・
・【18 回想】
・
僕は孤児院でいつも一人だった。
誰とも会話が合わなくて、多分僕は大人びていたんだと思う。
ずっとこの世界に絶望していて、楽しいことは何一つ無かった。
そんなある日、この孤児院にやって来た女の子。
それが光莉だった。
光莉は他の子供たちに比べて、特に子供だった。
バカみたいに鼻を垂らしながら丘を走っていた。
綺麗な花を見つければ、すぐに摘んで、それを握って走り、飽きたらポイと捨てていた。
あんなヤツとは会話のレベルからして合わないだろうな、と思っていたが、そんな光莉が僕の一番の親友になっていった。
キッカケは正直覚えていない。
ただただ光莉が僕に付きまとっていただけだから。
多分何か好みの顔とか、そういうことだったんだろう。
子供の頃なんてそんなもんだろ。
とか思って……好みの顔ならば僕が光莉に対してそう思っていたのかもしれない。
いつも鼻を垂らして汚いなとは思っていたが、澄んだ瞳に整った鼻と口、パーツは全体的に大きくて、顔からおおらかな性格が滲み出ていた。
快活に笑って、僕に無視されすぎると泣いて、困って構っていると、すぐにまた笑顔になって。
逃げる僕を追いかけて。
運動神経は光莉のほうが良くて、ずっと僕は追いかけ回されていた。
もうダメだと思って座れば、その隣に座ってくる。
一個しかない椅子に座れば、僕の膝の上に座ろうとしてくるので、仕方なくベンチに座っていた。
孤児院での勉強はハッキリ言ってハードだった。
正直この学校のレベルと感覚的に変わらないレベルだったと思う。
孤児院に入った子供にこそ、良い教育を受けさせて、この負の連鎖を断ち切る、そんな想いが込められていたんだと思う。
僕はいつも楽々こなしていたが、後から入ってきた光莉は四苦八苦していた。
いつも居残り勉強をさせられて、何回か逃げ出していたと思う。
まあその度に先生たちに捕まって、より長く勉強させられていたけども。
いつしか光莉は僕に勉強を教えてほしいと言うようになっていた。
正直意味無く追いかけ回されるより楽なので、僕は光莉に勉強を教えていった。
そして出来ないなりに、それなりに出来るようになった光莉。
僕はいつもの通り、勉強を誰よりも早く終わらせて、図書室で本を読んでいると、そこで孤児院の院長から話をされた。
それはこの世界のこと、そしてこの学校のことだった。
この学校に入れば世界を仕組みから変えられる、と。
成績トップになれば世界の中枢に入り込むことができる、と。
僕は胸が躍った。
孤児院に入ってくる子供たちの境遇は知っていた。
何故なら僕もそうだったから。
この世界を変えるため、僕はさらに猛勉強をした。
そしてここで一つ、間違いを起こす。
それは、そのことを僕はつい、光莉に言ってしまったこと。
それを聞いた光莉は、
「アタシも信太くんについていく!」
そう言って猛勉強を重ねた。
その結果、光莉はその孤児院で二番目の成績になり、晴れて僕と光莉は全寮制の小学校に通うことになった。
勿論、この学校の下部組織だ。
そしてエレベーター式に中学、高校と上がった。
しかしこの高校で光莉は成績を落とし始めていた。
でもまだ中位だった。
だから大丈夫だと思っていた。
その結果だけを見て、光莉との対話がおろそかになって、自分のことに集中しすぎた結果、光莉は自殺室の目の前で自殺したらしい。
遺書も何も残されていなかったみたいだ。
さらに僕は光莉の遺体すら見ることもできず、光莉は忽然とこの世からいなくなってしまった。
未だに思い出すのは、光莉との孤児院での会話だ。
「信太くん! 勉強教えて! 忍法! 教えての術!」
そう言って僕の座っている体のお腹目掛けて、頭をぐりぐり押しつけてきた光莉。
僕は軽く光莉の頭を叩いて、
「大切な頭部を攻撃に使うな」
「大切な頭部を叩かないでよ!」
「これくらい全然何にもなんないレベルだから」
「何かなったら今日の晩御飯、全部ちょうだいね!」
そう言ってニカッと笑いながら僕の隣の席に座った光莉。
教科書とノートを広げて、二人の肩が当たりそうな距離で勉強をし始める。
何だか近いような気がするけども、光莉はいつもこのくらいの距離の人間だった。
光莉は僕のほうをチラリと見ながら、
「勉強って楽しいね、おやつみたい」
「全然違うでしょ、楽しいの種類が」
「鉛筆はカリントウ」
「意外と太さも違うよ、色は結構違うし」
僕が普通にそうツッコむと、光莉はムスッとした顔をしてから、
「ノリが悪いなぁ。そこは鉛筆をかじりながら『カリントウになりてぇ』でしょ」
「いやもう全然意味が分からないよ、整合性がまるで無いよ」
「でもカリントウになりたい気持ちくらいはあるでしょ」
「全然無いよ。なりたいモノおやつだけ部門でも、カリントウは下位のほうだよ」
すると光莉は首をゆっくり横に振って、
「そんな。信太はこう思っているはず。僕は光莉のカリントウになりたい、って」
「そんな意味の分からない告白みたいなこと思っていないよ」
「じゃあ意味の分かる告白をするのっ?」
そう言って、いたずらっぽく笑った光莉。
僕は一瞬ドギマギしてしまい、口ごもっていると、光莉は僕の手を優しく叩きながら、
「いつでもいいよ! 待ってる! ただし! 発音は良く、カリントゥって言ってね!」
「いやだから『光莉のカリントウになりたい』とは言わないし、それはきっと発音良くないよ。そんなことより勉強しよう、勉強」
そんな感じでたまに会話して、そしてまた勉強しての繰り返し。
それが僕はすごく楽しかった。
ただ勉強するよりも効率は悪いんだけども、光莉と勉強したほうが何だか捗ったような気がした。
光莉とまた一緒に勉強したかったな。
でももうそれは叶わない。
僕は死ぬだけしかできないから。
いや死ねるのか?
溝渕さんのように、ずっと死ねずにこのまま残るんじゃないか。
また死にたい気持ちが増幅してきた。
止めよう。
昔のことを考えたって、虚しくなるだけだ、と思ったその時だった。
僕の頬に突然何かが当たった。
ビックリして目を開けると、そこには陽菜が不満げにいた。
すぐさま陽菜は口を開いて、
「ビンタだよ! ビンタ!」
そうか、ビンタされたのか、いや、
「何で?」
「だって信太が急に目を瞑って寝ようとしたんだもん! アタシは今全然眠くないぞ!」
「いや眠りにつこうとしたんじゃなくて、少し考え事をしていたんだよ」
「考え事って……ちょっとぉ! アタシのことぉっ? 参ったなぁ!」
そう言って照れた陽菜。
いやいや、
「全然陽菜のことじゃないけども」
「そんな! アタシ以外に考えることはもう無いだろ!」
「いろいろ考えたりするよ、時間が腐るほどあるからね」
僕がそう言うと、また唇を尖らせて陽菜は、
「誰か入ってきた時以外はもうアタシと会話すること以外、考えるなよ! 考えるなビーム!」
そう言いながら僕の頬を右手の人差し指で押してきた陽菜。
子供すぎる行動に呆れてしまったが、同時に懐かしさも感じた。
あっ、これ、光莉の”教えての術”だ。
そうだ、陽菜って何だか光莉みたいだ。
というかまんま光莉だ。
バカみたいな会話に元気なところ、でもどこかちゃんと考えていて。
「ほらまた何か上の空になってるー! 何も考えるなビームだ!」
さらに左手の人差し指で僕の頬を押してきた陽菜に、僕は、
「いやさすがに指二本はやられている感が半端無いから」
そう言って指を払うと、陽菜は満足げに息を漏らし、
「攻撃が効いたみたいだぁ」
「いや効いたわけじゃないけども、全然効いたわけじゃないけども」
「いや効いただろ、考えるなのツボを押したから」
「いやいや、考えるなという思考のツボは無いでしょ」
そんな”いや”を連発する会話をしていると、陽菜がふとこんなことを言った。
「似てるよなぁ」
急な”似ている”という言葉にドキッとした。
まるで陽菜と光莉が似ていると考えていたことが見透かされたみたいで。
いやでもそんなはずは無いと思っていると陽菜が、
「アタシと信太って似てるよなぁ」
何だ、僕と陽菜という話か。
それならじゃあ、
「そうだね、どこか似てるかもね。というか似てるからこそ死ねないんじゃないのかな?」
「確かにそうか。そう考えればそうだな」
「まあ死にたい同士、一緒に生きていくしかないね。陽菜」
「死にたいのになっ」
と、陽菜が笑ったその時、思いがけないことが起きた。
それは、なんと、いつも通り体育座りの溝渕さんが急に胸を抑えて苦しみ出したのだ!
「溝渕さんっ! 一体どうしたんですか!」
僕は立ち上がって、溝渕さんのほうへ駆け寄り、陽菜は焦って立ち上がれず、這いつくばるように溝渕さんのほうへ行き、
「おい! 弥勒さん! どうしたんだよっ!」
と陽菜は叫んだ。
それに対して溝渕さんは砂になりながら、
「……そうか、そういうことだったのか……ヒントの一つでも残したいところだが、そのままでいいんだろうな……信太くん、一緒に……」
そう言い残し、溝渕さんは姿を消した。
まるで自殺室に入ってきた生徒が死ぬように、消えていった。
僕は体、というか心臓を震わせながら言う。
「溝渕さん……急に、急に生きたいって、思った、の……どうして? どうしてなんですかっ!」
溝渕さんがいたはずの場所へ叫ぶ僕に、陽菜はなんとか立ち上がり、僕の肩を叩き、
「いや、もう、弥勒さんはいないんだ、信太……でも、良かったな……」
良かった。
確かに溝渕さんは良かったと思う。
そうだ、良かったんだ、これで良かったんだ。
「良かったね、溝渕さん」
僕もそう言って、その場に手を合わせた。
でも一体急に何故。
それに、
「溝渕さんが最後に言った”そのままでいいんだろうな”ってどういう意味なんだろうか、そのままってこのまま自殺室にいることは良いことではないのに」
「確かに、弥勒さんは最後だから何か混乱していたのかな?」
「でも溝渕さんは冷静で錯乱するような人でも無いけども。あと信太くん、一緒に、も何なんだろうか」
「う~ん、それは分かるよ」
そう言った陽菜に僕は目を丸くするほどに驚いた。
一体陽菜はこのあとになんという言葉を言うのだろうか。
固唾を飲んで見守っていると、
「弥勒さんはね、きっと信太と一緒に死にたかったんだよ。結構信太のこと好きだったんじゃない? モテる男はつらいねぇ~」
そう言って僕の頬を指でグイグイ押してきた。ビームのように。いやビームじゃないけども。
でも、
「そんな、いなくなったそばから茶化さないでよ」
「でも実際弥勒さんは同じ男性として信太のこと案じていたんじゃないの? 信太はアタシと似ているけども、信太は弥勒さんにも似ていたからね。誰か生徒が来た時なんて特にそう。二人とも冷静だよね」
「そういうことなのかな……でも何か違和感があるというか……」
「じゃあ他の解釈浮かぶ?」
と言われて僕は黙ってしまった。
何も浮かばなかったから。
『そのままでいい』と『一緒に』は正直相対する言葉だと思う。
もし僕と一緒に死にたかったらそのままじゃダメなはず。
ヒントの一つでも残したいとか言っていたけども、疑問点が増えただけだ。
果たしてこれは考えたら分かるようなことなのだろうか。
本当に分からないんだ。僕は何も。
でも。
でも。
何がどうか分からないけども、心が絞られて、少しつらくなるんだ。
それと同時にどこか心が温まって。
真逆の感覚が僕を襲ってくる。
一体何なんだ。
溝渕さんも、陽菜も。
そして僕も、何なんだろうか。
・【18 回想】
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僕は孤児院でいつも一人だった。
誰とも会話が合わなくて、多分僕は大人びていたんだと思う。
ずっとこの世界に絶望していて、楽しいことは何一つ無かった。
そんなある日、この孤児院にやって来た女の子。
それが光莉だった。
光莉は他の子供たちに比べて、特に子供だった。
バカみたいに鼻を垂らしながら丘を走っていた。
綺麗な花を見つければ、すぐに摘んで、それを握って走り、飽きたらポイと捨てていた。
あんなヤツとは会話のレベルからして合わないだろうな、と思っていたが、そんな光莉が僕の一番の親友になっていった。
キッカケは正直覚えていない。
ただただ光莉が僕に付きまとっていただけだから。
多分何か好みの顔とか、そういうことだったんだろう。
子供の頃なんてそんなもんだろ。
とか思って……好みの顔ならば僕が光莉に対してそう思っていたのかもしれない。
いつも鼻を垂らして汚いなとは思っていたが、澄んだ瞳に整った鼻と口、パーツは全体的に大きくて、顔からおおらかな性格が滲み出ていた。
快活に笑って、僕に無視されすぎると泣いて、困って構っていると、すぐにまた笑顔になって。
逃げる僕を追いかけて。
運動神経は光莉のほうが良くて、ずっと僕は追いかけ回されていた。
もうダメだと思って座れば、その隣に座ってくる。
一個しかない椅子に座れば、僕の膝の上に座ろうとしてくるので、仕方なくベンチに座っていた。
孤児院での勉強はハッキリ言ってハードだった。
正直この学校のレベルと感覚的に変わらないレベルだったと思う。
孤児院に入った子供にこそ、良い教育を受けさせて、この負の連鎖を断ち切る、そんな想いが込められていたんだと思う。
僕はいつも楽々こなしていたが、後から入ってきた光莉は四苦八苦していた。
いつも居残り勉強をさせられて、何回か逃げ出していたと思う。
まあその度に先生たちに捕まって、より長く勉強させられていたけども。
いつしか光莉は僕に勉強を教えてほしいと言うようになっていた。
正直意味無く追いかけ回されるより楽なので、僕は光莉に勉強を教えていった。
そして出来ないなりに、それなりに出来るようになった光莉。
僕はいつもの通り、勉強を誰よりも早く終わらせて、図書室で本を読んでいると、そこで孤児院の院長から話をされた。
それはこの世界のこと、そしてこの学校のことだった。
この学校に入れば世界を仕組みから変えられる、と。
成績トップになれば世界の中枢に入り込むことができる、と。
僕は胸が躍った。
孤児院に入ってくる子供たちの境遇は知っていた。
何故なら僕もそうだったから。
この世界を変えるため、僕はさらに猛勉強をした。
そしてここで一つ、間違いを起こす。
それは、そのことを僕はつい、光莉に言ってしまったこと。
それを聞いた光莉は、
「アタシも信太くんについていく!」
そう言って猛勉強を重ねた。
その結果、光莉はその孤児院で二番目の成績になり、晴れて僕と光莉は全寮制の小学校に通うことになった。
勿論、この学校の下部組織だ。
そしてエレベーター式に中学、高校と上がった。
しかしこの高校で光莉は成績を落とし始めていた。
でもまだ中位だった。
だから大丈夫だと思っていた。
その結果だけを見て、光莉との対話がおろそかになって、自分のことに集中しすぎた結果、光莉は自殺室の目の前で自殺したらしい。
遺書も何も残されていなかったみたいだ。
さらに僕は光莉の遺体すら見ることもできず、光莉は忽然とこの世からいなくなってしまった。
未だに思い出すのは、光莉との孤児院での会話だ。
「信太くん! 勉強教えて! 忍法! 教えての術!」
そう言って僕の座っている体のお腹目掛けて、頭をぐりぐり押しつけてきた光莉。
僕は軽く光莉の頭を叩いて、
「大切な頭部を攻撃に使うな」
「大切な頭部を叩かないでよ!」
「これくらい全然何にもなんないレベルだから」
「何かなったら今日の晩御飯、全部ちょうだいね!」
そう言ってニカッと笑いながら僕の隣の席に座った光莉。
教科書とノートを広げて、二人の肩が当たりそうな距離で勉強をし始める。
何だか近いような気がするけども、光莉はいつもこのくらいの距離の人間だった。
光莉は僕のほうをチラリと見ながら、
「勉強って楽しいね、おやつみたい」
「全然違うでしょ、楽しいの種類が」
「鉛筆はカリントウ」
「意外と太さも違うよ、色は結構違うし」
僕が普通にそうツッコむと、光莉はムスッとした顔をしてから、
「ノリが悪いなぁ。そこは鉛筆をかじりながら『カリントウになりてぇ』でしょ」
「いやもう全然意味が分からないよ、整合性がまるで無いよ」
「でもカリントウになりたい気持ちくらいはあるでしょ」
「全然無いよ。なりたいモノおやつだけ部門でも、カリントウは下位のほうだよ」
すると光莉は首をゆっくり横に振って、
「そんな。信太はこう思っているはず。僕は光莉のカリントウになりたい、って」
「そんな意味の分からない告白みたいなこと思っていないよ」
「じゃあ意味の分かる告白をするのっ?」
そう言って、いたずらっぽく笑った光莉。
僕は一瞬ドギマギしてしまい、口ごもっていると、光莉は僕の手を優しく叩きながら、
「いつでもいいよ! 待ってる! ただし! 発音は良く、カリントゥって言ってね!」
「いやだから『光莉のカリントウになりたい』とは言わないし、それはきっと発音良くないよ。そんなことより勉強しよう、勉強」
そんな感じでたまに会話して、そしてまた勉強しての繰り返し。
それが僕はすごく楽しかった。
ただ勉強するよりも効率は悪いんだけども、光莉と勉強したほうが何だか捗ったような気がした。
光莉とまた一緒に勉強したかったな。
でももうそれは叶わない。
僕は死ぬだけしかできないから。
いや死ねるのか?
溝渕さんのように、ずっと死ねずにこのまま残るんじゃないか。
また死にたい気持ちが増幅してきた。
止めよう。
昔のことを考えたって、虚しくなるだけだ、と思ったその時だった。
僕の頬に突然何かが当たった。
ビックリして目を開けると、そこには陽菜が不満げにいた。
すぐさま陽菜は口を開いて、
「ビンタだよ! ビンタ!」
そうか、ビンタされたのか、いや、
「何で?」
「だって信太が急に目を瞑って寝ようとしたんだもん! アタシは今全然眠くないぞ!」
「いや眠りにつこうとしたんじゃなくて、少し考え事をしていたんだよ」
「考え事って……ちょっとぉ! アタシのことぉっ? 参ったなぁ!」
そう言って照れた陽菜。
いやいや、
「全然陽菜のことじゃないけども」
「そんな! アタシ以外に考えることはもう無いだろ!」
「いろいろ考えたりするよ、時間が腐るほどあるからね」
僕がそう言うと、また唇を尖らせて陽菜は、
「誰か入ってきた時以外はもうアタシと会話すること以外、考えるなよ! 考えるなビーム!」
そう言いながら僕の頬を右手の人差し指で押してきた陽菜。
子供すぎる行動に呆れてしまったが、同時に懐かしさも感じた。
あっ、これ、光莉の”教えての術”だ。
そうだ、陽菜って何だか光莉みたいだ。
というかまんま光莉だ。
バカみたいな会話に元気なところ、でもどこかちゃんと考えていて。
「ほらまた何か上の空になってるー! 何も考えるなビームだ!」
さらに左手の人差し指で僕の頬を押してきた陽菜に、僕は、
「いやさすがに指二本はやられている感が半端無いから」
そう言って指を払うと、陽菜は満足げに息を漏らし、
「攻撃が効いたみたいだぁ」
「いや効いたわけじゃないけども、全然効いたわけじゃないけども」
「いや効いただろ、考えるなのツボを押したから」
「いやいや、考えるなという思考のツボは無いでしょ」
そんな”いや”を連発する会話をしていると、陽菜がふとこんなことを言った。
「似てるよなぁ」
急な”似ている”という言葉にドキッとした。
まるで陽菜と光莉が似ていると考えていたことが見透かされたみたいで。
いやでもそんなはずは無いと思っていると陽菜が、
「アタシと信太って似てるよなぁ」
何だ、僕と陽菜という話か。
それならじゃあ、
「そうだね、どこか似てるかもね。というか似てるからこそ死ねないんじゃないのかな?」
「確かにそうか。そう考えればそうだな」
「まあ死にたい同士、一緒に生きていくしかないね。陽菜」
「死にたいのになっ」
と、陽菜が笑ったその時、思いがけないことが起きた。
それは、なんと、いつも通り体育座りの溝渕さんが急に胸を抑えて苦しみ出したのだ!
「溝渕さんっ! 一体どうしたんですか!」
僕は立ち上がって、溝渕さんのほうへ駆け寄り、陽菜は焦って立ち上がれず、這いつくばるように溝渕さんのほうへ行き、
「おい! 弥勒さん! どうしたんだよっ!」
と陽菜は叫んだ。
それに対して溝渕さんは砂になりながら、
「……そうか、そういうことだったのか……ヒントの一つでも残したいところだが、そのままでいいんだろうな……信太くん、一緒に……」
そう言い残し、溝渕さんは姿を消した。
まるで自殺室に入ってきた生徒が死ぬように、消えていった。
僕は体、というか心臓を震わせながら言う。
「溝渕さん……急に、急に生きたいって、思った、の……どうして? どうしてなんですかっ!」
溝渕さんがいたはずの場所へ叫ぶ僕に、陽菜はなんとか立ち上がり、僕の肩を叩き、
「いや、もう、弥勒さんはいないんだ、信太……でも、良かったな……」
良かった。
確かに溝渕さんは良かったと思う。
そうだ、良かったんだ、これで良かったんだ。
「良かったね、溝渕さん」
僕もそう言って、その場に手を合わせた。
でも一体急に何故。
それに、
「溝渕さんが最後に言った”そのままでいいんだろうな”ってどういう意味なんだろうか、そのままってこのまま自殺室にいることは良いことではないのに」
「確かに、弥勒さんは最後だから何か混乱していたのかな?」
「でも溝渕さんは冷静で錯乱するような人でも無いけども。あと信太くん、一緒に、も何なんだろうか」
「う~ん、それは分かるよ」
そう言った陽菜に僕は目を丸くするほどに驚いた。
一体陽菜はこのあとになんという言葉を言うのだろうか。
固唾を飲んで見守っていると、
「弥勒さんはね、きっと信太と一緒に死にたかったんだよ。結構信太のこと好きだったんじゃない? モテる男はつらいねぇ~」
そう言って僕の頬を指でグイグイ押してきた。ビームのように。いやビームじゃないけども。
でも、
「そんな、いなくなったそばから茶化さないでよ」
「でも実際弥勒さんは同じ男性として信太のこと案じていたんじゃないの? 信太はアタシと似ているけども、信太は弥勒さんにも似ていたからね。誰か生徒が来た時なんて特にそう。二人とも冷静だよね」
「そういうことなのかな……でも何か違和感があるというか……」
「じゃあ他の解釈浮かぶ?」
と言われて僕は黙ってしまった。
何も浮かばなかったから。
『そのままでいい』と『一緒に』は正直相対する言葉だと思う。
もし僕と一緒に死にたかったらそのままじゃダメなはず。
ヒントの一つでも残したいとか言っていたけども、疑問点が増えただけだ。
果たしてこれは考えたら分かるようなことなのだろうか。
本当に分からないんだ。僕は何も。
でも。
でも。
何がどうか分からないけども、心が絞られて、少しつらくなるんだ。
それと同時にどこか心が温まって。
真逆の感覚が僕を襲ってくる。
一体何なんだ。
溝渕さんも、陽菜も。
そして僕も、何なんだろうか。