はあ、とため息をついて、藍が買ってきてくれたクランチチョコレートの包みに手を伸ばした。



「疲れたね。いっぱい食べて、ゆっくり休んで」



 何も知らない藍が、こちらを見てわらう。



 藍についた嘘を反芻した。


 藍についた嘘は、

 森田に嫌がらせを受けていたこと。
 千歳色にその相談をしていたこと。
 千歳色があたしに執着するようになって、しつこく連絡を寄越してきたこと。

 そして、あたしは千歳色とキスなんてしていないということ。


 まあ、全部嘘だ。

 適当にでっちあげた真実を信じ込ませるだけでいい。藍は、余計なことに首を突っ込んでこなくていい。あたしのいう通りに、生きていたらいい。

 藍があたしのことを盲目的に愛しているなら、それでいい。




 刑事さんに言った言葉。


 千歳色があたしにストーキングをしてきたこと。
 千歳色が後輩のあの子の万引きを扇動したこと。
 あたしが千歳色に脅されたこと。
 藍がストーキングを受けていたこと。

 千歳色はストーキングの犯人を坂下ちゃんだと断定して、彼女を拐った可能性があること。



 刑事さんには、関係性については多少の嘘を織り交ぜつつもほとんど本当のことを言ったはず。

 もちろん、言える範囲の真実だけれど。




 千歳色から付き纏われていたのは、本当のことだった。

 だから毎朝、カーテンの隙間から外の様子を確認した。

 彼と会ったり、通話したりするときは、録音アプリを起動した。

 あたしの集める証拠が何か意味のあるものになると信じて、行動してきた、つもり。



 実際、あたしの証言のおかげで坂下ちゃんは発見されたし、千歳色は捕まったのだろう。

 あたしにとっては、これだけでも十分、都合が良い。





 藍に嘘をついた理由なんて、ほとんど利己的なもの。


 近づいてくる女の子が多いってことと、そのせいであたしが傷ついてるってことを藍に自覚させたかった。

 藍には余計なことを詮索してほしくなかった。

 千歳色から与えられたキスを、何としてでも隠さなければならなかった。




 千歳色は相談相手、ということにしておいて、彼がしつこく連絡をしてきた、と言った。

 千歳色があたしに付き纏っていたのは本当だけど、毎日家に来てた、とか、あまり深いことまで話したら、藍はきっと、いろいろ調べたりして自分で真実にたどり着いてしまうだろうから。


 藍の行動を封じるために、あえて情報を小出しにして彼を満足させた。

 出す情報は出して、隠す情報は隠した。


 決して、あたしと千歳色、そして坂下ちゃんとのつながりを悟らせないようにするため。


 そのつながりが知られたら、芋づる式で、あたしが藍に近づく女を排除しようとして千歳色と繋がっていたことが知られてしまう。

 それだけは、避けたかった。





 藍は、自分のストーカーの犯人も、行方不明の坂下ちゃんがどこで見つかったのかも、あたしが本当は警察署に行っていたということも、千歳色の本当の顔を、そして、あたしが全部知っていることも、知らないまま。