わたしは、幸せなお姫様だった。
 たくさんの綺麗なお洋服に、可愛らしい小物たち。いい香りのするオイルを使って丁寧にブラシで梳かした髪に、繊細な作りの綺麗な髪飾り。わたし専用の可愛いが詰まったお部屋に、わたし専用の乗り物。
 わたしは家の人たちからとても大切にされていて、わたしもみんなを愛していて、穏やかな世界で女の子が羨むものをすべて与えられてきた。

 わたしはこれからもずっと、そんな日々が続くと思っていた。
 ずっとずっと、ただ微笑んでいるだけで誰かに愛されるような、そんなお姫様で居られると思っていた。

 けれど、わたしはある日、そのすべてをなくして、ひとり暗闇に取り残されたのだ。


☆。゜。☆゜。゜☆


 年に数回訪れる、おばあちゃんの家。広くて埃と畳の匂いがする古いその家には、ガラスケースに飾られた綺麗なお人形さんが居た。

 和の趣が強い家の中において少し異質な、ドレスのような洋服を着ていて、四~五十センチほどの大きさで存在感があり、ドレスから覗く手足は球体関節で動かすことが出来る。長くて艶のある髪と、角度によって青にも紫にも見えるガラスの目が綺麗なお人形さんだ。

 着ている服は見る度に違っていて、どれもおばあちゃんのお手製だと言う。
 わたしはこの家に遊びに来ると必ず、一番にそのお人形さんに会いに行っていた。

「ねーねーおばあちゃん、このお人形さんいつ見ても綺麗だね」
「ふふ、そうでしょう? お手入れも欠かさないもの。この子はね、おばあちゃんの大切なお友達なのよ」
「ふーん? いいなー……」
「あら、光架理ちゃんは新しいお人形さんたくさん持ってるでしょう? お洋服もアクセサリーも、光架理ちゃんのものはたくさん」
「そうだけどー……」

 わたしは小さな頃から、欲しいものは何でも手に入れてきた。
 高齢になってから生まれた子だとかで、友達の親より歳上のお父さんもお母さんもわたしにはすこぶる甘くて、わがままを言えばすぐに叶えられてきた。

 だから、わたしは簡単に手に入らないものに憧れた。
 それは誰かの宝物だったり、手の届かないお月様やお星様だったり、人の心だったり。
 そして今は、孫娘に甘いおばあちゃんにしては珍しく、毎回おねだりしても譲ってくれないそれが、欲しくてたまらなかった。

「ヒカリは、このお人形さんが欲しいの」
「……そう、じゃあおばあちゃんが死んだ時には、光架理ちゃんがこの子を可愛がってあげてね」
「ほんと? うん……やったー!」

 何度目かのおねだりの末そんな約束を果たしたからには、いつかわたしの物になるお人形さんを、今か今かと楽しみにしていた。

 今にして思うと、その喜びはおばあちゃんの死を望んでいるみたいでちょっと失礼で不謹慎だったけれど、うちのおばあちゃんはやっぱり友達のおばあちゃんよりうんと歳上だったから、いつその日が来てもおかしくなかった。

 わたしはその約束から、おばあちゃんの家に遊びに行く回数を増やした。
 おばあちゃん思いの優しい子、なんて褒められたけど、そんなんじゃない。
 もうじきわたしの物になるお人形さんに会いたくて、クリスマスや誕生日を楽しみに指折り数えるような感覚だった。

「ねーおばあちゃん、この子お名前はあるの?」
「ええ、小夜ちゃんっていうのよ」
「サヨちゃん、かぁ……」
「おばあちゃんの古い友人がね、小さい夜の花でサヤカちゃんっていって……その子の名前を少し貰ったのよ」
「ふーん……?」
「……ほら、この人。とっても綺麗でしょう?」
「あ、ほんとだー、ちょー美人」
「ふふ、そうでしょう? だから綺麗なお人形さんに、その人の名前の漢字をもらったの」

 お人形さんのガラスケースの近くに置いてあった、少し埃っぽい古いアルバム。
 見せてもらった古い写真はセピア色で、その中で微笑むのはセーラー服の二人の女の子。ひとりはおばあちゃんで、もうひとりがサヤさんなんだろう。
 サヤカさんはさらさらの綺麗な髪をしていて、まさに美人って言葉が似合うタイプだった。
 可愛らしい顔立ちのお人形さんとは別の系統だけど、お人形さんに名前を貰いたいのもわかるくらい、雰囲気のある綺麗な人だった。

「小夜花ちゃん……いつ見ても綺麗ねぇ」
「その人、今はどうしてるの?」
「……どうしてるのかしらね」
「……? 知らないの?」

 おばあちゃんはわたしの質問に曖昧に微笑みながら口をつぐんだ。昔を懐かしむように少し寂しげに目を伏せるおばあちゃんは、なんだか知らない人みたい。

 その後、おばあちゃんの日課だというお人形さんの髪を整えたり、着替えさせたりするのを間近に見ながら、それが自分の物になった時を想像する。

 おばあちゃんのセンスで作られたお洋服は、確かに可愛いけれど少し地味で古くさい。わたしの物になったら、もっと派手な服を着させてあげよう。
 この子はかわいいから、きっとどんな服でも似合うはずだ。

 名前ももう少し洋風な方が可愛いかもしれない。今の名前も悪くはないけれど、おばあちゃんの友達なんて、わたしにとっては知らない人だった。
 この子のための可愛いお部屋風の飾るスペースや、連れ歩いて写真を撮るためのお洒落なトランクケースも用意しよう。
 家に溢れているたくさんの人形やぬいぐるみにはもう興味がなくて、わたしはその子のことばかり考えていた。