「で、でも、お前って久美子のことが好きだったんじゃないのかよ? あ、二股!? 久美子と二股かける気かお前」
豊騎と俺は両想いだったらしい。そんな事実を受け止めてから数秒後。ふと久美子の存在を思い出した俺は、豊騎に詰め寄った。横から泉くんが「まだそんな勘違いしとったんや」と呟いている。
豊騎は豊騎で、俺の顔を見て心底呆れたようにため息を吐いた。おい、それが仮にも好きな相手を見る顔か。
「俺からしたらなんでお前がそんな勘違いすんのか、わかんねえんだけど」
「だ、だって豊騎と久美子、去年からずっと仲良いし。久美子には特別優しいじゃん」
「やあだ、想ちゃんったら、ママにやきもち妬いてたのお?」
久美子が嬉しそうに手を叩いた。はしゃぐなはしゃぐな。俺と豊騎のキスシーンを目撃してから、久美子は何がそんなに楽しいのか、にっこにこの満面の笑みを浮かべている。そして、「ずっと言うタイミングを見失ってたけど……今がその時なのかもねっ」と謎の呟きを残し、部屋を飛び出した。パタパタと軽快な足取りで階段を下りていく音が聞こえる。なんだろう。俺たちが久美子の謎行動に戸惑い顔を見合わせていると、久美子がまたパタパタと足音を立てて階段をのぼってきた。
「はい、想ちゃん」
母親はそう言って、何枚かある写真の束を俺に押し付けた。なんだ、と思って写真を眺める。そこには、赤ちゃんと、赤ちゃんを抱っこして笑っている美しい女性が写っていた。赤ちゃんの顔は、どことなく豊騎に似ている。
これは恐らく豊騎の子供の頃の写真だ。豊騎の誕生日、志信さんから豊騎への誕生日プレゼントとして渡された写真――若い頃の志信さんと、小さい豊騎のものだ――あの時の豊騎と、赤ちゃんの顔がほぼ一致する。だとすると、この女性は誰だろう。
そこまで考えて、俺はあるひとつの恐ろしい疑惑に思い至り、ハッと声を上げた。
「まさか、俺と豊騎って兄弟だった……!?」
写真の女性は全く久美子には見えなかったけど、久美子がこの写真を持っている理由がそれくらいしか思い当たらなかった。俺の名推理を聞くなり、久美子は「何を言ってるの~想ちゃんのお馬鹿さんっ!」と、思い切り俺の頭を叩く。
「これはね、豊騎くんのお母さん――伊佐敷心信の遺品なの」
それから、久美子は真面目な顔をして豊騎の母親と自分の関係、そして豊騎の母親の過去について語り始めた……。
――ご近所さんとして育ち、小中高と同じ学校に通っていた久美子と心信。2人はとても仲が良く、何でも話せる親友だった。だけど心信が久美子とは別の大学に入ってから、心信の人生は転落し始める。頭がよく、国内最高峰の大学に入った心信は、その類まれなる美しさからよからぬ男に目をつけられてしまった。後に豊騎の父親となるその男は大企業の跡取り息子で、大層な遊び人だったらしい。心信を遊び相手の1人としか見ていなかった男は、心信が妊娠したことを知ると簡単に心信を捨てた。失意のまま豊騎を出産した心信だったが、出産の後に体調を崩し、不幸にも亡くなってしまったのだった――
久美子が豊騎の母親、心信さんの顛末を話し終えると、関係ないはずの陽が「そんな、可哀想過ぎるよ心信さん……!」と泣きじゃくり始めた。陽の涙に釣られて、久美子も少し涙ぐんでいる。俺と泉くんは予想だにしていなかった事実に、ただただ呆気に取られていた。豊騎は前から久美子と自分の母親の関係を知っていたのか、微動だにしていない。
「去年、想ちゃんがこの家に豊騎くんを連れて来た時は、びっくりしたなあ。みっちゃんそっくりの子だったから。もう何年も会ってなかったけど、すぐにみっちゃんの息子だ! ってわかったのよ」
母親の言葉を受けて、去年の春、俺が豊騎と初めて会った日のことを思い出した。たまたま後ろの席に座っていた、イケメンくん。そんな印象だった豊騎が、帰り道で青い顔をしてうずくまっていた。腹を空かせ過ぎて貧血になった、と言う豊騎をどうにかしてやりたくて、「俺の家、近くだから来いよ」と誘った。自転車の後ろに豊騎を乗せて、ペダルを漕いだあの瞬間を今でもよく覚えている。
だけど、まさか豊騎と俺の母親同士が友達だったとは。というか、なんで久美子は先に教えといてくれなかったんだよ。本人曰く「言うタイミングを見失ってた」らしいけど。
「みっちゃんとは、子供の頃から『お互いの子供が生まれてきたら、結婚させようかー』とか冗談で言っててね」
心信さんの写真を見ながら懐かしそうに呟く、久美子。「男同士で残念だったな」と皮肉を返すと、「もう、またそんなこと言って。同性婚出来ないほうが遅れてるんだから、この国の法律を変えてみせる! くらい言わなきゃダメよー」と何故か説教されてしまった。
「そうですね。法律、変えますか」
「いや乗り気なんかい」
久美子のイエスマンな豊騎の言葉に俺がツッコむと、陽と泉くんが笑った。久美子は誰よりも嬉しそうに爆笑している。
――同性婚もバリバリ許容してくれる両親でよかったじゃーん
いつの日か陽が言った、そんな言葉を思い出す。俺と豊騎が好き合ってることを、久美子がこうやって心から祝福してくれるのは、当たり前なんかじゃない。俺はかなり恵まれているんだと思う。
豊騎のほうを垣間見ると、久美子が笑っているのを嬉しそうに見ていた。たぶん同じことを考えているんだろう。俺たちは2人とも久美子に感謝していた。
こうして、俺の親友が母親を好きかもしれない……と思っていたことは、俺の盛大な誤解だったことがわかった。
残る問題は、豊騎のお家問題と、婚約者の件だけだ。
「豊騎くん、婚約者がどうのって話は本当に大丈夫なの? 手助けが必要だったら言ってね」
「ありがとうございます。でも、もう大丈夫だと思いますよ。手は打っておいたので」
初めて知ったことだったが、豊騎は中学生に上がった頃から実の父親に接触されていたらしい。なんでも、後継ぎにする予定だった腹違いの息子(つまり豊騎の異母兄弟だ)が不祥事を起こし、別の後継ぎが必要になったとか。
だから豊騎は、志信さんと一緒にいたら志信さんにまで迷惑がかかると思い、自立することを決めたんだそうだ。わずか13歳だったのにもかかわらず、だ。壮絶な人生過ぎやしないか……。今の豊騎が毒舌キャラになってしまったのも、納得というか。むしろこれくらいの歪みで済んでいてすごい、と褒めてやるべきか。
「新聞配達をしていた時に知り合った新聞記者のツテがあるんです。そのツテを使って、マスコミに綾小路家のスキャンダルをばらすって綾小路のやつらに言ってやったんですよ。ま、それでも周りうろついてたんで、『隠し子がいる』ってタレコミしてやりました。今は株が大暴落したせいで、てんやわんやしてますよ」
そう言ってアッハッハ、と高笑いする豊騎はまるで物語の悪役のようだ。その様子を見た陽が「暗躍してたんだねえ」とのんびり言う。泉くんは「ドラマか。恐ろしい世の中やな」と震えている。
色々なことがあったけど、今の豊騎には俺も久美子もついてるし、陽、泉くん、もちろん志信さんだって心強い味方だ。豊騎はもうひとりじゃないんだぜ。照れくさくて直接は言えないけど、そんな気持ちを込めて、豊騎の手を握った。
それにしても、何か忘れている気がする――
「あ、期末テストの勉強」
そう言って壁にかかっている時計を見た。「ポーン」と電子音が鳴り響く。時刻は夜の10時。
「やだ、大変! こんな夜遅くまでごめんねえ。真子くんと泉くん、おうちは遠いの? 送りましょうか」
久美子が声を張り上げる。陽と泉くんは「大丈夫です」とやんわり断っている。というか、待ってくれ。せめて泉くんは残ってくれ。そうでないと俺の期末テストが悲惨なことになっちまう。
「い、泉くん。うちに泊まってかない?」
「いや、普通にかえるわ。ほな」
俺の提案を速攻で断り、泉くんは陽と一緒に階段を下りていってしまった。
終わった。がっくりと膝をつく。隣にいた豊騎が「勉強くらい俺が教えてやんよ」なんてほざいていたが、馬鹿が馬鹿を教えても2人で泥船に乗って沈むだけだろうが。
次の日から始まった期末テストの結果は、もう散々だった。泉くんに教えてもらった英語なんかは比較的に良い点数を取れていたけど、時間が足りなくて手付かずだった数学なんて、中間テストより成績が下がってしまったのだ。
テストの結果表を久美子に渡すと、世にも珍しい久美子の真顔が見れてしまった。
「……お小遣い、今月から半分にするわね♪」
「そんなああああああ!!」
俺の大絶叫が家中に響き渡る。これも全部、豊騎のせいだ。
豊騎と俺は両想いだったらしい。そんな事実を受け止めてから数秒後。ふと久美子の存在を思い出した俺は、豊騎に詰め寄った。横から泉くんが「まだそんな勘違いしとったんや」と呟いている。
豊騎は豊騎で、俺の顔を見て心底呆れたようにため息を吐いた。おい、それが仮にも好きな相手を見る顔か。
「俺からしたらなんでお前がそんな勘違いすんのか、わかんねえんだけど」
「だ、だって豊騎と久美子、去年からずっと仲良いし。久美子には特別優しいじゃん」
「やあだ、想ちゃんったら、ママにやきもち妬いてたのお?」
久美子が嬉しそうに手を叩いた。はしゃぐなはしゃぐな。俺と豊騎のキスシーンを目撃してから、久美子は何がそんなに楽しいのか、にっこにこの満面の笑みを浮かべている。そして、「ずっと言うタイミングを見失ってたけど……今がその時なのかもねっ」と謎の呟きを残し、部屋を飛び出した。パタパタと軽快な足取りで階段を下りていく音が聞こえる。なんだろう。俺たちが久美子の謎行動に戸惑い顔を見合わせていると、久美子がまたパタパタと足音を立てて階段をのぼってきた。
「はい、想ちゃん」
母親はそう言って、何枚かある写真の束を俺に押し付けた。なんだ、と思って写真を眺める。そこには、赤ちゃんと、赤ちゃんを抱っこして笑っている美しい女性が写っていた。赤ちゃんの顔は、どことなく豊騎に似ている。
これは恐らく豊騎の子供の頃の写真だ。豊騎の誕生日、志信さんから豊騎への誕生日プレゼントとして渡された写真――若い頃の志信さんと、小さい豊騎のものだ――あの時の豊騎と、赤ちゃんの顔がほぼ一致する。だとすると、この女性は誰だろう。
そこまで考えて、俺はあるひとつの恐ろしい疑惑に思い至り、ハッと声を上げた。
「まさか、俺と豊騎って兄弟だった……!?」
写真の女性は全く久美子には見えなかったけど、久美子がこの写真を持っている理由がそれくらいしか思い当たらなかった。俺の名推理を聞くなり、久美子は「何を言ってるの~想ちゃんのお馬鹿さんっ!」と、思い切り俺の頭を叩く。
「これはね、豊騎くんのお母さん――伊佐敷心信の遺品なの」
それから、久美子は真面目な顔をして豊騎の母親と自分の関係、そして豊騎の母親の過去について語り始めた……。
――ご近所さんとして育ち、小中高と同じ学校に通っていた久美子と心信。2人はとても仲が良く、何でも話せる親友だった。だけど心信が久美子とは別の大学に入ってから、心信の人生は転落し始める。頭がよく、国内最高峰の大学に入った心信は、その類まれなる美しさからよからぬ男に目をつけられてしまった。後に豊騎の父親となるその男は大企業の跡取り息子で、大層な遊び人だったらしい。心信を遊び相手の1人としか見ていなかった男は、心信が妊娠したことを知ると簡単に心信を捨てた。失意のまま豊騎を出産した心信だったが、出産の後に体調を崩し、不幸にも亡くなってしまったのだった――
久美子が豊騎の母親、心信さんの顛末を話し終えると、関係ないはずの陽が「そんな、可哀想過ぎるよ心信さん……!」と泣きじゃくり始めた。陽の涙に釣られて、久美子も少し涙ぐんでいる。俺と泉くんは予想だにしていなかった事実に、ただただ呆気に取られていた。豊騎は前から久美子と自分の母親の関係を知っていたのか、微動だにしていない。
「去年、想ちゃんがこの家に豊騎くんを連れて来た時は、びっくりしたなあ。みっちゃんそっくりの子だったから。もう何年も会ってなかったけど、すぐにみっちゃんの息子だ! ってわかったのよ」
母親の言葉を受けて、去年の春、俺が豊騎と初めて会った日のことを思い出した。たまたま後ろの席に座っていた、イケメンくん。そんな印象だった豊騎が、帰り道で青い顔をしてうずくまっていた。腹を空かせ過ぎて貧血になった、と言う豊騎をどうにかしてやりたくて、「俺の家、近くだから来いよ」と誘った。自転車の後ろに豊騎を乗せて、ペダルを漕いだあの瞬間を今でもよく覚えている。
だけど、まさか豊騎と俺の母親同士が友達だったとは。というか、なんで久美子は先に教えといてくれなかったんだよ。本人曰く「言うタイミングを見失ってた」らしいけど。
「みっちゃんとは、子供の頃から『お互いの子供が生まれてきたら、結婚させようかー』とか冗談で言っててね」
心信さんの写真を見ながら懐かしそうに呟く、久美子。「男同士で残念だったな」と皮肉を返すと、「もう、またそんなこと言って。同性婚出来ないほうが遅れてるんだから、この国の法律を変えてみせる! くらい言わなきゃダメよー」と何故か説教されてしまった。
「そうですね。法律、変えますか」
「いや乗り気なんかい」
久美子のイエスマンな豊騎の言葉に俺がツッコむと、陽と泉くんが笑った。久美子は誰よりも嬉しそうに爆笑している。
――同性婚もバリバリ許容してくれる両親でよかったじゃーん
いつの日か陽が言った、そんな言葉を思い出す。俺と豊騎が好き合ってることを、久美子がこうやって心から祝福してくれるのは、当たり前なんかじゃない。俺はかなり恵まれているんだと思う。
豊騎のほうを垣間見ると、久美子が笑っているのを嬉しそうに見ていた。たぶん同じことを考えているんだろう。俺たちは2人とも久美子に感謝していた。
こうして、俺の親友が母親を好きかもしれない……と思っていたことは、俺の盛大な誤解だったことがわかった。
残る問題は、豊騎のお家問題と、婚約者の件だけだ。
「豊騎くん、婚約者がどうのって話は本当に大丈夫なの? 手助けが必要だったら言ってね」
「ありがとうございます。でも、もう大丈夫だと思いますよ。手は打っておいたので」
初めて知ったことだったが、豊騎は中学生に上がった頃から実の父親に接触されていたらしい。なんでも、後継ぎにする予定だった腹違いの息子(つまり豊騎の異母兄弟だ)が不祥事を起こし、別の後継ぎが必要になったとか。
だから豊騎は、志信さんと一緒にいたら志信さんにまで迷惑がかかると思い、自立することを決めたんだそうだ。わずか13歳だったのにもかかわらず、だ。壮絶な人生過ぎやしないか……。今の豊騎が毒舌キャラになってしまったのも、納得というか。むしろこれくらいの歪みで済んでいてすごい、と褒めてやるべきか。
「新聞配達をしていた時に知り合った新聞記者のツテがあるんです。そのツテを使って、マスコミに綾小路家のスキャンダルをばらすって綾小路のやつらに言ってやったんですよ。ま、それでも周りうろついてたんで、『隠し子がいる』ってタレコミしてやりました。今は株が大暴落したせいで、てんやわんやしてますよ」
そう言ってアッハッハ、と高笑いする豊騎はまるで物語の悪役のようだ。その様子を見た陽が「暗躍してたんだねえ」とのんびり言う。泉くんは「ドラマか。恐ろしい世の中やな」と震えている。
色々なことがあったけど、今の豊騎には俺も久美子もついてるし、陽、泉くん、もちろん志信さんだって心強い味方だ。豊騎はもうひとりじゃないんだぜ。照れくさくて直接は言えないけど、そんな気持ちを込めて、豊騎の手を握った。
それにしても、何か忘れている気がする――
「あ、期末テストの勉強」
そう言って壁にかかっている時計を見た。「ポーン」と電子音が鳴り響く。時刻は夜の10時。
「やだ、大変! こんな夜遅くまでごめんねえ。真子くんと泉くん、おうちは遠いの? 送りましょうか」
久美子が声を張り上げる。陽と泉くんは「大丈夫です」とやんわり断っている。というか、待ってくれ。せめて泉くんは残ってくれ。そうでないと俺の期末テストが悲惨なことになっちまう。
「い、泉くん。うちに泊まってかない?」
「いや、普通にかえるわ。ほな」
俺の提案を速攻で断り、泉くんは陽と一緒に階段を下りていってしまった。
終わった。がっくりと膝をつく。隣にいた豊騎が「勉強くらい俺が教えてやんよ」なんてほざいていたが、馬鹿が馬鹿を教えても2人で泥船に乗って沈むだけだろうが。
次の日から始まった期末テストの結果は、もう散々だった。泉くんに教えてもらった英語なんかは比較的に良い点数を取れていたけど、時間が足りなくて手付かずだった数学なんて、中間テストより成績が下がってしまったのだ。
テストの結果表を久美子に渡すと、世にも珍しい久美子の真顔が見れてしまった。
「……お小遣い、今月から半分にするわね♪」
「そんなああああああ!!」
俺の大絶叫が家中に響き渡る。これも全部、豊騎のせいだ。