昼休みのチャイムが鳴った。

まだ授業が終わっていないのに教室内はざわついていた。
黒板の字を書き終えた日本史担当の木村先生は、チョークを置いた。

「チャイム鳴ったけど、今日は、ここまで板書するように! はい、日直挨拶して」
「起立、注目、礼」

 挨拶を終えると椅子の音がガタガタと響いた。最後まで真面目に板書する人は数少ない。
 これからお昼で購買部のパン争いがあるからだ。

 スクールカースト制上位の五十嵐竜次《いがらしりゅうじ》が黒板にメモ書きを貼り付けた。

 『書き終わってないから消さないで!』

「これでよし。ほら、早坂!購買部行くぞ」
「はいはい。俺だって、まだ書き終えてないのに……全く、もう」

 バックの中から2つ折り財布を取り出して、ズボンのポケットに移動させた。
 雪菜もどうにか日本史の内容を全てノートに書き終えることができた。

「やった、終わった。緋奈子、購買部行くんでしょう。売り切れちゃうから、行こうよ」
「え、待って、あと1行書いたら終わるよ……。はい、今、書き終えたよ。よし、行こう。さぁ、行こう。今すぐ行こう。」

 慌てて、バックから長財布を取り出して、行く準備をした緋奈子。雪菜はすでに財布は手の中にあった。

「緋奈子、大丈夫? テンション高いね」
「だって、何か購買部。楽しいじゃん? 今日は何のパンが売ってるかな?」
「私、最近はあんバターパンが好きでよく買ってるよ。あと牛乳瓶もあるじゃない? フルーツ牛乳が1番好きなんだ」
「そうなんだ。私は、チョコクロワッサンが好きだよ。コーヒー牛乳派かな。早く行こう」

 緋奈子は、雪菜の背中を押しながら、廊下を進む。そのすぐ後ろを凛汰郎がついてきた。何も言わずに同じ方向へ進んでいる。雪菜はドキドキしながら、階段を緋奈子と駆け降りた。何かするわけでもない。約束してるわけでもない。それでも近くにいるだけで心臓が高鳴る。緋奈子には見つからないようにと必死だった。横目でチラチラと確認しながら、購買部に並んだ。ふと、斜め前の列を見ると、見たことある生徒がいた。

「ちょっと、雪菜!!」

 約束していたはずの齋藤雅俊だった。

「あ、あれ。雅俊。ごめん、何だっけ」
 
 列に並びながら、少し遠くから叫ぶ。

「今日、昼休みに購買部って言ってたっしょ?」
「あ、そうだった。ごめん。どうすればいい?」
「わかった。そのまま、並んでて。俺もこのままこっち並ぶから」
「雪菜、良かったの? 幼馴染だっけ。話とかあったんじゃないの?」

 緋奈子が心配して、声をかけてくれた。

「いいのいいの。いつも家が近所だから会うし、忘れてても大した用事じゃないから」
「そんなわからないじゃん」

 そんな話をしてるうちにいつの間にか、列に並んで、先に買い物できたらしく、雅俊が雪菜に近づいてきた。その後ろのラウンジでは自販機で飲み物を1人で買う凛汰郎の姿があった。

「はい! 雪菜の好きなフルーツ牛乳。すぐ売り切れるって言ってたろ? 昨日バイトの給料日だったからさ。受け取って」
 
 雅俊は、左手で雪菜の手を持ち上げて、買ってきた牛乳瓶に入ったフルーツ牛乳を乗せた。

「あー、これを渡すためにわざわざ?」
「そう。いいでしょう。こういう機会がないと学校で会えないんだからさ」
「あ、ありがとう」

 好きな飲み物を手に入れて純粋に嬉しかった。なぜか、雅俊の後頭部にささる視線を感じたが、頭をかいて気にしないふりをした。

「どういたしまして」
「う、うん」
「近々、ウチに遊びに来てよ。ばぁちゃんが、雪菜の顔見たいって言ってるからさ」
「あー、美智子おばあちゃん? 元気にしていたの?」
「超、元気だよ。今朝もきゅうり取ってくるわって張り切って農作業してたよ。俺も、楽しみにしてるからさ」

 軽くポンポンポンと雪菜の肩を叩いては立ち去っていく。さらにラウンジの奥の方で飲み物を買っていた凛汰郎が通り過ぎていく。雪菜の顔を思いっきり睨みながら去っていく。何もしていないのに、いったい何をしたというのか。頭を悩ます行動で雪菜は参っていた。