雪菜が入院する病院の玄関の壁に背中をつけて、雅俊と紗矢の様子を伺っていたのは、平澤凛汰郎だった。上の方を見上げた。
雪菜がいる病室の2階の窓を見つめ、贈った花が窓のふちに飾られていることに安心していた。自分ではなく、雅俊が贈ったと勘違い
されていることはつゆ知らず。
ズボンのポケットに手をつっこんで、雪菜本人には会わずにそのまま、東の方向へ歩いていく。病院の駐車場でぼんやりと電灯が
地面を丸く照らし出していた。茶色の石畳を進むほど、真っ暗な夜道になっていく。学校帰りに立ち寄った病院では、仕事を終えたスタッフたちが職員玄関からお疲れさまですと声をかけながら帰っていく。凛汰郎は気にせず、歩き続ける。学校から病院までは、歩いて30分以上の距離だった。
直接会わなくても満足して、口角をあげていた。
***
乗客が多い路線バスの中、紗矢と雅俊は、吊り革を持って、街灯が輝く窓の外を見た。
「ねぇ、齋藤くん」
紗矢が、話しかける。
「え、何?」
「嘘、なんでしょう。花贈ったって話」
「……?!」
「齋藤くん、今日私を誘った時、まだお見舞い行けてないんだって言ってたじゃない」
「あーーー…。うん。行けてなかったよ。菊地さんと」
後ろ頭をかきながら、目をキョロキョロさせて言う。
「ごまかすんだぁ」
雅俊は、パンと両手を合わせた。紗矢は、叩いた拍子に目をつぶった。
「頼む。言わないで!! お願い。ぜったい言わないでほしい」
「えー……」
「俺、雪菜にこっち向いてほしくて嘘ついたんだ」
「それって……」
「そう。俺、雪菜が好きだから。他の誰かに取られるの見てられない。きっと、あの花も男からだろ? 俺が贈ったってことにすれば、消えるだろ。雪菜からその男」
鳥肌がとまらない紗矢。何だか、雅俊が怖くなった。
「なんか、それは卑怯って言うか……。執着がすごいね」
そこまでして追いかける雅俊の執着に感心してしまう。
「そうでもしないといつまでも幼馴染のままは嫌なんだ。これで少しは、弟みたいな対応なくなるかな……。あ、そろそろ降りないと。ごめんな、今日は助かった。んじゃ、また明日、学校で」
雅俊は、降りますボタンを押すと出入り口付近に移動していた。去り際に、紗矢にラムネ味のキャンディーをポイッと投げた。慌てて、両手でキャッチした。雅俊はパタパタと手を振った。パッケージには占いが書いてあるキャンディだった。『大吉:恋がはじまる予感♡』と書いてあった。紗矢は、まさかなぁっと思いながら、ゴツゴツのキャンディを口に含んだ。炭酸のパチパチとした味が口いっぱいに広がった。
バスが歩く雅俊を通り過ぎて走っていく。
窓から見える彼の姿をなぜか目でずっと追い続けていた。
▫︎▫︎▫︎
とある日曜日。ホイッスルが鳴り響く。白狼龍弥が顧問として所属するサッカー部の練習試合が行われていた。今、前半戦が終了して、休憩するところだった。
「お疲れさまです」
杉浦美琴が、部員たち全員にタオルとスポーツドリンクを配り始めた。最後のお楽しみに龍弥に渡した。
「はい、先生。熱中症対策にしっかり飲んでくださいね」
「ああ。さんきゅー。というか、杉浦、いつの間にサッカー部のマネージャーになってたんだ?」
「先生こそ、今日は、試合来られないって言ってませんでした? 変更して、来てくれてみんなは喜んでますけど……」
「質問の答えになってないけどな。娘の部活の試合に行く予定だったんだけど、交通事故で今入院してて、行けなくなったから、
今ここにいるんだ」
「え?! 娘さん、大丈夫なんですか? 先生、ここにいていいんですか?」
「大丈夫だよ。あと1週間したら退院だし、母さんが付き添いに行ってるから。別に長時間いない方がいいだろ。お年頃なんだし、父親なんて一緒にいても何もできないしな。そうだろ? 杉浦はお父さんと長時間一緒にいないだろ?」
「まぁ、確かにそうですけど。心配じゃないのかなぁって。私は、全然、お父さんと一緒でも平気ですよ。優しいですもん」
「そうか。それは良かった。んで、なんでマネージャーなんか……」
「あーーー、先生、杉浦がマネージャーになった理由、知ってますよ! 先生が…うごっむごっ」
キャプテンの佐々木和哉が、言おうとしたが、杉浦が口を塞いた。
「私は、マネージャーの仕事に興味あったんですよ。ねー、佐々木キャプテン!」
モゴモゴと口を塞がれていたため、頷くことしかできなかった。
「へぇー、そうなのか? てっきり、俺の追っかけしてきたのかと思ったけど。ストーカーされてるかと思うだろ」
予想は的中している。杉浦はどうにかごまかそうとする。
「そ、そんなわけないじゃないですか。先生、自意識過剰ですぅ」
(全くその通りですけどぉ)
「んー、んー」
佐々木は口を塞ぐ杉浦の手を叩く。
「あ、ごめんなさい」
「いつまで塞いでるかと思った」
「余計なこと言うと思って」
「俺が言わなくても先生は気づいてるだろ」
「気づいてないよ。たぶん」
「あまり、先生に迷惑かけるなよ。部活動に影響しないように頼むよ」
「わかってるわよぉ」
杉浦は、口を膨らませて、ベンチに戻った。後半戦が始まろうとしていた。雲がない空で直射日光が強く照らしていた。まだまだ暑さが続くだろう。見上げると青い空では飛行機が南の方へ飛んでいくのが見えた。
雪菜がいる病室の2階の窓を見つめ、贈った花が窓のふちに飾られていることに安心していた。自分ではなく、雅俊が贈ったと勘違い
されていることはつゆ知らず。
ズボンのポケットに手をつっこんで、雪菜本人には会わずにそのまま、東の方向へ歩いていく。病院の駐車場でぼんやりと電灯が
地面を丸く照らし出していた。茶色の石畳を進むほど、真っ暗な夜道になっていく。学校帰りに立ち寄った病院では、仕事を終えたスタッフたちが職員玄関からお疲れさまですと声をかけながら帰っていく。凛汰郎は気にせず、歩き続ける。学校から病院までは、歩いて30分以上の距離だった。
直接会わなくても満足して、口角をあげていた。
***
乗客が多い路線バスの中、紗矢と雅俊は、吊り革を持って、街灯が輝く窓の外を見た。
「ねぇ、齋藤くん」
紗矢が、話しかける。
「え、何?」
「嘘、なんでしょう。花贈ったって話」
「……?!」
「齋藤くん、今日私を誘った時、まだお見舞い行けてないんだって言ってたじゃない」
「あーーー…。うん。行けてなかったよ。菊地さんと」
後ろ頭をかきながら、目をキョロキョロさせて言う。
「ごまかすんだぁ」
雅俊は、パンと両手を合わせた。紗矢は、叩いた拍子に目をつぶった。
「頼む。言わないで!! お願い。ぜったい言わないでほしい」
「えー……」
「俺、雪菜にこっち向いてほしくて嘘ついたんだ」
「それって……」
「そう。俺、雪菜が好きだから。他の誰かに取られるの見てられない。きっと、あの花も男からだろ? 俺が贈ったってことにすれば、消えるだろ。雪菜からその男」
鳥肌がとまらない紗矢。何だか、雅俊が怖くなった。
「なんか、それは卑怯って言うか……。執着がすごいね」
そこまでして追いかける雅俊の執着に感心してしまう。
「そうでもしないといつまでも幼馴染のままは嫌なんだ。これで少しは、弟みたいな対応なくなるかな……。あ、そろそろ降りないと。ごめんな、今日は助かった。んじゃ、また明日、学校で」
雅俊は、降りますボタンを押すと出入り口付近に移動していた。去り際に、紗矢にラムネ味のキャンディーをポイッと投げた。慌てて、両手でキャッチした。雅俊はパタパタと手を振った。パッケージには占いが書いてあるキャンディだった。『大吉:恋がはじまる予感♡』と書いてあった。紗矢は、まさかなぁっと思いながら、ゴツゴツのキャンディを口に含んだ。炭酸のパチパチとした味が口いっぱいに広がった。
バスが歩く雅俊を通り過ぎて走っていく。
窓から見える彼の姿をなぜか目でずっと追い続けていた。
▫︎▫︎▫︎
とある日曜日。ホイッスルが鳴り響く。白狼龍弥が顧問として所属するサッカー部の練習試合が行われていた。今、前半戦が終了して、休憩するところだった。
「お疲れさまです」
杉浦美琴が、部員たち全員にタオルとスポーツドリンクを配り始めた。最後のお楽しみに龍弥に渡した。
「はい、先生。熱中症対策にしっかり飲んでくださいね」
「ああ。さんきゅー。というか、杉浦、いつの間にサッカー部のマネージャーになってたんだ?」
「先生こそ、今日は、試合来られないって言ってませんでした? 変更して、来てくれてみんなは喜んでますけど……」
「質問の答えになってないけどな。娘の部活の試合に行く予定だったんだけど、交通事故で今入院してて、行けなくなったから、
今ここにいるんだ」
「え?! 娘さん、大丈夫なんですか? 先生、ここにいていいんですか?」
「大丈夫だよ。あと1週間したら退院だし、母さんが付き添いに行ってるから。別に長時間いない方がいいだろ。お年頃なんだし、父親なんて一緒にいても何もできないしな。そうだろ? 杉浦はお父さんと長時間一緒にいないだろ?」
「まぁ、確かにそうですけど。心配じゃないのかなぁって。私は、全然、お父さんと一緒でも平気ですよ。優しいですもん」
「そうか。それは良かった。んで、なんでマネージャーなんか……」
「あーーー、先生、杉浦がマネージャーになった理由、知ってますよ! 先生が…うごっむごっ」
キャプテンの佐々木和哉が、言おうとしたが、杉浦が口を塞いた。
「私は、マネージャーの仕事に興味あったんですよ。ねー、佐々木キャプテン!」
モゴモゴと口を塞がれていたため、頷くことしかできなかった。
「へぇー、そうなのか? てっきり、俺の追っかけしてきたのかと思ったけど。ストーカーされてるかと思うだろ」
予想は的中している。杉浦はどうにかごまかそうとする。
「そ、そんなわけないじゃないですか。先生、自意識過剰ですぅ」
(全くその通りですけどぉ)
「んー、んー」
佐々木は口を塞ぐ杉浦の手を叩く。
「あ、ごめんなさい」
「いつまで塞いでるかと思った」
「余計なこと言うと思って」
「俺が言わなくても先生は気づいてるだろ」
「気づいてないよ。たぶん」
「あまり、先生に迷惑かけるなよ。部活動に影響しないように頼むよ」
「わかってるわよぉ」
杉浦は、口を膨らませて、ベンチに戻った。後半戦が始まろうとしていた。雲がない空で直射日光が強く照らしていた。まだまだ暑さが続くだろう。見上げると青い空では飛行機が南の方へ飛んでいくのが見えた。