住宅街は夕暮れに染まり、影が長く道に伸びている。
 「保育園っていろんなイベントがあるんだね」
 「あぁ、大きいのだと運動会。お遊戯会。今年は卒園だから卒園遠足と、あと茶話会なんかあるかな……地区別交通委員は?」
 「あぁ、それは4月に終わってるらしいよ」
 「そか」

 旺次郎と理央が先導するように、スーパーに向かった。
 「今日はもらったトマトが山ほどあるから、トマトカレーだ」
 「おーはカレー大好き」
 「ボクも好き」
 「オレも大好き」
 「ぐっ」
 倫久の無防備な笑顔に撃ち抜かれる。全力でトマトカレーを作ることが決まった。この夏は、カレーばかり作るかもしれない。
 スーパーでは特売の卵と牛乳。それにしめじとひき肉をゲットした。


 家に着くと、3人はまっすぐ洗面所に向かった。
 「手を洗った人から、枝豆剥いてください」
 旺次郎がはい!と元気よく返事をした。いつもより、前のめりなのは理央君の前でカッコつけたいからだろう。理央君も枝豆要員に手を上げた。
 トマトは冷凍してあった。水につけて表面を溶かせば簡単に皮がむける。倫久はトマトの皮むき要員になった。
 俺は、野菜をとにかく刻んでいった。我が家のトマトカレーの準主役はしめじだ。およそ2株入れる。ちなみにルーは2種類を混ぜ、隠し味にリンゴジュースを入れる。
 そうしている間に続々と妹たちが帰ってきた。皆がキッチンになだれ込んできて、てんで勝手に好きなものを作り始める。あんとふみはサラダ担当。はるは自由担当。
 俺は煮るだけなので早々にそこから退散した。
 なんだかんだ賑やかに晩御飯の準備が終わる。倫久は目を丸くしたり、笑ったり楽しげだった。
 ちょうどご飯が炊きあがるころ母が帰ってきた。


 いつも通りダイニングテーブルの上はにぎやかだ。はるは卵焼きを焼ていた。サラダは豆腐とアボカドとゆでエビのタンパク質溢れるメニューだ。そこにいつもの常備菜が並び、メインにトマトカレーが置かれた。
 皆が席に揃うと、倫久が立ち上がり頭を下げる。
 「あの……今日から学校に通うことができました」
 ぱちぱちと拍手が沸いた。
 「よかったね。学生の本分は思い出作りだから、学校は行ったほうがいいよ」
 いや、そこは勉強だというべきだろう。まぁ、俺は赤点を取らないギリギリを攻めているから何も言えない。
 「りーくんもお泊り保育来るんだよ。俺の隣で寝るからね!」
 旺次郎の報告が始まった。
 「あぁ、今年もそんな時期なのね……今年の係は?」
 「ヨーヨー。倫久も」
 母は去年、あんとふみとサイコロ屋をやって、子供たちが勢いよくサイコロを投げるものだから、ご主人様の投げる棒を追いかける犬になった気分だったという話をしていた。倫久が笑っている。って、そんなに笑うほど面白いか? ……まぁいいか。
 次の話題は、あんとふみの山の学習の話に移った。
 「あぁ、オレも行ったよ。天体観測をしたんだ。すごいよ。こっちとは星の数が違う。近くに湖があってさ。そこに映る星もきれいだった」
 倫久も懐かしいなと、思い出を語る。
 「祐にぃってそういうの、ぜんぜん教えてくれないからうれしい。うちの祐にぃゴリラなんだよ。前世に引きずられてゴリラのままなんだよ。山の学習楽しみになった」
 あんが俺を横目でジドリと睨む。俺がムッと睨みかえすと。
 「いや、ゴリラは優しくて。穏やかなんだよ。森の賢者って言われてるし」
 倫久の絶妙なゴリラフォローに、あんふみと、はるが爆笑している。
 俺はどういう顔でいたらいいのか、微妙な顔になってしまった。
 「祐にぃ。やさしいゴリラなの?」
 理央君にまじめに質問された。
 「俺はいままで自分のこと人間だと思ってた」
 倫久が耐えられないと、吹き出して笑い始めるから理央君がきょとんとして、笑い始める。この兄弟が二人そろって笑えるならゴリラで良いか。


 「デザートでーす。これさっき作ったの」
 食後、はるが冷蔵庫からケーキ型を持ってきた。
 理央君に目線を合わせて、「これなんだと思う?」とやっている。理央君は「わかんない」と答えている。
 「正解は――じゃーん。プリンです」
 「ちょっと待て、はる。卵焼きにプリンって……卵使いすぎだろ!」
 「もー、祐にぃは無粋だな。せっかく、とも君が学校復帰したお祝いなのに」
 とも君って先輩だからなと睨むが堪えてなさそうだ。
 二パックあった卵を何個使ったのか。最近卵は高いんだからな。と睨むと。
 「そうやって、視線だけで文句言うのやめてくれない? あ、祐にぃ卵白2個分余ったから処理よろしく!」
 あぁ贅沢な方のプリンレシピだ。ということは卵の残量はごく少数だろう。
 8等分に切られたプリンがそれぞれに配られた。倫久を見ると、嬉しそうに口角を上げていた。
 (お祝いだから……お祝い。たまご、お祝い)
 食べ終わるころには、理央君がウトウトし始めた。そして、夜も遅いからと母が車で送った。