照りつける太陽の日差しがやけに暑く感じる。

 黒い重めのブレザーを着ていた生徒たちは、いつのまにか少しずつ白い涼しげな夏服に変わっていた。

 季節はもうすぐ夏になろうとしている。

 「もう入学してから二か月過ぎたのか~。早いね~!」

 目の前でそう言って、可愛く笑う彼女は南日那《みなみ ひな》。

 高校で初めてできた友達だ。

 白い肌にパッチリとした目。そして、今時のシースルーバングの前髪。最近衣替えしたのかまだ見慣れないが、黒いボブの髪が白いシャツによく映えている。

 まさに美少女という言葉がよく似合う女の子だ。

 「玲ちゃん、もうクラス全員と話した?」

 「いや、まだ男子とか全然話してないー。」

 「そうだよね~。」

 と言いながら教室を見渡した日那ちゃん。

 動きが一瞬止まって、ふとある人物を捉えたのがわかった。

 「あれ?そういえば、玲ちゃんと北川夕侑《きたがわ ゆう》君って同じ中学じゃなかった?」

 "北川 夕侑"その名前を聞いたとき胸がざわついて、一気に嫌な音を立て始める。

 私は平然を装って、なるべく自然に「うん、幼馴染。」と笑って見せた。

 ひきつっていなかっただろうか。自然に笑えていただろうか。その不安は日那ちゃんの「えっ、幼馴染ー!?」と驚く声で一瞬にして消え去った。

 「いつからの?」

 「えーと、幼稚園からかな。」

 「いいな~!私、幼馴染いないから羨ましい~!」
 
 そう言って少し頬をぷくっとさせる。

 その姿でさえも絵になるほど、誰もを魅了していた。

 現に今も教室の離れたところにいる男子達がこちらを見ながら話をしている。

 『今の見た?可愛すぎだろ。』と悶える声が聞こえてきた。

 やっぱり、誰が見ても可愛いのだ。

 日那ちゃんは気づいていないだろうけど。

 「でも、玲ちゃんと北川君あんまり話してないよね?」

 何で?とでも言いたそうな顔に思わず言葉がつまる。

 日那ちゃんになら、言ってもいいかも。そう思う気持ちと同時に

 『近づくな。』

 『目障りなんだよ。』

 嫌な記憶がフラッシュバックして泣きそうになる。

 それを見かねたかのようにタイミングよく次の予鈴が鳴った。

 「あっ!やばっ!」

 慌てて席に戻っていった日那ちゃんを見ながら、静かにため息を溢した。

 …その様子を夕侑がじっと見ていることなんて知らずに。



 *



 時は流れ六時間目。

 最後の授業は体育だった。

 「最後が体育って、地味にしんどいよね~。」

 「ハァー。」とため息をつく日那ちゃんを「まぁまぁ」となだめながら山田先生の方を見る。

 気だるげで、髪にはいつも寝癖がついている。

 熱血な体育教師のイメージとはかけ離れていた。

 今年で28歳らしく、年齢も他の教員に比べると近くて、授業も緩いことから生徒達からは絶大な人気を集めている。

 「山田先生、あぁ見えて結婚してるんだって!しかも、子供もいるらしいよ。」

 日那ちゃんがこそっと耳打ちしてくる。

 「えっ、そうなの?」

 失礼だけどあんなにも無気力な先生が結婚しているだなんて思いもしなかった。しかも、子供もいるなんて。

 「まぁ~イケメンだし、運動もできるとなれば結婚しててもおかしくないよね~!」

 「そうだね。」

 日那ちゃんの声に頷きながら、納得していると

 「よーし。授業始めるぞー。」

 ゆっくりとした低音の声が聞こえてきて、そちらへと耳を傾ける。

 「今日は体育館のコート真ん中で半分に分けて、グラウンド側で男子はバスケ。ステージ側で女子はバレーボールするぞー。」

 「えっ!バレーボール!」

 先ほどの憂鬱そうな日那ちゃんとは別人のように目が輝いている。

 日那ちゃんだけじゃない。クラスの皆が声をあげて喜んでいた。

 「そっか。日那ちゃん中学の頃バレー部だったんだよね?」

 「うん!そうだよ!しかもさ、バレーだったらチームで総当たり戦でしょ?ということは…コートは一つしかないから、他の二チームが試合してるときは休める!」

 「やった~!」と弾ける笑顔を見せた。

 こちらもつられて笑ってしまうくらい日那ちゃんの笑顔は人を惹き付ける力があった。

 「よーし。移動しろー。」

 山田先生の気だるげな声とは反対に皆が軽快に移動していく。

 「女子~!集まって~!」

 女子の一軍と呼ばれている人物の一人である雨宮 陽百《あめみや おと》さんが皆を集めた。

 「チーム分けしよ!」

 「どうする?」

 意見が飛び交う中、私は密かに

 (日那ちゃんと同じチームでありますように…!)

 そう願った。誰だって、仲の良い人と同じチームになりたいと思うのは当然だろう。

 その願いが届いたのか、雨宮さんたちが指示を出し仲の良い友達同士で集まってチームになった。

 「良かった~!玲ちゃんと同じチームだ~!」

 安堵した表情を見せる日那ちゃんに

 「そうだね!」

 と返しつつ、内心同じ事を思っていてくれたことを知り嬉しかった。

 チームは全部で三チームできた。

 私達はCチーム。AチームとBチームが試合をしている間、私達は見学と言う名の休憩をしていた。

 ステージの上に座り、試合の行方を見守る。

 経験者が少ないからか、ラリーはあまり続かずすぐにボールが落ちてしまう。

 最初は興味津々にボールを追っていた日那ちゃんもその様子を見て、だんだん飽きてきたのか

 「玲ちゃん、恋バナしよ!」

 と持ちかけてきた。

 周りを見ると日那ちゃんと同じく飽きてきたのか皆おしゃべりしていた。

 「玲ちゃん、好きな人いる?」

 「いや、いないかな。」

 「じゃあさ、クラスの中だったら誰がいい~?」

 …突然そんな事言われても。

 約二ヶ月前に初めてあった人たちばかりで、ましてやまだ話したことない人だっている。

 すぐには出てこないものだろう。

 私が中々返事を返せずにいると、日那ちゃんが奥のコートでバスケをしている男子達を見つめて、語り始めた。

 「女子の中で人気があるのは、やっぱり東 龍《あずま りゅう》君かな~!見た目はチャラいけど優しいし、ノリも良い!あとは、何と言ってもカッコいい!」

 日那ちゃんの視線を辿ると一際目を惹く、スラッとした男子が見える。

 髪は茶色くて、男子には珍しく肩くらいまである髪をハーフアップにしている。

 半袖の体操着を肩くらいまでめくっていて、いかにも運動ができることを物語っていた。

 しかも、そこから見える腕はスラッとしている細身な身体とは裏腹に、意外にもがっしりしていて筋肉がしっかりとついている。

 そんな東君はボールを奪うとそのままシュートを放ち、弧を描くようにそのボールは綺麗にリングへと吸い込まれていった。

 「龍ナイス~!」

 と男子達の盛り上がる声が聞こえる。

 あっという間に東君の周りに人が集まって、囲まれていた。

 その様子を横で見ていた日那ちゃんも

 「すご~!」

 と声をあげている。

 話しなんてそっちのけで私も食い入るように東君の事を見つめていた。

 そんな時、お返しとばかりに夕侑が東くんからボールを奪いゴールを決めた。

 「おー!夕侑良いぞー!」

 と同じチームの人が短髪の夕侑の髪を撫で回している。

 「おい、やめろよ。」

 そう言わんばかりにその手を振り払う。

 でもその表情は緩んでいて、本当は嬉しいのだとわかった。

 そんな様子を見ながら、日那ちゃんがさっきの話を思い出したかのように続けた。

 「北川くんも女子の間では人気なんだよ~!愛想は悪いけど、そこが良いんだって~!今みたいに、スポーツやってる姿が熱血でカッコいいって!クールだけどたまに見せる笑顔がギャップらしいよ~!」

 「…そうなんだ。」

 少しぶっきらぼうに、返してしまった。

 沈黙の時間が流れる。

 多分きっと、次に日那ちゃんが発する言葉はなんとなくわかっていた。

 「ねぇ、さっきの休み時間の続きなんだけどさ。やっぱり気になっちゃって、北川くんと何かあったの?」

 「あっ、言いたくなければ全然無理して言わなくても良いけど!何か悩んでいるなら力になれたらと思って!」

 そういって少し微笑んだ日那ちゃん。

 その言葉を聞いて私にも味方がいるんだって思ったら、心の中の傷が少し軽くなった気がした。

 短い深呼吸をして、さっきと同じくなるべく自然に、もう何ともないよとそう見えるように言葉を発した。

 「私、中学の頃いじめられてたんだー。悪口を言われるのは当たり前で、机とか教科書とかに落書きされたり、物隠されたり他にも色々。」

 「…ひどい。どうして、」

 「わからない。何かしちゃったとかまったく見に覚えがないから。でもね、同じクラスで一人だけ唯一助けてくれる人がいた。」

 私はその人の事を思い出しながら話す。

 一匹狼で無愛想だったけど本当は優しくて誰よりも人に気を遣える人だった。

 「その人がさ、助けてくれてから皆の嫌がらせは徐々に失くなっていった。でも突然、その人が転校しちゃったの。」

 「…えっ。」

 「そしたらさ、またいじめが始まっちゃって。辛かった。夕侑もね、助けてはくれなかった。」

 「どうして?幼馴染だったんだよね?」

 「うん。そのいじめの主犯格が…夕侑だったの。」

 今でも思い出すだけで苦しくなる。あんなにも仲が良かったのに。突然、中学にあがった途端私に対する態度が冷たくなって、距離ができた。

 「何がきっかけで始まったのかはわからない。前は夕侑もあんな感じじゃなくて。どちらかというといつも無邪気で、よく笑ってたから。」

 皆が言うように愛想が悪い訳じゃない。むしろ逆で、男女ともに好かれる自慢の幼馴染だった。

 何が夕侑を変えたのか。それは、当時も今もわからないまま。

 でも、一つ言えることは、きっと私達は昔みたいに仲の良い幼馴染には戻れないということ。

 そんな私の話を相槌をうちながら、聞いてくれる日那ちゃん。

 話し終わるとそっと、震えていた手を握ってくれた。

 「ありかとう。話してくれて。辛かったよね。ごめんね、思い出させてしまって。」

 少し涙ぐんで、そう言ってくれる。

 「でもね、玲ちゃん、!無理して笑わなくてもいいよ!これからは、私が玲ちゃんのそばにいるよ!」

 「…ありがとう!」

 本当に良い友達を持ったなと思う。あの頃の私からしたら、こんなに可愛くて優しい、友達ができるなんて想像できなかっただろう。

 そして、そんな風に思ってくれていることが純粋に嬉しかった。
 
 「よーし。次はAチームとCチーム試合しろー。」

 山田先生の声で私達は移動する。

 コートにチームの皆が集まった。

 「よろしくー!」

 「頑張ろうね!」

 皆それぞれ言い合って、試合が始まった。

 「西原さん!そっちいったよ!」

 「はいっ!」

 私がレシーブしたボールはネットにかかってそのまま自分達のいるコートに落ちた。

 「ドンマイ!」

 「よく、反応できてたよ!」

 優しく声をかけてくれるチームメイトの皆。

 初めて話した人も何人かいたけど、少し仲良くなれた気がした。

 過去の話をして、少し沈んでしまった気持ちをコントロールできるほど私は強くなってはいないけど、こうして仲良くなって一緒に楽しい時間を共有することが出来てとても嬉しかった。


 試合は一セットのみでぐたぐただったけど、二十五対二十三で、何とか私達Cチームが勝利した。

 試合後、「玲ちゃん!お疲れ様~!」と駆け寄ってくる日那ちゃん。

 それと同時に横から声が聞こえた。

 「南さん、バレー上手だね!」

 声がする方を見るとAチームの染夜 千昼《そめや ちあき》さんが日那ちゃんに声をかけた。

 染夜さんは、一軍と呼ばれるグループの一人で少し威圧感があった。

 近くで見ると長い手足がよりスタイルのよさを引き立てている。

 髪は日那ちゃんと同じくボブで短いが、外はねで前髪をかきあげているからか日那ちゃんの可愛い感じとは違いクールでカッコ良かった。

 「そんなことないよ~!染夜さんも上手だったじゃん!」

 「全然!ていうか、染夜じゃなくて千昼でいいよ!私も、日那って呼んでいい?」

  その問いかけに日那ちゃんは満面の笑みで頷いた。

 …私も隣にいるのに。二人はどんどん自分達の世界へとはいる。

 染夜さんは私なんて見えてないんじゃないかと思うくらい眼中になかった。

 「次ー。BチームとCチーム試合しろー。」

 山田先生の声に助けられた。

 日那ちゃんは染夜さんとの会話を切り上げると「玲ちゃん、行こう!」と私の方を向いて声をかけた。

 「…うん!」

 また少し、沈みかけた気持ちに蓋をしてコートへと向かった。



 *



 放課後。日那ちゃんは学校から家が近いので途中まで一緒に帰る。

 今日もその予定だった。…なのに

 「日那ー!一緒に帰ろー!」

 染夜さんが日那ちゃんだけに声をかけた。

 私も隣にいるのに。それに気づいているのか、いないのか。

 日那ちゃんが帰る準備が終わるのを今か今かと待っている。

 私はこの場合どうしたら良いのだろう?

 一緒に帰っていいものなのか。でも、染夜さんが誘ったのは、声をかけたのは日那ちゃんだった。

 どうして。私もいるのに。三人で一緒に帰ればよくない?なんでわざわざ私を省くような言い方をするのだろう?

 考えすぎかもしれないけど、さっきの体育の授業のあとからのこれだったので完全に省かれている。そう思ってしまった。

 色々な感情が渦巻いて頭を支配する。

 だんだん、痛くなったきた。

 泣きそうだった。

 それでも日那ちゃんは「玲ちゃんも、一緒に帰ろ~!」と誘ってくれた。

 やっぱり、日那ちゃんは優しい。

 ちらりと染夜さんの方を見ると何を考えているのかわからないくらい無表情だった。

 靴を履いて帰路につく。

 …やっぱり、予想していた通り。二対一の図になった。

 三人横並びで、日那ちゃんを挟んで両脇に私と染夜さん。

 二人の会話が繰り広げられる。

 きっと日那ちゃんが一番端にいて、私が真ん中だったとしても染夜さんは、私の隣にいる日那ちゃんしか見ていないだろうし、話さないだろう。

 「玲ちゃん、昨日の歌番組みた?」

 日那ちゃんが気を遣って私に話題を振ってくれる。

 「…うん!見たよ!新曲すごい良かった。」

 「うん!うん!ダンスも可愛かったよね~!」

 「うん!あとさ…あの歌詞がさ…」

 「そういえばさー。日那のこの鞄に付いてるキーホルダーのキャラ何て言うのー?」

 私が話をしている途中で遮るようにして染夜さんが声をあげた。

 「あ~これは、アニメのキャラだよ!千昼、知らない?」

 「えー知らない!」

 「嘘~!?結構有名だよ~!」

 「そうなの!?」

 「…」

 あっという間に元通り。

 まただ。また、染夜さんは私のことなんて眼中になかった。

 いつもは別れる時まで耐えない会話も、染夜さんの一言によってすぐに終わってしまった。

 二人の声だけが響く。

 私はその後も会話にはいることはできなかった。

 まるで、空気のようだった。いてもいなくてもいい存在。

 私はここでも輝けない存在なのだと身をもって感じた。

 いつもは早いくらいすぐに来る別れの時間が今日はなんだか、道が永遠と続いているんじゃないかと思うくらい長く感じた。