奏ちゃんがお父さんに声を掛けた。
「そうだったな、奏もよく一緒に育ててたもんな」
「そうなんですか?」
 意外だ。おばあちゃん、お向かいさんのお嬢さんとそんな交流があったのか。
 奏ちゃんは寂しそうに笑った。
「うん。実はほとんどわたしの趣味のお花を育てさせてもらってたの。相良さんがいなくなってからは花壇も放置されちゃってるけど」
「え、もったいないね。今までどおり使ってもいいのに」
 あたしは思った。どうせ使っていない花壇だ。奏ちゃんが好きに使ってはどうだろう。
 すると奏ちゃんは目を見開いた。
「さすがにそれは……」
 距離感近すぎのこの地域でも、さすがに人様のお宅の花壇を自由にするのは気が引けるらしい。
 あたしはうーんと考え込んだ。
「奏、良かったじゃないか。好きなお花育てなさい」
 おじいちゃんが口を出した。やはり距離感はあっていたようだ。
「待ってください、お義父さん。それはあんまりでしょう」
 お母さんの言葉に、奏ちゃんもうんうんと頷いている。あたしはさらに考えた。
 花壇は三つ。家屋と道路の間の細長い花壇と、家屋の対面にある金木犀の周りの長い花壇、庭の中程にある大きな円形花壇、だ。
「じゃあ、こうするのはどうでしょう。道路沿いの細長い花壇に、あたしと奏ちゃんが相談してお花を植えましょう。そして、奏ちゃんはあたしが不在の間水やりをしてくれる、ってのは」
 道路から敷地内に入らず水をやるくらいなら気にならない距離感ではと思った。
「ほうほう、いいな。良かったなあ、奏」
 おじいちゃんがにこにこ奏ちゃんを見ると、奏ちゃんは嬉しそうに頬を染めていた。

「奏ちゃん、どんなお花植える?」
「愛良さんも好きなお花選んでくださいね!」
 お父さんの電動草刈り機で雑草共をあっという間に駆逐したあと、あたしと奏ちゃんはホームセンターに来ていた。
「んーと」
 奏ちゃんは真剣な表情で目を細めた。
「そんな睨まなくても」
 あたしが笑うと、奏ちゃんははっと顔を上げた。慌てたように手を左右に振る。
「いや、睨んでないです。目が悪いんです」
 初めて会った時も目が悪いからあの目つきだったのかとあたしは合点した。不審者扱いされていたのも事実だろうが。
「眼鏡かけないの?」
 何気なく聞くと、奏ちゃんは困ったように口をへの字にし「似合わないから」と呟いた。 似合わなくはないと思うが、難しいお年頃なんだろうなとあたしはそれ以上は突っ込まなかった。
 奏ちゃん、けっこうおとなしいタイプなのかな。お花が好きでおとなしいなんて、めっちゃ女の子っぽいじゃん。顔もけっこうかわいいし、大学じゃモテるだろうな。
 あたしは親気分になってにんまり笑った。十歳くらいしか離れていないが。
 あたしと奏ちゃんは十ポットほど小さな花の苗を買った。
「ビオラ、ペチュニア、ブルーサルビア」と奏ちゃんは言っていた。ビオラとサルビアはなんとなくわかるが、ペチュニアというのは初めて聞いた。
「こんな少しでいいの?」
 庭の広さを考えると少なすぎる気がしたが、奏ちゃんは「これからもっと大きくなるから大丈夫ですよ」と自身ありげに笑った。
「あと、小さめの木も植えたいなって思ってるので。それはあとでゆっくり考えようかなって」
「小さめの木って、どんなの?」
 奏ちゃんは瞳を輝かせた。
「バラとかです!」
「えっ、バラって木なの?」
 草花の類いかと思っていた。バラなど花屋さんでしか見たことがなかった。
「バラなんて高貴っぽい花、うまく育てられるかなあ」
 あたしは遠い目をした。
「品種によってはあんまり大きくならないし育てやすい花木ですよ」
「そっか」
 まあ、奏ちゃんが一緒にお世話してくれるなら大丈夫だろう、とあたしは納得した。

 翌週の土曜日、あたしはまたおばあちゃんの家に来ていた。
 こまめに庭の手入れをしないとやばいと気付いたからだ。あと、だんだんわくわくしてきたというのもある。
 今日はだんだん足がよくなってきたお母さんも一緒に連れてきた。
「わあ! かわいいねー」
 家についてまずお母さんが反応したのが、例の花壇だった。
「お向かいの奏ちゃんが選んでくれたんだよ」
 あたしがそう言うと、お母さんは驚いたような顔をした。
「あら、奏ちゃん、またお花育てるようになったんだねえ」
「また?」
 あたしが怪訝に思って聞き返すと、お母さんはこくこくと首を縦に振った。
「うん、奏ちゃん、小さい頃からおばあちゃん家の花壇に遊びに来てたんだけどね。もちろん奏ちゃんのおうちの花壇でもたくさんお花育ててたんだよ。でもね、おばあちゃんが施設に移った後、奏ちゃんに言ったの。『良かったら花壇使ってね』って。そしたら奏ちゃん『もうガーデニングはやってないんです』って言ってたよー」