中学生の頃、おれは冬真の狼狽を目の当たりにしたことが二回だけある。
一回目は、中学二年生の冬だった。
五歳で出会ってから、何をするにしても一緒だったおれたちだったけど、同じようには成長できなくて、おれと冬真の素材の違いは、中学校に進学してから顕著にあらわれ始めた。
冬真の思春期はひかり、おれの思春期はくらく、それぞれに幕をあけた。
冬真は、運動神経も抜群で、誰にでもあかるく、冗談を言うセンスもあって、背を伸ばしながら、もともと美しかった容姿はより洗練されていった。
もみの木のてっぺんに飾るとくべつな金色の星、まさにそういう存在になりあがった冬真のまわりには冬真と同じようにあかるくてきらきらとした人間が集まるようになった。
一方のおれは、冬真と違って背はほとんど伸びず、声変わりも中途半端に終わった。
極め付きは、視力の低下。分厚いレンズの眼鏡をかけ始めるようになってからは、視界だけではなくて、自分がだれの目にも止まらない地味で野暮ったい人間なんだって、察するべき現実というか、そういうものもクリアに認識できるようになってしまった。
自意識が不健全にふくらむにつれて、陰気になりさがったおれの、学校での居場所は不動の日陰。
だれの目にも映らない、が、だれもおれを目に映すな、に変わって、日向の真ん中にいる冬真は当たり前のように遠く、遠くなって――いけば、よかったのに。
冬真は、放課後や休日の時間を平気でおれとばかり過ごすし、学校内でも学校外でもおれを避けようとはしなかったから、学校での立ち位置は日向と日陰で完全に切り離されたあとになっても、結局、おれたちは近いままだった。
もやのかかった重たい劣等感は、一度生まれたら、もう決して消えてはくれないものらしい。
陰気で臆病なくせにプライドだけはいやに高くて、おれは自分のうつうつとした気持ちを冬真には絶対に言いたくなかった。
おれたちは、どうしたって不釣り合いで、教室の扉の向こうで、廊下で、生徒玄関で、体育館で、どこであれ校舎の中では、冬真に笑いかけられるたびに、おれは、惨めな気持ちになった。
「おれたち、学校で話したり会ったりするのは、もうなしにしないか」
十四歳の冬、冬真の思いつきで互いに選び合った安物のマフラーをぐるぐると首に巻いて、学校から帰る道すがら。
今にも雪が降り出しそうなくらいに寒くて、燃える気配は微塵もない灰色の空のしたで唐突に、おれは冬真にそう切り出した。
それまで冬真は、今度の週末に雪が積もったら、久しぶりにふたりで公園まで行こうよとか何とか言って、おれの隣を歩きながらひとりで盛り上がっていた。
言い切った後に口を結ぶと、冬真は、ぴたりと足を止めて、笑った顔のまま、おれの方をじっと見た。
「いきなり、なに?」
きれいな笑みはゆっくりと瓦解して、冬真はそれでも笑おうとしたけれど、結局、半端なところでやめて、眉間にしわをよせた。
冬真の瞳が揺れているのをはじめてみて、おれはこいつをこんな風に狼狽えさせることができたんだな、と他人事のように思った。
「もう一回、言って」
「いいけど。冬真とおれ、学校で絡むのはなしにしないかって言ったんだよ。行きも帰りも、無理に一緒に行く必要ないし」
「……は?」
「は、じゃなくて」
「……お前、本当にいきなり何なの?」
冬真の声は、ぴんと張りつめていて、触れたら裂けるんじゃないかってくらい鋭かった。
おれは、でも、平然を装って、「いきなりじゃない。おれは、前から思ってたよ」とだけ答えた。
目に映るほとんどのものの彩度がわずかに落ちる。
その中で、冬真の首に巻かれた深緑色のマフラー、学ランの黒、冬真の青白い肌の色、奥まで見えてしまいそうな色素の薄い瞳、それらだけは鮮明に、おれの目に映っていた。
先に目を逸らしたのはおれの方だった。
うつむいて、冬真のスニーカーのつま先をじっと見ながら返事を待っていると、数十秒後につま先が動いて、「分かった」と、抑揚のない声が落ちてきた。
「秋がそうしたいならいいよ」
「ん」
「登下校も、いいよ」
「うん」
「……でも、金曜日だけおれと一緒に帰るってことで。それは、譲らない」
「何で」
「何でも。理由とかそういうの、今、秋に言いたくない」
「……まあ、金曜だけだったら、別にかまわない」
偉そうな返事をして、おれは再び歩き出す。
冬真の顔は、見ないでいた。
この日以降、おれたちは、学校ではほとんど話さなくなった。
しばらくの間、おれは冬真の姿を見かけても、絶対に目を合わせないようにした。冬真の方は、知らない。
でも、学校で会わない分、放課後や休日に冬真がおれの部屋に遊びに来る頻度はかなり高くなった。
お前はそんなことをしてくれなくてもいいんだけどな、とおれは言い出せないまま、冬真との時間を過ごした。
金曜日の放課後だけ一緒に帰る。
冬真の提案やそのあとに冬真がとった行動は、きっと、自分とは違って美しく成長できずに無理やり身を引こうとした、可哀想なおれに対する同情心によるもの。
冬真は器用だから、同情でさえも嫌みなくできる。
おれの陰気なこころはコトをそう捉えたし、その間も劣等感は膨らむ一方だった。