞いだ。

「バカカナ。【アクアレクタン・ダブルキャノン】」

 チユは、2つの水の銃の照準を合わせ、放った。 

「やられたカナ」

 だが、式神だった。

 式神の紙を頭に思い浮かべながら、《呪術》を与える。その通りに変化する。
 《偵察用式神》のように、折ることでも作れる。

 偽物だと気が付いた同時。
 チユの頭上に、赤色のシーツが落ちてきて、周りを見えなくする。
 (もが)いている合間に、木の板でできた罠で閉じ込める。

(よし、ここまで作戦通りだ)
 柊夜は、天上の木板に身を潜めていた。
 
 消えた式神は手元にあり、笛を持っている。
 式神は残りの花で結んだ。
 《呪術》で引き戻す際に引っ掛けて、笛を盗んだ。

 誘き寄せかと思ったが、相手の勘違いで助かった。

「チユ、こんなところでやっているんだ」  

「お姉さま、どうしてここにカナ」

「いつになっても、あんたが約束した場所に来ないから。捜しにきたんだよ」 

 赤色のサイドテールの少女が罠の前にやってきて、ため息をつく。

「ワナサドウして、ミニイッタカナ。お姉さまワタシテくれたカナ」

「あんなワナに引っ掛かるなんて……」

「お姉さまどうしたのカナ」

「発信機が役に立っていたようだね。引っ掛かってもわからないように、水音で混ぜたからね」 

「お姉さまサスガカナ」
 やっぱり先程の音って、違っていたか。
 戦闘している音だと思う。
 推測だが、火音と奴らが戦っていた。
 何か理由があって、逃してしまった。
 
 いつまで待っても、火音が追ってくることはなかった。
 それどころか、気配すら掴めていない。

(まさか、あいつ死んだ)
 変なことが頭をよぎる。
 首を振って、忘れる。

 ヒビキにこの事を知らせないと。
 バッジを懐から取り出す。
 作戦が始まる前に、予備を渡していた。 

 突然、なつねの鳴き声が聴こえた。

「あいつに話を聞こうか」
 敵たちが、美桜がいる方角を見る。

 せっかく、ヒビキの変身でなつねになり、透明で隠れていたのに。
 先程の音で、気が付かれてしまった。
 
「これ以上、先に行かせない。【光閃(こうせん)】」
 とっさに、柊夜は下に降りる。
 光を帯びた矢で、相手に向かって、射った。

 矢が赤色の髪の方に、一直線に飛んでいく。 

「バカな奴だね。あのまま隠れておけば、安全だったのに。【マリンチェンジ・オルカ】」
 その場にいた《濃妖魔》を(シャチ)に、変化させる。
 矢を弾き、それが柊夜の頬を掠めた。

 越えられない壁を感じてしまった。

 一心不乱で、短剣で突っ込む。
 無謀だとわかっている。それでも美桜を守りたかった。 

「しもべよ。人間を牢獄に閉じ込めてしまいなさい。【オルカスフィア】」

 柊夜は水の球体に、牢獄に閉じ込められてしまう。
 息ができなくて、気を失う。

 シャチの妖魔は、狙いを定めて、突進する。 

 そうさせないと、《偵察用式神》が動き出す。
 奴らの前に、立ち塞がった。
 大きな音が響いた後、柊夜が美桜の方に飛んできた。 

 ヒビキが布団に変身して、受け止める。

「柊夜しっかりして、何があったの」 

「……逃げて」
 
「ねえってば……」
 駄目だ。完全に気絶して反応がない。

 濡れた紙が落ちていた。
 これって、ヒビキが取ってくれた塵(ごみ)だよね。
 どうして、柊夜が持っているだろう。
 
 足音が聞こえて、拾うのをやめる。

 美桜は前方に体を向ける。
 オレンジ色の少女と、同じ姿の赤色の少女がいた。

「貴方たちが、柊夜をこんな風にしたの」

「騒ぐな。コイツに攻撃させたくないなら、大人しく捕まりなさい」
 赤色の少女は、杖を手のひらに向ける。
 光に帯びると、鳥籠に入った緑色のセイムが姿を現した。

「お兄ちゃん!」
 真っ先に、なつねが飛んでいく。

「なつね! 危ない!」
 
 赤色の少女は、まるで虫ように扱い、払った。 

「なつね!」

「ウゴクカナ。コイツどうなっていいカナ」
 水の剣をなつねに向ける。  

 これじゃ、動けない。
「卑怯よ。2人を離しなさいよ」

「うるさい女だね。だませるか」

「さくらさま下がってください。ここはボクが……」
 ヒビキは虎に変身する。 

「【マリンチェンジ・シャーク】海のもくずになりなさい。【シャークジェット】」
 鮫の突進で、爪で引っ掻く攻撃は、容易く弾かれる。

 ヒビキはまともに受けて、床に叩きつけられる。

 鮫が美桜の元にやってくる。

「……守るんだ」
 よろけながらも、羽を広げる。
 急いで、美桜の元に向かう。
 美桜の服の襟を持って、飛んで避けた。

「オマエ、ふらふらカナ」

「そうよ。あんたは邪魔だから、死になさい」  

「笑うな!」
 嘲笑う奴らに、怒鳴る。
 懸命に護る背に、その資格はない。

「ヒビキ、もういいよ」
 ヒビキの頬に触れる。

「すみま……」
 その温かさに包まれて、意識を失う。

 ヒビキを受け止める。

 こんな時に戦えたら……。

 目の前に、布に覆われたものが現れる。
  
 柊夜に駄目だと言われて、物置きに戻したはずだ。

 そんなことは、どうでもいい。
 
「みんなを守るために力を貸して」
 それは、美桜の想いに応えるように、輝き出した。