次の日の俺はクラスメイトに心配されるほど上の空で過ごしていた。
 星奈になんて言おうか?でも約束を守れないことに変わりはない。嫌われるかもしれないという恐怖。とにかくマイナスなことばかりが頭によぎりほとんど眠ることができなかった。
 あっという間に放課後になるけど、会議に参加できそうになかった。昨日帰る前になんとか交換した先輩の連絡先に早退のメッセージを送り学校を後にした。
 家に帰るでもなく、かといって星奈の病院には行きづらくて反対方向に歩いていた。そのうちに来たことのないエリアに来て新鮮な感じはしたけど、結局心はすぐ元に戻ってしまう。
 道中見つけた公園でスマホを開いて『前原集落』と検索する。画面は昨日と同じものを出している。
「そういえば、まだそのダムを見ていないな」
 最後の悪あがきでそのダムを見に行こうと決めた。ここまで証拠が出そろっているんだから時間の無駄になるのはわかっているけど、どうしても見ておかなければ現実を受け止められそうにない。前へ進むために俺はダムへ行くため駅へ向かった。
 駅に着いてすぐ電車がやって来た。現実を見ろと神様の思し召しを受けるためにスムーズになっているんじゃないかと疑ってしまう。
そして電車を降りるとバスもいた。行き先は『前原発電所』。側面のLEDを見てみると『前原ダムサイド』と書いてあった。だんだん追い詰められている感覚がしてきた。
 バスの中には俺を除いて15人くらい乗っていた。路線図を見てみると、病院や学校など市街地を通ってからダムへ向かうようだ。10年前はこんなんだったかは覚えてないが、前原集落までいける路線バスがダム完成後も残っていたのはよかった。
 バスの出発直前に見知った人物が乗って来た。
「明石君!」
 なんと本田先輩、瀬戸さん、金谷先生だ。
「みんな、どうして?」
「連絡もらって、もしかしたら前原ダムに行くかもしれないって思って」
「心配したぞ」
「……ごめんなさい」
 相当心配させちゃっとみたいだ。申し訳ない。
「事情は聞いたわ。ひとまず座ろう、もう発車するから」
 先生たちも俺と同じ一番後ろに座った。その瞬間ドアが閉まりバスは発車した。
「そういえば、結構時間あったのに調べなかったの?」
 隣に座った瀬戸さんからもっともな質問が来た。
「活動が決まった日の次の日に星奈に会いに行ったんだけど、その時約束の話を少ししてな。で、次の日からさらにやる気を出したんだけど、頑張りすぎたらしくて転倒したって連絡を受けたんだよ。それがあって引っ越しの整理が遅れたんだ」
「なるほどね」
「土日も土日で持ってくるはずのものを忘れてそれを買いに行ったりしてたからな」
「……ちゃんと準備はしておきなさいよ」
「返す言葉もありません」
 ま、一番の理由はそこに前原集落があるという固定概念だな。
「要するに、いろいろゴタゴタしてたってことね」
「言い訳にはなっちまうがな」
 その言葉を最後に無言になった。
 バスは15分ほど市街地を走ったあと山の中へ入って行った。曲がり道や向こう側にみえる山の景色に見覚えがあった。だんだんと記憶にある景色が見えてきて、帰って来たような感覚になる。
 けど、帰った先は水の底に消えていた。
 バスを降りた目の前には細長い形の湖とその両岸から角度の急で見覚えのある山があった。
 水のあるところは確かに前原集落がある場所だと、直感で分かった。
「本当になくなっちゃったんだ」
 これで俺の希望は消え去り、俺の思い出も水の底へと沈んでしまったと認めざるを得なかった。
 ただ、唯一の救いは夜景の見える秘密のポイントは水に沈んでいなかったことだ。立ち入り禁止区域にはなってはいるが、それだけは本当に良かった。
 40分後に来る町へ戻るバスに乗って山を下りた。
「せっかくだからモールに行かない。明石君の気分転換にどうかな?お姉さん奢るよ」
 反対する理由はなかった。みんなが来てくれたおかげで少し楽にはなったけど、まだ楽しい気持ちにはなれていないのは事実だ。
「俺は行きたいです」
「私も問題ないです」
「先生、いいですか?」
「はい。落ち込んでては何においてもマイナスですから、気分転換は大事です」
 満場一致で目の前のショッピングモールに行くことになった。
 かなり大きい建物だった。入口の広場の時点で地元を凌駕している。よく調べて外出できるようになったらここに連れてこよう。
「このモールおすすめって言ったら『怪人ミルクレープ』よね」
 すごく飲食店らしからぬ名前が出て来たぞ。
「先輩、さすがです!ここは唯一のお気に入りです」
 瀬戸さんがグッジョブと効果音が着きそうな勢いで親指を立てた。よほど名前とは裏腹に相当おいしい店なのか?
「ではまず腹ごしらえだー」
 先輩の号令でフードコートへ向かうことになった。
 けどその道中ある広場で何かをやっていた。それだけなら別に気に留めないけど、その中に学生のグループが何組かいたのがなぜか気になった。
「先輩、少しあそこ見てもいいですか?」
「へ?ああ、イベントスペース?」
「はい」
「いいよ。結構楽しいことやってるから見てみよう」
 許しが出たので行ってみることにした。
 上の看板を見てみるとこの街と周辺の町の人が作った鉄道模型を展示する小さなイベントみたいだ。
「鉄道模型か」
 存在自体は当然知っていたし、三崎の友達に持っている人がいた。だけどここに展示されているのはすごく作り込まれた本物のような世界が広がる模型たちだった。
「見てもいいですか?」
「もちろんいいよ」
 少し回ってみると面白いものがあった。タイトルは『渋谷ダンジョン』。モデルは渋谷駅の東神電鉄と地下鉄なんだけど、なぜかモンスターが徘徊し、人が逃げまどっている。モンスターは怪物狩りのゲームに出てくるものをアレンジしたものだと書いてある。
 他にも田舎だったり都会だったり漁師町だったり、本当にすごい作品ばかりだった。
 そしてもうすぐ終わりだというところに差し掛かった時、学生の作品のところで俺は目を奪われた。
 作品のタイトルは『切ない一期一会』モデルはなんと『崩壊都市と月の夜の散歩』の世界だった。
 他の作品とは違い一つの板で完結していて少し大きい作品だ。ちなみに他の作品は別の作品とくっつけてようやく走らせられる構図になっているが、これは1枚で一つ完結した作品というものになっている。そして線路が一周する間にゲームでスタートとなる舞台の時計塔が目玉の公園があり、次に廃墟と化したビル街、主人公の行く手を阻むキャラと激闘した水族館跡地など正確に再現されていた。
「すごい」
「え、これって『崩壊都市』!」
 先輩も気づいたようで食い入るように見ている。
「見て明石君。ここにセピア君がいるよ!」
 先輩に言われ、人を模した小さなものをよく見ると確かに主人公のセピア君がいた。手作りで虫眼鏡とかでズームしたら流石に崩れてはいると思うけど、パッと見セピア君とわかるくらい完成度が高かった。
「え、これ前に二人が言ってたゲームの世界を再現してるの」
「え……そうなの?」
 つられて瀬戸さん、金谷先生も夢中になって見始めた。
「どうです」
「え、あ、はい」
 急に声をかけられてびっくりした。
「いやーすごいですね。私崩壊都市大好きで、まるでゲームから出てきたみたいですね」
 先輩の周りにキラキラした何かが見える気がする。そう思いつつ俺も心臓の鼓動が早くなっていた。
「ありがとうございます。僕も崩壊都市が好きなんです。ここを見てください。第5ステージの廃線跡の鉄橋です」
「あ、ここであの巨大トラが出てくる初見殺しだね」
「ここは実際にある廃線跡がモデルになったみたいで、実際にそこへ行って調べて来て再現しました。この錆には基本はスプレーを使うのですが、亀裂などは絵具を使っています」
 さらに俺たちは作品のこだわりや、失敗したところとかを聞いた。本当に細部にわたってゲームの世界を再現し、よく見ると登場人物がほぼ全員どこかにいて、この作品では列車を見守る形になっていた。逆に失敗では、建物を廃墟にするためにわざと壊すのだけど、真っ二つにしてしまったり、塗装が思うようにいかずにやりすぎてしまい、ここに置いてあるのは5回目でようやく出来上がったものだと教えてくれた。
 ちなみに著作権は学校が『崩壊都市』の会社に許可を取ってくれたらしい。
「それに、このゲームは亡くなった祖父との思い出なんです」
「思い出ですか?」
「はい。僕は一時期両親が忙しくていつも夜遅くに帰ってたんです。末っ子で兄弟も年が離れてて部活とかで忙しいから僕一人になってしまわないよう祖父の家にいました。そこで一人寂しくないようにと祖父が買ってきてくれたのが『崩壊都市』なんです。もっとも、祖父はこれが二人でできるものだと思ってたみたいで、一人用だと知った時にはショックを受けてました」
 パッケージは確かにあたかも主人公のセピア君とヒロインのメアリーが二人で旅をしているように見える。勘違いする人がいてもおかしくはない。
「でも、せっかく祖父が買ってきてくれたので僕は喜んでやりました。僕がプレイするのを祖父が見ていてたまにキャラの言葉を使ってためになることを言ってくれる。そんな時間が大好きでした。結局一年で両親の仕事も落ち着いて、祖父の家に行くのは減りました。そして一昨年亡くなりました。そんな祖父との思い出をどうしても形にしてみたくて。部活の仲間に無理を言ってこれをモチーフにさせてもらったんです。でも、みんな『崩壊都市』を気に入ってくれて、模型作りもやる気になってくれたんです。そのおかげで去年の全国鉄道模型甲子園という大会で特別審査員賞のファンタジー部門に入賞することができたんです」
「すごいですね」
 その想いが賞を獲るのにつながったと思うと、感動を覚える。
 その時ふと思いついた。
「これだ」
「え?」
 今俺はあるビジョンが思い浮かんだ。これならば俺の目的も全体の目的も達成できるというモノが。
「すみません、これを大会に出したって言ってましたよね?」
「はい。毎年夏に全国鉄道模型甲子園という公式大会があります」
「全国鉄道模型甲子園ですね。ありがとうございます」
 俺はみんなをイベントスペースの外へ連れ出した。
「みんな、活動内容は鉄道模型を作って大会に出そうにしようと思う」
「……理由を聞かせてもらえる?」
「鉄道模型には公式な大会がある。そしてその大会には数々の賞があってそれを受賞できれば結果を出せたということになると思う」
「そうだよ。大会があるなら結果残せるじゃん!」
「簡単ではないけど、悪くないわね」
「それに鉄道模型なら、俺も星奈との約束を完全じゃないけど守ることができると思う」
「どういうこと?」
「前原集落の模型を作ればあの景色を再現できる。縮尺で作り物ではあるけど、夜景を見せるという約束も一応果たせるかなって」
 正直これは俺のワガママも含んでいる。恐る恐る三人の様子を窺うように顔を見た。
「いいじゃん。私達の活動ができて明石君の星奈ちゃんとの約束も守れる。一石二鳥だよ。それに私も前原集落に思い出あるから作りたい!」
「なるほど、そういうことね。……でも、悪くないと思うわ。その話、乗るわ」
 よかった。瀬戸さんの含みのある笑顔が不気味だけど、悪くは捉えられていないみたいで安心だ」
「先生、うちの学校は鉄道模型で何か成績残してますか?」
「いいえ。そもそも大会に参加すらしてないわ」
「では先生、鉄道模型を活動内容として申請したいと思います」
「わかったわ。早速校長先生に掛け合ってみるね」
 金谷先生はスマホを取り出し校長先生に連絡を取ると学校へ戻ることになった。時計を見ると下校時刻を過ぎていたからそのまま解散となって俺たちはようやく先輩イチ推しのクレープを食べることができた。