部屋に入って絶句する。倫久が俺のベッドに座っている。表情筋が緩まないように口を引き結ぶ。
俺は勉強机の椅子に座って、倫久に向かい合った。
「試合、見に来てくれてありがとう」
「ん」
「全国行けなかったよ。個人戦はあと1勝だったんだけど」
「でも、強かったよ」
ルールはよくわかんねぇけどな。と足して倫久をじっと見た。倫久は嬉しそうな顔をして照れた。
「応援があったから、頑張れたのかな……」
「ん、頑張ってたわ」
俺は手を伸ばして倫久の髪を混ぜた。うん、これは旺次郎を褒める時のほめ方だった。倫久が顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。なんか、ごめん。
「あのさ。ご褒美お願いしてもいい?」
「え?あぁ」
「オレと写真撮って……」
「あぁ」
返事をした後、一瞬の沈黙がよぎる。
(ん?写真?)
ガバリと倫久が顔を上げて、ほんとに?と目で疑うように見てきた。
(なんでそれがご褒美になるんだ?俺にとってはご褒美だが?)
とりあえず、立ち上がると、倫久も一緒に立ち上がった。
「どうする」
「えっと、じゃあ」
腕を組まれた、そのまま倫久がスマホを掲げる。そちらを見ているとカシャカシャと音がした。倫久がそれを画面で確認して俺に見せてくる。
「祐一郎の顔、きょとんとしてる。ありがとう」
「ん。これがご褒美になるのか?」
「うん。なんか祐一郎ってオレの……お守りみたい。困ってたら助けてくれて、頑張りたいときは背中を押してくれる」
「頑張ってんのも、足掻いてんのも倫久自身だけどな」
倫久は目を細めて口角を上げた。
「そういうとこだよ」
「ん?」
倫久はそのまままたベッドに座った。俺もそのまま隣に座る。
「でも本当に剣道部辞めてよかったのか」
「うん。最初は辞めたくないって思ってたんだ。でも、辞めない選択をすると今度は周りに迷惑がかかる。きっと、みんなは迷惑なんて思ってないって言うだろうけど。そうやってどんどん、まわりに負担を強いるのは違う気がして。だからさ。辞めさせられるんじゃない。辞めるんだって決めることにした。もう、三段は五月の昇級試験でとってるしね」
「そか」
なんとなくわかる気がした。今の俺の境遇もしかり。自分が選んだってことが大事なのだろう。
「それに両親がお金を残してくれてはいるけど。理央にしっかり残してやりたいんだ。だから、奨学金目指そうと思って。部活がなければ、勉強に時間がとれるから」
「そか」
言い聞かせるような穏やかな口調で、もう決めていると、決意のこもった言葉だった。倫久はしっかり将来を考えていて偉いな。俺は将来どうしたいなんて考えたこともなかった。
「やっぱ、祐一郎と話してると、すっきりする」
倫久が体をこちらに向けて、俺の目をじっと見てくる。優し気で凪いだ目だった。
「さっきさ。お守りって言ったけど、本当は好きな人って言いたかったんだ」
語尾が震えている。俺は急なことで頭も口も回らない。
何かを言わなきゃ。だけど目を見たら逸らせなくて、言葉が思うように出てこない。
「ごめん、男同士で気持ち悪いよね。今日は気が大きくなってるのかな」
倫久は頬を赤くして立ち上がると、さっさとドアの向こうに行ってしまった。
ぱたんと扉が閉まる音で我に返る。
「え?」
後ろに倒れて、枕を抱き込む。声が漏れないように顔に当てた。
「えええええええ?」
いや、どうする。答えるのか?でも……きっと、倫久は卵からかえったひなが目にはいたものを親だと思うように。たぶん、困っていた時、最初に声をかけた俺に刷り込まれているだけなんじゃ。好きになられるより、その理由の方が納得できる。きっと……そうだ。
母が帰ってきて、手巻き寿司パーティーが始まった。
食事中、何度か倫久からチラリと視線を送られたが、俺は気にすんなって笑顔を返しておいた。勘違いで苦しいのは今だけだ。わかってる、俺は勘違いなんかしない。
週明けに修了式があった。
倫久はクラスメイトに囲まれていた。前まであったいつもの光景だ。イケメンで、男女問わず人当たりがよくて、先生からも信頼されている。成績も運動神経もいい。修了式は皆シャツとネクタイ着用だった。倫久のシャツにはちゃんとアイロンがあたっている。
頑張ったんだな。
白鳥のあがきを知るのは、底辺で見上げている俺だけで十分だ。
俺は勉強机の椅子に座って、倫久に向かい合った。
「試合、見に来てくれてありがとう」
「ん」
「全国行けなかったよ。個人戦はあと1勝だったんだけど」
「でも、強かったよ」
ルールはよくわかんねぇけどな。と足して倫久をじっと見た。倫久は嬉しそうな顔をして照れた。
「応援があったから、頑張れたのかな……」
「ん、頑張ってたわ」
俺は手を伸ばして倫久の髪を混ぜた。うん、これは旺次郎を褒める時のほめ方だった。倫久が顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。なんか、ごめん。
「あのさ。ご褒美お願いしてもいい?」
「え?あぁ」
「オレと写真撮って……」
「あぁ」
返事をした後、一瞬の沈黙がよぎる。
(ん?写真?)
ガバリと倫久が顔を上げて、ほんとに?と目で疑うように見てきた。
(なんでそれがご褒美になるんだ?俺にとってはご褒美だが?)
とりあえず、立ち上がると、倫久も一緒に立ち上がった。
「どうする」
「えっと、じゃあ」
腕を組まれた、そのまま倫久がスマホを掲げる。そちらを見ているとカシャカシャと音がした。倫久がそれを画面で確認して俺に見せてくる。
「祐一郎の顔、きょとんとしてる。ありがとう」
「ん。これがご褒美になるのか?」
「うん。なんか祐一郎ってオレの……お守りみたい。困ってたら助けてくれて、頑張りたいときは背中を押してくれる」
「頑張ってんのも、足掻いてんのも倫久自身だけどな」
倫久は目を細めて口角を上げた。
「そういうとこだよ」
「ん?」
倫久はそのまままたベッドに座った。俺もそのまま隣に座る。
「でも本当に剣道部辞めてよかったのか」
「うん。最初は辞めたくないって思ってたんだ。でも、辞めない選択をすると今度は周りに迷惑がかかる。きっと、みんなは迷惑なんて思ってないって言うだろうけど。そうやってどんどん、まわりに負担を強いるのは違う気がして。だからさ。辞めさせられるんじゃない。辞めるんだって決めることにした。もう、三段は五月の昇級試験でとってるしね」
「そか」
なんとなくわかる気がした。今の俺の境遇もしかり。自分が選んだってことが大事なのだろう。
「それに両親がお金を残してくれてはいるけど。理央にしっかり残してやりたいんだ。だから、奨学金目指そうと思って。部活がなければ、勉強に時間がとれるから」
「そか」
言い聞かせるような穏やかな口調で、もう決めていると、決意のこもった言葉だった。倫久はしっかり将来を考えていて偉いな。俺は将来どうしたいなんて考えたこともなかった。
「やっぱ、祐一郎と話してると、すっきりする」
倫久が体をこちらに向けて、俺の目をじっと見てくる。優し気で凪いだ目だった。
「さっきさ。お守りって言ったけど、本当は好きな人って言いたかったんだ」
語尾が震えている。俺は急なことで頭も口も回らない。
何かを言わなきゃ。だけど目を見たら逸らせなくて、言葉が思うように出てこない。
「ごめん、男同士で気持ち悪いよね。今日は気が大きくなってるのかな」
倫久は頬を赤くして立ち上がると、さっさとドアの向こうに行ってしまった。
ぱたんと扉が閉まる音で我に返る。
「え?」
後ろに倒れて、枕を抱き込む。声が漏れないように顔に当てた。
「えええええええ?」
いや、どうする。答えるのか?でも……きっと、倫久は卵からかえったひなが目にはいたものを親だと思うように。たぶん、困っていた時、最初に声をかけた俺に刷り込まれているだけなんじゃ。好きになられるより、その理由の方が納得できる。きっと……そうだ。
母が帰ってきて、手巻き寿司パーティーが始まった。
食事中、何度か倫久からチラリと視線を送られたが、俺は気にすんなって笑顔を返しておいた。勘違いで苦しいのは今だけだ。わかってる、俺は勘違いなんかしない。
週明けに修了式があった。
倫久はクラスメイトに囲まれていた。前まであったいつもの光景だ。イケメンで、男女問わず人当たりがよくて、先生からも信頼されている。成績も運動神経もいい。修了式は皆シャツとネクタイ着用だった。倫久のシャツにはちゃんとアイロンがあたっている。
頑張ったんだな。
白鳥のあがきを知るのは、底辺で見上げている俺だけで十分だ。