駅に着いて、連れられるまま歩いている。家から遠いし俺は来たことのない場所だけど、野球場はこの近辺に無い。
国道沿いの歩道、太田は良く知っている様だ。俺が車道側だったのに、さりげなく立ち位置が入れ替わっている。今日初めて二人で出掛けて思うんだけど、こいつは経験値がないだけで、自然にこんな紳士なことが出来て、天然でモテ要素持ってるんじゃないのか? 優しくして貰いっぱなしで、無駄にドキドキしてる俺なんかよりよっぽど。
ぼんやり考えながら脚だけ動かしてたら、「疲れたか?」と急に太田の顔が至近距離ドアップになって驚いた。
間抜けな顔を見られたかもしれない恥ずかしさで、手で押しやった。
「大丈夫だって」
「もうすぐだから」
太田が指差した先は、古い建物のファミレスの隣にある四角い建物。
近づく毎に、流石の俺にも何なのか理解できた。
ここじゃないけど、去年までは通った事もある。フェンスも見えてきた。
「バッティングセンター?!」
太田は真顔からうっすら笑みを浮かべ、ゆっくり頷いた。
施設は俺の回答が正解した様だけど、目的と結びつかない。
太田の憧れの選手がここに? すごい人がここに通ってるのか? 経営者?
首をかしげながらも勝手のわからない俺は、黙って太田の後を着いていくしかなかった。
太田は施設内に入っても勝手知ったるのごとくスタスタ歩いて行く。
平日の夕方、誰もいない。
受付のおじいちゃんと利用客は僕らだけ。太田の目当ての人物は見当たらない。
キョロキョロと施設内と太田の挙動を俺の視線が往復する。人は居ないのに太田の歩みは迷いがない。
ネットをくぐり、バッターボックスをいくつも超え、一番奥まで来て漸く太田が足を止めた。
「久しぶりだけど、変わってなくて良かった」
太田は慣れた手つきで機械の設定ボタンを押している。
最後に押したボタンは、160kmマックス速度。
「ちょっと、バッティングいきなりすんのか?! 誰もいないし、まだ何も話聞けて……」
「いきなりも何も、上城さんが『会いたい』っていうから来たのに。僕が憧れて野球始めるきっかけ」
「そりゃ言ったけど、居ないじゃん」
「居るよ、ここに」
『ここ』って言いながら太田が指差した先を視線で追った。
そこにはやっぱり誰もいない。あるのは……古びたデジタル画面に映し出されている褪せた色のピッチャー動画と、腕の部分にボールが送り込まれる鉄の機械。
「もしかして、お前の憧れって、このピッチングマシーン?!」
「うん!」
度肝抜かれてる俺を純真な眼差しで見つめ、太田は少年のような笑顔で得意げに頷いた。
会話が途切れた俺達の間を、機械音とともに剛速球が駆け抜けた。
「痺れる。相変わらずいい球だ」
太田は真剣な眼差しでマシンを見つめ、呟いた。
「ど……ういう、きっかけ……」
「小学生の時、法事の帰り。親戚の叔父さんに初めてここへ連れて来てもらったんだ」
来たきっかけは普通だな。あるだろうさ、うん。
「叔父さんに、『これ打ってみろ』って言われて」
「これって、160km?!」
二球目の直球が太田の相槌の代わりにすり抜けた。
初めての小学生にマックススピード打てって叔父さん煽ったの?! ヤバいじゃん! 親戚に一人は居る変わり者の叔父さんが、よりによって純粋培養メンタルな太田に!
「僕、楽勝で打てると思ったんだ。だけど、バットにかすりもしなかった」
「太田、初めてバット握ったんだろ? 振るのだけでも精一杯なのに、小学生が当てるのなんて無理だよ!」
「そうかもしれない。けど、生まれて初めてめちゃくちゃ悔しかった。それから打つ為に通い出して、いつからかこんな球投げられるようになりたいなって」
経緯を語りながら、太田は気が付くとバッターボックスに立っていた。
そして喋りながら淡々と投げてくる機械の速球を、いとも簡単にネットの上についている小さく丸いホームラン的めがけて打ち返している。
「僕はいつか、僕が打てない球を投げてみたい。野球は難しいし上手くいかないけど、だから面白いし、続けてる」
憧れの師匠であるマシンが放つ最高速度の球を、太田は夢を語ってくれた後、ペシッと乾いた音と共に的に命中させた。
正確無比に投げてくる機械と、練習後一人黙々と投げ込んでいる太田の球が脳内でシンクロする。
そういえば、ともかく剛球ストレートをひたすら投げているなとは思っていた。
器用だから変化球も上手いけど、一緒に帰るまで俺が見つめている自主練の姿は、マシンとダブる。
「僕、夢を初めて人に話した。親にも言った事ない。聞かれたこともないし」
「俺が初めて? 光栄だな」
茶化す気は毛頭ない。こいつの本心を聞けて、本気で光栄だと思った。
野球のきっかけと憧れはもはや人ではなかった。だけど、太田らしいなとすんなり受け入れてる俺がいる。
だって、太田だから。