ドラッグストアでの買い物を終えて、家のガレージでトランクから荷物を取り出した。
バタンというトランクがしまる音がした。車のすぐ横に自転車をとめる音が聞こえる。
高校3年の長女 白狼雪菜《しらかみゆきな》がサドルから乗り降りた。
父の龍弥が着いて同時に雪菜が帰って来ていた。

「あ、お父さん。今帰り?」

 真っ暗なガレージでパッとソーラー電池のライトが着いた。小さなライトの光で顔を覗いた。

「ああ、ただいま。雪菜も今、帰りか」
「うん。おかえり。そして、ただいま。買い物して来たんだね」
「そう。母さんから電話あってね。雪菜、部活の調子はどうなの? 来週県大会でしょう」

 肩にバックを乗せて、庭を歩きながら聞く。雪菜は、荷物を背負い直した。

「……的に当たらなかった。ちょっと今日は調子悪い。邪念が多いのかも……」
「え? 邪念?!」
「別に。なんでもない。あーー、お腹空いた。今日のご飯何かな。ただいまー」

 雪菜は、玄関のドアを勢い良く開けて入っていく。部活のことより何より今は、早くご飯にありつきたかった。


(……集中できない何かがあるのか)

 龍弥は、玄関に買ってきた荷物といつものバックを置いた。

「おかえりなさい。頼んでいたトイレットペーパー買ってきてくれた?」
「ああ、これでいいんだろ?」
「……って、ごめんなさい。ストックの戸棚の中見るの忘れてて、あったんだわ」

 菜穂は、龍弥が帰ってきてすぐにトイレットペーパーやティッシュボックス、洗剤などのストック戸棚の中を見せた。

「えー、買って来たのに? てか、いつもどこを見てるのよ!」
「トイレの上の棚にいつも置くじゃない? それがすっかり無かったから、ここの存在あるの忘れてたの」
「まぁ、またストック増やせるからいいか。ちゃんと確認してよ。今回だけだからね!!お母さん?!」

 龍弥はイライラしながら、手洗いを済ませて、食卓に座る。

「ほら、すぐご飯にするから座って待っててってもう、席に着いてるし。今度から気をつけます!!」
「まぁまぁ。そう言いながらも、お父さんは買って来てくれるんじゃん。甘えちゃいなよ、お母さん」
「いや、マジでイライラするけど、こっちは。プラスで考えれば、良い気分転換ができたかな。お酒のおつまみに
 色々買い出しして来ちゃったもんね〜」
「あー、ちゃっかりしてるし。てか、そのお菓子はご飯の後に食べなさいよ、お父さん!!」
「お菓子じゃない!これはつまみだ。それより、徹平は? まだ帰ってないの?」
「さっきラインしたら、コンビニ寄ってから帰るって。今日発売のトレカが無いと無理だとか
 なんとか予約してたらしい。中学生はまだまだ子どもだね」

 菜穂は、スマホのラインを確認した。長男の白狼 徹平(しらかみてっぺい)からのメッセージとスタンプが面白くて
 クスクス笑っている。
「さっきから何で笑ってるの?」
「だってさ、徹平のラインは話の筋道に関係ない漫画の1コマとか送ってきたりするから面白くて……。笑っちゃうよね。これ、ギャグ漫画だし。どこから拾ってくるんだか……」
「インターネットでしょう。お母さん、ほら、お腹空いたから食べようよ」

 雪菜は、菜穂の服を引っ張って、食卓へ誘導する。
 龍弥はすでにカレーライスにありついていた。

「ちょっと、いただきますも言わないでもう食べてるし、早いよ!!」
「すでにいただいてます!」
「遅いぃ」
「これ、中身何入ってるの?」
「これはバターチキンカレーだよ。本場のインドもチキンカレーらしいよ。」
「そうなんだ。今度、スープカレーも食べてみたいな。お母さん作ってみてよ」
「うん、気が向いたらね。菜穂、弓道の試合来週でしょう。どうなの?」

 菜穂はカレーの話と違う龍弥と同じで部活のことを聞く。あまり言いたく無かった。思っている以上に成績は上がって
 いないためだ。

「試合は多分、大丈夫じゃない?」
「ふーん、よろしくないのか。」
「だろ? さっきから、調子悪そうなこと言うんだよ。邪念が多いとか何とか」
「へぇ……。邪念ねぇ。好きな子でもできたの? 雪菜」
「……!?」

 目を大きく見開いて、後ろを体に向けた。

「図星?」
「え、何、何の話?」

 龍弥は菜穂に聞く。デリケートな話だろうとそのまま静かになった。

「お父さんはあまり聞かない方がいいかもね。女子トークで盛り上がった方がいいのかもしれないわ」
「女子トークって、菜穂、お前、おばちゃんだろ」

 龍弥の頬に菜穂のグーパンチが飛ぶ。

「いったぁ」

 久しぶりの頬にパンチだった。

「雪菜、後で、一緒に話しよう? 今日ね、バタフライピーティーって言う青い紅茶買ってみたの。レモン入れると青から紫に変わるのよ。《《女子》》トークしましょう!」
「へぇ、青い紅茶はすごい気になる。飲んでみたいな。確かにお父さんと話すより、お母さんの方が良いかも」
「んじゃ、ご飯食べ終わったらね。雪菜の部屋にお母さん入ってもいい?」
「うん。いいよ。最近、少し片付けてたから」
「それは良いことね。紅茶、準備しておくからね」
「ちぇ、俺は仲間はずれかよ」

 頬杖をついて、2人を見る。カレーの入った皿は空っぽになっていた。ちょうどその時、玄関のドアが開いた。

「ただいまー!! ねぇねぇ、ちょっと、これ見てよ!!」

 部活帰りの徹平が帰って来た。帰って早々、コンビニで予約したキラキラしたトレカを見せつけてきた。

「おかえり。徹平、手洗ったの? 食卓の前にまず手洗いでしょう!!」
「マジか?!徹平、でかしたな。SSRじゃねぇか。これ、フリマに出したら何十万円もするやつだって、きっと」

 龍弥も一緒にハマっているトレカを2人は盛り上がって見ていた。こんなに子煩悩な夫だったかなと目を疑うくらい楽しそうだった。

「父さん、これ、売る訳ないでしょう。家宝にするんだから。硬いプラスチックケースに入れて、丁寧に保管するよ。
 家に金庫ってあった??」

 徹平はわたわたと辺りを見渡した。

「徹平!! 夕ご飯だよ。まずは、手洗いして来なさい」

 菜穂は、何度も言うことに聞かない徹平にイラついて来た。トレカの話になると親子で盛り上がって歯止めが効かない。

 菜穂に怒られて、しゅんと落ち込んだ徹平は仕方なく、洗面所に行って手洗いしに行った。
 着ていた中学校のジャージも私服に着替えて、おとなしく、食卓に座った。


「男子って、年関係なく、そういうので盛り上がれるんだね」
「本当に困った趣味だよ」
「趣味くらい親子で一緒なのは良いことじゃないか。遠出して釣りに行く訳じゃないんだし」
「インドア派だものね。お父さんは。アウトドアではない。あれ、でもゲームとかはあまり興味なかったんじゃなかった?」
「ああ、別に携帯ゲームに興味はないけど、カードゲームとかUNOとかボードゲームとかは好きだったよ。友達がお盛んにいた中学ではね」
「……黒歴史ね」

 菜穂は、龍弥の過去を遡って思い出す。

「黒……なのかもしれないけどな。いろいろあったから」
「ふーん……。ごちそうさま。んじゃ、お母さん、部屋で宿題してるから紅茶持ってきてね。」

 今は、菜穂と龍弥の話に興味がない雪菜は、そそくさと食器を片付けて、部屋に向かって行った。

「あ、俺も、食べ終わらないと……」

「徹平は、いただきますも言わずに食べてるわね。全く、もう」

 いつの間にか、スプーンでパクパクと食べていた。お腹が空いていたようで、すぐに完食した。

「そういや、徹平、今どこのポジションなんだよ」
「え? 何、部活の話? まだ1年だから、ボール拾いだよ。先輩たちの試合を見学ばっかしてる。結構、うちの部活人数多いみたいでさ。あと、走り込みかな」
「あー、そっか。まだ1年だから試合とかにも出れないのか。新人戦、無いの?」
「あー、あったね。でも、まだ決めてない。そっか、新人戦のために練習試合するよね。俺、どこ行くんだろ?」
「まだ何も決まってないのか。徹平は昔からゴールに入れることだけ考えていたからやっぱり、FWじゃないの? 逃げ足も早いしな」
「父さんはMFだっけ。キャプテンもやってたんでしょう。俺には、無理だ。誰かの指示に従う方が楽だもん」
「そうだけど……。まぁ、サッカー顧問もやってるしな。指示通りに動いてくれればいいんだけど難しいものよ。キャプテンも。
 いつも徹平はお姉ちゃんに指示されて動いてるもんな」
「それは言わないで!! 俺は、姉ちゃんに脅されてるの!」
「え、そうなのか?」
「まぁまぁ、良いから。食器片付けて、徹平も宿題終わらせなさいよ?」

 菜穂は、テーブルを拭きながら、促していく。 ごくごくいつも通りに白狼家の日常が過ぎていった。
 雪菜の邪念騒動を聞く前では……。