「で、会長に振られたって、どういうことなんですか」

 金城が身を乗り出して聞いてきた。テーブルの上には、俺が買った二人分のフラペチーノがある。
 今すぐ行く代わりに飲み物は奢ってください、と金城に言われたのだ。

「だから、雅人に振られたんだよ。俺に無理させたくない、とかいう理由で」
「無理させたくない、ですか。会長って本当、穂村先輩のこと好きですね」
「俺だって、あいつのこと好きだけど」

 それですよ、それ! と金城が急に大声を出した。店内の注目を集めてしまったにも関わらず、金城は少しも動揺していない。

「たぶん、会長には伝わってないんです。穂村先輩も、会長のことがめちゃくちゃ好きだってことが」
「……そう思うか?」
「思います。まあ、それだけ会長の思いが強いってことですよ。長年ずっと片思いしてるわけですし」

 箱の中に入っていた何通ものラブレターを思い出した。俺が見たのは一通だけだ。他の手紙には、どんなことが書いてあったのだろう。

「それで穂村先輩はどうしたいんです? 諦められない、って言ってましたけど。会長とまた付き合いたいんですか? それとも、本当に元通りになりたいんですか?」
「それは……」

 たぶんこのまま時間が経っても、元通りの関係には戻れない。でも、そんな現実は無視して、俺の理想だけを考えたらどうなのだろう。
 幼馴染で親友。雅人からの恋心になんて微塵も気づいていなかった頃に戻りたい?
 それともまた、あいつと付き合いたい?

 目を閉じて、この夏のことを振り返る。戸惑ったことも多かったけれど、やっぱり楽しい夏だった。
 手を繋いだことも、キスも、別に嫌じゃなかった。同じ気持ちを持っていないことに後ろめたさは感じたけれど。

 雅人と恋人になってみても、やっぱり俺は変われなかった。雅人と同じ気持ちにはなれなかった。
 でも。

 幸せそうなあいつを見るのは、俺だって嬉しかったんだよな。

 なんであいつが俺と手を繋ぎたがるかも、キスをしたがるかも分からない。でもそういうことをして雅人があんなに喜ぶなら、悪くないような気がした。

「俺は、またあいつと付き合いたい」
「それは、会長が喜ぶからですか?」

 金城相手に嘘をついたって意味がない。

「ああ、そうだ。俺はあいつが喜ぶことをやってやりたい」

 雅人にはずっと世話を焼かれてきた。いつも甘えてばかりで、雅人だって楽しそうにしていたから、それでいいと思っていた。
 でも雅人と付き合うようになって、今まで見たことがないほど幸せそうな顔を見ることができた。

 俺はもっと、雅人を幸せにしてやりたい。
 恋じゃなくたって、これは俺の愛だ。

「分かりました。でもたぶん、ただ付き合いたいって言うだけじゃ無理ですよね」
「……だな。気を遣わなくていい、って言われると思う」

 俺が雅人の恋心を理解できないように、雅人だって俺の愛を理解してくれていないのかもしれない。
 雅人が俺の頭の中を覗いてくれたら、気を遣っているわけじゃないってことくらい、すぐに分かるだろうに。

「私は、先輩のどでかい愛を会長に伝えるしかないと思います」
「どでかい愛?」
「はい。恋だなんて嘘をついてもバレます。愛だって言っても、たぶん足りない。でも、どでかい愛が伝われば、会長だって分かってくれますよ」

 金城が得意げに胸を張った。確かに金城のアイディアは結構いいかもしれない。
 雅人相手に嘘をつく必要がないし、ちゃんと俺の気持ちも伝わる。
 そういうのを全部伝えた上で、それでもあいつが俺と付き合いたくないって言うんなら、それはもう仕方がないことかもしれない。

「問題は、どでかい愛をどうやって伝えるかだな」
「はい」

 口だけならどうとでも言える。あいつはちょっと疑い深いところもあるし、ただ話をするだけじゃ駄目だ。
 行動で示すとしても、なにができる? どでかい愛がないとできないことってなんだ?

「ここで穂村先輩に、さらなる提案があるんです」

 目が合うと、金城はにやっと笑った。
 たぶんここへくる前から、その提案とやらを考えていたのだろう。

「……なんだよ?」
「文化祭のステージ発表、利用してみませんか?」
「ステージ発表?」

 文化祭は各クラスが模擬店や展示をするだけでなく、ステージ発表も開催される。主にダンス部や軽音部などの文化部が発表を行うが、個人でも事前に申し出れば発表が可能だ。
 実際去年も、バンド演奏や手品など、いろんな発表があった。

「もしかして、ステージで雅人に告白でもしろって言うのか? さすがに無理だぞ。企画も通らないだろうし」

 テレビ番組や漫画でたまに見かける、全校生徒の前で告白をするシーン。
 確かに大勢の前で気持ちを宣言することで本気度が伝わりそうではあるけれど、さすがに現実的じゃない。

「違いますよ。私が提案したいのは、歌です」
「歌?」
「会長から、穂村先輩は歌が上手いって聞きましたよ。文化祭で会長のために歌う、っていうのはどうです?」
「……いや、別にそこまで得意なわけじゃないけど」

 俺の歌唱力は、カラオケで90点台前半をとれるくらいのレベルだ。苦手な曲だと70点台なんてこともあるし、95点以上はとったことがない。
 上手いか下手かで言われれば上手いだろうが、ステージで歌うほどの腕前ではないはずだ。

 でもあいつ、俺の歌声が好きだって、前に言ってたな。

 二人でカラオケに行くと、雅人は俺にばかり歌わせたがる。裕ちゃんの歌を聴くのが好きだから、なんて笑って。
 スマホで動画を撮影されたこともあった。

 それに、文化祭のステージ発表なんて普段の俺なら絶対にしない。面倒くさいからだ。そんな俺が文化祭で歌ったら、俺の気持ちもちょっとは伝わるかもしれない。

「私、ギター弾けるので協力できますよ」
「え? お前、ギター弾けんの?」
「必死に覚えました。茜ちゃんがギター弾ける人って格好いいよね、とか言ってたので」

 その言葉を聞いて、金城が歌を提案してきた理由が分かった。
 こいつはこいつで、佐々木にアピールをしたいと考えていたに違いない。
 要するに、利害の一致ってやつだ。

「どうします、先輩。やります?」
「やる」

 歌を歌ったくらいじゃ、俺の気持ちは完全には伝わらないかもしれない。でも、なにかのきっかけにはなるはずだ。
 それに今は、他にいい方法も思いつかない。

「じゃあ穂村先輩。さっそく、今日から練習を始めましょう!」