ある日の夜。光香とモモは外食のため、韓国料理の店に来ていた。
「韓国料理とか久しぶりだね」
「ほんと! めちゃくちゃお腹減ったよ〜」
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」※店員。
「モモ、なに食べたい?」
「とりあえずビール!」
「間違いない! ほかには?」
「あ、あとあれ食べたい!」
「なに?」
「えっとー……けちょんけちょん、みたいな感じの名前のやつ!」
「(なんだそれ……?)」※店員
「あぁ、カンジャンケジャンね」
「(分かるの!?)」※店員
「そうとも言う〜」
「(そうとしか言わないよ!?)」※店員
「あと銀歯と、マリオの亀」
「すみません、ビールふたつとカンジャンケジャン、それからキンパとカルビクッパください」
「……か、かしこまりました……(変わった客だ……)」※店員
ある日の仕事帰り。論文を無事書き終えた光香は、クタクタで帰宅した。
「ただいま〜……(今日は疲れた……)」
「れいちゃんおかえりぃ! 待ってたよ! 早くビールで乾杯しよーよっ!」
モモの無邪気な笑顔に、光香はふっと笑った。
「うん。ごめんね、今すぐご飯作るから」
「じゃがいもパラダイスでお願い!」
「言うと思ってました」
とりあえずビールで乾杯。
「やっぱりプレモルうんまーいっ♡」
「そうだねぇ」
「からの〜……」
今晩の献立は、じゃがいもコロッケ、じゃがいものチーズ焼き、ガリポテ、じゃがいものきんぴら。
モモの目が輝き出す。
「じゃがいもパラダイスだぁーっ♡」
「どーぞ、召し上がれ」
もぐもぐもぐもぐ……。
「うんまーいっ♡ れいちゃん天才!!」
「大袈裟だなぁ、もう」
「そんなことないよ! れいちゃんのじゃがいも料理は世界一だよ!!」
「れいちゃんももっと食べなよっ!」
もぐもぐもぐもぐ。
「……ふふっ」
「なに笑ってんのさ、れいちゃん」
「んーん。モモは魔法使いみたいだなって思って」
「えーなにそれ。……ハッ。いや、実はそうなのかもしれない。じぶんが気付いてないだけで私って実は……」←真顔。
「こーら。またすぐ調子に乗るんだから」
「えへへ」
※光香の原動力は、モモの無邪気な笑顔なのです。
ある日の朝。
「こんにちはー。モモ先生、鷲見が来ましたよー。原稿の進捗どうですかー?」
モモと光香の家にやって来たのは、モモの担当編集鷲見千歳(三十歳、独身女性)である。
「げっ! スミィじゃん! なんでいんの!」
「なんでいんの、じゃないですよ! モモ先生、原稿! てか私の電話番号、着拒するとかひどいです! 外してくださいよ!」
「やだよ! だってうるさいんだもん!」
「うるさいのはあんたが仕事しないからでしょーが!!」
「うわぁ、出たよひとのせい。いい歳してそーゆうのよくないよ〜?」
「くっ……(殴りてぇ……っ!)」
今日は、モモの次回作の原稿提出期限日。
モモは鷲見の電話番号を着信拒否しているので、わざわざ家まで取りに来るのである。
「鷲見さん、いつもわざわざすみません。どうぞ、なかでお待ちください」
鷲見はため息をつき、光香に一礼して部屋へ入った。
原稿の提出期限は今日中。
もちろん原稿はまだ完成していない。
「鷲見さん、飲み物はコーヒーでいいですか?」
「あ、おかまいなく……(光香さん、相変わらずめちゃくちゃ美人……♡)」
※スミィは光香ファン。
「デレスミィきも」
「なんか言いましたか。てか、そのあだ名やめてください」
「れいちゃん、私もコーヒー飲みたーい」←スミィは無視。
「はいはい」
それからしばらく。
「――ねぇれいちゃん、お腹減った」
「はいはい。今日はポテトグラタン作ったよ」
「やったーポテグラ!! ポテトサラダとじゃがバターもつけて!」
「はいはい。ポテトサラダとじゃがバターね」
「…………」←スミィ。
「モモ、りんご剥いたけど食べる?」
「ん〜めんどくさい〜。食べさせて〜」
「仕方ないなぁ」
「…………」←スミィ。
昼。
「――ねぇれいちゃん、喉乾いた」
「はいはい。お茶とジュースとコーヒーどれがいい?」
「れいちゃん特製のスムージー!」
「…………」←スミィ。
「――ねえねえれいちゃん、ゲームしよーよ!」
「そんなことよりモモ、原稿は終わったの? 鷲見さん待たせてるんだから遊んでちゃダメだよ」
「気分転換くらいいーじゃん!」
「もうしょーがないなぁ……一回だけだよ? 一回やったら原稿ね?」
「うん!」
「…………」←スミィ。
そして、夜。
「原稿終わったー!!」
「お疲れ様でした……!!」
鷲見はなぜかモモではなく、光香に深く頭を下げた。
「ちょっとスミィ! 原稿書いたのは私だよ!」
「いやぁすみません。モモ先生に尽くす光香さん見てたらつい……(つーかこのひと、光香さんとルームシェアするまでどーやって生活してたんだろ)」
「落ち着いてモモ……鷲見さんも。モモの言うとおり、私はなにもしてませんよ」
「そうだよ! 偉いのはわ、た、し!」
「……光香さん、あんまりモモ先生を甘やかしちゃダメですよ(つけ上がるから)」
「失礼な! まだまだ甘やかしが足りないくらいだよ!」
「モモ先生のメンタルって、マジでどーなってるんすか」
ある日。
「モモ先生〜。鷲見が原稿取りに来ましたよ〜」
「原稿は昨日いたずらな妖精ちゃんがどこかに隠してしまいました。ということで探してきてくれる?」
「なるほど〜。ではスミィ、妖精ちゃん探しに行ってきます〜……って、んなわけあるかい!」
※モモは締め切り前になると、ファンタジー脳になることがある。
***
別日。
「モモ先生。鷲見が来ましたよ〜」
「本日のモモは有給休暇自主消化中なので、仕事はいたしません。お帰りください」
「テレ朝の天才外科医みたいな返しやめてください。上手くないですからね」
※今日が締め切りって分かってます?
***
そのまた別日。
「モモ先生、鷲見ですよ〜」
「モモはもうお酒飲んじゃったので今日は書けません。帰ってください」
「……ねぇモモ先生……いつも来た途端に帰れ帰れって、いくら私でも傷付くんですよ! そんなことばっかり言うと私、本当に帰りますからね!?」
「えっ、マジ? よっしゃ帰れ!」←マジで酔ってる。
「うわぁん光香さぁん!! モモ先生がいじめるよぉ〜!!」
※モモは素直なので、思ったことしか言いません。
とある日の締め切り前日。快晴の空に、モモの叫び声が響いた。
「ダメだ……書けん!!」
「モモ先生がスランプ……!? いつもわがまま放題でなんのストレスもないモモ先生がっ……!?」
※意外すぎて、スミィ絶句。
「失礼な子ね! 私にだってストレスくらいあるわい」
「こらこらモモ、ぷんぷんしないの。煮詰まってるなら少し休んだほうがいいよ。スムージー飲む? あ、それともじゃがりこ食べる?」
「んー……あ、じゃあ気分転換にポエムでも書こっかな」
「ポエム!? モモ先生ってポエミアンなの!?」←スミィ。
「そーそー。私、スランプになるとポエミアンになるのよぉ」←テキトー。
「ポ……え、なんだって??」←光香困惑。
※ポエミアン……ポエムを謳うひと。
※そんな言葉はありません。
君は今どこでなにしてるの?
気が付けば、いつも君のことばかり考えてる
私ばっかりが想ってるバカみたい
私、もう君がいないと生きていけないよ
「えっ、なになにめっちゃ素敵じゃないですか! タイトルは!?」←予想外の出来に大興奮のスミィ。
「ふふふっ。タイトルはもちろん、じゃがいも」
「じゃがいも……?」
「じゃがいも」←ドヤ顔。
※タイトルは伏せて刊行します。
「よっしゃーっ!! 原稿できたよ!」
「モモ! すごい! これは傑作だよ!」
「モモ先生! さすがです! これはもう受賞確実ですよ!」
「えっへん!」
………………。
…………。
……。
「モモー起きてー。モモー」
「モモ先生!! 頼むから起きてください!!」
「むにゃ……ふふ、傑作や……」
「ダメだ……これはもう起きる気も原稿をやる気もないですね」
「モモ先生……マジでお願いしますよぉ(泣)」
※締切は昨日。
***
別日。
※モモ、原稿が進まず現実逃避中。
(れいちゃん、今日の格好すごく似合ってたな♡)
(たとえるなら優しくてカッコイイ王子さまかな)
(……あ、そういえばこのあいだ実家に帰ったとき、賢一痩せてたな。最近ジム通いしてるとか言ってたっけ)
※賢一はモモのパパ。
(賢一をキャラクターにたとえるなら口だけ達者で実はポンコツな錬金術師とかかなぁ)
コンコン。
「モモ先生ぇー……そろそろ原稿もらえないとマジで詰むんですけど」←様子を見に来たスミィ。
「あ、ゴブリン」
「ゴブリンッ!?」
※スミィはゴブリン。
とある休日の昼下がり。
「うーん。やっぱり私はハーフアップがいいなぁ」
「モモは髪が柔らかくてふわふわしてるから、ポニーテールも似合うと思うよ」
「えへへ、やっぱり〜?」
モモと光香は楽しげにお茶をしていた。
「え、なになに、なんの話ですか? 鷲見も混ぜてください♡」←そこへやってきたスミィ。
※もしかして原稿の調子がいいのかな、と若干期待している。
「あ、スミィ。実はさー、今度スミィのとこの出版社のパーティがあるじゃん?」
「え……いや、あれモモ先生欠席するって言ってましたよね? 私もうそのつもりで処理しちゃいましたよ?」
「そうじゃなくて。もしそこで私に会いたかったべつの出版社の編集さんがスミィを通じて私と繋がったとしてよ? のちのち作品が出版されるってことになってー、その作品が大ヒットして祝賀パーティー開くときがきたら、どんな髪型がいいかなって話」
「へぇー……びっくりするくらいくだらない現実逃避ッスね……」
※それより原稿ください。締切昨日なんですよ……。
「モモ。ちょっとこっちに来なさい」←光香、おこです。
「え〜なに〜? 私今スプラトゥーンやってて忙しいんだけど〜。あとにしてよ」
ピコピコ。←ゲーム音。
「ダメ!」
光香、ゲーム機の電源を切る。
「あぁっ! 私のゲームがぁ! なにすんの、れいちゃん!」
「冷蔵庫に入れておいたじゃがいものお漬物がなくなってるんだけど、あんたぜんぶ食べたでしょ! 山盛りあったのに!!」
「…………」
「モモ?」
「や、私じゃないヨ? スミィじゃない?」
「そんなわけないでしょ!」
「分かんないじゃん! 泥棒が入って取ってったのかもしれないよ!」
「モモじゃないの?」
「うん!」
「ほんとに?」
「うん!! ほんとに!」
「分かった。ほんとのこと言わない子にはもう二度とじゃがいも料理作ってあげないか……」
「ごめんなさい私がやりました!!」
(そんなに好きか……)
※モモはじゃがいもを人質にされると激弱になる。