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 千歳色という生物は、毒そのものだと思う。触れたものを地獄に落とすもの。




「お騒がせしてすみませんでした」




 担当してくれた刑事さんに頭を下げて、あたしは警察署を後にした。


 駐車場には、お母さんが車を停めて待っていた。あたしの顔を見ると、何か言いたげな顔をしつつも、お疲れさま、と言ってきた。


 うん、とだけ返事をして、後部座席に乗り込み、シートベルトをつけた。


 結局、あのあと藍と色々話し込んでいたうちに夜が更けてしまっていたらしく、最初の約束通り、お母さんはあたしが帰ってこないと、警察に連絡してしまったらしい。


 公園で話し込んでいたあたしと藍は、見回りのパトカーに見つかってしまって、結局そこで、ふたり仲良く補導されてしまった、というわけだ。


 藍はあのあと、お兄さんに連絡してから、あたしの家まで来てお母さんに頭を下げてくれた。


 俺が紬乃を連れ出したからです。色々とトラブルがあったんです。俺が悪いんです、って。


 あたしは、藍が頭を必死に下げる姿を見ながら、ただずっと、呆然としていた。


 ね、藍ってほんとうに、素敵な人。あたしが悪いのに、汚れ役を自分が背負って、あたしを守ってくれるような、そんな人。

 だから余計に彼から離れられないし、彼を手放したかなんかない。

あたしと彼の仲を引き裂く人は、全員、消えてしまえばいい。




 ゆっくりとすべりだした車の窓から、景色が右から左へと流れていくのが見える。向かっている方向は自宅だ。

 あたしが警察署にいた理由は、藍と仲良く補導されたあの一件とは別のものだった。

 もっと、大事な後片付けをするため。


 お母さんは大体、ことの顛末を察しているようで、あたしに同情的な視線を向けた。




「さっき、あんたの彼氏がうちに来たよ」

「藍が?」

「そう。あんたのこと心配してた」




 じゃあ後で連絡しとく、と言って、しばらく触らなかった携帯電話に視線を落とす。



「今家にいるよ。藍くん」

「え? 家に上げたの?」

「そう。紬乃の精神状態が心配なんですっていって、差し入れまで持ってきてくれたからね」



 そうだったんだ、というと、あんたにはあんな素敵な人もったいないよ、とお母さんがあたしをなじってくる。

 それには、うるさい、と返事をした。