「基本的には新入生は先輩達の指示に従って。いつも通り自治会長さんには確認済みだから」
 黒板の前に立つ部長が、慣れた調子でボランティアの説明を始めた。

 説明の間に参加者リストが回ってきて、俺たちは順番に学年とクラス、名前を書き込んだ。
 教室内には顔なじみの先輩や中学の後輩達の他に、初対面の人たちも勢揃いしている。

「ちなみに、高校一年でも内部進学組はいつも通り先輩組として扱うから、覚悟しておけよ」
 部長の説明に続いて、副部長である女性の先輩が、鋭い目で俺たちに声をかけた。
 内部進学組でボランティア部なのは、俺、高田、松下の三人のみなので、三人それぞれ「はあぁい」と間延びした返事をした。

 俺たちはもう七回目になる地域清掃ボランティア、少し変更点はあれどやることは変わらない。全体的に弛んだ様子に気付いたのだろう、副部長はしっかりと釘を刺してきた。

「お前ら、気が抜けてるだろ。特に、白石。お前は友達を連れてきたんだから、ちゃんと対応しなよ」
「は、はい」
 俺だけ、名指しである。誘ったわけではないが、ボランティアに必要な軍手とゴミ袋を用意しており、「今日参加したい」と言われてしまえば、断れなかった。しかも、ギターを家に置いてくる徹底ぶりだ。

「よろしくお願いします」
 隣に座る幸詩は、副部長たちに向けて丁寧に頭を下げた。


 ボランティア活動が始まり、学校の正門から決まった道筋を歩きながら、ゴミ拾いを始める。軍手を装着した手には、長い鉄製トング、ゴミ袋。腰のベルトには水筒を引っかけている。とりあえず目に付いたらどんどん拾い、最後的には学校内のゴミ捨て場で分別する方法だ。
 といっても、意外とゴミが落ちていないのは、学校区域がある地域は比較的穏やかな住宅街だからだろう。
 ペットボトルやマスクゴミ、レシートなどのポケットから転げ落ちたようなゴミが殆どである。

 松下と高田は、新入生に適当に話しかけつつ、さっさと作業を進めていた。俺も普段ならさくさく進む側なのだが、副部長からの命令で今回は一番後ろで新入生がはぐれないように見る役目だ。

「意外と、ないね」
「だよね、俺も最初びっくりした」
 幸詩が俺の隣にぴったりと寄り添いながらゴミを拾っている。平均身長の俺ですら背を丸めて作業しているというのに、高身長の幸詩はなかなかに体勢が辛そうだ。

「それにしても、軽音部大丈夫だったの?」
「休んでも誰も気にしてないから、いつも出席だけだし」
「た、たしかに」
 思えば、ずっとそうだった。
 他愛も無いこと話しながら、学校の周りをぐるりと回っていく。途中、見守り担当の自治会の人たちから応援される。

「はい、水」
「ありがとう」
 ボランティア部の時は、ゴミを出さないようにと水筒持参必須。そこまでは知らなかった幸詩に俺は水筒のコップを渡す。学校の給水器で継ぎ足してきたとはいえ、ぬるい水を幸詩は飲んだ。そして、コップを受け取り、俺も水を口に含む。
 学校の周りとは言え、基本的に一時間くらいかかるため水分は必須。しかし、鞄は盗難や紛失がないように、ボランティア部の鍵付きの部屋に保管される。というわけで、俺のを分け与えているのだ。

 本当にくだらない話をしながら、学校の周りを歩いて行く。閑静な住宅街を進んでいくと、公園では子供たちがゲーム機に夢中になっていた。幸詩と一緒に食べたことのあるたい焼き屋の前を通れば、今日は珍しく臨時休業の看板が出ていた。

 練り歩けばそれなりにゴミが集まるもの。一番後ろとはいえ、一時間も集めていればゴミ袋半分くらい集まっていた。

「お、やっと学校が見えてきた」
 出発とは逆側から戻ってくると、先に着いただろう部長が校門前で立ち、俺たちの帰りを待っていた。

「白石たちで最後だから、今回は無事()()()()()()合流したな」
 部長は言葉を強調しながら意味深ににやりと笑う。その言葉が当てつけであるのを知っている俺は「ハイ、良かったですね」と顔を引きつらせた。
 幸詩は不思議そうに首を傾げるが、「はい、お疲れ様です」と頭を下げ、俺と共に分別するためゴミ捨て場に向かった。

 ボランティアも分別も終わり、どんどんと解散していく。
 わかっていたことだが、先頭の方に居た高田と松下はすでに帰路についていた。
 メッセージアプリにも『外部生くんによろしく、また明日』とだけメッセージが届いていた。
 ヤキモチを焼いているように一見見えるが、長い付き合いの俺にだけは真意が伝わっていた。ただ、さっさと帰りたかっただけだろう。基本的に二人は、早く帰ることが重要なのだ。

 その中で中学入学したての頃、俺の到着が酷く遅れた事件があった。

「同じクラスの人たちは?」
「先、帰ったよ」
 鞄を回収した俺たちは、中にいた副部長に挨拶をして部室を出た。
 学校の正門から駅へと向かいつつ、それまで明日の克服について話していると、幸詩が「そういえば」と話題を変えた。

「誰かはぐれたの?」
 ぐっと顔を中央に寄せて、思わず顔が苦味つぶしを齧ったように、くしゃりと縮こまる。

「……俺だよ」
「え、地元だよね」
「地元……だからさ」
 まさかの回答に、幸詩がぎょっとした表情で、俺の顔をのぞき込んできた。指摘はごもっともで、地元なのだ。
 しかし、地元だからこその緩みと、どうしても我慢が出来なかったのだ。

「たまたま、歩いてたら新装ラーメン屋を見つけたり、途中の商店街で期間限定のケーキショップがあったり……」
 そう、今はもう閉店してしまったが鶏白湯のラーメン屋がオープンしていたのだ。ついそちらに気を取られてしまい、知らず知らず周りには誰もいなくなっており、仕方なく土地勘で歩いていたら……。
 今度は期間限定のケーキショップが出店しており、そこでも道草をしてしまい、気づけばとんでもない時間になっていたのだ。
 当時のボランティア部では、「はぐれた」と大騒ぎで、探しに行こうかと顧問と話し合っていたほど。
 理由を聞いた人たちからは、大笑いとお叱りを受けたのは言うまでもない。

「色々気をとられてたから、はぐれたの?」
「その頃、高田と松下とも仲良くなかったから、さ」
 そして、別のクラスだった高田と松下は、我関せずで帰宅しており、後日「ラーメン屋の看板じっくり見ててはぐれるとか」と笑われてしまった。
 幸詩は戸惑いながら、「本当に晴富って、ご飯大好きだよね」と優しくフォローしているが、彼の口元はピクピクと引きつっている。

「それ以来、最後尾に監視役がついてさ。俺も二度としないと誓った」
「なるほど、ね」
 幸詩の声は、笑いをこらえているせいか、少しこもって聞こえた。俺が目を細めて視線を突き刺せば、幸詩は小さく噴き出し「ごめんて、だって晴富らしくて」と笑い始めた。

「笑うなよ、俺の黒歴史なんだけど」
「ごめん、ごめん」
 それでも笑いが止まりそうにない幸詩。俺はむうっと拗ねながら、肘で優しく幸詩の腕を小突いた。