落ち着きなく、そわそわキョロキョロしていると、小沢がビニール袋を腕にぶら下げて戻ってきた。

「ほら」
「あ、ありがとう。いただきます」

 渡されたのは500ミリのペットボトルだった。
 てっきり、コップについでくるものかと思ったから、何ともワイルドな男なんだと思った。
 ボトルはキンキンに冷えており、外の暑さにくたくたになった金井の体を、中から優しく冷やした。
 生き返るぅ。
 袋からは次々と小分けされているお菓子が出てくる。ローテーブルはお菓子の山が出来上がった。まるでビニール袋が四次元に繋がっているみたいだ。

「好きなの食え」
「あ、うん。いただきます」

 ふと部屋にかかる時計を見れば、午前十時。あまり食べ過ぎるとお昼までにお腹がいっぱいになってしまいそうだ。
 ふいに、小沢が菓子を少しだけ袋に戻し始めた。何故だろうと見ていると、ノートパソコンを設置し始めた。そして、Blu-rayを棚から取り出して、ROMドライブに読み込ませた。
 シュイーンとディスクを読み込む音がする。暫く待つと、映像が流れ始めた。

「よっこいせ」

 小沢が金井の横に座ると、ベッドを背もたれがわりに脱力する。袋に手を突っ込み、菓子を頬張りながら寛ぎ始めた。
 対して金井は画面に釘付けだ。
 作品はセルアニメが全盛期の頃の、昔のSFアニメだった。
 凄くぬるぬる動いて一秒たりとも目が離せない。
 声優さんだって、今も活躍するレジェンドばかり出演している。声が若い! 興奮しないわけない!
 宇宙で男たちがそれぞれ求めるものに向かい、戦う内容だった。
 何でも金井にして欲しいコスプレと、作って欲しいドール衣装はやや脇役よりの少年兵のキャラクターだそうだ。
 孤独を愛している所がとてもカッコいいと小沢は言った。
 華奢で体型はこのままで問題なさそうだ。ウィッグも、自分で加工出来そうだ。メイクもどうにか。そのキャラクターは目力が強いから、そこを強調して……。
 衣装も手持ちの学ランの型紙の流用でどうにかなりそうだ。
 持ってきたメモ用紙に使いそうな材料を書き込んでいると、小沢が覗き込んできた。

「おー、さすが手作り派のレイヤーはすげぇな」

 なんだか声が嬉しそうだ。

「だ、だってこれ、面白い! キャラデザで敬遠してたけど、人生の半分損してたなぁ! 衣装作るの楽しみ!」
「わかるかぁ。さすが俺が目を付けて脅しただけあるな」
「何だよその言い方!」

 楽しい時間は早く流れるものだ。あっという間にお昼になった。
 近所のスーパーでお弁当を買って食べる。
 家族以外と食事を共にするのは、まだまだ緊張するが、不快ではない。

「小沢くん。ドール服作りの件だけど、どのドールに作ればいいの?」
「んー……」

 小沢は、口いっぱいに頬張った焼き肉弁当を咀嚼して飲み込む。金井のように小鳥がついばむ食べ方ではなく、男らしく豪快に食べている。

「あの一番顔面偏差値が高いの」
「どれも綺麗だよ」
「中性的な美青年のやつ」
「あの、金髪ショートで癖毛の?」
「うん。出来そうか?」
「あのサイズのドール服の型紙って持ってたりする?」

 ネット書店で、型紙付きのドール服の作り方の本がないかと金井も調べていた。だが、サイズが様々で、どれを買えばいいかわからず、結局買わず仕舞いだった。

「ある。ドール服作りに挑戦しようとしたとき、型紙買ったから。ちょいまち……」

 小沢は残ったご飯を口にかきこんで、コーラで流し込むと、近くの本棚から一冊の本を取り出した。本の間には何枚かのクリアファイルが挟まっている。そのクリアファイルを取り出すと、既に切り取ってある型紙が出てきた。ファイルにはサイズが分かるるように、六十センチドール、男子用と書かれていた。
 金井は慌てて幕の内弁当を食べる。その時、おもいっきりむせてしまった。

「げほっ、げほっ!」
「焦らなくていいから、ゆっくり食えよ」

 小沢が背中をトントンとさすってくれた。

「ご、ごめん。小沢くんは本当にドールが好きなんだなって思ったら、はやくしなきゃって。げほっ」
「あー……急かしてしまったみたいで悪かった」

 金井もコーラで弁当を流し込む。さすがに温くなっており、甘さを強く感じた。
 早速ドール服の作り方の本をぱらりとめくる。これから作るドール服は、ドール用としては大きい方だが、人間用と比較するとはるかに小さい。三分の一スケールらしい。金井は手先が器用な方だが、この細かさはなかなか骨が折れそうだ。

「出来そう?」
「頑張ってみるよ。バイトのシフトが入っていないとき、手芸屋さんにいってみるね」
「……俺も行く。行く日が決まったら教えて」
「えっ?」

 意外な小沢の発言に、つい驚きの声を出してしまった。

「俺が手芸屋に行っちゃダメなのかよ。俺も理想の生地選んでみたいし、知りたい」

 小沢は少し拗ねたように口を尖らせた。
 手芸の知識がないから全てお任せだと思っていただけに、意外に思った。
 だが、また遊ぶ機会があると理解すると、自然に笑みがこぼれる。

「うん。一緒にいこ。夏休み序盤どこかで」
「普段からもっとそうやって笑っていれば可愛いのに」
「……あはは」

 顔が熱くなっていくのがわかる。クーラーで冷え冷えのはずなのに。可愛いだって? 冗談よせよ。
 その冗談にどう答えればいいかわからず、金井は適当に笑い、場を濁した。
 そしてその後、アニメの続きを見たり、スマホでゲームをしたりして、時間を過ごした。
 空が夕焼けに染まり、今日はお開きとなった。
 アニメは楽しかったし、しょーもない話もした。メッセージアプリで話している話題とそう変化はなかったが、充実した一日だった気がする。
 小沢の部屋から出る前に、もう一度飾り棚を見つめる。小声でまたね、ドールさんと言った。
 小沢からドールのことを聞かされると、なんだかただの物には思えなくてつい声を書けてしまったのだ。

「すっかり金井もドールの虜だな」

背中から小沢の声が聞こえてくる。声音が弾んでいる。

「うん。小沢くんが色々教えてくれたから。ねぇ、このアンティークな感じの子、メーカーさんが違うの?」

 金井は気になっていた古びたドールを指差した。

「メーカーは同じ。だけど、作られた時代が違う。初期に作られた子で、母さんが可愛がっていたんだ」

 小沢は古びた子をしみじみと眺めた。

「お母さんの影響を受けて? そういえば、お母さんもお仕事忙しいの?」
「小学生の時に事故で死んだ……」

 いつも明るい小沢の顔に影が落ちた。

「ご、ごめん!」

 小沢の過去にそんなことがあったなんて。
 金井はただただ謝ることしか出来なかった。
 そして、自分には彼を慰めるための気の効いた言葉がでないことに、悔しささえ感じた。

「いや、別にいい。母さんのドールを飾っていたら、そのドールが寂しそうに見えてな。お友だちをお迎えしてやろうと思って。こうしたらこんなに増えてえしまったぜ! 知ってるか? ドールは仲間を呼ぶんだぞ! それより、手芸屋に行く日決めようぜ」

 ドールのことを語り始めると、顔が明るくなり、いつもの調子に戻った。金井はほっとひと安心して、
「うん、またメッセージ送るね!」
 なるべく明るい声で約束した。
 二人はその夜のうちに、手芸屋に行く日を決めた。