「ただいま」と、自宅の玄関に開ける。

 抱いていた子猫が、腹が減っている様子だった。
 ご飯を食べさせようと、家に戻ってきた。

 あれ、母親の声がしなかった。
 和装士の仕事はないと聞いたのに。出掛けているかな。

 ホワイトボードを確認する。
 予定ある時は、ここに書き込んでいる。

『美桜へ。急な用ができたから、出掛けてくるね。昼ごはんは冷蔵庫にあるよ。母より』
 最後が雑な文章のせいで、小さくて読みにくい。
 大雑把な性格が出ていると、苦笑いする。

 この子の詳細を述べられないので、助かった。
 足が汚れていたので、ハンカチで拭く。カーペットの上に下ろす。

 冷やし中華が昼食だと確認した後、牛乳を先に持っていく。
「どうぞ」

 こっちを見るだけで、飲まない。
 小さいスプーンで(すく)って、口の中に入れる。
 これは害がないと、教えるためだ。

 猫は恐る恐ると、舐める。 

 やっぱり、お腹がすいていたんだ。

 喜んだ姿が可愛くて、微笑みながら、食事の準備を始める。
 
   ☆☆☆

 その後、好物の花びら餅を余韻(よういん)にひたり、味わう。

 猫が潤んだ瞳で、こっちを見てきた。
 ミルクだけじゃ、足りないよね。

 耐えられず、食べるのをやめる。

 食べられるのか、不安だ。
 フォークで小さく切り分け、猫の口元に運ぶ。
 
 歓喜して、ほっとした。 

 全部花びら餅を取られてしまった。
 躊躇(ちゅうちょ)して、取り返さなかった。

 尻尾に隠そうとする様子を不思議そうに、眺める。
 猫は何かに気がつき、それを返してきた。

 そこから取り出したものが、未知の木の実だった。

「美味しい?」
 食べた感想を聞く。

 猫は不味そうに、げんなりした。

 あれ、先程よりも反応が速い。

「もしかして私が言っていることが、わかるの」
 美桜は尋ねると、頷く。

「木の実を食べたから」
 同じ動作したので、どうやら合っているみたいだ。

 これでは、会話するのに不便だ。

「ちょっと待っていて」
 名案を閃いて、2階に上がる。
 平仮名帳を見せながら、下に置く。
 これなら、誰でもわかるはずだ。

 とりあえず、自己紹介からするか。

「私の名前は天宮美桜」
 胸に手を置き、述べた言葉に合わせて、それに触れる。
  
 不満そうな顔をする。
『読めない』と真似するように、踏む。

 なんだ、伝わっていたんだ。

「さくらって読んで。桜はこれだよ」
 スマホのアルバムを開き、指さす。
 これは、沙耶と叶花が友達になった記念に撮ったものだ。

 神社がある道には、春になると、桜トンネルに変わる。
 幻想的で美しく、気に入っている。

『さくら……』

 名前を呼ばれた気がして、嬉しくて微笑む。

『きれいな名前だね』

「ありがとうね。私も大好きだよ」 

 猫に手のひらを向け、質問する。
「……次は君のことを教えて」

『わたしは別の世界からきた、ムゲンって種族だよ』 

 聞いたことがないな。
 それに別の世界って、外国かな。

「それって、外国?」

『違うよ。こことは、異なる世界だよ』
 物語だけと思ったけど、本当にあるんだ。
 知らないのも、当然だ。
 とりあえず、そんな種族が沢山いる世界だと、認知する。

「どうしてここに来たの?」 

『知らない怪物に、無理やり連れて来られたんだ。お兄ちゃんと一緒に』
 沈んだ顔で、答える。
 嫌な体験をしたんだ。許せないよ。

「お兄さんは、今どこにいるの? これに指でさして」 

 地図のアプリを見せると、ここだと指した。

 学校だと知り、驚く。
 怪物がいたら、騒ぎになっていないと可笑しい。 
 真実なのか怪しい。

「本当にここなの?」

 鳴き声で反抗する。 

「いつだったか、覚えている?」 

『……暗かった』

 夜か。
 謎の事件で早めに帰られるし、何か関係があるのかもしれない。 

『待って。お兄ちゃんは、戦える人を呼んできて言っていたよ。さくらは強いの?』
 戦う力はないので、首を振る。

「さっき、君を捕まえた人の居場所はわかる?」

 事情を知っている感じだった。
 このことを説明すれば、協力してくれると思う。

『わからない。さくらのことはわかるよ』

「……ありがとうね」 
 苦笑いしながら、考える。

 これ以上は心当たりがない。頼れるのは目の前にいる子だ。

「魔法とか使えないの?」

『隠れるのは得意だよ』
 突然と姿を消した。

 足音もしないので、捉えることは不可能。

『すごいでしょ。さくらも隠せるよ』
 机の上にいて、自慢気な顔をする。 

 美桜の肩に飛び移り、念じる。
 透明人間になれて、興奮する。 

「すごいね。さっきも使ったら、よかったのに」

『慌てていたの。ずっと使えないよ。大丈夫なの?』
 不安な気持ちを表すように、帳を叩く。

「大丈夫だよ。考えてあるから」
 物置きの大掃除した時に、父親が箱に大事そうに隠していた。
 あれは武器みたいだったし、使えたらどうにかなる。 
 すごく怒られるけど、問題を解決したら後に謝ろう。

『わかった。信じるね』

「そういえば、君の名前はないの」 

『番号で呼ばれていたよ。72(ななに)って』

「じゃあ、なつねはどうかな」

『わたしの名前?』 

「夏の音って書いて、なつね」
 歓喜して、それを連呼する。

「気に入ってくれて、私も嬉しいよ」

 この事を日記に纏(まと)めておこう。

 鞄には入っておらず、教室に忘れたことを思い出す。
 しかも、手紙も一緒だ。
 全て補習が悪い。

『さくらどうかしたの』

「何でもないよ」
 仕方ない、取り返すのは明日にしよう。

「それあげるね」

『ありがとう』

 これは、教材を送ってきた人からもらったものだ。
 名無しだから、会ったことはない。
 記憶喪失だということも知らない。
 色んな知識を教えてくれたり、相談に乗ってもらったりしている。
 感謝を伝えたくて、手紙の書き方を国語先生に習っている。

 だから、これが役に立つ日がきて、嬉しい。
「私の方こそ、ありがとうね」

 なつねは不思議な顔して、首を傾げた。
(たいへ……)
 美桜たちの会話を立ち聞きしていた、ヒビキ。

 背中に生えた妖精の羽で、飛び立つ。
 鍛錬のために預かった、柊夜のスマホから、京助から連絡があった。

 天宮美桜と72の写真。
 美桜が72を連れていっていった。
 それを仲間から聞き、もらった写真を送ったようだ。
 執事の仕事を放棄して、真実を確かに向かった。

 このことを相棒の柊夜に、報告しないと。
 
 気配を感じて、振り返る。

 鳥の形がした紙が、美桜の部屋の床にあった。
 どうやら、美桜が着替え中に落ちたんだろう。
 まるで、意思を持つように動き出し、彼女の首の後ろにつく。

 あれは式神だ。
 これも、報せないと。
 
   ☆☆☆
 
 三久理の屋敷にある道場。
 柊夜は、ここで弓の鍛錬していた。
 《退魔士》として、日課である。

 一段落したので、静かに弓を下ろす。
 弓道衣の胸当てを外し、休憩を設ける。 

「シュウさまおたいへです」
 右を見ると、ヒビキが飛んできた。 

 子猫のような愛らしい姿で、全体の色が白と耳が灰色。 

 《アクム》と同じ種族だ。 
 良い夢から生まれた存在。
 正義の夢として、《セイム》と呼ばれている。
 《セイム》は、妖魔退治するために、異世界からやってきた。

 化け物と間違われないために、主人をつけるようになっている。
 ヒビキは、手伝いが得意だったことから、三久理家の執事として雇われた。

 ヒビキは、相当慌てていた。
 床に降りることも忘れて、そのまま滑る。

 柊夜は素早く飲み物を置き、片手で受け止める。

「ありと……ごい……ます。大丈夫……です」
 それを聞いて、安心する。ヒビキを床に下ろす。 

「慌ててどうしたの」 

 ヒビキは狐の尻尾から、スマホを取り出す。
 大事な物を尻尾に仕舞う《ムゲン》の習性である。

「あの ーー」
 何があったのか、報告する。

「ーー わかった」
 美桜に電話をかけた。
 支度が終了した時に、誰から電話がかかってきた。
 画面を確認すると、柊夜だった。
 珍しいと思いながら、出る。

『美桜、聞きたいことがあるんだけど……話しても大丈夫?』 

「うん。なに?」 

『ピンク色の猫ような生き物が、近くにいるの?』 

 柊夜に伝えていないのに、知っているだろう。
 不思議に思いながら、友達に嘘つきたくないので、頷く。
「いるよ」

『そう』

「柊夜、何で知ってるの?」

『それは説明できない。預からせてもらっていい』

 恐らく、あの人と知り合いで聞いただろう。
 こちらにも事情があるので、引き下がらない。

「ごめん。この子と約束したから」

『その約束も僕が引き受ける。危険だから、美桜には関わらないでほしいんだ』

「できないよ。何か知っているなら、教えてよ」 
 なつねの必死な思いに応えたい。人任せにしたくない。

『……わかった。話すよ』 
 
「よかった。でも、この子……どうしようか」
 先程は鞄に隠したから、どうにかなった。
 変な生き物を見られて、噂になったら、不安だ。

『その子は特殊な人しか見えないから。それに迎えにいくから、安心して』
 柊夜のことを信じよう。

『さくら、どこいくの?』

「協力してもらえそうな人がいたよ。なつねも一緒に行こう」 

『うん』
 昔、異世界にいた王が、全世界の征服を企んでいた。
 この町に住む巫女と5人の戦士が、戦った。巫女が命をかけて、封印した。

 今年の春に、王の仲間がそれを解き、その恨みに復讐しようとしている。
 だが、そこから出られず、《異世界の王》が悪あがきに、日本中に《ユガミ》をばら()いた。
 封印場所が中学校だった。

「信じられないよ。学校は大丈夫なのに」
 説明の途中で、美桜は頭を抱えて、声をあげる。

「先祖が残した結界があるから、朝には元に戻るよ」
 柊夜はリビングテーブルの上に、紅茶を置く。

 執事が空になったティーカップに、ティーポットを注ぐ。

「あそこは、町よりも強い《妖魔》がいるから、危険なんだ。だから、美桜たちを連れていけない」
 
「なつねと約束があるから、ほっておけないよ」
 そのことは、移動中に済ませた。
 
「すごく危険なのは、わかったよ。でも、なつねのために、お兄さんを助けたいんだ。私も連れていって」  

「ごめん。それでも一緒にいけない」

「……シュウさまの意見に理解できますが。さくらさまたちを同行させませんか」

「ヒビキ!」
 柊夜はテーブルを叩き、執事を睨む。
 こんな余裕がないのを見るの初めてだ。
 それだけ危険なことなんだ。
 それでも、引き下がりたくない。 

「ごめん。美桜たちが必死なことはわかっているけど……」

「シュウさま、戦うだけではいけませんよ。ボクに良案がありますので、それを聞いてから考えていただけないでしょうか」  

「……わかった。聞かせて」

  ☆☆☆

 学校に向かう途中に、《ユガミ》を発見した。

「【光刃波(こうじんは)】。これで終わりだ」
 《薄妖魔(うすようま)》を短剣で斬る。

 《ユガミ》が薄い場所に現れることから、《薄妖魔》と呼ばれるようになった。
 それは、影のような存在だ。  
 放置すると、被害を広げるので、退治している。
  
「美桜どうかしたの」
 《ユガミ》を破壊した後、鞘に収める。
 呆けていた美桜に訊く。

 見惚れていたなんて言えないので、誤魔化す。  
「ううん。すごく強いなって思って」

 これでも実力が足りないなんて、どれほど強いんだろう。

「まだまだだよ。さっきのだって、日々の特訓の成果を発揮しているだけだ」  

 自分にはそれを生かしきれないので、純粋に羨ましい。  

「私は頼りないなんて、思ってないよ。説明する時もわかりやすかったし。ついてきてくれて心強いよ」

 柊夜は何かをぼそっと言うので、聞き取れなかった。 
  
 時々、あるんだ。
 褒められて、照れているだけかな。

「ヒビキが呼んでいるみたいだから、行ってくるね」
 慌てるように、逃げていった。

「うん。待っているね」

「さくら」
 なつねが肩に乗り、呼んでいた。

「どうしたの」

 翻訳器リボンのお陰で、なつねの言語がわかり、会話がスムーズだ。
 これは、柊夜が勉学の必要なくなったので、くれた。

「長い。ヒビキに聞いてくる」

「我慢だよ。もう少し待ってね」 
 
 王の部下が、人間に協力する《セイム》を邪魔な存在だと認識して、排除に動いた。 
 村を襲われて、日本に迷いこんだ。

「うう……」

 まだ報告がないので、無事なのか、早く確かめたいだろう。
 それは、美桜も同じ気持ちだ。

『-- なつねのために、お兄さんを助けたいんだ。私も連れていって』
 そう決心したから、やり遂げたい。
 この時間がもどかしい。

「待たせてごめんなさい。他に《妖魔》がいませんので、行けますよ」
 ヒビキはこちらに飛んできて、言った。

 魔法で執事に変身しただけだった。
 しかも、なつねたちと同じ村に住んでいたなんて、すごく驚いた。

「じゃあ、出発しよう」
 夜空に向かって、腕を上げる。気合いを入れる。 

「おー!」と、セイムたちも真似する。 

 ちなみに静かにと、柊夜に注意された。
 数分前

 柊夜が鳥の形をした紙に《呪術(じゅじゅつ)》を注ぎ、とある人の居場所を探っていた。

 美桜の首辺りにあったのを、事前に回収した。  

 《呪術》とは、《退魔士》が扱う術のこと。先祖の代から引き継いだ。

 この紙は、《偵察用式神》。
 主に偵察に使用される式神だ。 
 変化させたい形に折って、《呪術》を与える。
 その通りになり、標的を追う。

「やっぱりだめか」
 とある人、九夜火音がどこにいるのか、全くわからなかった。  
 やはり、これに力がないせいだろう。

 式神は《退魔士》の力があって、やっと成立する。
 身近に例えるなら、電池式や充電式で動く物だ。
 切れた状態だと、その形に変化ができない。
 それに、追跡以外わからない。
 なのに、美桜の傍に居続けた。
 規格外の奴は、この町では彼だけだ。

 彼が《退魔士》だということは、彼女には伏せている。
 秘匿している限り、伝えないことにした。

「ヒビキ、学校の方はどうだった」
 柊夜が《薄妖魔》を倒している際に、こっそり偵察させた。
 
「鍵が開いたあとがありました」

 《退魔士》の専用鍵で、普通の鍵とは違う種類。
 管理者しか開けられない。
 管理者は、彼に譲渡した。
 火音がそこにいることを示している。

「バッジの方は」
 《バッジ》とは、電波がない場所でも連絡できる。
 夜の学校は別世界なので、圏外だ。

「出ませんでした」

 式神には連絡機能が存在しない。
 これ以上手段がない。

「……やっぱり、美桜を家に置いた方がいいかな」

 結界が護ってくれる一方で、仇となっている。 
 奴らが活発する時間帯は、暗闇の影響で、《ユガミ》が濃くなっていく。
 《異世界の王》の棲みかは力が込もっていて、さらに影響を与える。
 それに、人間でも、朝になるまで弾かれない。
 これが、夜の学校に出入りを禁止する、本当の理由だ。

 火音は単独で、その中を何度も潜っている。
 事情を知っているようなら、任せるべきだ。  

「いいえ、傍にいた方が安全ですよ。ほっておいたら、1人で勝手にいってしまいますよ」

「その方が安全なのは、わかっているけど……」 
 震える手を必死に抑える。
 
「シュウさま、それでいいんですか」
 真剣な眼差しに、流されていることに気がつかされる。 

 何のために彼女に説明したんだ。それを思い出せ。 
  
「美桜……真剣な思いに応えるために、連れていきたい。僕も隣に立ちたい。ヒビキ、力を貸してくれないか」

 いつの間にか、震えた手が止まる。 
 ヒビキの方に、腕を伸ばす。

「はい、わかりました。さくらさまに伝えてきますね」
 それに応じるように、手を重ねる。  

「ヒビキありがとう」

 感謝の思いを受け取り、ヒビキは笑顔でお辞儀した。 
 《フェアリィオーブ》の光魔法で、辺りを照らす。

 それは、大切にした宝石に、《セイム》の魔力を組み合わせて、鍛冶屋が創り出した。
 魔力がない人間でも、魔法が使えるようになる。

 和風な空間に広がった中を歩く。
 その度に、息する音ともに壁に反響して響く。  

《 濃妖魔(こくようま)》ーー《ユガミ》が濃い場所にいる《妖魔》のこと ーーが、気がつかず、通り過ぎていく。

 ヒビキが良策を考えてくれたお陰だ。
 それは、ヒビキがなつねに変身して、透明な魔法をコピーした。
 なつねと一緒に使い、柊夜の魔力で補っている。
 気配が空気みたいで、奴らは捉えることができない。

 でも、奴らが通る度に見つからないか、ひやひやする。
 お化け屋敷とは段違いに恐い。
 
 それに、柊夜が実力が足りない理由がやっとわかった。

 だって、さっき出会った奴と全く違う。
 見慣れた動物の姿をしているけど、真っ黒で赤い目で睨んでいる。
 纏った禍々しいオーラが、肌に伝わってくる。

 恐さに耐えられずに、柊夜の右腕を力一杯に握る。 
 柊夜は、彼女を安心させるように、手を重ねる。 

「恐いなら帰ろうか」
 美桜に小声で話す。

「……ううん。なつねのお兄さんを見つけるまで、帰らない」
 今も恐い思いしているなら、早く助けたい。

「わかった。移動したいから、離れてもらっていい」

「……うん」
 困らせてたくないので、手を離す。
 代わりになつねを抱きしめる。

「さくら……くくるしい」

「うう……ごめん」 
 九夜火音は護符を構えていた。

 後ろ髪を適当に結い上げ、袴(はかま)を着衣している。

 目の前には、双子の《妖魔》がいる。
 金魚の尾びれに、上半身は女の子ようだ。
 まるで、童話の人魚ような姿をしている。

 彼女たちは、《異世界の王》の配下。
 オレンジ色が妹のチユ。赤色が姉のランだ。

「【マリンチェンジ・シャーク】」 
 ランは杖を《濃妖魔》に向ける。
 《妖魔》が扱える《妖術》をこめる。
 《濃妖魔》を鮫(さめ)に変化させる。

「【アクアレクタン・ソード】」
 チユも《妖術》で創造した水の剣で、追撃する。

「【雪華(セッカ)守符(シュウフ)】」
 御札に《呪術》を与えて、壁を張る。

 式神ユキメは、雪を閉じた花のように創り出す。
 それを覆うことで、壁を強硬にする。

 ユキメの見た目は、大学生ぐらい少女だ。
 白色の長髪に、白い和袖ワンピースと、緑色スカート。
 彼女には、火音の力を保有している。《呪術》で雪を扱える。
 術者がいる限り、保つことが可能だ。
 
「いつまで持つかしら」

 先程から根比べしている。
 それは、緑色のセイムを人質にされているせいだ。

 見つけた時には、既に捕えられていた。
 彼女たちを逃がさないように、立ち塞がった。
 相手は崩そうと、足掻いている。  

 それに、美桜たちがここにいるので、退けない。
 あの時に忍ばせた式神で、柊夜の力を感知した。

 この攻防戦で、《バッジ》を壊さなければ、来なかったかもしれない。

 いや、運命は変わらないか。
 馬鹿正直な奴だから、事情を知ったぐらいで退かない。

 妙な気配を感じた。
 唐突に壁が結晶に包まれて、砕ける。

 敵の攻撃が、波のように押し寄せてくる。

 間一髪、ユキメが火音を抱えて、避けた。

 上空に《呪術》で、雪の階段ように、創り出す。
 そこに跳躍して、登った。

「カノン、大丈夫?」
 ユキメは、火音を下ろす。

「……ああ」
 さっきの反動の影響で、体が怠い。
 痛がっている場合ではない。
 今までとは違ったので、奴らではないと、気が付いている。
 だから、奇襲した敵を捜す。

「九夜火音、こっちよ」
 南東の方角に、上品な女性が手招きしていた。

 白色の着物の袖で口元を隠し、微笑む。
 上空にある結晶の先を、器用に立っていた。
 彼女なら、破壊されたのも納得だ。
 それだけの強さを持っている。

「その姿で笑うな!」
 溢れる憎悪を抑えられず、刀の柄を握る。

「カノン落ち着いて」
 ユキメが背中にしがみつく。

 真剣な思いに、頭が冷えた。

 結晶が目先にあることに、ようやく気がつく。
 あのままだったら、命を落としていた。
「わりぃ。ユキありがと」

「無事でよかった」

「……あら、残念。目的は果たせたからいいわ」  

 嫌な予感がした。
 彼女に釣られるように、江戸の町を見下ろす。 
 そこには、逃げるチユたちの姿があった。

「あの子達が大変なことになるわよ」 
 美桜たちがいることをお見通しか。
 敏感だから、どんな手で隠れても、わかる。

「行かせてくれるのか」 
 牽制(けんせい)しながら、訊く。 

「死体になりたいならね」 

 素直にいく訳ないか。
 無理やりでも、突破してやる。

 それまで、配下が大切な生徒を発見しないことを祈る。
 白蓮(しろはす)の花が広がる場所にいる。

 花畑の近くに結界がある。
 それによって、魔よけになり、《妖魔》が寄ってこない。 

 体力回復ために、休憩をすることした。
 疲労で魔法が、切れやすくなるから。

「変な音がしなかった」  
 柊夜が立ち上がり、周囲を見回す。

 美桜も気になり、耳を澄ます。
「何も聞こえないよ」

「……気のせいかな」

「きっと疲れているんだよ。もう少し休もう」

「……うん。ヒビキは聞いていない?」

 さっきまで、なつねとそこにいたはずだ。
 見当たらない。
 花畑から、離れていないよね。
 
「たいへです」
 ヒビキは慌てるように、飛んできた。

「何があったの」 

「なつねさま……。きださい」

 ヒビキの後を着いていくと、なつねが檻の中にいた。
 しかも、花畑がない場所だ。

 なつねは体当たりして、出ようとする。
 頑丈でびくともしていない。

 さっきの聞いた音って、これだったんだ。

「なつね、今助けるから。そこから動かないで」

「美桜、待って。下手に動かない方がいい」 
 柊夜は、美桜の腕を掴む。

「柊夜、離してよ……」

「美桜、落ち着いて。まだ罠が仕掛けてあるかもしれない」
 周りを見ると、木の実の皮がぽつんと置いてあった。
 
 本当だ。
 あのままだったら、同じ目にあっていた。

「柊夜、ごめん」

「僕こそごめん。痛くなかった?」
 
 赤くなっていたが、「平気だ」と、心配させないように隠す。

「そう? 罠を確認する前に、ヒビキ何があったか話して」

「なつねさまが、52(ごにに)さまにわけらった木の実をつたんです。いきり落ちてんです」

「あれ以外、他に何かなかった」 

「あれでか」
 ヒビキが指す方角は、1つ目より少し離れた場所だ。そこに、同じ種類のものがあった。

「確認してみるよ。2人はそこで待っていて」

「柊夜、触ったら駄目だよ」 
 理解していないかと思い、呼び掛ける。

 無視して、付近の皮をしゃがんで拾う。

 檻が落ちてきて、すぐさま後ろに跳んだ。

「ハズしたカナ」
 女の子のような声がした。

「誰かいるの?」 

「けっけっけ」と、天井の方から笑い声が聴こえた。

「そこか」
 柊夜は弓の弦に矢を通し、放った。

「ハズレカナ」
 木の板から、戦隊ヒーローように降りながら、かわす。

 丁度、1つ目の罠に着地する。
 転んだ上に、哀れだと思った。

「よくもカナ」

 『自分のせいでしょ』と、心中でツッコミをする。

「この子も《アクム》なの? それとも人魚?」
 
「アイツとイッショするなカナ」
 人魚は宙に浮き、檻に怒りをぶつける。

 宙に浮いたまま降りたら、安全だっただろう。

「……チユは」
 息を切らし、返答する。

「なつねさま村をおそた方だと、言っています」

「オマエジャマするなカナ」

「すみません」
 漫才みたいなやり取りに、笑いが漏れてしまった。

「美桜、失礼だよ。ヒビキも謝らなくていいよ」

 わかっているけど、止められなかった。

「ねぇ君」 
 柊夜は、短剣の柄を持ちながら、訊く。

「チユだカナ」

「チユさん、他のセイムの居場所を教えてもらっていい」 
 少しだけ苛つきながら、尋ね直す。

 落ち着いてと言おうとして、やめた。
 飛び火がくると思い直したからだ。
 きっと、有事の際に備えているだろう。

「イヤなカナ」

 ホイッスルを聞きつけ、沢山の《濃妖魔》が殺到した。 

「コイツシマツしろカナ」 

「2人とも目を瞑って。【シャインリドー】」
 短剣に魔法を溜め、思い切り振った。
 輝くカーテンで覆い、《濃妖魔》を怯ませる。

 快復した後に、周囲を見回す。
 美桜たちが、その場から居なくなっていた。

「サガセカナ」
 命令に従い、駆け出す。

「チユをタスケロカナ」
 その嘆きを聞き入れる者は、誰もいなかった。
 
  ☆☆☆

「どこかに行ったみたいだよ」

「気が付かれなくて、よかった」
 美桜は、茶屋のベンチから出る。

 あの時、柊夜が結界の部屋に繋がるどんでん返しに気が付いた。
 そのお陰で、追っ手から逃れられた。

 もしもの際に、美桜はベンチの下に隠れた。
 2人で外の様子を確認していた。 

 その際に、右手が後ろの土壁に当たる。 

 少しずれて、外から破壊する音が鳴り響く。
 右側の土壁が、真ん中に穴が空いていた。

「どうしよう」
 これで見つかったなんて、嫌だ。
 結界の部屋とはいえ、絶対安全ではない。

「怯えなくて、大丈夫だよ。ねえ、ヒビキ」 

「はい。近づいている様子がないです」

「……よかった」
 ほっと一息つく。

「どうやら、通路になっているみたいだ」

「別の通路があったんだね。ここも知っていたの?」 

「知らない。結界の方は予め調べて置いたんだ」 

「休んでいる時に壁を叩いたのって、ここを調べていたんだね」

「うん」

「もしかして、チユを見つけた時もそうだったの?」

「気配で敵を発見したけど、位置までわからなかった。油断する振りして、誘き寄せたんだ。転んだのも、計算のうちだよ」 

 馬鹿にしたことを心の中で謝っておく。 

「邪魔したみたいで、ごめんね」

「ううん。もう少し、注意深く観察するべきだった。そうすれば……」

「シュウさま悪くなでよ。なつねさま止めてれば」

「ストップ」 
 美桜は、過ちを責め合う2人の間に入る。

「責めても仕方ないよ。さっきの通路を通ってみよう」 

「僕が見てくるよ。ヒビキは見張りしてもらっていい」

「了解です」

「柊夜、待って」

「大丈夫だよ。美桜もヒビキとそこにいて」  
 柊夜が支えてくれて、安心できた。

 独りで何でも背負うとして、我慢ができなかった。

 美桜は柊夜を追いかけて、叫んだ。
「もう止まって!」

「急にどうしたの」  

「柊夜は独りじゃないんだよ。何でも勝手に決めないで。私だって、子供じゃないなんだから、自分の身ぐらい守れるよ」

「……ごめん。僕の悪い癖だ」

 柊夜を悲しませたくて、言ったわけではない。 

 慌てるように訂正する。
「悪いって言ってるじゃないよ。柊夜みたいに慎重に動けないから、すぐ忘れ物しちゃうし」

「……忘れ物はなくさないと」
 柊夜は、ずっと気を張っていた。
 やっと頬が弛緩(しかん)したようだ。 

「気をつけるよ」
 彼に釣られるように、微笑む。 

 敵地だから、そのことが当たり前だ。
 いつまで強張っていたら、いざというときに動けない。
 この笑顔が好きだから、解けてよかった。

「じゃあ、一緒に行こうか」
 
「うん」